携帯電話

きっかけは、レイチェルと放課後の教室で一緒に見ていた雑誌の記事だった。
「あなたは、彼の誕生日を知っていますか?」
「はい。」
「彼の血液型を知っていますか?」
「はい。」
こんな感じでレイチェルの読み上げる設問に元気に答えていたアンジェだったが、次の質問で急に元気がなくなった。
「携帯電話の番号を知っていますか?」
「…知らないわ。」
誕生日、血液型、趣味、嗜好、その他諸々、アリオスのことについては詳しく知ってるつもりだったアンジェだが、彼の携帯電話の番号は知らなかった。
「自宅のなら知ってるけど…。」
「いつも自宅に居る?」
「ううん、大抵は留守電。でも、後でちゃんと折り返し連絡が入るわ。」
アンジェの答えを聞いて、レイチェルは顔をしかめた。
「それって、向こうの都合の良い時しか連絡取れないってことだよネ。」
「そうかも知れないけど、別に不都合ないし…。」
緊急の場合は、チャーリーの会社に連絡すれば瞬く間にアリオスから折り返し連絡が入るから、アンジェが困ったことはなかった。
「でも、そういうのって恋人指数凄く低いってさ。」
ほら、と見せられた雑誌に目をやると、そこには「あなたは彼にとって恋人ではなく都合の良い女です」と書かれていた。
彼の好みや誕生日などのデータを把握してる一方で、彼の都合に合わせて動き、深追いしないタイプ。もしくは、携帯の番号を教える程の間柄ではないと思われている存在。
その記述を見て、アンジェは「でも、でも…」と言い訳した。
「この前聞いたら、アリオス、携帯電話持ってないって言ってたのよ。」
「えぇ~っ!今どき、あの歳で携帯電話持ってない人なんて居るはずないでしょう?」
しかも、アリオスはいつ仕事が入るかわからないような商売をやってるんだから、携帯電話くらい持ってて当然だろうとレイチェルは思った。
「教えたくなくて誤魔化したんじゃないの?」
「そんなことない……と思う。」
アンジェも自信がなくなった。今どき、持ってない人を見つけることの方が難しいくらい、皆が携帯電話を持っている。勿論、アンジェ自身も持ってて、些細なことでもレイチェルとメール交換していた。
「今度、また聞いてみるわ。」
元気なく教室を出て行くアンジェを見て、レイチェルはアンジェに番号を教えていないアリオスに対して怒りを覚えたのだった。

数日後、アリオスとデートしていたアンジェは、ふと思い出したような振りをして携帯電話の番号を教えてもらおうとした。
「は?電話番号ならちゃんと教えてあるだろ?」
「だから、自宅のじゃなくて携帯電話の方よ。」
絶対聞き出してやる、と決意に満ちた目で縋るアンジェに、アリオスは呆れ顔になった。
「お前…。ちゃんと俺の言ったこと聞いてなかったのか? 携帯電話なんか持ってねぇよ。」
「誤魔化さないで!」
頬を膨らませるアンジェに、アリオスは「何を興奮してるんだ?」と怪訝な顔をした。
「そんなに番号教えたくないの!?」
「教えたくないとかそんなんじゃなくて、持ってないもんは持ってないんだ!」
「そんなはずないでしょう!」
だんだん喧嘩腰になって来た2人は、しばらくそのまま睨み合っていた。道行く人々は、ちらりと目をやっては痴話喧嘩かとそのまま通り過ぎて行く。
「あのなぁ、アンジェ…。」
「何よ。」
態度を軟化させたアリオスに対して、アンジェはまだ怒りが収まってなかった。
「今どき、携帯電話持ってないのがそんなにおかしいか?」
「えっ?」
「持ってないのはいけないことなのか?」
「いけないとは言わないけど…。」
そういう聞かれ方をすると、アンジェとしても責めるようなことは言えなくなって来た。
「俺は、本当に持ってないんだ。」
「どうして?」
どうして持ってないのか不思議だった。これだけ持ってて当たり前みたいな雰囲気の中、しかもいつ仕事の依頼があるかわからないのに…。
「嫌いだから…。」
「えっ?」
アンジェは耳を疑った。すると、アリオスは繰り返す。
「電話が嫌いだから。」
「何で嫌いなの?」
便利なのに、とアンジェは思った。
「いいか。電話ってのはなぁ、相手の都合も考えずに一方的に電話口に呼びつけて時間を費やさせる道具なんだぞ。」
「あの、えぇっと…。」
「携帯電話なんか持ってたら、いつその迷惑行為の被害に遭うか知れたもんじゃねぇだろ。」
「でも、緊急時に役に立つし…。」
「その緊急時のためにも公衆電話ってもんがあるんだろうがっ!」
「そう…なのかな。」
確かに、災害時には真っ先に携帯電話が回線制限をかけられて使用出来なくなる一方、公衆電話は頼りになる。
「おまけに、持ってるだけでバカッ高い金取られるし、通話料も高いし…。」
「最近は、いろいろお得な料金プランがあるのよ。」
「固定電話からそこへかける方には関係ねぇよ。」
アリオスは吐き捨てるように言った。
「とにかく、俺はあんなもん持つ気はねぇからな。」
アンジェは押し黙り、アリオスから携帯電話の番号を聞き出すことを断念した。
そして、翌週明けにレイチェルにこの話をしたが、彼女の怒りが解けたかどうかは定かではなかった。

-了-

《あとがき》
携帯好きさんと携帯嫌いさんの論争?
ちなみに、LUNAは電話が大っ嫌いです。携帯電話は固定電話よりもっと嫌いです。マナー悪い奴らを見てると余計嫌いになります。
で、アンジェとアリオスのどっちを携帯嫌いにするかと言ったら、やっぱりアリオスの方でしょう。アンジェは何の疑問も持たなそうだから…。
でもねぇ、最近は本当に携帯電話持ってて当然みたいな雰囲気あるんですよ。懸賞とかのアンケートでも携帯電話の番号欄まで必須入力項目だったりね(-_-;)q
あぁ、やだやだ…。

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