君のいる場所21
11月22日昼。出張扱いで新宇宙へやって来たマルセルは、静まり返った女王府の様子に目を丸くした。
「えぇっと、今日って金の曜日のはずだよね?」
自分達の住まう聖地とこちらの聖地で時差はないはずだし、確かに自分が次元回廊の扉を開けてもらったのは金の曜日だったはずだ。何しろ、そもそも日付を間違えていたらここへ来た意味はなくなってしまうのだから、何度も確認したつもりだ。
「何か、あったのかなぁ。」
ひとまず誰でもいいから人を探そうと歩き始めたマルセルは、おそらく誰かしら居るであろう王立研究院へと向おうとして異変に気付いた。宮殿の扉が閉ざされていたのだ。
マルセルは首を傾げながらも自分の登録証を取り出すと、扉の横のシステムボックスにそれを通した。
「良かった。システムは正常みたい。」
今置かれた状況は、休みの日に遊びに来た時と変わらなかった。唯一の違いは、今日が金の曜日ということである。
「次元回廊を抜ける時に時差でも生じちゃったのかな。」
今までそんなことは一度もなかったんだけど、と不安になりながらマルセルは王立研究院の中へ入った。そして、そこで初めて新宇宙では今年からこの日が『生物誕生記念日』と言う名の祝日となったことを知らされたのである。
マルセルがアリオス達の元を訪れた時、既に家の中ではランチパーティーが行われていた。客はセイランとメルとエルンストとレイチェル、現在こちらの宇宙を基点に生活している者達である。
「あれれ、マルセル様? 今日は向こうの宇宙はお休みじゃないのに、どうしてここに?」
マルセルの姿を見つけたメルが不思議そうに訊ねた。
「う、うん。えぇっと、一応出張扱いで…。」
表向きは、金髪の女王陛下の命令で新宇宙へ遣わされたことになっている。だが、本当は私用とも言えるお使いである。
「ロザリアと一緒にクッキーを焼いたの。ちょうど、新宇宙ではアリオスのお誕生日でしょ。プレゼントとして持って行ってもらえないかしら?ジュリアスには、詳しいことは言わずに"出張"ってことにしておくから。」
大義名分のあった昨年と違って今年はジュリアスが先に女王に釘を刺してしまったので仕事をサボる訳にはいかず、どうやってアリオスに誕生日プレゼントを渡そうかと頭を悩ませていたマルセルにとって、これは渡りに船だった。守護聖の中で彼等と一番親しい、と言う理由で白羽の矢を立ったらしいが、恐らくはマルセルの気持ちを察してアンジェリークとロザリアが仕組んだことだろう。
「それでね、これがそのクッキー。それから、こっちが僕からのプレゼントだよ。」
そう説明すると、マルセルは「お誕生日おめでとう♪」の言葉と共に、ポケットから取り出した2つの包みをアリオスに渡した。
「サンキュ。」
アリオスは、軽く礼を言うとその場で袋を開けた。
マルセルからのプレゼントは、ハーブの種だった。ペパーミントとカモミールの2種類がそれぞれ3袋ずつ入っている。
「上手く収穫出来たら、ますますお茶の時間が楽しくなりそうだな。」
「そうね。アリオスの好みの配合を研究したいから、しっかり育成してね♪」
アリオスの呟きに、アンジェは楽し気に応じた。そんなアンジェの言葉に笑いの渦が巻き起こる。
「クッ、"育成"って言っちまう辺り、やっぱりお前って女王だよな。」
「まったくだね。すっかり口癖になってるみたいだ。」
「そう言えば、女王試験の時は毎日のように育成や学習をお願いしに行ってたんだよね、ワタシ達。」
「懐かしいなぁ。君に頼まれてこの宇宙にサクリアを送っていた頃が…。」
「僕も、頑張って占いとかラブラブフラッシュしてたんだよね。」
「お二人に研究データをお渡ししていた頃が思い出されます。」
笑いの渦に包まれて、アンジェは真っ赤になって俯き、「そこまで笑わなくても…。」と思いながらアリオスを上目遣いに睨んだ。
「おっと、本気で怒らせちまう前に黙らねぇとな。ほら、お前もそんな篭はそこら辺に置いて、そっちへ…。」
アンジェに睨まれて笑いを収めたアリオスは、誤魔化すようにマルセルに目を向けた。そして、途中で言葉を止める。
「ねぇ、マルセル様。その篭って何なの?」
アリオスの言葉を受けて全員の視線がマルセルの手元に注がれると、メルが小首を傾げて聞いた。
「えっ、ああ、これ? 出発前にクラヴィス様から渡されたんだけど…。」
何だかよく解らなかったが次元回廊の扉の前で待っていたクラヴィスに「…持って行くがいい」と渡されて、戸惑ってる内にクラヴィスは去り扉が開いてしまったので、マルセルはそのままこちらへやって来たのである。
「クラヴィス様がっ!?」
「もしかして、アリオスへのプレゼントかしら?」
驚くメル達の中で、アンジェだけは嬉しそうに目を輝かせた。
「う~ん、どうなんだろう?」
困ったようにマルセルは首を捻る。
「とりあえず、開けてみては如何でしょうか?」
エルンストは、驚きながらも提案した。セイランもそれに続く。
「それはとても建設的な意見だね、エルンスト。確かに、いくらクラヴィス様が言葉を省くのがお好きであっても、開けてはいけないものなら注意くらいすると思うよ。」
それを受けて、アンジェはマルセルが椅子の上に下ろした篭を無造作に手をかけた。
「おいっ、ちょっと待て!! そんなに無警戒に開けるんじゃねぇ!!」
アリオスの注意も空しく、アンジェはそのまま篭の扉を開けて中身を取り出す。
そして、皆の前に取り出されたのは、茶と白の2色の毛を持つ可愛い子猫だった。呆れたことに、この期に及んでまだクークーと眠っている。
「あっ、手紙がついてる。」
アンジェを心配して駆け寄ったレイチェルは、扉の裏にアリオス宛の手紙を発見すると、同じく駆け寄って来たアリオスに手渡した。
アリオスは、手紙を読んで目が点になった。
手紙にはこう書かれていたのだ。
『私の家の庭で、捕れたものだ。
アリオスに贈ると幸せになれる、と水晶球が告げた。
受け取った後は……好きにするがいい。』
アリオスが手紙を読み上げると、メルが目を丸くして叫んだ。
「わ~、クラヴィス様って水晶球で猫の将来まで占えるんだ。凄いなぁ、僕ももっと占いの腕を磨かなくっちゃ!!」
素直に感動するメルに、エルンストとセイランは呆れたように応えた。
「メル…、文面を真っ正直に受け取るものではありませんよ。」
「まったくだね。まぁ、腕を磨くのは悪いことじゃないけどさ。」
他の者達も、2人の言葉に何度もの頷いた。そして、アンジェはアリオスにお伺いをたてる。
「一応、プレゼントってことなのかしら?」
「…ったく、素直じゃねぇよな。誕生日プレゼントとして受け取るがいい、って書いた方が字数少ないのに…。」
またしても、皆揃ってコクコクと頷く。
そしてアンジェが抱えた猫までも、まったくもってその通り、とでも言いたげに大きく欠伸をした。それから猫はアンジェと青緑の視線を合わせて耳をピクピクさせると、再び気持ち良さそうに眠りに落ちた。
「さすがは、クラヴィス様の私邸の庭で捕獲された猫ですね。」
「…って言うより、こいつ、アンジェに似てんじゃねぇか?」
どちらに賛成しようか他の者達は迷ったが、エルンストとアリオスのどちらの評価が正しいにしても、よく寝ることだけは間違いなさそうな猫が新宇宙の聖地の住民として加わったことだけは間違いないと認めたのだった。