レトロ

聖地から離れて辺境の惑星へやって来たアリオスとアンジェは、掘り炬燵に入ってラジオから流れて来る歌に耳を傾けながら、のんびりと年の暮れを過ごしていた。御丁寧に炬燵の天板の上には篭が置かれており、そこには蜜柑が山盛りになっている。
「何だか、たまにはこんな風に過ごすのも心が和むわね。」
そう言いながら、アンジェはまた蜜柑へと手を伸ばす。
「ああ。普段は研究院から送られてくる膨大な報告書だの、ボタン一つで隣の宇宙にまで繋がっちまう通信機だのに囲まれてるからな。」
答えながら、アリオスは傍らの酒瓶を傾けた。ここで熱燗でも啜れば完璧なのだろうが、さすがに嗜好が合わずにこれだけは聖地から持って来たお気に入りのワインであった。
そしてラジオ番組が終わりに近付いた頃、年越し蕎麦が運ばれて来た。2人はそれを食べながら、除夜の鐘の音を聞く。
「この鐘の音で煩悩を祓うのよね?」
「そういうことになってるが、こんなもんで祓えるとは思えねぇな。」
「もうっ、アリオスったら…。」
答えながら意味ありげな笑みを浮かべたアリオスに、アンジェは困ったような呆れたような顔で笑い返した。

碌に寝てない状態で、アンジェはアリオスの手で振袖姿へと変身した。もちろん、その最中に役得とばかりにアリオスがアンジェを触りまくったが、自分で着付けの出来ないアンジェには文句など言えなかった。ただ、心の中で「やっぱり祓えなかったのね」と呟くだけだった。
そんなアンジェの着付けを終えるとアリオスも手早く着替えを済ませて、2人はまだ明けぬ寒空の下を宿近くの高台へと歩いて行った。
「見て見て、アリオス。星があんなに沢山!」
「凄ぇな。あれ全部、お前が育ててるんだろ?」
街の灯りが弱い所為か、空には沢山の星々が輝いているのが見えた。それら全てを、アンジェは聖地から見守り育てている。今、改めてアリオスはアンジェが背負っているものの重さをその目で見た思いがした。
「大丈夫よ。私一人で育ててる訳じゃないもの。レイチェルだって、研究院の皆さんだっていっぱい力を貸してくれるわ。とっても頼りになるんだから。」
アンジェはまるで言い訳でもするかのように慌てて言い募った。
その様子を楽し気に見つめ、アリオスはアンジェの頭にポムっと手を置く。
「だったら、今はその頼りになる奴らに宇宙を任せて、のんびり過ごすとするか。」
「うん!」
そうこうしている内に、東の空が明るくなって来る。
「きゃっ、眩しい!!」
「雲一つないってのも考えものだな。」
それでも2人は初日の出を見つめ、それから初詣へとくり出したのだった。

随分歩いてやっと神社へ辿り着いた時は、お昼近くになっていた。
「車がないと、移動に結構時間が掛かるものなのね。」
「あっても、これじゃ使えねぇと思うぜ。」
辺りの人込みは半端ではなかった。
「なぁ、こんな中を無理にお参りなんかしなくてもいいんじゃねぇか?」
これではお参り出来るのはいつになるか、想像するだけで疲れて来る。大体、お参りすることの意義さえないような気さえするのだ。
「えぇ~っ、折角ここまで来たのに~。それに、やっぱり懐かしのお正月は初詣しなきゃ!」
「…仕方ねぇな。はぐれねぇようにしっかり掴まってろよ。」
「うん。」
アンジェは返事をすると素直にアリオスにしっかりと掴まった。殆ど、しがみついてるに等しい状態である。
「これじゃ、のんびりなんてことにはならねぇな。」
「でも、子供の頃に戻ったみたいで楽しいわ。」
小さい時はこうしてパパにしがみついて初詣したこともあったの、と笑うアンジェにアリオスは面白く無さそうな顔をした。
「俺はパパじゃねぇぞ。」
「そんなこと解ってるわよ。パパは、そんなトコ触ったりしないもの。」
ドサクサに紛れてだんだん手の位置が下がって、ウエストに巻き付いていたはずが今やヒップ辺りまで降りて来ていたアリオスの手をアンジェは目線で示してから、彼を軽く睨んだ。
「ぃや、これは帯が邪魔で…。」
「はい、はい。そういうことにしておいてあげる。」
帯が邪魔だろうが何だろうが、アリオスがそれを楽しんでることは明白だった。何しろ、支えているとは到底思えない程頻繁に手の位置が動いているのだから。
アンジェは片手をアリオスから離すと、腰に置かれた彼の手を取って自分のウエストに回し、その上から自分の手を重ねた。「しっかり掴まってろ」の言葉通り、しっかり掴まられたその手は、もう他の位置に移動することは出来ず、アリオスはドサクサに紛れてアンジェに悪戯するのを断念せざるを得なかった。
「こいつ、いつの間にか知恵付けやがったな。」
そう心の中でぼやいても、その知恵を付けさせたのが自分では仕方がない。大人しくアリオスは、アンジェを支えるためだけに腕に力を込め直した。

何とかお参りを終えて人込みから抜けた2人は、少し離れた茶屋でのんびり餅など食べてホッと一息ついた。
「ねぇ、アリオスは何をお願いしたの?」
無邪気に聞いて来るアンジェに、アリオスは苦笑した。
「いつもお前に言ってるのと同じことだ。お前は?」
「えぇっとね、『宇宙が平和に発展しますように』って…。」
それを聞いて、アリオスはもう笑いを押さえることが出来なかった。
「何よ!何で、そんなに笑うの!?」
アンジェはムッとした。ただ笑われるだけじゃなく、その願いごとをバカにされているような気がする。
「お前、解ってるか? あそこで奉られてるのが誰なのか。」
「えっ?」
アンジェはきょとんとした。
一向に気付かぬアンジェに、アリオスは呆れた顔で言う。
「あそこで奉られてるのは、この宇宙を治める女王陛下。要するに…。」
アリオスはアンジェを指差した。
「あっ…。」
アンジェはポカンと口を開けて動きを止めた。
「だから、俺の願いごとはお前にいつも言ってる通りだ。叶えてくれよな、女王様。」
「……うん。努力するわ。」
アンジェは、自信はないけど、と心の中で付け加えた。
その心の声を表情から読み取って苦笑しながら、アリオスは付け加えた。
「その代わり、お前の願いごとは可能な限り俺が叶えてやるよ。神社に参拝するより遥かにアテになるぜ。」

-了-

《あとがき》
懐かしの年末年始風景のお話でした
掘り炬燵・こたつ蜜柑など今は見かけなくなったものから、伝統的(?)なお正月の過ごし方まで。でも、一番書きたかったのは初詣の願いごと関係です。
新宇宙で願いごとをしたら、願われる相手はやっぱりアンジェよね(笑)

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