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手をつなごう女性の絆 東日本大震災復興支援特別講演会
5月26日、東京商工会議所にて「手をつなごう女性の絆 東日本大震災復興支援特別講演会」に出席いたします。福島渠双葉町商工会の女性部部長 吉田様をお招きし、「福島第一原発が立地する福島渠双葉町商工会の女性部部長が語る」と題して、被災地の状況と今、本当に必要な支援とはを、お聞きします。首都圏へ電力を供給するために作られた福島原発、今回の事故被災者の方の生の声をお聞きすることによって、その首都圏に住む私達に何ができるかを考え、実行していきたいと思っています。
香川・徳島の旅
東北関東大震災において、被災した方々にお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
平成23年度版「神宮館 象英暦」の中で「2011年を占う-巨大災害発生の周期 人的手段で被害を最小限に 近年は巨大災害の周期。地震による津波や竜巻の異常発生はそれが顕著に見られる例えであります。」と書かせていただきました。現実にならねばと危惧しておりましたが、まさか、これほどのことになろうとは・・・。残念でなりません。
さて、香川県高松商工会議所女性会50周年事業出席のため、3月4日~7日まで、香川・徳島の旅に行って参りました。4日は女性会50周年事業に出席し、翌5日からは久しぶりの四国旅行を楽しみました。徳島に入り、四国に来ては、鳴門の渦潮を見ぜずでは帰れずということで、観光汽船乗り場へ行くと、当日は偶然にも渦潮出現に絶好の大潮の日、さらに「渦潮祭」「渦開き」神事を行う観潮船に乗船、「渦開き」のためのくす玉を引く役を仰せつかり乗船。出航後ほどなくして、鳴門門橋にかかろうとしたとき、眼前に見事な渦潮を発見、さっそくデジカメでパチリ、大満足の一日となりました。
6日は、香川県に戻り金刀比羅宮を参拝いたしました。なんと1368段もある階段をあえぎながら登り終え。神殿にて参拝させて頂いたときの気持ちは晴れやかそのもの、と同時に、自分の健康にも少し自信が持てた次第、すばらしい経験をさせていただきました。
中国 安陽訪問
4月24日~27日、中国・安陽の旅に行って参ります。今回は殷墟博物園(地下博物館、車馬坑、甲骨文字碑廊、婦好墓)、王陵区、安陽周易研究会、易園、美里城(周文王演易所)、紂王墓などを訪ねて参ります。現在、周易に取り組んでいる私にとりましてとても興味ある旅となると思っております。旅のご報告は後日に。
忙中 閑あり 沖縄旅行
『安岡正篤 一日一言』に、
忙中閑有り
 忙中に掴んだものこそ本物の閑である。
苦中楽有り
 苦中に掴んだ楽こそ本当の楽である。
という言葉があります。
普段、執筆、鑑定、講演、また団体役員としてのお仕事など、閑というべき閑はなかなか見つけることができません。時には、まるでのび切ったゴムのようになっている自分を発見して愕然とすることがあります。
今回は、「忙中閑有り」にならい、思い切って自分のための沖縄旅行に行ってまいりました。
2月26日に東京を発ち28日まで沖縄で過ごしました。朝目覚めて、およそ1時間半の砂浜散歩、気温はなんと26度、とても清々しい毎日でした。朝食が終わって一時を憩い、持参した伊與田 覺先生の「安岡正篤先生からの手紙―師は弟子に何を伝えたか」や、今井彰さんの「ゆれるあなたに贈る言葉」を読む時間、私にとっては、久しぶりの充実した日々となりました。
宿泊したザ・ブセナテラスのレストランから見た夕日、とても素晴らしいものでした。ちょっと面白かったのは、水族館で見た熱帯魚、水槽前で私がどう動いても、魚の目が私を見ているので、ちょっとびっくりいたしました。帰京の日に空港の琉球村でいただいたソーキそばのおいしかったこと、食いしん坊の私には、今回の骨休め旅行では一番、印象に残りました。
象英会 新年講演・親睦会
2011年1月30日、今年で18回目となりました象英会 新年講演.親睦会が東京有楽町 東京會舘で120余名のご参加により開催されました。
親睦会に先立って講演会では『説文によれば「辛」は「秋時萬物成」「干上為辛」とあり、五行では西にあたる。意味は“季節は今正に秋。万物が実って貌をなして後収穫された”“その為辛は冒され傷付く”となります。従って昨年の、自然の植物は全て実を成す「庚」の意義と働きをそのまま引き受けて後、種の保存と繁栄に向けた変貌を遂げる時期に入ります。
政局も収縮、殺滅を繰り返し思わぬ動き(変貌)があるかも知れません。それは前例にない内向的な動き。辛酸をなめる改革期にあるため、景気低迷の流れが更に加速すること。 政治政党の流れが大きく変わる暗示。』
卯年や七赤金気性年の傾向として『1:集中豪雨と寒暖差の異常気象は続く。とくに北関東、中部四国地域から九州では瀬戸内海側に多く見られる。 日照被害は農作物の生育にも影響する。 2:地殻異常の群発小地震と異常発生的な動植物。陥没事故や地盤沈下事故。竜巻や強風被害、水害、太陽の熱射による被害、感染病などは動物全体に及ぶ。 3:政治家、財界を巻き込んだ隠蔽事件。問題多発で揺れる中央官庁政治。教育問題や新法改定に関する異論反論続出。中国、アジア、アメリカ経済も更なる激変あり。』
さらに今年のキーワードとして『開発の道 &自然の恩恵』が示され、続いて一白から九紫までの各気性の本年の運気に関し説明がありました。

講演の後は、昼食を兼ねての懇親会に移り、津軽三味線の高橋竹童氏による演奏、恒例のハズレなし福引会などがおこなわれ、和やかな雰囲気の中お開きとなりました。
講演
東京三鷹ロータリークラブ-卓話
日時:2011年2月8日 13:00~
於:三鷹産業プラザ
テーマ:2011年をを占う

異業種交流「志翔会」講演
日時:2011年2月9日 18:30~
於関西大学東京センターにて
テーマ:「暦学に見る辛卯の年」
*志翔会 - パソナソーシングの野村社長が主宰されている会、毎月1回、いろいろなテーマで、勉強会、懇親会が行われており、各業界で活躍されている経営者の皆様で構成されています。
年頭ご挨拶
年頭ご挨拶

新年 あけましてお芽出とう御座います。
平成23年(2011年)は辛卯・七赤金気性の星回りとなります。
「辛」は"辛い"に象徴されるように革命の意味があり、「卯」は"茆"の辞で見難い環境を手探りで開く意味があります。才知や経験から生れた胆識すらも邪心によって混迷する七赤年は、政治政党を判断する物差しが変わり、指導者の信念や面子の軽重が問われる。諸外国でも歴史に残る革命の起り易い周期に入ります。
易の文言伝に「敬を以って内を直くす」とありますが、如何にも私達は、己れ以外の全ての総てに対し、「敬」をもって接することによって、始めて誠の人たり得るのではないでしょうか。天地自然の恩寵に感謝し、民族を問う前に家族の安寧を切に願いたいものです。

平成二十三年 辛卯 七赤金気性
元旦 
記:井上象英
周易解説執筆について
私が神宮館高島暦を執筆させていただいていることは、すでにご存知かと思います。執筆にあたっては、暦学、気学、風水学、姓名学、墓相学など、それらを総合した観象学の知見をもって行っています。時運占断では、これらの学に加えて立筮による占断を行っています。立筮によって得られた卦は易辞にその原意を求めます。
易とは易経であり周の時代に完成したものです。義理をその原意とする経典であると同時に、易辞は時代や世相、経済社会、自然と幅広く拡大解釈が出来るものです。一方、その周易については学問的な研究書がほとんであり、実践的な書は非常に少ないのが現実です。こうした状況を鑑み、平成23年以降、観象学の集大成の一環として、また、井上象英のライフワークの一環として周易という大著に取り組み、より実践的な解説書を著していきたいと思っています。
稿了がいつになるかまだわかりませんが、遠からず皆様のお手元にお届けする日があることを念じています。
観象学:井上象英
九州の旅-天の岩戸神社・天河原神社・高千穂峡・阿蘇山
天の岩戸神社禊祓所
天の岩戸神社
天安河原神社
高千穂峡
阿蘇山
阿蘇草千里ヶ浜
十月十七日、九州、天岩戸神社、天安河原神社、高千穂峡、阿蘇山を訪ねてまいりました。
天岩戸神社は、皆様がよくご存知の通り、宮崎県西臼杵郡高千穂町にございます。岩戸川を挟んで東本宮と西本宮があり、西本宮は本殿を持たず「天岩戸」という岩窟を神体としており、 記紀に記されました天岩屋であると伝えられています。ご祭神は、大日孁尊(おおひるめのみこと)(西本宮)、天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)(東本宮)でございます。どちらも天照大神のことです。東本宮本殿は桁行3間梁間2間の神明造となっています。
天安河原(あまのやすかわら)は、西本宮から岩戸川を500mほど遡った所にございます。天照大神が岩戸隠れの際に八百万の神々が集まって相談したところと伝えられています。河原の中央部にある仰慕窟(ぎょうぼがいわや)と呼ばれる洞窟に天安河原宮があり、思兼神(おもいかねのかみ)を主祭神として八百萬神が祀られています。思兼神は、天岩戸に引きこもった天照大御神をお誘い出す知恵を出したとされ、知恵の神様とされており、日本の神さま 十二のおひとりとされています。
高千穂峡は、宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井にある五ヶ瀬川にかかる峡谷です。国の名勝、天然記念物に指定されております。様々な神話伝承の場所がございますが、特に真名井の滝(まないのたき)は有名で、高千穂峡の川幅が狭まった部分に水が流れ落ちて、その美しさから日本の滝百選の一つになっております。この滝は、記紀神話によれば天村雲命(あめのむらくものみこと)という神様が天孫降臨の際に、この地に水がなかったので水種を移し、これが天真名井として湧水となり、滝となって流れ落ちたいわれています。今回は天気にも恵まれ、落ちる水が陽光でキラキラと輝き、まさに神話の地としてのその美しい姿に大きな感銘を受けました。
続いて阿蘇山をたずねました。阿蘇山は世界でも有数の大型カルデラと雄大な外輪山があり、今回は火口をのぞき込めるところまで行くことができ、その雄大なスケールに、自然の業が到底人の力が及ぶところではないことをあらためて実感いたしました。阿蘇草千里ヶ浜では、ちょうどコスモスの花が満開で、普段の忙しさを忘れられる素敵な時間を過ごすことができました。
皆様も、どうぞ、日本人の心の故郷であり、歴史の故郷でもございます、九州高千穂に足を運ばれてはいかがでしょうか。
有源招魂社平成二十二年度先哲祭例大祭
九月二十日、大阪市北区にございます四条畷神社有源招魂社神社会館にて催行されました有源招魂社平成二十二年度先哲祭例大祭に参加させていただきました。 講演に先立ち、祭典四条畷神社神官により祭行、講演ではは「聖徳太子」の御霊をお祭りし、太子の御神徳を仰ぎ、時節柄永遠の垂敎を心に刻む、論語普及会理事・竹中栄二氏による『聖徳太子の人物と学問』及び、論語普及会学監・伊與田覺氏による『十七條憲法と論語』を拝聴いたしました。ともに聖徳太子の学識の深さ、お人柄に感銘をうけました。
伊勢神宮参拝
九月二十三日、鳥羽国際ホテルにて伊崎寺ご住職上原行照様と合流し、二見ケ浦の興玉神社を参拝いたしました。二見興玉神社とは、古来、伊勢神宮に参拝する者が、その前に二見浦で禊を行うのが慣わしであり、それに代わるものとして、二見興玉神社で無垢塩祓いを受けるところでございます。神宮式年遷宮のお木曳行事やお白石持ち行事への参加者は浜参宮を行うものとされております。
翌、24日、早朝より伊勢神宮への正式参拝をいたしました。神宮では、神宮司廳の元神宮禰宜、神原祐司様のご案内を頂き、垣根内鳥居の内宮にて参拝、また、お神楽も奉納させていただきました。写真にございますのは、神原祐司様、伊勢神宮の神鶏です。25日は赤山本宮にて例大祭、釜鳴り神事を執行いたしました。
伊崎寺 棹飛び
本年も昨年に続き、8月1日、JR近江八幡駅の北約9.2km、滋賀県近江八幡市白王町の伊崎寺(上原行照住職)の「伊崎の棹飛び」に行ってまいりました。
「伊崎の棹飛び」は比叡山延暦寺で百日回峰を勤められた行者の方々が、洗除無垢の浄身修行として、琵琶湖に突き出した高さ約 13メートルの棹から7メートル下の湖面に飛び込む行事です。
竿とび行事は、諸説ありますが、約1200年前の平安時代のころ、この寺の修行僧が湖上を行きかう漁民たちに喜捨を乞うため琵琶湖に空鉢を投げ、湖中に飛びこんで空鉢を拾いあげた、という故事に基づくと言われております。
伊崎寺は貞観年間(859~87年)に開山と伝わっており、比叡山延暦寺の末寺で修行道場でもあります。当日は、千日会としまして大般若転読会、棹飛び、護摩供法要が催されました。
今回は、海上より行者の皆様が湖面に飛び込む姿を直接拝見させていただく機会を得、この行事に身近に触れることができましたこと、とても感謝をしております。伊崎寺では堂修復が終わっておらず住職であられます上原行照様は未だ、仮住まいとのこと、今後、同寺参堂整備や堂修復など、微力ながら努めさせていただきたいと思っております。
第十三回世界易経大会出席
準備会議にて
本会議にて
国際易経学会会長
成中英氏と
中国政府招聘状
6月14日~18日、中国政府招聘により、中国江蘇省無錫にて開催されました、第十三回世界易経大会に出席して参りました。世界易経大会は、27年前に中国政府の指導の下に発足し、世界18ヶ国から、「易経」「東洋哲学」専門の学者、研究者を招聘する専門家会議です。1997年から、二年に一度、相前後してマレーシア、シンガポール、マカオ、台湾、安陽、南京、ハルビンなどで過去計12回開催されています。
この会議では、今日まで日本への召集はなく、今回初めて日本人の専門家として参加させていただく象英に、日本における易経を講述せよとのお話がありましたので、「臨床&実践易学」の事例という形で八千字程に講述資料をまとめ、大会にて発表させていただきました。講述終了後は、多数の方よりご質問をいただきました。特に、出席されたほとんどの方は易経を学術研究の対象として扱っており、易経本来の目的である実践として扱うことがなかった点から、実際に象英が観象学、神宮館などにより実践的に応用していることについての大きな反響をいただきました。
講述の内容としては、自然科学的「易経」管見~蘇る東洋の叡智と題して、
1.易と東洋思想
2.易と孔子
3.易の示す道
4.日本における易
を序論として展開、本論としては、実践易経の結果として、私がその著作を担当させていただいております、高島易断本部編纂高島暦2010年版における時運占断をもとにし、国運、株価動向、社会情勢、政治予断、日本経済、農水産について講述させていただきました。これらの占断は実際に2008年の末の行ったことであり、本年の様々な状況を予測し得た点について大きな反響をいただきました。
尚、 今大会への出席及び発表の機会は、孔子七十七代、孔健(孔祥林)様のご好意によるものであり、この場を 借りましてあらためて厚く御礼申し上げます。
伊勢・京都・奈良の旅
伊勢神宮
五十鈴川 御手洗
唐招提寺舎利堂
東大寺別当 北河原公敬様と
銀閣寺
京都 八瀬ホテル前にて
5月28日~30日、3日間にわたり伊勢・京都・奈良の旅に行って参りました。
初日は、毎回訪れるたびに厳粛かつ敬虔な心持にさせていただいております伊勢神宮を参拝せせていただきました。素晴らしい天候に恵まれ、伊勢のお社を囲む新緑の森を楽しみながら参道を歩き、五十鈴川のほとりにございます御手洗で身を清め、清々しい心で神宮を参拝させていただきました。
伊勢神宮は、皆様も何度か参拝されていると思いますが、伊勢宇治の五十鈴川上にご鎮座されます皇大神宮(内宮)と、伊勢の山田の原にご鎮座の豊受大神宮(外宮)及び別宮など125社神社の総称でございます。御祭神として外宮には豊受大御神様、内宮には天照大御神様が祀られております。いわば、日本人の心の拠り所と云うべき神聖なところでございます。皆様もぜひ、お出かけなされますよう。
2日目は奈良遷都1300年祭に参りました。まず、唐招提寺を訪ねました。唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。開祖とされる鑑真大和上は天宝元年(742)に遣唐使船で唐を訪れていた留学僧・栄叡、普照により朝廷の「伝戒の師」としての招請を受けました。渡航海は困難を極め、12年の間に5回の渡航を試みましたが悪天候のため失敗、その間、視力を失う困難の中、天平勝宝5年(753)、6回目にして遂に日本の地を踏みました。その後、76歳までの10年間のうち、5年を東大寺で、残りの5年を唐招提寺で過ごされ天皇を始めとする多くの人々に授戒をされました。唐招提寺は鑑真大和上の仏教を日本になんとしても伝えんとする尊いお気持ちの結晶です。奈良遷都1300年祭の主会場である平城京跡では古の都の賑わいが時を超えて聞こえてくるような、そんな心持の中、会場を巡りました。
また、東大寺別当の北河原様をお訪ねしたところ、お忙しい中、平城京の大極殿をご案内頂きました。あらためて御礼申し上げます。
最終日は京都を散策し、毎月、赤山禅院へ無料鑑定として行っておりますが、なかなか参る機会を持てなかった銀閣寺を訪ねました。
今回は他に所要もなく、たっぷりと伊勢・奈良・京都の名刹を見学させていただき、私にとって、とても感慨深い旅となりました。
台湾 孔子廟
先日、台湾の孔子廟に行って参りました。

毎年9月28日は孔子の生誕祭で、国はこの人を「教師節」に定めており学校は休校となります。
廟では盛大に釈奠禮が執り行われます。

孔子廟の東南には「黌門」と「泮宮門」とがあり、この門をくぐることで学問を志ざす決意の強さを表します。
門の屋根の中央には旭日、左右には一対の鳳凰の飾りがとても美しく輝いていました。
また本殿となる大成殿の中央には「至聖先師」と書かれた位牌が祭られ、その両側には孔子が最も愛した弟子であった四配(顔子、曽子、子思、孟子)と十二哲が祭られています。
今年の奉祀官は七十九代目の孔垂長先生ですが、その孔子家は第八十代となられる孔佑仁ちゃんのご成長を待ち連綿と受け継がれていきます。

来月は、平城京及び奈良東大寺の遷都1300年祭に行ってまいります。
また報告させて頂きます。
 
中国仏教寺院の旅
少林寺
大慈恩寺
高僧名を記した碑文
天台山国清寺
五百羅漢
智者大師智顗の墓所
中国仏教寺院の旅へ行ってまいりました。3月19日に日本を発ち23日帰国の短い旅でございましたが、各所で驚き、発見、感動の旅となりました。以下、ご紹介させていただきます。
19日、北京に到着、すぐに鄭州少林寺に移動、夕食においしい地方料理を堪能し翌日からの行程に備えました。
20日、早速、少林寺を見学。正式名は嵩山少林寺(すうざん しょうりんじ)と云い、河南省鄭州市登封、中岳嵩山少室山の北の麓にあります。日本でもよく知られた達磨和尚がインドからこの地に赴き禅を伝えたとされています。また少林寺は少林武術の中心地としても世界的に知られたところです。3万人を超える少林寺学院の生徒達は全て寮で暮らし、その技を磨くと同時に、学問に励んでいるとのことです。
少林寺の見学の後、新幹線で西安に移動、長安三大訳場のひとつとして有名な大興善寺と玄奘三蔵法師が仏典を翻訳したとされる大慈恩寺を訪ねました。
大興善寺は、西晋時代に建立された密教寺院で、多くのインド渡来僧がこの寺に逗留し、中国に密教を伝えたとされています。現在は、日本の真言宗と密接な親交があり、日本にもとても縁の深いお寺です。中院には日本の空海同志会から寄贈された平安地蔵菩薩が立っています。
大慈恩寺は、日本では西遊記で三蔵法師として知られる玄奘がインドの仏典を中国語に訳したお寺としてよく知られています。因みに、その一例として般若心経も彼が翻訳したものとされています。法事などでよく読経される般若心経を思えば、とても私たち生活に深いつながりを持っているお寺と云えます。
翌21日は中国歴代有名書道家の石碑を保存している西安碑林博物館を見学、ささやかながらも書に親しむ私にとっては大変勉強になりました。また、兵馬俑博物館を訪ねました。
3月22日、今回の中国訪問の主目的である天台山国清寺、智者塔院、高明寺を訪ねました。天台山は、紫微宮と云う北極星を中心にした星座にある三台星宿に応ずる環境、と云うことで天台と名づけられました。国清寺は、中国天台宗の開祖、天台智者大師、智顗ゆかりの地であり、私にとっても、とても深いご縁のあります日本の天台宗の総本山、比叡山延暦寺と深いつながりを持ったお寺です。国清寺は日本の天台宗の開祖、最澄を始め、円載、円珍、成尋、栄西、道元などが学んだお寺です。二千年前の先人達と同じ峰に立ち、変わらぬ自然の美しさと、その恵みにふれ、胸が熱くなりました。
日本天台宗改宗とされる最澄は、みずから天台山に赴いて典籍を求め、より深く天台教学を学びたいと考え、延暦23年(804)、還学生(げんがくしょう)として中国に渡りました。このとき4隻で構成された遣唐使船のうち、中国に無事たどり着いたのは2隻だけでした。到着した2隻のうちの別の船には、後に真言宗を開いた空海が乗っていました。最澄は天台山に赴き、修禅寺の道邃(どうずい)・仏隴寺の行満に天台教学を学びました。その後禅林寺の翛然(しゅくねん)より禅の教えを受け、帰国前には越州龍興寺で順暁阿闍梨から密教の伝法を受け、このようにして多くの経典や法具を携えて帰国しました。帰国した最澄は天台山で学んだ「法華経」に基づいた「すべての人が仏に成れる」という天台の教えを広めるために、天台法華円宗の設立許可を願い出、延暦25年(806)、華厳宗・律宗・三論宗(成実宗含む)・法相宗(倶舎宗含む)に天台宗を加えて十二名の年分度者が許され、ここに天台宗が公認されたました。そうした古の高僧の方々のご苦労と歴史を感じながら国清寺を拝観していると、そこに安置されている五百羅漢の中に、なんと私そっくりの像を見つけってびっくり、口元といい、目のかたちといい、また手には陰陽盤を持っていることに驚きました。これも私と今回訪問をさせていただいた中国天台山とを結びつけている不思議なご縁なのかもしれません。おいとまする際には天台智者大師智顗の墓所に参りらせていただきました。
3月23日、様々な感動と驚きを与えていただいた中国より帰国。
象英会 新年懇親会開催
象英会 新年懇親会が1月31日、百余名の象英会会員の皆様のご出席いただき、東京千代田区、東京會舘で開催されました。井上象英先生の講演では、今年(庚寅 八白土気性)の運勢概略に関し、政治、経済、自然現象全般にわたり解説され、各気性の運勢、傾向についてのお話がありました。
概略:
1.自然の恵みが期待できる「庚」の秋に、「寅」の謹み畏れる意義を分析すると、まさに新しい時代に向けた取組みが始まる暗示。政局も陰極って意外な動き(変革)がある。それは前例の洗い流しに待った!がかかる、或いは景気回復の流れが滞ること。そして格差社会が明確になる暗示も。何を以って「豊かさ」とするか大いに議論すべき年。今年のキーワード:「継承」&「同寅(どういん)」。同じ志を持つ者同士が、その身を清めて、改革路線の継承にあたることが重要。
2.暖冬でも水害と風害の異常気象は続く。日照被害は収穫物の生産量にも影響する。地殻異常の群発小地震と噴火、崩落事故や雪崩、地盤沈下事故、竜巻や強風、感染症やアレルギーなどの被害も。政治家、官界を巻き込んだ疑獄事件。問題多発し揺れる官庁主導政治。教育や新しい法改定に関する問題。中国、中東、アメリカ経済界の激変もある。
講演の後は懇親会として昼食会となり、大熊社中による初春を祝うおめでたい大黒舞、獅子舞が演じられました。また、恒例の福引会も行われ、新春のお年玉として象英先生ご自身で描かれた絵画も含め会員の方々に景品が配られ、なごやかな内にお開きとなりました。
新年のご挨拶
謹賀新年
平成二十二年元旦
庚寅・八白土気性 中宮年

今年のキーワードは「継承」と「同寅(どういん)」志しを同じくする者が、その身を清めて改革路線の継承にあたる暗示があります。中国の古典に”虎の行くに病むに似たり”とありますが、国家を預かるリーダーならばこそ、大事にに至っては、潔い心構えと勇気ある行動を志して欲しいものです。

同慶の皆様の一陽来復を心より祈っております。

観象学:井上象英

 
パネルディスカション「地球環境のために、私達ができること」 女性経営者交流会 in 東京
12月4日、5日、品川プリンスホテルにて開催の女性経営者交流会 in 東京、首都圏エネルギー懇談会 パネルディスカション「地球環境のために、私達ができること」に東京商工会議所 女性会 副会長として参加させていただきました。
第1部 基調講演会
しなやかに現在(いま)を生きる~神津カンナのエネルギートーク~
第2部 パネルディスカション
地球環境のために、私達ができること
コーディネーター:生島ヒロシ氏
パネリスト:神津カンナ氏
       吉田岑子氏 双葉町商工会 部長
       品田信子氏 柏崎商工会議所 女性部 会長
       井上象英氏 東京商工会議所 女性会 副会長
司会    木村一紀
第3部 交流懇親会
法相宗 大本山 薬師寺 山田法胤 管主 晋山式
11月7日、法相宗 大本山 薬師寺 山田法胤 管主 晋山式に参列させていただきました。晋山式とは、寺院に新たな住職が就任する際の儀式を言います。寺院には多く山号が付けられていますが、その山に晋(すす)むという意味があり、その意をもって行われる儀式です。
晋山式次第
請鐘(薬師寺大梵鐘)
振舞 春日大社南都楽所
開式の辞 執事長村上太胤
祝典序曲 東京芸術大学演奏藝術センター教授 松下 功氏他
惣礼(三礼)

散華
表白 管主山田法胤
祝能 観世流能楽 観世 喜之 師他
慶賛文 聖徳宗管長 法隆寺住職 大野 玄妙 師
読経 薬師寺一山大衆
祝辞 春日大社宮司 花山院弘匡 師
    奈良県知事 荒井 正吾氏
    岐阜県知事 古田 肇氏
    奈良市長  仲川げん氏
    近畿日本鉄道代表取締役会長 山口昌紀氏
    日本ロレックス株式会社代表取締役社長 ブルース・R・ベイリー氏
管主挨拶 山田法胤
謝辞 薬師寺信徒総代・元財務大臣 塩川正十郎
惣礼(三礼)

京都赤山大明神秋季例大祭、釜鳴神事及び松前神楽奉納
9月25日、京都赤山大明神秋季例大祭、釜鳴神事及び松前神楽を催行させていただきました。釜鳴神事につきましては昨年、その模様をご報告させていただいておりますので、そちらをご覧頂きたいと思います。
松前神楽は、松前藩「松前廣長が編纂した「福山秘府」の延宝2年(1674)の条に初めて神楽を修行したとあるのが、記録に現れた松前における神楽に関係する最初の記述である。19世紀初めの記録には、松前城下7社及び東西各村の神職が合同して毎年正月に城内で獅子神楽を修行し隔年の11月15日には大神事湯立神楽を興行したとある。今日伝わる松前神楽は、この際に行われたものとされている。 松前神楽は、12事の鎮釜湯立の儀式と21事の舞楽を合わせた33の神事で構成されており、囃方では、笛を第2、3、5、6の穴だけで、すなわち4穴で奏するのが特徴といわれている。また、舞の種類は、地理的に近い東北地方の南部・津軽に伝わるものと同様なものが多く、両地のものは田楽的色彩が濃いのに対し、松前神楽は神事的要素が強い。(北海道教育委員会)」とされています。今回の神事におきましては、函館、高穂神社神楽会のご協力によりまして奉納させていただきました。
式次第: 1.神楽初め 2.福田舞 3.三番叟舞 4.山神舞 5.ニ羽散米舞 6.兵法舞 7.獅子五方舞 8.翁舞 9.神遊び舞
神々しい神楽、舞により、感動の例大祭となりました。重ねて高穂神社神楽会の皆様に厚く御礼申し上げます。
伊勢神宮参拝
9月23日から24日にかけ、伊勢の旅をいたしました。伊勢神宮には、朝8時に外宮を参拝、その後内宮を正式参拝(垣根内)させていただきました。外宮には豊受大神宮と云われ豊受大御神様が祀られています。内宮には皇大神宮と云われ皇室の御祖先の神で日本人の総氏神とも言われる天照大御神様が祀られています。参拝当日、内宮では神楽舞を奉賛させて頂き、凛とした空気の中、荘厳な舞を拝見し心洗われる時を過ごしました。当日は宇治橋の修繕の最中で、宮大工の方々が丁寧に修繕をされている姿が目に入り、この現代においても古の匠の技が伝承され生きていることに嬉しく思いました。また、内宮神楽殿ではとても珍しい菊花石を拝見し自然の不思議に驚き、私の友人である鳥居礼さんの絵画も発見し、予期せぬご縁に驚きました。
翌日には瀧原宮に参拝させていただきました。瀧原宮は、皇大神宮(内宮)の別宮で、昔から「大神の遙宮(とおのみや)」といわれ天照坐皇大御神様が祀られています。また、瀧原宮が皇大御神の御魂を奉斎しているのは、皇大神宮に皇大御神を奉祀し、同別宮荒祭宮に皇大神宮の荒御魂を奉斎する姿の古い形と考えられています。
なお、25日には京都赤山大明神秋季例大祭、釜鳴神事及び松前神楽を催行させていただきました。その模様は後日ご報告したいと思います。

中国 北京・西安 歴史視察
8月21日~26日、中国歴史研究旅行に行ってまいりました。
北京では故宮博物館、天壇公園、万里の長城を訪ねました。
故宮博物院は明・清両王朝の宮殿建築と宮廷収蔵を基礎として設立した総合的な国立博物館で、北京市の中心にあって、前方に天安門、後方に景山、東に王府井商店街、西には中南海という昔の皇室庭園があります。1987年にはユネスコ世界遺産に認定された施設となっています。中国古代の星象学では、紫微垣(北極星)は天の中心であり、天帝の居住するところであり、天人対応の思想によれば、人間の皇帝が居住する皇宮は天上の紫微宮に相当し、そのため皇帝の皇宮を紫禁城と称しています。紫禁城は南北961メートル、東西753メートル、敷地は72万平方メートルの規模で、詳細に見て回るにはとても1日では追いつかないほどの壮大な施設です。
天壇公園は、中国最大(270万平方km)の壇廟で1420年に建設されました。北京城の南東に位置し、明・清の皇帝が毎年豊作を祈った場所で、1998年世界遺産に指定されています。
万里の長城は紀元前7世紀の春秋時代から明代まで、約2000年以上に渡り造成を重ねてきたもので、現存するものの大部分は、明代の建造で、総延長約6000キロの世界最大の城壁で、衛星写真でもはっきりと見ることができます。長城が造成された目的は、北方騎馬民族の進入を防ぐ為で、初期の長城は紀元前5世紀の周時代に建造が始まったといわれています。また、夜には京劇を鑑賞し、楽しい時間を過ごしました。
西安では、西安碑林博物館、漢陽陵博物館、始皇帝陵、兵馬桶などを訪ねました。西安碑林博物館は、中国で最初に設立された石碑、墓誌銘を所蔵している博物館で、現在墓相に関する本を執筆中の私にとっては、とても興味深いところです。 

漢陽陵博物館は、前漢の第8代皇帝の景帝(BC188~141)とその皇后を葬った陵墓で、遺跡自体を整備した地下博物館、最近公開されました。
始皇帝陵、兵馬桶ではその壮大な規模に驚き、同時に始皇帝の強大な権力意思に圧倒されました。秦の始皇帝は中国史初の皇帝であり、その強大な力を利用し大きな陵墓を建てたのが秦始皇帝陵です。兵馬俑坑は、この陵を取り巻くように配置されており、3つの俑坑には戦車が100余台、陶馬が600体、武士俑は成人男性の等身大で8000体ちかくあり、すべて東を向いています。
今回の歴史視察では、暦学、易学、風水学に携わる一人として、その源流に触れ、とても有意義な発見となりました。皆様も一度訪ねてみてはいかがでしょうか。
井上象英
伊崎の棹飛び
本年も昨年に続いて、8月1日、滋賀県近江八幡市白王町の伊崎寺(上原行照住職)の「伊崎の棹飛び」に行ってまいりました。比叡山延暦寺で百日回峰を勤められた行者の方々が洗除無垢の浄身修行として、琵琶湖に突き出した高さ約7メートルの棹から飛び込む行事でございます。伊崎寺は、今は陸続きとなっていますが、昔は湖に浮かぶ島(伊崎島)だったそうで、湖から来る信者を迎えるため、琵琶湖に面して山門が建っています。貞観年間(859~87年)に開山と伝わっており、比叡山延暦寺の末寺で修行道場でもああります。当日は、千日会としまして大般若転読会、棹飛び、護摩供法要が催されました。
鵜戸神宮・霧島神宮
7月5日~7月7日、九州、鵜戸神宮・霧島神宮をお訪ねいたしました。
鵜戸神宮は第十代崇神天皇の御代の創建と伝えられ、その後第五十代桓武天皇の延暦元年に、天台宗の僧光喜坊快久が、勅命によって当山初代別当となって神殿を再興し寺院を建立して、勅号を「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」と賜ったとされています。
主祭神は日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)で、山幸彦(彦火火出見尊)が、兄(海幸彦)の釣り針を探しに海宮(龍宮)に赴かれたとき、海神のむすめ豊玉姫命と深い契りを結ばれ、山幸彦が海宮から帰られた後に身重になられていた豊玉姫命は「天孫の御子を海原で生むことは出来ない」とこの鵜戸の地に参られ、霊窟に急いで産殿を造っていたが、屋根の鵜の羽の茅も葺き合わぬうちに御子(御祭神)がご誕生になっり、そこで御名を「ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」と申し上げたたと伝えられています。
さらに、霧島神宮をお訪ねいたしました。この神宮のご由緒は、欽明天皇の時代、僧侶慶胤(けいいん)にお命じになって高千穂峰と火常峰の間に社殿が造られたのが始まりとされています。しかし、火山の麓であったのでたびたび炎上し、それにより天暦年間に、性空により瀬多尾越(現在の高千穂河原・古宮址)に遷されれましたが、ここも噴火の巻き添えで炎上することたびたび、そこで文明16年(1484年)に島津忠昌の命により兼慶が再建し今日に至っています。現在の社殿は正徳5年(1715年)、島津吉貴の奉納により再建した物です。ご祭神は、 天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、木花咲耶媛尊(コノハナサクヤヒメ)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)、豊玉媛尊(トヨタマヒメ)、草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)、玉依媛尊(タマヨリヒメ)で、日本の皇統に深くかかわる神様が祀られております。なお、御神木の杉は樹齢約800年と推定されおり、南九州の杉の祖先ともいわれています。どちらの神宮も、日本の歴史上とても意義のあります神宮でございますので、九州旅行の際にはぜひご参拝ください。
奈良飛鳥史跡散策
5月24日、奈良飛鳥史跡散策に行ってまいりました。今回で3回目になりますが、千数百年前、古人がそこで生き生きと暮らしていたことがそれぞれの遺跡、展示資料から思いしのばれ、毎回、新鮮な驚きに包まれます。奈良県立万葉文化館、酒船石遺跡、飛鳥寺、奈良文化財研究所飛鳥資料館(キトラ古墳壁画【青竜・白虎】特別公開)、持統稜を参観させていただきました。
中国赤山禅院を訪ねました
天台宗総本山・比叡山の直轄領であります赤山禅院の本殿には都の東北・表鬼門を守護する泰山府君赤山大明神様が祭られています。ご縁がありまして、私は、この赤山禅院の鑑定士をつとめさせて頂いておりますが、3月29日~4月1日、その赤山大明神様を中国石山赤山に訪ねる旅に出て参りました。
日本の《神社考》の記述によりますと、日本の慈覚大師(天台宗山門派の三代目座主円仁 794~864)が唐の国に行っていた時、赤山大明神が常々現れ大師の求法巡礼を加護し、慈覚大師が国に帰る途中に嵐に遭遇し危うく羅刹鬼国に流されそうになったところ、蓑と笠姿で弓矢を持った赤山明神が現われ、終始慈覚大師を守っていたとあります。
石島赤山で祀られている赤山大明神様は赤山の紅門洞に生れたゆえに赤山大明神と呼ばれるようになり、史料の記述によると、大明神は中国の古代の賢人たちが最も崇拝する日華君-太陽神で、歴代の皇帝が国家的祭祀儀式において祭る神とされています。
泰山府君につきましては、12世紀初めの日本の《今昔物語集》にその物語が記述されております。それによりますと、ある時ひとりの高僧が重病になり、弟子たちの敬虔な祈りにも関わらず一向に好転の気配がない、そこで陰陽家の安倍晴明を呼んで来て泰山府君を祭ることにより病魔を取り除こうとしましたが、安部晴明は高僧の命を助けようとするなら、誰か一人が代わりに死んで、その者の名前を祭文に書かなければならないと言ったところ、その時、高僧でもなく普段大して重く見られてない一人の弟子が師匠の代わりに死んでもいいと胸を張って出ました。法事が終わると高僧の病気はみるみるうちになおり、毅然と死を待ち望んだその弟子も無事だったという話が伝わっています。泰山府君がその弟子の誠意に感動せられ、師匠と弟子ともども天寿を加護したとされています。元来泰山府君は仏教とともに日本に伝わり、その後安部晴明をはじめとする日本の陰陽家により生と死を司る神に奉られ、祭事の対象になり、平安時代以降は、長寿、厄除け、栄達の神様となっています。私のライフワークとする観象学とも、とても近しい存在であります。
旅程は青島空港に到着後、威海に入り滞在ホテルに投宿、そこで思いもかけず青島市観光局副局長や威海市観光局局長、さらに中国円仁歴史研究会会長の方々より歓迎の花束をいただき、その後の滞在中のご案内も含めとても感激いたしました。ホテル近くの市場に出かけたところ、これもまた思いもかけず中国で出版されている手相面相の本を見かけ早速買い求めました。翌日は南山禅寺、3日目は念願の赤山禅院を訪ね、高さ約60mの赤山大明神像を参拝いたしました。まるで、かって何度もここに来たような不思議な感覚の中、赤山大明神のご縁に感謝する有益な旅となりました。今回の旅をサポートしていただきました青島市観光局、威海市観光局、烟合市観光局の皆様に、この場を借りまして改めて厚く御礼申し上げます。
象英
平成二十一年度象英会新年講演会・会員親睦会開催
平成21年度象英会新年講演会・会員親睦会が2月1日東京會舘11F「エメラルドルーム」で多数の会員の皆様のご参加により開催されました。講演会では象英先生による平成21年度の基調、各気性の運勢などが約1時間30分に渡りお話がありました。続いて親睦会食会にうつり恒例のくじ引き会が行われ、今年最初の福に多くの会員の皆様が終始和やかな時を過ごされました。
東京商工会議所 女性会 新年会
平成21年度東京商工会議所女性会の新年会が19日、帝国ホテルにて開催されました。当日は多数の会員の参加とともに、石原東京都知事を始め多くのご来賓の方々のご出席を賜り、現下の不景気を吹き飛ばすような元気に満ちた盛大な新年会となりました。象英先生は副会長としてご来賓の方々をご紹介する任を果たされました。

石原東京都知事 女性会会長
吉川 稲美
井上象英
平成二十一年度象英会新年講演会・会員親睦会開催
日時:平成21年2月1日 12:00~15:00
会場:東京會舘 11F「エメラルドルーム」
東京都千代田区丸の内3-2-1
1.講演会
  己丑(ひのとうし)九紫火気性歳の展望と「一白~九紫までの各星の
  運勢概要」
2.お食事と親睦の会
なお、本会ご出席は象英会会員の方に限らせていただきます。
Vie Cent ヴィサン 人生百歳」の「編集長対談・素敵に生きるの」取材記事掲載
雑誌「Vie Cent ヴィサン 人生百歳」の「編集長対談・素敵に生きるの」取材記事が「観象学創始者ライフセラピスト 井上象英さん 生活を豊かにする暦というもの」がとして2008・2009、12・1月号 No.115に掲載されました。ぜひお読みください。
「すこやかダイアリー」出版記念 井上象英講演会
平成20年12月10日、名古屋市今池ガスホールにて主催株式会社神宮館、後援株式会社中日新聞社による「すこやかダイアリー」出版記念「井上象英講演会~子供と歩む幸運への近道と題して象英先生の講演会が開催されます。
伊崎寺行照様比叡山明王堂、八千枚の護摩供養参座
伊崎寺行照様が比叡山明王堂に於いての最後の八千枚の護摩供養を11月2~3日の2日間に渡って九座行われました。私は2日の3時に明王堂(玉照院)に入り、4時の二座目から結願まで八座、参座させていただきました。心から感謝しております。また同日、山梨の相原ご夫妻と同座させていただき、とても苦しい正座でしたが、阿闍梨様のご加持、護摩供養に合せてのご唱和が心豊かで、結願の時まであっという間のひと時を過ごさせていただきました。
10月18日~世界文化遺産の宮島へ
10月18日~世界文化遺産の宮島へ。
海に浮かぶ大鳥居と厳島神社をはじめ、大願寺さんのご住職平山真明様のご案内により厳島弁才天を参拝させて頂きました。
護摩堂の本尊は、松本明慶大仏師作の一丈六尺の不動明王。
総白檀作りの見事さは息を呑むほどでした。
また当日は、お日柄も良く、幸せなカップルの誕生に遭遇です。
聖露加病院の日野原先生講演会
10月17日、広島商工会議所創立50周年記念講演会「いのちと平和をもっと育てよう」に出席、聖露加病院の名誉院長、日野原先生(98才)の精力的な講演を伺って、心が豊かになりました。
象英先生講演会スケジュール
講演会
日時:12月6日(土)14:00~15:30
場所:埼玉県草加市草加商工会議所3F
演題:「干支学からみる己丑年の展望」
クロワッサンプレミアム・一周年記念号「日本の暦特集」取材
クロワッサンプレミアム・一周年記念号「日本の暦特集」において、取材を受けました。私は 7ページを独占インタビューとのことです。
11月20日 全国一斉発売。
ご興味がありましたら、是非読まれてくださいませ。
神社庁研修(禮典研究会)に於いて「暦学」「風水学」の講義
9月19日~20日にかけて高知県南国市へ。 
今回で二回目です。
神社庁研修(禮典研究会)に於いて「暦学」「風水学」の講義をして参りました。
19日  
 11:00~開講式
 11:30~講義
 13:00~17:00まで講義。  
 17:00~18:00まで質疑応答。
20日 
 9:00~12:00まで講義    
 13:00~16:00まで講義&質疑応答。
 16:00~閉講式。
研修の参加者は全員が神社の宮司様か禰宜(ねぎ)様で、暦の読み方や運気の調べ方、暦と易、暦と風水の関係について興味深くそして熱心に聴講して下さいました。質疑応答の時間では私自身、とても勉強になったことに感謝しています。
伊崎の棹飛び
8月1日、滋賀県近江八幡市白王町の伊崎寺(上原行照住職)で行われました「伊崎の棹飛び」に行ってまいりました。比叡山延暦寺で百日回峰を勤められた行者6人が参加琵琶湖に突き出した高さ約7メートルの棹から飛び込みました。伊崎寺は平安朝貞観年間中、比叡山東塔無動寺、根本道場とする北峰回峰行の創始者建立大師 相応和尚(こんりゅうだいし そうおうかしょう)が開基し、以来天台宗に所属し比叡山元亀の兵難までは寺運非常に栄えたものなりとあります。伊崎寺の本尊は、相応和尚が葛川の三の滝で生身の不動明王を感得した時に得た霊木(桂の大木)で三体の不動明王を彫刻し、根本の一体を比叡山明王堂に中の一体を葛川明王院、末の一体を伊崎寺へ祀られたと伝わっています。護摩堂には湖中よりそびゆる高さ二十数メートルの一大岩石がありますが、その岩石に役小角が生身の不動明王を感見され護摩の秘法を修されたことに一大岩石を不動明王とし護摩堂としてお祀りされています。棹飛びはその護摩堂の下方より湖面に突き出した八メートル程の棹から湖中飛び込み行者達が洗除無垢の浄身修行をしたそうです。棹の材質は檜で不動明王の剣を表し棹先の鉄の環は不動明王の索を表し湖水を極楽浄土の八功徳水、浄土の蓮池としたとあります。
新宿西口広場「6月20日~22日『共生(ともいき)のこころ』展
「6月20日~22日『共生(ともいき)のこころ』展を新宿西口広場で
無事に開催することが出来ました。主催は東京商工会議所女性会。
共催:東京都。 後援:環境省。 各企業の協賛を頂いて大成功!!!。
オープニングセレモニーでは、鴨下環境大臣、石原東京都知事、
野口健アルピニスト、白熊写真家のリサ・ヴォートさんもテープカットに。
連日、カップルから家族連れの子供達までも大いにイベントを楽しんで
頂きました。 写真は私の友人が撮ったものです・・・・。

国際ロータリー世界大会に出席
6月13日~17日にかけ、国際ロータリー世界大会に出席して参りました。
シカゴ、ソルトレイクについで、久しぶりのロスでした。写真①は私の所属している
2750地区の坂本ガバナーご夫妻と共に。 ②は映画のシーンにあった
ビバリーヒルズホテルのプールサイドでのひと時。

写真① 写真②
神宮館創業100周年記念式典
神宮館創業100周年記念式典
日時:5月30日(金)14:00~
場所:浜松町「インターコンチネンタル東京ベイ」
創業は明治41年。神宮暦を卸売りする行商を始める。明治43年には自ら暦注(運勢など)を入れた運勢暦を出版。その斬新的な発想と日々の吉凶が具に分る暦が大人気に。戦後、復興もいち早く「高島暦」を出版し時代の先駆けを担う。あの、高島喜右衛門(号:呑象)氏が明治政府に功労があったと云うことで、「高島暦」のみ専売特許としたところから始まる。
私は、21年版から㈱神宮館から出版される全ての暦の執筆を任されることになりました。
上原行照様と共に伊崎寺に参拝
3月24日、上原行照様と共に伊崎寺に参拝いたしました。現在「山の阿闍梨様」と呼ばれている行照様は、12月1日をもって18年間の籠山を解かれ、この伊崎寺に入られると云うお話を伺いました。伊崎寺は貞観年間(859~877)開基と伝わる比叡山寺の末寺で、修行道場でもあった古刹。8月1日に行われる本堂奥の断崖絶壁の上に建てられた竿飛び堂から琵琶湖上につきだした長さ13mの太い竿(角材)から琵琶湖に飛び込む「伊崎の竿飛び」は年中行事の一つとして、現在も行われています。今後は同寺参堂整備や堂修復など、微力ながら努めさせていただきたいと思っております。
井上象英先生 東京商工会議所女性会 平成20年新年懇親会に出席
 井上象英先生が1月24日、東京商工会議所女性会 平成20年新年懇親会に出席されました。本年度より女性会の副会長に任命され、本新年懇親会開催におきましても多くの準備に参加され、当日は閉会の辞のご挨拶をされるなど活発な活動をされました。
 更なるご活躍が期待されます。
石原慎太郎 都知事 岡村正 会頭
吉川稲美 会長 井上象英 副会長
東京商工会議所女性会による社会貢献活動
『共生(ともいき)のこころ』展~地球環境・防災・教育について考える~
競争一辺倒ではない社会構造構築を図るという社会貢献活動の一環として、東京都をはじめ多くの団体・企業の皆様のご理解・ご協力を頂きながら、新宿という来訪者が多い場所で環境・エコロジー問題、被災地の特産品の販売・観光PR、災害対策といった社会的課題に関心を抱いてもらう場としていただくことを目的として開催されます。
私は実行委員の一人として集客やイベントの成功に向けて、頑張っています。どうぞお立ち寄りください。

【予定】
■開催日時: 平成20年6月20日(金)~22日(日)
○20日(金)は11:30~19:00
(※11:30からオープニングセレモニーを予定)
○21日(土)は11:00~19:00
○22日(日)は11:00~16:00
■会  場: 新宿駅西口広場イベントコーナー
       (新宿駅西口ロータリー横、1日の通行者約2万人)
■主  催: 東京商工会議所女性会
■共  催: 東京都
■後  援: 環境省
■協  賛: 各社
※6月20日(金)は、11:30から12:30までオープニングイベントといたしまして、ご来賓の方によるテープカットと内覧会を実施いたします。一般への開催は、オープニングイベント終了後となります。また、開催期間中は多くの各種メディア、報道関係者が取材を予定しております。
<ご来賓(予定)>
環境大臣  鴨下一郎 先生
東京都知事 石原慎太郎 先生
アルピニスト 野口健 氏
東京商工会議所会頭 岡村正 氏
井上象英先生講演会 新年懇親会
毎年恒例の「井上象英先生講演会 新年懇親会が1月27日、午前11時より東京商工会議所ビルにて、約100名の会員の方々のご参加により開催されました。
 「戊子・一白水気性歳の展望」と「一白~九紫までの各星の運勢概要」と題された1時間30分にわたる講演では戌子年の基調として政治・経済に大きな混乱、新風が吹き込む暗示、異常気象の更なる発生、北陸、東北、北海道地域における地震発生などを警戒するべしとの解説がありました。
 また、各気性の方々の本年の運勢についての解説では、会員の方々が熱心に聞き入っていました。
 講演に引き続いての会食では、象英先生が各テーブルを回り会員の方々と歓談するなど、和やかな雰囲気で会は進行し、会員有志の方による声楽演奏をはさんで、恒例の福引会が行われ大盛況のうちにお開きとなりました。
井上象英先生 新年のご挨拶
 新年明けましておめでとうございます。
 本年は戊子の年。戊は矛の古字で「茂」の意義に通じます。
十二支の始めに戻る子の象形は人の頭と手足。本来「滋」にその象意があります。
 従って本年は茂ったり増えたり・・・で〇〇ブームの再来の暗示。
また、団塊の世代のピークにある昭和23年生れの大人達が還暦を迎えます。生まれながらの競争社会で生きて来た彼らが忘れかけていた「日本人の美しい心」、そんな日本人の心を癒してくれる伝統や文化の美しさに注目することが多いでしょう。 つまりそれは回帰。モノの本質や原点を問うことが多いと言うことです。
 私自身も仕事に対する姿勢や家庭に於ける役目を問う一年にしたいと思います。そして、今年も東奔西走して活動報告を致します。
象英拝
井上象英先生 アール・エフ・ラジオ日本(ラジオ日本) 「ハープセラピスト 小倉知香子の愛の引き潮」に出演
 井上象英先生が2008年1月11日、22時30分放送のアール・エフ・ラジオ日本(ラジオ日本) 「ハープセラピスト 小倉知香子の愛の引き潮」に出演されます。放送地域の方、ぜひお聞き下さい。
井上象英先生 Datefm FM仙台 
「バッキー木場のぼくらの時間」に出演中(毎週水曜日 午前1時放送)
 井上象英先生が本年10月よりDatefm FM仙台の深夜番組、 「バッキー木場のぼくらの時間」(毎週水曜日 午前1時放送)で人生相談、暦の雑学コーナーに出演されております。仙台地方の方、ぜひお聞きください。
比叡山延暦寺 北嶺行者 大乗院 星野圓道行者、堂入り立会い
10月19日、北嶺行者 大乗院 星野圓道行者 様の回峰行七百日の成満明王堂参籠の浄行「堂入り」八日目 午前2時「取水の儀」立会いに行ってまいりました。この行は天台宗の荒行である「千日回峰行」として九日間、断食、断水、不眠、不臥のまま行を勤めるもので、七百日の回峰を終えた行者が堂にこもって不動真言を十万回唱え、不動明王と一体になることを目指すものです。闇の山中を先頭の二本の松明と八人の僧侶が持つ提灯の灯りに先導され、最後の「取水の儀」に向かわれました。生命のぎりぎりまで憔悴したお体にもかかわらず、共に不動真言を唱える信者達に歩く足をとめて一礼されたお姿にはただただ有難いの気持ちで一杯です。星野圓道行者様は今後、「堂入り」行満となられたことにより「阿闇梨様」と呼ばれ、来年赤山禅院(象英先生が毎月25日お勤めをしている赤山本宮のある寺院)を起点とする赤山苦行に、最終年は京都市内を回る「大廻り」に臨まれます。このすべてを行満されることにより「大阿闇梨様」と呼ばれます。なお、堂入り満行は6年ぶり、戦後12人目です。
*当日の記事は京都新聞電子版-星野さん「堂入り」満行 千日回峰行 断食不眠9日間にございます。ぜひ、ご一読を。
比叡山赤山禅院赤山宮月例祭執行
 10月25日、比叡山赤山禅院赤山宮月例祭を執行してまいりました。当日は、参山して比叡山明王堂の上原行照大阿闍梨様とお目にかかり、20日の「堂入り」満行の話題で再び感動を頂くことができました。嬉しいかぎりです。
熊野那智大社参拝 「不動明王尊像」奉納式立会い 
 9月30日・10月1日、熊野那智大社へ行って参りました。参拝の後、月華氏製作による仏画「不動明王尊像」奉納式に立会わせていただきました。月華氏の仏画は染色の技法を用いて製作されおり、各方面からも注目されている作品です。月華氏略歴、作品詳細はホームページ、友禅染を取り入れた仏画を描く仏画絵師 月華の「仏画の世界」へようこそ!をご覧下さい。
11月21日発売の“アン・アン”の取材 
 10月13日(土)は、神宮館で11月21日発売の“アン・アン”の取材をうけました。“アン・アン”のモデルの綱川ひとみさんと、やはり“アン・アン”の専属スタイリストの武者こずえさんも同席のなか約2時間に渡っての取材。内容は暦の歴史や見方や活用方法をお話いたしました。
 なお、象英先生は平成21年版から神宮館の各暦の原稿を監修いたします。より多くの方々に神宮館の暦をご利用いただけたらと願っています。
国際ロータリー第2690地区大会に出席 
 児島塊太郎大会実行委員長の招聘により国際ロータリー第2690地区大会に出席して来ました。
 27日(土)17:00~
 倉敷アイビースクエアに於いて晩餐会にゲスト出席。何と、西郷隆盛どんの孫、西郷隆文氏が隣の席に。「薩摩の郷中教育と薩摩焼」のお話に昔の良き時代を思いだしました。また、小倉知香子さんのハープ演奏に心癒されるひと時を頂きました。
 28日(日)9:00~
 オープニングアトラクションで久々に高橋竹山の津軽三味線を聴きました。彼女とは竹与と名乗っていた頃からの友人で、前日の夜には積もる話も・・・。昼から「私の考える経営」を京セラの伊藤謙介相談役から貴重な経営学を拝聴し、実に内容の濃い一泊2日の大会参加となりました。児島塊太郎様、小倉さんと同行二人で、とても楽しい出張となりましたこと、感謝です。 そして、お疲れ様でした。
鳴り釜神事 別名:鳴り護摩神事
 五月二十五日、京都比叡山延暦寺皇城表鬼門・赤山禅院で鳴り釜神事を執行させていただきました。
 古来「吉備津の釜」に端を発し、邪気や不浄を祓う神事とされます。
大祓い祝詞を上げる中、お釜を焚き、牛の咆哮に似た音は吉兆の証。鳴りが悪い場合、或いは音が止む場合は凶兆とされています。
 音のなっている釜を持って参列者への加持を執行し、赤山内を歩き、祓い清めて、「無病息災」「家内安全」などの祈願祭を行いました。
 当日は比叡山明王堂の千日回峰行者上原行照大阿闍梨様にご参列頂き、玉串を賜りました。とても有難く光栄な神事とさせて頂きました。
 早朝から俄かに恵みの雨が降り、赤山内を払い清めて歩くことが出来ませんでしたが、祝詞奉唱して間もなく釜は鳴り始め、やがて大きく鳴り、山内の隅々までお釜の咆哮音は響き渡っておりました。
 また、神事が終った後にはお米を個々に分け、お釜の湯を頂きました。天気も参列者も晴れ晴れとして清々しい面持ちで散会することが出来ました。

写真は
①ご神前の神饌とお釜
②大祓い奏上と祈念中(手前)
③行照大阿闍梨様玉串奉奠
④御鈴清め
⑤和気藹々とご神湯を飲む
伊勢の「お木曳き」神事
 5月17日(木)~19日(土)にかけ第62回神宮式年遷宮 「御用材奉曳」行事に随行員23人の象英会の団長として、参加して参りました。式年遷宮とは20年に一度新しいご神殿を造り、ご装束やご神宝を古式のままに調進して、 神様にお宮移りをしていただく、伊勢神宮最大のお祭りです。平成25年の秋にご遷御の儀を迎えます。
 この遷宮制度は天武天皇が定められ、持統天皇の代に内宮で始めて遷宮式が行われてから1300年余継承されてきた世界に類をみない、無形民俗文化財指定を受けた日本伝統的なお祭りです。
 ご遷宮にあたって、鳥居や社殿の全てを新しく造りかえるためのご用材を地元伊勢の神領民を初め全国から集まった一日神領民が、内宮・外宮それぞれに神柱となるご用材をお納めます。
 もちろん私達23名も13.000本の内の1本を全員で曳かせて頂きました。
 お木曳はご用材を橇に載せて五十鈴川を曳く”川曳き”とお木曳車に載せて陸路を曳く”陸曳き”があります。神領民は全員が同じ法衣に身を包み、木遣り唄や木遣り子の持つ「采」に合わせ「エンヤ!エンヤ!」と心の中から日頃の報恩感謝と無病息災の祈念を込めて「エンヤ!」叫んで参りました。 雨予想の中、好天気に恵まれ82歳の母も元気にお勤めを果たし、晴れ晴れとして帰って来れたことに感謝です。

 当日のスケジュールは
17日:東京発名古屋経由で伊勢の鳥羽へ。
18日  9:00~内宮御垣内参拝(ないぐうみかきうちさんぱい)
     10:00~お神楽
     12:00~お蔭横丁自由散策
     15:00~浜参宮 興玉神社にて禊祓い神事
     17:00 ホテルに戻る
19日  8:00~ 白装束に着替えて、お木曳神事に発
     9:00~ 「御用材奉曳」  外宮にご用材を入れ込む
     10:30~外宮御垣内参拝(げぐうみかきうちさんぱい)
     11:00~参拝の後、伊勢奉仕会の方々からおもてなしを受ける
     12:00 宮出発→ホテル到着
本当に、お疲れ様でした。
東大寺修二会(お水取り)
二月堂お松明
内陣の灯明
参籠宿所に戻る錬行衆
二月堂雪洞
東大寺執事長の北河原公敬様
奈良の鹿とツーショット
 3月13日(火)~14日(水)東大寺修二会(お水取り)に行って参りました。
 1日から14日まで連日連夜行われるお松明は長さ6メートル、重さ40キロあり、毎夜10本上がると言われております。
 19:00から始まる東大寺二月堂のお松明神事では、参籠から駆け上る錬行衆が担ぐ松明の火がはじけ、赤く染まった登廊から躍り出てくる祓いの火の粉はまるで仏様の魂魄が宿っているようでもありました。まして、二月堂から突き出され振り回される松明の炎は、自然界のあらゆる煩悩や穢れを焼き尽くし、祓い清める悔過法要でもあります。
 20:30からの大導師作法では、私も堂内の「局」と言われる一角に端座して、声明のようなお祈りを心聴しながら寒修行。(堂内マイナス5~6度)
 23:00からの「走り行法」では狭い内陣の中を下駄(?)のような履物を履いた錬行衆がとにかく走る!跳ねる!走る!そして何時しか荘厳な闇の世界に響く声明の唱句・・・・・。
 24:00からの「達陀」は火天と水天とに扮した錬行衆が内々陣の中下駄(?)のような履物を履いて鈴、鐘、法螺貝、などを吹きながら歩く、走る、踊る(?)、飛び跳ねながら達陀松明を振り回す。一瞬、堂内が火事!に・・・と思うほど大きな炎が内陣を何度も引き回され、驚きと感動で固まってしまいました。
 翌日には東大寺大仏殿、昼の二月堂、三月堂(法華堂)を拝観。また、今回の行を主導し最も大事なお祈りを司る大導師役をお勤めになりました、北河原公敬師様とお話が出来ましたことは大変光栄な出来事でもありました。 前夜に奥様から温かい一服を賜りましたことも重ねて感謝でございます。
 又一つ生涯の思い出と感動を頂くことが出来ました。

写真は「二月堂お松明」「内陣の灯明」「二月堂雪洞」「参籠宿所に戻る錬行衆」「東大寺執事長の北河原公敬様」「奈良の鹿とツーショット」
井上象英先生監修 携帯電話占いサイト「神宮館なっちん占い」が雑誌「HANAKO」(No.889 12.28号)で紹介されました。
 井上象英先生監修 携帯電話占いサイト「神宮館なっちん占い」が雑誌「HANAKO」で紹介されました。誌面では、「なっちん」の意味をやさしく説明しました。「なっちん」とは「納音」と書き、『納音というのは、人が生まれた瞬間の"音"のこと。その音が人生に影響を与え、個性を育んでいく。運命の音ね。音楽には和音と不協和音があるように、互いの"音"の相性が良ければ和音を奏でる。さらに、その年にも納音があって、時代の"音"と自分の"音"がどう共鳴するかを鑑定するんです。』という話をされ、実際に読者女性代表2名の方を鑑定し、お二人ともその結果に大満足でした。

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赤山禅院内赤山本宮御簾及び本鈴奉納祭
 伊勢神宮(外宮→内宮)の正式参拝を終えた後、平成18年9月25日(月)15:00~16:00赤山禅院内の赤山本宮に於いて御簾及び本鈴奉納祭を執行いたしました。
 11年前、泰山府君赤山大明神様そして大行満大阿闍梨叡南覚照御前様のご縁を頂いた後、赤山本宮大祭の御奉仕も4年になります。第三世天台座主・慈覚大師円仁様のご遺命によって創建されました赤山禅院のご本尊様は航路平安を守護する泰山府君様であり、赤山本宮の赤山大明神様でもあります。
 そこでこの度、比叡山延暦寺塔中皇城表鬼門を守護する赤山大明神様のご本殿に御簾(大和錦製)と本坪鈴(手打ち)そして鈴緒を奉納すべく活動致しました。
 写真は奉納した御簾と本坪鈴。そしてお祭り支度と本祭事の様子。
参席して居られる方は比叡山明王堂の大行満大阿闍梨上原行照様です。
 また、この奉納事業にご賛同して下さった方々の記名書です。(象英)

奈良飛鳥 「キトラ古墳の壁画白虎」
 5月24日(水)奈良飛鳥に行って参りました。
目的は17日間の一般公開「キトラ古墳の壁画白虎」をこの目で見て、日本最古の水時計の存在していた地をカメラに収めること。そして奈良平城京にあった陰陽町の陰陽神社(鎮宅霊符)に参拝することでした。
 剥がされた白虎の壁のみならず、日本の和暦の原点が天上画に、陰陽五行の思想が窟内全体の壁に描かれ、それは日本神話の歴史と和暦の融合した深遠な空間でした。すでに飛鳥時代、政治には正確な時を知る必要があり、祭事に於いても重要でありました。
 亀石は3畳ほどの大きさ。何のため、どうやって運んだのか?
昔、陰陽師が住んでいたと言われる鎮宅霊符神社。幣は破れ、何とも淋しい風情だった。
台北 「故宮博物館・中国古代史の研究と亀卜」
 6月1日~4日(日)の間、台北に行って来ました。
今回で12回目の台湾であり、連日の故宮博物館詣では8回目になります。目的は中国古代史の研究と亀卜を直接この目で確認することです。まだまだ工事中の内部ですが、素晴らしい歴史的美術品をたっぷりと拝見し、また新たな感動を頂きました。聞くところに依ると、在館23 年の館長様も未だ全展示品を拝見していない、とのこと。
博物館の裏山には、未開封の木箱がまだ多く保管されているそうです。写真は、今回この目で確かめたかった亀卜に彫られている干支(年号)です。古代では皇帝の名前を干支によって命名したり、占う内容に干や支を付けて表現していたことがよく分かります。
 甲骨文・亀卜に関する小冊子を博物館で購入しましたので翻訳し、ただ今研究中です。

メディア掲載
井上象英先生が2001年9月16日、日本のフォーチュンテラーとして「ジャパンタイムス」に掲載・紹介されました!
(画像をクリックすると
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(夕刊フジ 平成7年1月22日掲載分)
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