邂逅

気ままな旅の中で鳴り響いた警報に、セイランがやっと気付いてコクピットへと駆け込んだ時は既に小型シャトルはブラックホールへ向けて一直線に進路が固定されていた。
「参ったね、こんなことで僕の人生は終幕かい?」
嘆いたところで、壊れたシャトルは元には戻らない。自動修復装置も壊れた今となっては、セイランには為すすべがなかった。オートパイロットにして、夢中で絵を描いていて対処が遅れたのが災いしたとしか言えなかった。
こうなったら、死に行く今の心境を詩にでもしてみようか。
そんな考えが頭を過ったが、不思議とセイランはその実感が湧かなかった。
「シャトルが壊れて目の前にはブラックホールと来れば、絶望的なはずなんだけどな。」
こんな時でも何故か笑いが込み上げてくる自分が余計に可笑しくて、セイランはクスクスと笑いながら窓の外を眺めていた。
すると、星図上ではブラックホールに突っ込んだはずなのに、前方には緑の惑星のようなものが見えてくる。
さすがに驚いたセイランだったが、大気との摩擦でシャトルが減速していく様子に不時着の望みをかけて操縦席に滑り込んだ。
「まさか、本当に自分でこんなことする羽目になるなんて思ってなかったけどねっ!」
ウォン財閥が宇宙の粋を集めて作らせた、セイランのような素人でも一人旅が出来る特製のシャトルだ。安全性はピカイチでそもそも壊れたことすら信じ難いが、万一の時のために受けた不時着の為のレクチャーの内容を実践することになるなど全く考えてもいなかった。
「とりあえず聞くだけは聞いておいた自分に感謝したいよ!」
舌を噛みそうになりながらも、セイランは叫ばずには居られなかった。沈黙には耐えられそうにない心境だったのだ。操作は難しくないが、あまりにも不安材料が多すぎる。
操縦をマニュアルに切り替え、セイランは指示ランプの点灯に合わせて順番にボタンを叩いていく。
逆噴射は掛からない。シャトルから飛び出した翼が限度を超える空気抵抗に悲鳴を上げる。パラシュートが開かれたがそれでも高速で地面めがけて突っ込んでいく。対Gシステムが正常に作動していなかったら、シャトルが壊れる前にセイランの身体が壊れていただろう。
近付く地表に、落ちないスピード。さすがにこれはダメかとセイランの中で走馬灯が回りはじめた時、突然操縦席の周りから壁のようなものが競り上がったかと思うと、セイランはカプセルのような球体に包まれて宙に放り出されていた。
「こういう仕掛けになってたとはね。」
最後の最後に脱出カプセルのようなものでシャトルの外に射出されたセイランは、ふわふわと漂いながら呆れたように墜落していくシャトルを見遣った。そして、着地したポッドがセンサーで外の環境を確認して扉を開くのを待って、外へ出たのだった。

「やれやれ。助かった、と言っていいのかはかなり疑問が残るね。」
人気はないが、人を襲うような獣が居ないとは限らない。気候だって、安定してる保証はない。
シャトルが最初に警報を発した時点で各所に救難信号が送られているはずだが、助けが来るまでどれ程の時間が掛かるか知れないし、そもそもここは星図の上ではブラックホールだ。
「もしかして、僕はここに骨を埋めることになるのかな?」
しばらく様子を見た限りでは生きていけないことはなさそうな環境だった。辺りには果実がたわわに実り、空気も温暖で、絵に描いたような平和な風景が拡がっている。しかし、時々ならいいがずっと過ごすには退屈すること間違い無しだ。
そう思いながらセイランが溜息を付いた時だった。背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ごめんだね、お前に骨なんか埋められるのは。」
驚いて振り返ったセイランの目に、見知った姿が映る。違うのは服装と、そして右目の色。
「アリオス?」
「よぉ、久しぶりだな。」
アリオスは、目を丸くしているセイランの側まで歩み寄ると、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「派手な爆発があったんで見に来てみれば……何をはた迷惑なことほざいてやがる。」
「はた迷惑?」
「ああ。この星にお前なんぞの骨を埋められて堪るかよ。」
「随分な言われようだね。こっちは悲愴な気分だったってのにさ。」
セイランは、聞きたいことは山程あるはずなのに他のことはそっちのけでアリオスに言い返した。自分は人をバカにする役目を担うのが常であり、こんな立場は甘受できない。
「そいつは珍しいこともあるもんだな。だが、そういうのは他所でやってもらおうか。」
「あいにく他所に行く足はないんだよ。」
そう答えてから、セイランは当初の疑問を思い出した。
「君こそ、どうしてこんな処に居るのさ?」
するとアリオスは、やっと気付いたのか、と言わんばかりに唇の端で笑って見せた。
「まぁ、里帰りみたいなもんかな。」
「里帰り?」
意味が解らず、セイランは首を傾げた。
そんなセイランに、アリオスはスッと林の向こうを指で差し示した。
「向こうがどうかしたのかい?」
「この先の泉で俺は眠っていた。」
この宇宙に最初の生命として誕生し、悪意ある力で目覚めさせられるまで…。
「それじゃ、この星があの…。」
セイランは実際にその場に立ち会ってはいなかったが、話には聞いていた。アリオスは新宇宙に転生し、静かに目覚めを待っていた、と。邪悪な意志に乗っ取られたものの正気に帰ってそれを退け、しかし姿を消した、と。
「…と言うことは、星図でこの辺り一帯がブラックホールになってたのは彼女達の仕組んだことだね?」
恐らくはアリオスの眠りを邪魔させないために、誕生を確認してすぐに取られた措置だろう。誰もここに近付けさせないために、情報を操作していたに違いない。まだまだ人口も少なく技術水準の低い惑星しかないこの新宇宙ならば、王立研究院とウォン財閥が情報マーケットを完全に掌握している。それらが本気を出せば、こんなことは朝飯前だろう。
「それで、どうして里帰りなんかしてるんだい?」
急に里心が付くような可愛い性格じゃないだろう、と言外に言うセイランに、アリオスは遠い目をして答えた。
「あいつの元に戻る前に、見ておこうと思ったんだ。」
「えっ?」
「この宇宙を転々として、いろんな奴に会って、多くのものを見た。まるで違う人生をやり直そうかと考えた。だが…。」
言葉を切ったアリオスを、セイランは先を促すように黙って見つめていた。
「だが、この惑星以上に心が休まる場所はなかった。そして、あいつ以上に心引かれる存在も…。どんなに遠く離れても、求めずには居られない。だから、決めた。俺はあいつの元に戻るぜ。」
「ふ~ん、勝手にすればぁ。」
この男にここまで真剣に語られると、さすがのセイランも嫌みや皮肉を言う気が失せると言うものだ。第一、止め方も解らないし、そもそもアンジェがアリオスのことを想い続けているのは周知の事実である。宇宙の女王の恋路を邪魔しては、馬に蹴られる程度では済まないかも知れない。いくらセイランでも、そういう面倒は御免被りたいものだ。
「ああ、もちろん勝手にさせてもらうさ。勝手ついでに、お前を聖地への道連れにしてやるよ。」
「何だって!?」
言うなり腕を掴んで胸元へと引き寄せるアリオスに、セイランが抗議しようとした時には、既に魔導が発動していた。

反射的に閉じた目をセイランが再び開けた時には、そこは聖地の宮殿の庭だった。突然の大ジャンプに目眩を覚えてふらつくセイランの腕を、アリオスは無情にも放してしまう。
「アリオス!!」
その場に膝をついて頭に手をやるセイランの耳に、元気でそれでいて泣き出しそうな震えを帯びた声が突き刺さった。
まだすっきりしない頭を声のした方へと巡らすと、アリオス目掛けてアンジェが走って来る。
その場で両腕を広げて、アリオスは飛びついてくるアンジェを受け止めた。
「おかえり……なさい。」
アンジェは半泣き半笑いでひたすらそう繰り返した。
「アリオス…。もう、どこにも行かないで…。」
「ああ。もう二度と、お前を一人にしない。」
安心させるように耳元に囁きながら、アリオスはアンジェの頭や背中を優しく撫でる。そこはもう、2人の世界だ。
そして、やっと目眩が治まったセイランが文句の一つも言おうと思った時のことだった。
「大変だよ、アンジェ!セイラン様のシャトルがSOS出して消息を絶ったって…。」
アンジェを探して走ってきたレイチェルは、そこにしっかりと抱き合っているアリオスとアンジェと、そしてその足元にしゃがみ込んでいるセイランの姿を見て絶句した。
「やぁ、レイチェル。」
立ち上がったセイランは、涼しい顔で挨拶して見せるしかなかった。
「どういうことよ、これって~っ!!」
混乱するレイチェルに事情を説明しながらセイランは、アリオスの言い種ではないけど自分にとってもこの聖地以上に波乱万丈で魅力的な場所はないのかも知れないな、と心の中でクスッと笑ったのだった。

-了-

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