おかえり

いつものようにレイチェルへの報告を終えて、次の任地へ出立する前に一休みしようと中庭に出たアリオスは、そこで息を弾ませながら何かを探しまわるお下げの少女の姿を見つけた。
「おい、何をキョロキョロしてんだ?」
つい声を掛けてしまうと、彼女は弾かれたように振り返り、アリオスの元へと駆け寄って来て、笑顔でこう言った。
「アリオスさん、お誕生日おめでとうございます。」
予想だにしなかった言葉に、アリオスは面食らった。
「誕生日?俺の?」
困惑しながら頭の中でカレンダーを確認すると、確かに今日は11月22日だ。
「ああ、データではそうなってんのか。」
「えっ?」
「ああ、いや、何でもない。よく調べたな。」
軽く笑って誤摩化すと、彼女はお祝いにバースディソングを元気よく歌って帰って行った。

エンジュを見送った後、アリオスは溜め息をついた。
「まったく、何がめでたいんだか…。」
この日は本当の意味ではアリオスの誕生日ではなかった。
生誕の地に暦がなく、しかも転生するにあたって普通とは違う生まれ方をしたアリオスには誕生日がない。この聖獣の宇宙に初めて誕生した生命でありながら、それとカウントされていないのがその証拠だ。
11月22日というデータは、転生前の、アルミスでのものだ。そして、この日をめでたいと思ったことなど、これまで1度も有りはしなかった。
「いや、1度だけ有ったか?」
次々と頭を過る嫌な思い出に顔をしかめていたアリオスは、思い起こされた唯一の甘い思い出が流れ去るのを引き止めた。

それは、あの旅の中でのこと。
ひょんなことから、その日が誕生日であると口を滑らせたアリオスに、アンジェは真剣な顔で
「すぐに戻るから、ちょっと待ってて!」
と言い残して何処かに走り去り、息を切らせて戻って来た時には手に一つの小さな箱を抱えていた。
「アリオス、お誕生日おめでとう♪」
彼女は心からの笑みと祝福の言葉と共に、アリオスに箱を差し出した。
勢いで受け取って、箱を開けたアリオスは目が点になった。
「俺はオカリナ屋か?何本持たせりゃ、気が済むんだ。…ったく。」
「あ、あの……ごめんなさい。他にアリオスの喜びそうなものが見当たらなくて…。」
シュンとして謝ったかと思うと、アンジェはパッと顔を上げて、叫ぶように言い継いだ。
「この前、とっても喜んでくれたから……えっと、予備にするとか?ああ、そうだ、それ使って私に教えてくれるともっと嬉しいかも!」
言ってから、アンジェは自分の考えに満足したように笑った。
これにはアリオスも笑ってしまった。
睨まれて縮こまる者は山ほど居た。開き直る奴もそれなりに沢山見て来た。しかし、ここまで能天気な反応を示したのはアンジェが初めてだ。
面白かった。
彼女が本心からアリオスの誕生日をお祝いしたくて、言葉だけじゃ足りなくて、とにかくすぐに手に入るものの中からアリオスに喜んでもらえそうなものを必死の形相で吟味している姿が思い浮かんだ。
この時だけは、良い思い出など一つもなかった誕生日が、とても楽しい日に変わった。

「お誕生日おめでとう、か…。」
想い出に浸っていたアリオスは、現実に戻って女王の部屋のある方を見上げた。
「そんな言葉は、お前からでなきゃ何の意味もない。」
この中庭でアリオスを待っていたアンジェは、彼に一つの頼み事をするとその場に崩れ落ち、以来一度も彼の前に姿を見せない。声も聞かせてくれない。
創世の女王の運命、大きな変革を遂げようとする宇宙は膨大な力を必要として女王を苦しめる。
そんなこと、アリオスは認めたくなかった。アンジェを苦しめる宇宙なら、そんなもの滅んでしまっても構わないとすら思った。今でも滅ぼしたい気は満々だ。
しかし、それと同時に、これがアンジェの宇宙だから守りたいとも思う。エンジュを守りレイチェルの指示に従って宇宙を駆け回るなどという不愉快な任務も、それが少しでもアンジェの宇宙とアンジェの助けになるのならやり遂げてみせる。
「だが、いつになったらお前は帰って来る?」
空っぽの両腕を見つめて、アリオスは呟いた。
今度こそ宇宙の発展の流れに従って人類が誕生し、新たな守護聖も次々と集まって来たというのに、未だにアンジェは面会謝絶のままだった。
守護聖拝命の儀式には、やつれた姿をメイクなどで誤摩化し、無理を押して姿を見せたと聞くが、アリオスは一目たりとも会わせてもらえない。アリオスの誕生日だという今日も、1枚のカードすら送れないなど、よほど状態が悪いと思うべきなのだろうか。
その気になれば女王の寝室だろうと忍び込めるが、それでレイチェルともめればアンジェが心を痛めるし、何よりもアンジェがアリオスにやつれた姿を晒したくないと望んでいるとなれば無理強いなど出来るはずもない。
窓の向こうに居るであろうアンジェに想いを募らせるあまり注意力が散漫になっていたアリオスは、背後で落ち葉を踏む音にハッとして振り向いた。
警戒をあらわに振り返ったアリオスは、次の瞬間その緊張を解くと同時に自分の目を疑った。
「お前…。」
そこに立っていたのは、夢にまで見た姿だった。決して幻ではない証拠に、アリオスの名を呼ぶ。
「アリオス。」
微かに震える声で名を呼ばれ、アリオスはアンジェに駆け寄るとその身体を支えるように手を差し伸べた。
「おい、こんなトコまで出て来て大丈夫なのかよ?」
「だって、アリオスに会って直接伝えたかったんだもの。」
アンジェの言葉に、アリオスの胸は高鳴った。
アンジェは顔を上げると、アリオスに身体を支えられながら、アリオスだけに見せる極上の笑みを浮かべて予想通りの言葉を告げる。
「アリオス、お誕生日おめでとう♪」
「……サンキュ。」
アリオスは、壊れ物を扱うようにアンジェをそっと包み込んだ。
「本当に、お前なんだな。」
「えっ?」
「やっと……会えた。」
「うん。」
優しく抱きしめられて、アンジェは幸せそうにアリオスに完全にその身を預けるように凭れ掛かる。喜びに震えるアリオスの声に、アンジェの胸も熱くなる。
ずっと会いたかったのはアンジェも同じだ。それでも、やつれた姿を見られたくなくて見舞いすら許さずに居た。起き上がれるようになってからも、拝命式に姿を見せるのがやっとで、レイチェルの目を盗んでまでアリオスに会いに来ることなど出来なかった。レイチェルと言い争う元気もなかったし、その所為でアリオスに迷惑をかけたくもなかった。
それでも、今日だけは特別だ。レイチェルに何を言われようと敢然と受けて立つ覚悟で、アンジェは部屋を抜け出したのだった。
「やっと会えた。」
「ああ。」
その後はもう言葉は要らなかった。そのままお互いの温もりを存在を感じ合う。
それからかなりの時間を経て、アリオスは大切にアンジェを抱き上げて彼女の寝室へと運んで行った。果たしてこの逢瀬がレイチェルにバレずに済んだのかどうか、それはあなたの心の中で…。

-了-

《あとがき》
アリオスお誕生日創作エトワール仕様でございますです。
ゲームをプレイするからには全員ゲットしたいしアリオスのイベントを見たい、ということで初回プレイで狙ってみたところ、誕生日イベントで出たアリオスの「データではそうなってんのか」の台詞はツボに入りました。
ゲームでエンジュにアリオスが告ろうが、エンジュに告られてOKしようが、それはゲーム上の仕様と言うことで、うちのアリオスはどこまでもコレット一筋です!!
どの辺が「おかえり」なのかと言うと、アンジェの帰る場所はアリオスの腕の中ってことで…(^_^;)

indexへ戻る