君のいる場所13
季節感は大切だとでも言わんばかりに新宇宙の聖地で暑い日が続く中、アンジェが待ちに待った休日が訪れた。
数日前から着々と支度を整えてきたアリオスとアンジェは、日の出と共に朝食を終えて、レイチェル達を迎えに宮殿へと馬車を走らせた。
「エルンストさん、もうこっちに着いてるかしら?」
「あいつの事だから、遅刻したりはしないだろ。」
早朝に次元回廊を開いてもらうのが困難なら、夕べの内に来て研究院に泊まるくらいのことはしてるだろうと考えるくらいに、アリオスはエルンストの事を信頼していた。
そして宮殿に着いた2人は、レイチェルとエルンストの他に4人の人影を目にした。
「何で、あんたらが居るんだ?」
金の髪の女王とその補佐官と、そしてリュミエールとクラヴィス。全員がカジュアルな私服に身を包んでレイチェル達の傍に立って居た。
「だって、わたし達も夏を楽しみたいんですもの。」
アンジェリークはニコニコしながら答えた。
「だからって…。エルンスト、これは一体どういうことなんだ!?」
アリオスは、エルンストに詰め寄った。
アンジェが彼女達を誘ったとは思えない。レイチェルが誘ったか、エルンストがバラしたか、どちらにしても問いつめるなら彼を対象とするのが一番と思われた。
「はぁ、その…。申し訳ありません。」
エルンストは、言いにくそうにそれだけを答えた。
「申し訳ないで済むかよ。どういうことなのか、きっちり説明しやがれ!!」
更に詰め寄るアリオスに対し、彼が知りたがっている答えは別の方向から与えられた。
「ふふふ、エルンストは正直者なのよね。」
「……は?」
「次元回廊の使用許可申請書に、嘘なんて書けないのよね。」
楽しそうに笑うアンジェリークの横で、ロザリアは1枚のコピー用紙を取り出してみせた。それは次元回廊の使用許可申請の用紙の写しで、使用目的のところに"海水浴"と書かれていた。
「先日、私達も水着を新調したことですし、是非ご一緒させていただきたいと思いましたの。」
「わたし達の聖地では気候管理が行き届き過ぎてるし、下界へ遊びに行くには監視がいろいろ厳しいんですもの。」
楽しそうにしている2人の傍で、アリオスの手から逃れたエルンストが申し訳無さそうに言った。
「使用期間はゆとりを持たせて申請したのですが…。」
確かに、書類上はこの3日間のうちのどこかで回廊を使用することにしてあった。しかし、詳細を教えないと使用を許可しないと脅されて、エルンストは詳しい日時を白状したのだ。
「そんな小細工する前に、目的欄を工夫しろよ。」
「はぁ、しかし嘘の目的を書き込む訳にもいきませんし…。」
「それじゃ、何か? お前、今までこっち来る時いつも『レイチェルとデート』って書いてたのか!?」
エルンストは真っ赤になって口籠った。
「違うだろ? どうせ、研究関係の目的か何かを…。」
「あら、『レイチェルとデート』って書いてあったわよ。そうよね、ロザリア?」
「はい、陛下。」
あっさり肯定されて、アリオスとアンジェとレイチェルは目を丸くてエルンストの方を見つめた。
「本当に、エルンストは正直者よね。」
アンジェリークは再びクスクスと笑った。
「まぁ、エルンストが正直者なのは解ったが…。どうして、あんたらの他に守護聖が2人も居るんだ?」
アリオスは、不機嫌な顔でアンジェリーク達に問いかけた。
「あら、言ったでしょ。夏を楽しみたい、って。」
「楽しむ為には恋人の存在も不可欠ですわ。」
そう言いながら、アンジェリークはリュミエールの腕にしがみつき、ロザリアはクラヴィスに寄り添った。
「「え~~~っ!!」」
アリオスとアンジェは、同時に驚きの声を上げた。
「ちょっと待て。それじゃ、あの旅の時にあんたが時々愛おしげに呟いてた"アンジェリーク"って…?」
「ええ、こちらのアンジェリークですよ。」
リュミエールはアンジェリークに微笑みかけながら、アリオスの問いに即答した。
「あの…、それではクラヴィス様があの戦いの中で随分と積極的だったのは、ロザリア様を救う為に…?」
「守護聖としての職務や仲間意識なら、戦うのは他の者に任せても良かろう。」
クラヴィスも、アンジェリークの問いに即答した。
「そういう訳ですから、私達も御一緒させていただきますよ。いかに私が寛大でも、私の見ていないところで他の殿方の目にアンジェリークの水着姿を晒すほど広い心は持ち合わせておりませんし、"海水浴"と聞いて黙って留守番などしている訳には参りませんから。」
そう言って微笑むリュミエールに、アリオスは「もう、勝手にしてくれ」と天を仰いだのだった。
急いで宮殿に常駐している馬車を仕立てさせて、アリオス達は昼頃になって海に到着した。
アリオスは積み荷のテントやビーチマット、ビーチパラソルなどを下ろしててきぱきとセッティングすると、アンジェ達にテントの中で着替えるよう促した。
「アリオスは着替えないの?」
女性陣と交代でリュミエールだけがテントに入って行くのを見て、エルンストやクラヴィスが泳ぐところなど想像出来ないが、アリオスは一緒に海で遊んでくれると思っていたアンジェは首を傾げた。
「俺は泳がねぇからいい。」
「どうして泳がないの?」
「これ以上、水を滴らせる必要はねぇからな。」
アンジェはきょとんとした。その横で、ロザリアとクラヴィスとエルンストは密かに口元で笑い、レイチェルは笑い転げた。
「あはは、凄い自画自賛。でも、そんなこと言って実は泳げないんじゃないの?」
普段から格好つけてる人が泳げないのを誤魔化すのによく使う手だヨ、と笑うレイチェルに、アンジェはアリオスをまじまじと見つめながら言った。
「アリオスって泳げないの?」
「バ~カ。俺が泳げなかったら、お前はとっくにあの世行きだ。」
封印の鍵を求めて移動島へ渡る時に、海に落ちたアンジェを助けたのはアリオスだった。武具を装備したままで、気絶したアンジェを抱えて陸地まで泳ぎ着いた人間をつかまえて、どうして泳げないなんて思えるんだろう。
「あっ、そうよね。」
「おい、まさか忘れてたのか?」
アリオスはムッとして言い返した。
「忘れてたんじゃ無くて、知らなかったの。」
「……は?」
「だって、海に落ちた後、無人島で目を覚ますまでの間の記憶が無いから…。」
正確には、エリスに見せてもらった映像のおかげでアリオスが自分の血を採取したり『蒼のエリシア』を振り回してたことくらいは知っていたが、どうやってアリオスが自分を助けたかなんて、アンジェは全く知らなかった。魔導で助けてくれたのかも、なんて思っていたのだ。
「ふ~ん、記憶が無いのか。それじゃ、他にもいろいろしてやったのに全然覚えて無いんだな?」
「い、いろいろって…?」
「さぁな。」
教えた所為で怒鳴られたり殴られたりするのは御免だから黙っておこう、とアリオスは笑って誤魔化した。
そうこうしている内にリュミエールがウェットスーツのような水着に着替え終わり、水着組は皆で海へと入って行った。
砂浜待機組はしばらくボ~っと海の中の恋人を眺めていたが、ふとエルンストが口を開いた。
「さすがに綺麗な砂浜ですね。」
「そうか?」
「確かに、我々の宇宙で下界に海水浴に行くと、どうしても足元にいろいろ転がっているな。」
女王陛下の思いつきで社員旅行ならぬ守護聖一行旅行に出かけた時の事を思い出して、クラヴィスは呟いた。
「やはり、まだ人口が少ないことやここが聖地だということによるのでしょうか。」
今も周りに人は居ないようだし、と辺りを見回すエルンストに、アリオスは莫迦にしたような言葉を返した。
「人口が少なかろうが聖地だろうが、莫迦は何処にでも居るぜ。」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、ここには先週から結界張ってあんだよ。」
アンジェの水着姿を通りすがりの奴の目に入れて堪るものか、とアリオスは下準備を怠らなかった。
「おまけに、この一週間で回収されたゴミはこの辺りだけででかい袋に4つ分はあったな。」
どこかの莫迦がどんちゃん騒ぎでもしたらしく、大量の空き缶やら食品のビニールやら紙袋やらが後から後から湧いて出た。更には、花火の残骸も散乱していた。
アリオスは下見にやって来てそれらを見つけ、そんなものがゴロゴロした場所でアンジェが足でも切ったら大変だ、と毎晩ゴミ鋏と半透明のゴミ袋を抱えて砂浜の掃除に通い詰めたのだ。
「おかげで、さすがの俺も寝不足だぜ。」
戦いの中でなら1週間やそこらの徹夜はものともしないが、書類決裁なんてものをやらされてる生活の中での徹夜は辛かった。アンジェの水着姿のおかげで目が冴えてるが、海になんぞ入ったらその浮力の気持ちよさに居眠りする危険があるくらいに、アリオスは眠くて仕方がない。
「あ~あ、砂浜美化の為の法律でも作っちまおうかな。」
あくびをしながら大きく伸びをして、アリオスは今回の彼の陰の努力を全く知らずに楽しそうに皆とビーチボールを打ち合ってはしゃいでいるアンジェの姿を愛おしげに見つめるのだった。