Memories

やっと巡って来たアリオスとアンジェのピクニック日和。
思えば長い道程だった。
アリオスが自分と違って宇宙の為に大忙しのアンジェをピクニックに連れ出そうと思ってから、守護聖達が遊びに来たりレイチェルと先約があったりでアンジェの休日が潰れることそれぞれ数回。天気の悪い日が続いたりして最初から誘えないことも多かった。やっと良い天気になると思っていると、当日になって突然の雷雨に見舞われること数知れず。
いくら不安定とは言えあまりにも週末の天気予報の的中率が悪すぎて不審に思ったアリオスが、同じような考えを抱いていた研究員を丸め込んで猫の手の振りをして調査にあたった末、その原因を突き止めるまでにもかなりの日数が掛かった。
そして文字通りアリオスはアルフォンシアの尻尾を掴み、きっちりシメて今日に到った。

アリオスは、アンジェを約束の地に良く似た緑溢れる場所へと連れて行った。
森の小道を抜けて行くと、広々とした場所に緑の絨毯が敷き詰められており、小さな川が流れている。
「ふふふ、冷たくて良い気持ち。」
アンジェはそう言ってしばらく川の水に手を入れていたが、突然、その手で水を楠って飲んだ。
「おい、こらっ! やたらと拾い食いなんかすんなって、いつも言ってるだろ。」
「失礼ね! 私がいつやたらと拾い食いなんかしたって言うのよ!?」
今ちょっと小川の水を飲んだくらいでそんなこと言われる筋合いはない、とばかりにアンジェは怒鳴り返した。
「してただろうがっ、あの旅の間中!!」
「あ、あの旅って…?」
「知らばっくれんなよ。お前のおかげで記憶は戻ってるんだ。一緒に旅した間に、お前があちこちで拾ったサンドイッチやスコーンやクッキーやチョコを食ってたことが、鮮明に思い出せるぜ。」
「あ、あれは、その…。」
「確か、戦いの後に足元に落ちてたピザやコーヒーをその場で平らげたこともあったよな。そんなもん食うな、って言っても聞きゃしねえで…。」
「だから、それは…。」
「やたらとしてたよな、拾い食い?」
「……してたわ。」
それが戦いの旅に身を投じたものの常だったとは言え、アンジェは拾い食いをしていた事実を認めない訳にはいかなかった。
アンジェがしょんぼりと認めると、アリオスはクッと笑って弁当を差し出した。
「ほらっ、今日はちゃんと食い物あるからな。」
途端にアンジェは顔をパ~っと輝かせて、いそいそとアリオスを手伝ってピクニックシートを広げると弁当にパクついた。
「美味しい♪」
「お褒めに預かって光栄だな。腕を振るった甲斐があったってもんだ。」
「えっ、アリオスが作ったの? 出来合いのもの詰めたんじゃなくて?」
「ああ。作って来い、って言われたからな。」
そう言って、アリオスはから揚げを口に放り込む。
「私、そんなこと言った?」
アンジェは小動物のように首を傾げた。その様子を可愛らしく思いながらも、アリオスは目を丸くしてまだよく噛んでなかった口の中の物を飲み込んだ。飲み物でその後遺症を和らげてから、口を開く。
「覚えて…ないのか?」
「何を?」
本当に全く思い出せないらしく、アンジェは不思議そうに問い返す。
「私、そんなこと言ってないわ。だって、お弁当から何から必要な物は全部揃えるから、って誘われたんだもの。」
言う必要も余地もないじゃないの、と言われてアリオスは軽く溜め息をついた。
「今回のことじゃなくて、もっと前。」
「前?」
アンジェはまだピンと来ないらしい。
「約束の地の、あの大きな木の下で…。」
「あっ!」
やっと思い出したアンジェは、その後その時のことを他にも思い出して拗ねたような顔をした。
「…どうせ、私はまともな料理なんて出来ないわよ。」
「はぁ?」
急に不機嫌になったアンジェに、今度はアリオスは首を傾げる番だった。
「自分で作ったものなら安全よねっ!!」
アンジェに怒鳴られて、アリオスは思い出した。アンジェが作って来ようかと言った時に、「死にたくねぇ」と断ったことを…。
「そんなつもりじゃねぇって。ただ俺は、お前は忙しそうだし、せっかくだから旨いもん食ってもらおうと…。」
「ん~、確かに美味しいけどぉ…。」
アンジェはちょっと悔しそうだった。
「アリオスがこんなにお料理上手だったなんて、知らなかったわ。」
「クッ…、嫁さんになる奴は幸せ者だろ?」
「そうね♪」
アリオスの言った意味が解っているのかいないのか、簡抜入れずに元気に答えたアンジェはお茶のおかわりを要求した。

お茶をゆっくりと飲み干して、アンジェは弁当箱を眺めながら言った。
「ねぇ、アリオスって凄く小食なの?」
「は?」
「だって、さっきから全然食べてないじゃない。」
「お前に比べれば誰だって小食だろ。」
「でも、アリオスが口にしたのって、から揚げ2切れと飲み物1杯だけじゃない?」
「そりゃ、あれだけ喋ってりゃ…。」
言いかけて、弁当箱を見たアリオスは絶句した。
あれだけ喋っていながら、いつの間にかアンジェはかなり多めに作ったはずの弁当の大半を片付けていたのだ。
「いつの間に…?」
「あら、ずっと目の前で食べてたじゃないの。」
言われてみればそんな気がするアリオスだったが、己の目と記憶が信じられなかった。間を置かずにお喋りしていながら、どうしてそんなに飲み食い出来るのか。
口に食べ物を入れたまま喋った場合の不快な音や光景は記憶になかった。それでいて、アンジェは確かに極自然に食事をしていたのだ。
「大した特技だな。一体、どこでこんな技を身に付けたんだ?」
「…女王試験の中でかしら。」
アンジェはくすりと笑って白状した。
要は、守護聖達とのお茶会でお喋りに花を咲かせながらもお菓子は食い逃したくないという食い意地に起因するものだった。
話が長いルヴァが相手なら、彼が話してる間に充分食べられる。ケーキ好きのマルセルなら、多少言葉が不明瞭になったりテンポが遅れてもお互い様だ。しかし、その場にジュリアスが居ようものなら、話してる最中にお菓子に手を伸ばしたり口に物を入れたまま喋るなどもっての他だし、返事が遅れれば途端に怒り出して場が台無しになる。
それでもケーキは諦め切れなかったアンジェは、誰に見とがめられることなく食べ物に手を伸ばし、言葉に影響しないように食す技を身に付けてしまった。決して練習した訳ではなく、いつの間にか執念で…。
「何て言うか……とにかく、お前らしいな。」
アリオスは、呆れ返ってお茶のおかわりを注いだ。そんなアリオスに、アンジェはにっこり笑って言う。
「さて、と…。私が話してる間、アリオスはやっぱり何も食べなかったわね?」
「えっ!?」
アンジェは話しながらもしっかり食べ続けていたにも拘らず、アリオスは残っていたお茶を飲み干しただけだったのをちゃんと把握していた。さすがは、のんびりしているようでも宇宙の隅の星々の様子までちゃんと見通している女王だけのことはある。
「食べて!」
驚くアリオスの手から素早くフォークを奪い取ると、アンジェはから揚げを突き刺して彼の口元へグっと突き付けた。目が座っている。
アリオスは、逆らってはいけないと思って大人しく口を開けた。すると、アンジェは嬉しそうにそれをアリオスの口に放り込む。
「次はどれが良い?」
にっこり笑って問われて、アリオスは逆らえずにタコさんウインナーを指差した。
「はい、あ~ん♪」
こんなこと、エリスにだってさせなかった。城を抜け出して一緒に弁当を食べた時は勿論のこと、怪我をして利き腕の自由が利かなかった時でさえも…。エリスは自分の立場を思って遠慮していたのかも知れないが、もしやろうとしたとしても自分は絶対こんな風に口を開けたりはしなかっただろう。
それでも何故かアンジェには大人しく従ってしまう自分を顧みて、アンジェの事をバカに出来ないくらい自分も甘くなったものだと思うアリオスだった。
「はい、アリオス♪」
「うっ…。」
「もしかして、これ、嫌い?」
黙って頷くアリオスに、アンジェはそれを自分の口に入れるとまた別な物を突き刺してアリオスの口元へと運ぶ。その繰り返しで4段重ねの弁当箱が空になった時、アリオスはますます自分の甘さを痛感したのだった。

-End-

《あとがき》
目指せ、甘々!! ということで書き上げました。
タイトルは、散々頭を悩ませた挙げ句、アリオスの様々な記憶をキーにしているのでこういうことに…(^^;)

indexへ戻る