秘めごと

アリオスと再会してからのアンジェは、毎週火と木と日の曜日、約束の地へと足を運ぶのが日課となった。
「他の奴らには言うなよ。もちろん、親友とやらにも、だ。俺たちが会ってるなんて知れたら、どんなことになるかわかったもんじゃねぇからな。」
アリオスにそう念を押された通り、アンジェはレイチェルにも内緒でせっせとアリオスの元へ通った。
「今日の予定はこれだね。OK♪ それにしても、アナタ最近よく約束の地へ行ってるみたいだネ。」
「え? ええ、あの場所気に入ってるの。」
アンジェは、あまりに頻繁に通い過ぎてレイチェルに不審に思われたかと焦りながら、慌てて言い訳した。
「ふ~ん、そうなんだ。あそこって、落ち着くものね。うん、焦り過ぎても良くないもの。ああいう場所で息抜きするのも大切だヨ。」
「ええ、そう。そうなのよ。」
何とかレイチェルを誤魔化して、アンジェはチャーリーのところでアリオスの気に入りそうなものを仕入れて約束の地へと向かった。
「アリオス!」
「来やがったな…待ってたぜ。」
嬉しそうに走って来るアンジェを見て笑顔で迎えたアリオスは、渡されたプレゼントを見て眉をひそめた。
「おい、お前、これ振り回しただろ。」
「えっ?」
アンジェはアリオスが指差したところを見て、慌てた。高級なワインのラベルの下で無数の泡が踊っていたのだ。
「…ごめん。」
アンジェはしょんぼりしながら謝った。喜んでもらおうと思ったプレゼントを粗雑に扱ってしまった自分が恥ずかしい。
そんなアンジェの姿を見て、アリオスはクッと笑った。
「まぁ、いいさ。それだけ俺に会いたくて堪らなかったんだって思っておいてやるよ。」
「うん!」
照れて否定して怒鳴り付けるかと思いきや、途端に元気になって真正面から肯定するアンジェに、逆にアリオスの方が照れを感じた。それを誤魔化すように、話題を変える。
「で、今日はどうする?」

アンジェの日課が狂うようになったのは、それからしばらくしてのことだった。平日も休日も、約束の地へ足を運ばなくなったのだ。
「何かあったんだろうか?」
以前は定期的に通って来て、日の曜日となると必ずデートの誘いに来たアンジェがパタリと現われなくなってアリオスが真っ先に考えたのは、アンジェの体調不良だった。普段は忘れがちだが、あれでも女王としてこの大陸の運命を一身に背負っている身だ。体力も根性もかなりのものだということは共に旅をした時の記憶が保証しているが、それでもさすがに心配になる。
「でもなぁ、下手に見舞いに行く訳にもいかねぇし…。」
そこでアリオスは、辺りが暗くなってからこっそりとアンジェの部屋を訪れることにした。
しかし、見舞いのホールケーキを手にしたアリオスがアンジェの部屋の前で見たのは、セイランに送られて楽しそうに帰って来るアンジェの姿だった。
セイランが帰った後、アリオスはアンジェの部屋の窓を叩いた。
「アリオス!?」
「よぉ、今日は随分とお楽しみだったようだな。」
アリオスがこんなところに居ることにも驚いたが、アンジェは彼の不機嫌極まりない表情から先程セイランに送られて来た姿を見られたと思い当たった。
「あ、あの、違うのよ。セイラン様とは…。」
「別に、お前が誰と付き合おうが、俺がとやかく言う筋合いなんかねぇよ。」
「だから、付き合うとかそう言うんじゃ…。」
「これ、やる。食えよ。俺には要らねぇもんだからな。」
それだけ言ってケーキの箱をアンジェに押し付けると、アリオスはアンジェに背を向けて立ち去った。
窓辺に一人残されたアンジェは、悲しい気持ちでそっと箱を開けた。
「これ…お見舞い?」
早くまた元気な顔見せろ、とメッセージの添えられたホールケーキを見て、アンジェはアリオスの気持ちを嬉しく思った。全然顔を見せないアンジェの身体を心配して、他の人に顔を見られる危険をおかしながらもここまで来てくれたのだ。それなのに、心配していた相手が元気に他の男と連れ立って帰って来たら、不機嫌にもなるだろう。
「ごめん、アリオス。」
アリオスの為を思ってやったことで逆に彼を傷つけてしまったと覚ったアンジェは、申し訳なさと共にケーキを口に運んだのだった。

次の火の曜日。アンジェは久しぶりに約束の地を訪れた。もしかしたらアリオスが姿を消してしまっているかも知れないという不安と、何が何でも見つけだすという決意を胸にして…。
「アリオス!」
いつもの場所にいつものように立っているアリオスを見つけて、アンジェは必死に走ってその胸に飛び込んだ。
「こっちは朝から絶不調なんだ。用があるなら、手早く済ませてくれよ。」
アリオスは、不機嫌オーラを全身から漲らせていた。
「あ、あの、えっと、お見舞いありがとう。」
「ああ、あれか。俺としたことが、余計なことしちまったぜ。」
アリオスはアンジェの背に手を回すでなく、それでいて彼女を引き剥がすでもなくただそっぽを向いて立っていた。
「最近、会いに来れなくごめんなさい。」
「別に、謝ることじゃねぇだろ。いろいろ忙しいみてぇじゃねぇか。無理して会いに来なくてもいいぜ。」
アリオスはそのまま動かない。
「無理して会いに来なかったの!!」
「は?」
アンジェの叫びに、アリオスはやっとアンジェの方を見た。すると、アンジェは不思議そうに覗き込むアリオスの顔を見上げて続けた。
「会いに来たかったけど、無理してたの。」
「何だ、そりゃ?」
「だって、あんまりにもアリオスに会いに来てばっかり居たから、他の人達に不審がられちゃって…。」
レイチェルはあれで一時的に誤魔化せた。しかし、日の曜日に誘いに行っても毎週留守で、昼食に誘ってもあっさり断られ、その上あれだけ通っている約束の地で彼女が休んでる姿を見た者が皆無となれば、不審がられない方がおかしいというものだった。
「君もいろいろ忙しいとは思うけどさ、たまには僕に付き合ってくれてもいいんじゃないかな。新しい発見があるかも知れないだろう?」
「フッ…偶然だな。お前さえよければ、日向の丘へ行かぬか…?」
「ここでお会い出来たのも何かの縁ですね。せっかくですから、これから、水晶の宮へご一緒しませんか?」
それらの誘いを全部断っていたら、さすがに気まずくもなったこともまた事実である。
「だから、このところお誘いを断れなかったの。」
申し訳なさそうに見上げるアンジェの視線に、アリオスは笑いと呆れが綯い交ぜになったような表情をした。
「…ったく、お前はやることが極端なんだよ。」
「でも、必死だったのよ。アリオスのこと、バレちゃいけないと思って。あなたがここに居そうな時は、別の場所に誘導するようにしたりとか大変だったんだから。」
本当に本人は必死だったのだろう。アリオスの存在を隠そうとして、彼女なりに一生懸命だったに違いない。デートの誘いに応じる時は約束の地を避け、自分の行動がアリオスの邪魔になると思えば会いたいのを我慢して。
「はいはい、わかった。お前は何事にも一生懸命だからな。」
「笑わないでよ!!」
笑い飛ばされて、アンジェは殊勝な態度を翻していつものようにアリオスを怒鳴り付けた。
「そう怒るって。これでも一応、褒めてんだぜ。」
ポカポカと拳を見舞うアンジェの手から逃れるようにしながら、アリオスは楽しそうに笑った。
「もう無理はするな。バレたら、その時ゃその時だ。開き直るか逃げ回るかするさ。だから、うっかり口を滑らせないようにだけしてろ。」
「…うん。」
アンジェは、手を止めて頷いた。
「とにかく、これからは会いたくなったら遠慮せずに遊びに来いよ。こっちも、あんまりお前の顔見ねぇでいると退屈で仕方ないぜ。」
「もうっ! 私はアリオスの遊び道具じゃないわよ!」
それから、アリオスとアンジェの追いかけっこが続いた。
怒ってアリオスを追い掛けるアンジェ。アンジェをからかうように逃げるアリオス。そんな楽しい一時は夕方まで続き、2人は上機嫌で再会を誓ったのだった。

-了-

《あとがき》
秘めごとと言えば、トロワゲーム中のアリオスとのデート(笑)
レイチェルにも内緒でアリオスとデートするアンジェは、皆の目を誤魔化すのが大変だったでしょうねぇ。その割には、堂々と天使の広場などでもデートしましたが…。
ハッキリ言って、誰にもバレなかったのが不思議なくらいでした(^_^;)

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