大光注意報

「見事、世界に冠たる女王となってみせるがいい。このジュリアスを捨ててまで選んだ道なのだからな。」
ジュリアスは、そう言い捨てるとアンジェリークをその場に残して立ち去った。
そして、それから毎晩のように、エリューシオンには光のサクリアが大量に送られ続けた。
おかげで大陸の育成バランスは崩れ、それを補うために他のサクリアを日替わりで送り続けるために、アンジェリークは依頼に駆け回る日々を送るはめになった。
更に、それでも偏って発展していく大陸を何とか元の長閑な様子に戻すため、アンジェリークは寝る間も惜しんで、様々な文献をあさった。守護聖たちとおしゃべりをする暇もなく、そして、リュエールとデートをする暇もなく・・・。

「はぁ~~~」
アンジェリークは、公園のベンチで深く溜め息をついた。
いくら探しても、めぼしい文献は見つからず、今日もクラヴィスにサクリアを送ってくれるように依頼するだけで一日が過ぎてしまったのである。
「あら、アンジェリーク。こんなところで、何を暗くなっているのかしら?」
「ロザリア・・・ふぇ~ん、ロザリア~!!」
アンジェリークは、いきなりロザリアにしがみつくと、大声で泣き出した。
ロザリアは焦ったが、とりあえずベンチに二人で腰をおろし、ひとまずアンジェリークが泣き止むのを待つことにした。
「あ~ら、ロザリアってば、アンジェリークを泣かせたりして何やってるのかなぁ?」
ロザリアが顔をあげると、そこには買い物帰りのオリヴィエが派手な使用人達を引き連れて立っていた。
「オリヴィエ様、人聞きの悪い言い方なさらないで下さい!」
「あんたが原因じゃないことくらい、わかってるよ。でも、このままじゃ埒があかないからね、さっさと場所を移動しちゃおうよ。」
言うが早いか、オリヴィエは使用人に命じて二人を私邸に運んでしまった。

オリヴィエの私邸についた頃には、アンジェリークも幾らか泣き疲れていた。
ロザリアから離れて、オリヴィエの勧めたお茶を含むと、少しは落ち着きを取り戻し、ポツポツと事情を話し始めた。
「なるほどねぇ。随分と目をかけてると思ったら、そういうことだったのか。」
「冗談じゃありませんわ、振られた腹いせにそんなことなさるなんて!」
「う~ん、あいつの場合、腹いせじゃないとは思うけど・・・でも、迷惑だわね。」
事情を聞いて、ロザリアは憤慨した。
「でも、どうして本人に直接、止めてくれるように言わないの!?」
「だって・・・今は、顔を見るのもつらくて・・・。」
「あんたは女王候補なのよ。エリューシオンを導くために、最善の努力をする義務があるんじゃなくって?」
アンジェリークはロザリアの言うことが正しいと思っているし、実際にそうしなくてはと思っているのだが、なかなか出来なかった。アンジェリークが求めるものとは違っているが大陸は発展しているのだから、この状態で如何にしてジュリアスを論破することが出来るかを考えると、いい案は浮かんでこなかったのである。
「私が協力して差し上げますわ。あんたは、その間にルヴァ様にも事情をお話しして今後のことを相談してらっしゃい。」
ロザリアの勢いに押されて、アンジェリークは頷いた。
「ま、私も出来るかぎり協力してあげるからね。二人とも、頑張るんだよ。」

翌日、ロザリアはジュリアスの執務室を訪れて、妨害の依頼をした。
「自分の大陸の発展に力を尽くすことなく、他者の足を引っ張るなど、醜い行いとは思わぬのか?」
「私は女王候補として、両方の大陸を救うだけですわ。」
ロザリアは、そう言うと、優雅に身を翻してジュリアスの前から立ち去った。
残されたジュリアスは、ロザリアの言葉の意味を考えてみたが、何のことかわからず、その内また、書類に集中してしまった。
そして、その晩、エリューシオンから大量の光のサクリアが引き上げられることはなかった。
その翌日も、ロザリアはジュリアスに妨害を依頼した。
「そなた、昨日、私が申したことを聞いてはいなかったのか?そのように愚劣な行為が、女王候補として相応しいものであるかどうか、よく考えてみるがよい。」
「ジュリアス様こそ、私の申し上げたことをお聞きになってはいらっしゃらなかったようですね。妨害の依頼も、実行していただけなかったようですし。今日こそは、きちんと依頼を果たして下さいませ。」
ジュリアスの睨みにも怯まず、ロザリアはまたしても自分の言いたいことを言って去って行った。しかし、その後すぐ、クラヴィスの執務室へと駆け込んだのであった。
「また、あれにきついことを言われたようだな。」
クラヴィスは、いきなり部屋に飛び込んで来たロザリアを優しく迎え入れた。
「この部屋は暗いからな、お前が泣いたとて、泣き顔が目にうつる心配は要らぬぞ。」
「まだ、泣いてはいられませんわ。」
「何故、はっきりと教えてやらない?」
「ジュリアス様には、御自分で間違いに気付いていただきたいのです。それに、私が申し上げて納得される方ではないでしょう?」
「お前はそれで、辛くはないのか?」
そう言いながら、クラヴィスはロザリアをソファへと誘った。ロザリアは、クラヴィスに軽くもたれ掛かりながら呟いた。
「ですから、少しの間、こうさせていて下さいませ。」
そしてその晩も妨害は行われることはなく、ロザリアの戦いは続いたのであった。

次の定期試験は、大陸の発展の具合で審査が行われて、辛うじてロザリアが勝利した。
エリューシオンが光のサクリアで急発展し、ロザリアが毎日ジュリアスとの戦いに明け暮れていたとは言え、元々よく発展していたフェリシアの方がまだ勝っていたのだった。
謁見の後、ロザリアとアンジェリークはリュミエールやお子さま組と一緒にリュミエールの私邸へお茶会をするため、即刻、宮殿を辞した。オスカーは、デートの約束があるらしく、やはり急いで走り去った。
それらを見送った後、オリヴィエとルヴァがジュリアスを呼び止めた。女王試験のことや最近の大陸の発展のことで相談がある、というルヴァの言葉にジュリアスも話に応じ、場所を改めることにした。
だが、部屋を移ると、一緒にクラヴィスもついてきていた。
「クラヴィス、そなたが何故ここにいる?」
「私も、お前に話があるのだ。女王試験と大陸の発展と、そして女王候補のことでな。」
驚く3人を前にして、クラヴィスはジュリアスに詰め寄るように言った。
「お前の最近の職務怠慢は目にあまる。」
普段、ジュリアスがクラヴィスに口癖のように言っている言葉である。まさか、逆に自分が言われるようなことになるとは思ってもみなかったジュリアスは、絶句した。
「女王はわれらに、女王候補の望みに応じて力を使うように、と言われた。それを、依頼を無視するなど、職務怠慢以外の何物でもあるまい。」
嘲笑するかのような含みを持たせて言い放たれた言葉に、驚きながらもルヴァが引き継ぐように続いた。
「それにですね~、望まれない形で大陸を発展させられたアンジェリークがどんな想いをしているか、考えてみて下さいよ~。」
「そうそう、自分らしい発展をさせるために奔走して、お肌だって荒れちゃってるんだよ。可哀想じゃない!」
便乗してオリヴィエも、少しペースを掴み直して来た。
「私は、アンジェリークが一日も早く女王になれるようにと思って、力を貸しているのだ。そなたらに、とやかく言われる筋合いはないと思うのだが。」
辛うじて反撃したジュリアスに、クラヴィスの怒りは頂点に達し、容赦ない一撃を放った。
「望まれた力を使わぬばかりか、望まれぬ力を使い続けるなど、女王試験への冒涜だな。今や、お前のせいで二つの大陸は危機に陥っているのだ。」
「それは、どういう意味だ?」
「あのですね~、エリューシオンがこれ以上バランスを崩しますとね~、大陸自体が危ないんですよ~。そうなるとですね~、フェリシアにも影響が出るかも知れないんです~。」
そう言うと、ルヴァは抱えていた報告書をジュリアスに差し出した。もともと、これが目的でジュリアスを呼び止めたのである。
報告書に目を通したジュリアスは、ロザリアの言葉の意味をやっと理解した。

固まってしまったジュリアスを置き去りにして、3人はルヴァの私邸でお茶会を始めた。
「おっどろいたわ~、クラヴィスがあんなこと言うなんて。」
「そうですね~。」
無言でお茶を飲んでいるクラヴィスを横目で見ながら、オリヴィエとルヴァはこそこそ話していた。
自主的に行動を起こすこと自体珍しく見えるのに、ジュリアス張りの正論を口にしたのである。驚くな、という方が無理だろう。
2人の会話をしっかり聞き取っていたクラヴィスは、ボソッと呟いた。
「あれの泣き顔は、見たくないのでな。」
「それってロザリアとリュミちゃんのどっち?」
ジュリアスと会った後のロザリアは、いつも辛そうな顔でクラヴィスの執務室へ飛び込んでくる。決して泣き出すことはないが、それがかえってクラヴィスの心を締め付けた。それに、ジュリアスが毎日、ロザリアに何と言っているのか、すべて筒抜けになっていたのである。
リュミエールは、せっかくアンジェリークと想いが伝わりあうようになってきたのに、ジュリアスのおかげでアンジェリークが女王になりそうな上に、話をする時間を奪われた。最近のリュミエールの演奏は、精彩さを欠き、聴いてる方も物悲しい。
「どっちにしても、ちょっとした意趣返し?」
そのオリヴィエの言葉に、クラヴィスは薄笑いで応じた。

-了-

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