名医ワラムルの小冒険

「おや?これは、困ったことになったぞ。」
暗闇の中、ワラムルは誰にともなく呟いた。
『どうくつ』の中で様々な薬草を採取している内に、気がつくとかなり奥まで入り込んでおり、間もなくランプの燃料が切れてしまったのだ。
「まぁ、自分が通って来た道順くらいはわかるから帰れるけどね。」
ワラムルは、独り言を言いながら溜め息をついた。
「明かりがないと、足元の薬草を踏みかねないからなぁ。」
知らないものが聞けば冗談と思うかも知れないが、ワラムルは本当にそのことだけを懸念して、そこを動けずにいたのだった。
いくらワラムルでも、薬草の生えていた位置まで寸分違わず覚えてはいなかった。大体の位置くらいはわかるが、それでは貴重な薬草を自分が踏みつぶしてしまう可能性がある。それだけは、避けたかったのだ。
「しかし、いつまでもこうしていたら、せっかく採取した薬草が痛んでしまうしなぁ。」
ワラムルは、珍しく本気で困っていた。
「こんなことしてる内に、面白い患者が来てたら寝覚めが悪いし。」
あくまで、物事の判断基準は趣味に終始していた。
「仕方ない。帰るとするか。」
そう呟くと、ワラムルは屈んで地面を手探りし始めた。薬草を踏まずに帰るため、手で薬草の位置を確認しながら帰ることにしたのだ。
「あ~あ、何だか労力に見合わないね。」
地面を手探りしながら進むと、時間の割にあまり進めない。しかも、今のワラムルは薬草の入った籠を背負っている。
「今度から、薬草の採取には蓋のついた入れ物を用意した方が良さそうだな。」
背中の籠から薬草が溢れないように、足元の薬草を踏まないように、細心の注意をはらいながら、ワラムルは入り口へと続く通路を正確に辿っていった。

その頃、『名医ワラムルの家』には一人の客が来ていた。
「また、どこかに薬草採取にでも出かけているのか?」
サオシュヤントは誰にともなく呟いた。
「まあ、いい。そのうち帰ってくるだろう。」
サオシュヤントは勝手に上がり込むと、椅子にかけて弓の手入れを始めた。
しかし、念入りに弓の手入れを終えても、日がすっかり落ちても、ワラムルは帰ってこなかった。
「おかしいな。あいつがこんなに待っても帰ってこないなんて。」
ワラムルは長時間家を空けるようなマネは滅多にしない。いつ変わった患者が訪れるかも知れないからと、その思いを上回るほど面白そうなことでもない限り、薬草や実験材料を探しに行っても半日くらいで帰ってくるのだ。
しかも、とっても勘が良く、サオシュヤントが予告もなくふらっと現われても、間もなく、
「やあ、きみが来てると思ったから早めに帰って来たよ。」
などと言いながら、戻ってくるのだ。そのため、サオシュヤントはこの家で長く待たされたことはなかった。
ところが、今日はずいぶん待たされている。
そのうえ、今日のサオシュヤントはワラムルが喜びそうな『妖し気な品』を持っているのだ。にもかかわらず、ワラムルがなかなか帰ってこないというのは、どうもにも解せない。
「何か、あったと見るべきだな。」
サオシュヤントはそう呟くと、手入れの行き届いた弓を手に、外へ出た。

「まいったなぁ、まだ半分くらいか・・・。」
ワラムルは手探りで進むのに飽きて来ていた。
大体、薬草を吟味するために触るのは好きだが、位置を確かめるためだけに触っても面白くない。踏みたくない一心でそのつまらなさと闘って来たが、いい加減に退屈の虫が疼いてきたのだ。
「まったく、ついてないなぁ。サオシュヤントが面白そうなものを持ってきているような気がするのに。」
ワラムルは、こんなことをしている間にサオシュヤントが面白そうなものを持って訪ねて来ていることに勘づいていた。
「まさか、さっさと帰ることはないだろうが、逃げられたら寝覚めが悪いぞ。」
そんなことを呟きながら、退屈な作業を続けて来たがそろそろ限界である。
「どうにかして、明かりを作れないかなぁ。」
ぼやきながら、のろのろ進んで行く。
そして、ふと脇に寄って籠を置くと、そのままそこに座り込んで目を閉じた。
しかし、ワラムルのもとへ明かりが近付いて来るまで、そう長い時間はかからなかった。
寝顔が照らし出される寸前、ワラムルは目を覚ました。
「やあ、やっと来てくれたんだね。」
「風が教えてくれた。」
サオシュヤントは風の声を頼りにワラムルを探し出したのだ。何があったのかも、大体わかっていた。
「さすが、風の大英雄サオシュヤント様だね。」
「ふっ、苦労した割には元気そうだな、ワラムル大先生。」
いつもの挨拶が済むと、二人は笑いながら『どうくつ』を抜けて行った。

-End-
宝物庫に坊丸さまより戴いた挿し絵イラストがあります(^^)

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