TU ES LE SEUL ANGE DE MOI

こじんまりとした建物の一室で、数人の男達が顔を突き合わせて真剣に大量の少女の写真を吟味していた。
「このお嬢ちゃんじゃどうだ?」
示された写真を一瞥して、アリオスはそれを叩き落とした。
「何度も言わせるな。俺はこの仕事は受けない。」
「そう言わずにさぁ、ほら、この子なんて可愛いじゃない?」
そう言って掲げられた写真を、アリオスはまたしても叩き落とす。
「いいかげんに諦めて、先方に断っちまえよ。」
全然乗り気じゃないアリオスに、それでも他の者達は共演者の選出と彼の説得を諦めようとはしなかった。
クライアントは業界ではかなりの影響力を有している。その仕事を欲しがるモデルは後を絶たず、事務所は必死になって自分のところのモデルを売り込む。
そんな相手からわざわざご指名を頂いておきながら断るなどということが、この弱小事務所に出来るはずが無い。
「頼むから譲歩してくれよ。この事務所の命運はお前にかかってるんだから。」
「嫌なもんは嫌だ。これで潰れるようなら潰れちまえ。」
元々この仕事自体、好きでやってるわけではない。親が残した借金のカタに家を取られそうになった時、たまたま目に付いたコンテストに賞金目当てに応募して、優勝してモデルとなったのだ。その借金も完済した今となっては無理してモデルを続ける必要はない。ここのスタッフとそれなりに気が合っていてこれまでいろいろ我が侭を通して来られたから、敢えて辞めるまでには到っていないだけのことだ。
「とにかく、こんな仕事は絶対受けねぇからな!!」
「何で、そんなに女の子との共演を嫌がるのさ?」
オリヴィエは、予てからの疑問をついに口にした。そう、これまでアリオスが拒否した仕事はすべて女性との共演なのである。
「まさか、女嫌いとか?」
「ああ。女に限らず、ピーチク騒がしい奴とかやたらとこびる奴とかは嫌いだな。」
アリオスは、オリヴィエの言葉を部分的に肯定した。だが、理由がそれだけならここまで徹底して女性との共演を拒むのはおかしい。
「もしかして、誰か好きな子がいるの?」
「まぁな。おまけに、今回のテーマは「天使が舞い下りる」だろ?俺が天使と認めるのは1人だけだ。」
そう、彼があの莫大な借金を前にして破産宣告をしなかった唯一の理由となった、隣の家に住む天使だけ。
「だったら、その子に出演交渉してみましょう!!」
「無理だと思うぜ。何しろ、あいつは俺のこと嫌ってるからな。」
勢い込んで立ち上がったオリヴィエの気をくじくように、アリオスは不機嫌そうな顔で呟いた。
「お前を嫌うようなお嬢ちゃんが居たとは初耳だな。」
「あんた、一体その子に何したのよ?」
相手が昔っから隣に住んでると聞いたオリヴィエは、アリオスが何か悪さしたとか苛めたとかしたんじゃないのかと問い詰めた。
「知らねぇよ。昔はそれこそ「お兄ちゃん♪」って無邪気に追いかけ回してたくせに、ある時気づいたら嫌われてたんだ。」
先日も、声を掛けても無視されるし手を伸ばしたら逃げるようにかけ去られるし家を訪ねると「構わないで!!」と怒鳴られた。
「もしかして、追っかけまわしたの?」
「いや、家の前掃除してたら気分悪そうに帰ってきたから…。」
「どこか痛むのか?」と声を掛け手を貸そうとし、後で見舞いの桃を持って訪ねて行っただけである。
「あんた、それ余所では言わないようにね。」
「言わねぇよ。誰が好き好んで、あいつに邪険にされた話なんか…。」
「そうじゃないわよ!!」
いつまで経っても自分の立場をわかってくれないアリオスに、オリヴィエは頭を抱えた。
「いいこと? 近所のおばちゃん達はともかく、世間の人はあんたに夢を見てるんだよ。ファンの子達にとっては、あんたは夢の王子様なんだ。それを壊すような発言は慎むように、ってこの間も社長に叱られたばっかりでしょ。」
「ったく、どうして『肉じゃが』が好きだって言っただけであんなに怒られなきゃなんねぇんだか。」
相手が社長の古くからの友人のつてで取材に来たため断り切れずに応じたインタビューで好きな食べ物を聞かれたアリオスは、正直に答えるなりオスカーの手に口を押さえられ、オリヴィエに答えを改変され、後で社長からお小言を喰らったのだった。
「とにかく、生活感溢れる台詞や庶民的な発言は禁止!!」
「へいへい。」
口先ばかりの返事をするアリオスに、やれやれと言った顔をしながら、オリヴィエは話を戻して隣の天使様の情報を聞き出していった。
「ま、ダメモトであたってみて、上手くいけばめっけもんよね♪」

ある日、アリオスが買い物から帰ってくると、家の近くまで来たところで近所のおばちゃんが血相変えて走り寄って来た。
「よおっ、元気そうだな。んな突っ掛けで走って、また足を傷めても知らないぜ。」
「ああ、ありがとね、心配してくれて。でも、そんなこと言ってる場合じゃないんだよ。アンジェちゃんのところに派手な人達が来て、大変なんだ。」
アリオスは、ご近所のおばちゃん達の間でも絶大な人気を誇っていた。世のお嬢様方の間ではモデルのアリオスが大人気だが、ご近所では普段のアリオスが大人気だ。おかげでこの界隈ではモデルのアリオスの迷惑ファンはシャットアウト。その上、彼がアンジェのことをどう思っているか知らないのはここら一帯ではアンジェ本人のみとなれば、彼女のこともご近所中で守ってくれる。
「サンキュ。」
短く礼を述べて、アリオスはアンジェの家へ急行した。
アンジェの家の前に停まっている車を確認し、自宅の前を素通りしそのままアンジェの家の門をくぐると、アリオスは呼び鈴を乱暴に鳴らした後、しばらく待っても返事がないので勝手に上がり込んだ。
「オスカー、オリヴィエ!! 一体どういうつもりなんだ!!」
呼び鈴を鳴らしてしばし玄関前で待っている間に外まで漏れ聞こえて来たオリヴィエ達の説得の声と嫌がるアンジェの声。そのことがアリオスの怒りに火をつけていた。
「あら、どうもこうも、この子さえ共演を承知してくれたらあんたはあの仕事を受けてくれて、うちの事務所は助かるんじゃない?」
「そういうことだ。頼むぜ、お嬢ちゃん。俺達を助けると思って、アリオスと一緒にCMポスターに出てくれよ。」
オスカー達の説得は続く。こんな頼まれ方をして断るアンジェがどれだけ気まずい思いをしているのかはお構い無しである。
「アンジェ。こんな奴らの言うことなんて聞かなくていい。」
アリオスは、両者の間に割り込んだ。
「ちょ、ちょっと、なんてこと言うのよ。」
「そうだ。この仕事にはうちの事務所の命運が掛かってるんだぞ。」
オリヴィエとオスカーがいきり立つ。
「大体、元はと言えばお前が他の女とじゃ嫌だと駄々をこねた所為だろうがっ!!」
その言葉に、アリオスはやや怯んだ。
「それとも、大人しく女性モデルとの共演で撮るか?」
「嫌だ!! 俺の天使はこいつだけだ!!」
「だったら、あんたもこの子の説得に加わりなさいよ。」
「冗談じゃねぇ。こいつが嫌がることを無理強いするなんて御免だぜ。」
コレット母娘をそっちのけで言い争う3人を横目で見ながら、母親がアンジェにそっと声を掛けた。
「どうかしら、アンジェ。これだけ言われてもまだ、あなたはアリオスくんの気持ちを疑うの?」
「ママ…。」
「もう少し、自分の気持ちに正直になりなさい。」
確かに彼はご近所の皆に優しいけれど、ここまで真剣になるのはあなたのことくらいなのよ。自信を持ちなさい、と言われてアンジェは勇気を出してアリオスに手を伸ばした。
「本当に、私なんかで良いの?」
いきなりアンジェに横から手を伸ばされ声を掛けられたアリオスは、驚きのあまり状況が掴めなかった。
「アリオスの迷惑にならないなら…。」
アンジェの言葉に、オリヴィエ達が飛びついた。
「引き受けてくれるの(か)?」
アンジェは黙って頷いた。そんなアンジェをアリオスは腕を掴んで引き寄せ、今度は逃げられなかったと内心ホッとしながら話し掛ける。
「おい、無理しなくて良いんだぞ。事務所の命運なんて、こいつらの自業自得なんだから。」
「違うの。アリオスの天使になりたいの。でも、あなたに迷惑かけたくないから…。」
「迷惑なんかじゃない!!」
その言葉に勇気づけられて、アンジェはCMポスターへの出演を引き受けたのであった。

CMポスターの撮影が終了して、アンジェはまた普通の女子高生としての生活へと戻った。重さを感じさせない程軽々とアリオスに抱え上げられて、うつむくようにして頭上からアリオスを見つめる天使。それがアンジェである。曲げた膝を軽くアリオスの胸に付け、左手をアリオスの肩に置き、右手で商品を差出している。アリオスの、今まで見せたこともない程幸せそうな表情もあって、まさに「天使が舞い下りる」様子を描き出している。だが、アンジェは髪型も思い切って変えてあるし顔も写っていないから、そう簡単にファンにバレることはないだろう。もしもバレたとしても、アンジェの身の安全はご近所中で守ってくれる。学校の中にも近所のおばちゃん達は入り込んでいるのだ。
「あれ以来、逃げなくなったな。」
あれ以来、アンジェはアリオスを邪険にしなくなった。それどころか、笑顔さえ向けてくれるようになった。更には、少々ぎこちないもののそっと寄り添ってくれることさえある。
「ごめんね、ずっと変な態度をとってて。」
「いや、謝ることはねぇけど。」
アンジェが笑ってくれるようになれば、それで良し。と言いたいところだが、気になってしまうのは仕方がない。
「アリオスは、皆に優しかったから…。」
アリオスの両親が借金を残して急逝した後、しばらくの間、アリオスはアンジェを構ってくれなかった。アンジェのことを悲しそうな目で見ながら、忙しそうに駆け回って居た。そして急に姿を消したかと思うと、またいきなり帰って来て、以前より優しくなっていたのだ。だがそれは、アンジェの目にはまるで留守にしていた間の罪滅ぼしのように映ってしまった。実際は、離れて増々アンジェへの想いを強くしてしまったが故の行動だったにも関わらず…。
「自分でもよく解らないけどショックだったの。それにアリオスって人気モデルでしょ。私なんかがまとわり付いてたらイメージダウンになるんじゃないかって思ってた。好きだから、邪魔したくなかったの。」
アンジェの告白を聞いて、アリオスは喜びと共に怒りを感じた。
「お前さぁ。その「私なんか」って言い方やめろよ。聞いてて気分悪いぜ。」
「えっ?」
「お前は俺のただ一人の天使。俺が唯一惚れた女だ。二度と自分を卑下するな。」
改めて面と向ってされた告白に真っ赤になりながらも上目遣いにアリオスを見つめるアンジェに、アリオスはそっと顔を上げさせると極軽い口付けを贈ったのだった。

-Fin-

《あとがき》
アリコレ同盟に投稿させていただいた作品です。
最初に投稿用に書いてた作品が長くなったので、改めて別の設定で書き直したのがこれです。
前作同様、人気投票でアリオスに似合いそうな職業NO.1だった「モデル」を設定として利用させていただきましたが、あんまり生かされてないです(^^;)
結局、どんなに頑張ってもうちのアリオスは庶民的だったりするんですわ。
こうなりゃもう、開き直ってこの路線を突っ走りたいと思います!!
ちなみに、タイトルは作中のアリオスの台詞だったりして…。困った時は日本語に別れを告げるに限る(笑)
(※アリコレ同盟は2002年2月をもって閉鎖されました)

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