君のいる場所12
久しぶりにのんびり過ごせそうな休日が巡ってきた。
アリオスはここ数日の間、家の中をいろいろ点検しまわって買い出しリストを作り、朝食の片づけが終わるとすぐにショッピングエリアへ出かけて行った。
「やっぱり、一緒に行けば良かったかなぁ。」
リストアップされた物品の数の前に、一緒に行くと邪魔にしかならないと思ったアンジェは、適当な理由をつけて留守番をしていた。しかし二度寝するにも落ち着かず、雑誌を読むにも飽きてしまった。
「腹が減ったら、適当に食え。」
そう言って、アリオスはお昼の弁当を詰めたランチボックス以外に冷蔵庫や棚の中に食べ物を置いて行ってくれたが、食べてもどこか空しさを感じていた。
「アリオスの腕が落ちた、なんてことはないわよね。」
好物であるはずのチョコアイスをつついてみても食べ慣れた味が美味しく感じられなかったアンジェは、ため息をつきながら再びランチボックスに手を伸ばした。
アンジェが、落ち着きなく家の中をうろうろしながらまだ当分帰ってきそうにないアリオスの帰りを待ちわびていると、玄関のチャイムが鳴った。
「アンジェ、居る~?」
ぱたぱたと玄関先へ走って行ったアンジェが慌ててドアを開けると、そこにはレイチェルだけではなく金の髪の女王とロザリアが立っていた。
「お久しぶりね、アンジェリーク。」
「元気そうで安心したわ。」
カジュアルな私服に身を包んだ二人は、いつもと変わらぬ微笑みをアンジェリークに向けた。
「これから、お二人と買い物に行くんだけど、アナタもどう?」
只でさえ二人の訪問に驚いて声も出なくなっていたアンジェは、レイチェルの誘いに更に面食らった。
「何か予定があったのかしら?」
「いいえ、何も…。」
心配そうに問う故郷の女王に答えながら、アンジェはまだ心が半分くらいどこかをさ迷っていた。
「だったら行こうよ。アナタが出て来たってことはアリオスってば一人でどっか行っちゃってるんでしょ。」
「確かにそうなんだけど…。」
そのアリオスの行き先がショッピングエリアなのだということを言いそびれたアンジェは、そのままレイチェルに連れられて馬車に乗り込んでしまった。
「わ~、素敵な水着がいっぱい♪」
「アンジェリーク! あまり羽目を外さないでちょうだい。」
この辺りの人間には顔を知られてないからと言ってあまり恥ずかしい真似をされては、同行しているロザリアまで奇異な目で見られてしまう。
「ほら、見て~。これなんかロザリアに似合いそうじゃない?」
その言葉と同時にアンジェリークが掲げたのは、殆ど布地が無いようなビキニだった。
「アンタ、今度そんなふざけたものを薦めたら絶交するわよ。」
「え~!? ロザリア、スタイル抜群だから似合うと思ったのに~。」
私はお子様体形だからこういうのに憧れちゃうんだけどな、などとブツブツ言いながら残念そうにビキニをレールに戻す彼女に、ロザリアは軽い頭痛を覚えた。
「私にはもう少しエレガントなものが似合うのよ。例えば…そう、これなんか良いんじゃないかしら。」
ロザリアは、努めてやさしい口調でアンジェリークの持ったきわどいデザインの水着を否定しながら素早く辺りを見回して、青を基調とした洒落たワンピースとロングのパレオのセットを取り上げた。
「わ~、素敵~。ロザリア、さっそく試着してみせて。」
「そ、そうね。わかったわ。」
自分のを選ぶ手を休めてロザリアの水着選びに燃えるアンジェリークのパワーに少々押され気味になりながら、ロザリアはとっさに手に取った先ほどの水着を手にして試着室へと消えた。それを見て、アンジェリークも再び自分の分を探し始めると、間もなく2種類の水着を抱えて試着室へと入って行った。
「いいなぁ、お二人とも良さそうなものが見つかったみたいで…。」
「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、ちゃっちゃと選ぶんだヨ。」
ワンピース系の方へ行ったかと思えばタンクトップ系やビキニタイプのコーナーへ戻り、またワンピース系へという具合に、タイプさえ目星をつけられずにうろうろするアンジェを後目に、レイチェルは数枚の水着を持って自分も試着室へ行ってしまった。
「レイチェルのイジワル~!!」
後ろ姿に文句を言ってみても、方向性すら決められない今の状態では選ぶのを手伝ってもらうことも出来ず、アンジェはブツブツ言いながらまたあちこちのコーナーをさ迷った。
「仕方ないじゃない。大人っぽいのを着たいけどスタイルに自信ないし、でも子供っぽいの着たらアリオスに莫迦にされそうなんだもん。」
先ほどから目を引いているスカート付きのいちご模様のワンピースを手に取りかけては、アンジェはそれを取り上げることが出来ずに居た。
「そりゃ、さすがにそこまでお子様なもん着られたら、莫迦にするなって方が無理だぜ。」
「そうよね。やっぱり…ってぇ!?」
独り言に対して返ってきた答えに更に返事をしかけたアンジェが驚いて振り返ると、そこにはたくさんの手提げ袋とシールを貼られただけのボックスティッシュ5個セットを抱えたアリオスが立っていた。
「ほら、せめてこっちのにしとけ。」
アンジェの素っ頓狂な悲鳴にも顔色ひとつ変えず、アリオスは近くのレールから水着を1着取り上げてアンジェに差出した。それは、白地に油絵風のヒマワリの絵が入っているシンプルなカットのものだった。
「とりあえず着てみな。ちゃんと着られたら、おまけ付きで買ってやるよ。」
「おまけって何?」
「そうだなぁ。浮き輪とビーチボールのどっちがいい?」
「…両方。」
アンジェの答えに苦笑しながら、アリオスは彼女を試着室へと追い立てた。
しかし、しばらく待ってもアンジェは試着室から顔を出そうとはしなかった。アンジェリークやロザリア、レイチェルがそれぞれ自分のものを購入し終えて、アリオスの姿を見つけて訝しげに寄ってきて問い詰めた挙げ句に状況に納得しても、まだアンジェが出てくる様子は見られなかった。
「おい、まさか着方がわからないとか言わねぇよな?」
「違うわよ!!」
「だったら、さっさと出てこい。」
「だって~。」
アンジェは今までとタイプの違う絵柄の水着を着た自分の姿に戸惑いを覚え、その格好でアリオスの前に出るのが恥ずかしくて、扉を開く手前で身体が硬直していた。悪くはないと思うのだが、もしアリオスに笑われたらどうしよう、と思うとそこで手足が止まってしまうのだ。
「浮き輪とビーチボール、要らねぇのか?」
「要るわ。欲しい! 買って~!!」
誘惑に負けたアンジェは、ものすごい勢いで扉を開けた。
「わ~、アンジェってば、すっごく似合ってるヨ。」
「ほんと、素敵ね。ねぇ、ロザリア?」
「ええ。」
飛び出してきたアンジェの姿を見て、レイチェル達は口々に誉め言葉をかけた。その言葉と、今の自分の行動に真っ赤になったアンジェは、引っ込みかけてからおずおずと扉を開き直し、上目遣いにアリオスを見つめた。
「アリオス~。」
不安げに声をかけるアンジェをしばらく見つめた後、アリオスは軽くため息をついた。
「ったく、仕方ねぇなぁ。」
アリオスは、頭を抱えるような素振りで前髪をかきあげた。アンジェは、ますます不安になる。
「…やっぱり、似合わない?」
「クッ、さぁな。ま、ついでにサンダルも付けてやるよ。」
新しい水着に合いそうな浮き輪とビーチボールとサンダルを選んで買ってもらったアンジェが嬉しそうに袋を抱えると、アリオスは呆れたような表情を浮かべながら、持っていた荷物をすべて一人で抱え直した。
その夜、なし崩しにアリオスの手料理までご馳走になって帰って行った金の髪の女王達を見送った後、アンジェは再びあの水着を試着してみた。
今度はちゃんとシースルーのパレオも巻いて、オシャレなサンダルも履いてやや大人びた雰囲気をアップさせていたが、ついでに併せ持った浮き輪とビーチボールがやはりお子様だったかという状態に引き戻そうとしていた。
「どう、アリオス?」
「良いんじゃねぇの。」
「じゃあ、今度のお休みに皆で海にでも行きましょう。」
アンジェからの誘いに即答で了解しそうになったアリオスだったが、危ういところで踏みとどまった。
「…却下。」
「え~、どうして~!?」
「皆ってのが誰のことだか、言ってみな。」
「レイチェルと、エルンストさんと、それから守護聖様方もお誘いしてみようかと思ってるんだけど…。」
アリオスはその予想通りの回答に溜息をついた。どうして、こいつはこんなに無防備なんだろう。
「俺以外のヤローに、んな格好見せんじゃねぇよ。」
「えっ、マルセル様やメルさんでもダメ?」
そうか、あいつらは未だに男だと認識されてねぇんだな。
果たしてそれを喜んでいいのか、はたまた危険と思った方がいいのか。アリオスは不穏な心境になりながら、再び深く溜息をついた。
「とにかく、却下。100歩譲って、レイチェルとエルンストだけなら良いけど…。」
「本当?それじゃ約束よ、アリオス。」
そう言うと、アンジェはその格好のままアリオスの横のソファーにポンっと飛び乗った。
「わかった。わかったから、これ以上俺を刺激するな。」
水着姿で隣に飛び乗られて密着されたアリオスは慌てて身を引き剥がした。一瞬キョトンとしたアンジェだったが、その後ふと自分の格好を思い出して真っ赤になると猛スピードで部屋まで走って行ったのだった。