記憶

ここはどこ…? わたしはだれ…?
まさかそんなことは言うまいと思っていたはずの彼だったが、約束の地で目覚めた時は殆どそのままの言葉を呟いた。
「ここは…何処だ?」
一面に広がる緑と咲き誇る小さな花達。そして、ドーンと構えて立っいる大きな木。見たこともない風景に戸惑いながら、彼は起き上がった。
「何でこんなところに…。俺は…。」
夢でないことを確かめたくて、思ったことを口に出しながら状況の把握に努めたところで、彼は肝心なことが思い出せないことに気付いた。
「俺は……誰なんだ?」
彼は、ここに居る理由どころか名前さえ思い出せなかった。

自分のことは一切思い出せなくても、他のことは結構覚えていた彼は、倒れていたくらいだからその前に何かあって記憶が混乱しているのだろうと考えた。しばらくすれば思い出すかも知れないし、場合によっては人の居そうな所へ行って見れば知り合いにあえるかも知れない。そんな風に自分に言い聞かせて、ひとまず辺りを歩いてみることにした。
そして、大きな木の下で一人の少女に声を掛けたのだ。
アンジェリークと名乗った少女は、次に会った時、彼に向かってこう言った。
「アリオス!!」
最初は何のことだか解らなかった。
どうやらそれが自分に向かって掛けられた声だと気付いてもう一度聞き直すと、自分を知っているらしい彼女はその名を繰り返した。
「あなたの名前は、アリオスよ。」
しかし、それ以上は教えようとしなかった。
彼女とはどういう知り合いなのか、自分はどこで何をして居たのか、先日会った時のあの複雑な表情は何だったのか、気になることは山ほどある。だがアリオスは、言いにくそうにする彼女に無理矢理口を割らせる気にはなれなかった。見るからに素直で隠し事の苦手そうな彼女がここまで困り果てた顔で黙っているのには、それなりの事情をいうものがあるのだろう。彼女に無理強いしなくても、その内自然に思い出すかも知れない。
「んな顔すんなって。すぐに思い出してみせる。」
そう言ったアリオスに、アンジェリークはまた会うことを約束して帰って行った。
しかし、次に会ってもその次に会っても、まだ何も思い出せてはいなかった。
自分のことを宇宙の女王だなどと突拍子もないことを言う彼女に、それを信じられる気がする自分。どう見ても、彼女は嘘つけそうなタイプには見えない。そうなると、やはり彼女は自分のことをよく知っているに違いない。
「なぜ話さない?どんな理由があるんだ?」
問い詰めるような聞き方をしたアリオスに、アンジェリークは苦しそうな顔で答えた。
「今はまだ話したくないの。」
彼女を苦しめるつもりはなかったアリオスは、それ以上問うことは出来なかった。

アンジェリークと雪を見て、彼女が帰った後いろいろ思い返して、アリオスの脳裏に幾つかの記憶が甦った。そこから、少しずついろんなことが繋がって来る。
最初に思い出したのは、宿屋での出来事だった。窓に貼付いていつまでも雪を眺めていたアンジェリークの顔がハッキリと思い出される。次には崩れ落ちる虚空城での別れが…。泣き出しそうな顔で、彼女は言った。
「私はあなたを…あなただけを選ぶわ!」
そんな彼女の前で自分は彼女ではなく死を選んだ。
「俺は…お前の気持ちを2度も裏切ったのか。」
1度目は仲間として、2度目は人間として…。エリスが投身自殺した時に自分が味わった思いを、アンジェリークにもさせたはずだ。
全てを思い出した今なら、アンジェリークのあの表情の理由も解る気がする。
「バカか、あいつは…。」
アリオスは、フラッシュバックに崩れ落ちた身体を起こしもせずに、地面についた手で土を抉る。
「のこのこ会いに来やがって…。」
アンジェリークに会う前だけの記憶を取り戻したなら、再び彼女達の宇宙を手に入れようとしたかも知れない。その危険性を、全く考えなかったのだろうか。
「本当に……大バカだ、お前は…。」
右目の奥がツンと痛んで、アリオスの目から1粒だけ涙が落ちた。
「俺達は会ってはいけなかったんだ。俺は、いつまたお前を裏切るか解らない。」
アリオスは、今度会ったら彼女に愛想を尽かしてもらおうと心を決めた。
しかし、思い出した以上に彼女がバカだったことをアリオスが思い知らされるまで、そう長くは掛からなかったのであった。

-了-

《あとがき》
アリオスが記憶を取り戻すお話でした。
喪失した記憶が一気に戻ると、その前のことは忘れちゃうと言われてますが、とりあえずゲーム中でもアリオスはしっかりその前のことも覚えてたので、その辺はそのまま…(^^;)
そして、アンジェはアリオスを失ってからこれまでに更にそのバカさ加減に磨きをかけていたため、愛想を尽かしてもらおうとした彼の思惑は外れたのでした。チャンチャン♪
だってねぇ、崩れ落ちる虚空城の中であそこまで言ってるんですよ、アンジェは。今さら、敵対したとか騙されたことなんかで憎んだりするはずないでしょう。そのくらい、アリオスだって解ってたんじゃないかしら?(苦笑)

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