君のいる場所5
両方の宇宙で年が明けてすぐ、アンジェ達の元に故郷の宇宙から一通の招待状が届いた。向こうで行われるパーティーに、揃って招待されたのだ。
こちらの宇宙ではまだ大々的なパーティーなど行えるような状態にはないので、あっさりと「出席」の返事をしたアンジェだったが、後から話を聞いたアリオスは大変不機嫌になった。
「冗談じゃねぇ。何で、俺がそんな場所に出なきゃいけねぇんだ。」
「だって、楽しそうじゃないの。パーティーって言っても内輪のものだし、守護聖様方だけでなく久しぶりに教官の皆様やメルさん達にもお会いできるし…。」
「俺は、どうでもいい。」
そもそもアリオスはパーティー自体大嫌いである。
アンジェはいろいろ説得工作を試みたが、アリオスは首を立てに振ろうとはしなかった。
結局、意向も確認せずに勝手に返事をしたという罪悪感を持って下手に出ているアンジェでは埒が開かないと思ったレイチェルは、2人の間にズイっと割って入ってアリオスを一喝した。
「今更出席しないなんて言ったらアンジェが困るのっ!つべこべ言ってないで大人しく出席しなさい!!」
「アンジェが困る」の一言にアリオスは渋々出席を承諾したが、招待状をよく見た彼は何やらあさっての方向を暫く見た後、アンジェ達に向って一つの条件を突き付けた。その結果、会場でアンジェ達を迎え入れた人々は一瞬表情を強張らせたのであった。
「レ、レヴィアス!?」
パーティー会場に招き入れられた客人達の姿を見て、金髪の女王は驚きの声を上げた。
レイチェルをエスコートしているのが迎えに出たエルンストなのは問題なかった。そして、アンジェをエスコートしているのが新宇宙から同行した彼女のパートナーであることもまた当然のことだった。だが、ドレスアップしたアンジェの横でその手を取っているのは噂に聞いた銀髪の剣士ではなく、黒を基調としたスマートな軍服に身を包み優雅にマントを捌いて歩み寄る黒髪の青年だったのだ。
「客人を指差すとは大した礼儀だな、女王よ。」
ハッとして手を引っ込めた金髪の女王だったが、頭の中は渦が回っているようだった。
「我を招待したのは己であろうに。」
そう、招待状の宛名には「両陛下ならびに補佐官殿」と書かれていたのだ。すなわち、レヴィアスを招待したことになる。
「いきなり喧嘩を売ってるんじゃないわヨ。」
レイチェルは手にした扇で彼の頭を叩こうとしたが、軽く躱されてしまった。
アンジェは慌てて彼の脇腹をつついたが、レヴィアスは素知らぬ顔で女王と補佐官とジュリアスに無難な挨拶をするとアンジェを連れて会場の中へと進み入って行った。
「お前の好きそうなものがたくさんあるぞ。」
アンジェが連れて来られた先は、マルセルが作ったお菓子が置かれたテーブルの前だった。
「あっ、アンジェリーク、アリオス。新年あけましておめでとう。」
テーブルの横でランディと話していたマルセルが、ふいっと2人の方を見て笑いかけて来た。
「おい、マルセル。今はレヴィアスって呼ばなきゃいけないんじゃないのか?」
「えっ、そうなの?」
ランディに注意されてマルセルは急いで訂正しようとしたが、その前にレヴィアスが「どちらでも構わぬ」と2人を制した。
「それより、これを作ったのはお前か?」
2人がこそこそ話している間にさっさとアンジェと一緒にパイを口にしたレヴィアスは、テーブルの上の皿を指差した。
「そうだけど…。口に合わなかった?」
「いえ、そうではなくて…。美味しいからレシピを教えていただきたいんです。」
「うん、いいよ♪あのね……。ねっ、簡単でしょ。」
マルセルはメモも無しに嬉しそうにレシピを説明した。
「なるほど。確かに簡単だな。」
「作れそう?」
「任せておけ。」
予想外の展開に、ランディは固まった。
しかし、マルセルは何とか踏み止まった。それどころか、嬉しそうに更に話し掛けたのだ。
「こっちも簡単なんだよ。あのね……。それに、これならゼフェルも少しは食べてくれるんだ。」
「それは凄いですね、マルセル様。」
和やかなムードのまま互いにお勧めのレシピを交換し、レヴィアス達は別のテーブルへ移動して行った。
にこにこと手を振っているマルセルの後ろで硬直の解けたランディはその場にへたり込みそうな疲労感を味わっていた。
「あ…、あれって、中身はアリオスのままってことなのか?」
守護聖達に年始の挨拶をし適度に料理に手を出しながら移動した2人がグラスを片手に一休みしていると、教官達がやってきた。
彼らはアンジェと一頻り懐かしさを確かめ合うと、横に居るレヴィアスをしげしげと観察するように眺めた。
「やぁ、久しぶりだね。まさか本当にアンジェの宇宙で、こうもふてぶてしく生きてるとは思わなかったよ。」
「セイランさん。一応、彼は転生されてるんですから、前世のことで責めるのは…。」
「それもそうだな。今では彼女と共に新宇宙を導く皇帝陛下だ。あまり失礼な真似はどうかと思うぞ。」
率直な感想を漏らすセイランを宥めようとした2人だったが、それを聞いてレヴィアスはわずかに唇の端を上げて笑った。
「何が可笑しいんだい?」
「相変わらずだな。」
レヴィアスは、簡単に応答すると平然とグラスの中身を口にした。
「ふ~ん。つまり君は、僕らのことを覚えているって訳だね?」
セイランは、相手が無言であることを肯定の返事と受け取った。
「何や、それやったら「久しぶりやなぁ、元気やったか~♪」っちゅう挨拶くらいしてくれたかてええやん。」
「あっ、チャーリーさん。お久しぶりです。」
いきなり乱入して来たチャーリーにアンジェが懐かしそうに振り返ると、チャーリーはそのまま両手を広げてアンジェを抱き締めようとした。
「ほんまに久しぶり…ぶへっ!」
チャーリーはアンジェに抱きつくまで後少しというところでセイランが出した足につんのめり、マントを捌く振りをしたレヴィアスの手に顔面を叩かれた。
「んもうっ、酷いやないか。」
「僕のアンジェに気安く抱きつかないで欲しいね。」
セイランは、チャーリーの非難をツンと躱した。
「我のだ。」
「そうだったかな?」
レヴィアスの睨みも何処吹く風と受け流し、セイランは真っ赤になっているアンジェの顔を覗き込んだ。
「君は彼のものなのかい?」
「セ、セイラン様っ!!」
正面切って聞かれて、アンジェの心臓はバクバク言った。
「今からでも遅くないよ。僕と一緒に有意義な人生を送ってみたらどうかな?」
「いいえ。」
小声だったが、アンジェはきっぱりとセイランの誘いを断った。
「やれやれ、即答か。」
かなりショックだと言わんばかりのセイランの様子に、アンジェが慌てて言い訳をしようとしたが、セイラン自身がそれを押しとどめた。
「そんな顔をしないで欲しいな。君のそういう一途なところも、僕は大好きだからね。」
本気にせよ冗談にせよ、不機嫌そうなレヴィアスのすぐ隣でアンジェを口説き続けるセイランに、ヴィクトールとティムカはハラハラしていた。いつレヴィアスがセイラン目掛けて魔導を放ってもおかしくない状況だ。
しかし、アリオスで居る時よりも遥かに忍耐力に優れた彼は、セイランを排除しようとはしなかった。先程、アンジェが即答したのも効果があったのだろう。困ったように俯くアンジェの表情はレヴィアスの好みでもあるので、能天気な声が空間を破るまで、彼は黙ってアンジェを見ていた。
「わ~、黒いアリオスだ~。」
「チビ…などとは、もう言えんか。」
「メルさん、ですよね?」
そこには、急に背が伸びたメルが立っていた。
「うん♪」
嬉しそうに掛け寄って来たメルは、昔のように無邪気に2人に飛びつこうとしてチャーリー同様セイランに足を引っ掛けられた。
「痛~い。酷いよ、セイランさん。」
見事に転んだメルは、起き上がりながら文句を言った。
「なぁ、今のってアンジェちゃんやのうて皇帝はんの首に飛びつこうとしてたんちゃう?」
「僕にも、そう見えました。」
それでどうしてセイランが邪魔をするんだ、と3人は顔を見合わせた。
「僕は、アリオスのことも気に入ってるんだ。そりゃもう、こんなことしたいくらいにね。」
言うが早いか、セイランはレヴィアスの首に手を回すと頬にキスした。レヴィアスの反射神経をもってしても避けられぬほどの早業だった。
「「「「「ああ~~~」」」」」
「何?何か文句でもあるのかい、君達?」
手はそのままで振り返るセイランに、レヴィアス以外のものは一斉に首を横に振った。
そしてレヴィアスはと言うと、キスされた瞬間に目を見開いて半歩引いたものの、即座にいつもの無表情な顔に戻ると手袋をはめた手の甲でセイランに触れられた場所を拭っていた。
「あの男相手にここまでちょっかい出すセイランもアレだが…。」
「セイランさんにあれだけされてまだ反撃しないレヴィアスさんも怖いですよ。」
「そろそろ止めたらんと、あの兄さん一気に魔導を使うて死人出すんやないか?」
「でも、僕、怖くて止められないよ~。」
じりじりとその場から離れながらひそひそ話をしている面々を他所に、アンジェはガシっとレヴィアスの腕を掴んだ。
「そろそろ他のテーブルへ行くのか?」
その問いに力いっぱい頷くアンジェを連れて、レヴィアスはセイランに何もせずにその場を離れて行った。
「あの野郎~、調子に乗りやがって~!」
一通り挨拶を終えると義理は果たしたとばかりにレヴィアスはアンジェを連れてさっさと会場から抜け出した。そして公園まで来てホッとした表情を浮かべた直後、アリオスの姿になり、薄氷が張っているのも構わずに噴水の水でバシャバシャと顔を洗った。
「ひとが大人しくしてるのをいいことに、何てことしやがるんだ!!」
「アリオス…顔、凍るわよ。」
激しく顔を洗いまくった後、噴水の縁を掴んで怒りに震えているアリオスに、アンジェはポーチから取り出したハンカチを差し出した。
「サンキュ。」
軽く水気を拭ってアンジェにハンカチを返すと、アリオスは溜息をついた。
「ったく、我ながらよく我慢できたと思うぜ。」
正直言って、こっちの姿を取っていた時なら絶対に「僕のアンジェ」発言の時点でセイランの襟元を掴んで締め上げていたと思う。
「私も、そう思うわ。セイラン様ったら、いつも以上に悪ふざけが過ぎたもの。」
「まぁ、あの手のことにはジョヴァンニで慣れてたけどな。」
但し、慣れているのはレヴィアスの時であって、アリオスだったら絶対に我慢できない。
それに限らず、アリオスは些細なことでも気に触れば黙っていない。だからこそ、喧嘩をしてパーティーをぶち壊しにしないためにレヴィアスの姿を取っていたのだ。そのおかげで、アリオスの意図を見抜いたセイランは予定以上に遊べた訳だが…。
「いつ、あなたがキレてセイラン様を八つ裂きにするかと気が気じゃなかったんだから…。」
「バ~カ。んな、もったいねぇ真似はしねぇよ。」
「もったいない?」
「あいつのこと、割と気に入ってんだ。何しろ、変わらねぇからな。」
アリオスの正体を知って恐れたり、他人行儀になったりしない。過去の裏切りに対して腹が立ったなら正直に怒りをぶつけ、改めて友人として自然体で接してくる。
「敢えて親しく付き合いたいってなタイプじゃねぇが、嫌いじゃないぜ。」
「それじゃ、他の方々は?」
「マルセルって言ったっけ、あの緑の守護聖。あいつやルヴァ、それからあの極楽鳥みたいな守護聖も嫌いじゃねぇな。」
生まれ変わって過去を捨てて今度こそアンジェと幸せになっている、などと思われていたアリオスが実はしっかり前世の記憶を持ったままでしかもレヴィアスとしての力も持ったままだという事実を知らされた守護聖達の反応は、現在の彼の立場を考慮してか、怒りを押し殺し表面上は新宇宙からの客人として迎えるあるいは昔の知人として接して来る者が殆どだった。平気な振りを装いながらも腰が引けている者も居た。しかし、中には例外として、嘘っぽさを感じさせない輩も数人居たのだ。
特にマルセルなど、あまりにも自然に話をしていたために和みすぎてうっかりアンジェがお茶に誘っているのを止め損ねてしまったくらいである。戦っていた頃の記憶があるとわかっていて尚、しかもレヴィアスの姿をとっている相手に、平然とお菓子作り談義を交わすあの神経は賞賛に値する。
ルヴァは「今度こそ幸せになれるといいですねぇ」と本心から言っている様子だった。あまりにもしみじみと言われるものだから、いきなり耳を引っ張られて「今度アンジェを泣かせたら承知しないよ!」とオリヴィエに叱られた時よりも更に罪悪感に責め苛まれてしまったのだが、2人とも思ってることと行動に表すことに一貫性があるらしいところは好感が持てる。
そう、言いたいことがあるならはっきり言えばいい。表面だけ礼儀正しくされたり優しくされたり親しげにされると虫酸が走る。
「ん?何をにやついてるんだ?」
アリオスの評を聞きながら、アンジェはにこにこと嬉しそうな顔になっていった。
「何か、妙なこと考えてるんじゃねぇだろうな。」
「失礼ね!私はただ、アリオスが私以外の人にも関心を持ってたってことを喜んでるだけよ。」
何しろ、アリオスの思考や行動は全てアンジェを中心に回っているようだったから、他の事に興味を持てないのではないかとちょっと心配していたのだ。
「お前以外にも人が居ることくらい解ってるぜ。もっとも、お前以上に俺の気を引くやつはいねぇけどな。」
そう言いながらアリオスはアンジェを引き寄せたが、すかさずアンジェに胸を押されて行動の続きを阻止された。
「今はダメ。口紅移っちゃうじゃない。」
そろそろ会場へ戻らなければいけないのに、折角直した口紅が今ここで落ちたら直しに行く時間がなくなって困ったことになる。
「今は、か。では、帰ってからのお楽しみと解して良いのだな。」
会場へ戻るために再びレヴィアスの姿をとった彼は、ボソっと呟くとアンジェの返事を待たずに一気に会場の柱の陰へ転移したのであった。