約束の大樹の下で

日の曜日。アリオスは、いつものように『約束の地』の大きな木の下でアンジェを待っていた。だが、この日はアンジェの他にメルが近付いて来た。
見渡す限り背の低い草花ばかりのこの地で、身を隠せるところは限られている。林の中に移動するには、既に手遅れだ。そこでアリオスは、咄嗟に木の上に隠れたのだった。

メルに連れて来られたアンジェは、辺りにアリオスの姿がないことに内心で安堵の溜息をついた。
誘われて断り切れずについて来たが、まさか行き先が『約束の地』だとは思わなかったのだ。てっきり、『日向の丘』だとばかり思っていた。ここへ近付くに連れてアンジェは、自分を待っているであろうアリオスが彼に見つかってしまう恐れと、そしてアリオス以外の人と休日を過ごしている姿を彼に見られてしまう恐れでビクビクしていた。
そんなアンジェの様子に気付いているのかいないのか、メルは『約束の地』に着くと、アンジェを木の下へ誘ってピクニックシートを広げた。

アリオスは、木の上からメルとアンジェのデート風景を観察していた。
「ったく、アンジェの奴、何考えてやがんだ?」
自分を誘いに来ると思いきや、他の奴なんかとデートして…。しかも、自分の目の前で…。バレねぇようにやるとかいう頭はねぇのかよ。
アリオスは楽しそうにアンジェに話しかけているメルの様子を見ながらイライラしていた。
「ああ、もう、それ以上近付くんじゃねぇ。」
話をしながら、メルはアンジェにサンドイッチを手渡したりして、その度に指先が触れているような気がする。
「……もうっ、メルさんったら。」
アンジェの楽しそうな笑い声に、アリオスは危うく近くの枝を折るところだった。
「ふふっ、やっと普通に笑ってくれたね。」
「えっ?」
アンジェが驚くのと同時に、アリオスも「おや?」っと思ってバランスを立て直して聞き耳を立てた。
「ずっと作り笑いだったでしょ。僕、心配してたんだよ。あなたが無理してるんじゃないかって。」
「無理、ですか?」
「うん。育成で疲れてるのに、僕達には平気そうな顏してるみたいだったから、気晴らしに誘ったんだ。」
「ありがとうございます、メルさん。」
アンジェは嬉しそうに微笑み、アリオスはメルの成長ぶりに感心した。アリオスの知っているメルは、思ったことはストレートに口にして、こんな風に包み込むような気遣いなど出来ないガキだったのだ。
しかし、感心する一方でアリオスは不穏なものを感じていた。メルが成長したということは、アンジェを狙うライバル達の仲間入りをしたということになる。今日のことだって、アンジェの方はその気がないようだが、良い人から始めて恋人になろうという作戦とも取れる。朝早くに起きて一生懸命お弁当を作ったというのも、ポイントは高いだろう。
「ここって、良いところだよね。あなたは、ここ好き?」
「はい♪」
「高台で食べるお弁当も良いけど、こういう広々としたところでもまた、心が洗われるようだよね。」
「そうですね。」
弾む会話に、アリオスはまた近くの枝を握りしめた。
「何だか、大きな声で叫んでみたくなっちゃう。」
「ふふ…。何て叫ぶつもりですか?」
楽しそうに問うアンジェに、メルは立ち上がると前方に向けて大きな声で叫んだ。
「アンジェリークの心アリオスに届け、ラブラブフラーッシュ!!」
アンジェは口をあんぐり開けてそれを手で覆った。それに少し遅れて、2人の頭上でガサガサ、バキバキ、と派手な音がする。そして、振り返った2人の目には木から落ちたアリオスが服や髪に付いた木の葉や小枝を払っている姿が映ったのだった。
「ふふっ、やっぱり居たんだね。」
「…いつから気付いてた?」
メルの叫びに、腰掛けていた枝から滑り落ちてしまったアリオスは、開き直って堂々と顔を上げた。
「いつからって、それはあなたの存在に? それとも、今、木の上に居たことに?」
メルは楽しそうにアリオスの傍に屈み込む。そんな彼に、アリオスはムスっとしながら答えた。
「…両方。」
「存在には、随分前に気付いたよ。」
アンジェの育成の手伝いに何か出来ないかといろいろ占っていたメルは、ある時、不思議な住民の存在に気付いた。この宇宙で生まれた生命体でありながら、自分達のように他所からやって来たような存在。そして、どこか懐かしい気配。探っていくうちに、思い当たったのはあの黒い影の事件の顛末だった。それから水晶球に姿を写し出せるようになるまでは、そう長くはかからなかった。
「で、今、木の上に居るってのは、見えたから。」
「見えた?」
「うん。ピクニックシートを広げる時に、上見たから。」
要するに、最初っから知っててここでアンジェにちょっかい掛けてた訳か、とアリオスは呆れたような顔で、メルに誘われるままにアンジェの横に腰を下ろした。
「改めて…、久しぶりだね、アリオス♪」
「ああ。」
「しばらく前からアンジェリークの明るさに磨きがかかったのは、やっぱりあなたの所為なの?」
「だと良いけどな。」
2人に同時に顔を覗き込まれて、アンジェは何と答えたものか考え込みながら、頬を染めた。
「これって、肯定かな?」
「俺は、そう思いたい。」
「で、あなたは?」
突然向き直られて、アリオスは僅かに腰を引いた。それに対し、メルはアンジェの足元を回り込むようにしてアリオスの正面に入り込むと、真顔のアップで迫る。
「あなたはアンジェリークのことどう思ってるの?」
「どう、って…。」
「僕、アンジェリークには今度こそ幸せになって欲しいんだ。あの時みたいにいい加減な気持ちだったら許さないからね!!」
あの時も決していい加減な気持ちではなかったことは、メルも知っては居る。だが、それでも彼が仲間から抜け、アンジェを泣かせたことは事実だ。アンジェと共に彼と直接対峙したメルは、崩れる城から泣き崩れるアンジェをセイラン達と共に連れ出した時のことが忘れられない。
「…とりあえず、手ぇ離して退け。」
興奮してアリオスの襟元を締め上げながら膝に乗ってしまったメルは、慌てて退くと再びアリオスを睨みつけた。
「解らねぇ。」
「えっ。」
アリオスの答えに、メルもアンジェも目を丸くした。
「正直言って、俺と居て本当にこいつが幸せになれるのか解らねぇんだ。」
それは、メルの先程の言葉に対する答えだった。アンジェをどう思っているかなどは、メルに教えてやるようなことではないし、アンジェに対しては改めて言うまでもないと思う。
「私は…。こうしてアリオスと再会出来て、一緒に居られて幸せよ。」
未来の危機は大変なことだけど、おかげでアリオスと再会出来たと思えばこの地を救うにも一層力が入るというものだわ。
そんな風に微笑むアンジェに、アリオスは自分もこのまま幸せになってしまっても良いのかも知れないと思いかけては、甘い考えを追い出そうとするのだった。
その様子を見て、メルは心の底から嬉しそうな顔をした。
「良かった。だったら僕、これからも2人のこと応援するよ♪」
メルは、そう言うと2人を残して立ち去った。
「アリオス~! たまには僕とも遊んでね~!!」
立ち去る途中で振り返って大きく手を振りながら叫ぶメルに、アリオスはアンジェと一緒に軽く手を振り返して答えた。
「ああ、暇な時だったらな!!」

後に、アリオスはあの言葉を激しく後悔することとなった。
「暇な時なら遊んでくれるって言ったよね♪」
「…だからって、他所の宇宙まで頻繁に遊びに来るんじゃね~っ!!」
確かにアンジェが女王の執務をこなしている間は暇であるのだが、おかげですっかりメルの遊び相手をするのが日課となってしまったアリオスは、その現状に辟易した。
そんなアリオスが、レイチェルに頼んで仕事を割り振ってもらうようになるまで、そう長くは掛からなかったらしい。

-了-

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