Bon anniversaire!

秋も終わろうという頃、アンジェは普段にも増して落ち着きがなくなり、レヴィアスに何か言いかけては口籠ると言うことを繰り返していた。
「何についての話かは何となく想像出来るが…。」
どうせ誕生日のことで何やら企んでいるもののうまく言い出せないのだろう、と想像出来つつも、レヴィアスは気付かない振りを続けた。内緒で事を運ぼうと必死に陰で努力しているアンジェを落胆させることもないだろう。
しかし、具体的なことを隠しながらレヴィアスを呼び出すために、アンジェは頭を悩ませていた。何しろ相手は巨大企業グループのオーナーという多忙な身の上。一応、カインに頼んでスケジュールの調整はしてもらえることになっているが、時間が空いたからと言って無為に誘いに応じてくれる程甘くはない。例えそれが最愛の天使様からのお誘いであっても、何処へ行くのか何をするのか、全く予定の立たないような話では乗っては来ず、別の予定を提示されてしまう。
「何かうまい方法ってないでしょうか?」
「それを私に聞かれても困りますね。」
相談を持ちかけられたカインは、本当に困ったような顔をした。普段から、「あのような者とは顔をあわせたくない」だの「そんなところへは行きたくない」だのと言うレヴィアスをなだめすかして時には命がけで脅して動かしているカインではあるが、目的を告げずに連れ出す方法などがあればこんな苦労などせずとも済んだであろう。
「とにかく、スケジュールの方は間違いなく空けておきますので、後は御自分でどうにかなさって下さい。」
「…はい。」
カインは伝票を掴むと、シュンとなったアンジェを置いて喫茶店を後にした。
「アンジェリーク様も何を考えているのやら。堂々とお誘いすれば良いものを…。」
昼食を買いに出たところを有無を言わさず喫茶店に連れ込まれて「どうしましょう」と相談を持ちかけられたカインは、ただ困惑するばかりだった。スケジュールの調整を頼まれた時は普通にデートに誘うものだと思っていたのだ。そして話を聞いてる間に考えていたことと言えば、「こんなところをレヴィアス様が御覧になられたら、私は殺されかねないな」である。
そして、カインの不安は見事に的中したと言っていいだろう。
さすがにレヴィアス本人はふらふらと食事に出たりはしなかったが、たまには外で食べるのもいいだろうと気紛れを起こしたキーファーが、喫茶店で話しているカインとアンジェの姿を目にしたのだ。何を話しているのかは解らなかったが、何やらすがるような雰囲気のアンジェに、カインが素っ気無く応じて泣きそうな彼女を残して席を立った。
「不倫のもつれ、ですか?」
そんなはずがないとよくわかっているだけに、敢えてキーファーは面白がった。
「レヴィアス様がお知りになられたら、どのようなお顔をなさるのでしょうね。」
カインやアンジェを困らせてやりたいのと、レヴィアスの慌てる姿が見られるかも知れないという興味から、キーファーは自分が目にした光景をこっそりとジョヴァンニに耳打ちした。

案の定、昼休みの一件はジョヴァンニの口からゲルハルトに伝わりレヴィアスの耳に入ることとなった。
「何か、我に隠していることがないか?」
唐突に問われたカインはギクリとした。
「今日の昼、お前はどこで何をしていた?」
カインの背筋を冷たいものが流れた。恐らく、誰かの口から昼の一件が耳に入ってしまったのだろうが、全てを話す訳にはいかない。だが、下手な隠しだては出来ないと腹を括って、カインは話せることだけを正直に白状した。
「アンジェリーク様から御相談を持ちかけられていました。内容については、アンジェリーク様の許可なく申し上げる訳には参りません。」
「相談?我ではなく、お前にか?」
「はい。恐れながら、レヴィアス様に関する御相談ですので御本人にお話しする訳にはいかなかったものと…。それ以上の詳細はどうぞ御容赦下さいませ。」
カインの答えにレヴィアスは、アンジェが誕生日プレゼントの選別の相談でも持ちかけたのかと思って怒りをおさめかけた。だがそこで、ゲルハルトの最後の言葉を思い出した。
「何故、あれを泣かせた?」
「滅相もない。確かに、お役に立てずに落胆させてしまったようですが、決して泣かせたりなどは致しておりません。」
そうは答えたものの、カインの頭の中では渦巻きが出来ていた。まさか、あの後泣いてしまわれたのか。だとしたら、マズすぎる。理由はどうであれ彼女を泣かせたとあっては…。
「そうか。ならば、デマだな。」
あまりにもあっさりと納得してしまったレヴィアスに、カインは拍子抜けした。
「信じていただけるんですか?」
おずおずと問いかけるカインに、レヴィアスは極薄く笑みを浮かべて応じた。
「もっと疑って欲しかったか?」
「…いいえ。」
その様子を覗き見していたキーファーとジョヴァンニは、軽く舌打ちした。思惑に反して、困ったのはカインだけで、しかもあっさりと事が済んでしまった。
「もう少し、取り乱すかと思ったのですがね。」
「もっと脚色しておくべきだったかなぁ。」
その脚色故にレヴィアスが話を鵜呑みにしなかったのだとは思わぬジョヴァンニであった。

そして心ならずも共犯に仕立てられたカインがアンジェとレヴィアスの間で板挟みになりながら迎えた11月22日。アンジェからレヴィアスに1通の招待状が届けられた。
『夜7時。私のアパートで待ってます。~アンジェリーク・コレット』とだけ書かれた招待状に、レヴィアスは苦笑した。
「これでは行かぬ訳にはいくまい。」
本人が目の前に居るならともかく、手紙でこうも一方的に言われては従うより他にない。もう時間がないし、アンジェからの誘いをすっぽかすような真似は出来ないのだから。
「この後はオフだったな?」
「はい。」
「準備の良いことだ。」
レヴィアスはカインに予定を確認すると、アンジェの部屋へと急いだ。
そしてアンジェは、精一杯ドレスアップしてレヴィアスを出迎えた。中に入ると、パーティーの準備も整っている。
「良かった~、来てくれて。驚かそうと思ってたんだけど、そしたらどうやって誘えばいいのか解らなくなっちゃって…。」
それでレヴィアスはピンと来た。
「なるほど。それをカインに相談したか。」
「え~、やだぁ、バレてるの?もうっ、酷いわ、カインさんたら。黙ってくれるように言ったのに~!!」
ぷ~っとふくれるアンジェの表情を楽しみながら、レヴィアスは彼女の誤解を解いた。
「本当に隠しておきたいなら、目撃者にも注意を払うことだ。」
バカにするように笑われて、アンジェは恥ずかしさと悔しさで真っ赤になりながら上目遣いにレヴィアスを睨んだ。
そんなアンジェを宥めて、レヴィアスは彼女が必死に作り上げた料理の数々で2人だけの誕生日パーティーを楽しんだ。ハッキリ言って一般水準的には決して旨い料理ではなく、舌の肥えたレヴィアスにとっては下の下なものもあったのだが、アンジェが自分の為に一生懸命作ってくれたと思えば絶品にも変わるというものだ。
そして、このパーティの準備に夢中になるあまりプレゼントの品物を買い忘れたアンジェは、手軽だけれどそんじょそこらで買えるような代物とは比べ物にならないくらいレヴィアスが喜ぶものをプレゼントした。
「お誕生日おめでとう。大好きよ、レヴィアス。」
恥ずかしさで耳まで真っ赤になりながら、アンジェはそう囁くとレヴィアスにそっと口付けた。
だが、そのあまりにも軽くぎこちないキスに物足りなさを感じたレヴィアスから、素晴らしいパーティのお礼と称してディープキスが返って来たのは計算外であっただろう。

-了-

indexへ戻る