君は誰

徹夜で作品を仕上げて、一眠りする前に何か食べようと冷蔵庫を開けたセイランは、中が空っぽなのを見て仕方なく買い物に行くことにした。いくら面倒だからと食事を抜くことが日常茶飯事のセイランでも、ここまでお腹が空いていたら多少の手間は掛ける気にもなる。
着替えるのは面倒なので、セイランは手近な上着を引っ掛けてアトリエ小屋の扉を開けた。
「あれ?」
何かにぶつかったように扉が先へ進まないのを見て、セイランは何度かガタガタと引いては押し引いては押しを繰り返すと、隙間へ身体を滑る込ませるようにして外へ出た。すると、小屋の前に少女が眠っている。
「…それで、開かなかったのか。」
どうしてこんなところに少女が寝てるんだろう、と思う前にそう呟くのは、セイランの興味度の問題だろう。他人の状況より自分の行動に関わることの方がよっぽど感心が高い。そして、今のセイランはとっても空腹で、一刻も早く何か食べたいのである。
セイランは少女をそのままにして食べ物と飲み物を買ってくると、また扉の隙間から滑り込むようにして小屋へと入り、空腹を満たすと一眠りしたのだった。

目を覚ましたセイランは、思い出したように外を覗いた。
「ふぅん…しぶといね。まだ寝てたんだ。」
扉を何度もぶつけても、寒空の下で長い時間が過ぎても、スヤスヤと眠り続けていた少女に、セイランは興味が湧いて来た。
「いい加減、ここから退いてくれないかな?」
セイランは声を掛けながら、少女を突ついてみたが一向に起きる気配はなかった。それがまた、反って彼の興味をそそる。
「仕方ないね。特別に中に入れてあげるよ。」
引きずるつもりで手を掛けたセイランは、少女の羽のような軽さに驚いた。見た目に似合わず力はあるつもりだったが、少女は彼の細腕でも軽々と抱え上げることが出来る。
思ったよりも簡単に少女を小屋へと運び込んだセイランは、彼女を寝かせておいてまた次の作品に着手したのだった。

延々と眠り続けた少女は、目覚めると同時に派手にお腹を鳴らした。その音に、セイランは創作の手を止める。
「へぇ…なかなか面白いチャイムだね。」
少女は真っ赤になって俯いた。しかし、空腹で動けないのか驚いて腰が抜けてるのか、とにかく立ち上がって逃げ出す素振りは見られない。
セイランが買い出しの残りを適当に差し出すと、少女は何度も頭を下げながらそれにかぶりついた。セイランは、まるで捨て犬でも拾ったかのような錯角に陥る。そう、つぶらな瞳の茶色い小型犬でも…。
「…で、君は誰?」
椅子に逆に腰掛けて背もたれに腕と顎を掛けて少女を観察して居たセイランは、彼女が粗方目の前のものを食べ終えるのを見て声を掛けた。
「どこから来たんだい?」
「あの…遠くからです。とっても遠いところから…。」
少女は、はっきり何処とは答えなかった。
「ふぅん…それで名前は?」
少女は少し躊躇った後、小声で答えた。
「…アンジェリークです。」
「天使、ね…。それで、その天使様がどうして僕のアトリエの前で行き倒れてたのかな?」
呆れたような顔をするセイランに、アンジェリークは「そういうわけじゃ‥…」などと口の中でモゴモゴ言っていた。
「あれ? 行き倒れじゃないとでも言うのかい?」
それならわざわざあんなところで寝ていた訳とやらを聞こうじゃないか、と言われてアンジェリークは押し黙った。
「まぁいいさ、どっちでも…。あれこれ詮索したい訳じゃないんだ。」
「えっ?」
「行くところがあるならさっさとお行きよ。ないなら、好きなだけ居るといい。」
そう言って立ち上がったセイランに、アンジェリークは目を丸くした。
「居ても、いいんですか?」
「いいよ。但し、僕に干渉しないでくれ。」
「…わかりました。」
こうして、アンジェリークはセイランの元に居付いた。
彼女が本当にセイランの元に舞い降りた天使だったとわかるのは、それからかなり後のことになる。

-了-

《あとがき》
初のセイラン×温和ちゃん創作です。
このタイトルが、セイラン様の台詞にしっくり来過ぎて堪らなかったです(笑)
そこで、そのまま作中でも使ってみましたが……おかげで甘々度は低かったわね(-_-;)
これから精進しますわ(猛省中;)

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