天使の休息

日の曜日。アリオスがいつものように誘いに来たアンジェと『約束の地』を歩いていると、突然声が聞こえなくなった。不思議に思った次の瞬間、彼女の身体が崩れ落ちるのを感じてとっさに手を伸ばす。
「おいっ、どうした!?」
何かが頭に当たったとか、そういう気配は感じなかった。先ほどまでの会話の間も、普段通りだった。こんな風に昏倒する原因など、思い当たらない。
「しっかりしろ、アンジェ!!」
「ん~、あと5分~。」
…こいつ、眠ってやがる。
アリオスは、呆れながらもアンジェの身体を抱えあげて、木の下に連れていった。

「ったく、器用な奴だな。会話しながら歩いてる最中に突然寝るかぁ?」
「ん~、アリオス~。」
アンジェは全く起きる様子を見せない。しかし、寝言で自分の名前を呼びながら平和な顔で眠っていられると、何やら、起こす気が萎えてくる。
「俺の夢を見てるなら、許してやるか。」
夢の中でデートの続きをしているのであろうアンジェを抱えて、アリオスは木の根元の草のクッションに腰を下ろした。
「昼寝するには、いい場所だろ?」
前にここで「お昼寝したい」と言っていたことが、そのまま現実のものとなっただけのこと。違うのは、アンジェはその時思い描いていたように草のベッドに寝転がっている訳ではなく、アリオスの膝の上に乗って腕の中に抱きかかえられているということだ。
「それにしても、本当によく寝てるな。」
育成で疲れているのだろうか。このところ霊震が頻繁に起きているから、焦っているのかも知れない。激しい揺れで夜中に目を覚まして寝不足ということも考えられる。ただでさえこの細い肩にこの空間に生きるもの達の運命が掛かっていて大変であろうに、しっかり睡眠を取れないのでは身体がまいってしまうだろう。
「せめて夕方までこのままゆっくり眠らせてやるか。」
軽いとは言え、その身にしっかりとアンジェの身体の重みを感じられる。腕の中に閉じ込めたアンジェの温もりを実感出来る。
「悪くはねぇよな。起きてる時にはこんな風にいつまでも抱き締めてはいられないし…。」
アンジェがその胸に飛込んで来ることは幾度もあった。子犬のように駆け込んで来たり、蹴躓いたりして、抱きとめたことなら数え切れないくらいある。だが、その度にすぐに真っ赤になって離れてしまう。
「しかしなぁ。こんなに安心し切った顔で眠り込まれるってのも、ちょっと…お前、俺のこと安全無害だと思ってたら、そのうち大火傷するぜ。」
口ではそう言いながらも、さすがにここまで平和そうな顔で熟睡されていると、身体を支える以上に腕に力を込めることなど出来ないアリオスだった。
「ま、今日のところは特別に見逃してやるけどな。」
だが、あの赤毛の狼の前では絶対にこんな姿見せるんじゃねぇぞ。あ、あの極楽鳥みたいな奴も…。いや、それ以外の奴だって油断ならねぇ。謹厳や温和を気取っておいてこっそり狙ってそうだし、お子様だって隙あらばって動きが見えるようだ。
無防備に眠っているアンジェを見ているうちに、アリオスは不安になって来た。
まさか四六時中見張っていることなど出来ないし、そもそも自分は彼等の前に姿を現わす訳にはいかない。牽制など出来やしない。
「おい、頼むから他の奴の前ではこんな風に眠り込まないでくれよ。」
その代わり、ここでいくらでも昼寝させてやるから。安心して眠れるように、全力で守ってやるから。他の奴からも、俺からも、絶対に守り通してみせるから。
アリオスは腕の中で眠るアンジェの耳にそっと囁くと、彼女を支えたままで静かに目を閉じた。

それから、数時間が過ぎた。
「ん~、アリオス~。」
腕の中でアンジェが僅かに動いたのを感じて、アリオスは目を覚ました。
「起きたのか?」
小さく声を掛けたが返事はない。
「いい加減、帰った方がいいんじゃねぇのか。」
日はかなり傾いて来ている。いくら気候がいいとは言え、いつまでも外で眠らせておく訳にはいかないだろう。
「ま、俺はこのまま抱えて部屋まで運んでやってもいいけど…。」
そうしてやるか、とアリオスはアンジェを抱えたまま立ち上がろうとした時だった。
「やぁ~ん、もう、アリオスったら。明日も育成で朝早いのに…。」
その寝言に、アリオスの全身が凍り付いた。
「お前はぁ、一体どういう夢見てやがんだ!!」
手を離して尻餅を付いたアリオスの上に落ちた衝撃で目を覚ましたアンジェは、いきなり怒鳴られて目を丸くした。
「何って…。あら?」
「あら? じゃねぇよ。碌でもない寝言こぼしやがって。」
キョトンとしたアンジェは、自分が言った寝言をアリオスに聞かされて首を捻った。何となく、言った気はするのだが夢の内容を詳しくは覚えていない。
「何だか、アリオスにトゲトゲした草の実を投げ付けられたような気がするんだけど…。」
髪に絡んでなかなか取れないのがあって眠れない、という夢を見ていたらしい。
「ごめんなさい。いくら何でも、アリオスはそこまで子供じみた悪戯はしないわよね。」
素直に謝るアンジェに、アリオスは自分が想像したこととかけ離れていたことに安堵すると共に僅かな後ろめたさを感じた。
「…解ってればいい。」
「うん、本当にごめん…。」
もう1度謝った後、上目遣いにアリオスの顔色を伺うアンジェに、アリオスは喉奥で軽く笑った。
「もう、いいって。ほら、部屋まで送ってやるよ。」
エスコートするように手を差し伸べるアリオスに、アンジェは子犬のような足取りで駆け寄り、その腕にしがみついた。
「疲れたら、また昼寝しに来いよ。」
「うん。でも、今度はアリオスとゆっくりお話したいわ。」
「そうだな。だが、無理はするなよ。」
無理して他の奴の目の前で今日のように眠り込まれるくらいなら、1日ゆっくり部屋で休んでいてもらった方が遥かにマシだ。
「大丈夫。アリオスに言われた通り、他の人の前では眠らないように頑張るから。」
「ああ、頼むぜ。…って、お前、寝てたんじゃねぇのか?」
言った覚えはあるが、あの時アンジェは熟睡してたはずだ。
「えっ、そうなの? 耳の奥にアリオスの声が残ってるんだけど…。」
いわゆる睡眠学習というやつだろうか。
「ま、とにかく頑張ってくれ。んで、頑張れなくなる前に俺のところに来い。話くらいならいつでも聞いてやるし、今日みたいにゆっくり眠らせてやるよ。」
「うん♪」
そうして部屋までアンジェを送り届けたアリオスは、次にアンジェが元気な姿を見せる日を楽しみにしながら、人目を忍んで帰って行ったのだった。

-了-

《あとがき》
初書きのトロワベースのアリオス創作は、如何でしたでしょうか?
月光宮」の開設3周年記念作品なので、3をキーワードにしてトロワの世界に挑戦してみました。
コレットちゃんは延々と眠り続けていた為、殆どアリオスの独壇場(^^;)
結局、いつものアリオスとあまり変わらなかった模様です。

LUNAの作品を愛して下さる方々に感謝を込めて、この作品をお贈り致します。
本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願い申し上げますm(_ _)m

indexへ戻る