君のいる場所14
伝統というものが存在しない所為か、それとも某守護聖のように口煩い者が居ない所為か、はたまたこの宇宙を統べる者達の性格ゆえか、とにかく聖地で夏祭りが開催されることとなった。
事の起こりは、こっちの店を視察に来たチャーリーがアンジェと茶飲み話をしたことだった。
「聖地でお祭りなんて、楽しそうね。」
「なぁ、あんたもそない思うやろ?そこでや、ここの公園の使用を許可してもらいたいんやけど…。」
「えっ、本当にやるつもりなんですか?」
「当たり前や。俺は、やる言うたら絶対やるで。」
その辺り、チャーリーは準備を怠らなかった。既に、ショッピングエリアにある商店から何から根回しは済んでいた。ゴーサインが出次第、いつでも実現に向けて動く準備は整っている。
しかし、地図を見たアンジェは顔を曇らせた。
「ここは…。」
「何や、不都合でもあるんか?」
それまで、それはそれは楽しそうに一緒になって具体的な屋台やイベントの話まで乗って来たアンジェが急に言葉を濁し始めたことに、チャーリーは不思議そうな顔をした。
「ちょっと見せて。」
2人の様子を眺めていたレイチェルが、横から手を伸ばしてチャーリーの示した地図をさらうように取り上げた。
「公園って、ここの印がついてるところのことだよね。これ、私有地だヨ。」
「何やて~!? せやけど、皆、『公園』や言うてるやん。」
「うん。一応、散歩とかするのは黙認されてるから。でも、夜は立ち入り禁止だヨ。」
「何で?」
チャーリーが目を丸くして叫んだところで、アリオスが台所から戻って来た。
「花見客のマナーが悪かったからだ。」
そう言うと、アリオスは出来たてのケーキを切り分けて、アンジェの皿に特大の1切れを乗せた。とたんに、アンジェの顔が輝きだす。
「きゃ~、美味しそう♪ いただきま~す。」
「…アンジェ。」
さっきまでの様子とうって変わったのみならず、話もそっちのけでケーキにパクつくアンジェに、レイチェルは溜息をついた。チャーリーも同じく話の腰を折られて怯んだが、そこは商売人、すぐさま立ち直って本題に戻った。
「その、花見客云々について、もう少し詳しく教えてくれへん?」
「詳しくも何も、言葉通りだぜ。花見客のマナーが悪かったから夜間は立ち入り禁止にした。それだけだ。」
他の皿にもケーキを取り分けると、アリオスはアンジェの隣の椅子に腰を下ろしてティーカップを手にした。その様子にチャーリーは「ん~?」と眉間にしわを寄せた。
「もしかして、アリオス、その地主はんと知り合いなん?」
「ああ、良く知ってるぜ。」
アリオスはそうして紅茶を一口飲むと、済ました顔で続けた。
「本人だからな。」
チャーリーは絶句した。
「あそこは、俺が女王府から譲渡してもらったんだ。」
アリオスは以前、あの場所で毎日のように昼寝したり読書したりしていた。お気に入りの場所で気持ちよく過ごせるようにと結界を張っていたら聖地の七不思議になりかけて叱られたので、話し合いの結果あの土地の権利を譲渡してもらったのだ。そうして、以前は庭師以外全面立ち入り禁止にしていたのだが、アンジェの仕事を手伝うようになって付近の住民の憩いの場として解放した。
「何や、それやったら交渉相手はあんたやな。あんたが貸してくれる気になればそれで問題解決や。なぁ、この日なんやけど…。」
「却下。」
チャーリーが言い終らない内に、アリオスは涼しい顔で返事をした。
「そない言わんと…。あんたと俺の仲やないか。」
「だから貸したくない、と言ったら?」
アリオスは、アンジェにやたらとベタベタするこの商人が気に入らなかった。今のアリオスに対しても昔と変わらない様子で接してくる人間の一人ではあるのだが、アンジェに対する馴れ馴れしさと言うか気軽さも全然変わっていない。何かとアンジェの手を握ったり肩に手を伸ばしたり時には抱きついたり、見ていて腹立たしいことこの上ない。
「そんな、個人の好き勝手でかいな。ほなら、ビジネスとしてならどないや?」
「却下。」
アリオスは、あの場所をそんな観点で利用したくはなかった。
「どないしても、貸してくれへんの?」
「祭りのできる場所なら他にもあるだろ?」
公園のような場所が必要なら、それこそ女王府が管理しているあり余る土地の一画を借りれば済む話だ。
「せやけど、皆、あそこでやりたがってるんや。祭りはただ屋台とか並べて騒げばええってもんやない。周りの風景を楽しめることも大事なんや。」
そう言うと、チャーリーは根回し中に集めたアンケートの集計結果をアリオスに示した。
「なぁ、それ見ても気ぃ変わらへん?」
アリオスはしばらくそれを眺めてから、呟いた。
「…具合的な計画書はあるか?」
「その気になってくれたん?」
「とにかく見せろ。」
アリオスはチャーリーに携帯端末を一度返して計画書を呼び出させると、それらを吟味した。
「…却下。」
「え~、何でや~!?」
「酒に、使い捨ての食器に、レトルトの材料だぁ? ざけんじゃねぇぞ。これじゃ花見より酷くなるじゃねぇか。」
アリオスがあの場所を夜間立ち入り禁止にした理由、それは花見客が残した空き缶や使い捨て食器などのゴミの山とそして酔っ払いの折った木の枝の所為だったのだ。
揉めに揉めた祭りの開催場所は、王立研究院の協力と計画の全面見直しにより遂にアリオスの許可が下りて、あの『公園』に決まった。
「ねぇ、アリオス。どう、似合う?」
「クッ、馬子にも衣装ってやつか。」
「やだ、そんなに似合ってる?」
「…辞書引けよ。」
浴衣を着てはしゃぐアンジェは、実に可愛らしかった。しかし、アリオスは即座に褒められる程素直ではない。故意に意地悪な答えを返して、怒るアンジェをなだめるようにして「可愛い」と言ってやろうとしていたのだ。それをアンジェが素直に褒められたと感じてしまっては、どんな顔して「可愛い」と言えば良いのかわからない。
「あはは、アンジェったら良く似合ってるよ♪」
「ありがとう。レイチェルも浴衣着て来たのね。とっても良く似合ってるわ。」
「ありがと。でも、これって歩きにくいね。」
カジュアルな格好のエルンストに連れられて慣れない浴衣でふらふらしながら、レイチェルはアンジェ達と一緒に祭りの会場へと入って行った。
「食い物の屋台に気をとられて転ぶなよ。」
「そんなこと無しでも転びそうよ~。」
「仕方ねぇな。ほら、もっとちゃんと掴まれ。」
アンジェはアリオスの腕に半ばぶら下がるようなほどしっかりと掴まると、レイチェル達の姿を求めてキョロキョロした。
「最初はお好み焼きか?」
アンジェの視線の先にお好み焼き屋の屋台を見つけて、アリオスはそちらへ向って歩き出した。とっさに「違う」と言おうとしたもののお好み焼きの魅力の前にアンジェがそのまま大人しくアリオスに連れられて屋台へと歩いて行くと、そこではレイチェルがエルンストとお好み焼きを分け合っている姿があった。
「なるほど、これがお好み焼きというものですか。なかなか面白い味ですね。」
普段のエルンストならこのようなものにはそうそう手を出さないのだが、王立研究院の協力で衛生管理を行っているとなれば話は別だ。決して、非衛生的だなどとは思わない。そうなれば探究心が沸き上がる。
「何だい、ダンナはこういうもん食べんの初めてなのかい。あぁ、普通こういうお祭りでは紙皿に割り箸使うんだけど、何でも使い捨ての食器類は使っちゃいけないって規制があるとかでプラの皿に竹箸なんだよ。間違ってゴミ箱に捨てないどくれ。」
「はぁ。」
その規制の所為で王立研究院が食器の衛生管理に乗り出し、その結果、屋台の衛生管理まで徹底されたためにこのような形態での商売が認められたというのはなかなかに面白い現象と言えた。
「1つくれよ。」
「はい、まいど!! って、おや、金目のダンナ。」
「…だから、ひとを魚みたいに呼ぶんじゃねぇって。」
アリオスはアンジェがくっついてるのと反対の手を拳にすると、屋台の女将を睨み付けた。
「すまないねぇ。それにしても、今日は随分と可愛い娘さんと一緒だね。恋人かい?」
「当たらずとも遠からずかな。」
「何だ、もしかしてこれから口説くつもりだったのかい?」
「いや、もうとっくに口説いたよ。で、今は俺のカミさん。」
しれっとした顔で言うアリオスの腕にしがみついたまま、アンジェはアリオスと屋台の女将の間で視線を行ったり来たりさせた。
「やるねぇ。でも、そんな若い娘をさっさと家庭に押し込めちまうのは良くないよ。」
「押し込めたりしてねぇよ。これでも、こいつ、女王府に勤めてんだ。」
「そいつは凄いねぇ。」
「ああ。おまけに、これが結構大変な役目を担っちまってるんでな、俺が家事全般やってるってわけだ。」
「それで、いっつもダンナが店に来るのかい。」
「そういうこと。あんたらがいろいろサービスしてくれるおかげで助かってるんだぜ。」
「な~に、ダンナのおかげでこっちも良い商いさせてもらってるからねぇ。これからも贔屓にしとくれよ。」
そう言うと、屋台の女将は大きめに作ったお好み焼きを差し出し、アリオスの出した金を受け取った。
そして、次のたこ焼き屋でも更にその先々のいろんな屋台でも似たような会話が交わされた。そうして、様々な食べ物を抱えたアンジェ達がやっと座れそうな場所を見つけて腰を下ろすと、アンジェはふと顔を上げて質問の為の口を開いた。
「ねぇ、アリオス?」
「とりあえず、熱い内に食えよ。」
アンジェは言われるままに、お好み焼きから食べ始めた。代わりにレイチェルが口を開く。
「さっきの人たち、どういうお知り合い?」
「行きつけの店の奴らだ。」
その言い方に、エルンストは訝しげな目でアリオスを見た。
「行きつけの店、ですか?」
「ああ。八百屋とか魚屋とか…。」
アリオスは食材関係を全て専門の商店で仕入れている為、そういう店の連中にやたらと顔が広かった。
「じゃぁ、サービスって?」
「キャベツ値引きしてもらったり、里芋おまけしてもらったり、大根やカブの葉をただでもらったり…。」
いろいろ思い出しながら嬉しそうに答えるアリオスに、レイチェルは目を丸くした。引き継いで、エルンストが口を開く。
「あの、魚屋でもですか?」
「ああ。フライ用の白身魚値引きしてもらったり、メザシおまけしてもらったり、煮干しを多めに詰めてもらったり…。」
それらの答えを聞いて、レイチェルとエルンストはポカンと口を開けてしばらく固まってから、力なく言った。
「あなた、本当に元皇族?」
「それよりもレイチェル、現皇帝であることの方が…。」
何処の世界に八百屋や魚屋で商品を値切ったりおまけしてもらって喜ぶ皇帝が居ると言うのだろう。しかも例に挙がっているものがやたらと庶民的な上に、それを話す口調が妙に生き生きしている。
「何とでも言え。」
アリオスは苦笑しながら、言葉を切った。何と言われようと、今の生活は性にあっているのだから仕方がない。
それらの答えを聞いて、アンジェも含めた3人は「この人、自分達の知らない所で一体どういう生活してたんだろう?」と思った。だが、そのおかげでアンジェのあの日常生活があることを思うと、こういうのも良いのかも知れないなどと考えてしまうのだった。