一番の贈り物

2月に入って、アンジェはセイランの誕生日プレゼントの選定にいろいろ悩んでいた。
「セイラン様が、今、一番欲しいものって何ですか?」
思い切って尋ねたアンジェに対するセイランの反応は冷たかった。
「そんなことも解らないのかい?」
責めるような口調に、アンジェは身を竦ませた。
「一体、君は僕の授業で何を学んでいたんだろうね。」
セイランは沈んだ様子で溜息をついた。
「もう一度、最初から学習し直すことをお勧めするよ。」
「…もういいです。お邪魔しました!!」
セイランの態度に、アンジェは涙を見せまいとして足早に駆け去った。

アンジェの背中を見送ったセイランは、もう一度大きく溜息をついた。
「本当に、もう一度最初からやり直すべきかも知れないね。」
セイランがそう呟くと、後ろからオスカーの声がした。
「何度やり直そうと、同じことだろう。」
セイランが振り返ると、そこにはオスカーとリュミエールが立っていた。
「お2人で立ち聞きとは、趣味が悪いですね。」
「いえ、私はそのようなつもりは…。」
「通りすがりにたまたま聞こえて来ただけのことだ。他人に聞かれたく無い話なら、もっと場所を選ぶべきだな。」
セイランの言葉にうろたえるリュミエールと、逆に開き直るオスカー。更にオスカーは、セイランに対して勝ち誇ったような顔で言葉を続ける。
「小鳥の羽ばたきにさえ揺れる柳には、貸せる枝なんて無いのさ。」
その言葉にセイランはカチンと来た。
「貸せる枝が無いのは、うつぼかずらも同じでしょう?」
セイランとオスカーの間に火花が散り始める。そんな雰囲気を知ってか知らずか、リュミエールが首を傾げて真剣に呟いた。
「うつぼかずらに枝があったでしょうか。ルヴァ様に確認してみなくてはいけませんね。」
途端にセイラン達の機先が削がれた。
セイランとオスカーは互いに首を反対方向に勢い良く向けると、そのままズンズンとその場を後にした。

セイランのところから闇雲に走って来たアンジェは、途中の道で誰かにぶつかって、そのまま受け止められた。
「大丈夫かい? ちょっと、あんた、泣いてるじゃないか。」
「オリヴィエ様…。」
アンジェが顔をあげると、オリヴィエが心配そうにその顔を覗き込んでいた。
「すみません、私…。」
アンジェは何とか誤魔化そうとしたが、言葉が出て来なかった。オリヴィエの顔を見ながら、涙が溢れて来る。
「ああ、無理に話そうとしなくて良いよ。ほら、おいで。私の邸はすぐそこだから。」
オリヴィエはアンジェにハンカチを差出すと、その頭にも被せるようにしてショールを掛けてやった。そして、彼女を自分の私邸へと連れ込む。
「すぐに、身体も心も温まるお茶を煎れさせるからね。」
オリヴィエの心遣いに、アンジェはますます涙が止まらなくなった。
だが、温かいお茶をゆっくりと飲んで甘いお菓子を口にしている内に、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「よかった、少し元気になったみたいだね。」
「はい。ありがとうございます。」
「可愛いおめめがウサギさんじゃなくなるまで、ゆっくり休んでお行き。」
オリヴィエの好意に甘えて、お茶のお代りをしてゆったりとした時間を過ごしたアンジェは、気がつくと彼に事情を話していた。
「ふ~ん、そういうことだったんだ。あのコらしいと言えば、それまでだけど…。」
アンジェが全部話し終えるまで静かに聞いていたオリヴィエは、少し怒りを含んだ声で呆れたように呟いた。
「一番欲しいものねェ。」
「オリヴィエ様は、何が一番欲しいですか?」
アンジェの何気ない問いに、オリヴィエはちょっと考え込んでから答えた。
「あんたの幸せな笑顔かな。」
「か、からかわないで下さい!!」
アンジェは真っ赤になったが、オリヴィエは真面目な顔で続ける。
「新色のマニキュアとかルージュとか、服とかアクセサリーとか、欲しいものはたっくさんあるよ。ただ、そういうのは手を伸ばせば届くものなんだ。」
それから、オリヴィエは俯いてしまったアンジェの顔を上げさせると、その顔を正面からジッと見つめた。
「だけど、あんたの笑顔は私が望んでも手に入るもんじゃない。私は、そういうものだからこそ欲しいって強く願うんだ。幸せそうに笑うあんたの姿は、どんな宝石よりも美しいと思うよ。」
「オリヴィエ様…。」
ますます顔を赤くしたアンジェは、オリヴィエの気持ちを半分くらいしか受け止められず、ぼそっと呟いた。
「そんなオスカー様みたいなこと言って…。やっぱりからかってるんですね。」
これにはオリヴィエも少々傷ついたが、確かに今の言い方はオスカーみたいと言われても仕方がないかと反省もした。
「あ・の・ね、私を誰だと思ってるのさ。美しさをもたらす夢の守護聖だよ。その私が保証するんだ、あんたの笑顔は美しい、ってね。」
アンジェは、胸を張って言い切るオリヴィエに目を丸くした。
「自信をお持ちよ。そして、あのコが欲しいものなんかじゃなくて、あんたが一番あげたいものをプレゼントするんだ。そうすれば、結果がどうなろうともあんたはまた笑えるようになるよ。」
「はい!!」
力強く言うオリヴィエの勢いに押されるように、アンジェは元気よく返事をしてしまうと、そんな自分に驚きながらも気持ちがスーっと軽くなった気がしたのだった。

2月13日。
アンジェはよくよく考えた挙げ句、意を決してセイランの元を訪れた。
「やあ、未来の女王陛下がこんなところに何の用だい?」
先日よりも更に機嫌の悪そうなセイランに、アンジェは半歩引きかけた。しかし、勇気を振るって口を開く。
「あの、セイラン様、…好きです!」
突然の告白に、セイランは面喰らった。そして、いらついたように細められていた目が丸く見開かれる。
「本気で言ってるのかい。女王の座よりもこの僕を選ぶって?」
「はい。」
アンジェはしっかりと頷いた。
「驚いたな、この前はあんなにも鈍かったのに…。まさか、本当に僕が一番欲しいと思っているものが手に入るなんて思わなかったよ。」
「セイラン様…?」
今度はアンジェが驚く番だった。セイランが、愛おしそうにアンジェを抱き締めたのだ。
「好きだよ。叶わぬ想いと諦めかけていたけど、もう我慢なんて出来ない。こんなに僕を驚かせる君がますます好きになる。君と、ずっと一緒にいたい。」
「私もです、セイラン様。」
アンジェはうっとりしながら答えた。
「ありがとう。自分の誕生日がこんなに素晴らしい日だと思ったのは初めてだ。」
それからアンジェは女王候補の座を降りてセイランと共に聖地を去ったのだった。

彼女達を見送ったオリヴィエは、アンジェの耳元にそっと囁いた。
「サイコーの笑顔をありがと。幸せになるんだよ☆」
「はい!!」
もう一度、オリヴィエに向って満面の笑みを浮かべて元気よく返事をして、アンジェは先を行くセイランの追って駆けて行った。それを見ながら安堵の溜息をつくオリヴィエに、オスカーがからかうような声をかける。
「振られたな、極楽鳥。」
「さーて、何のことかな?」
「酒飲むなら付き合うぜ。」
「そうだねェ。あんたのオゴリならつきあってもらおうっかな。」
オリヴィエは、オスカーが誤解しているのをいいことに少々肩を落とした振りをして約束を取り付けた。
それから、リュミエールに声をかける。
「オスカーが祝杯を奢ってくれるってさ。リュミちゃんもおいでよ。」
「祝杯、ですか?」
リュミエールは先程とはうって変わったオリヴィエの様子に戸惑いながら、奢り酒と聞いて目を煌めかせた。
「そ。私達のカワイイ妹分の幸せな未来にカンパ~イってね☆」
「それは素晴らしいことですね。お相伴にあずかります。」
にっこりと微笑むリュミエールにオスカーが青くなった時は既に遅し。
その夜オスカーは、どれ程飲んでも顔色一つ変えること無く嬉しそうにカパカパとグラスを空けるリュミエールと落ち込むどころか幸せそうに飲み続けるオリヴィエを前にして、独りヤケ酒を飲んだのだった。

-了-

《あとがき》
SP2を舞台としたセイラン×コレットです。
セイラン様のお誕生日創作のはずだったのですが、いつの間にやらセイコレ風オリヴィエ様創作になってしまいました(^_^;)
実は、オリヴィエ様の台詞考えるのって苦手なんですが…。頑張って挑戦してみましたので、「ここはもっとこんな口調になるんじゃない?」とかいうツッコミは無しにして下さい。
そして、オスカー様が不幸になるのはうちではお・や・く・そ・く☆
決して悪気はないんです!! ただ、格好良い人は崩したくなるだけで…。ごめんなさい、オスカー様&ファンの方。ここは一つ、「ふっ、仕方のないお嬢ちゃんだな」と笑い飛ばしてやって下さい(滝汗;)
「謝るくらいなら書くな」と言われそうですが、それでも書きたくなるのが彼等の魅力vv

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