待ち合わせの功罪
ずっと気になっていたあの子からの誘いの手紙。日頃から「先のことなんて解らない」と言っている手前、返事は出さなかったけど、当日の僕は手紙にあった場所へと急いだ。
でも、慣れないことはするもんじゃないな。人込みに方向を見誤って、指定の時刻には随分と遅れてしまった。
「ごめん、待ったかい?」
遠目に彼女の姿を見つけた後、近寄る前に必死に息を整えて、それでもまだ少し落ち着きの無いままに僕は彼女に声を掛けた。
「いいえ。私も今来たところですから。」
何だって?
「へぇ~、この僕を誘っておきながら随分な態度だね。」
「えっ?」
彼女は急変した僕の態度に困惑したようだった。
「今来たところだって? 君が指定した時刻は30分以上も前だよ。」
つまり僕はそれだけ遅刻した訳だけど、この際そんなことは棚上げだ。
「不愉快だね。今日はもう帰るよ。」
泣きそうな顔をした彼女を残して、僕は急ぎ足で家へと帰った。
しばらく経って、またあの子から手紙が来た。まぁ、冷静になって考えてみれば僕が待たされた訳ではないし…。行ってあげてもいいかな。
      今度は遅刻しないようにと早めに来たけど、ちょっと早すぎたようだ。指定は11時なのに、まだ10時にもなってない。どこかで時間を潰さなくっちゃ。
      ああ、またやってしまった。時間潰しに入った先で面白いものを見つけて、ついつい夢中になって、気がついたらとっくに12時を過ぎている。
      それでも指定の場所に行ってみると、彼女が待っていた。
      「随分待たせてしまったみたいだね。」
      「いいえ、そんなことないです。」
      何だって?
      「君、一体何時に来たの?」
      「えっ、あの…。11時ちょっと前ですけど…。」
      それからもう1時間以上過ぎている。その言葉が正しいなら、随分長いこと待っているじゃないか。
      「僕、嘘つきは嫌いなんだ。」
      またしても、僕は泣きそうな顔をした彼女を残して立ち去ってしまった。
また彼女から手紙が来た。懲りないな、とは思うけど、その誘いに応じてしまう僕もどうかしてるよ。
      でも、指定の時刻を過ぎても彼女は現れない。
      「何だ。やっぱり時間通りになんて来てないんじゃないか。」
      そんな風に吐き捨てながらも、何故か僕の身体はその場を離れようとはしない。
      イライラしながら頻繁に近くの時計に目をやるけど、僕が思っているほど時間の経つのは早くないらしい。3分、5分、8分、10分…。ゆっくりと、それでも確実に時間は経過していく。でも、彼女は現れない。
      「もしかして、仕返しかな?」
      2度に渡って待ちぼうけを食わされた挙げ句に冷たい仕打ちを受けた仕返しに、すっぽかそうとしてるのだろうか。
      「そんな子には思えなかったけど…。」
      何を言ってるんだろう、僕は。そんなことが言える程、彼女のことを知ってなんか居ないだろう。
      20分経過。
      何故か僕はまだ彼女を待っている。どうしてこんなところに居るのか、自分でも不思議だ。
      「ごめ~ん、待った~?」
      近くで、甘ったるい声が聞こえた。
      「おっせーよ。」
      「しょーがないでしょ。事故で電車止まっちゃったんだからぁ。」
      「だったら、連絡くらい入れろよな。」
      「何言ってんのよ、電源切ってたクセに。周りに白い目で見られながら、何度もケータイ掛けたんだよ。」
      「えぇっ!? あっ、本当だ。チッ、それじゃ許してやっか。」
      「それ、こっちの台詞だよ。ま、いいや。行こう♪」
      どこかのカップルが、楽しそうに去っていく。
      何だか、気になるな。事故だって? それで、彼女も遅れてるのかな。
      電車はそれから次々と到着したらしく、駅の方から大量の人が流れて来る。でも、彼女の姿は一向に見えない。まさか、彼女が事故の被害者とかじゃないよね。
      どうしよう、駅員に聞いてみようか。でも、苦情を言う人達に囲まれて、とても聞けるような雰囲気じゃない。遠慮なんてする気はないけど、物理的にあれを掻き分けるのはちょっと無理そうだ。
      「……。」
      僕は、壁に凭れて彼女の名を呟いた。それが効いた訳ではないだろうけど、どこかから僕の名を呼ぶ声が聞こえて来る。
      「……ラン様~。セイラン様~っ!!」
      声のする方に向って目を凝らすと、もみくちゃにされながら必死に人を掻き分けて僕の方へやって来る彼女の姿を発見出来た。
      「…ゼィ、ゼィ。す、すみません、お待たせしてしまって。」
      そう言って何度かペコペコと頭を下げた後、彼女はそのまま俯いてしまった。
      「どうしたんだい?」
      「グスッ…。まさか、まだ待ってていただけるなんて思いませんでした。」
      あ~あ、泣き出しちゃったよ。僕、泣き虫って嫌いなんだけどな。
      そんな気持ちを読み取ったのか、彼女は慌てて涙を拭う。
      「自分でも、何でまだここに居るのか不思議なんだけどね。」
      「すみません。」
      別に嫌味を言った訳じゃないんだけど、彼女は恐縮したようにまた何度も頭を下げる。
      「事故があったんだって?」
      「…はい。」
      「君が、無事で良かったよ。」
      「えっ?」
      気がつくと、僕は彼女の身体を包み込むように抱き締めていた。
      「君が事故にあったんじゃないかって、心配で堪らなかった。」
      「あの…。事故って、信号機事故だったんですけど…。」
      何だって?
      僕はその一言で力が抜けた。
      「だ、大丈夫ですか、セイラン様!?」
      「あは、はははは……。」
      僕は彼女に凭れるようにしながら笑い続けた。信号機事故だって? それもそうだよね。考えてみれば、人身事故ならこの程度の遅れで済むはずがないよ。そんなことも解らなくなるくらい、僕は追い詰められてたのか。
      「やっぱり僕は、ほんの少しの間だって待つのは御免だ。余計なことばかり考えてしまう。」
      僕が離れながらそう言うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
      「私は、セイラン様を待つのは平気です。だって、いろんなこと考えてたらすぐに時間が経っちゃいますもの。」
      「いろんなこと、って?」
      「舞い上がって頓珍漢な答えをしないように、セイラン様に言われそうなことをいろいろ想像してたらキリがありません。本当に何言われるか、ビックリ箱みたいなんですもの。」
      僕って、そんなにつかみ所がないかい?
      あれれ? それじゃ、僕が遅刻した時の君って…。
      「もしかして、30分や1時間なんて…?」
      「セイラン様を待ってたら、そんなのすぐですよ。」
      ごめん。君はちゃんと時間通りに来てたし、嘘もついてなかったんだね。
      「でも、2人で居られる時間は多い方が嬉しいです。」
      「そうだね。それじゃ、早いところ移動しようか。」
      ここは騒がし過ぎるし、疲れているであろう君をゆっくりと座らせてあげたいしね。
      まさか、僕がこんな風に誰かを気遣うことがあるなんて思いもしなかったけど、その相手が君なら悪くはないかな。
      今はまだ秘密にしておくけど、いつかきっと、君にこの言葉を聞かせてあげるよ。
      ………好きだよ…。
《あとがき》
初書きのセイラン様創作は、如何でしたでしょうか?
雰囲気はセイラン×コレットをイメージしていますがコレットちゃんの名前は出て来ませんので、セイラン様が呟いた名前を御自分のものだと思うことも出来たりします(^^;)
初のセイラン様主役でしかも珍しく一人称。LUNAはこの機に新スタイルの開拓を図ってみたようです。
この機……そう、これは「月光宮」の開設3周年記念作品なのです。
それが、何故セイラン様創作なのか。LUNAのファーストダーリンはアリオスの筈なのに、どうして記念品にセイラン様なのか。それは、「トロワ」の最上恋愛エンディングの所為です。
「3回。何の数字かわかるかい?…このサイトが開設記念日を迎えた数さ。」
という訳で、セイラン様に主役を務めていただきました。まぁ、普段から影の主役を務めてるようなことが多いけど…(^^;)
LUNAの作品を愛して下さる方々に感謝を込めて、この作品をお贈り致します。
本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願い申し上げますm(_ _)m 

