当たり籤

アンジェ達は宇宙を救う旅の中、細雪の街で宿をとることになった。
その街中で、セイランは寒さに震えながらブツクサ言っていた。
「何だって僕がこんな中を買い出しに行かなきゃならないんだか…。」
「そりゃ、お前が籤で買い出し担当に当たったからだろ。」
愚痴るセイランに対して、アリオスの反応は辺りの空気と同様に大変冷たかった。

「全員ちゃんと引いたか? ほい、そんじゃゆっくりと手元の籤を開けろー。」
ゼフェルの号令で、守護聖と教官と協力者とそしてゼフェルの代理で籤を引いたアリオスが複雑に折り畳まれた紙をゆっくりと開いていった。器用さを司る鋼の守護聖だけあって、その紙のたたみ方はなかなか凝ったもので、破らないように開くのには少々時間が掛かる。
「スカ? あの、ゼフェル…。私の引いた籤には大きく『スカ』と書かれているのですが、これは一体どう意味なのでしょうか?」
「ああ、それか。良かったな、リュミエール。そりゃ何の担当にも当たらなかったって意味だ。」
「何の担当にも、ってのは何なのさ? これは買い出し担当を決める籤のはずじゃないの。」
結果は『スカ』だったからいいけどさ、と心の中で呟きながらオリヴィエは言った。
「そりゃまぁそうだけどよー。どうせこの後また他の担当でも揉めんじゃねーかと思って、ついでだからいろいろ書いといてやったっつー訳だ。」
「そうですか~。うんうん、ゼフェルもなかなか気が利くようになりましたね~。」
そう言ってゼフェルを褒めるルヴァも、もちろん『スカ』だった。
「それにしても、残念だったな、ゼフェル。」
アリオスは自分の手元の紙を見つめながら、クッと笑った。
「げっ、まさか俺の籤、何か当たっちまったのか!?」
作った本人が畳み方を微妙に変えておいて不正を働かないことを証明するためにと、既に買い出し担当に名乗りを挙げていたアリオスに代理で籤を引かせたゼフェルは、アリオスの言葉にギクリとした。
「それが、本当に残念なんだが……『スカ』だ。何か当たってたら面白かったのにな。」
籤に書かれた文字を皆に示しながらしみじみと言ったアリオスに、ゼフェルは「紛らわしい真似してビビらせんじゃねーよ」と牙を向いた。
「あれ? 俺の籤、何か別のこと書いてあるみたいだ。えぇっと、『洗いま賞』?」
「えっ、ランディも!? 僕のにも同じこと書いてあるよ。これって何なの、ゼフェル?」
「洗うっつったら、皿だよ、皿。お前ら、今日の皿洗い担当っつーことだ。」
そこへ、エルンストから質問が飛ぶ。
「私の籤には『作りま賞』とあるのですが…。これは何の担当なのでしょう、ゼフェル様?」
「飯作る担当に決まってんだろ。あ、他にも『見張りま賞』と『片付けま賞』ってのも書いといたぜ。」
「もしかして、それぞれ見張りと片付け担当かいな?」
「おっ、よく分かってんじゃんよー。」
「と言うことは、俺は見張りか。適任だな。どんな敵が来ようともお嬢ちゃんには指1本触れさせないぜ。」
「あんたに見張られる方が危ないんじゃないの?」
「何だと、極楽鳥!!」
「はいは~い、他に『見張りま賞』の人は手を上げて~! 敵だけじゃなくて、こいつも見張ってもらうからねぇ☆」
すると、ジュリアスがスっと手を上げた。
「うそ、マジ? やったね、これならあの子の安全もバッチリ☆」
「オスカー。我らの働きに皆の安全が掛かっておるのだ。くれぐれも気を抜かぬように。良いな?」
「はっ、お任せ下さいジュリアス様。」
態度を一変させたオスカーに辺りの者達がホッと胸をなで下ろした。その陰で困った顔で手元の紙を見つめているヴィクトールに気付き、ティムカはそっと彼に声を掛ける。
「どうされたんですか、ヴィクトールさん?」
「おぉ、その、な、俺も『洗いま賞』なのだが…。」
「あ、そうですね。お皿洗いする場合は…。僕の『片付けま賞』と交換してはいけないでしょうか?」
「おーい、そこの2人ー? 何こそこそしてんだー? 不正の相談かー?」
「すみません、ゼフェル様。でも、ヴィクトールさんに水仕事はちょっと…。」
「申し訳ありません。極個人的な都合を押し通すようで心苦しいのですが、その、手袋を外すのは…。」
「そー言やー、おめーが手袋外したトコって見たことねーな。ルヴァのターバンみてーに他人には言えね-深い事情が絡んでたりすっと無理強い出来ねーし…。」
「ゼ、ゼフェルっ!! あなた、このターバンのこと何で知ってるんですか!?」
声をひっくり返らせるルヴァに、ゼフェルは何でもないことのように答えた。
「何でって、おめーが前に言ったんじゃねーか。他人には言えねー深い事情があるってよー。どんな事情かは知らねーけど、とにかく外せねーんだろ?」
「ええ、そうなんですよ~っ!! 事情はお話出来ませんけどね~、とにかく外せないんです。」
ルヴァは慌てふためきながらターバンを押さえた。
「交換しては、いけないでしょうか?」
ティムカは改めて、ゼフェルだけではなく他の者達にも伺いをたてる。この2人の場合は認めてやっても良いような気がするものの、そういう前例を作ると後々面倒になりかねない為、誰もが返答を躊躇する。
「洗うのはガキ共に任せて、運んだり仕舞ったりをヴィクトールがやるんじゃダメなのか?」
「えっ!!」
一同は一斉にアリオスの方を見た。
「何だよ、ダメなのかよ?」
「いや、俺はそれなら出来るが…。ランディ様、マルセル様、それでも宜しいでしょうか?」
「勿論構いませんよ、ヴィクトールさん! マルセルも良いよな?」
「うん! 洗ったり拭いたりするのは僕達がやりますから、手袋外さずに出来るところはいっぱいお願いしますね。」
「はい。有り難うございます。」
「そんじゃ、そこは上手く助け合うっつーことで一件落着、と…。で、他の奴らはまだ籤開けらんねーのか?」
成りゆきを見守っていて取り残された者達が、またガサガサと籤を開く。そしてセイランは、紙をいっぱいいっぱいに使って『大当たりだぜ、おめでとー!!』と書かれてるのを見て顔面蒼白になったのだった。

「まったく…。買い出し担当を籤で決めようなんて言い出した人間の顔が見てみたいね。」
「だったら、足元の氷でも覗けよ。」
「どう言う意味だい?」
「とぼけんな。籤で決めようって言い出したのはお前だろうが。」
「まさか、こんなことになるなんて思わなかったよ。」
セイランは、籤運の良さには自信があった。だから、買い出し担当を引かずに済むと思っていたのだ。しかしまさか、それが裏目に出ようとは…。
「籤の作成をゼフェル様に任せたのが失敗だったな。だって、考えても御覧よ。こういう時、誰もが嫌がることに『大当たり』なんて書くかい?」
「お前の常識が通用する相手じゃねぇだろ。もしかすると、お前の籤運の良さを知ってて書いたかも知れねぇしな。」
「もしそうだとしたら……甘いものいっぱい買って帰ってやるからね。」
「へぃへぃ、だったらさっさと買い出しに行くぞ。早く行かねぇと、市が閉まっちまう。」
アリオスは普通の道を歩くのと大して変わらない様子でザクザクと雪を踏み分けて進んで行った。セイランは滑らないように注意しながら、彼の後を急いで追う。
「それにしても、どうして君は志願なんかしたのさ?」
「はぁ? んなの、好きなもん食いたいからに決まってるじゃねぇか。」
自分が食べたいものと飲みたい酒を手に入れる為ならば、雪の中を買い出しに行くことくらい苦とも思わないアリオスであった。
「大体、あんな世間知らず共が用意したもんなんて食えるかよ。」
そう吐き捨てた後、セイランの方を向いてアリオスはからかうように言った。
「お前も、仮にも『美味しいもの』が好きだと主張してるなら、手に入れるためにまず動くことだ。」
「…仕方ないな。でも、よく僕の好きなものなんて知ってるね。」
「聞かなくても喋る奴が居るからな。」
一行の中で一人だけ部外者であるアリオスに、アンジェは皆のことを良く知ってもらおうと思っていろいろ話して聞かせていた。
「とにかく、暖かい場所でぬくぬくしてる奴らに文句言われる筋合いはねぇからな。好きなもん買いまくるぞ。」
「同感だね。」
こうなったら、この状況を自分に都合良くなるように目一杯利用した方が面白いと思い直して、セイランは市場で『美味しいもの』を買いまくった。調理担当者の腕に期待が持てない以上、皿に移すだけで済むようなものを中心にしておくに越したことはない。
そんな2人の期待と不安は裏切られることなく、その夜、買い出しに行った当人達には大変満足のいく食事が給されたのであった。

-了-

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