幸せの疫病神

魔軍が滅びてから、5年の歳月が流れた。
世界中にあふれていた魔物達も次々に打ち倒され、今では大した害はもたらさないような下等な物が、人目に付きにくい場所にひっそりと生息している程度となり、人々は魔物に脅える生活に別れを告げた。
そんな平和な空気の中で、魔物が徘徊していた頃を懐かしむ者がいた。
バージルの医師、『名医ワラムル』である。
魔物がいなくなって、変わった実験材料は手に入らなくなり、大ケガをしたり呪いにかかる者は居なくなり、診察を受けに来るのはありふれた病気や掠り傷の者ばかり。彼は、とっても退屈していたのである。
「たまには元気な死体とか、変種の病人がやって来ないものだろうか。」
などと、心の中で呟く毎日だった。

ある日の晩のことだった。いつものように普通の患者の診察を終え、新しい薬の研究をしていると、『名医ワラムルの家』に入って来る少女がいた。
「あの……急患なんですけど……。」
「困るんだなぁ、診察時間は守ってもらわないと。」
ワラムルは口だけを反応させて、研究を続けた。
「そこを、何とかお願いします。とりあえず、これを見て下さい。」
少女は研究室まで入り込み、ワラムルの向かいに回り込んだ。
「おやおや、なかなか強引なお嬢さんだね。」
ワラムルは、そんな少女の行動に興味を示し、少女が抱えているものに目をやった。
「これは……面白い。実に面白い生き物だ。(いや、呪いだな。)」
少女は2体の小生物を抱えていた。
1体は翼が6つある鳥。もう1体は瓜の体に猫のような顔が張り付きリスのような尻尾が生えているおかしな生き物だった。
「どこで見つけたのかね?」
ワラムルの心は、新しい研究材料が捕獲出来るかも知れないという期待に膨らんでいた。しかし、少女からは意外な答えが返ってきた。
「うちの、鳩と犬です。昨夜は普通の鳩と犬だったのに、今朝見たら……。」
「今朝?」
今は、夜である。
ワラムルは、その(元)鳩と(元)犬を調べながら、少女から事情を聞き出すことにした。

少女の名前はアリス。
西の砂漠のオアシスで養い親であった老人と、動物たちと暮らしていた。洗濯や動物たちの世話は彼女の担当だが、食事に関しては老人が一切を取り行っていた。そう、昨日、老人が亡くなるまでは。
これは「変なモノでも食べたのかな?」という問いに対する答えでもあった。
養い親を亡くした悲しみの癒えぬまま、それでも動物たちに餌を与えなくてはと、見よう見まねで餌を用意したのは昨夜のことであった。そして今朝、犬と小鳥とそしてここへ来るのに駆ってきた馬の姿がおかしくなっていたのである。
ワラムルは家の外に繋いである馬を見に行った。
馬は一応、馬のままだった。ただ、尻尾の根元が七色に光っていた。
「この子たちを、元に戻していただけませんか?」
どんなに奇怪な現象でも、それが生き物に起きたことならワラムルに治せるのではないかという、藁にもすがる想いで、彼女はここまでやって来たのだった。
「大丈夫、治せますよ。」
3体の診察を終えたワラムルは、自信たっぷりに言い切ると、書棚から数冊の本を引き出して調べ始めた。
「ええっと……ああ、あった。これだ。」
ワラムルは研究室へ向かい、すぐに戻って来た。手には大きな籠を持っていた。
「薬を調合するためには『ちょっとした草』が要るんだが、切らしていてね。これから取りに行くけど、君も一緒に来るかい?」
「どこまで行くんですか?」
「町の北にある『ちょっとした山』だよ。」
「行きます。」
「では、これは君が持ちたまえ。」
そう言うと、ワラムルは籠をアリスの手に押し付けた。

『ちょっとした草』を籠いっぱいに詰めて2人が戻って来た頃、辺りは明るくなりかけていた。
ワラムルはすぐに薬を調合すると、3体の患者たちに振りかけた。
「さぁて、効き目はどうかな?」
ワラムルが楽しそうに、アリスが不安そうに見守る中で、患者たちは元の姿を取り戻した。
「どうもありがとうございました。」
「ははは、久しぶりに楽しませてもらえたよ。たまには刺激的なこともないと、面白くないからね。」
アリスは何と返事をしてよいか困ったように笑みを浮かべて、もう一度頭を下げると、犬と小鳥を抱えて、出て行こうとした。しかし、それをワラムルが呼び止めた。
「これから、どうするつもりかな?」
「オアシスへ帰ろうと思います。」
「帰っても、一人なんだろう。よかったら、この町で暮らさないかい?」
何かを企んでいるような楽しげな声で、ワラムルはアリスを誘った。
「今後の経過も気になるし……。」
その台詞には逆らえず、アリスはバージルの町に定住を決めた。
ワラムルの紹介状を持ってBARに行くと、主人は快くアリスを住み込みで雇ってくれた。そしてアリスは毎日、厨房で簡単な料理を担当することになった。
それ以来、バージルの町には奇怪な病が流行した。BARで食事をしてしばらく経つと、角や羽が生えたり、肌に奇妙な模様が付いたりするのである。
そう、全てはアリスの料理によるものである。
ワラムルは知っていたのだ。あの、動物たちの変化の原因は、アリスにかかっていた呪いだったのだということを。彼女の作る料理を食べた者に、呪いが降りかかることを。知っていて、BARへの紹介状を書いたのだ。
そして、BARの主人も承知のうえでアリスに料理をさせていたのだ。何故なら、バージルの町の住人は、変わった病気にかかることをこの上なく喜ぶのだから。アリスの耳に入らないように注意しながら、客に対してはそれを売りにして商売していた。
他の町なら気味悪がられて追い出されるような存在でも、この町で-ワラムルにとって-は、アリスは幸福の女神だった。奇病に侵された住人は、毎日うれしそうにワラムルの診察を受けに行き、ワラムルは退屈な日々から解放された。

-了-

《あとがき》

何はともあれ、LUNAはワラムル大先生が大好きです!!
ゲームをクリアした後、ふと思いました。平和になったら、ワラムル大先生は退屈だろうな、と。ゲーム中でも「最近、病気の治療ばかりで退屈していた」って言ってたけれど、実験材料の魔物も手に入らなくなったら、もっと退屈するのではないか、と。
ワラムル大先生を退屈な日々から救ってあげたい!
別に、退屈しのぎの元は少女である必要なんかないのですが、やっぱり自分の分身は少女にしたかったんです。メリルちゃんみたいな可愛い少女を想像して読んでいただけるとうれしいです(^^;)

ところで、バージルの町の人って変ですよね。
皆が変とは言えませんが、どうも変わった人が多かったように思います。ワラムル大先生と一緒に出掛けるときに話しかけると、「いつまでも待ってます」とか「いってらっしゃい」なんて見送ってくれるし……診察を受けるために並んでるハズなのに(^^;)
「病気になれるとうれしい」っていうのはLUNAがでっちあげた訳じゃありません。ゲーム中に、『名医ワラムルの家』の前に並んでる人に話しかけると、そう答える人がいるんです。
ならば、奇病をもたらすアリスは、バージルの町の人にとっては有り難い存在でしょう。
そして、変わった病気を診察出来れば、ワラムル大先生は退屈しないでしょう。
そんな思いから、この作品は生まれました。

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