布都彦

即位の議を終えて、ついに中つ国の女王となった千尋は、つかの間の休息を布都彦と共に過ごしていた。
草の上に寝転んで、空を仰いで他愛ないお喋りに興じる。
「しかし、宜しいのでしょうか。私などが陛下とこのような時間を過ごしたりして…」
「私がそうしたいんだから、誰にも文句なんか言わせないよ」
もちろん、千尋は布都彦にも文句は言わせる気はない。
「それより、2人きりの時は『千尋』って呼んで欲しいんだけど、まだ出来そうにない?」
「申し訳ございません!ですが、龍の許しもなく、そのようにねんごろな…。私まで兄と同じ過ちを犯す訳には参りません!」
慌てて跳ね起きて平伏す布都彦に頭を上げさせ、その前髪に指を絡めながら千尋は諭すように言った。
「お兄さんは、過ちなんて犯してないよ」
「いいえ、兄は…」
「羽張彦さんは、姉様と駆け落ちしたんじゃないの。黒龍を倒そうとして命を落としたの。姉様も、そう。残念ながら倒すことは叶わなかったけど、2人が自分の身命と引き換えに黒龍を弱らせて封印してくれたから、今があるの」
柊からも話を聞いたし、天鳥船の書庫の木簡にも伝承が記されていたし、何より黒龍と対峙した時に千尋は確かにその光景を目にしたのだ。
それを狭井君が、羽張彦が一ノ姫を勾引して逃げた、などと言いふらしてくれたおかげで関係者の名誉は地に落ちたのである。
「それに、龍の許しなんて、姫の恋路を邪魔するただの口実なんだよ」
本当は、狭井君のような人物が姫の想い人に呪詛をかけたり暗殺者を送り込んでおいて、それを神罰と触れ回ったのだ。そうやって、長い間、龍の名を利用する者達が居たから、黒龍が力を付けたりしたのである。
「ああ、でも安心して。布都彦が呪詛をかけられないように、邪魔者には消えてもらったから」
でも一応これ持ってて、と布都彦に護符を渡して、千尋は狭井君の反逆罪を追求したことを明かしたのだった。
「反逆、ですか!?」
布都彦の大きく丸い目が、いっそう大きく丸く見開かれる。
「そうだよ。だって、思い返せばそういうことになるでしょう?」
千尋は噛んで含めるように説明し始めた。
「私達は、世界を破壊しようとする黒龍を倒して、平和を取り戻したよね?」
「はい。私などは大してお役に立てませんでしたが、陛下を始めとする皆様のお力で、困難に打ち勝つことが出来ました」
渾身の一撃を連発してかなり力になったはずなのだが、布都彦はどこまでも自分を過小評価しがちである。それが布都彦だと解ってはいるが、千尋としてはもう少し自信を持って欲しいと思うのだった。
しかし、今それを言ったところでとても聞き入れられそうにないので、これから時間をかけて少しずつ思考改造して行こう、と心に決めて、頭を本題へと切り返す。
「そんな私達に、狭井君が何をしたか思い返してみると、どうなるか考えてみて」

まず、呼んでもいないのに、二ノ姫が龍を呼んで勝利を祈ったと触れ回った。
そのおかげで、その後に姿を現した黒龍は千尋が呼んだものとされてしまった。
「破壊神を呼んだなんて、とんだ濡れ衣だよね。すぐに足止め出来たから不幸中の幸いだったけど、あれじゃあまるで私が世界の破滅を祈願したみたいじゃない」
思い出しても腹が立つ、と千尋はプンスカ怒ってみせた。

次に、黒龍を足止めしたところでそれ以上の攻撃を妨害された。
それどころか、仲間を人質の取られ、千尋は軟禁され、黒龍を自由にするようにと迫られた。
更には、広場に引き出されて尚も黒龍を解き放つことを拒み通す千尋に対し、兵達に命じて武器を向けさせた。
「布都彦が助けてくれなかったら、きっと私は狭井君に殺されるか、良くても自由の利かない身体にされて玉座の飾りにされてたよ。あの時は、本当にありがとう。とっても嬉しかった」
「もったいないお言葉です。この布都彦、陛下をお救い出来たことを誇りに思います」
布都彦はあくまで真面目に、心からそう思っているようである。
ここで千尋は、改めて布都彦に問い直した。
「どう、布都彦?狭井君がしたことって、民衆を欺き、破壊神に組し、次期女王を害そうとしたってことになるでしょう?」
「陛下の仰る通りです」
布都彦の答えに千尋は満足そうに頷いてみせ、よく出来ましたとばかりに頭をなでた。
「だからね、今日の朝議で皆にその事を話したの」

女王から「予定していた議題の他に1つ重大な話をしたい」と切り出されて、朝議の出席者達は女王が早速にも婿をとるつもりになったのかと色めき立った。
自分のところからは誰を出そうか、他の族に差を付ける為にどんな贈り物をしようか。
ところが、それらの期待に反して、女王は狭井君の数々の反逆行為を糾弾したのだった。
戦火を逃れて隠れ暮らしていた彼らに、その話は初耳だった。女王と狭井君の間に埋めがたい溝のようなものを感じ取っていた者は居たが、まさかそのようなことがあったとは俄には信じがたい事だった。
しかし、護衛の為に女王の傍らに控えていた葛城将軍に特別に発言を許し、事の真偽を正してみれば、彼はこう答えたものだ。
「確かに、陛下は龍を呼ぶ儀式を行っておりませんし、狭井君は黒龍を討たんとする陛下の行動を兵を以て妨げました。恥ずかしながら、私も陛下に対する人質として利用された一人にございます。そのため広場での出来事については直接目にしてはおりませんが、聞き及んではおります。その場におりました兵達に確認すれば、証は立つかと存じます」
黙っていたのは、戦後処理で国が混乱している最中に狭井君の罪について言及するのは得策ではないから、時期を見て自分が明かすまでは他言せぬよう女王から命じられていたからだと言う。
自分が人質として利用されたなどと、あの葛城将軍がこのような嘘をつく謂われはない。兵達に確認を取るまでもなく、彼らは忍人の言葉を信じた。
狭井君もこの期に及んで言い逃れなどはしなかった。結果を見れば、黒龍が中つ国を守護するものでなかった事も、それに矢を向けた女王の行いが正しかった事も明らかだ。寧ろ、来るべき時が来たとでも言うような態度だった。
ただ、その処断の仕方に至っては意見がまとまらなかった。
過去に如何なる功績があろうとも大罪を犯せば裁かれるのだと示す為に国中に知らしめるべきだと主張する者も居れば、重臣の謀反を明かす事は女王の為にならないと内々に処理する事を進言する者も居た。前者においても、公開処刑から自決まで意見が分かれた。

「面白かったよ。狭井君と関係が深かったと思える人程、大々的に罪を問うべきだって力説するの。多分、そうすることで自分は反逆とは関係ないって主張したかったんだろうけど、その様子が滑稽なくらい大げさなの。もちろん、顔と名前はしっかり覚えておいたわ」
千尋はクスクスと笑って続けた。
「それでね、最終的には狭井君にはその場で毒を煽ってもらって、表向きは会議中に失神したって発表する事になったの。で、面会謝絶の療養生活に入ったことにして、充分時間が経ってから、実はかなり前に死んでいたことが判明しましたって何かのついでに発表するの」
面会謝絶の療養生活で人々に忘れられてしまえ。豪華な葬式など出させてやるものか。
最終的には内々に処理する決定をした千尋だったが、国の重鎮として死ぬ事だけは決して許さなかった。
「罪人として刑場に引きずり出されないだけでも感謝して欲しいわ。それどころか、その罪を万人に知らしめないであげるんだから、あの狸ババァには過ぎたる名誉ってもんじゃない?」
「狸ババァ…?」
うっかり漏れた千尋の本音に、布都彦は困惑したが、それも束の間の事だった。
千尋は最初から狭井君を公開処刑する気などなかった。それが自分に有利に働くものではないことくらい、誰に言われずとも解っている。
実は、内々に処理する事に渋って見せることで、狭井君を擁護する者達を利用して実現させたいことがあったのだ。
「そうそう、狭井君の名誉を守ってあげる代わりに、姉様と羽張彦さんの名誉が回復されるようにしておいたから。これで布都彦の族も周りに誹謗中傷される事がなくなるだろうし、布都彦が女王の婿に名乗りを挙げる資格も得られると思うよ」
布都彦の顔がパァ~っと輝いた。
「陛下の見事な手腕、この布都彦、感服致しました」

-了-

《あとがき》

布都彦の書をプレイしていて、狭井君への殺意を一気に高まらせたLUNAです。
ゲームにおいて、最愛の忍人さんを見捨てて布都彦と一緒に先へ進んだ先に待っているのは、狸ババァの陰謀の数々(怒)
あれだけのことをしておきながら、ちゃっかり女王の即位式に出ている面の皮の厚さにはほとほと呆れました。
しかも、布都彦の書では羽張彦さんと一ノ姫の駆け落ちの真相は語られず仕舞い。
そりゃないでしょう、ってことで創作の中で鬱憤晴らしです。
EDのあの爽やかな草の上での昼寝スチルの陰でこんな会話をさせてしまいましたが、布都彦はどこまでも真っ白です。

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