境界

「アリオスさんについて聞かせてください」
このところ、レディの話題はあの男のことばかりなのですね。
レディのお気持ちは解っています。ですが、私には彼の気持ちがもっとよく解っているのです。彼があなたの気持ちに応えることは決してありえない。
「一見、誰にでも優しく気さくに接しているようで、常に距離を置いている人だと思います。それ以上踏み込むことを許さない、そんなところがあります。その距離の見極めを誤らないようお気を付けください」
ああ、レディ・・・。こんな言い方しか出来ない私を、どうかお許しください。決して秘密でも何でもないことなのだと解っていても、女王陛下の恋愛事情を言いふらすような真似は私には出来ません。彼と陛下の仲は半ば周知の事実なのだという話が本当ならば、一刻も早くそれがレディの耳に入りますように…。
ですが、レディの並々ならぬ行動力の前には、私の願いなど空しいものなのですね。

「好きです」
エンジュの告白に、アリオスの纏う気配が一瞬にして冷気を帯びた。
黙って冷ややかな眼差しを向けるアリオスに、しかしエンジュは再び告白する。
「あの…私、アリオスさんのことが…」
「ああ、聞こえたぜ。だからと言って、俺がそれに応える義理はないがな」
冷たく言い返されて、やっとエンジュもアリオスの態度の変化に気がついた。
「お前、今まで俺の話をどう聞いてたんだ?」
「どうって…?」
「俺は言ったはずだ。あいつに頼まれたから、お前の面倒を見てるんだってな。意味が解ってなかったなら言い換えるか?あいつに頼まれたのでもなけりゃ、お前の面倒なんぞを見るのは御免こうむる、と…」
アンジェからエトワールの面倒を見てくれるように頼まれたから、何かと目を配った。話し相手になったのも、休日に共に過ごしたのも、そうして楽しませてやることでエトワールの任務に一層励んでもらう為。エトワールが頑張ればそれだけアンジェの負担が減るからと、それだけを思ってエンジュの相手をしていた。
「お前は、俺の何を見てたんだかな。熱を上げるなとは言わないぜ。俺のことをどう思おうと、そいつはお前の勝手だ。だが、何の権利があって俺の心に踏み込もうとする?俺たちの間に割り込もうなんざ、思い上がりにも程がある。恋愛ごっこなら他所でやることだな」
ここまで言われて、やっとエンジュはフランシスに言われたことが理解できた。自分は踏み越えてはならない境界を越えようとしたのだと…。アリオスとの距離を見誤ったのだと…。
しかし、解ったところで後の祭りだった。縮めようとしたことで、反ってアリオスとの距離は果てしなく遠いものとなってしまったことを悟ったエンジュは、それからしばらくの間、アリオスを避けるしかなくなったのだった。

-了-

《あとがき》
フランシス→エンジュ→アリオス×アンジェです。
うちのアリオスはアンジェ一筋。世界はアンジェを中心に回っています。アンジェの為になるならお子様の相手もするし、休日も返上します。エンジュのテンションを上げてせっせと宇宙にサクリアを運んでもらえばそれだけアンジェの負担が軽くなると思って、マメに相手をしていたら勘違いさせちゃった訳です。
でも、根は悪い人じゃないって言うか、結構気さくなんですよね。元皇族とは思えないくらい世間ずれしてるし…。
人馴れした猛獣のイメージです。近くをうろうろしても知らん顔でくつろいでるけど、触ろうとすると途端に牙を向くって感じ。本当に気を許すのは真の主人にだけで、それ以外の人にはそれ以上踏み込んではいけない境界線が存在しています。

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