天使の広場を一緒に歩いていた折、アリオスがふと花屋の店先に目をやって言った。
「そういや昔、バラに取りつかれて、バラの棘を指に刺して死んじまった詩人がいたな。」
「バラの棘で…?」
アンジェは話に興味を引かれたかと見えたが、後に続いた言葉にアリオスは耳を疑った。
「信じられないわ。」
アリオスは、てっきり彼女が夢見心地になるかその詩人に同情するかと思っていたのだが、アンジェの反応は冷めていた。
「…嘘くせぇと思っても、こういう話は信じといた方が人生楽しくねぇか?」
「そうかしら…。」
アンジェの反応は予想以上に淡白だった。
「お前って、そういう女だったっけ?」
アリオスの知ってるアンジェはどうでもいいようなことでも一喜一憂し、下らないことにのめり込み、そして感動しやすい性格だった。この地で再会した後も、そういうところは全然変わってないと言うか、むしろ以前よりもその傾向が強くなっていたように感じられたものだが、今目の前に居るアンジェはまるでそんな様子は見られなかった。
「そういう女、って何よ?」
アンジェはムッとした。
「いや、お前のことだから「かわいそう…」とか言って泣くんじゃねぇかと…。」
「泣かせようと思ってたの?」
アンジェはますます不機嫌な顔になる。
「そうじゃねぇけど…。」
ふと思い出してこの話が口をついた後、アリオスが「ヤバい。こいつ、泣くかも…」と思ったことは事実であった。
「その話、何だか信じられないのよ。」
「珍しく冷めてんな。」
アリオスは、本当にこいつはあのアンジェなのだろうかと、彼女の存在に疑いを覚えた。
「だって、バラの花とか詩人さんなんですもの。」
「はぁ?」
アンジェが溜め息混じりに言ったことに、アリオスは困惑した。
「どうにも想像がつかないのよね。オスカー様やセイラン様が棘くらいでどうにかなるなんて…。」
アンジェにとって、バラと言えばオスカーで詩人と言えばセイランである。2人とも、バラの棘が刺さったくらいでどうにかなるようなタマじゃない。例えその棘に毒が塗ってあっても簡単には死なないだろうと思えるくらいの2人だった。そんなアンジェに、バラの棘が指に刺さって死んだ詩人の姿なんて想像出来ようはずがない。
「オスカーとセイラン、ね。確かに、あいつらは殺しても死にそうにねぇな。」
アリオスはアンジェの反応が異常なまでに冷めていた理由が納得出来た気分だった。セイランの前では、詩人は詩人でも細雪の街で逢った内気な吟遊詩人クレーズのことなど浮かんで来なくても無理はないだろう。ましてや、常日頃からバラの花を背負ってる男を見慣れていては、バラにロマンを感じなくなっても無理はない。
「…ネタが悪かったな。ユリの花で窒息の方がまだ信憑性があったか。」
「えっ、そんな人が居るの!?」
アンジェが食い付いて来るのを見て、アリオスはクッと笑った。
「さぁな。今んトコそんな話は聞いてねぇが…。あの強烈な匂いだ、むせ返って呼吸困難起こす奴が居たって不思議じゃねぇだろ?」
「そうかしら…。」
「とにかく、俺はご免だな。だから、ユリの花束持って来いなんていうんじゃねぇぞ。」
あの匂いだけは勘弁してくれ、と言うアリオスにアンジェは小さくコクンと頷いた。
「わかったわ。それに…。」
「それに?」
「持って来てもらうなら、花束よりもケーキの方が嬉しい。」
話している内にコーヒー屋の前に差し掛かったアンジェがその甘い匂いに誘われたように言うと、アリオスは安心したように大笑いした。

-了-

《あとがき》
棘と言えばセイラン様?とか思いながら何となくお題を眺めている内にふと思い出したデート中のあのお話。ラブチャットの話題をゲットする為にアリオスの機嫌を損ねようと思っていた際に目にしたアリオスのこの反応。アリオスってアンジェが普通の女の子と違う反応すると喜ぶことが多いのに、この時はありふれた反応を求めていたんですね(-_-;)
でも、アンジェの方にも言い分はあるの。
アンジェの世界で、バラと言えばオスカー様。詩人と言えばセイラン様。これがLUNAの基本です。
そして、やっぱりアンジェは花より団子というかケーキ(^^;)

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