おさんどん当番

刑務所を襲ってトバリを連れ戻した後、孤児院でひと休みしたしたエニクイは急いで帰って行った。
「僕、おさんどん当番なんだ。」
その言葉に偽りはなかった。エニクイは夕食の材料を買いに行った先で、連行されて行くトバリを見つけて助けに行ったのだ。目先のことに集中するあまり、家でお腹を空かせているリョウスイのことなどすっかり忘れていた。
当番も何も、共に暮らすようになって以来ずっとエニクイが食事を作っているのである。幼い頃、居候していたタランダの家で家事をみっちり仕込まれたエニクイは、生活感のかけら程も感じられないリョウスイが地上に長く居着くにあたって同居を勧められたのだ。そうして、まだ年端もいかぬ内からリョウスイの元で家事全般を受け持って来た。
果たして、リョウスイおじさんは自分のことを心配しているか、それともなかなか戻らないことに怒りを募らせているか。後者だとしたら、かなりヤバいかも知れない。タランダおばさんと違って、リョウスイおじさんの辞書に「手加減」という文字はないようだし……。
エニクイは不安と恐怖を胸に全速力で野超え山超え、途中の街のコンビニで仕入れた食材を抱えて、リョウスイの家へと帰って行った。

エニクイがリョウスイの家の近くまで戻ると、その視界には家の前に立っているリョウスイの姿が飛込んで来た。エニクイは慌てて駆け寄り、とにかくまずは謝ってしまえとばかりにひたすら頭を下げまくる。
「とにかく、急いで支度しますから……。」
無表情に焦点の怪しげな目つきでジッと見ているリョウスイの様子に不穏なものを感じて、エニクイはそそくさと台所に入ると手際よく夕食を作り始めた。
こういう場合、手早く仕上げることが一番である。凝ったことをしても意味がない。下ごしらえの要らないメニューを次々に仕上げると、エニクイはリョウスイの前に皿を並べていった。
リョウスイは無言でそれらを食し、エニクイも居心地悪そうに同席した。
そして片付けをしながら、ふとエニクイはリョウスイに訊ねた。
「リョウスイおじさん、いつから家の前に立ってんたんですか?」
「夕方からだ。」
それを聞いて、エニクイは少々気が安らいだ。自分が帰り着いたのは完全に陽が落ちきったかどうかという頃だったから、リョウスイが外で待っていた時間は大したことない。
だが、それは大いなる勘違いだった。
「丸一日以上も、一体何をしていたのか。」
その言葉に、エニクイの背筋を冷たいものが流れた。
「夕方、ってもしかして昨日の夕方ですか?」
「そうだ。」
エニクイは気が遠くなりかけた。口調が静かすぎて、怒ってるのかどうなのか判別出来ないが、それだけにもし怒ってるとしたらとんでもないことになるかも知れない。エニクイの頭の中を走馬灯が回り始めた。
「エニクイ。」
「は、はい?」
眉間にしわを寄せて自分の名を呼ぶリョウスイに、エニクイは頭の中で警戒音を鳴らしながら振り返った。
「帰りが遅くなる時は連絡するように。君に何かあったら、ケンブくんやトエイに申し訳が立たない。」
「……はい、すみませんでした。」
こうして、刑務所に殴り込みをかけた時よりも多大な緊張と恐怖に支配されていたエニクイの一日は終ったのだった。

-了-

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