SWEET & SWEET

「解ってるとは思うけど、学校の友達には僕達の関係は秘密だよ。」
転校初日、学校へと向うアンジェにセイランは念を押すように言った。
片や謎の芸術家、片や普通の女子高生。
正式に婚姻関係を結んでいるから公的には問題ないが、同級生やその保護者に知れれば大騒ぎになるだろう。その騒ぎが原因で知人の居ない街へと引っ越して来る羽目になったことを承知しているアンジェは、セイランの言葉に何度もしっかりと頷いた。
そして、放課後。その日1日ですっかり打ち解けてしまったレイチェルと一緒に帰途についたアンジェは、夕食の買い物に寄った商店街で見かけたケーキ屋の前でケースに張り付いたのだった。
「あ、そこのケーキってどれも美味しいんだヨ。」
案内がてら買い物に付き合ってくれたレイチェルが、ちょっと店を指差したのが運命の分かれ道。本来の目的を忘れてアンジェは並ぶケーキの前で目移りし、呆れ顔のレイチェルの前でブツブツと呟きながらうろうろする始末だった。
「ねぇ、とりあえず最初に目についたやつを買っちゃえば?」
「う~ん、でも引っ越して来たばかりで物入りだし…。」
食べたいケーキは2個まで絞り込み出来た。値段もお手頃である。しかし、今度こそ立派な奥さんになるぞー、と決意を新たにして引っ越してきたのだ。いろいろ物入りの時にケーキを買って帰るのは、自分の思い描いた姿に反するような気がする。
「やっぱり、こんな時に余計な出費で家計に負担をかけちゃいけないわよね。」
自分に言い聞かせるようにしてアンジェが呟いた時、頭の上から聞きなれた声が聞こえて来た。
「君がケーキを10個や20個買ったところで、それが負担になる程、うちの家計は貧困じゃないつもりだけど。」
「それはそうなんですけど…。えっ!?」
返事をしかけてアンジェが声の方を見上げると、そこには見慣れた顔があった。
「チョコタルトとチーズスフレでいいのかい?」
セイランは、アンジェが買いたいと思った2個のケーキを正確に言い当てる。
「他に欲しいものがあるなら遠慮なく言ってごらん。」
「あの、えぇっと…。」
「ケーキに君の視線を独り占めされるなんて我慢ならないからね。選べないなら全部だって買ってあげるよ。」
隣に立って尚気付いてもらえなかったことで不機嫌になっているセイランに、アンジェは小さくなりながら、チョコタルトとチーズスフレを買ってもらった。
そんな様子を見て黙っていられるレイチェルではなかった。
「ねぇねぇ、アンジェ。この人、アナタのお知り合い?」
勿論、この問いには「恋人?」という含みがある。ふらりと現われて物を買ってあげるという行動も然ることながら、つい先程のセイランの言動など正にそういう関係を想像させるものだ。
「あ、あの、その…。」
セイランに今朝口止めされている以上、本当のことを言う訳にはいかないと、アンジェは焦った。
「な~に? そんなに焦るってことは、やっぱり恋人とかなワケ?」
「あの、恋人というか…。」
「兄だよ。」
からかうようなレイチェルの言葉にますますしどろもどろになって今にも本当のことを口走りそうになるアンジェの言葉を遮って、セイランは平然と嘘をついた。勿論、アンジェは慌てる。
「セイラン様!!」
だが、鋭く発せられたアンジェの声にも動じること無く、セイランは更に続ける。
「僕の名はセイラン。アンジェとは、数年前に親が再婚して兄妹になったんだ。もっとも、僕はあまり実家に寄りつかなかったけど…。でも、その親は共に事故で亡くなったし、いろいろあって今は2人で暮らしてるのさ。」
セイランはこの簡単な説明で、家計の話もアンジェがセイランを様付けで呼ぶことも、そしてセイランがアンジェに甘い顔をしたことも全て辻褄を合わせてしまった。アンジェの両親が再婚したことや事故で亡くなったことは嘘ではないから、彼女が学校で何か話していたとしても矛盾はしない。
案の定、レイチェルはセイランの説明を信じたようだった。
「素敵なお兄さんが居て羨ましいな。」
「そ、そうかしら?」
アンジェはセイランの嘘についていけず、おろおろした。しかし、別のことに気をとられていたレイチェルは、アンジェのそんな様子には気付かなかった。
「でも、セイランってどっかで聞いた名前だね。確か、『謎の芸術家』って呼ばれて…。」
呟きながらセイランの方を見ると、彼の手の中には画材が抱えられている。
訝しむように見つめるレイチェルに、セイランはあっさりと切り返した。
「セイランなんて名前、あちこちに転がってるだろう? 絵を描く人間だって五万と居るよ。それこそ、下手の横好きから巨匠までね。」
「それもそうね。」
その後もセイランはレイチェルの追求を飄々と躱し続けた。そして、分かれ道まで来ると、レイチェルは友達とその兄に対して軽く挨拶して駆け去って行った。

無事に家まで帰りついたセイランは、アンジェの煎れた紅茶で一息つきながら呟いた。
「やれやれ。なかなか鋭い子だったな。迂闊なことを口走らないように注意しなくちゃ。」
「……。」
アンジェは不満そうな顔で上目遣いにセイランを見つめた。
「そんな顔して、一体何が言いたいんだい?」
「セイラン様、嘘が上手すぎます。」
あんなにあっさりと嘘をつくセイランに、アンジェはこれから彼の言葉をどれだけ信用していいのか判らなくなって来た。それでなくてもセイランが自分を選んでくれたことが夢のようなのに、これでは自分が今までに聞いた言葉はやっぱり夢だったのかと不安になって来る。もしかして、セイランは自分のことを妹のようにしか思ってないのではないかとさえ思えて来る。
「僕の気持ちを疑うのかい? 僕は、君に嘘をついたことはないんだけどな。」
傷ついたような表情を作って、セイランはカップを置いて部屋を後にしようとした。
「あ、いえ、気持ちを疑ってる訳では…。」
アンジェは慌ててセイランを追いかける。
「でも、妹なんて嫌です。やっぱり、本当のことが言いたい。」
「本当のことを言って、困るのは君だよ。」
そもそも、セイラン自身は2人の仲がバレたところで一向に構わなかった。それで作品の価値が下がる訳でも仕事が無くなる訳でもなかったし、むしろアンジェを自慢して歩きたいくらいだった。しかし、学生であるアンジェは他の生徒に与える影響などから学校側の対応が懸念されるし、ファンから嫌がらせを受ける可能性だってある。実際、セイランの正体はバレなかったとは言え、アンジェは同棲-事実は結婚-していると噂を立てられて転校を余儀無くされたのだ。
「これでも、君の身を守れるような設定を考えるのに必死だったんだからね。」
セイランは、よくもあれだけ瞬時に都合の良い設定を考えつけたものだ、と自分でも驚いていた。
「それでも君が事実を公表したいのなら、僕はもう止めないよ。」
それでまた引っ越す羽目になっても何処へだって付き合ってあげる、とセイランは平然と言い放った。そんなセイランに、アンジェはしばらく考え込んだ後、別のことを問いかける。
「本当に私なんかで良かったんですか?」
不安そうに発せられた問いに、セイランは軽く溜息をついた。
「君が良いんだ。それも、いつもの君が。」
「いつもの私、ですか?」
アンジェは小首を傾げた。その仕種の可愛さに機嫌を直しながら、セイランは続ける。
「世間一般の常識に当てはまる『奥さん』なんて要らない。僕が欲しいのは、僕を惑わせ続けてくれる、宇宙一興味深い女性だよ。君のようにね。」
絶妙の流し目と共に発せられた言葉に、アンジェはまるで夕日が窓越しに移り込んだかのように真っ赤になった。

翌日、アンジェはレイチェルに本当のことを話す覚悟を決めて、気合いを入れて登校して行った。その帰りを待ちながら解きかけの荷物を元に戻していたセイランの労力が無駄になったかどうかは、あなたの心の中の物語となるだろう。

-End-

《あとがき》
現代風パラレルのセイコレ創作です。
ちょっと設定説明とかの地の文が分かりにくかったかも、などと思いつつも開き直って書き上げました。
テーマは「SWEET」です。ケーキも甘いが、セイラン様も甘くしてみました。挙げ句には、そのままタイトルに…。
そしてLUNAのいつものスタイルで、ラストは「続きはあなたの心の中で…」というアンジェリークの伝統的(?)な終わり方です(汗;)
ちょっとでもお楽しみいただけましたら嬉しく思います。

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