君のいる場所22

聖地も賑わうクリスマスイブの夜。アリオスは、喧噪から離れた自宅のキッチンでパーティー料理の仕上げに取りかかっていた。
エルンストとレイチェルはクリスマス休暇をとって、研究資料の採集を兼ねての旅行中。そして今日は週の真只中の平日とくれば、今夜はアンジェと2人きりで楽しいクリスマスナイトを過ごせると言うものである。不安の種が1人だけ居ることは確かだが、こういうイベントには興味無さそうだから多分大丈夫だろう。
しかし、そんなアリオスの楽天的な夢はアンジェの帰宅と共に泡と消えたのだった。

「何で、そいつらが一緒なんだよ?」
おかえり、と言うより先に、アリオスはアンジェの後ろに並んでいる幾つもの人影を見とがめた。
「あの…、えぇっと…。」
アリオスが今夜をどれ程楽しみにしていたか知っているアンジェは、不機嫌オーラをビシバシ発しているアリオスの前でしどろもどろになった。
別にアンジェが悪いことをした訳ではないのだ。ただ、帰り道でマルセルとメルが追いかけて来て、途中でセイランと顔を合わせただけのことで…。追い返せなかったのは性格上仕方の無いことなのではないだろうか。
「僕は感性の特別補習に来てあげたのさ。クリスマスツリーの飾り付けと言う名のね。そのついでにクリスマスの夜を楽しむのも、悪くないと思ってるよ。」
「それ、補習の方がついでなんじゃねぇのか?」
アリオスの切り返しをセイランは軽く笑って躱した。そして、アンジェに着替えて来るように言うと、クリスマスツリーの傍へ行ってバランスのチェックを始める。
絶対に補習の方がついでだ、と思いながらも、気まぐれなセイランが邪魔しに来るのは予想の範疇だったので、アリオスは深く溜息をつくとそれ以上の文句は言っても無駄だと諦めた。
「で、お前らは何で居るんだ? 今日は平日のはずだろ。」
メルは占いの館を臨時休業出来るとしても、マルセルはそうはいかない。こんな週の半ばに夜訪ねて来るなど、アリオスは想像もしてなかった。
「だって、向こうは盛り上がらないんだもん。」
「その点、アリオス達なら平日でも絶対クリスマスパーティーするって思ったんだ。」
アリオスの後ろに見える食卓に並べられた料理の数々に目を輝かせながら、メルとマルセルは不機嫌オーラを跳ね返すような幸せそうな笑顔を振りまいた。
「うちの食卓にはフライドチキンが乗ってるぜ。それでも呼ばれる気か?」
アリオスは、鳥に愛情を注ぐマルセルに意地悪く言った。エルンストの居ない今、マルセルが一緒でなければ、メルはアリオスやセイランと共に食事をする気にはならないはずである。いくらどっちとも仲が良いとは言え、セイランと口撃の応酬をするアリオスと一緒に食卓を囲むなど、居心地が悪すぎて出来ないだろう。マルセルを追い返せれば、メルも追い払えるという算段だ。
しかし、アリオスの目論見はあっさり外れた。
「食べるのは無理だけど、食卓に乗ってるくらいは平気になったよ。だって、パッと見には鳥さんだってわからないもの。」
「チッ、丸焼きにしときゃ良かったぜ。」
骨無し唐揚げをてんこ盛りにした皿を横目で見ながら、アリオスは悔しそうに呟いた。そんな気持ちを解っているのかいないのか、マルセルは追い討ちをかける。
「気遣ってくれてありがとう、アリオス。でも、大丈夫だから。有り難く御馳走になるよ。」
「わ~い、御馳走、御馳走~♪」
喜んで適当な椅子に腰掛けるメルに、アリオスは彼等を追い返すのを諦め、マルセルにも適当に腰掛けるよう指示すると台所へと消えた。

アンジェの音頭で乾杯し、クリスマスパーティーは幕を開けた。
予定とは大幅に違ったものの、アンジェが楽しそうしている。そんな姿を眺めていると、悪い気はしないアリオスだった。
空になった大皿に料理を追加していると、玄関のチャイムが短く鳴った。アンジェが軽快に玄関へ走って行く。アリオスは妙な気を感じなかったので止めなかったが、頭の中ではいろいろ考えを巡らせる。
守護聖ならマルセル達と一緒に来るはずだ。ティムカは立場上、ヴィクトールは性格上、唐突に訪ねて来ることはない。チャーリーは絶対に外せないパーティーがあるから来られるはずがない。となると考えられるのは、エルンストとレイチェルが予定変更で戻って来たか、誰かがプレゼントの配達を頼んでいたという辺りだろうか。
そんな風にアリオスが心の中で首を傾げていると、玄関の方からアンジェの小さな悲鳴が聞こえた。
「どうした、アンジェ!?」
玄関ホールへ駆けつけたアリオス達は、そこにアンジェ以外の人影がないのを見て、警戒しながら辺りを見回した。すると、気まずそうに振り返ったアンジェの腕の中から黒い固まりがアリオスの顔面目掛けて飛んで来る。
とっさにアリオスが身体を捻ると、その背中に何かがしがみついた感覚があった。それは、素早くアリオスの肩へとよじ登る。アリオスは、それが以前アンジェが拾いその後はこの辺りを縄張りにして暮らし週末になると時々遊びに来る黒猫レヴィであることを確認した。
「何だ、お前か。ったく、びっくりさせるなよ。」
「にゃん。」
アリオスの肩の上で猫が鳴いた。それを見て、アンジェが曲芸でも観賞してるかのような声を発する。
「きゃ~、アリオスもレヴィも凄~い♪」
アンジェの拍手を浴びて、アリオスはレヴィの顎あたりを指先で突ついた。
「凄いってさ。」
「にゃ。」
「ああ、同感だ。」
大したことじゃない、と言いたげに鳴くレヴィと共にアリオスは不敵な笑みを浮かべた。すると、セイランがスタスタとアリオスの横に来て、無造作にレヴィの首の後ろを掴んだ。
「うにゃん?」
アリオスから乱暴に引き剥がされたレヴィは、自分をまじまじと見ている綺麗な顔を観察し返すように見つめる。
「君、レヴィって名前なんだね。」
「にゃん。」
「誰かの飼い猫?」
「にゃ。」
「この近くで暮らしてるのかい?」
「にゃん。」
真面目な顔で猫に尋問しているセイランを見て、メルとマルセルはそっと後ずさりしてこそこそと言葉を交わした。
「セイランさん、猫と喋ってる~。」
「猫の方も何言われてるか解ってるみたいだよね。」
怖いよ~、と泣きそうになる2人を他所にセイランは尋問を続けた。
「チャイムを鳴らしたのは君かい?」
「にゃん。」
「お目当てはクリスマス料理?」
「うにゃ。」
「…今のは、肯定でも否定でもない返事かな。」
セイランが独り言を呟くと、アリオスはクッと笑ってレヴィをセイランから取り上げて下に降ろした。するとレヴィは早足でリビングの片隅に向い、クッションの陰の毛玉を前足の先で突つく。
「ふみゃ~~~。」
レヴィに突つかれた茶と白の毛玉が大欠伸をしながら目を覚ました。
「あら、レヴィったらクーちゃんに会いに来たのね。」
ぽわぽわとした様子でアンジェが2匹を眺めていると、クーはレヴィに促されて食卓の足元にちょこんと座った。
「にゃあ。」
レヴィが皆を振り返って、急かすように鳴いた。
「クッ、早くパーティーを再開しろって催促してやがる。」
アリオスは固まっているマルセルとメルの背中を押して席へつかせると、レヴィ達の前に衣を剥がしたフライドチキンを並べてやった。
そして楽しいパーティーの後たっぷりとレヴィに遊んでもらったアンジェは、翌朝早くに帰って行くマルセル達を見送るために起きることが出来なかったのであった。

-了-

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