君のいる場所2

待ちに待った休日。その楽しいはずの休日に、アリオスの家には大勢の客が押し掛けて来た。
朝食の片付けをしていたアリオスが玄関先へ出てみると、あっちの宇宙の守護聖達がレイチェルに先導されて立っていた。
「これは何の冗談だ?」
アリオスに睨み付けられたレイチェルは引きつったような曖昧な笑みを返した。
「幻覚を見るとは、俺も疲れが溜まったか。誰とは言わんが、必要以上に仕事を押し付ける奴が居るからな。」
そう呟いてアリオスがドアを閉めようとすると、レイチェルは慌てて隙間に身体をねじ込んだ。
「冗談でも幻覚でもないよ。皆様、久々にアンジェに会いたいんだってさ。」
「だったら、平日に宮殿の方に来い。今日は休日、仕事は休みだ。じゃあな。」
レイチェルを追い出して、アリオスはドアを閉めた。
「だから、仕事じゃなくって遊びにいらしたんだってば!!」
ドンドン、ドンドン……。
喚き声と共に激しく扉を叩き続けられる音に、アリオスは再びドアを開けた。
「喧しいぞ!あいつが起きちまうじゃねぇか!」
「あれ?あの子、まだ寝てるの?」
もうだいぶ日が高くなっている。今度の休日をずいぶん楽しみにしていたようだから、とっくに起きていそうなものなのに。実はゆっくり眠れるのを楽しみにしていたのだろうか。などとレイチェルが考えていると、アリオスは莫迦にするような笑みを浮かべて言った。
「はずれだな。正確には、また寝てる、だ。」

家の前に居座られて騒がれるよりはマシだと観念したアリオスは、守護聖達をリビングへ通してアンジェを起こして来た。
「皆様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
不機嫌なアリオスの手前、ようこそいらっしゃいましたなどという台詞は決して言えまいと、アンジェは無難な挨拶をしてアリオスの隣に腰をおろした。
「うむ、忙しくてなかなか会えぬが、そなたも元気そうで何よりだ。」
……忙しいなら、来るんじゃねぇよ。
「以前より、落ち着きが増したのではないか。さすがは女王だな。」
……その分、てめぇは軽くなったってか。
「お肌つやつやだね。忙しくても美容と健康には気を使ってて偉いよ♪」
……こいつは何にもしてないぜ。
「あれ~、でもちょっと元気ないんじゃないか?」
……てめぇに比べりゃ誰だって元気ないぞ。
「…アリオス。」
「ん?」
小声で名前を呼びながら遠慮がちに脇腹を突くアンジェの方を向いたとたん、アリオスの後頭部にレイチェルが握りしめたハイヒールがヒットした。
「何しやがる!?」
「失礼なことばっか言ってんじゃないわよ!」
怒鳴られて訳がわからないといった顔をしているアリオスに、アンジェは囁いた。
「さっきから、考えてることが声に出てて…。それも、だんだんハッキリと。」
アリオスは慌てて口をおさえた。アンジェの居る前で言ったら、彼女が困ってしまう。
「そりゃ、アナタはアンジェと2人っきりで楽しく過ごす計画でも立ててたんでしょうけど、だからって遥々いらした守護聖様方に失礼でしょ!」
「誰も来いなんて言ってねえだろ。休みの日に勝手に押し掛けて来たやつらの方がよっぽど失礼じゃねぇか!」
大体、守護聖+研究院主任がまとめて他所の宇宙に遊びに来ること自体、非常識なんだよ。それだけ大勢の重要人物が移動するなら、前もって連絡の一つもあって良いはずなのに、とアリオスがブツブツ言っていると、アンジェがアリオスを庇うように2人の間に割り込んだ。
「あんまりアリオスを責めないで頂戴。彼、今日のピクニックをとっても楽しみにしてたのよ。だから…。」
「楽しみにしてたのは、アナタもだね。」
図星をさされてアンジェは真っ赤になって俯いた。
「あ、あのさ、それだったら皆で今から行っちゃダメなのかなぁ?」
アリオスはともかくアンジェの楽しみを潰してしまったと知らされて落ち込みぎみになって居た集団の中から、いち早く立ち直ったランディが妥協案の提案に走った。
「却下。こいつと2人で行くから楽しいんだ。それを邪魔者がぞろぞろ…。」
アンジェのすがるような目によって、アリオスは最後まで言うことが出来なかった。
「行きたいのか?」
アンジェは黙って頷いた。そして、探るように上目遣いにアリオスの顔を見つめる。
「ああ、もう、わかった。わかりましたっ。さっさと支度してこい。」
その目に弱いアリオスがあっさりと降参すると、アンジェは嬉しそうに立ち上がって部屋へ駆け上がって行った。

一歩も部屋から出るなと言い残した挙げ句、ご丁寧に結界まで張ってアリオスがリビングを後にしてから1時間近く経っただろうか。やっと支度が出来たと呼ばれた先で、守護聖達は色とりどりのランチボックスやサイズいろいろのバスケット、ポット類等を目にした。
「こいつは、ゼフェルの分だな。」
アリオスは小さなバスケットと水筒をゼフェルに押し付けた。
その後も、オリヴィエの分の小さなランチボックスと水筒をオリヴィエに、ランディとマルセルの分のランチボックスはランディに押し付けた。ジュリアスとオスカーの分やクラヴィスとルヴァとリュミエールの分のランチボックスは、押し付けられる前に率先してオスカーとリュミエールが手を伸ばした。更に、ポットも配付される。
そして、残りは大きめのバスケットとポットが2つ。
「これはエルンストとレイチェルの分だ。」
「では、私が持ちましょう。」
すかさず、エルンストが手を伸ばした。
「っと、これで弁当は行き渡ったな。それじゃ、残りの奴らは手分けしてそっちの荷物を持ってくれ。」
アリオスが指差した先には、いくつものピクニックシートが転がっていた。
「地べたに座りたかったら持たなくてもいいぜ。」
笑いながらそう言うと、アリオスはピクニックシートの方へ向かおうとしたアンジェの手を取って引っ張った。
「お前の分は俺がちゃんと持ってるから心配すんな。」
そして、反対の手でバスケットを掴むとそのままスタスタと外へ出た。

「…アリオス。」
「ん?どうした?」
俯きながらついてくる少女に、アリオスは優しく振り返った。
「…手…。」
「手?」
家を出てからこっち、アリオスの手はアンジェの手を握ったままであった。
「嫌なら、振りほどいてくれ。」
確信犯の意地悪な返答に、アンジェは為すがままにされていた。
「ああ、もう、またいちゃついて。ちょっとは遠慮しなさいよね。」
レイチェルは呆れながら、ちょっと聞いてよとばかりにエルンストの横に近寄った。
「いつも、あんな調子ですか?」
「そうなのよ~。まぁ、ワタシもそれを利用してこき使ってるけどさ。」
「それは、なかなか…。」
あのアリオスを「こき使う」という表現が出来るくらい利用できるとは大したものだと感心しながら、エルンストは眼鏡をなおした。
「良く働くんだよ。「アンジェのため」って言って大半の仕事を押し付けちゃったから、ワタシは研究に使える時間が増えて助かってる。」
「では、その成果を後で見せていただけますか?」
概要については研究院の情報交換で知っているが、詳細や最新の状態は直に見なくてはわからない。
「オーケー。エルならそう言ってくれると思ったんだぁ。」
他の人じゃ張り合いなくってさ、と嬉しそうにエルンストの腕に手をやったレイチェルを見て、アリオスが呟いた「ひとのこと言えねぇと思うぜ」という声は、アンジェの耳にしか届かなかった。

紅葉した山々を見渡せる小高い丘の上で、それぞれは荷を降ろした。
色とりどり季節外れな柄有りのピクニックシートを広げ、運んで来た弁当を広げて皆は驚いた。何と、各人の好みに合わせて中身が変えられていたのだ。
「うめぇ~!このピリ辛チキン、絶品だぜ。」
「う~ん、私のはヘルシーにまとめられてて嬉しいね。」
「おや、私達の分は一口大になってるんですか。食べやすくていいですねぇ。」
「ブルーベリージャムサンドですね。確かブルーベリーは目の疲労に効くと言われていたと思いますが…。」
などなど口々に誉めながら、面々は弁当にパクついた。
「でも、これだけ作るのは大変だったろう?」
「料理に込められたお嬢ちゃんの愛情、有り難く受け取らせてもらうぜ。」
「いえ、あの…。」
アンジェは自分に向けられた賛辞に、口籠りながら俯いた。
「謙遜することはない。各人の好みや動向に配慮するとは、さすがは女王。見事なものだ。」
「本当に、あなたの優しさが伝わってくるようですね。これならクラヴィス様にも簡単に召し上がっていただけます。」
俯くアンジェの後ろでアリオスが小刻みに肩を震わせているのにも気付かず、更に賛辞は続いた。
「いえ、その…。」
「それ作ったのアリオスですよ。」
レイチェルの言葉に、一同は危うく含んだものを吹き出すところだった。
「ま、ハーブティーはアンジェの担当でしたけど…。」
「ってことは、アンジェが今食べてるそれも、アリオスが作ったの?」
アンジェが今食べているもの。それは、ウサギさんリンゴである。
「さっき、マルセルが楽しそうに食べてたタコさんウインナーやカニさんウインナーも?」
マルセル、ランディの相次ぐ質問にアンジェはしっかりと頷いた。その間もアリオスはアンジェの後ろで笑いを堪えている。
「…器用だな。」
ボソッと呟いたクラヴィスの言に一同が揃って頷いた時、ついにアリオスは堪えきれずに笑い声を上げた。
「あ~、可笑しい。愛情だの優しさだの…気色悪いこと抜かしてんじゃねぇって。」
メニューは全てアンジェの為に考えたもので、一口大になっていたのがデフォルトで、途中で気付いて切るのをやめたから切れてないのがあるだけである。もちろん、リンゴをウサギにしたのもウインナーをタコやカニにしたものアンジェが喜ぶからだ。分量だけ増やしたそれらを適当に配分する際、苦手なものを渡さないようにはしたが、それもこれも下手なものを食べさせるとアンジェが気まずい思いをするからというのが理由である。敢えて特別に作ったものと言えばアンジェと嗜好が合わないゼフェル用の特製スパイス満載弁当くらいで、残りはすべてアンジェ用メニューのお裾分けだ。
「勘違いでも褒められたんだから、あまり笑っちゃ悪いわ。」
ウサギさんリンゴを齧りながら、アンジェはアリオスを窘めた。しかし、アリオスは笑いを押さえ込みながらコップの中のワインを飲み干すと、
「こいつらが褒めたのは、お前が作ったと思ったからだろ。世辞だよ、世辞。」
と言っておかわりを注いだ。

守護聖達が帰った後、後片付けを終えた2人はリビングで就寝前のティータイムを迎えていた。
「それにしても、あっちの宇宙は随分と暇なんだな。」
「そうね。皆様お揃いでこっちに遊びに来られるなんて、それだけ宇宙が安定している証拠だわ。私も頑張らなくちゃ。」
こちらの宇宙はまだまだ生まれたてのほやほやで、実に不安定である。目まぐるしく変化する宇宙を統治する者としてアンジェ達の責任は重い。仕方のないことだが、当分の間は遠出は不可能だろう。今日のピクニックでさえ、このところ少し安定の兆しが見えているからその隙に、などという貴重なイベントだった。
本当はアンジェだってアリオスと2人きりで出かけたかったのだ。朝食の片付けと弁当の支度ができるのを待つ間に二度寝していたところを「守護聖達が遊びに来た」と起こされた時、心の片隅を「どうしてこんな時に来るのよ~!?」という気持ちがよぎったことは紛れもない事実である。大体、あれだけの人数が次元回廊を渡ってくるのに女王であるアンジェに一言もなかった以上、本来ならあれは居ないはずの人間である。無視しても良かったのだ。でも、やはり粗雑に扱うことなど出来なかった。
「ごめんね。」
「何、謝ってんだ?」
自分がもっとしっかりしてればせっかくの楽しみが潰れることはなかったのに、とこぼすアンジェに、アリオスは不思議そうな顔をした。
「悪いのは、あいつらだろ?レイチェルも共犯だぜ、きっと。」
さもなきゃ、いくらなんでもあれだけの人数がすんなりこっちへ来られるはずがない。アンジェを驚かせてやろうと思って黙っていたのか、それとも事前に知らせるとアリオスが先手を打ってアンジェを連れて逃亡すると思ったのか、はたまたエルンストも来ると知って舞い上がってただけなのかは定かではないが、とにかく黙って回廊の出口を開いてやったに決まっている。
「それこそ、私がちゃんと気をつけてれば…。」
そうは言うが、したたかさではレイチェルの方がアンジェより遥かに上手だろう。しかし繰り返し自分を責めるアンジェに、アリオスはふと閃いた。
「だったら、それなりに埋め合わせしてもらうとするか。」
そして、徐にカップを置くとアンジェを引き寄せて唇を重ねた。
「ん…。」
驚いて身を固くしたアンジェの力が抜けて来た頃、アリオスはその唇をアンジェの耳もとへ移動させ、そっと囁いた。
「これでチャラにしといてやるよ。」
アンジェと2人きりのピクニック計画は台なしになったが、これはこれで結構いい休日だったなと、アリオスは密かに喜んでいた。

-了-

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