天使の卵

「ちょっと、そこの格好ええお兄さん。夢をお一つ如何でっか」
その呼びかけに、それが自分に向けられたものと確信し、アリオスは歩く速度を速めた。
「ああっ、ちょぉっと待ってぇ。いかがわしい店の客引きとちゃいますて~。」
逃げるアリオスに、呼び声の主は走って追ってくる。
「夢の仰山詰まった『天使の卵』ちゅうもんを売らせてもろとるんです。」
聞きなれない商品名にアリオスがふと足を止めて振り返ると、薄緑の長髪で小さなサングラスを鼻眼鏡にかけた軽そうな男が追いついてきて、籠の中から卵を一つ取り出して見せた。
「とある神殿の庭で放し飼いされてる地鶏が産んだ卵には天使が宿ることがあるって話、知ってはりますか?」
「天使?」
「はいな、天使ですぅ。卵を割ると、あら不思議。運が良ければ中から天使が出てきてあなたの夢をお手伝い~っ!」
訝しげな顔をするアリオスの目の前で、謎の商人は楽しそうに両手を天高く上げた。それからいきなり真面目な顔を装って続ける。
「せやから、冷蔵庫入れたりゆで卵にしたらあきまへん。天使が中で死んでしもたら罰が当たりますよって。」
あまりに真剣に言うので、アリオスは興味が湧いてきた。
「で、天使がいなかった場合は食えるのか?」
「もちろんですぅ。ちゃんと新鮮な中身が出てきますよって、ご安心ください。」
商人は卵の持ってない方の手で、ドンと自分の胸をたたいた。そして、首から下げた箱をヒョイと持ち上げて見せる。
「お代は神殿への寄付ちゅうことで、この箱に頼んます。ワンコインから受け付けとりますよって、よろしゅう。」
新しい寄付の募り方だろうか。
アリオスはそう思いながら、卵と謎の商人と箱の間で視線を行ったり来たりさせた。
神殿の庭だろうがどこかの農場だろうが、これが本当に地鶏の卵ならワンコインなら高くはない。インチキだったとしても、それなりに楽しませてもらったと思えば悪くないだろう。
そう考えて、アリオスは謎の商人から『天使の卵』を一つ買うと、お昼に早速それを割ってみたのだった。

卵の中からは予想外のものが出てきた。
アリオスはてっきり普通の中身が落ちてくるか空っぽだと思っていたのだが、何と人形のようなものが落ちたかと思うと、それは皿の上で頭をさすりながら眠そうに起き上がったのだ。
「ふぁ~。ん~、何か頭痛い~。」
それは確かに天使のような格好をしていた。しかも、本当に卵の中に収まっていたと思われる超ミニサイズだった。
「これって、当たりなのか?」
まさか天使が出てくるとは思っていなかったが、こういう場合は煙とか光とかが出てきて人間大のものが現れるもんじゃねぇのか、と思わずにはいられないアリオスだった。
そんなアリオスの心情を知ってか知らずか、それは彼の声に気づいてヨロヨロしながら翼をはためかせて顔の高さまで飛んでくると深々とお辞儀をした。
「初めまして、アンジェリーク・コレットです。どうぞ、アンジェとお呼びください」
「天使……なのか?」
「はい。」
アンジェは笑顔全開で元気いっぱいに返事をした。
「これからお傍でご主人様の望みを叶えるお手伝いをさせてさせていただきますので、よろしくお願いします。」
「ご主人様?」
アリオスはムッとしながら、顔の前に浮かぶアンジェを潰さないようにそっと掴んだ。
「ご主人様って俺のことか?」
「はい。卵から孵してくれた方が私のご主人様です。」
アンジェはアリオスの機嫌を損ねたことに気づいておろおろした。
「あの、ご主人様…。」
「却下。」
アリオスは、台の上にアンジェを下ろしながら拗ねたように顔を背けた。
「えっ?」
「そんな呼ばれ方は嫌いだ。アリオス、と呼べ。」
「アリオス様?」
「様もなし。」
睨まれて、アンジェは恐る恐る名前を呼んだ。
「アリ…オス。」
「声が小さい。」
アンジェは不安そうにもう一度繰り返す。
「アリオス。」
「もっと大きな声で。」
「アリオス!」
「聞こえねぇな。」
からかうように、首をわずかに傾げて耳を弄るアリオスに、アンジェは顔を真っ赤にして叫んだ。
「何よっ、アリオスの意地悪!」
神の御使いらしからぬ失態にアンジェは慌てて口を押さえた。一方、アリオスはこれに破顔する。
「クッ、面白ぇじゃねぇか。いいぜ、傍に置いてやる。」
大して役に立ちそうにはねぇけどな、と心の中でアリオスが付け加えたことも知らず、アンジェは満開の笑顔で頷いた。そして早速、昼食の支度を手伝って、猫の手よりも役立たずであるところを見せ付けた。
しかし、ドジで無力でからかうと面白いこの小さな天使が誰よりも自分の心を癒してくれることにアリオスが気づくまで、そう長い時は必要としないのであった。

-了-

《あとがき》

お題創作じゃないのに珍しくタイトルから先に決まった作品です。
昔、こんなタイトルのアニメかイラスト集があったような気がするんですが…。天野喜孝さん関連だったかな?
ある日、ふと頭にこのタイトルが浮かんできて、そこから天たまワールドを広げてみました。
それにしても、チャーリーさんは手ごわいです。でも、怪しげな卵売りはこの人を置いて他にはない!
関西弁というかチャーリー弁のダメ出しはご勘弁ください(汗;)

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