星降る夜に…

アルカディアでの事件の後、アリオスは小宇宙へと変化したその大陸を中心として、リモージュの宇宙とコレットの宇宙を勝手気ままに旅をしていた。
もちろん、アンジェには時々会っている。アルカディアの約束の地で逢うことが多いが、時には新宇宙の聖地まで逢いに行くこともある。しかし、アリオスの気が向いた時とアンジェの手が空いた時が上手く重ならないと、すれ違いになることも多かった。先日も、アリオスがアンジェに逢いに行ったところ、これからリモージュの宇宙で両方の宇宙の女王と補佐官だけでお茶会をするから、とレイチェルに追い返されてしまったのだった。
「暇だからってついてく訳には行かねぇしな。」
アリオスは女の子だけのお茶会に混ぜてもらうのも嫌だったし、また面子が面子だけに混ざれるものでもなかった。仕方なくまた旅に出たアリオスは、イスタルに流れ着いて遭いたくもない顔ぶれを目にすることとなってしまったのだった。

オスカーに見つかってしまったアリオスは、急いで宿を引き払うと人里離れた場所へと移動した。このままこの惑星を出て行った方が面倒は少ないが、明日の夜の流星群にアンジェの幸せを祈りたかったのだ。
しかし、この寒空の下で野宿をするのはいくら何でも歓迎出来ない。
アリオスは人目に注意しながら辺りを徘徊し、1件のオンボロな別荘を発見した。
「見た目はボロいが、使用には耐えそうだな。」
針金で鍵を開けて忍び込んだアリオスは、思っていたより中が暖かいのを感じてホッとした。だがその直後、ボソッと漏らした呟きに返事があったことに背筋が冷たくなるのを感じた。
「勝手に上がり込んでおいて文句をいわないで欲しいな。」
明かりもついていない部屋の中から、聞き覚えのある声がした。
「不法侵入の現行犯だ。このまま逃げられると思ったら大間違いだよ。」
声の主はそっと身体を起こすと手元のランプに灯をともした。
「…セイラン?」
「やあ、久しぶりだね、アリオス。」
長椅子でうとうとしていたところに勝手に上がり込まれたセイランは、不機嫌そうな顔で立ち上がり、硬直しているアリオスの元へと静かに歩み寄った。
アリオスは己の迂闊さを呪った。セイランがあまりにも静かに眠っていた為に気配に気付かなかったことも然ることながら、室温の不自然さに気付かなかったのは痛かった。
「ああ、心配しなくても良いよ。僕は優しいからね、こんな遅い時間に外へ放り出すような酷な真似はしないでおいてあげる。」
歩み寄られて半歩引いたアリオスに、セイランは冷ややかな微笑を浮かべた。何を企んでいるのか、とアリオスは警戒したがうっかり怯んでしまったが故にセイランの視線に射すくめられて動けない。
「隣の部屋を使うといいよ。まだ片付けが済んでないけどね、とりあえず眠るくらいは出来るはずだからさ。」
「やけに親切なんだな。」
顔見知りだと判ったくらいでここまで親切にしてくれるようなセイランではないことは、アリオスは重々承知していた。次々と明かりをつけながらアリオスを促すセイランに、頭の中で警鐘が鳴る。
「もちろん、宿泊費は払ってもらうよ。お金じゃなくて、身体でね。」
「身体って、おい…。」
絵のモデルでもやらせるつもりか、とアリオスは嫌そうな顔をした。しかしセイランは平然と続ける。
「とりあえず、夕食を作ってもらおうかな。材料はキッチンにあるものを好きに使って構わないからさ。君の分も一緒に作って良いから、美味しいものを頼むよ。」
そう言ってキッチンの方を指差すセイランに、アリオスは外の様子とここの温もりを天秤にかけて、こう答えざるを得なかった。
「…世話になる。」

翌朝、アリオスはセイランが眠っているのを良いことに、勝手に朝食をとったり風呂に入ったりした。その後、自分がここに居た痕跡を消すついでに借りた部屋を片付け、セイランが起きたら食べられるように軽食を作ると、出て行くタイミングを窺っていた。すると、リュミエールとエルンストが普段の落ち着いた様子とは駆け離れたスピードで別荘に近付いて来る。
アリオスは慌てて別荘の中へと身を隠した。
聞き耳を立てていると、リュミエールがセイランを叩き起こし、女王がどうとか言っているのが聞こえて来る。
リュミエール達が立ち去った後、セイランに声を掛けられたアリオスは、すぐにこの惑星を出ることを告げた。
「街を歩く間はくれぐれも見つからないようにしてくれよ。まぁ、見つかったところで君なら大してかからずに逃げ出すことは出来ると思うけどさ。僕に累が及ばないようにだけはしてもらわないとね。」
「お前は自分の心配しかしてないのか?」
「当然だろう? ここまで話がこじれた上に君を匿っていたことが知れたら、僕は永久に聖地へ出入り禁止だ。」
「別に匿ってくれと頼んだ覚えもないぜ。」
アリオスは平然と言い返した。
勝手に上がり込んだ後ろめたさはあるが、一宿二飯の借りは労働で充分返したはずだ。
「大体、こんなオンボロな家が現役で使用中だなんて誰が思うかよ?」
「オンボロで悪かったね。」
譲り受けたものとは言え自分の持ち物がバカにされるのは、セイランとしては面白くない。だが、他人の主観を無理矢理変えさせる程愚かでもなかった。気をとり直して、アリオスを送り出す。
そして、アリオスはリュミエール達がゆっくり帰って行ったとしてもうっかり追い付いたりすることのないように、また岬の方へと向う物好きと出会うことのないように、わざと道を外れて遠回りしながら宇宙港へと向った。流星群の前後はシャトルが欠航すると聞かされてはいたが、誰かに見つかって逃げ回る羽目になったり宇宙港で待ち伏せされたりするより、ロスタイムは少ないと踏んだのだ。
しかしアリオスが宇宙港へ辿り着いた時、セイランの忠告通りシャトルは相次いで欠航が決まっていた。今夜までに出発予定の便の切符は、既に売り切れている。アリオスは流星群が終わるまでこの惑星に足留めされることになってしまった。
仕方なくアリオスが人気の無いところからぼんやりと星空を眺めた。
恐らくアンジェは守護聖達に身柄を拘束されているのだろう。だが、建物の窓からでも同じ星空を眺めるくらいは出来ているのだろうか。
そんなことを考えながら空を見上げるアリオスの目に最初の流星が映った。美しい星々にアリオスはアンジェの役目に思いをはせる。
「宇宙ってのは大したもんだな。そして、その宇宙を統べる女王ってやつも…。この美しい星空の礼に、せめて俺は祈るとしよう。愛、幸せ、その他この世界の良いもの全てが、いつまでもお前と共にあることを…。」
アリオスは次々と流れる星を見上げながら祈った。すると、心の中に声が響く。
「傍に居て、アリオス。私の幸せはあなたと一緒じゃないと掴めない。」
声と共に光を感じた気がして、アリオスは街の方を振り返った、そして、何かに引かれるようにして人込みを掻き分ける。
「アンジェ!?」
イスタルの民俗衣装を纏いフードを目深に被った集団の中から、アリオスは一人の少女の腕を掴まえた。
「…アリオス。どうして、ここに?」
「それはこっちの台詞だぜ。お前、守護聖の奴らに拘束されてたんじゃなかったのかよ。何で一人でこんなトコうろついてるんだ?」
言外に、レイチェル達はどうした、と聞かれているのを感じて、アンジェは答えた。
「オリヴィエ様に逃がしていただいたんだけど、途中でレイチェル達とはぐれちゃって…。」
不安ではあったけどホテルの方向だけは守護聖達のサクリアの集まりで判るから開き直ってお祭りを楽しんでたの、と跋が悪そうに笑うアンジェにアリオスは嬉しさ半分呆れ半分で微笑み返した。
「あのド派手野郎もたまにはいいことしてくれるじゃねえか。だったら、一緒に楽しもうぜ。この美しい星空をお前と共に眺めたい。いいか?」
「いいか、って……ダメな訳無いじゃない!! 私ははぐれた後ずっと、この星空をアリオスと一緒に見られたら良いのにって思ってたんだから。」
流れ星に願った効果があったみたいね、と笑うと、アンジェはアリオスの腕にしがみついた。そして2人は人込みを抜けて人気の無いところまで来ると、幸せそうに寄り添って夜明けまで共に過ごしたのだった。

-了-

《あとがき》
CD「LOVE CALL」のサイドストーリーを書いてみました。
セイラン様とアリオスの会話がツボだったものですから…。
あの会話から想像を膨らませて、ところどころ故意に既存の台詞を変更してあります。
そして最後はやっぱりらぶらぶに…(*^^*)

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