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 中世の信仰を偲ぶ板石塔婆(いたいしとうば)

 今年(平成19年)の2月、ある歴史資料が三芳町有形文化財に指定されました。それは、資料館に展示されている「弘安八年銘(こうあんはちねんめい)板石塔婆」です。 板石塔婆は、別名「板碑(いたび)」や「青石塔婆」とも呼ばれる、板状の石で造られた供養塔のことです。亡くなった人の追善供養(ついぜんくよう)のために造られたものや、自分の死後の安楽を願って生前に造られた逆修(ぎゃくしゅう)によるものとがあります。
 板石塔婆は、中世の人々(特に武士階級)の信仰と深く結びついたものであり、当時の暮らしを知る上で貴重な資料となっています。 板石塔婆の分布は全国各地に広がり、埼玉県内で約2万7千基、三芳町内では、痕跡の残る破片を含めて40基あまりが確認されています(うち36基は竹間沢)。
 石材にはそれぞれの地域に産する石を用い、武蔵地域(現在の埼玉県と東京都、神奈川県の一部)では、荒川上流域で産出する緑泥片岩(りょくでいへんがん)を用いた例が多いという特徴があります。
 今回指定された弘安八年銘板石塔婆は、高さが1.2mと町内の板石塔婆の中で最大であり、かつ弘安8(1285)年という年代は、紀年銘(きねんめい)がわかる中で最古のものです。表面には、天蓋(てんがい)と主尊として梵字(ぼんじ)のキリーク(=阿弥陀如来の意)、その下に「弘安八年十月」の銘文が刻まれています。
  発見場所は地元で「オクラヤマ」と呼ばれ、崖下の湧水の辺りは、鎌倉時代までさかのぼると言われる竹間沢の村の発祥地とされるところです。弘安八年銘板石塔婆の存在が、こうした伝承を傍証する一つの手だてになると言えます。
 
板石塔婆
板石塔婆
−2007年9月撮影−


2007年度「広報みよし」連載
目    次
5月号 端午の節句 10月号 須恵器
6月号 麦刈り/年中行事 11月号 秣場争論裁許状
7月号 お囃子 12月号 昔の正月準備
8月号 里神楽神楽面 1月 小正月のまゆ玉
9月号 板石塔婆

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