君のいる場所15

チャーリーからアンジェの元に、向こうの宇宙にある遊園地の招待券が届いた。レイチェルと2人で、と言うことだったが、アンジェはそのチケットや遊園地が女性専用でないことを確認した上で、アリオスを誘った。
「遊園地ねぇ。」
「ダメかしら。やっぱり、子供っぽくて嫌?」
莫迦にしたような返事を返されたアンジェは、ちょっと表情を曇らせながらチケットとアリオスを交互に見つめた。
その様子をしばらく楽しそうに眺めた後、アリオスはアンジェの額を軽く指先で突ついた。
「バ~カ。お前の方からデートに誘われたんだぜ。遊園地でもどこでも喜んで行くに決まってるだろ。」
「えぇっ、デート!?」
「違う、とでも言うつもりか?」
ペアチケットを貰ったから一緒に遊園地に行きましょう。これは、明らかにデートの誘いである。
「あ…、そう考えたら何だか緊張して来ちゃった。」
「クッ、自分から誘っておいて何を今更。とにかく俺はOKしたからな。レイチェルを誘ったりするんじゃねぇぞ。」
「うん♪」

待ちに待った週末。アリオスとアンジェは向こうの聖地への次元回廊を抜けて、下界への扉をくぐった。
下界で彼らを出迎えた王立研究員は、慣れた調子で車の手配やら連絡手段の説明やらをすると、建物の外まで見送りについて来た。そこで研究員は聞いてはならない会話を耳にし、多大な精神的ダメージを受けてしまったのだった。
「ねぇ、アリオス。どうして、サングラスなんてかけてるの?」
普段に家の中に居る時と大して変わらない服装のアンジェは、普段と違ってゆったりした豹柄のタンクトップにシャープな黒い革の上下というアリオスの格好には満足だった。しかし、そこに真っ黒なサングラスをかけられては、いくら似合ってるとは言え不満が募る。
「お前、俺を見てどう思う?」
「どう、って?」
「いい男だと思わねぇか?」
「思うわ。」
アンジェは即座に肯定した。しかし、顔には「それがどうかしたの?」と書いてある。
「そう思うのは、お前だけじゃねぇってことだ。」
「えっ?」
「ギャラリーが煩いんだよ。」
アンジェに見愡れてもらうのはいい。素敵とか格好良いとか褒め言葉をもらえるのも嬉しい。しかし、そう言ってくれるのはアンジェだけで充分なのだ。キャーキャー騒がれるのは鬱陶しくてかなわない。それが、アンジェとのデート中ともなれば尚更だ。
「その上、この目だろ?」
ミーハー的に騒ぐ奴らだけでもうざったいのに、物珍しさに騒ぐ輩まで加わるとなると、その鬱陶しさは倍増では済まない。
「だから、せめて目だけでも…。」
そこまで言ったところで、アンジェが手を伸ばして強引にサングラスを奪い取った。
「返せっ!!」
アリオスは怒ったように言ったが、相手がアンジェでは力づくで奪い返すような真似は出来なかった。
「普段はサングラス無しで出歩いてるじゃないの。」
「それは聖地の中の話だろ。あそこには若い女なんてお前らくらいしかいねぇじゃねぇか。」
「その目を珍しがるのは若い女の人だけじゃないわ。なのに、毎日のように商店街へサングラス無しで買い物に行ってるんでしょ?」
そこで、前方を歩く研究員は自分の耳を疑った。今、ここに居るのは新宇宙の女王陛下と皇帝陛下のはずだ。それなのに「商店街へ買い物に行く」という言葉が聞こえたような気がする。
研究員は、必死に自分に言い聞かせた。気のせいだ、空耳だ、と。しかし、そんな行為は無駄に終った。
「当たり前だ。サングラスなんか掛けてて、キャベツや大根が値切れるか!? ああいうところはなぁ、素顔に洗い晒しのシンプルな服装でいくものと相場が決まってるんだ。」
妙なポリシーを持った主夫な答えに、研究員は気が遠くなってグラつく身体を必死に支え続けた。
「でも、今日行くのは地元の商店街じゃねぇんだぞ。」
「だけど…。」
「いいから、さっさとそれ返せ!!」
「嫌よ。だって、これかけててもアリオスは格好良いもの。どうせ騒がれるんだから、あなたの顔をちゃんと見られる方が良いわ。私、あなたのちょっとした表情も凄く好きだし、逃さず見たいの!!」
アンジェのこの発言に、アリオスは両手をあげた。
「ハッ、降参だ。凄ぇ殺し文句。だけど、お前、一日中俺の顔だけ見てるつもりかよ。」
からかうように笑われて、アンジェは真っ赤になってアリオスを睨みつけたが、どうやらサングラスをかけるのをやめてくれるらしいと気づいて満足げにその腕にしがみついた。そして、半ば放心状態と化している案内役の研究員を残して車に乗り込んだのであった。

遊園地に着いたアリオスは、アンジェの気の向くままにいろいろなアトラクションへ引っ張っていかれた。
観覧車、ティーカップ、回転木馬、ミラーハウス、お化け屋敷。そして、ジェットコースター。
ジェットコースターから降りた後、アリオスは強烈な目眩を覚えていた。
「大丈夫? 顔色悪いけど、アリオスってああいうの苦手だったのかしら?」
「いや…。」
この目眩は、アトラクションの所為ではなかった。いや、厳密に言えばそれ自体の所為ではないと言ったところか。
「ちょっと待ってて。何か飲み物でも買ってくるから。」
アリオスをベンチに座らせると、とめる間もなくアンジェは近くのスタンドで飲み物を2つと自分用にクレープを買って戻って来た。
「はい、ひと休みしましょう♪」
「サンキュ。」
アリオスは素直に飲み物を受け取ると、大人しくそれを飲んで気分を落ち着けた。そうしている間も、辺りからはギャラリーの鬱陶しい声が聞こえてくる。自分に関してのみならず、アンジェに関する声も…。今のアリオスには、それは鬱陶しいを通り越して不快の極みだった。木々から聞こえる蝉の声すら、堪え難い嫌悪感へ変わる。とにかく意識的にそれらの音を感覚から排除することで、アリオスは自己防衛に努めた。
「ねぇ、少しは落ち着いた?」
しばらく休んでから、アンジェが心配そうに声を掛けて来た。アリオスが具合悪そうだったので、大人しくクレープを食べたりしながら、ただ傍に寄り添うようにしていたのだ。そんなアンジェの気遣いに、アリオスの気分は少しだけマシになった。
「ああ。そろそろ行くか?」
少々無理をしながら、アリオスはアンジェに笑いかけると腰を上げた。
「えぇっと、それじゃ最後はあれね。」
そう言ってアンジェが指差したものを見て、アリオスの笑顔が凍り付いた。
「…どうしたの?」
「マジで、あれに乗るつもりか?」
アンジェが指差したのは、この遊園地の目玉でもある絶叫マシンだった。チャーリーからの前評判も高いという、かなりスリルのある逸品だ。
「怖い、とか?」
「いや、そうじゃなくて…。」
絶叫マシンそのものは全然怖くなかった。しかし、「絶叫」というからにはやはり横でアンジェが絶叫するのだろう。それも、先程のジェットコースターなどとは比べ物にならないくらいに更に大声で。
「お前、一人で乗る気ねぇか?」
「何よ。アリオスったら、やっぱり怖いの?」
「いや、怖くない。あれは怖くないんだが…。」
アリオスは、アンジェと絶叫マシンを交互に見ながら、何と説明していいのか言葉に詰まった。
「怖くないなら一緒に乗ってくれてもいいじゃない。私は怖いんだから。」
「怖いんだったら、乗るのやめとけよ。」
「怖いけど、面白そうなんだもん!!」
「わ~っ、怒鳴るな。耳鳴りが酷くなる!!」
アリオスは、耳を押さえて後ずさった。
「耳鳴り?」
アンジェは、きょとんとした顔で動きを止めた。
「もしかして、さっきのジェットコースターで?」
なんだ、こいつ自覚あったのか、などと思いながらアリオスは頷いた。しかし、アンジェはそんなアリオスの考えなどとはかけ離れたことを考えていた。
「でも、そこまでの気圧の変化はなかったと思うけど…。」
ここまでボケられると、アリオスはもう遠まわしに説明することを諦めた。
「気圧じゃなくて、お前の叫び声の所為だ。」
一言怒鳴られただけでも頭がクラクラしそうになることがあるのに、甲高い悲鳴を延々と隣で上げられつづけ、耳と頭が痛い。盗聴器を握り潰されてもここまでは耳鳴りが続いたりしないんじゃないか、と思えるほどだ。
「俺が難聴になったらどうしてくれる。お前を守るのにも支障をきたすじゃねぇか。」
アリオスの耳はとっても感度がいい。アンジェに関することであれば、どんな些細な音でも聞き逃さない。それだけに、アンジェの叫び声は優先的に聞き取ってしまい大音響で頭に響くのだ。
アリオスの説明を聞いて、アンジェはシュンとなった。
「という訳で、あれは却下。」
「やだ~、一緒に乗りたい~。」
アンジェはアリオスの手を引っ張った。
「お前、ひとの話ちゃんと聞いてんのか?」
「聞いてるわよ。叫ばなければいいんでしょ?」
どうやら、肝心の部分は理解したらしかった。言ってから、アンジェはいい考えだと思って、ますます強くアリオスの手を引っ張る。
「叫ばないなら、一緒に乗ってくれるのよね?」
アリオスは、嬉しそうに絶叫マシンへ向かうアンジェに疑いのまなざしを向けた。
「本当に叫ばないんだな?」
「うん♪」
「絶対だな? 約束だぞ。約束やぶって叫んだら…そんときゃ、覚悟しろよ。」
「う、うん。」
念押しされてアンジェはちょっと自信を無くしたが、もう一度しっかり頷くとアリオスを絶叫マシンの列に並ばせることに成功した。
そして…。
「ん~、ぅぐ~、き、きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
堪えようという努力はしてみたもののアンジェはあっさりと約束を破って隣で力いっぱい絶叫してしまい、アリオスは本当に聴覚を失うかと思うくらいのダメージを受けたのだった。
「嘘つき。」
「ごめんなさ~い。」
「叫ぶな。追い討ちかけんじゃねぇ。」
アリオスは、耳を押さえてベンチに崩れ落ちた。
「とにかく、約束破った以上、覚悟は出来てるよな?」
「えっ?」
アンジェは、アリオスの視線から逃れるように腰を引いた。
「そんなに叫びたいなら、たっぷりと叫ばせてやるのもいいかもな。」
ニヤリとしながら発せられたその言葉の意味するところにアンジェがいろいろ想像を巡らせて茹で上がるまで10秒弱。
果たしてアンジェが思った通りの展開になってしまったのかどうかは、当事者のみぞ知るところであった。

-了-

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