例えばこんなTen Years After

久しぶりに、名医ワラムルの家に珍しいお客が現れた。ワラムルは、目の前の普通の患者を適当に言い含めて追い出し、家の前に並んでいる普通の患者達を無視して、その者を迎え入れた。
「10年ぶりかな?まだ生きててくれて嬉しいよ。」
ワラムルは、いそいそと戸棚からグラスを2つ取り出し、極上のワインを注ぎ入れた。
「まだ、9年と7ヶ月と13日しか経ってないと思うが……。」
「おやおや、風の大英雄様ともあろう者が、そんな細かいことを気にするものではないよ。」
自然に乾杯を交わした後、ワラムルがグラスの中身を飲み干すのを確認してからサオシュヤントはグラスに口を付けた。
「随分と極上の酒を出したな。何か企んでないか?」
香りだけでかなりの高級酒とわかるそれは、一口含めばその疑いを確信へと変えてくれる。
「安心したまえ。何も混ぜてやしないよ。だいたい、君に一服盛るのにこんな高級品を使うわけがないだろう。」
面白い研究材料も好きだし、サオシュヤントをからかうのも楽しいが、ワラムルは極上のワインも大好きだ。例え自分の作った薬だとしても極上のワインに混ぜ込むなんて勿体ない真似はしない。
「それもそうだな。しかし、何処でこんなもの手に入れたんだ?」
患者が持って来るにしては高級すぎるし、第一そこら辺で売っているようにも思えない。
「ハスラム王子、じゃなかったエルバードの王様から貰ったのさ。定期的にワインを送ってきてくれるんだよ。」
黒水晶から助け出して貰ったお礼のつもりなのか、毎年極上のワインがハスラム名義でワラムルの元へ届けられていた。
「ほ~、彼にしては気が利くな。おそらくファルナの仕業だろう。」
「ま、多分そうだろうね。」
ワラムルは実際にファルナに会ったことはなかったが、エルバードの王妃はしっかり者と評判が高いし、アトルシャン達から聞いている話からそのくらいは想像出来る。
「でも誰の仕業だろうと、美味しければそれでいいのさ。」
「違いないな。」
安心したのかサオシュヤントはグラスの中身を飲み干すと、瓶を傾けたワラムルに対し自然にグラスを差し出した。
2杯目のワインを口にしながら、ワラムルはサオシュヤントに問いかけた。
「あれから、龍の坊や達とは会ったかい?」
「いや、あれ以来会っていない。」
サオシュヤントがアトルシャン達と別れたのは具合の悪くなったタムリンをここへ運び込んだ後、つまりワラムルと最後にあったのと同じ日のことである。
元ホルスの彼女をそこらの医者に診せる気になれなくて、そう遠くないところにいたこともあってワラムルの元へ運び込んだのだ。そこでタムリンの妊娠が発覚し、流産しかけていたもののワラムルのおかげで母子共に回復した。そして、
「このまま旅を続けるのはお勧めできないね。」
というワラムルの言葉にアトルシャンとタムリンはこの近くに定住することを決め、サオシュヤントと別れたのだった。
現在、アトルシャン達はバージルの浜辺の近くにある小さな村で親子3人仲良く暮らしている。
住処の手配まで手伝ってくれたワラムルにアトルシャン達は感謝していたが、そのことを知ってサオシュヤントはワラムルがタムリンやお腹の子供のために定住を薦めた訳ではないことを確信した。
「この前往診に行ったら、龍の坊やが君に会いたがっていたよ。」
「往診?お前に往診を頼むほどの大事でもあったのか!?」
そこまでの大事があれば風が知らせてくれそうなものだが、とサオシュヤントは訝しがった。
「ただの定期検診だよ。何しろ、彼らは貴重な研究材料だからね。」
楽しそうに言って、ワラムルはグラスを半分空けた。
「ま、世界広しと言えど、この私に健康診断をしてもらえる患者なんてそう居るものじゃないよ。」
「よっぽど興味深いのだな。」
「まぁね。何しろ世界でただ一体の龍族とホルスの混血児だから。それに、彼らは見ていて飽きないよ。」
どうやら、ワラムルの興味は子供だけでなくアトルシャンとタムリンにまで及んでいるようだった。
「退屈しなくなって良かったじゃないか。」
「そうだね。楽しくて、手ぶらでやって来た友人を明るく迎えられるくらいだよ。」
ワラムルは、嬉しそうに近くの小瓶に手を伸ばした。
「せっかくだから、試してみるかい?」
「いや、遠慮しておこう。私はもう行くよ。アトルシャン達のところにも寄りたいからな。」
サオシュヤントは、このままだと実験台にされること間違い無しなので、アトルシャンが自分に会いたがっているのを口実に、名医ワラムルの家を出て行った。
そしてアトルシャン達の元へたどり着いたサオシュヤントは、もう少しワラムルから情報を仕入れておくべきだったと悔やんだ。2人の子供だという、前髪一房が赤の天然メッシュになった緑の髪をバンダナで押さえた少年は、サオシュヤントと知り合うなり
「弓を教えて下さい」
と言って離れず、サオシュヤントはかなりの日数をアトルシャン達の元で過ごすことになった。
次の定期検診に来たワラムルはサオシュヤントを見つけて、それはそれは楽しそうに笑ったのだった。

-End-
宝物庫に坊丸さまより戴いた挿し絵イラストがあります(^^)

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