TU ES LE SEUL ANGE DE MOI

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アリオスとアンジェが結婚してから、1年近くが経とうとしていた。
人気モデルのアリオスが電撃結婚を発表した時は大騒ぎとなりアンジェの身が大変心配されたが、今ではファン達も落ち着きを取り戻した。そして、結婚でファン離れが心配されたアリオス自身も、アンジェのおかげで表情に幅が出た所為か人気は落ちるどころか更に増し、頭数の少ない事務所としては一山超えた気分だった。
そして今日も大きな仕事をこなして帰って来たアリオスは、いつものように子犬みたいに走って来るアンジェの出迎えを期待して玄関のドアを開けた。
「ただいま~。」
奥に向って声を掛けたが、家の中は静まり返っており、アンジェが走って来る足音は全く聞こえなかった。
「お~い、アンジェ~。居ないのか~?」
アリオスは声を掛けながら家中を見て回ったが、アンジェの姿は何処にもなかった。しかも、書き置きもない。
だが、この時点ではアリオスは大して不思議にも思わなかった。
大きな仕事だったにも関わらす驚くほど早く終了したので、アリオスの帰りが遅くなると思っているアンジェがメモも残さずに出掛けていても不自然ではないのだ。
また実家で母親と茶飲み話でもしているのだろうと軽く考えて、アリオスは家の中や洗濯物を片付けてから隣に建っているアンジェの実家へと向ったのであった。

「おや、アリオスくん。残念ながら、今日はあの娘は来てないよ。」
チャイムに答えて玄関を開けたアンジェの父は、そう言いながらアリオスを家の中へと引っぱり込んだ。
「ぃや~、家内から留守番を仰せつかったものの、暇だわ、ひもじいわで困っていたんだよ。」
どうやら義母は、夫が電子レンジすら使えないとまでは思っていなかったらしい。
「わかりました。台所お借りします。」
場所が隣家、相手が義父なだけに「お気の毒さま」と冷たくあしらって帰る訳にも行かず、アリオスは上がり込んで勝手に冷蔵庫から材料を取り出すと自分の分も合わせて適当に早めの夕飯をこしらえた。
「相変わらず、いい腕だ。まったく、アンジェはいい婿さんをもらったものだなぁ。」
「そりゃ、どうも…。」
アリオスは、心の中で「一応、俺がアンジェを嫁にもらったはずなんだが…」と呟いた。
しかし、現状を見るにアンジェの両親がアンジェを嫁に出した気がしていなくても仕方がないということはアリオスにもわかっていた。何しろ、嫁ぎ先は実家の隣。しかも、肩書きは専業主婦とは言え実際は家事の一切をアリオスがやっており、アンジェは毎日のように実家へ入り浸ってはお茶を飲んだり家事を教わったりしている。その上、今日のようにアリオスが予想より早く帰って来てアンジェの実家を訪ねた日にはそのままこちらで夕食を共にすることが多いとなれば、実体はアリオスが婿に来たように見えるだろう。
アリオスはそのまま義父の晩酌にも付き合って、アンジェの小さい頃の話などを繰り返し聞かされながら、義母が帰って来るのを待ち続けたのであった。

その後も、アンジェが家に居ない日が続いた。
しかも、あの日以来どうもアンジェの様子がおかしかった。あの日も結局何処へ出掛けていたのか言おうとせず、何やら必死に隠し事をしようとしている態度が見え見えだった。
「アリオス、仕事中に考え事など職務怠慢ではないか!」
久々に社長に怒られたアリオスは、ムッとした気持ちを正直に顔に出してしまった。
「何だ、その顔は。今回の仕事に不満があるのなら申してみよ。出来うる限りの調整はしよう。」
「別に、仕事に不満はねぇよ。」
一応は気を使ってくれてるらしいジュリアスに、それでもアリオスは不機嫌オーラをビシバシ発揮しながら答えた。
「では、何か気掛かりなことでもあるのか? 私で良ければ話を聞くが…。」
「ぅるせぇな! 彼女居ない歴25年のあんたにゃ、話すだけ無駄なんだよ!!」
この瞬間、社長室の空気が凍り付いた。
「オスカー!!」
「は、はいっ!」
ドアの近くに控えて来たオスカーが飛込んで来た。すると、ジュリアスは有無を言わさぬ迫力でオスカーに告げる。
「アリオスは当分の間、休みは要らないそうだ。仕事は積極的にとって行け。良いな?」
「はっ、畏まりました。」
この時初めて、アリオスは失言に気付いた。
「ちょっと待て!! 要る、休み要る! 欲しい!!」
アリオスは、出て行こうとするオスカーに慌てて追い縋った。すると、オスカーは振り返ってジュリアスに伺いを立てる。
「アリオスはこのように申しておりますが…。」
「空耳であろう。」
オスカーはアリオスに哀れむような目を向けた。
「何をやったか知らないが、諦めろ、アリオス。当分は真面目に働いて、お怒りが解けるのを待つしかないな。」
「……鬼。」
アリオスが小声で呟くと、ジュリアスの眉間に皺が1本追加された。
「さっさと連れて行け!」
その声を聞いて、オスカーは慌ててアリオスの口を塞ぎながらその頭を小わきに抱えるようにすると、社長室から逃げるように出て行ったのであった。

アリオスが忙しくなったおかげで、アンジェはアリオスが帰って来るより早く帰宅出来るようになった。アリオスが帰って来た時には、その日にアンジェが出掛けていたのか否か区別がつかなくなり、表面上は心配の種は減った。
しかし、相変わらずアンジェが自分に隠れて何やらコソコソしている雰囲気だけは、アリオスには嫌と言うほど感じられた。
そして、巡って来た結婚記念日……。
「アリオス、これ受け取ってくれる?」
アンジェは綺麗に包装された箱をアリオスに差出した。開けてみると、中からチョカーが姿を見せる。
「気に入ってくれるかしら?」
「ああ。しかし、結構いい品みてぇだな。どうやって手に入れたんだ?」
アリオスはアンジェが何処で見つけて来たのか気になった、しかし、聞かれたアンジェの方はアリオスの言葉の意味を取り違えた。
「あ、あの、大丈夫よ。生活費には手をつけてないから…。」
「…は?」
いきなり慌て出したアンジェの様子にアリオスは訝し気な目を向けた。
「だから、その…。アルバイトしたの。実体はママや近所のおばちゃん達のお手伝いだったんだけど…。」
「金の心配してた訳じゃねぇよ。」
そう言いながら、アリオスはピンと来た。
「まさか、ここんトコお前の帰りが遅かったり様子が変だったりしたのは、アルバイトに行ってたからなんて言うんじゃねぇだろうな。」
図星を指されて、アンジェは真っ赤になって俯いた。
「何でそんなことするんだよ?」
「だって、自分で稼いだお金でプレゼントしたかったんだもん。」
アリオスは溜息をついた。
「ごめんなさい。それで余計な心配掛けてちゃダメよね。やっぱり私なんか何やっても…。」
「こら。」
アリオスはアンジェの額を指先で軽く突ついた。
「私なんか、ってのはやめろって言ってるだろ。」
「だって…。」
アンジェはますます俯いてしまった。すると、アリオスは問答無用でその身を引き寄せる。
「サンキュ。」
「えっ?」
「俺のために一生懸命になったが故のことだ。途中経過はともかく、今が幸せならそれで充分。」
アンジェはしばらくそのままで居た後、アリオスの腕の中で小さく頷いた。
そしてアリオスの手料理で、ささやかではあるが2人だけの素敵なディナータイムを迎えたのであった。

-Fin-

《あとがき》
「アンジェがアルバイトを始めまして……」というお話でした。
実はこれ、お題の「はじめまして」用に書いたものだったんです(汗;)
でも、やっぱり別コーナーに置くのは気が引けたので、そっちは素直に「初めまして」で書くことにして普通にアップすることにしました。
そして判明する社長の正体!!
アリオスを怒れるのはジュリアス様くらいかなぁ、と思いまして…。ぃや~、この事務所って派手な面々が揃ってますね。多分、社長も含めて全員がモデル兼業でしょう。何しろ、弱小事務所だから…(^^;)
そして、何故か顔を出したアンジェのお父さん。ぽやぽやしたところは、さすがアンジェの父。お人好しアリオスのツボをついて、しっかり世話になってくれてます。
頑張れ、アリオス!! アンジェ自身はきっと嫁に行った自覚があるとは思うわ……多分(滝汗;)

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