近くて遠い君を想ひて

「君、本当に女王候補?」
初めて部屋に来た君を見た時、口をついたのはそんな言葉だった。だって、どこから見ても場違いなくらいに、取りたてて輝くようなものが感じられなかったから…。
「あ、あの…。学習を…お願い…します。」
消えそうな声でそう言った君は、やっぱり女王候補なんかには見えなかったよ。
それが今ではどうだろうね。見事に女王試験に勝利した挙げ句、新宇宙をレイチェルに任せて旅に出て、僕達を集め、守護聖様方を救出し、ついには女王陛下まで救い出してしまうんだから。本当に、その細い身体のどこにそんなパワーがあるのやら…。
認めるよ、君の真価を見抜けなかった初対面の時の自分の愚かさを。まったく、大したもんだね、この僕をここまで夢中にさせるなんてさ。
決戦前のちょっとした息抜き。気分転換にと買い物に誘っては見たけど、思ったより元気そうだね。やっと、自然な笑顔も浮かぶようになったみたいだ。
「セイラン様、これ如何ですか? お似合いだと思いますよ♪」
「…アンジェリーク。そんなに声を張り上げなくても聞こえるよ。」
露店の周りには他の買い物客や行き交う人が大勢いる。彼らは、アンジェリークの声を聞いて僕達の方を注目したみたいだな。
「すみません。何だか、心ここにあらずって感じだったので…。」
「そんなことは無いよ。」
とぼけては見たけど、君って結構鋭いね。品物に夢中になってるように見えて、僕の様子まで把握してるなんてさ。さすがは、宇宙の女王になっただけのことはあるよ。
感心して見ている僕に、君は小首を傾げてる。何か言いたげだね。
「何? 僕の顔に何かついてるかい?」
「これ、お気に召しませんか?」
目の前に広げてみせられたのは、淡いブルーのスカーフ。
「悪い色じゃないけど、ちょっとどなたかを思い出させるような色だね。」
折りたたむとそうでもないけど、広げてみると透明なまでの淡さはリュミエール様の瞳を思わせる。
「では、こちらは如何ですか?」
さっきより濃い目だけど、今度はオスカー様の瞳の色かい?
反応の思わしくない僕を見て、アンジェリークは更に別のものを取り上げようとする。
「次は、ランディ様?」
手を伸ばした時点で僕がこぼした言葉に、アンジェリークは手を止めた。
「やれやれ、どうやら君には感性の学習を受けなおしてもらわなくちゃいけないみたいだね。」
シュンとなったアンジェリークの前で、僕は1枚のスカーフを手にした。
「どうせなら、これを勧めて欲しかったな。」
青緑のスカーフを取り上げた僕に、アンジェリークはキョトンとしている。
「だって、君の瞳の色だからさ。」
僕の言葉に恥ずかしそうに頬を染めるアンジェリーク。でも、君はまだ気づいてないみたいだね。僕がことさらに瞳の色にこだわっているのには訳があるんだ。君がさっきから握り締めて離さないそのペンダントが誰を思い起こさせるのか、考えてごらん。
緑の石のついた銀のアクセサリー。クールに輝く美しい色合いも然る事ながら、シャープなデザインも見事なものだ。まるで、彼のように…。
皆の前では平気な素振りをしているけど、やっぱり君はまだ彼のことが好きなんだね。

「裏切りなんて、世間じゃそう珍しくもない。」
アンジェリークに言うと同時に、僕は自分にも言い聞かせた。
君ほどじゃないけど、僕だってショックだったよ。彼のことは嫌いじゃなかったからね。
信じていない相手なら、裏切りなんて成立しない。心を許さなければ、傷つくことなんてない。だから、裏切られたと感じて傷ついてる僕は、多分彼の事を気に入ってたんだと思うよ。もしかしたら、良い友人になれるんじゃないかとさえ思ってたみたいだ。
だけど、僕は君に慰めの言葉なんて掛けないよ。互いを哀れんだところで良いことなんて何もない。それに、そんなのは僕らしくないだろう?
「君がこの場で闘いを放棄することは、それこそ裏切り行為だ。君を信頼する仲間へのね。」
どうして僕が闘いなんて不似合いなものに身を投じてると思ってるんだい? 君が誘ったからだよ。
正直言って、僕は宇宙の危機を救う為に闘うなんて崇高な意志は持ちあわせてないんだ。君が僕の力を借りるために訪ねて来たから、だから歴史という大河に身を投じる気になったんだよ。
「私は闘います、セイラン様!」
真っ直ぐに僕の方を見て答えた、君。
ああ、よかった。君は、こんなことで負けたりはしないね。
さぁ、今夜はもうゆっくりとお休み。
目が覚めたら、一緒に女王陛下を助けに行こう。今までは、後ろから見守っていることしか出来なかったけど、これから僕は君の隣に居る。
そして、女王陛下を助けたら、次は彼の元へ…。
覚悟しておくんだね。アンジェリークを傷つけた罪は重いよ。その始末は、僕がこの手でつけてあげよう。

「ついに、ここまで来たね。」
「…はい。」
アンジェリークは決意に満ちた瞳で扉の奥を見つめている。この奥に、彼が居る。
静かに開かれた扉をくぐって、僕達は彼と対峙した。
「さあ、我にとどめを刺せ。」
勝負がついてとどめを請う彼に、君は首を横に振る。何度請われても、決してとどめを刺そうとはしない。
ああ、それが君だってことは解ってるつもりだったけど、本当に強情と言うか諦めが悪いと言うか…。
君達だけを残してその場を離れた僕には、その後2人の間に何があったのかは判らない。ただ、城が崩れ始めて、慌てて君の元へと戻った時には彼の姿は消えていた。でも、君の顔を見れば、彼が逃げた訳でも君がとどめを刺した訳でもないことくらいは判るつもりさ。
「どうしたんだい? 早く脱出しないと危ないよ。」
軽く腕を引いたくらいでは、アンジェリークは動かない。その場に座り込んで、立ち上がろうとはしない。
「やれやれ、こういうのは僕の趣味じゃないんだけどな。」
だけど、他の人になんて任せたくはない。僕よりもっと得意そうな人は沢山居るだろうけどね。
「セイランさん!?」
メルが普段から丸い目を更に丸くして見つめる前で、僕はアンジェリークを抱き上げた。見た目以上に軽い上に、この闘いで僕も結構鍛えられたからね。軽々と、とは言わないけど、抱えて脱出するくらいは出来るよ。
外へと急ぐ中、何か光るものが床に落ちた。
涙?
慌ててメルが拾い上げると、それはあの露店のペンダントだった。
「鎖が切れちゃったんだね。これくらいなら、ゼフェル様にお願いしなくても、メルでも直せるよ。」
メルの手元を見ながら、アンジェリークはゆっくりと僕の腕から降りた。
「あっ!!」
驚くメルの目の前で、アンジェリークはペンダントを奥へと投げ捨てる。
「…これで、いいんです。」
振り返ったアンジェリークは、何かを振っ切ったように強い目をしている。
「本当に、いいんだね?」
「はい!」
それは、彼の事を振っ切ったってことかい? パーティーの後で、僕の話を聞いてくれる?
ああ、そんなに都合良くはいかないか。
ま、君が立ち直ってくれるだけで、今は良しとするさ。でも、このまま終わりにするつもりはないからね。だから、さよなら、とは言わないよ。いつかきっと、この僕をここまで魅了した責任をとってもらう。そう遠くないうちに、ね。

-了-

《あとがき》
天レク終盤を舞台としたセイラン様主役のアリコレです。
セイラン様を主役にしてゲーム中の世界を舞台にしようと頑張ってみましたが、どうもセイラン様を主役に持って来ようとするとこの形式になってしまうようです。本来は、3人称で所々地の文に台詞入りってのが得意だったはずなのですが…。
そしてLUNAのプレイの影響が各所に出ております。
うちのセイラン様は、最後のレヴィアス戦で<白氷のロンドLV.3>の麻痺効果の発動率が良すぎです。道中の他のモンスターや私設騎士団にはなかなか効かないのに……(^^;)
そして、トロワ初回プレイ時にアリオスを発見し損ねたLUNAは、セイラン様とLLEDを迎えました。
だからと言って、この作品のラストのセイラン様はアルカディア事件を予測してた訳ではないんですが…。一応は「きっと新宇宙へ行ってみせるよ」なんて考えてたということにしておいて下さい(汗;)

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