君のいる場所 EXTRA

2月13日。新宇宙は、いや、アリオスの家は珍しい客人を迎えて居た。
「やあ。お招きをいただいたのでね、参上させてもらったよ。」
その言葉と共に差し出されたのは、一通の招待状だった。
「こいつは偽物だな。」
「そのくらい知ってるよ。」
彼は、差出人の署名がアンジェの直筆ではないことくらい承知の上でここまでやって来たのだ。
「でも、だからと言って彼女が僕を追い返すと思うかい?」
思っていたら、とっくに魔導で強制的に向こうの宇宙へ送り返していることだろう。
「さあ、どうする? 中に入れてくれるのか、それとも…。」
アリオスは、観念して彼を家の中へ迎え入れた。

「ったく、どうして俺があいつのために飯作らなきゃいけねぇんだ。」
「文句があるなら首謀者にどうぞ。」
アリオスが人参を相手にぶつくさ言っていると、台所の入り口から声がした。
「お茶くらい、もらえないかと思ってさ。」
ここで逆らうと碌なことにならないということが良くわかっているので、アリオスは大人しくお茶を煎れた。
「それから…。」
「まだ何かあるのか!?」
「今日のパーティーに招待されたのは、僕だけじゃないはずだからね。」
アリオスの背筋を冷たいものが通り過ぎた直後、玄関のチャイムが鳴り、エルンストとメルが現われた。
「こんばんは~♪」
「他の方々は抜けられない用事がありましたので、我々だけが出席させていただきます。」
「パーティーとか出席とか、何の話だ?」
「えっ? 今夜ここでセイランさんのお誕生日パーティーを開くから、と。あなたも御存じなのだと思っていましたが…。」
エルンストが確認するように取り出した招待状を取り上げて、アリオスは中身をまじまじと見分した。
「犯人はレイチェルか…。」
呼び寄せてしまえばアンジェが彼等を追い返すことなど出来るわけがない。事後承諾の形となってでもアンジェが承諾してしまえば、アリオスは逆らうことが出来ない。
完全に確信犯だ。
「エルンスト。お前も同罪だからな。」
アリオスは、後で向こうの宇宙のメチャクチャ辺境の惑星にやっかいな現象でも起こさせて、エルンストが調査に向かうように仕向けてやろうと計画を練り始めた。ド田舎に出張させてしまえば、その間レイチェルと通信機越しの逢瀬は望めなくなる。しかし、アンジェにバレないようにしないといけないところが難しい。
「レイチェルへの仕返しを考える前に、今夜のメニューでも考えたらどうだい?」
急いで作らないとアンジェが帰って来てしまうよ、と脅されて、アリオスはすごすごと台所へ逆戻りした。

レイチェルから話を聞いたアンジェは、血相を変えて宮殿から戻って来た。
「そんなに、僕の誕生日を祝いたかったのかい?」
「ちちち、違います、セイラン様~。」
家の中へ駆け込んで来たアンジェを見て、セイランは彼女をからかった。
「宇宙の女王が髪を振り乱して走って来てさ、可愛いよね。」
クスクスと笑うセイランを前に、アンジェは真っ赤になった。
「そんなに彼の事が心配だった?」
アンジェがセイランを上目遣いに睨んでいると、その後ろからレイチェルが現われた。
「あれ~、他の方々は~?」
「みんなお仕事が抜けられないんだって。チャーリーさんは落ち合った後に秘書の人に捕まって連れ戻されちゃったの。」
メルの説明に、セイランもレイチェルもクスクスと笑った。
「それじゃ、これで全員だね。」
揃ってるならさっさとパーティーを始められるようにアリオスを急かさなきゃ、とばかりに台所へ行こうとしたレイチェルを、エルンストが腕を掴んで止めた。
「何よ?」
「今回のこれはやり過ぎですよ。終わってからで良いですから、アリオスとアンジェリークに謝っておきなさい。いいですね?」
「…は~い。」
エルンストの言葉に渋々と言った感じで頷いて、レイチェルは台所へと歩いて行った。

急ごしらえとは思えない程まともな品数の料理が作られ、セイランのお誕生日パーティーが始まった。
「どうした、食わねぇのか?」
料理を次々と並べながら、アリオスは訝しんで問いかけた。
パーティーの主役が手を付けないので、他の者達は遠慮していたのだ。
「毒味、してもらえるかな。」
アリオスは、ムッとしながら近くにあった料理を摘んで口に放り込んだ。
「これでいいか?」
「君じゃダメだよ。毒に慣れてるかも知れないだろう。」
セイランはアンジェの方へ視線をやった。
「ここへ来て、毒味してもらえる?」
アンジェの問うような視線を受けて、アリオスは不満そうに彼女を手招きした。
アンジェがのこのことセイランの元まで来ると、セイランは手元のフォークで手近な料理を刺して、アンジェの口に放り込んだ。
「どう?」
「美味しいです。」
「それじゃ安心して、いただくとするよ。」
そしてセイランは、そのフォークでそのまま料理を食べ始めた。
「このフォークの安全性も証明されたしね。」
そこで初めて、アリオスとアンジェはセイランの計画に気付いたが、手遅れだった。

「さてと、随分遅くなっちゃったね。僕はどこで休めばいいのかな?」
「向こうの宇宙へ帰って、自分の寝床で休めよ。」
珍しく後片付けを手伝うアンジェに目を光らせながら、アリオスは冷たく言い放った。
「こっちに泊めてくれないのかい?」
「えっ、あの…。どうしよう、アリオス?」
どうしようと言われても、こっちの宇宙には宿泊施設はないし宮殿施設の付属寮などに放り込もうとしても大反対されるのがオチだし、とアリオスは内心狼狽えた。そうなると、アンジェの性格からして導きだされる答えはただ一つ。
「うちに泊めて差し上げられないかしら?」
「そんなことしなくても、俺が送り返しちまえば済むじゃねぇか。」
反論してはみたものの、アンジェの縋るような視線にあっては勝ち目はなかった。
「予備の寝室へ案内してやれ。」
アリオスは頭を抱えて不満そうにアンジェを促した。アンジェは申し訳無さそうに、セイランを実質上アリオスの寝室となっている部屋へ案内して行った。
「わ~い、お泊まり、お泊まり~♪」
「って、お前もかぁ?」
この家に、ベッドは2つしかない。本来の寝室にあるダブルベッドと、後から買い足したパイプベッド。だが、パイプベッドは今塞がってしまった。アリオス自身の寝床にも事欠く状態で、メルを何処で休ませれば良いのだろうか。
「メル、あなたは私と一緒に来て下さい。今夜は研究院でいろいろやりたいことがありまして、あなたにも協力して欲しいんですよ。」
「エルってばお仕事熱心だね。」
レイチェルの言葉に曖昧に微笑んで、エルンストはメルを引っ張って出て行った。
後を追ってレイチェルも消えると、アリオスは一心地ついてソファーへ崩れるように座り込んだ。すると、セイランが落としたらしい招待状が指先にあたった。中にはカードが2枚入っていて、1枚は最初に見せられたものだったがもう1枚にはとんでもないことが書かれていた。
「レイチェルの奴~~~。」
レイチェルからセイランへのお誕生日プレゼントは、「アンジェとアリオスで遊ぶチャンス」だったらしい。

翌日、アリオス達が宮殿へ出仕するや否や、レイチェルの元へ分厚い書類が届けられた。
アリオスが徹夜で計画書と申請書を書き上げ自分で承認のサインをして、「実行責任者はお前にしといたからな」と叩き付けたその書類には、『迎賓館の建設について』と書かれていた。
それから当分の間、資材や人手の手配と進行具合のコントロールその他諸々でレイチェルは多忙となり、アンジェをダシにしてアリオスをからかうような暇はなくなったのだった。

-了-

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