子どもと女性の権利擁護のためのデスク Protection of the Human Rights of Women and Children Desk

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St.Luke Insitute Home Page より翻訳 translated by Naoko Ichikawa 市川直子翻訳

ケーススタディー 目次

61. アラン神父(バランス)
60. ダン神父(グループセラピーの効果)
59. シスター・メアリー・フランシス(
注意欠陥障害(ADD)
58マイケル神父 Alcoholism (アルコール依存症からの継続的回復)
57
リック神父とシスター・スーTaking Small Steps in Nutritional Health(食生活を無理なく改善する方法)
56.ブラザー・ティム Bipolar II Disorder
55.
シスター・スーザン、シスター・ベス、シスター・ジョアン Leadership and Listening
54.<推薦図書>Readings for Health & Well-being 健康と満ち足りた生活のために
53.ティム神父 Cyberspace and Human Needs
52.ダン神父 Loss and Grief
51.ブラザー・ジム Isolation or Solitude
50.デービッド神父 Boundaries
49.ポール神父 Resilience
48.エリック神父、シスター・ジェーン、ブラザー・ボブ Chronic Pain and Depression
47.ジャック神父 Anxiety, Anger and Shame
46.ジョー神父 Relapse Prevention
45.シスター・ヘレン Post-Traumatic Stress Disorder
44. シスター・ジェイン Dependent Personality Disorder
43. ジャック神父 Alcoholism
42. シスター・ルス Negativistic Personality Disorde
41. ウィリアム神父 Boundary Issues in Ministry
40. ジム神父 Dependent/Avoidant Personality
39. ボブ神父 The Intervention Process
38. ブラザー・ジョン Narcissistic Personality Disorder
37. シスター・スーザン On Telling and Hearing Stories
36. シスター・ジェニー Why Deal With Past Trauma? (Sexual Abuse)
35. ブラザー・ビル The 12-Steps and Ignatian Spirituality
34. ジョー神父 Prioritizing Physical Health
33. ジョン神学生 Anxiety Disorders/Social Phobia
32. シスター・ジェイン Midlife Issues
31.シスター・メリーアン Loneliness
30.シスター・エリザベス Hoarding
29. ケヴィン神父とSr.カレン Internet/Cybersex
28. ジムとメリー/修練者 Sexual Shame
27. ジェズ教会スタッフ Trauma
26. ジム神父 Relapse: Part of Recovery
25. シスター・フラン Workaholism
24. ホアン神父 Cultural Expectations and Trauma
23. シスター・アリス Passive Aggressiveness
22. ブライアン神父 Transitioning from Residential Treatment
21. マーク神父 Spiritual Friendship
20. ブラザー・ポール 12 Step Spirituality
19. シスター・ジョイス Scrupulosity
18. サム神学生 Learning Empathy Through Pastoral Experiences
17. シスター・マージ Self-Awareness
16. スタン神父 Treating Human Formation Defects
15. シスター・メリー Managing Anger
14. ボブ神父 Body Image
13. ロブ神父 Support Groups: Challenge and Benefits
12. ジェフ神父 Loneliness
11. シスター・アンナ Continuing Care
10. シスター・マーガレット Treating Bipolar Disorder
9. ジョージ神父 Grief
8. ジョー神父 Male Depression
7. ピート神父 Trauma and Spirituality
6. スミス神父 Psychosis
5. ブラザー・ボブ Individuation & Connection
4. シスター・アン Understanding and Treating Diabetes
3. シスター・マリア Emotional Dysregulation
2. ビル神父  Narcissism
1.ジョン神父 Social Skills and Emotional Intelligence

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61. アラン神父(バランス)

ジョン・ローズ神父(セントルーク霊性プログラム部長)

48歳の教区司祭アラン神父は、ある日、司教から主任司祭として新しい教会に赴任するよう依頼された。神父は少し前から軽いうつの症状を覚えていたが、環境を変えれば改善するかもしれないと考えた。しかし、一人で生活しながら今までの倍の規模の教会を受け持つことには不安もあった。結局、従順の誓いを守りたいという気持ちと、司教の期待を裏切りたくないという思いから、この申し出を受けるのが自分のつとめだと神父は感じた。そして「きっと神が備えてくださる」と自分に言い聞かせた。

新しい職場はかつてないほど忙しかったが、神父は人の頼みを決して断らず、あらゆる人の期待に応えようと努力した。おかげで、信徒たちの反応は好意的だったが、本人は仕事に追われ、内心そのプレッシャーに押しつぶされそうだった。つまらない頼みごとには我慢がならず、高齢の信徒をどなりつけてしまったこともあった。いつもつかまらない神父に、友人たちも電話をするのをやめてしまった。神父は祈りや自分の休暇には時間を割いていなかったし、食生活も、夜遅くに寝酒をあおりながらファーストフードで済ませるような状態だった。神父は、自分のうつ症状が思ったほど改善しておらず、次第に無気力になってきていることに気づいた。

そのうちに信徒から体調の心配をされるようになった。神父は「どこも悪いところはありませんよ」と答えていたが、司牧協議会の理事長から問いただされると、ようやく自分には人の助けが必要だと自覚した。そこで司教に面会を求めると、司教はまるで友人のように神父のかたわらに座り、役に立つならどんな支援もするといってくれた。こうしてアラン神父は、セントルークを訪れ診断を受ける決心をしたのだった。診断チームは、入院してうつと全般性不安の治療を受けるよう神父に勧めた。

自分ならではの神のイメージ
霊的統合のセッションは、心理・教育・肉体の健康と並んで、セントルークの入院治療の核になる要素の一つである。神父は霊的統合のセッションを始めるにあたり、霊的な旅には魅力と同時に恐れも感じていると語った。自分の望みを神に話してみるよううながされた神父は、祈りの中で自分が「愛する神からの愛」を望んでいることに気づいた。神父は毎日30分を静かな祈りの時間に当てるようになった。神学校以来なかったことだった。次第に自分自身の中でくつろげるようになってくると、祈りの効果からさらに自分の深いところに入っていきたいという気持ちが生まれた。1カ月おきに行われる黙想の日に初めて参加したとき、神父は自分の体の中心軸がしっかりと安定したように感じ、主が自分を愛してくださると感じた。そして主の自分への愛を「実感したい」と思ったが、そのためには自己放棄と信頼が必要だということも分かった。

祈りが深まるにつれ、アラン神父はさらに深い静寂を味わい、自分が神に向かって近づきつつあるのを感じた。そして神に、私があなたにして欲しいのは、自分を救うことでも、孤独を取り去ることでもなく、痛みや葛藤をかかえる自分と共にいてくださることですと話した。すると自分の正直さと誠意を神から確かめられているのを感じた。神父は、神が自分との間にパートナーシップのような親しい交わりを望んでおられることに気づいた。そして、神が「お前に慰めを与えよう」といっておられるのを感じた。神父はこれを霊的統合のセッションで涙を流しながら語った。神父は自分が神の腕に抱かれているのを感じ、その気持ちを長く味わおうとつとめていると語った。誰かに無条件に受け入れられていると感じたのは、生まれて初めてだった。子どもの頃は父親の求める基準をどうしても満たすことができず、父親の前で自分が良い子であることをいつも証明しようとしていた。しかし、神が自分の欠点や落ち度を見ているのではないこと、また神の愛を得るために何かをする必要はないのだということが分かった。神父は神の最愛の子である自分が持っている神のイメージを内面化するようにうながされた。このイメージがあれば、今後自分の価値を疑うようなことがあっても、わだかまりのない無の境地(グラウンディング)に至ることができるだろう。

自由と成長
自分の感情になじんでくると、アラン神父は自分がたどり着いた自由の境地について語った。自分の人間らしさを喜んで受け入れ、神の前でありのままの自分を見せるよう神に招かれているのを感じていた。これによって神父は、「神が自分を受け入れてくだされば、人にも受け入れてもらえる」ということを直観的に理解したのだった。完全無欠でなくてもよく、スーパー神父になる必要はなかったのだ。そうして神父は自分の欲求にも目を向けるようになった。新たに発見した無力さと不完全さの霊性によって、神父はすべてが自分にかかっているわけではないということに気づいた。そして、大きな肩の荷が下りたように感じた。神父は、必要とされたいという欲求や、人に頼られるようにしむけてしまうという不健全なパターンが、自分の首を絞めていることに気づいた。神父は自分が幼い子どもになったように感じると語った。それは素直さと信頼の感情を内包するイメージであり、それが神父のエネルギーと希望の源になった。

霊的統合のきざし
自分の内的体験に集中し続けると、神父は目だって穏やかになっていった。祈りでもセラピーでも、ただそこに存在し、手放し、神を信頼するように呼びかけられているのを感じた。霊的統合のセッションが後半に入ると、神父は修道者として独身生活を送ることの意味がより深く理解できるようになった。また、仕事の時間とセルフケアを優先する時間との間に、より現実的な境界線を引く必要があるということが分かった。主任司祭だからといって、何でも一人でしなければならないわけではないということが、十分に分かるようになった。最終的な責任は自分にあるが、人に仕事を任せればよいのだ。健全な司祭でいるために、神父は祈り・運動・読書・継続的な研修・定期的な休みや休暇の時間を作り、加えて年に一度の黙想会と、数回の「黙想の日」に参加して、生活のバランスを取っていこうと考えた。また、これからも自分の霊性を高めていくために、たとえばキャサリン・ディックマンとL・パトリック・キャロルの共著『神秘思想家や預言者に親しむ』(邦訳なし。原題:Inviting the Mystic, Supporting the Prophet)のような本を読む決心をした。そして、ベテランの霊的同伴者と毎月会い、司祭のサポートグループに参加し、司祭どうしの付き合いも再開することに決めた。神父は自己認識を深め、神とのより親密な関係を築いて治療を終えた。

お願い
名簿の作成・アップデートにご協力ください。
皆様に届いた封筒の宛名に誤りがある場合は、同封のカードに最新情報をご記入のうえご郵送いただくか、メールでご連絡ください。lukenotes@sli.org.
訂正不要の場合、同封のカードは、当方の名簿への新規登録を希望されている方にお譲りください。
よろしくお願いいたします。


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60. ダン神父(グループセラピーの効果)


スティーブン・アレクサンダー博士(セントルークのハーフウェイハウス(中間施設)および男性向け入院治療のプログラムで精神科医として勤務。)

56歳の教区司祭ダン神父は、セントルークの入院治療を受けた人から、週3回のグループセラピーの体験談を聞いたとき、「ほかに患者5人とセラピストが2人もいる前で、自分の不健全なギャンブル行為を細かく話すなど、まっぴらだ」と思った。神父は家族や友人から得た、自分では「借りた」つもりの金を、常習的なギャンブル行為につぎ込んでおり、その手におえない自分の行為を恥じていた。そんな話を人にするのは一対一でも大変なのに、グループの中で気楽に打ち明けることなど、とてもできそうになかった。その上、気持ちを口に出すという考え方が気に入らなかった。人前でそんなことをすると考えただけで、ぞっとした。実際のところ、治療に訪れるまで、神父はしばしばある種の「ネガティブな」感情、特に怒りを意図的に無視しようとしていた。神父が育った家庭では、子どもたちは怒りを見せてはいけないと教えられ、ときにはただ悲しそうな顔をしているとか、怒っているように見えるというだけで、しかられたのだ。

グループセラピーの開始
このような事情を考えれば、グループセラピーの日が近づくにつれ、ダン神父が不安を覚えたのも無理はない。しかし、セラピーに参加してみると、意外にも、自分が話す前に、まず古株のメンバーがそれぞれ治療を始めた理由や自分の育った家庭環境について語るのをじっくり聞かされることになった。神父が最初にびっくりしたのは、私生活をこまかに話すほかのメンバーたちが、驚くほどオープンで正直で、しかも周囲を信頼しているように見えたことだった。しかも中には、この治療法のおかげで自己感覚が改善され、自分の問題の根本原因や、それとどう付き合い、対処すべきかよく分かってきたとまでいう人がいるではないか。さらに驚いたことに、話を聞けば聞くほど、自分にもこの治療法が役立つのではないかと思えてきた。グループには、ほかにギャンブル依存症の人はいないようだったが、感情の問題や家庭環境という点では、みな自分とよく似ていた。おかげで、神父の孤独感はやわらいだ。そればかりか、自分の問題を人に話さなければならないというプレッシャーが、わずかだが減っていることに気づいた。その場にいる人たちが自由に語り、お互いを受け入れているのが肌で感じられたからである。最初にこうした体験をした神父は、もしかしたらグループの人たちが自分を裁くことなく受け入れてくれるかもしれないと考え、それに賭けてみようという気になった。しかもグループには、自分は怒りをもてあましているとはっきり口にし、怒りを第一に認め、怒りに気づいたとたんにそれを適切に表現する方法を知っている人が2人もいた。ダン神父は、まるで自分自身や自分の味わってきた怒りを彼らが代弁してくれているように感じた。

神父が話す番になった。初めはまだどこか緊張してはいたが、思い切って自分のギャンブル依存のあらましを打ち明け、「入院させられて、大勢の人をがっかりさせた」ことへの恥の気持ちを話した。さらに、信徒や家族、友人の信頼を裏切ったという挫折感も話すことができた。話している自分を、ほかのメンバーや2人の補助セラピストが支えてくれていることに気づき、ほっとした。というのも、たしかにほかの人たちが話すときには、明らかに皆に受け入れられており、話し手もそう感じている様子には気づいていたが、自分も同じように公平に扱ってもらえるだろうかと、どこか疑っていたのだ。神父は自分の安堵感に気づいて嬉しくなり、いつも心地よいと感じているよりももっと深くその気持ちを受け止めようと意識した。しかも、セラピーが始まる前の、不安な気持ちで過ごした数日間にくらべ、疲労感やストレスがやわらいでいることを認めないわけにはいかなかった。セッションが終わり、セラピストたちが退出すると、古株のメンバー数人が、さらに励ましの言葉をかけてくれた。その肯定的な働きかけのおかげで、神父は次のセッションでももっと自分のことを話していこうという気持ちになれた。

感情表現を学ぶ
数カ月にわたる治療のあいだ、ダン神父はこのやり方を続け、ときにはギャンブルや強い否定的な感情に対する自分の恐れについて、あえて多くのことを打ち明けるよう努力した。神父はグループを自分の勇気や動機付け、やる気の源として活用し、そこで新しい行動パターンをつぎつぎと試してみた。グループが、正直なうち明け話やフィードバック、その瞬間の感情表現を大切にする安全な場として機能したのである。ほかのメンバーがそれぞれ自分の感情をどう扱っているか、自分の依存症にどう対処しているかを観察しつづけた神父は、ときが経つにつれて、自分自身が何を感じているのかがよく分かるようになり、感情表現もうまくなった。かつてしていたように、そうした感情を賭博におぼれるまで抑えることもなくなった。さらに、自分が怒りを感じたら、グループのほかのメンバーに知らせる練習まで行った。自分でも驚いたのは、ある日のセッションで、男性の補助セラピストに向かって、彼には自分の父親に似たところがあり、それで彼に腹が立つのだと話したときだった。この瞬間が、ダン神父にとって本当の意味でのターニングポイントになった。それまでは自分の怒りが手におえなくなるのではないかとか、相手が自分を罰するのではないか、あるいは何らかの形で仕返しをされるのではないかといった、原家族で現実だったことをいつも恐れていたのだから、なおさら大きな転機といえた。

新しい行動パターンを練習する
恐ろしい「ネガティブな」気持ちを含めて感情全般を扱うこのスキルを新しく身につけたことは、ダン神父にとって大きな自信になった。おかげで自宅に戻ってからは、そうした情動について人に話せるようになり、ふたたびギャンブルでそのはけ口をつくることはなくなった。ありがたいことに、グループセラピーを体験したことで神父はとても自由になれ、人間関係で自分が感じている気持ちを適切に表現するといった、新しい行動パターンを練習する余裕がでてきた。練習の過程では、グループの仲間やセラピストたちから、安全や支持が感じられるような方法で、重要なフィードバックをもらうこともできた。ダン神父は、嗜癖行動が「自分のせい」ではないにせよ、やはり自分にはその行動に対する責任もあれば、いずれ復職すべくギャンブルから足を洗って更正する責任もあるのだと、納得することができた。自宅に戻り、サポートチームの支援を受けるようになると、すぐに神父は自分が徹底的に正直になれることや、チームのメンバーには防御的な態度をゆるめて接することができることに気づいた。いずれもグループセラピーを経験したおかげである。

信徒として年末の募金をご検討される際は、是非このセントルークを寄付先に加えていただき、セントルークのケアを必要とする男女の修道者・聖職者にご支援を賜りますようお願いいたします。


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59. シスター・メアリー・フランシス(注意欠陥障害:ADD)


ジョセフ・P・コリンズ・Jr.(オステオパシー医。精神科医。セントルークで診療部長を勤める。)

メアリー・フランシスは42歳の修道女で、郊外にある活発な小教区で宗教教育の責任者をしている。子どもや青少年、成人向けの宗教教育プログラムを広げるアイディアがたくさんあった彼女は、やる気満々でこの職を引き受けた。過去の仕事ぶりをふり返ると、業務や計画の切り盛りに苦戦することも少なくなかったが、いつもその無限とも思えるエネルギーを発揮して、どうにかこなしてきた。本人の態度が明るいので、仕事にやり残しがあっても、周囲はつい大目に見てしまうのだった。

彼女は着任早々、自分の提案を学校の年度初めから実施しようと考えた。初めのうち、スタッフや信者からの反応は歯切れが悪かった。主に上がったのは、限られた期間で実行に移そうとすると、かなりの業務量になるのではないかという不安の声だった。しかし彼女は、心配は無用だといって周囲の信用を取り付け、どんどん計画を進めていった。

ところが、ある日突然、彼女は精神的に参ってしまった。仕事を切り盛りする能力や集中力がどうしてもうまく働かなかった。そうした注意欠陥障害(ADD)の症状は、それまで知的で快活な性格でいつもカバーしてきたが、ストレスが増して、もはやそれができなくなっていた。

数週間もたたないうちに、彼女は夜3−4時間しか眠れなくなっていることに気づいた。しかし不思議なことに疲労感は少しもなく、一日中働き続けられるだけのエネルギーが十分にあった。しかし、実際に片付けた仕事は多くなかった。頭の中はプロジェクトのアイディアであふれ、夜更けにテレビ・ショッピングで衝動買いをしては、秘密の口座で代金を支払う日が続いた。

数日後、気分が落ち込み始めた。自分を責め、罪悪感にさいなまれるようになった。睡眠パターンが再び変化し、今度は一度寝ると12時間目が覚めず、朝なかなか起き上がれなくなった。食欲が高まり、10キロ近く太ってしまった。共同体の姉妹や友人との付き合いも避けるようになった。また、死にまつわる考えもたびたび浮かんだが、幸いなことに、自分を傷つけたいとは思わなかった。自分の感情を抑えることができず、涙もろくなり、ときには周囲の言動にいらだつこともあった。

共同体の上長は、彼女にどこか入院できるところで診断を受けるよう勧めた。軽い躁状態とうつ状態とを揺れ動く気分の変動を感じていたことから、彼女は双極型障害であることが判明した。軽躁は、躁病より穏やかなものだが、過剰なエネルギー・興奮・いらつき・攻撃性という似た特徴を持っている。また、彼女は幼児期からADDをかかえていたことが分かった。

診断チームは、幼児期にADDのあった人が成人して双極性障害を発症するのはよくあることで、時おり大人になってもADDが残る場合があり、その場合は両方の病気があいまって患者の機能性をそこなうことを彼女に説明した。

治療を優先する
双極性障害による気分変動は通常、ADDの諸症状に先立って治療する。一般には、まず気分安定剤が処方される。シスター・メアリーの場合は、双極性障害より症状が軽かったため、ラミクタールという安定剤を勧めた。数週間かけてこの薬をゆっくり増やしていくと、彼女の気分は安定し始めた。うつが改善され、本人は元の自分に戻ってきたように感じた。

安定剤にはこのほか、リチウム、デパコート、トリレプタル、トパマックスがある。いずれも、さまざまなレベルの躁うつ症状に有効である。精神科医は、できるだけ患者の症状に合わせて安定剤を処方する。たとえば、急性の躁状態にある人には、リチウムまたはデパコートによる効果が期待できる。安定剤にはそれぞれ異なった副作用があるので、患者ごとにそれを考慮しなければならない。ときには、さらに抗精神薬を使って安定剤の効果を「後押し」する場合もある。最近の抗精神薬には、セロクエル、エビリファイ、リスパダール、ジオドン、ジプレキサなどがある。シスターはしばらく少量のセロクエルを飲んで、ラミクタールの効果があらわれるのを待った。

彼女の気分が安定すると、さらに数回の問診と一連の神経心理学検査によって、引き続きADDの症状が出ているかどうかの診断を行った。その結果、ADDと診断してほぼ間違いなさそうだった。彼女はADDの治療薬を試すことに同意した。この場合の選択肢は、一般にストラテラまたはいわゆる「覚醒剤」であるリタリン、コンサータ、アデラール、ビバンセのいずれかになる。シスターにはストラテラを勧めた。覚醒剤に比べて新たな軽躁症状を起こしにくいと考えられたからである。ストラテラを30日試すと、彼女は仕事への集中力が増したと報告した。神経心理学検査でも、この認知分野に改善が確認された。

安定を維持する
シスター・メアリーは、自分がかかえるADDと双極型障害について知りたいと考えるようになった。彼女は、躁うつ病の場合は特に薬の定期的な服用が必要なことを学んだ。気分が良くなっても、薬は続けなければない。突然やめると、うつや軽躁の症状を引き起こすことがあるからである。双極性障害の人には、身近な家族や親類にうつや躁うつのような気分障害をかかえた人がいる場合が多い。彼女は、再発に気づいたら教えてもらえるよう、共同体の姉妹にうつや軽躁の初期症状について説明した。双極性障害が再発するおそれはあるが、彼女の病状は薬で十分にコントロールできるものなので、仕事に戻って、充実した毎日を送ることができると思われる。


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58.マイケル神父(アルコール依存症からの継続的回復)
マーガレット・パクルスキ(医療ソーシャルワーカー、臨床ソーシャルワーカー。セントルークの外来科で臨床心理士として勤務。)

47歳の小教区司祭マイケル神父は、過去に何度か問題行動を起こして治療を受けていたが、相変わらず仕事のことで信徒とぎくしゃくしていた。教会の発展をめざした大掛かりな計画があるのに、信徒たちが自分の思ったように動いてくれないのが不満で、しょっちゅうむくれていた。一方、信徒たちは、神父がとても口やかましく怒りっぽいので、計画に参加しようという気がそがれると感じていた。神父は、司牧者としての自分の仕事がうまくいかないのをすぐ他人のせいにするくせに、自分の態度のおかげで周囲が迷惑していることには、なかなか気づかなかった。また一部の信徒からは、神父の飲酒について心配する声も上がっていた。しかし神父は、何を大げさな、そんなことを言われる覚えはない、といって取り合わなかった。セントルークの入院治療が始まると、ほかの参加者の話に思い当たるところがあるかもしれないからと、AA(アルコホーリクス・アノニマス)の会合への出席をすすめられ、神父はしぶしぶそれに応じた。驚いたことに、ほかの出席者の発言の中には、自分にそのまま当てはまるような話があった。たとえば、飲酒はいつでも止められると思い込んでいて、実際に飲まなかった時期もあるが、決まって長続きしないとか、酒の量が増えたのを、それだけ仕事のストレスが大きいからだと自分に言い訳していた、あるいは、人から飲酒のことを問いただされるたびに防衛的になりカッとしてしまう、といったことである。

鍵は受け入れること
自分がアルコール依存であることを受け入れてしまうと、飲酒をやめること自体は回復の第一歩にすぎないということを神父は悟った。というのも、自分のものの見方自体に深刻な問題があることに気づいたからである。それは、他人の問題点や状況の改善すべき点に、いつも意識が向いているということだった。AAのビッグブックとよばれる基本テキストには、次のように書かれている。「心がかき乱されるのは、人や場所や物事や状況といった、自分にかかわる何らかの事実が自分にとって受け入れがたいものだからで、その人や場所、物事、状況を、今この瞬間、あるがままに受け入れない限り、心の静謐さを見出すことはできない。神が作られたこの世界に起こっていることに、間違って起きてしまったことなど決してない。自分のアルコール依存も、それを受け入れたからこそやめることができたのだ。同じように、人生も完全にそっくりそのまま受け入れなければ、幸せになれるはずはない」。
マイケル神父が入院中に参加したセントルークのセラピーグループも、AAの12ステップワークにうまく生かされたものになった。神父は、12ステップの「正直になる」「心を開く」「やる気になる」という3つの姿勢を実践することを学んだ。神父にはすぐにカッとなって人を批判するところがあったが、セラピーグループのメンバーたちは、それだから神父と一緒にいたくなくなるのだということを、直接丁寧に説明してくれた。かれらのおかげで、神父は自己敗北的な自分のふるまいがどのようにして問題を招いているのか、鏡を見るようにはっきりと理解することができた。自分が不満に思っている人間関係の問題の原因はそこにあったのだ。人を見下すような態度をとっているという、メンバーからのフィードバックに対して、神父はその態度が自分の自己評価の低さを隠して他人と距離を置くための自己防衛だということを認めることができた。それは、自分の自信のなさを人に知られたくないという気持ちから出たものだった。自分が防衛的な気持になっているときに思い切ってそのことを口に出したおかげで、周りの人たちの手助けが可能になり、おかげで自分が隠そうとしているものが何なのかを気づかせてもらったのである。また、他人を変えることはできないのだということも、マイケル神父は理解した。そして自分で変えることのできる唯一の人間、つまり自分自身に意識を向けるようになった。神父は、セラピーグループで得たフィードバックについて深く考えていくうちに心が解放されてゆき、人を非難したいという衝動が生まれた瞬間に、そのことに気づくようになった。そして、その衝動を感じたときは「自分はここで何をしているのだろう。この人を非難するかわりに協力しあうにはどうしたらいいだろうか」と自分に問いかけるようになった。これによって態度が変わったおかげで、神父を支えてくれるような仲間づきあいがいくつか始まった。そして、その関係の中で、人に助けを求めることも、人を助けることもできるようになった。こうした関係のおかげで、神父は、たとえ不満に思ったときでも、ステップをさらに先へ進もうという意欲を高めることができた。神父にとって特にありがたかったのは、AAのスポンサーとの関係だった。飲まない生き方(ソブラエティ)を長年実践している人で、神父が12ステップの最初の3ステップを実践する手助けをしてくれた。

日々の回復
セントルークの入院治療を終えた後も、マイケル神父はセントルークの外来セラピーグループの一つとAAの会合とに参加し続けた。そして、スポンサーと一緒にステップ4から6に取り組んだ。4.「恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行ない、それを表に作った」。5.「神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた」。6.「こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った」(『12のステップと12の伝統』AA日本出版局訳編より)。この3つのステップに取り組むうちに、グループのメンバーたちは、神父の態度がほかの面でも変化してきたことに気づいた。神父は自分の今の状況を報告しながら、自分にどのような感情が生まれ、それが行動にどう影響しているかについても率直に打ち明けてみせた。また、相手に何を感じているのか積極的にたずね、勝手な思い込みをせずに人を理解しようと努めるようになっていた。それだけでなく、他人に非現実的な期待をしているという指摘を受けたときにも、素直に耳を傾けることができたのである。
小教区の司牧でさまざまな問題を起こしていたマイケル神父だったが、回復のプロセスが進むにつれ、その厳格な性格パターンはやわらいできた。自分の「性格上の欠点」に以前ほど縛られなくなって霊的生活が深まり、対人関係スキルも向上した。教会の人たちが以前よりも進んで自分の仕事に協力してくれるようになったのに気づき、神父はよろこんだ。また、12ステップ・プログラムに約束されたことのいくつかが、日々の生活の中に現れていることに徐々に気づき始めた。自分の力でできないことを神がしてくださるのだということが分かったのである。


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57.食生活を無理なく改善する方法(リック神父とシスター・スーの事例)
エレン・M・グリフィス(登録栄養士・公認栄養士・公衆衛生学修士。セントルークで臨床栄養士として勤務。)

リック神父は、調理師のいない司祭館で生活しながら、週に2日、地元にある3カ所の病院で働いている。通勤途中にあるドライブスルーのファーストフード店がお気に入りで、よくコーヒーを買い求めていたが、そのうちに、卵と肉をはさんだサンドイッチも加わるようになった。ワイシャツがきつくなってきたなと思ったときには、すでに体重が増えていた。そこで神父は、朝食は自宅でシリアルとバナナ1本にしようと決心した。1週間後にふり返ってみあると、この朝食は準備に時間がかからないし、メニューも十分満足できるし、お金の節約にもなっていることが分かった。
難点は運転中のコーヒーがなくなったことだったので、自宅で淹れたコーヒーを携帯用の保温マグに入れて出かけることにした。その週末には、とりたてて不満もなく、ドライブスルーに寄りたいとも思わなくなっていたが、やはり店の上質なコーヒーの味が懐かしかった。そこで、素人の自分でも美味しいコーヒーをいれる方法はないだろうかと考え、自宅用の上等なブレンドをいくつか試してみることにした。好みの味が見つかると、それからは朝食のコーヒーが楽しみになり、助任司祭も家の中に漂う香りに誘われて、一緒に朝食をとるようになった。こうして神父は、自分が新しい習慣にほとんど無理なくなじむことができ、また、人間関係でも経済面でもプラスの効果がでていることを実感できた。次は、体重を減らすためにほかの生活習慣を変える方法である。カロリーを減らすか、運動量を増やすにはどうすればよいだろうか。
リック神父はテニスが好きだったが、週に1度テニスをしている司祭仲間にはめったに加わらなかった。コートの使用料を払う金銭的な余裕もなかったし、週に半日もテニスに当てるのは虫が良すぎる気がしていたのだ。そこで、ためしに1週間だけ午後の試合に付き合ってみようと考えた。テニスの腕は少々落ちていたが、仲間とわいわいテニスをするのがとても楽しいことにも気づいた。そこで、テニスを生活の一部に取り入れ、病院の仕事はそれに合わせて調整することにした。病院勤務の日は、夕方渋滞する時間が過ぎるまで、場所を見つけて早足のウォーキングをした。毎週体重計に乗り、体重が元に戻って服のサイズが合うようになると、達成感を味わうことができた。

新しい生活習慣を作る
シスター・スーは幼稚園の先生で、キャリア30年のベテランである。身長は150センチ、成人してからずっと太り過ぎの体型のまま過ごしてきた。教師としては優秀で人気も高い。毎週金曜日の午後になると、子どもたちへのご褒美としてお菓子を出していたが、私生活でも週に一度自分にご褒美を出していた。20人の5歳児を相手にする平日のあわただしさを忘れてゆっくりするために、週末は家に帰ると安楽いすに足を伸ばし、テレビを見ながら好きなチョコレートキャンディを食べていたのである。
去年、主に生活習慣を原因とする2型糖尿病にかかっていることが分かり、食生活を変えなければと絶望的な気分になった。手始めに1週間、口にするものをすべて書き出して、自分の食生活を見直すことにした。自分の好みをよく調べると同時に、それが良いとか悪いといった決めつけはしないように注意した。これは、理解を深めるためのテクニックである。どうやら、金曜の午後のキャンディの大食いを止めるところから始めるのが良さそうに思えた。糖尿病の人は、血糖値を調整する薬を飲んでいてもキャンディを無意識に食べてはいけないことが分かったからである。そこで、テレビのお気楽ドラマを見ながら食べるキャンディは3粒までと決めた。最初の週に気づいたことは、ドラマを見ていてハラハラすると、ついキャンディを食べ続けてしまうということだった。そこで、シスター・スーは自分を責めずに、キャンディの量を減らすための別の作戦を考えた。
翌週は、番組を見る前にキャンディを台所にもって行き、ハーブティーを1杯飲みながら食べた。こうすれば、テレビを見ることとキャンディを食べることを切り離せるのではないかと思ったのだ。この作戦は功を奏し、テレビは2杯目のお茶を飲みながら楽しむことができた。
キャンディの制限は、シスター・スーにとっては習慣の変化だったので、効果があったとしても、数週間実践した後でプラス・マイナスをきちんと評価する必要があると思った。結果的に、自制したことから生まれた心理的・肉体的な利点にくらべれば、キャンディの大食いができなくなったことなど、ささいなものだという感じがした。創意工夫をしながら自分の力で生きるロビンソン・クルーソーのように、シスター・スーはやればできるという自己効力感を味わい、この新しい健康的な習慣を1年間続けることができた。これは糖尿病にかかってから始めた唯一の新しい習慣だった。また、ささやかな努力をして、幼稚園の子どもたちにあげるご褒美は、食べ物でないものに変えた。新しいご褒美は子どもたちにも気に入ってもらえたし、自分にとっては、おかげで昔の食習慣をありありと思い出すこともなくなった。小さな変更を重ねていくうちに新しいパターンができあがり、食べることと他の習慣との結びつきが次第に薄れていった。こうして彼女は新しい習慣を続けることができたのである。

<人事異動のお知らせ>
12年にわたり、セントルークの教育部長とルークノーツの編集長を勤めたリン・M・レヴォ博士(カロンデットの聖ヨゼフ修道会会員)が、このたび退職されました。レヴォ博士は、しばらく研究休暇を取られたあと、コンサルティング・サイコロジストとして、米国内外でワークショップや講演などの仕事を続けられる予定です。今後とも、メリーランド州シルバー・スプリングのセントルーク・インスティテュート、および英国マンチェスターのセントルーク・センターの協力者として、特定のワークショップで専門知識を提供していただくことになっています。
サイコロジストとしてはもちろん、他の専門家の能力を最大限に引き出す博士の力量のおかげで、ルークノーツは非常に内容の濃いものになりました。それは、これまでの寄稿者が一人残らず、編集長としての博士から惜しみない助言や励ましをもらってきたからに他なりません。(連絡先:lynnlcsj@gmail.com)
なお、新しい編集長には、臨床ソーシャルワーカーのマーサ・キーズ・バーカーが任命されました。マーサは、セントルークで修道女のためのタリタ・ライフ・プログラムの個人セラピストをしています。(連絡先:marthak-b@sli.org)
(セントルーク・インスティテュート院長・CEO、エドワード・J・アーセノールト)


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15.霊性と回復 Vol. III No. 4 1999年9/10月号


マイケル・フォンセカ(医療助手、全米認定カウンセラー、認定プライバシーコンサルタント。セントルークで霊性養成コーディネーターを勤める。)

心にわだかまりや曇りのない人は、自分といても、他者といても、神といても、くつろいでいられる。この心の澄んだ、解放された状態を「本物の自分」またいは「統合された自己」といいかえてもよい。セントルークにやってくる人にとっての回復への旅は、心の曇りを晴らしていく旅とみることもできる。そしてこの旅は、霊的なものであると同時に、心理的なものでもある。
霊的生活の難題は、自己とも、他者とも、神とも親密な関係をきずきあげることだが、真の霊性をかんがえる上で忘れてならないのは、自分自身と深く交わることなしに、神と真に交わることはできないということである。また、人から感化されたり、意見されたりする経験を遮断していては、神や自分に心を開くことはできない。真の霊性をはぐくむには、自分の過去、家系、性格上の特徴や限界を受け入れ、自己・他者・神への回帰に少しでも近づけるような行動変容をおこす必要がある。すなわち、自分や人にたいして抱いているさまざまな怒りに目を向け、すすんでそれらを手放すことである。
内に隠した秘密と親しくなるにつれ、真の神との出会いの場は、忘我の幸福より前に、まず苦しみであるということが、次第に分かってくる。自分の恥ずべき秘密を、少なくとも数人の、自分にとって重要な人たちに打ち明けて手放すことは、霊操の基本のひとつであるが、それをしなければ、わたしたちの神との関係は、ぱちぱちと燃えあがると消えてしまう線香花火のようなものに終わる。そう考えると、教会がこれまで何世紀にもわたり、罪の告白という習慣を、和解の秘蹟という形で、また感謝の祭儀の中で守りつづけてきたのは、驚くべきことではない。また、12ステップとして長く受け継がれてきた原理も同様に、神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認め(第5ステップ)、それを回復の土台としてきた。

秘密が生むみせかけの霊性
秘密を持つのは、心の曇りを晴らすのとは正反対のありかたである。秘密は自分が作ったものであれ、人から打ち明けられたものであれ、わたしたちの心を苦しめるが、それは恐れや恥の気持ちが生じるからだけでなく、思考や行動に、うそや否認のような防衛機制がはたらくようになるからである。秘密は「自分にくつろぐ能力」を破壊し、他者や神との有意義な関係をだいなしにしてしまう。
人はどのようにして秘密をもつのだろうか。まず、秘密は家系に由来する場合がある。問題が世代を越えて受け継がれる、アルコールなどの依存がその例である。また、有害な行為がもたらした結果が秘密になることもある。自分の苦痛や孤独感、怒りを和らげるためにしてしまった行為が罪悪感や羞恥心を生み、それがさらなる有害行為をあおり、自己評価の低下と有害行動という悪循環におちいるケースである。秘密の核には、羞恥心と恐れがある。羞恥心は、自分があるべき人間ではない、「欠陥品」にちがいないという思いから生まれる。羞恥心には恐れがつきものだが、それは誰かが自分の秘密をあばき、悲惨な結果を招く危険といつも隣り合わせだからである。
秘蹟の執行者である司祭が、秘密という「悪魔」を背負っていれば、その霊性はおそらく、典礼その他の儀式を「演じる」ことによって本質的に成り立っているとみてよい。祭壇はステージに、感謝の祭儀はひとつの演目になり、自分は主役として注目の対象である。神と信者は、自分にとってつねに奉仕の対象であり、個人的な関係は必要がない。
「神にたいして、わたしは小教区の仕事を通じて一日の多くの時間をささげる部下のような立場だ」ある奉仕者がかつてこのようなことばを口にした。かれの頭には、私的な時間を神にささげなければという意識は少しもなく、自分の時間をたいがいは自己敗北的な行動に費やしていた。このような奉仕者は、神と一対一で、じっくりと真剣に向き合う時間をわざわざ持とうとはしない。中には、自分の公的なイメージと、隠された、秘密の生活とが一致しない人々もいる。彼らは混乱や罪悪感をかかえながら生きている。無力感と絶望にとらわれたまま、言い訳、否認、うそでその場その場をしのいでいる。

真の霊性に向かう
それでは、嗜癖行動や自己敗北的な行動をしている奉仕者が、私生活や奉仕職のなかで、真正性と本物の喜びの高みにまで達することは可能だろうか。過去の依存症者たちはどうだっただろうか。恥ずべき秘密をもった生き方から裏表のない素直な生き方へ、恐れや強迫反すう症から今この瞬間の安らぎへ、目をそらすことから向き合うことへ、孤立から交わりへ、操作やごまかしから自己放棄や無防備の正直さへと、変わることができただろうか。実際には、多くの人たちがそのような変化をなしとげてきた。その一方で、たどったプロセスは人それぞれであり、しかも人の助けが必要だった。変化は、巡礼の道をともにあゆむ仲間からの支援や刺激なしにはありえなかったし、その援助は、そのような仲間にしかできない、ほかの誰にもできないものだった。
真正な霊性のかなめには、いつも心という家をきれいにしておく必要性がある。じゅうたんの下にほこりを掃きこむのでは何にもならない。心の家をきれいにしている人は、ほこりはつねに出るものだから、掃除を日課にしなければいけないということが分かっている。健全な人ならば、死ぬまで取り組みつづけるべき性格的な欠点が自分にあることを納得し、受け入れているものだが、それと同時に、心の掃除が自分の責任である一方で、自分だけの力ではできないものだということを、徐々に認識するようになる。すなわち、わたしたちを神の似姿という原像に戻すことができるのは神だけだということが分かってくる。神はもはや、遠い、人をとがめる存在でもなければ、無能な存在でも、不必要なものでもない。いまや非常に個人的な原動力が神とのあいだに打ち立てられ、それによって自己放棄と信頼、素直さと正直さ、やがては一致にいたる真の交わりに導かれる。この親密さのみなもとは、神の愛と存在をわたしたちの心の闇や罪の奥底で味わうことにある。わたしたちに必要なのは、わたしたちを日々愛し、受け入れてくださる神の姿を信じると同時に、自分がつねに神の目の前にさらけ出されていると信じることである。説明責任のない受容は、浅薄さと自己満足を生む。詩篇139・23-24にはこの繊細な調和が表現されている。「神よ、わたしを究め/わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知ってください。 御覧ください/わたしの内に迷いの道があるかどうかを。どうか、わたしを/とこしえの道に導いてください」。
神は次第に圧倒的な存在になってゆき、その前でわたしたちの生活は、隅々まで裸になり、正しい決定にゆだねられる。生き方の基準は、したいことよりも、する必要のあることに、より重点がおかれる。自分のためにしたいことではなく、すべきことは何かが、自分の行動を決める。この神とのパートナーシップは、その人の人生や人間関係のあらゆる側面に波及する。このプロセスにこそ、自己・他者・神への永続的な回帰がある。


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56.ブラザー・ティム
(ヘティ・イルマー。臨床ソーシャルワーカー(LCSW-C)。セントルークの継続治療セラピスト)

ティムは40代後半の修道士で、共同体での生活は20年になる。アイディアマンでエネルギッシュなところが、まわりの修道士たちから重宝がられてきた。共同体では典礼の係りだが、このほかに男性の野宿生活者を保護するシェルターで調理場のまとめ役をしており、自分のアイディアをいかせるこの仕事がとても気に入っている。大学時代から料理が好きで、当時はよく、夜中まで手の込んだレシピに取り組んだものだった。料理はホームレスの人たちとのつながりにも一役買っていて、ティムは食事に来るにぎやかなかれらを「冗談連れの常連」と呼んで親しくしている。ティムの勤務時間は、寝泊りしている男たちを相手に話をしたり、奉仕活動をしたりして、所定の40時間を大幅にこえるのが常だった。かれらと過ごす時間は楽しかったが、いつも「気分がハイになって」で帰宅するため、夜ふけまで寝付けないことが多かった。それでも5時半には祈りの時間にあわせて起床するという生活をしており、とくに健康を害している様子もなかった。
ところが、この数年のあいだにティムの毎日はさらにあわただしくなっていた。数名の年長者が亡くなり、少人数の共同体ではほかのメンバーとともにティムの仕事の分担もおのずと増えたからだ。ティムに命じられたのは、年長の修道士の通院予定や共同体で使用する車の管理だった。ティムはこころよく引き受けたものの、人や物の動きをくまなく把握するのに四苦八苦し、負担が増えたことからくるストレスを感じていた。しかし、ほかの人たちもぎりぎりの思いで働いていることを知っていたので、自分の悩みを口にはしなかった。修道士たちは互いに気持ちを打ち明けることはなかったが、もともとそうする習慣もなかった。ティムは過去におぼえのある「暗い気分」がよみがえってくるのを感じ、しだいに共同体の活動に参加しなくなった。
あるとき、シェルターが資金難におちいり、ベッド数を半分に減らさなければならなくなった。ティムは長年自分が奉仕してきたホームレスの人たちを断らざるをえない事態に直面すると、挫折感に打ちひしがれた。まるで自分がその人たちを見捨てたような思いだった。ティムは怒りをおぼえ、気持ちが混乱していたが、それでも心のうちを誰にも打ち明けなかった。代わりに、いつのまにか、帰宅するとネットのアダルトサイトを漫然と眺めるようになってしまった。ウェブサイトへのアクセスはしだいに頻繁になり、夜ふけまで見つづけることもめずらしくなくなった。ストレスによる緊張が高まるにつれ、ティムはますます判断力を失っていった。なじみのホームレスの男がシェルターに泊まれなかったときは、共同体のお金を流用してホテル代を工面してやり、その男がティムのところに一晩泊めてほしいといってやってきたときには、不適切な体の接触におよんでしまった。上長からこの異常な出費について問いただされたティムは、はじめのうちこそ血相を変えて否定してみせたが、やがて事のしだいを明らかにしたため、セントルークで診断と治療を受けることになった。

診断結果と治療
セントルークの治療チームはティムを双極II型障害(躁とうつをくりかえす「双極性障害」の一種)と診断した。ティムの症状と行動に、抑うつと衝動制御障害、性障害が見られたほか、反社会性人格障害も認められたからである。また入院後数カ月間の観察では、抑うつのほか、完全な躁症状ほど深刻ではない「軽躁」症状をしめすことが明らかになった。ティム自身は、母親のうつ病や父親のアルコール依存症といった家族史をふりかえって、自分がかかえるメンタルヘルスの問題を理解しはじめた。さらにグループセラピーでは、ほかの患者から、軽躁状態になると自己陶酔の傾向があらわれると指摘され、自分に判断力が欠けていることや、特権意識があることにも気づいた。
また、治療の一環として数種類の薬が処方され、症状の緩和がはかられた。投薬は治療チームにとって、何が実際にティムの気分を安定させ、衝動性を緩和するのかを知り、ティムの症状を識別するうえで役に立った。入院治療の最終段階では、退院後のティムが双極性気分障害を自分で管理できるようにするための準備に重点がおかれた。共同体は、退院後のティムが衝動的な行動やうつ的なふるまいを見せることなく普通に生活し、修道者として独身生活を守ることを期待していたからである。

帰宅への準備
継続治療セラピストの援助で、ティムは信頼できる5人の人たちを集めてサポートグループを作ってもらい、自分が継続治療契約を守りながら生活できるよう支援してもらうことにした。ティムが治療をつうじて気づいたことや、実際に診断されたメンタルヘルスの問題を、日常生活とアイデンティティ全体にうまく統合していくための支援である。継続治療のサポートグループを作るリエントリー(復帰)ワークショップのあいだに、継続治療のセラピストはこのグループと会い、ティムがバランスのとれた生活をおくれるように、また自分の気分をこれまで以上に注意深く観察できるように援助する必要があるということを話し合った。共同体は全体として、人数が減って一人ひとりの業務量が増えた重圧からティムの躁病的なエネルギーに頼ってしまったことを認めた。さらに、ティムが抑うつや孤立の兆候を見せていたときに、そのことをはっきりいわなかったと告白した。ティムの上長は、今後ティムと月に1度面談して、回復の進み具合と、共同体にふたたびなじむための努力の成果を点検することに同意した。
ティムは共同体に帰ってから2週間以内に新しいセラピストと面接をしたほか、薬の管理のため精神科医の診察を受けた。また、地元でNAMI(全米精神障害者連盟www.nami.org)が後援する双極性障害のサポートグループを見つけた。継続治療セラピストや地元の精神科医、サポートグループのメンバーとの対話で、またうつ病や躁病になりはしないか不安だとティムが打ち明けると、かれらは支援ネットワークのメンバーとして、ティムが入院中に学んだスキルを日常生活に生かせるように手助けをしてくれた。
また、ティムは自分の仕事や奉仕活動について、以前にはなかった制限があることを共同体に伝え、了解をえた。本人は勤務時間の上限を、復帰から半年は30時間、それ以降は40時間とすることを認めているほか、休暇や十分な睡眠と休息をとると約束した。

双極性障害をかかえる人の治癒への旅は一生続く。この精神疾患には治療法がないからである。しかし、毎日きちんと薬をのみ、定期的にセラピーを受け、継続治療のサポートグループや、NAMIが後援する双極性障害のサポートグループなどから支援を受ければ、ティムはおそらく普通の生活をおくり、重い抑うつや躁状態の再発は避けられるだろう。さらに、自分の行動を観察し、感じたことを話してくれる共同体のメンバーによる見守りも、ティムにとって強い味方である。双極性障害とともに生きるというこの「ニューノーマル(新たな基準)」(訳注)に皆が順応していくにつれて、ティムと共同体の関係は深まり、豊かになることだろう。予後は良好である。

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訳注:(the new normal)新しい常態、価値観の意。サブプライム危機回復後の世界がめざす経済の前提が、元の水準ではなく、まったく新しいものになることを示唆して、米国の債券運用会社PIMCOのCEOモハメド・エラリアン氏が使った言葉。


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55.シスター・スーザン、シスター・ベス、シスター・ジョアン

リーダーシップと傾聴
(リン・M・レヴォ博士。サイコロジスト。セントルークの研修部長兼ルークノーツの編集長)

スーザン、ベス、ジョアンの3人の修道女が投票によって会の上長に選ばれ、仕事を始めてからおよそ10カ月になる。3人はこれまで、しかるべき職務をこなしながら、ある修道院で起きた火災の一件や、会が運営する施設の財政支援にまつわる問題など、予想外のむずかしい問題にも対応しなければならなかった。チームの内情はといえば、オーバーワークで仕事に追い立てられており、このところお互いの関係が日増しにぎくしゃくしつつあるのを感じている。自由時間や余暇など、どこかに消えてしまったかのようだ。現に、3人は日常業務に振りまわされていて、バランスのとれた生活をしているとはいえなくなっている。
数日前、シスター・ジョアンが思い切ってある提案をした。自分たちはどうも、恒常的に多忙な生活から抜け出せなくなっているようだが、そうなってしまったいきさつや原因を3人で話し合ってみないか、というのだった。そこで、それぞれが自分の過労の原因について分かち合った。具体的にあがったのは、周囲からの期待、とくに仕事ぶりも人間性も完璧を求められていること、一生懸命に何時間も働けば、その分だけ山積する問題を処理できるはずだと思っていること、意志が弱いとか、他人に仕事を押し付けていると思われたくないので助けを求めづらいこと、成果をあげなければというプレッシャーがあること、携帯電話・ノートPC・携帯情報端末といったハイテク機器の存在があだになっている、といったことだった。とくに、ハイテク機器のおかげで、つねに仕事ができる状態にあるので、昔にくらべてはるかにリラックスしにくいというのが、3人の一致した意見だった。3人はこの話し合いによって、以前、シスター・ジャネット・ラフィング(訳注1)がビジネス関係の記事に書いていたことを実感として理解するようになった。それは「忙しさの本当の原因は各自の内面にある。忙しさとは、精神のありようや心の癖であって、単にかたづけなければならない仕事の数で決まるものではない」ということだった。
3人とも、会への奉仕はもちろんのこと、バランスのとれた生活をおくるためにもできる限りのことをしたいという明確な意識を持っていたので、どこか改善できるところはないか考えてみようということで一致した。シスター・スーザンは、A.デイビスの書いた「耳を傾けよう(Listen)」という、前の職場で人から教えてもらった詩を見つけ出した。この詩に触発された彼女は、自分たちのかかえている問題の一部は、お互いの話に耳を傾けるのをすっかりやめてしまったせいで起きていることに気がついた。耳を傾けないどころか、お互い顔を合わせると、つい解決方法や助言を与えようとしたり、目の前の仕事から意識をそらさないために自分の気持ちから離れた会話をしがちになっていたのである。
スーザンは、3人にとって必要なのは、これまでのお互いへの関心のはらい方を変えて、それぞれが自分の話を本当の意味で聴いてもらえるようにすることではないかということに気づいた。そこで、しばらく仕事や用事から完全に離れて、お互いの話をもっとよく聴き、相手のことにもっと気を配る方法を学んでみてはどうだろうかと提案した。また彼女は、『内なる声から人を導く』(訳注2)という詩集のある箇所に、人の上に立つものは、人の話を聴くときに、修正したり、助言を与えたり、問題を解決したりしようとする習慣をやめ、相手が何をいおうとしているのかを本当の意味で聴くための心のゆとりを持つ必要があると書かれているのを読んで、意を強くした。そして3人は、自分たちがお互いの話をもっとよく聴くようにすれば、会の姉妹や、財政支援を受けている奉仕職の人たちの話も、もっとじっくり聴くことができるのではないかと気づいた。
スーザンは、お互いがゆとりを持って、より深く相手の話に耳を傾けられるようにと、詩を利用したユニークな方法を提案した。3人は傾聴のために、『内なる声から人を導く』に示されているアドバイスにしたがってみることにした。まず適当な詩を選んでから、それに関して傾聴をうながす問いを決めるのである。シスター・ベスが、ウィリアム・スタフォード(訳注3)の「あるべき道(The Way It Is)」という詩を味わって分かち合おうといいだした。彼女がこの詩を選んだのは、変化をテーマにしていることと、細い糸のイメージに魅力を感じたからだった。

君にはたどる糸がある
それは うつろいゆく物事のあいだをぬっていくが
姿を変えることはない

何を追っているのかといぶかしむ人々に
しかたなく君はその糸について語る
だが人に理解させるのは至難の業だ

君はその糸をつかんでいるあいだ 道に迷うことはない
悲劇は起こり 人は傷つき あるいは命を落とす
そして君は苦しみ 老いていく
君に時の流れをとめる手だてはない
だから決して その糸から手を離してはいけない

この詩の内容をじっくりと味わってから、次の問いかけにそれぞれが答えるのを聴いたとき、3人はある深い感覚をおぼえた。「自分の糸にあたるもの、つまり生活や仕事に関してかたく守っている個人的な信念や考えにはどんなものがあるか」「そのこだわりを支えているのは何か」「逆に障害になっているものは何か」「自分を維持するのに役立っている内なる力はどんなものか」「この詩の内容は、人の上に立つということと通じるところがあるか」。
この問いに答えようとすることで、3人は詩の内容だけでなく、お互いのことも真摯に受けとめることができた。つまり、自分がどんな人間で、人とどう関わりたいと思っているのかを、お互いに深く知ることができたのである。『内なる声から人を導く』の編集者サム・イントレーターとミーガン・スクリブナーは、詩のおかげで大切なきずなをつくり、自分の信念をたしかめ、地に足をつけ、気持ちを入れかえることができたと書いているが、3人も同感だった。3人とも、この体験によって前向きな気持ちになり、「真の変化は、自分が気にかけていることについて語るというシンプルな行為から始まる」という、マーガレット・ウィートリー(訳注4)のいっていることは本当にその通りだといい合った。

訳注1:
Sr. Janet Ruffing. 慈悲修道女会会員。博士。ニューヨーク市のイエズス会系大学フォーダム大学で霊性と霊的同伴を教える。Spiritual Directors Internationalの創立メンバー。
訳注2:
Intrator, Sam M.; Scribner,Megan (eds.) Leading from Within: Poetry That Sustains the Courage to Lead. Jossey-Bass, 2007.
訳注3:
William Stafford(1914-1993). 米国の詩人。
訳注4:
Margaret J. Wheatley. 教育学博士。組織デザイン研究機関Berkana研究所所長。リーダーシップに関する著作、講演などを行っている。著書にTurning to One Another: Simple Conversations to Restore Hope to the Future, Berrett-Koehler Publishers, Inc, 2001(邦訳『もしも、あなたの言葉が世界を動かすとしたら』PHP研究所)がある。


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54.<推薦図書>健康と満ち足りた生活のために

教育は、当院の治療プログラムになくてはならないものである。入院治療やハーフウェイハウス(中間施設)のプログラムを受けている人々も、継続ケアで通院している人々も、男女を問わず、くれぐれも休みない研鑽による自己啓発を忘れないようにというアドバイスを受ける。そうした人々からよく寄せられるのが、全人性(wholeness)をめざした生き方のヒントになる本を教えてほしいという声である。そこで、これまでにわたしたちが有益だと感じ、推薦書に挙げてきた本の一部を読者の皆さんにもご紹介したい。霊的にも精神的にも健康で満ち足りた生活をめざしている皆さん一人ひとりの関心やニーズに、多少なりとも応えられれば幸いである。

書名:Praying Our Experiences(経験を祈る)
著者:ラ・サール会会員ジョセフ・F・シュミット
出版社/年:Word Among Us Press, 2008年
自分の過去や現在の体験をそのときの感情も含めて祈り、神の応答に耳を傾ける方法を学び、その力を伸ばしたいという人に役立つ手引書である。自分の体験を祈ることは、日々の生活の出来事を神とともに振り返る行為であり、神がどのようにわたしたちの生活に働いておられるかに気づくことである。これを実践することで、人はより深い自己認識に導かれる。さらに、神との個人的で親密な関係が深まり、生活のあらゆる部分が神との交わりの材料になることを知る。
推薦者:メグ・パリッシュ(カロンデットの聖ヨゼフ修道会会員。理学修士・文学修士。セントルークの霊性インテグレーター)

書名:Timeless Healing, the Power and Biology of Belief
著者:ハーバート・ベンソン(医学博士)
出版社/年:Simon and Schuster, 1996年
(邦訳:『リメンバー・ウェルネス−医学がとらえた癒しの法則』
上野圭一(監訳)星野敦子(翻訳)翔泳社、1997年)
ハーバート・ベンソンは、「攻撃・逃避反応」とは逆の作用である「リラクセーション反応」(同名の著作あり。星和書店、2001年)の生みの親として知られる。その理論は、訓練によって自分の肉体や精神をくつろいだ状態にし、ストレスから立ち直れるようにすると、血圧・心拍数が低下する、呼吸数が減り1回の呼吸が深くなる、新陳代謝・消化・免疫機能・治癒機能が高まる、といった変化が起こるというものである。本書ではさらに一歩進んで、プラシーボ(偽薬)効果、つまり著者が現在「想起ウェルネス(remembered wellness)」と呼ぶ力が、心身の信念からどのように発揮され、自己治癒力となってあらわれるかを述べている。過去の治療法に関する多くの学術研究を丹念に検討し、それらの治療法は70%までがある時期までは有効だったのに、何の意味もないとわかったとたんに効き目が20から30%に落ち込んだという。この能力は、さまざまな形で自分の役に立つように働かせることができるものであり、信仰もその一つであるとしている。
推薦者:ダナ・ダウド(理学療法修士。セントルークの健康維持・理学療法コーディネーター)

書名:Intuitive Eating(直観的食事法)
著者:イブリン・トライボル、エリス・レッシュ
出版社/年:St. Martin's Press, 2003年
これまであらゆる制約型のダイエットを試したが長続きしなかったという人にうってつけの本である。正栄養士である著者の二人は、まずダイエット産業の繁栄を後押しする数々の根強い神話を払拭するという骨の折れる作業から本書を始めている。本書のねらいは、われわれの誰もが赤ん坊や幼児の頃そうであったような、自分の食欲にしたがって食べる人間に戻るための手ほどきである。そのような人間であるための10カ条が詳しく述べられており、そこには、空腹と満腹の違いを理解する、自分の感情の処理に食べ物を利用しない、自分のからだを大切にするといった項目が含まれている。食事によって健康と満足を得るための、バランスのとれた手法を示した本である。
推薦者:エレン・グリフィス(正栄養士、公衆衛生学修士。セントルークのスタッフ臨床栄養士)

書名:Holy Eros:Pathways to A Passionate God(聖なるエロス−情熱の神に近づく道)
著者:ジェームズ&イブリン・ホワイトヘッド
出版社/年:Orbis Books, 2009年
著者の二人はいずれも、霊性をテーマとした著作を続けており、社会科学と神学を修めた学者でもある。読者に対して、からだやセクシュアリティ、欲望に対する従来型の偏見を排するよう強くすすめている。なぜなら、それらには神聖なエロス、すなわち情熱・喜び・正義、個人や共同体の変容の源が含まれているからである。エロスというものを性的欲望に限定せず、「ほとばしるような激しい、そしてときには破壊的な力をもったエネルギーで、わたしたちをさらなる活力へと繰り返し向かわせてくれるもの」と表現している。本書では、セクシュアリティ・官能性・喜びのもつ可能性を、存在と感謝という、健全な心理・霊性の発達に欠かせない要素への近道として扱っている。またエロスを苦しみや怒り、あわれみや希望とも結びつけている。これまでの著作と同じく、内省のための問いや、このテーマをより深めていくための参考資料も紹介されている。

書名:A life at Work:The Joy of Discovering What You Were Born To Do
(仕事と生活−自分の天職を知る喜び)
著者:トマス・ムーア
出版社/年:Broadway Books, 2008年
トマス・ムーアの関心が魂のこもった生き方にあることはこれまでどおりだが、テーマは仕事やキャリアからライフワーク、一生をかけた作品、天職へと移っている。本書では、自分の天職に素直にしたがうようにと読者に呼びかけている。天職とは新しい人生への招きであり、一生のうちにその呼びかけは繰り返され、中身も変化する。読者に自分の天職を知る方法を示すだけでなく、危険を冒したり、自分を変えることも必要だと助言している。最後に、自分の天職にしたがうことによって得られる恩恵として、人生と調和すること、人生の意義や価値が保証されること、他者や人生そのものに打ち込むことで自分を発見できることを挙げている。著者にとって、これこそが聖性なのである。
推薦者:リン・M・レヴォ(カロンデットの聖ヨゼフ修道会会員。博士。サイコロジストでセントルークの教育部長)

書名:The Psychology of the Body(からだの心理学)
著者:エリオット・グリーン、バーバラ・グードリッチ
出版社/年:Dunn Lippincott Williams & Wilkins, 2004年
プロのボディーワーカー向けに書かれた手引書ではあるが、からだの心理的世界やからだと心の関係、クライアントの情動的解放、精神面の健康状態や障害の理解、精神衛生の専門家との連携といったテーマに踏みこんでいる。筋肉の緊張と心理的防衛との関係や、個々のクライアントのニーズに極力合わせるためのさまざまな方法について述べられている。あわせて事例研究も紹介され、概念的な問題と実践的な問題の両面にわたる助言・指導がなされている。からだを扱うあらゆる臨床専門家、また心とからだの関係に関心のある人々にとって有益な内容である。
推薦者:バージニア・ロッホ・バラン(マッサージ療法士。セントルーク在勤)


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53.ティム神父
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、サイコロジストの資格を有し、セントルークの研修部長とルークノーツの編集長を勤めている。)

46歳のティム神父は、5年前から地方の小教区で主任司祭を勤めている。田舎のひとり暮らしで、隣町まで車で1時間もかかる。着任した当初は、1日休みを取って母の家を訪ねたり、ときには神学校時代の同級生と過ごしたりするのを習慣にしていた。しかし、昨年母親を亡くしてから、以前ほど小教区を出なくなり、休日をひとりで過ごすことが多くなった。痩せてひょろりとした体つきで、自分は何のとりえもない「ただの平凡な」人間だと思い込んでいる神父は、若い頃から確固たる自尊心を持てずに苦しんできた。兄と始終比較され、いつも「自分は駄目だ」と思っていた。友人が少なく、教区のほかの司祭にも信者にも、親しくしている人はほとんどいない。
いまは、休日のほとんどをインターネットに「ログイン」して過ごしていて、ふと気づくと人気のオンラインコミュニティに莫大な時間を費やしているという、いわゆるネットマニアの様相を呈している。たいがいはチャットルームに入っているか、そこの参加者とメールをしているのだが、そうでないときは深夜までオンラインゲームをしながら、ときどきアダルトポルノのサイトをのぞいている。神父はそうした過ごし方にすっかりのめりこんでいて、もっとネットに時間を使いたいと思うようになっている。おかげで司牧司祭としての職務や「実生活」での人との交流がおろそかになることが出てきた。
最近、インターネットの健全な使い方と病的な使い方の特徴について書かれた記事を読んだ神父は、自分のインターネットの使い方に疑問を持ち始めた。それをきっかけに、初めて自分の仮想空間での過ごし方を反省し、自分が不健全なインターネットの使い方をしているいくつかの原因を突き止めるようになった。少し考えてみると、自分が人としての基本的な欲求の一部をインターネットで満たそうとしていることに気づいただけでなく、日常生活で自分が満たされない気持ちになればなるほど、ますますインターネットに逃げ込んでいるということも分かった。また、インターネットがどれほど自分の人間関係や奉仕職のさまたげになっているかについても、正直に振り返った。そして神父は、記事の欄外に「生活のバランスがくずれている。自分はいま二重生活をしている」と書き留めた。

インターネットの利用と欲求
ティム神父にとってライダー大学のジョン・サラー博士による『サイバースペースの心理学』という記事(訳注:http://www-usr.rider.edu/~suler/psycyber/psycyber.html)は、インターネットで満たそうそしている自分の欲求を知る上でとくに役立つ内容だった。自分がインターネットでしていることを分類してみると、ゲームをしたり、ポルノを見たりといった、社交とは関係のないものもあるが、大部分は本質的に社交にかかわるものだということ気がついた。人とのかかわりや帰属感を求める気持ちに動かされていたのである。自分の内面を振り返ってみるまでは、自分がネットでしていることが孤独感や内的な空虚感を振り払うための努力だとは、考えてもみなかった。
また、自分がインターネットを通じて達成感や勝利を味わいたいという欲求も満たそうとしていることが分かり、神父ははっとした。実際、よく利用するチャットルームの中では、そこの文化や規範を習得して人間関係を実にうまくこなし、そのグループの今後のあり方を方向づける役目さえ果たしていた。つまり、そこでの活躍が自分の自尊心を支え、一つのネット社会を築きあげるプロセスに加わっているという帰属意識を持たせてくれたので、その気持ちをもっと味わいたくてインターネットから離れられなくなってしまったのである。
またジョン・サラー博士の「ネット上で行われている活動のほとんどは、人と触れ合いたいという最も基本的な人の欲求を満たすためのものである」という見解に、神父は目からウロコが落ちる思いがした。自分はインターネットのおかげで、実際に人と顔を合わせているときよりも自己表現力が増し、思い通りに振舞え、気持ちが強くなったように感じられることに気づいたのである。そして、こうした能力を実生活で応用する方法を学ぶことが、これまでより満足のいく人間関係を作るために自分がすべきことなのだと分かった。
また、もう一つはっきりしたことは、自分が過去から引きずっている競争心や自尊心の低さ、人から賞賛されたいという気持ちに依然としてとらわれており、実生活と同じようにネット上の人間関係にもそれが現れているということだった。そして、ネットでしていることと現実の生き方が統合されていなかったために、神父の生活はサイバー上の人間関係によって幅が広がったり質が高まったりするどころか、むしろ疲弊していたのである。自分の生活が充実したバランスのとれたものになるかわりに、視野の狭い、社会から孤立した、硬直的なものになってしまっていることに気づいた神父は、いまカウンセリングを受けようと考えている。
ティム神父はサラー博士の記事を読んで、霊性というものが、自己、他者、神、そして現実の世界ときちんとかかわる在り方に裏打ちされたものだということをあらためて教えられた。真の自己に目覚めることが、このような霊性には必要不可欠なのである。ティム神父は自分が霊性の道から外れていたことに気がつき、さらにネット上の人間関係から脱するには「無名のネット依存症者たち(Webaholics Anonymous)」の12ステップの霊性プログラムが役に立つことを知った。神父はいま現実世界での人間関係も築きつつあるが、おかげで生活の質が深まり、その幅も広がっている。


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52.ダン神父
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、サイコロジストの資格を有し、セントルークの研修部長とルークノーツの編集長を勤めている。)

67歳のダン神父は、ある小さな小教区で主任司祭をしている。この小教区は大都市にあって、そこでは半年ほど前から、小教区の統廃合計画が進んでいる。教区がこの計画に乗り出したのは、司祭の不足に加えて、信徒の分布状況が、とくに都市部の小教区で著しく変化しているためだった。ダン神父はいまの小教区に着任して6年になるので、もはや教会の規模だけでなく、毎日の生活や仕事場にもすっかりなじみ、信徒たちとも気心が知れている。しかし、近隣にできた高速道路の影響で信徒数が2年ほど前から減少しているので、信徒からは自分たちの教会が計画の対象になるのではないかと心配する声があがったが、ダン神父は「ここは残るに決まっていますよ」と強い口調で否定した。
神父は計画の進捗状況をさほど気にかけていなかったが、最近になって予備報告書の廃止小教区リストに自分の教会が入っていることを知り、様子が変わった。報告書の件を耳にした直後からしばらくは、その事実を無視し、教区や同僚の司祭たちだけでなく、教会の信徒たちとも口をきかなくなってしまった。神父が教区からの電話に出なくなったので、司教代理から面談の呼び出しがかかった。ダン神父は面談にやってくるなり、自分の小教区を閉めるという決定がなされたことについて、今度は積極的に文句をいい始めた。計画の進めかたがおかしいといって怒りを爆発させ、司教もプロジェクト・チーム全体も無神経に過ぎると大声でわめき立てた。面談の最中に司教代理から、対象喪失という自分の心理的な問題を解決した方がよいのではないかと指摘され、カウンセラーか信頼できる友人と話をしてみてはどうかといわれると、神父は怒って「問題があるのはそちらの方ではありませんか」と言い返してしまった。

喪失とグリーフサイクル
ダン神父は幾晩か眠れぬ夜を過ごし、教会でも何度か怒りを爆発させたが、その後、意を決してカウンセリングを受け、自分に起きていることをどのように理解すべきか相談してみることにした。カウンセラーはまず、小教区の閉鎖によって自分にどんな変化が訪れるのかを、神父が率直にいえるよう促してくれた。具体的には、自分の居場所や主任司祭という役目がなくなることによって生じる人間関係の変化についてである。ダン神父はそうした変化についてカウンセラーと話し合ううちに、自分には失う物がたくさんあることに気づいた。
キ 愛着のあるもの――住まいや教会といった場所を離れ、主任司祭としての役割を手放し、教会のスタッフや信徒たちと別れなければならない。
キ 縄張り――物事の決定権であったり、日常業務やここが自分の居場所だという感覚を失うことになる。
キ 生活の枠組み――日課や、自分が慣れ親しんだものがなくなる。
キ 将来への期待――先行きが不透明である。
キ 意味――「なぜ自分が」いま、このような目にあうのか分からない。
キ コントロール――自分には最終決定権がない。

こうした事柄について話しているうちに、神父は、変化の影響が生活のさまざまな側面に及べば、それだけストレスは大きくなるものだということに気づいた。とくに将来への期待がもてなくなることについて話していると、自分が近い将来のことを心配しているだけでなく、もしかすると次の仕事が神父として最後の仕事になるかもしれないと考えていることに気づいて、涙をこらえられなかった。「将来」という言葉の意味ががらりと変わってしまったのである。
カウンセリングでダン神父がとりわけ有益だと感じたのは、人は変化を否定的にとらえると、積極的になる時期と消極的になる時期を交互に経験することがあるが、これは変化を受けとめるための一つの対処法であるという説明だった。そして、自分が人との接触を絶って孤立したり怒りを爆発させたりしたのは、小教区の閉鎖にまつわる避けられない喪失の悲しみを自分なりに受けとめようとして選んだ方法だったのだと納得できた。愛着のある人や物を失うことによるショックや拒絶、怒りといった感情や感覚に、つい我を忘れてしまったのである。また悲しみや喪失感がこれほどまでに強かった原因をよく考えてみると、いままで向き合ったことのなかった古い喪失体験を思い出している自分に気がづいた。これから失うものだけでなく、過去に失ったものについても嘆いていたのだ。さらに神父は、自分が至らなかったせいで小教区の信徒数を維持できなかったのではないかという自責の念があることも認めた。
数週間のカウンセリングを経て、ダン神父は自分がグリーフサイクルの途中にいるのだということを納得するところまでたどり着いた。ショックや否認、怒りだけでなく、多少のうつ状態も味わった神父は、いまでは現実に目を向けて自分の置かれた状況を受け入れる段階に来ていた。これから必要なことは、自分に起きていることの意味を理解することと、前向きに行動することだった。カウンセラーの強い勧めで、ダン神父はこの一連の変化に同じような影響を受けているほかの神父たちと連絡をとったが、彼らに胸のうちを話し、励ましをもらうことで、孤独感がうすらぎ、癒しのプロセスがより楽になった気がした。また、ほかの司祭たちとの会話がきっかけで、死と復活は人生に何度もやってくるというドイツの神学者カール・ラーナー(1904-84)の思想にも触れることができた。さらに、信頼する年上の司祭の勧めにしたがって、自分の苦しみを祈りのうちに神に捧げ、神とともに嘆き悲しんだ。詩篇を利用して神に心の葛藤を打ち明け、神に向かって自分や信徒たちとともに歩んでくださるよう願ったのである。
祈っているうちに、ダン神父は、小教区の閉鎖によって影響を被っているのは信徒たちも同じなのだということに気づいた。ちょうどグリーフワークという心の作業を終えたのと相まってこの気づきが生まれたおかげで、神父は信徒たちとの交流の再開と、彼らのグリーフプロセスの支援に乗り出すことができた。もはや、教会のメンバーたちとともにいて、失われるものをともに悼むだけの精神力が自分の中にあるのを感じることができた。喪失を悼むという行為は、いいかえれば、彼らとともに喪失の悲しみを味わい、失われていくものを認め、受け入れ、別れを告げることであり、信徒が皆で前へ向かって進んでいけるように自分たちの過去にけじめをつけたり、新たな愛着物を育てていったり、新しい信仰共同体を作っていく方法を編み出すということである。
ダン神父は、自分はこの変化の一部始終を味わったおかげで、新しい洞察とスキルに恵まれたと思えるようになった。変化とグリーフに対処する際には、人からの支援や他者との関わりが重要だということが分かっただけでなく、常に現在の自分の感情とともにあって、その声に耳を傾け、健全なやり方でその気持ちを表現する方法が身につきつつある。また、いま起きている変化や喪失への過剰反応は、無視したり見過ごしてしまった過去の喪失体験から生じている場合があるということも学んだ。さらに神父は、グリーフのプロセスは人それぞれであり、喪失に対する「典型的な」反応というものはないということを知ったおかげで、小教区の閉鎖という変化を受けとめようとしている教会の人たちに、以前よりも忍耐強く寄り添えるようになった。
最後に、ダン神父はいま、試練に向かうときには大切なのは、人事を尽くし、その後は神の計らいに委ねるという人間性と霊性をともに生かすあり方ではないかと考えている。エレミア書29章11節は、神父にとってこれまでとは違った意味を持つようになった。「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」。


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51.ブラザー・ジム
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、サイコロジストの資格を有し、セントルークの研修部長とルークノーツの編集長を勤めている。)

修道士のジムは、腕のよい優れた教師で、生徒の評判は良く、同僚の教員からも高く評価されている。仕事ぶりがまじめなだけでなく、共同体に貢献する人材として認められている。そのジムに数カ月前、親友が亡くなるという出来事があった。職場の同僚で、同じ共同体の人だった。その2カ月後、今度は学年末を機に所属の共同体がスラムの学校から手を引くことになり、ジムは10年働いた職場を失うことになった。それ以来、ジムはかなりの時間を一人で過ごしており、遊びの誘いもたいがい断っている。食事もいつのまにか、決められた時間外に食べるか、自室に食事を持ち込むかで、一人で取るようになっている。友達はもっぱらテレビになってしまった。この夏休みも、昨年までのように楽しくゆったりとした気分で過ごすことができなかった。
新年度が始まると、ジムは新しい学校で教え、新しい町の共同体での生活を始めていた。しかし、内面にとまどいと無気力を覚え、生まれて初めて自分の教師としての力量に自信がもてなくなっていた。そこで、自分に起きている問題を理解し、それに対処するために、専門家に支援を求める決心をした。自分を立て直して充実感を取り戻すには、それが必要だと考えたのである。

孤独感(Loneliness)
セラピーを受け始めたジムは、自分にはこの1年のあいだに多くの重大な変化が起きたのだということに気づいた。そして親友の死と、教師としてやりがいのある仕事が終わるという二つの大きな喪失体験が、自分の味わっている孤独感のきっかけだったということが分かった。自分の経験や感じたことを話すジムに、セラピストは、孤独感は、人生で避けて通ることのできないさまざまな分離体験に対する正常な反応だと請け合ってくれた。またジムは、他人であれ、仕事であれ、場所であれ、人は自分以外の何かに完全な幸福を見出すことはないという実存的真実についても深く考えをめぐらせた。
分離からくる孤独感に対して、人は健全な方法で対処することもあれば不健全な方法を取ることもあるが、ビルはこの点を理解していなかった。孤独感をきっかけに積極的な孤独(solitude)に足を踏み入れれば、今までとは違った形で自己や他者の声に耳を傾け、理解する方法を学ぶことができ、往々にして、そこから他者に近づきたい、より親密になりたいという思いが生まれるが、その一方で、孤独感から孤立という、分離に対する不健全な対処に発展することもある。ジムはセラピストのおかげで、自分が孤独感によって孤立と不健全な対処に導かれていることを理解することができた。

孤立(Isolation)
孤立は、他者から離れたままでいる状態で、人との健全なかかわりや親交をもてなくしてしまう。ジムは一人でいる時間が長くなり、一人で食事をしたり、他人を避けたりするようになっているが、これが孤立行動にあたることは明らかである。ジムは、自分がテレビにかじりついていることも、一般の強迫行動や嗜癖行動と同じく、孤立する手段の一つなのだということが分かるようになった。
ジムは自分のこうした行動に驚き、なぜそのような経験したことのない、不健全な選択をしてしまうのかを知りたいと思うようになったが、セラピーを受けて自己認識が高まると、自分の孤立行動の背後にあるいくつかの原因を発見することができた。まず気づいたのは、低い自己評価という昔からかかえている問題が、この1年のあいだに頭をもたげてきたということだった。若い頃のジムは自分の価値を疑い、自分を信頼することができなかったが、この数カ月で、ふたたび条件付きの自己に舞い戻ってしまい、自分の良さや許容性が、外的な基準に左右されるように感じていたのである。また、自分が人に助けを求めようとしたり、自力で自分の生活を立て直せないでいるせいで、自分を「男らしくないと感じている」のだと認めることができた。さらに、自己認識が足りなかったこと、自分の感情を特定し、それを表現する能力がなかったこと、とくに健全な方法で喪失を悲しむことができなかったこともまた、ジムの孤独感や孤立に拍車をかける原因になっていた。他人が自分を拒絶するのではないかとか、自分の感情を理解してくれないのではないかという恐れが隠れた動機になって、自分が味わっていることを人に話せなかったのである。最後に、自分の霊性が健全な対処の妨げになっていたことにも気づいた。神だけにより頼み、神に対して、親が子にするようにすべてを取り計らい、自分の葛藤を取り去ってくれるよう願うことが習慣になってしまっていたのである。

積極的な孤独(Solitude)−より健全な対処法
ジムはセラピーと霊的同伴を受けるうちに、穏やかで落ち着いた、くつろいだ気持ちで、自己や他者とともにある自分を感じる状態、すなわち積極的に一人でいる孤独というものが、孤独感への対処としては孤立よりも適しているということを次第に理解するようになった。そして、積極的な孤独は、自己や他者、また世界全体のうちにある神の存在に注意を向ける力を与えてくれることを学んだ。米国のトラピスト会士トーマス・マートンは、積極的な孤独は感情や願望、夢といった真の自己に触れる機会であり、その自己とかかわり、その声を聞く機会であると指摘しているが、ジムはこの言葉に勇気づけられた。また、一人でいることを安らかな気持ちで楽しみ、自己の内にある力とその可能性に自信をもっているときにこそ、積極的な孤独の意味が理解でき、それを生かすことができるということも分かった。
ふたたび人と交わるようになると、積極的な孤独を受け入れ、また他者と健全なきずなをもつためには、自己認識・自己受容・自己激励が必要条件だということが、ジムにはよりはっきりとしてきた。神が私たちのうちに住み、私たちの体験や思考、感情を通じてご自身を啓示されるのだと信じられるようになったことも手伝って、ジムの恐れはやわらぎ、神との関係を今までとは違った目で見ることができるようになった。そしてジムは、孤独感を恐れたり避けたりするかわりに、むしろ、孤独感には、積極的な孤独のきっかけとなり、さらには自己や他者、そして神との親しい関係を導く可能性があるということを自ら納得したのだった。最後にジムは、自分の意識の焦点が「本当の自分ではないものや自分に実際に起こっていないことから、現実に自分の人生に起きていること」へと緩やかに移っていると語った。

積極的な孤独から得られるもの
多かれ少なかれ分離や離別の避けられない世界で生きる以上、積極的な孤独は必要なものである。なぜなら、孤独は人生の旅路において私たちにさまざまな恩恵をもたらしてくれるからである。自分のニーズや要求に注目したり、つい他者の存在を気にしてしまったりするのをやめる機会を与えてくれるし、他者の視線を通した自己理解からしばし解放されるきっかけにもなる。自分がどのくらい内面を大切にしているか、自分の考えや感情、欲求、必要がどのようなものなのかを確かめるチャンスであるだけでなく、避けられない別離の苦しみから自分を癒す場も提供してくれる。孤独はまた、自分の重心のありかを見出し、自分自身や内なる神の霊に深く耳を傾ける場でもある。それによって人は、自分の生涯をかけた仕事や作品、自分という人間の根底にあるもの、そして自分のすることのすべてを明確にし、理解することができるのである。
積極的な孤独を最も巧みに言い表しているのは、英系米国人作家アメリア・E・バー(1831-1919)ではないだろうか。「孤独は可能性に満ち溢れている。孤独に耳を傾けると、時間に追われたり、やっかいごとに振り回されているときには決して聞こえない声が聞こえてきて、他に見出しえない助言や慰めが得られるものである」(訳注:Amelia Edith Huddleston Barr, All the days of my life, Ayer Publishing, 1980, p.294)。


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50.デービッド神父
(臨床ソーシャルワーカーのヘティ・イルマーは、セントルークの継続治療プログラムのセラピストである。)

デービッド神父は長年、教区司祭としても、霊的同伴者としても、申し分のない仕事をしてきた。教区を問わず信者から慕われ、カウンセリングや霊的同伴の依頼も多い。同僚からは、常に人の役に立とうとする思いやりにあふれた人と見られている。窮状にある教区の信者や被同伴者のためになると思えば、ことさらに力を尽くすし、同じ共同体にいる高齢者や病気の人にも援助を惜しまない。しかし、時として他者への配慮にエネルギーを使いすぎて、自分のニーズを無視してしまうことがある。そうなると、気晴らしや適切な休息、セルフケアにほとんど時間を割かなくなってしまう。実際、神父はこの数カ月、共同体の行事にまったく参加せず、身だしなみに構わなくなり、気分もエネルギーもこれまでになく落ち込んだ状態である。
神父は人の求めに敏感だが、とりわけ「暮らしに困っている」女性に心を配る傾向がある。叙階してから現在にいたるまで、司牧者や霊的同伴者という聖職者の立場で出会ったさまざまな女性たちと、親しい関係を築いてきた。ところが先日、教区の女性信者から主任司祭にある訴えが寄せられた。デービッド神父から「不適切な」言葉をいわれ、自分が同意していないのに抱きしめられたというのである。所属修道会の管区長にこの件が伝えられると、すでに共同体での神父の引きこもりや燃え尽き症候群を心配していた管区長は、神父をセントルークに送って診断を受けさせた。

バウンダリーズ(人間関係の境界)の重要性
診断と治療を受けるためにセントルークにやってきたデービッド神父は、その時点では、自分の対人関係や職務上の境界があいまいになっていることや、自分自身に感情的ニーズがあることに、まだほとんど気づいていなかった。長年にわたって複数の女性と気持ちの上で親密な関係をいくつも持ってきたこと、その中には肉体的な関係も含まれていることを認めはしたものの、自分の行動が搾取的で不道徳なものであるといわれても納得することができなかった。つまり、それらの関係が本質的に身分の差の上に成り立っていることや、自分がさまざまな形で示してきた人との境界が適切でなかったことを認識していなかったのである。
セントルークにいる間、神父は個人セラピーやグループセラピーに熱心に取り組んで、人間関係の境界があいまいだった原家族をもつ自分が、なぜ健全な対人関係の境界がどういうものかを十分に学べなかったのかを理解しようと努めた。最初のうちは、子ども時代にさまざまな状況で自分の境界が侵害されたということがなかなか分からなかった。長男だった神父は、アルコール依存症の父からは養育者としての責任を放棄されながら、同時に幼くして母親の感情のはけ口にならなければならなかった。そうするうちに、神父は女性に出会うと、そうすることが適切かどうかにかかわらず、感情的な親密さを期待したり、追い求めたりする習慣が身についてしまった。
また、治療が進むにつれて、神父は自分が幼児期と10代の頃に、合計3回にわたって性的虐待を受けたことを認められるようになった。そのうち1回は、司祭が加害者だった。セントルークにいる間も、神父はこの3回の出来事が虐待であることを認めるまでにずいぶん抵抗を示したが、最終的には受け入れることができた。そして神父は、幼く弱い子ども時代に自分の境界を侵害されたことと、大人になってからも肯定的な自己感がもてなかったこととの因果関係を理解するにいたった。さらに、自分が経済的に困窮する女性の境界をたびたび侵害していたということ、その原因が情緒的な親密さや受容を求める自分自身の満たされないニーズと、あいまいな状況で生じる自分のコントロール欲求にあるということも、時が経つにつれて受け入れられるようになった。デービッド神父は複数のセラピストから何度も介入を受けた結果、自分が自分のニーズを満たすために、司祭としての立場を利用して他者の境界を踏み越えていたのだと納得した。
また、自分の世話焼き行動をさらに注意深く見つめることによって、神父は他人を依存させるような人間関係をつくってしまう自分の傾向が、「人から必要とされたい」という基本的なニーズから来ていることを理解するようになった。そして、自分が思いやりの行動だと思いこんでいたものが、場合によっては、共同体のほかの人たち、とくに上長たちからの評価や特別な注目を得たいという自分の感情的ニーズを満たす手段になっていることが分かった。さらに退院の頃になると、神父は、女性たちとのいくつかの関係が搾取的で不道徳なものだったことを認められるようになり、仕事上してよいこととそうでないことのはっきりした分別が身についていた。

健全なバウンダリーズをつくる
デービッド神父の課題は、健全な境界について学んだ知識を日常生活に反映させることであり、この問題には入院中はもちろんのこと、退院後も引き続き取り組んでいる。実際、「女性との一対一の仕事はしない」という制限を自分に課すことはできたものの、過去に不適切な関係を持ってしまった女性たちとの交友関係を絶つのは、生やさしいことではなかったが、より健全な境界を築くにはどうすればよいかを担当になったセラピストと話し合い、境界を踏み越えたことのある関係を少しずつ清算し始めた。また、不健全な世話焼き行動にはまり込んでしまわないように、上長やほかの仲間と、共同体にいる病弱な人たちや高齢者との関わりを制限したいという自分のニーズについて話し合った。
デービッド神父は、今後新しい行動様式を身につけていくために、セラピストや継続治療サポートグループから支援を受けるだけでなく、毎週12ステップミーティングに参加することになっている。またこの先5年間は、継続治療のためセントルークに通院することになっており、その際、他者との健全な境界を築く上で、上手くいったことや難しいと感じる点について話し合う予定である。健全な行動様式を身につける上では、退院直後の数カ月間がとくに重要な時期であるが、健全な境界を構築し、それを維持していくことは、生涯の課題であり、そのためには自己認識、説明責任、周囲の支援が不可欠である。司牧にあたる信者たちに敬意を払い、人として筋の通った誠実さという、身につけたばかりの感覚を自分のものにするために、デービッド神父はいま、幼い頃から発達させてきた習慣を変えていこうとしている。


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49.ポール神父 Resilience
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員フランシス・オモディオは、臨床ソーシャルワーカーで、セントルークの継続治療プログラムでセラピストを務める。)

教区司祭のポール神父は、以前セントルークでパニック発作、抑うつ、幼児期の性的虐待によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療を受けたことがある。パニック発作は神父の完全主義的な性格、働きすぎ、幼児期のトラウマの記憶から生じたもので、神父の日常生活に深刻な影を落としていた。
特に神父の身体にこたえていたのが、ミサをあげている最中にパニック発作が起きることだった。ひどい発汗と震えがきて身体全体がぐらつき、ミサを続けることができなくなる。本人の中では、死を目前にしたような恐怖感や身体の力が抜けてしまったような感じ、自分で自分がコントロールできない状態を味わう。この発作のせいで、日を追うごとにうつとPTSDが悪化し、それにともなって日常生活でストレス要因にさらされた際にそこから「立ち直る」能力が奪われていった。神父の中にあるレジリエンスのエネルギーが失われていったのである。

レジリエンスとは何か
レジリエンス(回復力)とは、逆境から立ち直ったり、変化にスムーズに適応する能力、打たれ強さのことである。あるいは、災難やトラウマ、悲惨な出来事、脅威、ストレスに上手に順応していくプロセスといってもよい。レジリエンスには、ストレスの多い状況に対処する際の、メンタルな柔軟性と感情のバランスの維持が大いに関わってくる。レジリエンスのある人は、必要なときにこだわらずに人の助けを求めたり、人に頼ったりすることができる。メンタル面の柔軟性があり、状況に応じて、トラウマやストレス、日々の仕事に対処するために積極的に行動することもできれば、一休みして自分を振り返ってから出直すこともできる。しかし、レジリエンスを養うという継続的なプロセスは、時間と努力を必要とする。
いくつかの人間関係スキルは、レジリエンスと密接に関わっている。たとえば、現実にしようと思っていることを明らかにし、それを実現するために必要な行動を起す能力や、前向きでしっかりした自己観、コミュニケーション能力や問題解決のスキル、強い感情や衝動をコントロールする能力などがそれである。
多くの人がそうであるように、ポール神父も、トラウマ体験から自分を立て直す能力は持っていたのに、立て直す方法を知らなかったのである。感情の苦しみや悩みは誰にでもあるが、行動パターン、思考、実際に取る行動というレジリエンスのプロセスを構成する各要素は、学習・開発・向上が可能である。ポール神父に欠けていたのは、自分を支援してくれる環境だった。未解決の気持ちや考え、恐れなどは、打たれ強さを発揮する能力の妨げになるが、そうしたものに取り組めるような環境がなかったのである。これまでの研究によれば、ほとんどの人は、自分がそれまで可能だと思い込んでいたレベルよりももっと打たれ強くなれるという。つらい体験から立ち直るこの能力は、多くの心理学の文献で研究テーマに取り上げられており、セントルークで実施される回復プロセスの重要な要素の一つにもなっている。

レジリエンスの開発
セントルークでの6カ月にわたる治療中に、ポール神父の不安や恐れといったさまざまな症状は徐々に緩和していった。自分について持っていた否定的な考えに疑問を投げかけ、そうした考えをより現実的な考えに置き換える方法が身についた。そのうちに神父は、逆境に負けない強さと自信という、レジリエンスに必要な特性を獲得し始めた。また、自分から人に近づいていって親しく付き合ったり、心理的な支えを求めたりするようになり、それまでのような、孤軍奮闘しているという意識を持たなくなった。またパニック発作については、その頻度や強さを緩和するテクニックを学び、発作が起こっても気を取り直してミサを続けられるようになった。セントルークを退院する日を迎えた神父は、「現実に立ち向っていける」という気持ちに戻れたと話した。
セントルークの心理療法プログラムでレジリエンスを開発したことは、神父にとって、自分を気づかってくれる人たちの人脈を持つことに直接つながった。継続治療プログラムの期間中は、サポートグループのメンバーが誠実な態度で神父をいつも励まし、レジリエンスが向上するように定期会合や個人的なやりとりを通して神父を支えてくれた。継続治療プログラムの各段階を経て、ポール神父は霊的指導者(同伴者)とゆるぎない関係を築き、祈りの生活を深めたが、それによって自分は一人ではないのだと強く感じられるようになった。
自らの体験と身につけたスキルのおかげで、神父は日常生活のさまざまな状況にうまく順応・適応することができるようになった。レジリエンスを伸ばすために神父が努力を惜しまなかったことは、神父がどれほど癒されたいと望んでいたか、またどれほどその障害を克服しようと意欲を燃やしていたかを示している。自分の長所についての認識を深め、長期的な視野に立って物事を見、楽観的な視点を失わないようにすることが、時間の経過とともに神父の健康回復の基礎作りになった。また入院治療と継続治療プログラムを体験したことで、神父は、必要なときに助けを得るということが、レジリエンスの構築に非常に重要だということを学んだ。自分を気づかってくれる家族や友人たち以外に、自分のサポートグループや、プロのメンタルヘルス専門家の能力に頼ることを覚えた。最後に、ポール神父は、自分がかつてそうなれるだろうと思っていたよりも、もっと強い、レジリエンスのある人間なのだということに気づいた。レジリエンスを開発することで、神父は健全な生活という素晴らしい恵みを与えられた。

支援を求めるということ
内的なレジリエンスをさらに伸ばしたければ、地域社会の提供する支援の場と人材を利用することができる。地域の自助グループや教会活動では、サポートのネットワークを作り、親しい人の死別の悲しみや、失業、重篤な病気といった不幸な出来事によって困難を抱えている人たちの支援を行っている場合がある。グループに入ることで、気持ちや心情を打ち明けてお互いに支え合い、つらいときに自分が一人ではないと分かって慰められる。霊的同伴者との定期的な面談も、自分の霊的な能力を開発できるので、レジリエンスを伸ばす上で大きな助けになる。各種の書籍や出版物、また米国心理学会(APA)ヘルプセンター(http://apahelpcenter.org/)のようなオンラインの情報も有益である。プロのメンタルヘルス専門家、たとえば臨床心理士や臨床ソーシャルワーカーなども、レジリエンスを高める手助けをしてくれる。特に、トラウマ体験や近親者の死によって日常生活で正常に機能できなくなっている人の場合は、プロの手を借りることが不可欠である。


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48.エリック神父、シスター・ジェーン、ブラザー・ボブ
(オステオパシー医ジョセフ・P・コリンズ・Jr.は、セントルークの医療部長を勤める精神科医である。)

疼痛と抑うつは密接に関係している場合があり、似通った特徴を示すことが多い。治療でよい結果を出すためには、慢性的な痛みと抑うつの両方に対して正確な診断と効果的な治療を行うことが何よりも大切である。以下の事例は、痛みと抑うつの相互作用、および投薬、心理療法、補助的療法による双方への対処に関する報告である。

エリック神父は48歳の修道司祭である。1年ほど前、高齢の母親が転移性大腸がんと診断された。がんはすでに肝臓と肺に転移しており、母親がもう長くないと悟った神父は、修道会から休暇をもらい、母親が亡くなるまでそばに付き添って数週間を過ごした。ホームホスピスの支援を得ながら、神父は最後の日まで心を込めて母親の世話をすることができた。
母親の死後、エリック神父は当然のことながら深い悲しみを味わった。大切な身内や友人を失って間もない人の多くがそうであるように、神父もまた睡眠障害や、食欲不振、疲労感、集中力の欠如に見舞われ、人と交わる意欲もなくなった。またこうしたグリーフ(悲嘆)の徴候に加えて、体中に強い痛みを覚えた。身体の痛みは絶え間なく神父を襲い、我慢ができないほどだった。死別の期間にある人の場合、一般には時間の経過とともにさまざまな症状が緩和していくのが特徴であるが、エリック神父の場合は身体的苦痛と心理的苦痛が解消せず、かえって激しくなり、次第にうつ状態へと陥り始めた。母との死別から1カ月を待たずに修道院の黙想センターの仕事に戻ろうとしたが、自分の職務がひどく重荷に感じられ、仕事を片付けるのに悪戦苦闘する状態だった。
神父が精神科の診断で服用を勧められたのは、シンバルタという、身体的な痛みの治療にも有効とされる抗うつ剤だった。痛みの原因はおそらく心理的なものだろうと考えてはいたが、痛み自体がうつ症状の一部だったという結果は、本人にも予想外だった。服用を始めてから2週間も経たないうちに、抑うつの改善が見られ、痛みも緩和された。1カ月後には身体の痛みから解放され、抑うつによる身体障害がなくなった。それによって、神父は自分のグリーフが以前よりもコントロールしやすくなったように感じた。神父から「投薬は母親に対する気持ちを取り除いてくれたわけではない。今でも母を思い出すと涙をこらえられない。しかし、もう強いうつ状態に陥ることはないし、体中に感じていた強い痛みもない」との報告があった。今では、セラピーで大切な人を失ったという深い喪失感について以前よりも楽に語れるようになり、自分のグリーフに取り組みやすくなったと感じている。

シスター・ジェーンは54歳で、都心の貧しい地域に古くからある小学校の校長をしている。本人の申告により、偏頭痛、不安、軽い抑うつの病歴が確認された。実家のかかりつけの神経内科医からは、頭痛の治療薬として、エラビルという、痛みにも使用される抗うつ剤が少量処方されていた。ここ1年ほど、新しい体育館と最新式の視聴覚機材を備えたメディアセンター建設のため共同体で募金活動を行っていたが、その間、ほとんど毎日のように偏頭痛に悩まされていた。神経科医はエラビルの量を増やしたが、偏頭痛は緩和されたものの、パニック障害とうつを避けることはできなかった。ストレスのレベルが高く、投薬が効かなくなってきたのである。セントルークでは、本人が何かにつけ涙もろくなり、気力・食欲が衰え、自責の念にかられることが多い状態にあると診断した。また現状に対する絶望感や無力感も見られた。エラビルを原因とするドライマウス(口の渇き)と便秘の症状が出ていたため、エラビルの量を増やすかわりに、ゾロフトという別の抗うつ薬を追加し、残った不安と抑うつに対処することとしたが、この処置には効果が見られた。少量のゾロフトとエラビルの併用で、不安・抑うつ・慢性の偏頭痛といった身体症状が十分に抑制されていることが本人にも感じられた。その後は、セラピーでは抱えているほかの問題により集中できるようになったという自覚が持てた。おかげで、たとえば会の上長たちとのいざこざを解消することや、教区の教育担当官たちと円滑なコミュニケーションを取ること、親や教師たちとの意思疎通をよくすること、といった現実的な問題に取り組めるようになった。

ブラザー・ボブは37歳の修練者である。周期的に起きる抑うつの診断のため紹介を受けてセントルークにやってきた。成人期初期から、最低1カ月続く抑うつを4回経験していた。4回とも冬季に起こり、春になって暖かくなり、日差しが長くなるにつれ収まる傾向を見せていた。これまでさまざまな抗うつ剤を試していたが、結果はまちまちで、むしろ無投薬のほうが良好な結果が出るようであった。また、季節的な気分の変化に対して行われた光療法では、わずかな効果しかなかった。
ブラザー・ボブからは、三叉神経痛(顔面神経痛)の既往症についても申告があった。これは慢性的な疼痛疾患で、顔面にそって激しい痛みが走る病気である。あごの線にそって炎症を起した神経によって、鋭い、刺すような痛みを覚える。ブラザー・ボブはこの症状の治療薬としてテグレトールを長年にわたって処方されており、大幅な改善の自覚がある。しかし、うつの症状は相変わらず再発し続けている。
精神科の診断中に本人が明かしたところによると、ときおり活動の増加、興奮や神経過敏、考えが次々に浮かんでくる観念の競合、睡眠欲求の減少の起こる時期があるとのことであった。この時期には、衝動的に行動したり、行きずりの性的関係を求める傾向が現れ、場合によっては1週間から2週間続く。これによって、彼が抑うつではなく、双極性障害であることが明らかになった。そこで、テグレトールからラミクタルへ徐々に投薬を移行した。ラミクタルは気分安定薬で、特に双極性障害で抑うつを抱える患者に有効なだけでなく、慢性的な痛みも緩和する。1カ月経たないうちに、症状の改善が見られた。セントルーク退院後は、担当の精神科医が自宅で投薬を監視し続けた。数カ月後に本人と電話で話したところ、「無痛」状態を維持しているとのことで、顔面神経痛による痛みは治まっていた。また、躁とうつのあいだを揺れ動く双極性の気分の変化は、もはやないとのことであった。


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47.ジャック神父
(サールの聖フランシス宣教者会会員ジェームズ・イーケル博士は、セントルークに勤める臨床心理士(サイコロジスト)である。)

ジャック神父は現在、ある小教区で助任司祭をしている。5年前に叙階してから2カ所の教会に赴任し、教区委員会の顧問を勤めたこともある。今回の仕事には並々ならぬ意欲を燃やしており、司牧者の名に恥じない仕事ぶりを見せようとしている。しかし神父のやり方は、主任司祭のスタイルとはかけ離れている。主任司祭は、指導のし方も人とのやりとりも、いたっておおらかで時間の観念がゆるい。
ジャック神父はこのところ、主任司祭の遅刻や欠席に関する苦情処理係になってしまっていた。主任司祭に改善を促そうと苦心してはいるが、なかなか耳を傾けてもらえない。新任の司祭としても、教会の運営に携わる立場としても、ジャック神父はいらいらや不安がつのるようになり、板挟みになっている自分と、無能な自分とを感じないではいられなかった。主任司祭がたいていほかの仕事で手一杯か、さもなければ不在なので、自分がまるでいざというときの火消し役に使われているように感じていた。
ジャック神父は当初、自分が臨機応変に状況に合わることで、問題に対処していた。始めのうちは上手くいっているように見えたが、内面ではかなりの犠牲を払っていた。主任司祭の仕事を代行するときは、頻繁に自分の予定を変更したり、思わぬときに責任がかかってくるので、かなりの重圧を感じていた。こうしたストレス要因のおかげで、神父は徐々に自己不信を覚えるようになっていたが、これは神父が人に見せまいとしただけでなく、自分でも見ないようにしていた問題の一面だった。
ジャック神父は、司牧上の人間関係でいらだちを見せるようになったが、特に時間や空間の境界線が守られない場合はそれが顕著だった。信徒たちは、神父の対応に不満を示すようになった。ジャック神父は心の中でますます否定的な自問自答をするようになり、教会の問題はすべて自分が悪いのだと思うようになってしまった。自分は価値がないとか不十分だという、昔から心に染みついているメッセージが、神父の日常的な考えの一部になってしまった。そこで、頼れる司祭仲間に悩みを打ち明けたところ、カウンセリングを受けてはどうかと勧められた。ジャック神父としても、自分に何らかの支援が必要なことは確かだった。というのも、自分の不安や怒り、繰り返し味わう恥の気持ちや不全感がどれも尋常でなく、日を追うごとに心配の種が大きくなっていたのである。
恥の気持ちは、心の深いところで味わう苦しい感情である。ポッター=エフロン夫妻は『恥を手放す‐羞恥心の功罪‐』("Letting Go of Shame: Understanding how shame affects your life" 邦訳なし)という著書で、恥の感情は人の人格全体を傷つけるといっている。あやまちに対する罪悪感と比べると、恥の気持ちはその対象範囲がはるかに広い。自分は修復の余地のない欠陥人間なのだという根の深い感覚であり、人の中核とアイデンティティの奥にまで入り込む。羞恥心にとらわれた人は、いつも自分が衆人環視の中にいるように感じる。衆人といっても不特定多数ではなく、自分が意見を重視している人たちである。
ポッター=エフロン夫妻は、「健全な羞恥心」を人格形成の一助とする一方で、「極度の羞恥心」は一般に孤立化につながると述べている。そのおかげで症状がなかなか緩和せず、人格的成長がいっそう難しくなる。ジャック神父は、こんな風でありたいと望む自分の姿と、本当はこんな人間なのではないかと恐れる自己像、すなわち自分は人間失格だという思いとの間で板挟みになっていたのである。

不安・怒り・羞恥心
ジャック神父が、いらだちや怒りだけでなく、恥の気持ちも持つにいたった原因は何だったのだろうか。最初の診断で、重大な、長年放置されていた潜在的葛藤がいくつか特定された。
治療のための予備診断で、ジャック神父は、感情、特に自分の不安や低い自己評価を自分がどんな風にコントロールしようとしているかを理解し始めた。神父は、憤りを押し殺しておいて、後になってからはっきりした理由もなく爆発するというパターンを形成してきた。また心理テストで、自分は人や物事への配慮や能力があり、人と協力できる人間だというイメージの維持に問題があることが判明した。さらに行った検査では、自分や他者に対して高い非現実的な期待を持っていることも明らかになった。その結果、信徒たち、特に傷つけられやすい人々には、神父が要求がましく思いやりのない人間だという印象を与えていたのである。ジャック神父は自分の態度に気づいており、好ましいとは思っていなかった。そして、自分が一度カッとなってしまうと冷静になるのにどうしてこれほど手間がかかるのか、その原因を理解したいと思った。
ジャック神父には、個人セラピーとグループ・セラピーを利用した治療が行われた。自分の生い立ちを書くという作業を始めると、まもなくさまざまな自己洞察が本人の中に浮かび上がってきた。そして、幼い頃、兄との間で繰り返しケンカや暴力があったせいで精神的に痛手を負っていたことを率直に認めつつ、こうした幼児期の根深い体験に親の反応が関係していることを認識し始めた。
ジャック神父は、自分の父親に対する忠誠心と母親の記憶が障害になって、幼児期の全体像が受け入れられなくなっているのだということが呑み込めてきた。当時家庭では、行動の予測できない、ときには暴力を振るうような人と過ごしていたので、自分が孤立無援だと感じていた。その頃の体験がどれほど恐ろしいものだったか、また自分が両親に対してどれほど強い怒りを抑圧していたか、今の神父にはよく分かる。思春期になって兄の敵意に対抗できるようになると、神父は身体を張って立ち向かった。
治療中に、ジャック神父は両親に対する純粋な愛情も大切にしながら自分の怒りを認められるようになった。また、バイオフィードバックを利用することで、自分がめったにリラックスすることがなく、自分ではリラックスしていると思っているときでさえ、実際はそうしていないことに気がついた。治療が進むにつれ、自分が若いときのトラウマ体験を切り抜けるために問題行動を発達させたことが、セラピストの指導で理解できるようになった。こうした行動パターンの多く、特に過剰な警戒、極端な不安や反応、孤立、自分がコントロールできないような人や状況を避けようとする態度が、現在の神父の人間関係を阻害しているのである。またジャック神父は、根強い不安感が自分の心の中に居座っていること、恥の気持ちが絶えずつきまとっていることを認識できるようになった。
神父は個人セラピーのおかげで、抑圧していた怒りや悲しみの感情を安心して掘り下げられる場を持つことができた。グループ・セラピーでは、不快感を覚えたり、よくないことが起こりそうだと感じるような人や状況に対して、これまでとは違う穏やかな方法を試してみることができた。神父は自分の情緒反応をコントロールして心の余裕を持てば、こうありたいと望んでいる自分や、司牧者としてこうしたいという仕事ぶりにふさわしい反応を、自分で選択できるのだということを学んだ。また、それまで避けたり攻撃したりしていた人々に対しても徐々に共感できるようになった。そして、霊的指導を通じて神の無条件の愛の認識が深まっていくと、神父は最終的に恥の気持ちを手放すことができた。


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46.ジョー神父 Relapse Prevention
(ジェームズ・ゴードン師は、臨床心理士(サイコロジスト)・セラピストとしてセントルークに勤務している。)

ジョー神父は修道司祭で、叙階して20年になる。現在、活動の活発な中規模の小教区で主任司祭をしているが、初めて任される教会なので、何としても成果を出したいところである。これまで、さまざまな仕事で責任あるポストに就いた経験があり、所属修道会で上長職を務めたこともあった。神父にはアルコール依存の病歴があり、何度も禁酒に失敗している。つい最近も、神父が人前で酒に酔っているところを目撃した複数の信徒による、神父の身の安全と健康を危ぶむ訴えが、会の統治チームに届けられたばかりである。そこで、ジョー神父が愛情と信頼を寄せている家族を交えた介入が行われ、職権の剥奪をほのめかされたこともあって、神父はしぶしぶセントルークの診断を受けることに同意した。
診断に訪れた神父は、不機嫌で反抗的な態度を示し、会の統治チームは自分の状況を理解しておらず、自分はスケープゴートにされていると訴えた。診断課は、ジョー神父に入院治療が有効かどうかについて検討を行った。神父はこれまで長期にわたって、入院治療を受けても再発を繰り返してきたからである。しかし検討の末、診断課は入院治療の勧告を提示した。同時に神父に対して、これまで自身の回復の努力をくじいてきたいくつかの心理的問題を理解する努力をしてほしいと申し渡した。神父は不満を隠さなかったが、入院には同意した。そうすれば、とりあえずは自分の職権を取り戻して教会の仕事を続けられると期待したからである。
ジョー神父の治療は、考え方としては再発防止という枠組みに入れられるものである。神父はこれまで、ある期間禁酒できたことは何度かあったが、自分のアルコール依存の裏にある問題に目を向けたことはなかった。たとえば、修道会はジョー神父に成人どうしの不適切な性関係があるという報告を受けていたが、これについて神父は当初関心を払っておらず、治療を開始した時点では、まだこうした性の問題を自分の飲酒とは無関係だと考えていた。また、自分の怒り、特に権威に対する怒りと、介入や治療を受けても再発を繰り返してしまうこととの間の関連性について掘り下げることにも抵抗を示していた。
再発防止では、再発を単独の出来事としてではなく、一つのプロセスとして捉える。一般に再発率が下がるのは、自分を再発しやすい状況に陥らせる特定のきっかけを具体的に理解し、今までとは違ったやり方でその状況に対処するスキルを身につけた場合である。これまでの研究で、再発につながる多くの内的・外的要因の存在が明らかになっている。ジョー神父の場合は、仲間内や社交上のプレッシャーが影響しているようである。夕食会のような場でワインを一杯いかがとすすめられると、場の空気に逆らって恥をかくのがいやで、どうしても断れないのである。このほか、再発にからむ要因として大きいものに、否定的な感情、たとえば抑うつや孤独感、退屈のほか、引きこもりのような、人と有意義に過ごすことによる時間の構造化(訳注:交流分析の用語)が行われていない状態や、家族や恋人など自分にとって重要な他者との間に怒りや恨みの感情をもたらすような葛藤があることがあげられる(Donovan and Marlatt,2005)(訳注:*)。一般に、こうした問題が治療で見過ごされると再発率がより高くなる。
ジョー神父は入院治療を通じて、自分の原家族の問題に取り組み、特に母親との関係で味わった怒りと失望と向きあった。神父は、母親が自分よりほかのきょうだいを可愛がり、自分は家族の中でスケープゴートにされているといつも感じていた。そして、未解決のままだった母親に対する怒りが、自分の権威者とのかかわり方に深く影響しているということに思い至った。修道会の権威ある地位の人々から相手にされなかったとか、気づいてもらえなかった、あるいはスケープゴートにされたと感じると激怒することがあったが、こうした感情は、神父の過去にまつわるものだったので、現在の人間関係の中では解決のしようがなかったのである。ジョー神父はたびたび怒りや他者の無理解を感じては、飲酒でその気持ちをなだめていた。治療によって、神父は過去の再発の主なきっかけが、権威者とのやりとり、より具体的には、その結果生じる怒りだったことを突き止めた。治療で家庭の不和を洗い出し、そこで味わった感情と向き合ううちに、神父は現在の対人関係の葛藤をよりその場に合った形で解決できるようになった。
またジョー神父は、青年期に自分の性のことで兄たちからいつもばかにされていると感じていたことに気づいた。兄たちは、プライドを深く傷つけるような侮辱的なことを口にして、暗にジョーは男らしくないと思い込ませるような仕打ちをしていた。ジョー神父は強い恥の気持ちを抱き、その結果、決して自分の性的な面を探究しようとしなくなった。18歳で修道院に入ったが、修道生活を選んだことで自分の性的な考えや感情に蓋をしたように思っていた。後になって、酒を飲んでいると未統合の性的な感情が表出するようになった。ジョー神父にとって、自分の性的な感情に触れられるのは酔っているときだけであり、逆にいえば、その感情に身を任せるためにアルコールに手を出していたのである。治療によって、神父はまず、自分の怒りや権威にまつわる問題の根源を理解し、探究する勇気を得ることができた。そしてこれがさらには、長い間味わっていた恥の気持ちをやわらげるような形で自分の性的な感情に向き合うきっかけになった。
ジョー神父は今、若い頃から未解決のままだった自分の怒りや性的な感情がこれまでの再発の引き金になっていたことを理解している。神父は12ステップ・プログラムだけでなく、セラピーも利用してこれらの問題の根源を探った。今では再発の要因になる葛藤や複雑な感情が何であるか具体的に理解しており、そうした問題を扱うための戦略を自分の再発防止プランに取り入れている。また、あらためて司祭としての独身生活を守る決心をし、現在取り組んでいる性的な統合の作業を回復の一環と考えて真剣に取り組んでいる。

(訳注*:出典は“Relapse Prevention: Maintenance Strategies in the Treatment of Addictive”の6頁と思われる)。


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45. シスター・ヘレン Post-Traumatic Stress Disorder

聖母の穢れなき御心修道会(Immaculate Heart of Mary)会員で心理学博士のドナ・ケリーは、セントルークのタリタ・ライフ女性プログラムのサイコロジストである。

38歳のシスター・ヘレンは、若い頃から怒りのコントロールの面で問題を抱えている。他人の言動によって傷つけられたとか、拒絶されたと感じると、人に食って掛かるような態度に出る。さもなければ、共同体の姉妹たちから引きこもってしまい、自室に閉じこもるか、何日も姉妹たちを無視して過ごす。
気分の良い日はエネルギッシュで、人生を楽しんでいるように見える。共同体の姉妹たちと快くつき合い、他人のことにもよく気がつくし、仲間の目には、喜びにあふれ、働き者で、楽しさいっぱいの人と映る。しかし、この楽しい気分は長続きせず、誰かに異論を唱えられたとか、人からけなされたと感じたときや、姉妹の誰かが声を荒げたのに驚いて身体がこわばったりしようものなら、いとも簡単に暗転してしまう。
シスター・ヘレンは自分の振る舞いに合点がいかず、好ましいとも思っていなかったので、セントルークの診断を受けることに同意し、その結果出された入院治療の薦めにも応じた。
治療の初期段階で、シスター・ヘレンは自分が緊張と葛藤の多い家庭に育ったことに気づいた。父親は出張が多く、母親はひとり、やっとの思いで子どもたちの面倒を見ていた。ヘレンはしょっちゅう母親の欲求不満のはけ口にされ、身体的な脅しを受けたり、自尊心を傷つけるような言葉を浴びせられた。時には命の危険を感じることもあったし、生活に最低限必要な世話をしてもらえないことも多かった。シスター・ヘレンはこうした虐待を切り抜けるため、一つの行動パターンと、さまざまな対処メカニズムを築き上げた。傷つけられ、寂しさとおびえを感じながら、いつも自分の部屋に閉じこもって泣いていたのだった。

心的外傷ストレス障害
シスター・ヘレンの問題は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれるもので、彼女の場合、過去にトラウマになるようなできごとが繰り返された結果として生じたものである。何らかのトラウマを受けた時点でその影響を放置すると、かなり高い確率でこの障害が発生することが明らかになっている。セントルークに来るまで、シスター・ヘレンはトラウマの対処に必要な支援を受けていなかった。身体的・感情的な虐待の記憶が幼少期から消えずに残っていて、大人として機能する能力を妨げていたのである。とりわけ、虐待から受けた心の傷のせいで、自分自身や他人を受け入れたり愛したりすることができなかった。内面では自分を小さく弱い人間だと感じていながら、同時に外には防衛意識が過剰でとげとげしい態度を見せていた。
シスター・ヘレンの振る舞いは、トラウマのある人々によく見られるものである。適切な支援を受けないでいると、心と身体は引きこもりや孤立、感情麻痺、抑うつによって自分を守ろうとする。よくあることだが、こうした人々は他人が信頼できず、適応障害を起す。虐待から生じる結果はさまざまだが、とくに屈辱的な扱いを受けるのではないか、見捨てられるのではないかといった恐れを生涯引きずることがあり、成人しても、社会から引きこもったり、権威についての問題を抱えたり、自己評価が低くなったり、自分の感情的な欲求を無視する。
シスター・ヘレンは、母親からひどい仕打ちをされた体験から、泣いたり反撃したりしなければ殴打や侮辱はいずれ止むものだという考えが自然に身についた。そして悲しみや恐れ、心の傷は、本人が成長し虐待がひどくなるにしたがって深くなっていった。ひっきりなしに悪夢にうなされて睡眠が十分に取れなかったので、朝目覚めるとぐったりして頭痛がするということが頻繁にあった。また、不安がつのってなかなか寝付けないことも多かった。
修道者になっても、自分の過去と現在の対処行動のパターンは捨てられなかった。声を荒げて人に強く出たり、他人の異論を自分個人に対する批判や拒絶と受け取ってしまうことが少なからずあった。自分の怒りをコントロールできないまま、とめどない論争に嵌ってしまうのだった。
レイモンド・フラナリー博士は、トラウマのある人々が正常な機能レベルに達するまでに通る段階を明らかにしているが、シスター・ヘレンは、数カ月にわたる治療を通じてこのプロセスを自らたどった。具体的には、安心感を形成する、健全な人間関係を維持する、興奮状態を低いレベルに保つ、過去のトラウマを再体験し感情的に処理(グリーフ)するといった段階がある。
シスター・ヘレンの第一の目標は安心感を持つことだった。これは個人セラピストと信頼関係を作ることから始められた。またグループ・セラピーでは仲間を信頼することを学び、自分の心の傷についてのこれまでの経緯を少しずつ仲間に打ち明けるようになった。ほかの入院患者と交流するうちに以前の行動パターンが顔を出して再び葛藤を味わうこともあった。しかし時が経つと、自分が見せる激しい反応が、幼い頃にあった母親との衝突に関係していることが分かった。治療が進むにつれ、彼女は一定の安心感を維持するスキルを磨いていった。
シスター・ヘレンは、グループ・セラピーの途中で葛藤が生じても、地に足のついた、現実に根ざした感覚を持つためのグラウンディング法を駆使して「今ここにいる」ことができるようになった。グラウンディング法のおかげで、過去を再体験するのではなく、一人の大人として今この瞬間に存在することに意識を集中することができたのである。時とともに、この新しい行動パターンが習慣化し、自然にそうした行動を自分のものにできるようになった。この試みがうまくいくたびに、シスター・ヘレンは少しずつ自信を深めていった。
治療共同体で生活したおかげで、シスター・ヘレンはほかの入院患者との関係を深め、対人関係を上手に保つ技能を実践的に磨くことができた。自分の欲求が何なのかを理解し、して欲しいことを人に頼めるようになっただけでなく、上手に「NO」と言えるスキルを身につけた。自分の感情にのまれそうだと感じたときは、さまざまな種類の人たちに助けを求められるようになり、またその助けを受け入れられるようにもなった。また、眼球運動による脱感作と再処理(EMDR)という治療と投薬によって悪夢が緩和され、頻度も減った。このほか、運動プログラムと苦悩の受容スキルによって、危機的な状況をコントロールしストレスを軽減する技術を磨いただけでなく、以前よりもありのままの自分や自分の限界を受け入れられるようになった。
シスター・へレンにとって回復する上での最大の難関の一つは、母親との関係を掘り下げ、自分が与えられることのなかった愛をグリーフすることだった。しかしヘレンは、セラピストや少人数でのグループの支援、そして身につけた新しいスキルに助けられて、自分の心の傷と向き合い、受容に向かって努力していった。自分の感情のコントロールと自分の人生に意味を見出す作業に取り組むうちに、彼女は徐々に自分の過去と折り合いをつけていった。自信が深まるにつれ、ヘレンは以前にくらべて気持ちが上向き、自分自身や自分の置かれている状況について前向きに考えられるようになった。
共同体への復帰に備えて、ヘレンは自分が遭遇しそうな厄介な事態や、それをうまく切り抜けるためのテクニックについて具体的に予測した。実際に修道院に帰ってからは、姉妹たちから理解と支援が得られるように、自分が学んだことをかいつまんで彼女たちに説明した。また、サポート・グループや個人セラピストも利用しながら以前の共同体の生活に再びなじんでいった。治療中に身につけたスキルも大いに利用した。


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44. シスター・ジェイン Dependent Personality Disorder

シスター・ジェーンといえば、とにかく他人の反応に振り回されてばかりいる人である。自分で決断するのが怖くて、始終他人に承認を求める。責任ある立場には就こうとせず、看護師として働いているときでも、きっぱりとした態度が取れない。他人の要求に応えるときのほうが、たとえそれが患者のわがままであっても、よほどましな対応をする。彼女のそうした態度は、行き当たりばったりの看護をしているような印象を与えるので、周囲の看護師たちをいらいらさせる。仕事がきちんとできなくて苦労しているが、いざ誰かが一緒にやってくれるとなると、必要な能力は発揮する。
シスター・ジェーンは一人になるのを嫌がる人で、共同体の姉妹の中には、彼女は人づき合いが苦手で他人にしがみついていると感じている人もいる。祈りの会には出てくるが、霊的な会話がなかなか成立しない。あるとき神のイメージについてしつこく訊かれると、自分にとって神は、力強く、懐の大きい父のように感じられ、神の前に出ると、自分は頼るすべのない、いつも救い出されることを待ち望んでいる子どものようだと打ち明けた。
シスター・ジェーンは、依存性人格障害である。彼女の扱いには、共同体の上長も頭を痛めている。責任者としてはいろいろな思いや感情が湧き上がってくるだろう。「彼女は人に優しい。彼女がしがみついてきたときに、つれなくするのは気がとがめる」。「どうして彼女はてきぱきとやるべきことをしないのだろう。これからもずっと人に助けてもらうつもりなのだろうか」。「こうなったら彼女の仕事は私がやるか、ほかの人に頼んでやってもらうしかない」。といった具合である。

さて、皆さんならシスター・ジェーンのような人にどう対処するだろうか?是非ご意見を聞かせていただきたい。


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43. ジャック神父 Alcoholism

(筆者不明)

今回は読者の皆さんに、教会人事の担当者が直面している、ある状況をご覧いただきたい。皆さんならどうするだろうか。
ジャック神父は完璧主義者だった。かつての神父を知る人たちのイメージは、行動力と秩序の人である。だからこそ彼らは、ここしばらくの間に起きていることに対処できずにいる。しかも、事態は悪化の一途をたどっているようである。
ジャック神父は、主任司祭になるまでの5年間に六つの小教区をまわったが、どこでも主任司祭とは折り合いが悪かった。どこの主任司祭も「自分には何もさせてくれない独裁者」だった、というのが彼の言い分である。現在は自分が主任司祭の地位にあるが、助任司祭が次から次へと出ていってしまう。みな判で押したように、ジャック神父とはどうしてもやっていけないというのだ。このところジャック神父は、ますます怒りの制御が効かなくなることが多くなり、一人でいる時間が長くなっている。神父の有能な仕事振りの決め手だったあの完璧主義も、今ではすっかり影を潜めている。仕事上の取り決めを守らなくなり、ミサの時間が20分遅れることも珍しくなく、ひどい時には姿を見せないこともある。
特に午前中は調子が悪い。頭痛、筋肉痛、震えがあり、やる気が出ない。自分の口臭を非常に気にしているようで、暇さえあればうがい薬で口をゆすいでいる。
昨年の秋、同級生が数人訪ねてきて神父を喫茶店に連れ出したことがあった。神父の様子を心配してのことだったのだが、それを聞くと本人は非常に腹を立て、席を蹴って帰ってしまった。今年の1月には、司祭評議会の席で激昂し、司教を怒鳴りつけ、その後は一日中、誰とも口をきこうとしなかった。
先週はこんな出来事があった。教会の用務員が、ごみ収集箱からゴミを運び出そうとして奇妙な包みを見つけた。非常にきちんと包装されていたので、まるで誰かが間違って捨てた小包のようだった。用務員が中をあらためると、空瓶が16本出てきた。ウィスキーの瓶が8本、ウォッカの瓶が6本、ワインの瓶が2本だった。ジャック神父にこのことを告げると、神父は突然激怒して、嘘だとなじり、クビにするぞと脅した。それから神父は、車に乗り込むとどこかへ出かけてしまった。

ジャック神父は、現在アルコール依存症が進行しており、それによって活力、意欲、気力が奪われているのである。そればかりか、自己理解や自己観察の能力も奪われてしまっている。このまま治療を受けずに時間が経てば、いずれ生命が危険にさらされる。

読者の中に、このような状況に出会ったことのある方はいるだろうか。その際、役に立った方法、役に立たなかった方法はそれぞれ何だっただろうか。

ジャック神父のような人への援助のし方
使徒パウロのローマの信徒への手紙には、アルコール依存症者の間でよく知られる、破壊的で衝動的な自己体験が生々しく描かれている。
「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。・・・善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。・・・わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(ローマ7:15-24)。
DSM-IVは物質乱用を次のように定義している。「臨床的に著明な障害や苦痛を引き起こす不適応的な物質使用様式で、次の少なくとも一つが起こることによって示される。仕事、学校または家庭の重要な役割義務を果たすことができなくなる。身体的危険のある状況、または法律上の問題が生じる状況、または持続的、反復的な社会的もしくは対人関係の問題を引き起こす状況で物質を反復使用する」(訳注*)。
法律上の問題という部分を除けば、ここに登場している「ジャック神父」は、この定義にぴたりと一致する。これにより、神父がアルコール依存症であるという臨床的診断を下すことが可能である。これは事実上、神父が自分の日常生活と行動の制御を完全に失ったということを意味する。神父は「死に定められた自分の体」に飲み込まれてしまったのである。
皆さんがそれぞれの教区や共同体にいる「ジャック神父」のような人と接している時は、上記のイメージを思い出すことが大切である。こうなった人は、もはや自分の行動を自分で制御することはできず、時が経てばいずれは死に至る。身近な人がアルコールによる肝不全や高血圧、食道出血でゆっくりと死んでいくのを見ているのは、辛いものである。文字通り、死に定められた肉体に飲み込まれるさまを目の当たりにする。
では、どうすればよいのだろうか。「ジャック神父」にこの決断はできない。したがって、あなたが無理にでも彼に治療を受けさせなければならない。多くの上長や友人が抱える問題は、かつての「ジャック神父」のイメージが邪魔をすることである。自分の行動に責任を持てる、わきまえた、分別ある人だったというイメージである。本人を前にすると、今もそのままの人だという思いがどうしても先に立ってしまうが、現実は違う。彼は、自分にとっての善を認識できなくなっており、自分の問題に自分で対処する能力がなくなっているのである。
十中八九、彼はあなたに歯向かい、罵詈雑言を投げつけ、命令を拒否し、なんとか逃げ道を探そうとするだろう。しかしどんな目にあっても、あなたは絶対に断固たる態度を貫かなければならない。たとえ苦しくても。あなた聞こえているのは、昔の「ジャック神父」の声ではない。善を知っているのに、それを実行する能力を完全に失ってしまった人間の体から出ている死の声なのである。神父は、善を選びそれを行う能力を取り戻すすべを学ぶ能力はあるが、現時点では、人の助け、あなたの援助が必要である。彼に必要なのは、介入と呼ばれる措置である。
重要なのは次の2点である。
1. あなたが単独で実行する必要はない。教区か共同体の誰かに介入の段取りを手伝ってもらえばよい。
2. あなたの前にいるアルコール依存症者には治療が必要であり、介入によってあなたが始めようとしている方法は、激しい怒りを引き起こす可能性がある。しかし、回復について判明している「治療を自発的に受けようが、無理やり受けさせられようが、患者の回復率に差はない」という事実を心に留めておくことである。また、どこの治療センターでも、怒りは回復のための重要な原動力であると言われている。

身近に「ジャック神父」のような人を抱える方のご苦労はお察しする。私はこれまでジャック神父のような人に大勢接してきており、そのたびに心身の重圧や不安を味わってきた。また、彼らが日常生活に復帰する姿も見てきたが、それは決して、彼らが独力で問題を解決したからではない。新約聖書に、体の麻痺した男を4人の友人がイエスのところに連れていった話がある。彼らはなんと屋根の上に上り、そこから病人をイエスの前につり降ろすということまでした。おかげで病人は必要な助けを得ることができた(訳注:マルコ2:1-12)。「ジャック神父」に対処するなら、それくらいのことはしなければいけない。

(訳注*:『DSM-IV-TR精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2002年、p.198を参考にした。)


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42. シスター・ルス Negativistic Personality Disorde

(筆者不明)

シスター・ルースは、辞書の「因循(いんじゅん)」という語の見出しに顔写真が載ってもおかしくないほど、何でもぐずぐず先延ばしにする人で、これまで仕事の効率性を求められる場面では、必ずといってよいほど不服従の態度を見せてきた。仕事が遅くて周囲に迷惑をかけても、決して自分の非を認めず、上司や、ほかの関係者のせいにする。
姉妹たちを待たせていても平気で、それを指摘されると、決まって、自分がこの仕事をしたときは誰も手伝ってくれなかった、あの仕事のときもそうだったと、文句を並べ立てる。
また、担当している小教区の仕事では「知らんぷり」が得意で、自分の仕事の内容を事前にきちんと確認しない。先日、主任司祭のアンブローズ神父から洗礼式の式次第の準備をするように言われたときは、むっとして不機嫌になり、当日になって細かい部分の不手際が判明すると、「自分は言われていなかった」と、起きた混乱の責任を神父になすりつけた。
対人関係では、お互いに頼らざるを得ない状況を常に作り上げる。周囲には、彼女の受動的で感じの悪い振る舞いが懲罰的で操作的に感じられる。奇妙なことだが、シスター・ルースは、人と上手に関係を築いたり人から感謝されたりするよりも、こうした馬鹿げた、人を食ったようなやり方を好んでいるように見える。
管区の上長たちもまた、シスター・ルースの訴える、ほかの姉妹や教会のスタッフが自分をどれほど不当に扱ったかという数々の不平不満をなだめようとしては、この関係にからめとられて身動きができなくなる。本人は自分の態度が他人を激怒させていることに気づいていないので、上長たちも最後には、柄にもなくカッとなってものを言ったりしたりする羽目になる。

さて、皆さんの共同体に、シスター・ルースのような人はいないだろうか。シスターに限らず、「ブラザー」ルースもありうるだろうし、ルース「神父」も考えられる。この事例研究に描写されている行動は、根底に複数の問題が潜んでいることを示しているが、その問題は「放っておけば自然に解決する」ようなものではない。

シスター・ルースのような人への援助のし方
前回の記事(訳注:詳細不明)では、読者と「シスター・ルース」について意見を交わした。自分は仕事をしないで他人を非難し、最後には怒りの応酬を生み出す人を体現しているのが彼女である。これは珍しいことではなく、ルースのような人はどこの司祭館や修道院にでもいることが、読者の報告から明らかになっている。
「ルース病」の人に出会うと、私たちはつい「彼女の方が正しいのだろうか。悪いのは実は私なのではないだろうか」と自問してしまう。ご心配なく。あなたが悪いのではない。そのように感じるという事実こそが、相手が人格障害である可能性を示唆している。
これは、DSM-IV(米国精神医学界による精神疾患の診断・統計マニュアル第4版)が拒絶性人格障害(または受動攻撃性人格障害)と呼ぶ、読んで字の如くの障害で、「社会的および職業的状況において適切な行動を求める要求に対する拒絶的な態度と受動的な抵抗の広範な様式で、成人早期までに始まり、種々の状況で明らかになる」ことが基本的な特徴である(訳注*)。
(女性を例に使って申し訳ないが)シスター・ルースを見ると、激しい怒りが起きても、それを直接には表現できない人だということが分かる。このような人たちは、怒りを間接的な方法で表すことが身についていて、特に、頼まれたことをしないとか、いい加減なやりかたでする、わざと失敗するというような手段を使う。このタイプの人たちは、誰もが自分に腹を立てているように感じる傾向がある。
新約聖書の、ぶどう園に行って働くように言われた兄弟のたとえ話(訳注:マタイ21:28)を思い出してほしい。弟の方は、口では承知したのにそうしなかったわけが、ひょっとしたら彼は拒絶性人格障害だったのかもしれない。そうだとしたら、どうすればよいのだろうか。
あなたの前にいる人が怒っていて、何もしないと収まりそうもないとする。いや、あなたがすべきことの話ではない。あなたがはっきり認識すべきことは、その人自身が責任を果たすべき立場にあり、途中で放り出すことは許されないということである。
だから、あなたはまず彼女の不満を聞いてやり、「シスター、あなたが怒っていらっしゃるということは、お話から分かります。お気持ちはごもっともです」という風に気持ちに共感した上で、すぐに「洗礼式の式次第を準備するとおっしゃいましたよね。でも実際の式のときには、完全なものになっていませんでしたね」というように、現実の状況を示してやる。彼女はあなたを非難するか、言い訳をするに違いないが、それでもこのパターンを繰り返す。「シスター、困っておいでなのでしょうし、利用されたように感じていらっしゃるのはよく分かります。気が動転していらっしゃるのも。私としてもシスターのお仕事については、とてもお話ししにくいのです。こういう風にお話しようとすると感じるのですが、シスターのお仕事のことになると、シスターも私もなかなかうまくお話しできませんね」。これを何度も何度も繰り返すのだが、それが唯一の頼みの綱だと思ってほしい。
くれぐれも自分を弁護ようとしてムキにならないように。彼女の「気持ち」にとにかく共感を示し、それから客観的な事柄を彼女に突きつけることである。結果を示したら、また最初からこの手順を繰り返す。ストレスの溜まる作業だが、功を奏すれば最終的には次のような結果が期待できる。「シスター・ルース」は、人は皆腹を立てているという自分の世界観を、人を怒らせることで証明しているのだが、このような対応をされるうちに、あなたを怒らせて自分を攻撃させたり拒否させたりすることはできないのだと悟る。それだけでなく、自分が責任から解放してもらえるわけではないのだと納得するようになる。
もし「シスター・ルース」が、すでにこの状態になって長い場合、この手法を使うと、回復する前に一旦態度が悪化するかもしれない。彼女が内面の怒りを向ける標的として他人を利用できなければ、いずれ自分自身の中で怒りを味わうようになるが、それは不快以外の何物でもない。そこで、さらに反抗的になるという賭けに出ることも考えられるが、可能性としては、うつになる確率が高い。
メンタルヘルスの専門家の手を借りるという形で外部の援助を求めることができれば、申し分ない。投薬も有効であろうし、一定期間治療のために共同体を離れる必要が出てくるかもしれない。あるいは、教会のスタッフや共同体のメンバーを対象とした何らかのコンサルテーションを行えば、問題に巻き込まれた人たち全員が、「シスター・ルース」とうまく折り合う方法について見識を得ることができる。
この方法はどうしても長期戦になってしまうが、有効な手段には違いなく、あなただけでなく、共同体や教会の人たちの心の平和も必ず守ってくれる。自信を持ってほしい。あなたが悪いのではない。あなたには効率的な仕事を期待する権利があるし、この問題に取り組むためにあなたは自分の共同体や教会の内外のあらゆる手段を使うべきである。
この障害を持つ人は、男女を問わず治療することができる。必要なのは忍耐力とスキル、そしてこの問題に責任を持って係わる姿勢である。

(訳注*:『DSM-IV-TR精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2002年、p.754より抜粋。)


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41. ウィリアム神父 Boundary Issues in Ministry

(筆者不明)

ウィリアム神父は、ある若い女性に霊的指導を行っている。彼女はメアリーといい、霊的な成長をめざして熱心に指導を受けている。何でも神父の言うことに従おうとし、自分がすべきことについて頻繁に指示を仰ぐ。ウィリアム神父は、指導面接で顔を合わせているとメアリーに気持ちが惹かれ、彼女がすべきだと思うことについて具体的な指示を与えてしまう。これはほかの指導生にはしないことなのだが、神父は「彼女には助言してやる人間が必要だ」と自分に言い訳をしている。
メアリーは、次第に司祭館で過ごす時間が長くなっていった。ウィリアム神父は彼女の顔を見るのが嬉しい様子で、何くれと無く世話を焼いている。そのうちに、メアリーは教会の中での存在感を強め、神父のマネージャーのようになってしまった。メアリーが神父を「ガードして」いて、彼女を通さないと誰も神父と面会できないのである。神父も彼女と一緒にいる時間が長くなっている。
信徒たちは、自分たちと主任司祭との間にメアリーが入っていることに憤慨している。ウィリアム神父は、胸のうちに葛藤を抱えていた。メアリーとの関係が生活の励みになってはいるものの、ざわついた気持ちと不安がつのっていて、自分でもその理由がよく分からない。メアリーの方は、自分は主任司祭の役に立っているのだという自信があり、これが自分の使命だと思い込んでいる。そして、ウィリアム神父の仕事がどれほど大変かも、自分がどれほど神父に必要とされているかも分かっていない教会の人たちが自分に反対するのは、お門違いだとも感じている。
神父とメアリーが不倫関係にあるという噂が立つようになった。ウィリアム神父は根も葉もないと否定し、世間は口さがないものだと相手にしていないが、友人や信徒たちとの交流が日増しに少なくなっている。ほどなくして、メアリーは、自分が神父に好意を持っていること、神父からも同じ気持ちを感じることを本人に打ち明けた。神父も、自分がメアリーに惹かれていること、始終彼女のことを考えていると告白した。
彼らは愛し合っているのだろうか。何が起きているのだろうか。二人はどうすべきだろうか。皆さんの感想や意見を手紙またはファックス、メールで当方へお寄せいただきたい。

ウィリアム神父のような人の援助のし方
一言で言えば、ウィリアム神父とメアリーは、抜き差しならない、機能不全の関係に夢中になってしまったのである。この関係は、二人がどちらも気づかなかった、わずかなバウンダリー(人間関係の境界)の侵害がきっかけになっている。神父はメアリーを特別扱いし、メアリーは司祭館に長居をするようになった。今では、神父の生活のかなりの部分を思い通りにして、神父と信徒たちとの交流をさえぎるようになってしまった。おかげで、神父は次第にほかの人たちとのコミュニケーションが減って活動が受身になりつつあり、司牧活動に支障をきたしている。
おそらくは二人の中にある満たされない対人欲求の多くが、この関係の原因になっている。ウィリアム神父は孤独な人で、仕事がきついのに周囲の配慮が無いと感じているのかもしれない。メアリーにも孤独感があり、おそらく人の世話をしたいという欲求のある支配的なタイプなのではないだろうか。自分に人としての欲求があることや、そうした欲求を満たそうとして実りのない手段を選んでしまっていることに、当の二人がほとんど気づいていない可能性が高い。
事態は深刻になりつつある。信徒たちの間の不満は高まり、噂は急速に広まっている。このままでは良くない結果は目に見えている。二人はどうすればよいのだろうか。状況がこれ以上悪化しないうちに、外部のカウンセラーか司牧担当者の支援を求めることができるとよい。そのような立場の人であれば、二人の間に適切な境界を再構築し、健全な関係を結べるよう導くことができるはずである。しかし、境界は一旦ひどく侵害されてしまうと、再構築はなかなか難しい。
聖職者のワークショップでこの事例を紹介すると、多くの人が自分にも覚えがあると告白する。このようなケースは、どこにでも起こりうる。欠けているのは、司牧活動で守るべき適切な境界に対する意識である。ウィリアム神父には、境界を越えないようにする援助のプロとしての責任がある。それだけでなく、彼の場合、自分のざわついた気持ちが強くなっている、メアリーが司祭館で過ごす時間が長くなっている、彼女に気持ちが惹かれ、特別扱いしている、という明らかな警告のサインを見逃してしまった。
ウィリアム神父のような司祭が、メアリーのようなタイプの人を自分の近くに置いて、転勤のたびに連れて回るということはままある。赴任先の教会の担当者を辞めさせて、自分が連れてきた人をその職に就けることもある。この手の機能不全の関係は教会が変わっても続き、いずれは「プラトニック・カップル」のような形になる。
しかし、この関係が機能不全であることを当の「カップル」は認識していないことが多く、外部からの介入が必要になることがある。まずは小教区の責任ある立場の人々が、神父とひざをつき合わせて率直に話をすべきであろうし、友人の司祭たちにも、神父が適切な援助者を探す上でできることはあるだろう。しかし多くの場合は、神父の上長たちによる、より強制的な介入が必要になる。
メアリーには十分な配慮を持って接することが大切であるが、同様に、ウィリアム神父にも介入と相応のケアが必要である。メアリーがウィリアム神父のガード役から離れて元の状態に戻る辛いプロセスにある間は、修道女や平信徒で司牧活動をしている女性が支えになれる。心理療法を受けるのもひとつの方法である。司牧的な援助は欠かせない。ウィリアム神父も、自身が霊的指導を受けたり、内省を行うことによって、内にある欲求を認める方法とその欲求をより機能的な手段で満たす方法を学びたいと考えるようになるだろう。ウィリアム神父、メアリー、また教会全体のどの当事者にとっても、現状は非常に悪い結果をもたらす可能性を秘めているが、すべての当事者に速やかな介入と適切な司牧的、治療的ケアを行えば、バランスを立て直すことはできる。
ウィリアム神父に限らず、現代の司祭・聖職者の多くは、職務上の境界というものを理解しておくと大いに得るところがあるのではないだろうか。初歩的な学習はいくつかの神学校の養成プログラムで行われているが、この問題は複雑で扱いが難しいので、より突っ込んだ学習と高度な認識が必要になる。
司牧の仕事には多くのわなや落とし穴があると同時に、多くの喜びと祝福もある。教会で奉仕職にたずさわる人々は、職務上の境界の機微を十分に会得し、優れた奉仕者が失われることのないよう、またわれわれの存在から信徒が恩恵を得ることこそあれ、傷つくことのないようにしなければならない。


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40. ジム神父 Dependent/Avoidant Personality

(筆者不明)

ジム神父は小教区に赴任して2年になる若手の司祭である。ここまで他人に尽くす人はなかなかいないと思わせるような人物で、頼まれればどんなことでもすぐに応じてくれる。主任司祭は、ジム神父が始終自分に助言を求めるのに閉口することもあるが、よくやってくれる神父に恵まれたと喜んでいる。彼も経験を積めば、今ほど背中を押してもらう必要はなくなるに違いないと見ている。ジム神父の仕事ぶりは、頼まれごとの内容を問わないだけでなく、突発的な用件にも対処できるほど徹底している。
ジム神父は、いつも人の話に喜んで耳を傾け、助けになろうとしているので、信者の評判が非常によい。引く手あまたなので、めったに休暇を取れないし、忙しすぎて教会の仕事以外のことはほとんどしていない。たくさんの信者の家庭から食事の招待を受けるが、ほかの用事と重なって、めったに応じられない。本人は、最近よく言われるバウンダリー(人間関係の境界)の問題が出てくるといけないから、信者とあまり親しくなるのはよろしくないのだと自分に言い聞かせている。また神父は、会話で自分のことに話題が及ぶと、落ち着かなくなる。自分の気持ちを人に話すのは苦手で、信者の悩み事や、自分の仕事の話をする方が楽である。
神父は、忙しすぎて友人と出かける暇がない。交流のある司祭の友人は数人いるが、彼らとの付き合いをそれほど楽しいとは思えず、むしろ教会の信者のために働いている方が、満足感がある。また過去に何度か、親しくなった人との友情が壊れてひどく辛い思いをしたことも忘れられない。だから、常に次の仕事へと気持ちを向けることで、孤独感から目をそらしている。一方、主任司祭は、ジムの交友関係の狭さや過労が気にならないこともないのだが、ともあれジム神父が仕事に積極的で実際よくやってくれるので、大部分では満足している。そのうえ、どこから見ても理想的な司祭には、なかなか否定的な意見を口にしにくいものである。
霊的生活の面では、ジム神父は聖務日課を欠かさないように努めてはいるが、忙しくてどうしても出来ないことがある。霊的指導は、神学校時代にやや威圧的なものを感じたので、叙階してから一度も受けていない。今いちばん霊的充実感があるのは、ミサを挙げているときと説教をしているときである。

さて、ジム神父には何か問題があるだろうか。また主任司祭が心配すべき点があるだろうか。あるとすれば、どんな問題だろうか。もしあなたが主任司祭なら、ジム神父に何と言うだろうか。

ジム神父のような人の援助のし方
ジム神父には、対立する二つの非常に強い人格特性がある。依存的で、周囲の支えや親密感、承認、いたわりを普通以上に求める反面、人前では不安感をぬぐえず、なかなか心の触れ合いを持とうとしない回避的なところもある。回避型の人は、一般に、表向きは社交的だが、実は親友がほとんどいず、人に対する構えを解くことがどうしてもできない。しかし、無防備でいることに耐えられないと、自分が強く求めているいたわりや優しさを人から受け取ることはできない。
依存的で回避性もあわせ持つ人は、奉仕に強く惹かれることがある。人から必要とされることで、親密感に対する欲求がある程度満たされるからである。また与える立場にいることには、安心できるという面がある。心地よい距離を保って人間関係を維持するには、人に奉仕したり与えたりする立場の方が都合がよい。しかし、人と親しくなりたい、人の支えが欲しいというジム神父のニーズは、どれほど人に奉仕しても、それによって満たされることはありえず、いずれは、関係が一方通行であることや孤独感が消えないことに怒りを覚えるようになる。
ジム神父に必要なのは、自分の人格力動と恒常的な欲求不満との因果関係を理解し、健全な自己改革を行うための支援である。しかし、神父は回避性人格で、自分を傷つきやすいと感じているので、人に助けを求めることは、まずしそうもない。
神父の「依存−回避」傾向がさらに深刻な問題に発展するまでの時間は、ジム神父の年齢、身体的な耐久力、ストレス耐性の程度によって一概には言えないが、最短で数年から、場合によっては何年もかかる。ジム神父のような人によくあるのが「燃え尽き」である。今後神父には、激しい疲労感を覚えたり軽い病気に頻繁にかかる身体症状や、抑うつのなどの精神症状が出てくる可能性がある。このような症状が出るのは、人がバランスをくずしているというサインであり、状況を変える効果的な行動のきっかけが必要である。
世間一般にいるジム神父のようなタイプの人たちは、問題行動に走りやすく、自分の人間関係では得られない慰めを求めて食べ物やアルコール、薬物、セックスなどに向かう。行動異常の徴候は、主任司祭や上長の目に最初に留まったものであることが多い。しかし悪くすると、その時点ですでに問題が悪化して依存状態が手におえないところまで来ており、身体的、精神的、霊的健康が大きな危険にさらされているということもありうる。
ジム神父の問題は、人に与えることと、人から与えられることとの間に、健全なバランスを欠いていることである。彼の場合、根本的に人への奉仕が過剰で、人から受ける割合が少なすぎる。ジム神父に必要なのは、惜しみない奉仕は続けながら、自分のことを考えて人の依頼を断ったり仕事に限度を設けたりできるようになることである。自分を大切にすることは、利己的な行為ではないし、自分を大切にしないことは、決して美徳にならない。人から受け取る姿勢がなかなか身につかないとすれば、それは自分の無防備さからくる恐れによって、過去の心の傷がよみがえるからである。ジム神父の改善には、カウンセリングによる支援が必要かもしれない。
また、これは主任司祭にとって、ジム神父に自分の所見を話し、カウンセラーか霊的指導者に相談するように促す絶好の機会である。ジム神父がバランスをくずしていることに気づいてやるのが早ければ早いほど、本人のその後の苦労が短くて済む。残念なことに、多くの、特に回避型の人たちは、抑うつや身体的な病気といった何らかの問題でどうしようもなくなるまで、人に助けを求めようとしない。
与えること・与えられることのバランスを失う危険性は、司牧活動にたずさわる人なら誰にでもある。そもそも、私たちは神から与えられる豊かな愛がなければ、人に与えることはできない。ヘンリ・ナウエンは次のように言っている。「自己刷新は、私たちが努力で勝ち取ったものからではなく、喜んで受けた杯からもたらされる。これがキリスト者の再生の神秘である」。

(訳注:最後のナウエンの言葉は、2005年にNew City Pressから出版された"Words of Hope and Healing: 99 Sayings by Henri Nouwen"の44頁にある。)


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39. ボブ神父 The Intervention Process

(筆者不明)

たとえば、あなたには神学校で共に学んだボブという友人がいて、親しくしていたとしよう。連絡を取り合い、時間を作っては月にたびたび食事に出かけていた。神父になりたての頃は、二人とも小教区で働いていたから、司祭職の喜びも苦労も自然に分かち合えた。変わったことや困ったことがあれば、お互いに電話をして相談することもあった。
あなたは今、都市部の大きな教会で主任司祭をしている。一方、ボブ神父は、10年前に小教区の仕事を離れ、司教代理として司教区事務局で働いている。神父たちからの評判は上々で、教区の資金調達担当者として欠かせない存在になっている。人づき合いでも、気さくで人をそらさない魅力を発揮している。
ところが最近、ボブ神父はいろいろ理由をつけては、あなたの食事の誘いを断るようになった。しかしある日一緒に出かけてみると、ボブ神父は酒の量が増え、太ったことにあなたは気づいた。さらに気がかりなのは、良くない噂が耳に入ってくることだ。神父たちの中に、ボブ神父が電話口ですぐにカッとなるといってこぼす人が少なからずいる。また「カミナリ事件」というのが密かに話題になっていて、何でも、重要な書簡の書き方でちょっとしたミスをした司教事務局の職員を、ボブ神父が激しく怒鳴りつけたというのである。
さて、ボブ神父には何が起こっているのだろうか。あなたならどうするだろうか。

ボブ神父のような人の援助のし方
このケースでは、長い時間をかけて行動の変化が進んできている。ボブ神父の友人(であるあなた)は、この変化の一部を目の当たりにしただけでなく、周囲の噂話や批判が耳に入っている。アルコールは、ボブ神父の最近の問題行動の一つの要因ではあるが、さらにいくつかの出来事によって、怒りの制御がむずかしくなっている様子が明るみに出ている。何かがおかしいのだが、こうした問題行動の原因が、果たして飲酒にあるのか、それともボブ神父の人格や人に与える影響に無神経なところにあるのかが、判然としない。人格障害とアルコール等の依存とは別のものだが、共通する重要な特徴がある。それは、いずれも本人に自覚がないことで、おかげで二つのうちどちらかを抱えている人の支援は容易ではない。
私たちの人格構造の主な要素は、自分のニーズを満たしたり、自分の感情をコントロールしたり、葛藤に対処したりするために幼い頃から身につけてきた戦略である。「人格」は、本人にはそれが普通だと感じられるものなので、性格が引き起こすトラブルは、往々にして、無能な同僚や気のきかない上司といった、不愉快な「周りの人たち」による逆境が原因であるかのように感じられる。同様に、依存性のある物質に手を出したり、依存行動に出たりするのも、本人は自分のニーズを満たすため、あるいは特定の感情をコントロールしたり葛藤に対処する方法だと感じている。
人格障害と依存のどちらかを抱えている人は、世間ですでに有害と認識されているものに慰めや安定を見出す。それらの問題を抱えている人たちが癒されるには、自分の行動が、いかに自分の生きにくさの元凶、あるいは少なくとも悪化の原因になっているかに目を向けることが必須であるが、この認知の変化のきっかけを作るのが、「介入(intervension)」と呼ばれる措置である。
介入の根本的な目的は、本人の心をゆさぶり自己改革の転機をつくる危機状態(crisis)の発生を意図的に早め、本人が支援を受け入れざるを得なくなるような切羽詰った状況を生み出すことである。これは困難で、結果の予測しにくい、かつ往々にして痛みを伴う仕事であるが、成功の確率を高める秘訣はいくつかある。
まず、介入は少人数のグループで行い、メンバーは、対象者と何らかの個人的なつながりのある人にする。対象者の友人、同じ職場の人、上長が入るのが最も望ましい。家族か同様の関係者でもよいだろう。
次に、対象者に、介入の責任者が主催するミーティングに出てほしいと伝える。ミーティングのテーマは本人には伏せておく。何か言わざるを得ない場合でも、具体的なことは言わない。重要なのは、メンバーが事前によく準備して、各自が発言すべきこととその理由を理解していること、精神的な負担を皆で分け合っていること、チームとしての意志が固いことを確認しておくことである。介入の打ち合わせとリハーサルの際にプロのカウンセラーの助けが有益だったという人は少なくない。
チームのメンバーは、介入を行う前に対象者に関する明確な目標設定をしておく必要がある。一般にこれは、専門家による正式な評価にも関わってくるものである。またチームに加わる上長には、譲歩の限界を決める権限と強固な意志が不可欠である。たとえば「もしも、私たちがして欲しいと考えている形であなたがこの問題に目を向けようとしないなら、今の職を離れてもらうことになります」といった、対象者が言われたとおりにしない場合はどうなるかという宣告をしなければならない。
介入チームのメンバーになったことのある人なら、介入が本質的に生やさしいものではないことをご存知だろう。誰にでも、個人的な悩みや疑いの気持ち、自分自身の弱さからくる恐れはあるが、だからこそ、介入はキリスト者の愛の行いにもなる。人から深く愛されている人でさえ、長い年月を経なければこの介入に感謝する日は来ないかもしれない。むしろ裏切られた、誤解された、失望したと感じる方が普通であるから、本人が腹を立てたとすれば、そのような受け取り方をしたせいかもしれないし、もしかすると深い恐れを隠そうとしてのことかもしれない。
介入が成功するのは、本人を動かす危機状態が生まれた場合である。しかし危機にある人が誰でもそうであるように、介入の対象になった人は、一刻も早く安堵感と安全感を得る必要がある。したがって、介入を行った場合は、次のステップである専門家のアセスメントを可能な限り早く行うべきである。


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38. ブラザー・ジョン Narcissistic Personality Disorder

(ステファン・J・ロセッティ師は、セントルーク・インスティテュートの院長であり最高経営責任者である。師は学術的な博士号と実践的な司牧学博士号の学位を取得している。)

ブラザー・ジョンは、教育修道会に所属している。教師としての腕は確かで、彼のおかげで伸びた学生は多い。ジョンには、昔から学生の取り巻きがいるが、きまって依存的なパーソナリティの学生たちで、文字通りジョンの「後についていく」ので、ジョンは「教祖様」のようになる。
同僚の教員や学生の父母の中にもジョンが親しくしている人たちはいるのだが、人間関係はたいがい長く続かないうちにこじれてしまう。関係が終わるたびにジョンは、自分のことを理解してもらえなくて嫌われたと不満を口にする。
実は、ジョンは昔からたびたび共同体の調和を乱してきた。入会当初は、彼にほれ込む人が多かったし、しばらくの間は、衝突が起こっても、彼のことを理解し、守ってやろうとする人もいた。しかし、ある時からジョンは、共同体の上層部に対して反発したり批判したりするばかりか、修道会の他の会員にも敵意を向けるようになり、その態度が次第に目に余るようになった。
ジョンは、外から見ると自信ありげで、落ち着いて見えるが、人から批判されると悪く解釈し、ひどく腹を立てて、批判した人を激しくののしる。おかげでこれまで共同体の大勢のメンバーが傷つけられてきたのだが、本人は気づいていない。
また、ジョンは上層部の決定を陰で非難しては、不満の種を蒔こうとするところがある。自分ならもっとうまく共同体を率いていけるのにとでも言わんばかりの態度で、周りの人たちが自分になびくのを期待する。自分では、自分の意見がいつも周りからひどく「無神経に」却下されることに深く傷ついている。自分は共同体の中で指導的な立場を与えられてしかるべきだと思い込んでいる。
今では、共同体でジョンに味方する人は誰もいない。ジョンは体重が増える一方で、風貌もだらしない。身だしなみが悪くなり、自由時間はいつも一人でいる。ジョンが共同体のメンバーと接触するたびに、メンバーたちは強い敵意と攻撃にさらされているような気持ちになる。
ジョンのこのような態度が何年も続いて、とうとう何か対策を講じたいと考えた共同体は、修道院長に相談するため代表者を数名派遣した。院長は、過去3人の前任者がと同じように、ジョンの態度について本人と話し合ったが、これまでのところ何の変化も見られない。ジョンは院長に向かって「共同体の中の人間関係がおかしくなっているので、自分が学生とうまくやっているのを妬んでいるんです」と言ってのけた。ジョンは院長と対立すると、自分を慕っている学生や友人をたきつけて、上長に手紙や電話で攻勢をかけさせる始末だった。

ジョンが抱えている問題の性質
ジョンには、自己愛性人格障害と呼ばれる人格障害がある。加えて、攻撃的、被害妄想的な性質があり、また自己敗北的な面もあるようである。それだけでなく、長く引きずっている権威にまつわる問題が解決されていない。
ジョンには、自己誇大感があるので、自分を過剰に賞賛してくれる依存的な学生を周りに集めるのである。学生たちのお追従は、ジョンの壊れやすい自尊心をくすぐろうとする機能不全的な努力であるし、ジョンはおそらく、幼少期に受けたいくつかの心の傷のせいで、自尊心が深く傷つき、心の奥底に怒りがくすぶっていて、それが人から批判を受けるたびに発作的な激怒となって表面化するのではないかと思われる。
ジョンは、学生たちと数少ない友人を操って自分の味方にしようとしているが、つまりは彼らを自分のために利用しているわけで、これも自己愛性質のもう一つの徴候である。それに加えて、ジョンには他者への共感というものがなく、自分が人、特に共同体の人たちをどれほど激しく傷つけているかに気づいていない。
共同体で長年人とぶつかり批判されたあげく、ジョンは今では共同体生活から気持ちの上で引きこもってしまい、抑うつの症状を見せている。

ブラザー・ジョンのような人のためにできること
さて、院長や共同体はジョンをどう扱うべきだろうか。
どのようなタイプの人格障害も、治療には長い時間がかかり、困難が伴うものである。困難の要因の一つには、人格障害にありがちな、自分のことは好意的に受け止めてしまう「自我同調的」な傾向があるということ、つまり、本人が直接その障害に苦しんではいないということがある。自分の行動の結果に苦しむことはあっても、障害そのものに悩んではいないのである。今回のケースでは、ブラザー・ジョンは自分の自己愛性人格には問題を感じておらず、自分の対人問題の責任を他人に投影している。
こうして考えると、ジョンが自分の自己愛に対処するために心理療法を受けることは、ありそうにない。もしセラピーを受けることになったとしても、院長の支持で仕方なくするのが落ちで、自分から他人とのかかわり方を変えなければならない理由など理解しないだろう。このようなケースでは、セラピーの目標を具体的で現実的なものにする必要がある。
ジョンの悩みはどうやら、自分が共同体から拒絶されていることと、自分にはその資格があると感じている指導的な立場に就かせてもらえないことのようである。その結果、いくつか顕著な抑うつの徴候を抱えている。院長の重要な役割は、ジョンの抑うつ症状に対する治療がきちんと行われるように監督することである。
セラピーを受ければジョンの抑うつは改善されるし、おそらくは彼の自己愛についてもある程度は限られた進展があるだろうが、院長としても、共同体と本人が、彼の存在を受け入れられるように目を配ることが大切である。
共同体はこれまで、一度もジョンの機能不全的な態度に直接対処することをせず、院長に任せきりだったようである。院長にはこのような場合に果たすべき特別な任務があるのは確かだが、共同体としてもこの問題にはずっと以前に直接向き合っておくべきだった。共同体の健全性にとって重要なことは、ジョンとの間で実際に体験していることについて、また、ジョンの幸福に関する純粋な思いについて、メンバー全員が正直になることである。共同体内部が互いに正直になって支えあうだけでなく、ジョンに対しても正直にならなければいけない。
共同体は、修道院長を含めて、自分たちが今までジョンのどんな態度に傷つけられてきたかを正確に彼に話しておくべきだったし、共同体全体として、また院長も含めたメンバーそれぞれが、彼のどんな振る舞いなら受け入れられるかについても、明確な限界を設けておくべきだった。ジョンがその限界を超えた場合は、懲罰をはっきりと決めておいて執行するのがよい。
正直な対話と明確な限界設定がなかったために、共同体は長い間ジョンの態度に傷つけられてきたし、ジョン自身も孤立無援の抑うつ状態に引きこもってしまった。人格障害、特に自己愛性障害は扱いが難しく、往々にして共同体生活に問題を起すものである。しかし、正直で率直で強い精神を持った共同体ならば、そうした障害による被害を克服し、ジョン自身を含めたメンバー全員の心の健康を育むことができる。


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37. シスター・スーザン On Telling and Hearing Stories

(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、セントルークの研修部長である。)

語り合うこと、聞き合うこと
語りにとって不可欠なのは、交わりときずな、そしてそれを求める気持ちである。交わりときずなを失うと、人は自分を見失う。
(米国の児童精神科医ロバート・コールズの言葉)

シスター・スーザンは、現在、性的いやがらせとアルコール依存の治療のためセラピーを受けているが、目下の悩みは修道会の姉妹たちとの関係改善である。「だいたいにおいて姉妹たちと一緒にいるよりも、サポートグループの人たちと一緒にいる方が、居心地がいいんです。共同体では、お互いに話をしたり聞いたりするのがどうも上手くできないようなので」。
セラピーを受けるようになると、自分の所属する共同体や教区の人たちと充実した人間関係を築こうとして四苦八苦することが珍しくない。多くの場合、原因は本人の変化にある。新しいスキルを身につけた彼らには、これまでとは違った期待や欲求がある。そして、セラピーを受けた彼らが今まさに歩んでいる成長・発展のプロセスの重要な一部になっているのが、過去の出来事だけでなく、現在進行し、これから展開していく事柄について、人に話したり、人の話を聞いたりする能力であることが多い。しかし、すべての修道者や聖職者が、語りの持つ力に対する認識と、語りによって自己開示をする能力を備えているとは限らないところに問題がある。

私的な語りの持つ力
私たちが人に話をしたり、人の話を聞いたりするときのことを考えてみると、知見を交換するばかりでなく、たとえば祝いごとや、悩みごと、弔いごとがあったときなどには、会話で互いに相手を楽しませたり、場を取り持ったりしていることが分かる。私たちが語る話は、そもそもが、お互いの「結びつき」を作る手段なのだと言える。個人的な話をし合うことは、さまざまな連帯、きずな、友情、共同体を形成する上で欠かせない要素である。煎じ詰めれば、自分の話をすることで、自分自身とより親密な関係になることができ、人と親しくなる機会と技量を高められるのである。
また自分を「語る」ことによって、普通は無秩序に記憶されている自己体験の意味を理解することができ、それを通じて自分なりの表現力を伸ばすこともできる。そして、その表現力の向上は、無力の状態から脱して人間としての力を獲得する一つの方法だが、その力は自分や人を変えるエネルギーを持ちうる。また、互いの個人的な話に「耳を傾ける」ということは、互いをいたわり、励まし、支える手段の一つである。話したり聞いたりすることによって、私たちは自分たちのさまざまな面に思いやりを持って接することができるようになる。
私たちの文化では、語りという行為の大半を映画や小説、テレビといった媒体に譲り渡してしまっていて、私的な語りに対しては、関心を失っているだけでなく、場合によっては苦痛を感じたり、どう聞いたらいいか分からないことさえある。その結果、私たちは、日々の生活との接触だけでなく、人と実りある関係を持ちたいという望みや、そうする能力との接触を失ってしまっている。
セラピー、特にサポートグループやセラピーグループといった形式のものから期待できる成果の一つは、これまでよりも容易に、上手に、そして何よりももっと頻繁に、個人的な話をしたり聞いたりする能力が、その価値の認識とともに得られることである。こうしたグループでは、私たちが語る話は自己理解の手段であるだけでなく、ここが大切なところだが、他者を理解し交流を活発にする手段でもある。話したり聞いたりすることは、人間関係を深く掘り下げ、他者との関係を通して自分というものを理解するのに役立つ。また傾聴によって、さまざまな見識や自分にとっての課題を得ることもできる。特に、異なった文化を持つ人どうしの関係では、人の体験に耳を傾けるということが、ますますもって重大になる。語りというものは、公的なものであれ私的なものであれ、身体、心、知性、霊性を問わず、生活のあらゆる面を豊かにする創造的な「あり方」にまでつながっていく行為である。
シスター・スーザンが今感じていることと、語りと傾聴の重要性とを考え合わせると、シスター・スーザンと共同体にとって現実的な解決策として、次にどんなことが考えられるだろうか。共同体の姉妹たちが最大の成果を得られる方法は、セラピーを体験したシスター・スーザンに予想される事柄について、何らかの明確な心の準備をすることだろう。そして、メンバーの一人が変わったからには、自分たちの生活も一緒に変わっていくのだという覚悟も必要である。皆がより深い理解と楽な気持ちで共同生活を円滑に送るためには、変化と抵抗について多少なりとも理解しておくとよい。
シスター・スーザンに共同体を活性化するパン種になるチャンスがあるとすれば、それは彼女が自分の学んだこと、特に語りの重要性について学んだことを共同体の人たちと分かち合えたときである。シスター・スーザンが、ほかの人たちを遠ざけることなく分かち合いを成功させるためには、共同体はセラピーグループでもサポートグループでもないこと、姉妹たちには、自分が身につけたスキルがないかもしれないということをわきまえておく必要がある。このような認識と現実的な期待を持てば、シスター・スーザンと共同体の姉妹たちは、目標とすべき課題を見つけ、見識を深め、きずなを作るという、一つの物語を共に書き上げることになるだろう。


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36. シスター・ジェニー Why Deal With Past Trauma? (Sexual Abuse)

(キャスリーン・ガラハー博士は、セントルークのセラピストである。)

シスター・ジェニーは36歳で、修道会に入って11年になる。修道生活に惹かれたのは、子どものために働きたいという気持ちからだったが、会の修道女たちの強い共同体意識に魅力を感じたのも確かである。共同体での彼女の人間関係はおおむね良好である。姉妹たちがシスター・ジェニーについて気づいていることといえば、スケジュールを守ることがとても大切で、予定がぎりぎりになって急に変更されると動揺してしまうということである。最近、数名の姉妹たちから、シスター・ジェニーは何か問題を抱えているのではないかという心配の声があがった。本人にも周囲にも説明のつかないようなことが、シスター・ジェニーに起こっていた。修道会に男性の訪問者があると取り乱した様子を見せ、特に中年男性が一緒にいると気持ちが落ち着かない。夜になると自分の寝室に鍵を掛け、どきどき悪夢にうなされる。周りの人たちから大丈夫かと訊かれると、いらついて「何でもない」と言う。
今年、シスター・ジェニーは小学5年生の担当で、性教育の授業を初めて受け持つことになったが、修道院では日々不安が募る様子を見せている。眠る前に部屋の扉を何度もチェックするし、寝巻きは二枚重ねにして着る。先日そのことである人にからかわれると、怒ってぷいといなくなり、その人と何日も口をきこうとしなかった。また、激しく泣いたり窓の外をぼんやり眺めていることも多い。友人の一人に打ち明けたところによると、このまま気が狂うのではないかと感じていて、自分でも何が起こっているのか理解できないという。祈りの時間だけは平常心を取り戻す。静修会のとき、シスター・ジェニーは、幼い頃、性的いやがらせを受けた経験があると告白した。しかし、指導者から、その辛い記憶について専門家の助けを求めるよう勧められると、「過去のことはそっとしておきたいんです。考えても憂うつになるだけですから」と言ってためらった。

いやがらせに対する初期反応
シスター・ジェニーが自分の過去に触れたがらないのも無理はない。彼女は9歳から13歳になるまでの間、どきどき叔父からいやがらせを受けていた。レイプされたことはないので、彼女はそれが「本当に性的いやがらせに当たるのかどうか」確信がない。胸が膨らんできた頃、叔父に男に気をつけた方がいいぞとか、男はこんな風に考えるものだといったことを言われ、それ以来、ジェニーはいつもだぶだぶの服を着るようになった。また叔父に抱きしめられるときの感じも不快だった。そのうちに、叔父は夜になると彼女の部屋に入ってきては、自分の身体を触れと強要するようになった。ジェニーは、言われたとおりにしなければ、もっとひどいことをされるかもしれないといつも恐れていた。抵抗したこともあったが、そのとき叔父は、ジェニーの妹のことを近ごろずいぶん「可愛く」なってきたなとほのめかしたので、それからジェニーは抵抗するのをやめてしまった。
シスター・ジェニーはこの問題を誰にも話さず、自分の胸にしまっておいた。10代は孤独だったと振り返る。男の子には近づかず、集団に紛れて目立たないよう心がけていた。勉強は良くできた。地元ではボランティアもしていて、困っている人たちのための援助活動をいくつも手がけて忙しくしていた。始終動き回っていることがすっかり身についてしまったのは、そうしている方が過去の心の痛手に触れずにいられたからである。その目論見どおり、シスター・ジェニーは人前では明るく振舞うことができた。

なぜ今になって、過去の心の傷と向き合わなければならないのか
過去に関する最大の問題は、過去が過去の中だけに留まっていることがめったにないということである。シスター・ジェニーは、過去を考えないことによって自分が過去をコントロールできると思い込んでいた。逆説的なことだが、心の痛手は、認識されていないときにこそ「最大の」支配力を持つ。抑圧されてきた感情は、大人になってから表出するのが普通で、まさに思いのたけを体で表現するかのように、その人の反応や態度にあらわれる。いやがらせによってシスター・ジェニーが受けた苦しみやさまざまな影響は、これまで彼女の人生にずっと影を落としてきており、今や共同体や職場で人として機能する本人の力を大きく妨げてしまっている。

トラウマと向き合う
子どもは自分にとって最良と思われる方法でいやがらせに対処する。子どもは皆、人生を安全に乗り切っていく方法を見つけ出そうとするものである。そして「ミルクの入ったコップを押したら、中身がこぼれる」「熱いストーブに触ったら、やけどをする」といった現実的な法則を覚える。シスター・ジェニーはいやがらせをされたとき、「その状況を招いた」のは自分のせいだと感じた。そこで、その後いやがらせを避けたり防いだりするための「法則」を身につけようとした。大人になってからは、年上の男性を避け、身体の線を隠し、周囲の状況をコントロールすることで、自分の身を守ろうとした。過去のいやがらせと似た状況に出会うと、しばしば恐怖と苦痛がよみがえった。彼女が5年生にセックスについて話そうとしたときにパニック反応起きた理由も、これで説明がつく。自己防衛のためにその状況から身を隠すのは、心の傷を受けた人の自然な反応である。しかしながら、自分を傷つける可能性のある人たちから自分の身を守ろうとするあまり、シスター・ジェニーは、自分に支援や愛情を与えてくれる重要なよりどころから自分を切り離す結果も招いている。
自分の受けたいやがらせのことを思い出したり人に話したりするのは辛いが、それをせずに生きるということは、「さまざまな記憶や恐怖の瞬間を通してたびたびよみがえる」心の傷を抱えて毎日を送ることに他ならない。過去の痛手は、それが人に言えないほど恐ろしいものとなって自分を操っている限り、現在を支配しているのである。しかし癒され、過去と和解すれば、私たちは自由になり、周りの人たちと新しい開かれた関係が持てるようになる。沈黙の壁を破って過去の傷を認めることが、癒しの第一歩である。

癒し
過去の心の傷に取り組むのは、単に辛い思い出をよみがえらせることが目的ではない。セラピストの助けを借りれば、いやがらせを受けた人は、実際の出来事だけでなく、そのトラウマに対する自分の思い込みに目を向けることができる。自分から状況をコントロールすべきだったのにとか、いやがらせを受けたのは自分が悪いからだといった、いやがらせを受けた子どもの考える誤った理屈は、大人になってからも依然として影響力をふるっている可能性があるので、その存在を認め、否定する必要がある。セラピーを受ければ、それに代わる信念の効果を試し、事態の真犯人の解明に向けて踏み出すことができる。そしていやがらせによる心の痛手や悲しみと、自分が味わったひどい無力感を表に出すことができる。
癒しのプロセスにあるもう一つの要素は、そのいやがらせが、自己感覚やセクシュアリティ、人間関係、仕事と生活のスタイルにさまざまな形で影響を与えてきた実態を、きちんと把握することである。心の傷を抱えて生きているトラウマ・サバイバーたちは、それによって前述の「法則」が自分の毎日にどのような形で影響力を行使しているか、また、そのせいで自分がより充実した人生を送れずにいるのではないかという点に目を向けることができる。セラピーは、こうした人たちが人生の重要な部分を取り戻す上で役に立つことが多い。このセラピーの作業によって、過去に受けたいやがらせに支配されているという感覚から抜け出すことができるからである。その過程は苦しいものだが、新しい自由の感覚には人を活気づける力がある。この自由を利用すれば、いやがらせの被害者は新しい、より健全な行動と人間関係を作っていくことができる。また、この全人性(ホールネス)を目指すプロセスにおいて、特に重要な役割を果たすのが共同体の支えであることをつけ加えたい。


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35. ブラザー・ビル The 12-Steps and Ignatian Spirituality
(K・エリザベス・オークス博士は、セントルークのセラピストである。)

ビルは57歳の修道士で、入会して35年になる。数年前までアルコールの隠れ依存症者で、自分の大酒は自分だけの問題だと考えていた。決して「人を交えて」飲むことをせず、最初の一杯をビールで始めては酔うまで飲んだ。この傾向は長い年月をかけてひどくなっていったのだが、12年前のこと、修道院でアルコール飲料の在庫管理を任されて、ビールとウォッカをいつでも好きなだけ飲める役得を手にしてしまったことで、事態が表面化した。

ついに修道院のほかの修道士たちが、ビルの飲酒パターンとそれに関連する行動を不審に思うようになった。しょっちゅう寝坊をする、夕食の席につくときにすでに酔っている、いらついて人に食って掛かる、ときには週末を自室にこもりっきりで過ごすといった状態で、そのうえ欠勤の常習犯で仕事を2度もクビになっていた。ビルの身の回りの衛生状態や日常生活も劇的に悪化し始めていた。結局共同体として管区長の介入を要請することになったが、そのきっかけとなったのは、ビルが目は覚めているのに自分のしたことを覚えていない、飲酒による「一時的記憶喪失」の状態で運転をし、修道院が所有する車の1台を木にぶつけて「潰れ」させたことだった。幸いけが人は出なかった。

管区長による介入の結果、ビルはアルコール依存症治療施設に3カ月間入ることに自分の意志で同意した。入所中、ビルはアルコール中毒者自主治療協会(AA)と12ステップについての手ほどきを受けた。AAのミーティングに行くことに、ビルは始めのうち抵抗を示した。ほかの人たちが話しているような飲酒の問題を自分は抱えたことなどないと主張して、自分をAAフェローシップとは認めようとせず、またメンバーたちが話しているのは「ハイヤー・パワー」のことで、神のことではないと言って、AAの「12ステップ」霊性に共感を示さなかった。

ビルにとって幸いだったのは、ミーティングに出席し始めて間もなく、ジョンというAAの「大先輩」と出会えたことである。ジョンも神父で、AAですでに18年間ソブラエティ(回復)を維持している人だった。神父はビルのAAスポンサー(ピア・カウンセラー)になってくれ、一緒に実践を行いながら、ビルが12ステップのプロセスに関する理解を深め、AAフェローシップにより十分な形で参加できるよう力になってくれた。

12ステップとイグナチオの霊性
ビルは、12ステップの原則が、実は聖イグナチオ・デ・ロヨラの残した業績とその霊操をAAの創立者たちが翻案したもので、自分の意識の糾明を日課にすることと、祈りと黙想に毎日一定の時間を捧げることに重きを置いていることを理解するようになった。12ステップの実践に受け継がれているイグナチオの霊性のきわだった功績は「霊的覚醒」、つまり回心のプロセスにあるが、多くの断酒中のAA会員が実際にこの霊的覚醒を体験し、また自分たちがソブラエティを維持できているのはそのおかげであると報告している。ビルは、ひとたび12ステップのルーツがキリスト教的なものだということを知ると、ステップをアルコールからの回復に真剣に応用し始め、自身の日々の信仰実践もまた一新された。

12ステップにおける心理神学的なテーマ
さらにジョン神父のおかげで、ビルは12ステップが、自分になじみのある「自己解放」「希望は苦しみを凌ぐ」「自分の体験を人と分かち合う」「限界を受け入れる」「今を生きる」といった心理神学的なテーマを実践に取り入れていることを理解するに至った。12ステップの実践とミーティングへの出席を始めてしばらくすると、ビルはAAの共同体(フェローシップ)に参加すること、12ステップを実行すること、ほかのアルコール依存症者に奉仕活動をすることによって自己解放を味わうことができた。ひとたび自分がAAフェローシップの一員だと感じられるようになると、ビルは、長い間自分が見失っていた希望を取り戻したとジョン神父に告白した。また、ほかの断酒中のAAメンバーたちの生き方を知ったおかげで、自分にも今までとは違う人生、アルコール無しの人生が送れるのだと思えるようになったとも話した。

自分の飲酒体験をミーティングで分かち合うことを、多くのAAメンバーはアルコール中毒回復プログラムの「礎石」と考えている。自分の体験を人に話し、また人の体験談に耳を傾けることが、心の癒しと自己統合のプロセスを進む上で自分の助けになったことにビルは気づいた。ジョン神父から、それは話し言葉の力によるものだと教えられた。ビルはまた、自分がアルコールを制御できないという現実との闘いを放棄することができたが、それは自分の限界を受け入れ神の恵みを信じたからでもあった。今を生き、自分の将来を破滅的に考えるのをやめることはなかなかできなかったが、ジョン神父から時間の感覚に関連するAAの代表的な標語を利用してみるよう勧められた。その「この苦しみもいつかは去る」「大切なことから先にする」そして最もよく知られている「まずは今日一日を精一杯」といった標語のおかげで、ビルは過去や将来に向かいがちな自分の注意や思考を今この瞬間に引き戻すことができるようになり、気持ちが楽になった。

幸せな未来へのつらい道のりを歩く
プロのサイコセラピストとの定期的な面接だけでなく、AAフェローシップに参加したおかげで、ビルはきわだった心理神学的な成果もいくつか得ることができた。一つは新しい社交スキルが身についたことで、これはミーティングに出席したことと、ほかのアルコール依存症者のために奉仕活動をしたおかげである。ビルの考え方や感じ方に見られるようになった変化は「認知の再構成」(訳注:自分で気づいた自動思考を合理的な思考に変えていくこと)と言われているものだが、これも重要な心理神学的成果だった。ビルは、これからもアルコール依存からの回復を維持していくことが容易でないことは認めている。しかし、アルコール依存症者が12ステップを真面目に実践すれば、霊的回心・人格的回心・生活の回心という三つの回心を経験できるということも承知している。ビルはすでに断酒して2年になるが、12ステップに初心者を迎えるときによく用いる祈りの言葉がある。これはAAのメンバーならではの努力と報いの両方をうまく言い表している。「さあ、幸せな未来へのつらい道のりを一歩ずつ歩いていこう」。


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34. ジョー神父 Prioritizing Physical Health

(登録栄養士で公衆衛生学修士号を持つエレン・M・グリフィスは、セントルークの臨床栄養士である。)

ジョー神父は42歳の教区司祭である。2年前、アルコール依存症による入院治療を受けたが、その間に買い物依存の回復にも取り組んだ経緯がある。神父は治療で得られた成果や知識に感謝し、退院後はソブラエティ(依存からの回復)を維持してきた。少し前に継続治療プログラムを終了したところで、これからは「自力でやっていく」のだと、やる気満々である。現在は日常業務に加えて、教会史の編纂といった新しい試みをいろいろ始めたところで、近所の施設に入っている高齢の叔母の介護の面倒も見ている。教会の中では、地域の12ステップ・プログラムに関する広報担当者もしている。

ジョー神父はここ1年で仕事量が増加の一途をたどり始め、1日の労働時間が時には14時間から16時間にのぼっている。運動をしなくなり、ときどき不規則な食事と過食で食習慣が乱れる。昼食を抜くことも多く、食べるとしても車の中で簡単につまめるポテトチップスや軽食で済ませてしまう。パン菓子が好きで、夕方からもうひと頑張りするエネルギー源をその糖分に頼っているようである。夕食は一人きりで食べるのが普通で、夜遅くにテレビを観ながら、ということも珍しくない。司祭館では、食事に関して十分な量を確保すること以外に健康面の注意がほとんど払われていない。賄いの女性は、家族がジョー神父に世話になっているので、カロリーの高い食事をたっぷり用意するのが恩返しだと思っている。おかげで神父は、毎晩食べ過ぎないようにするのが一苦労である。せっかく料理をしてくれる彼女の気持ちも傷つけたくはない。

退院直後だった2年前には、半年に1度健康診断を受け、週に3回運動をし、普段から健康に気を配る生活をしていた。ところがここ1年は、運動をやめてしまい、健康診断もさぼっている。つい最近一般診療の医師にかかったところ、前回の健康診断から7キロ、退院直後からすると14キロも体重が増え、血圧と中性脂肪脂質が高くなっていると告げられた。高血圧は家系的なものなので、もっと頻繁にチェックしておくべきなのは分かっていた。服がきつくなっていたので、太ったかもしれないとは思っていたが、実際の数字に愕然とした。診療室を出たジョー神父は、自分の不摂生を思い知らされてすっかり落ち込んでしまい、自分のことが情けなくなった。今は、自分の行動がこのような結果を招いたことが気になっていて、自分が食物依存ではないかと疑っている。

肥満によるリスク
25歳を過ぎてからの14キロもの著しい体重増加は、ジョー神父の健康を危うくしている。肥満によって、三大慢性疾患である糖尿病、高血圧、高脂血症のリスクが高まっただけでなく、高血圧と血中中性脂肪の上昇が心臓疾患のリスクも増加させている。神父の血中中性脂肪の数値を左右しているのは、食事の質である。カロリーの高い脂っこい食べ物や糖分が、神父の体重と健康に著しい影響を及ぼしている。

このような身体に表れた問題に加えて、ジョー神父の肥満には精神的な問題が潜んでいる。神父は自分はダメだと感じて落ち込み、やる気を失っている。この様子では、日常生活のバランスを乱す原因を作った状況には気づいておらず、またかつてのアルコールや買い物と同じように、今の自分が食べ物を気分転換の手段にしている可能性があることを自覚していないのではないか。

肥満を警鐘にする
ジョー神父の肥満は、学びの機会として利用すればよく、大きな失敗ととらえる必要はない。自分が判断ミスをしたり意識が散漫になったときにどう対処するかを学ぶことは、健康な生活を維持する上で重要なポイントである。ジョー神父が覚えておかなければいけないことは、一時的な現実逃避の手段として高揚感を与えてくれるもの全般に、自分が弱いことである。食べ物を、かつてのアルコールや買い物と同じように利用している自分の今の行動をよく考えてみれば、感情の高ぶりを味わわせてくれる活動は何でも習慣化しやすいことが、さらによく分かるだろう。神父は体重が増えたことを、自分が逃げようとしているものや、自分の生活に足りないものに目を向けるきっかけにすればよいのである。食習慣の改善は、自分の行動の裏にあるものに対する本人の自覚が高まるかどうかにかかっている。

またジョー神父は、身体の健康を第一に考えることは、地味だが、生活を大切にする自分という人間にふさわしい行動だということを忘れてはいけない。そして、誰にとっても、健康習慣のために時間を使うことは、その後の人生をより長く、健やかに生きるための投資である。12ステップの原型に表れているのは、心の平静さ、すなわちバランスは、霊的、精神的健康だけでなく「身体的健康」もあってはじめて生まれるものだという考え方である。回復のすべての側面がバランスのとれた方法で取り組まれなければ、私たちが求める心の平静さは得られないのである。

またジョー神父は、具体的な決心を伴う、現状に合った行動も取らなければいけない。かかりつけの健康管理師のもとで年に1度健康診断を受ければ、予防可能な疾患が悪化していないことが確認できる。また、賄いの人を教育する、食材や調理法の注意点について栄養士と相談させるといったことのために投資する時間は、いちど病気になってしまってから奪われる時間その他の資源を考えれば、微々たるものである。最後に、定期的な運動を自分に課せば、神父にとって数え切れないほどのメリットがある。自分の身体的健康のために時間をかける習慣を身につけることは、自己管理の非常に重要な側面であり、バランスの維持にも有効である。


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33. ジョン神学生 Anxiety Disorders/Social Phobia

(医療ソーシャルワーカーと臨床ソーシャルワーカーの資格を持つアナ・マリー・チャロッキは、セントルークで臨床ソーシャルワークにたずさわるスペシャリストである。)

35歳の神学生ジョンは、神学の1年目である。以前はカトリックの高校で特殊教育の教員をしていた。自分の仕事振りにいつも不安がつきまとっていたとはいえ、比較的少人数の生徒たちを相手に働くのは楽しかった。神学校に入ってからのジョンは、自由時間をほとんど勉強に当てている。ほかの神学生たちが遊びに出かけようと誘っても、宿題があるからとか、試験勉強の最中だからと言い訳をしていつも断ってしまう。それでも大勢の学生と一緒でなければ、誘われて喜んで映画に行くことはあるようである。

ジョンが始終不安にさいなまれていて、授業で自分の発表がひかえていようものなら緊張しきってしまうことに、周囲の神学生たちは気づいている。そういうとき、ジョンは遅くまで起きて準備をするか、さもなければ寝ようとしても寝付けない状態になる。ジョンはこうした苦境をなんとか「切り抜け」はするのだが、いつも汗でびっしょりになり、両手が震えることもある。あるとき数名の神学生から「手の震え」のことでからかわれると、あわてふためいて、自分が批判されるのではないかとおびえた。ジョンは優秀な生徒で、人のために尽くしたいという純粋な望みがあるのだが、ジョンが始終自分のできばえを気にしていること、人前に立つのが苦手なこと、級友との交流を日増しに避けるようになっていることに、神学校長は懸念を持っている。校長との面談で自分の不安症が話題になると、ジョンは「自分が必要以上に心配性なのは分かっています。でもどうしてそうなのか、どうすればいいのか分からないんです」と話した。

ジョンに起きていること
ジョンの抱えている問題は過度の不安だが、可能性として、不安障害の中ではわりあいに多く見られる社会不安障害、いわゆる対人恐怖症が考えられる。不安障害は、米国で女性の精神衛生疾患のトップに、男性ではアルコール・薬物濫用に次いで2位に上がっている。社会不安障害は不安障害の中でも比較的ありふれたタイプのひとつで、本質的な特徴は、きまりの悪い思いをする可能性のある対人接触や人の注目を浴びることへの顕著で持続的な恐怖である。この恐怖の度合いは、この症状を持たない人たちが同じ状況で感じる正常な不安にくらべてはるかに強い。この恐怖は場合によっては不安発作(パニック)を起すほど強いため、当人はいきおい社交的な場面を避けることになる。しかし、その状況が避けられない場合、激しい不安または苦痛を覚えるのは、級友の前に立っているうちに大量の汗が吹きだすジョンのケースで見たとおりである。

重要なポイントは、社会不安障害の人が、自分の恐怖が過剰であるとか、不合理だとかいうことに自分で「気づいている」ことである。また、自分の恐れている対人接触や注目を浴びる状況に対する回避行動、予期不安または苦痛が、自分の日常生活、職業上(または学生として)の責務、あるいは社会活動に支障をきたすということにも気づいており、自分の恐怖症に苦痛を感じている。

社会不安障害のある人たちは、きまって、他人から「弱い」人間だとか、「おかしい」人間だと見られているのではないかと心配している。とくに男性の場合は、自分が社会不安障害だということがなかなか認められない。中には、1、2杯のアルコールが神経を休めるための常用「薬」になっている人もある。現在のアルコールの問題の多くは、元をたどると、不安の「処方箋」として、あるいは苦痛を和らげたり麻痺させたりする方法として酒を利用したことに端を発している。したがって、この精神的な問題の本質を突き止めて適切な治療を受けることがとくに重要なのである。

社会不安障害の典型は人前で話すことに対する恐怖であるが、そのほかよく見られるものとして、知らない人と話す、初対面の人たちと顔を合わせる、人前で飲んだり、食べたり、書いたりする、公衆トイレを使う、人の見ている前で書類に記入したり署名したりする、職場で人に観察される、試験を受ける、に対する恐怖がある。いずれにせよ共通しているのは、人から批判や否定的な評価を受けたり、ばつの悪い思いをさせられるのではないかという心配である。今日ではこの障害に対する認識が高まっているが、その背景には、演奏不安のために20年もの間ステージに立とうとしなかった歌手バーバラ・ストライザンドのような有名人が知られるようになったことがある。

社会不安障害は、生物学的第一度親族(親・子・兄弟姉妹)がこの障害を持っている場合に比較的起こりやすいといわれている。この障害の原因が遺伝的なものなのか環境によるものなのかについては、さまざまな学説がある。おそらく両方の影響が少しずつあるものと思われる。最近の研究では、両親から遺伝する一般的なパーソナリティのあるタイプが、恐怖症の人を必要以上に不安にさせる素因になると考えられているようである。反応性、興奮性、激しやすさを持ったあるパーソナリティは、特定の環境や体験がそろうと社会不安障害を起すことがある。

ジョンに対する援助の方法
ジョンを援助するには、さまざまな介入が考えられる。不安症の人たちは呼吸が浅い傾向があるので、腹式呼吸を学ぶことは不安の軽減に非常に役立つ。リラクゼーション法も不安を和らげるのに良いし、運動は過剰な不安を解放する方法として申し分ない。また瞑想は、霊的生活を豊かにするだけでなく、不安な心を静めるのに役立つ。

認知行動療法の訓練を受けたセラピストに付くという方法も勧められる。そうすればジョンは、自分の不安をあおっている、「もし・・・だったらどうしよう?」という自問自答や誤った信念・期待をいくつか突き止めてその正当性を疑うことができるようになる。ジョンのような人の多くは、ひとつミスをしたら自分は落伍者になってしまうと思い込んでいるが、そのような「オール・オア・ナッシング」の考え方は、心配の悪循環を助長して社会不安障害に拍車をかける。また適切な自己主張のテクニックを学ぶことも、不安障害の人たちが対人関係の自信を育てるのに有効な方法である。不安障害には投薬も行われるが、高い効果が期待できるのは、そのような自己主張のスキルを駆使できる程度に自分の症状を十分にコントロールできる患者の場合である。しかしながら、不安を鎮める薬の中には依存性の高いものがあるという点に、ひとこと注意を喚起しておきたい。セラピストと精神科医が協力して患者の治療に当たるのがベストである。

賢明なセラピストや司牧カウンセラーは、不安障害を持つクライアントがニーバーの「心の平静さを求める祈り」を実生活に応用できるように導く。すなわち、生物学的な素質や過敏症といった変えられないものを受け入れる「心の平静さ」と、深い呼吸を学ぶ、瞑想をする、不合理な信念と戦う、無理のない目標を定める、ストレスを軽減するといった、変えられることを変える「勇気」を持ち、人の助けを借りることで、物事を見きわめる「知恵」を獲得できるよう援助するのである。


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32. シスター・ジェイン Midlife Issues

(リーフ・ノル博士は、セントルークのセラピストである。)

「物事がうまくいかないんです。今までできないことなど無かったのに」。シスター・ジェーン・マリーは目に涙を浮かべながらこう話した。彼女は56歳で教育修道会に所属している。「いつも人のために働いているのに、人からねぎらいの言葉ひとつかけてもらえるでもなく、報われません。もううんざりです」。32年も教育の現場で教師や管理職として働いたあげく人に助けを求めている自分に、怒りと屈辱を感じている。人から励ましや助言を当てにされる立場に慣れていた彼女は、この数年間に自分の身に起きたさまざまな変化にどう対処すればいいのか分からず、もがいている。

シスター・ジェーンは学校で長く管理職を務めた後に、意を決してふたたび教職に戻ったのだが、久しぶりに教壇に立ってみると、学生たちが昔に比べて扱いにくく、気が散りやすいのを見て幻滅してしまった。同僚の教師たちも以前よりよそよそしく、冷淡な感じさえ受けた。気がつくと、学生に対して怒りっぽくなり、教職員会議にも足が向かなくなっていた。ときどき自分の車の中で昼食を取っては、わけもなく泣けてくることがあった。共同体の姉妹たちとの関係を尋ねると「浮き沈みがある」と語った。また、最近親友を二人失ったばかりだった。一人はがんで病死し、もう一人は還俗して共同体を去ったのだが、その悲しみがまだ癒えていない。共同体の人間関係については、この5年間自分が仕事に専念してきたおかげで衝突が減ったのは確かだが、「風通しの良さや信頼感が失われた」と感じている。ことあるごとに打ち明け話のできるような相手は、今のところいない。

アルコール中毒だった父親が少し前に亡くなると、妹がシスター・ジェーンともう一人の妹にある秘密を打ち明けた。父親から10代の頃ずっと性的暴行を受けていたというのである。するともう一人の妹も、不適切な身体の触られ方をしたことがあったことを認めた。この事実が明るみに出たことは、シスター・ジェーンにとって激しい衝撃だった。父親を強い霊的な人として崇拝していたからである。彼女は今、父親の死を悲しむと同時に、父親と家族の粉々に崩れてしまったイメージと向き合っている。また自分が「無傷」だったことと、二人の妹たちを守ってやれなかったことに罪悪感を持っている。父親が修道生活を選んだ自分を励まし、自慢に思ってくれていたという事実と、妹たちにひどい仕打ちをしていたという事実とを、うまく結びつけることができずに苦しんでいる。

シスター・ジェーンに起きていること
シスター・ジェーンのケースには、抑うつや、生まれ育った家庭にあった未解決の問題、中年期に生じる数々の疑問といった、仕事熱心で献身的な聖職者として成功してきた人の多くが直面するいくつかの問題がくっきりと浮かび上がっている。シスター・ジェーンは強く有能な女性で、これまで自分の召命や仕事、人助けの価値に対する確信が揺らいだことはなかった。また自分はタフな人間で、主からどんな試練を受けようとも大丈夫だという自覚もある。しかし、仕事でいくつか強いストレスを受けたところに、幼い頃から放置してきた心の傷口が開き、そのうえ共同体の姉妹たちとの距離が開きつつあるという悪条件がしめし合わせたように重なって、自分のなじんだ生き方が急に行き詰ってしまったのである。

シスター・ジェーンを苦しめているのは、英雄的自我である。彼女はそのすさまじいエネルギー、知性、対人スキルによって、これまでの人生でいくつもチャンスをものにしてきた。仕事はいくらでも引き受けることができたので、「ノー」と言わないことが身についてしまった。成功を重ねるうちに、自分はやればもっとできるのだと思うようになった。同僚たちもそんなジェーンが当たり前になり、すべき仕事や解決すべき問題が増えても彼女なら「なんとかする」だろうと考えるようになっていた。皮肉なことに、今はその長所がのおかげで彼女は身動きが取れなくなっている。そして親友や周囲の支えの無いことが災いした。自信と過剰なうぬぼれが邪魔をして、なかなか人に助けを求められなかったのである。シスター・ジェーンの抑うつに直接結びついているのは、周囲からの孤立と、ここ数年間の口には出さなかった喪失感である。

シスター・ジェーンは幼い頃、愛情にあふれた家族という、彼女にとってなくてはならない支えを得られなかった。幼い彼女が機能不全の家族の中で生きていくということは、問題に目をつぶり、快活さを装い、理想的な家族がいるかのように振舞うことだったが、この神話が崩れ去ってしまった。シスター・ジェーンは今、父親を亡くしたことだけでなく、非の打ち所の無い家族という神話を失ったことで悲嘆にくれているのである。また、彼女は幼い頃家族の中で英雄的な救済者を演じていたが、それは大人になってから職場で果たしている機能過剰の役割と非常によく符合している。

危機か招きか
中年期はまさに、発達心理学者のダニエル・レヴィンソンが著書『ライフサイクルの心理学』(講談社学術文庫)で紹介している「生活構造」の見直しと修正を行う時期である。近年では『アメリカン・ビューティー』(1999年公開の米国映画。サム・メンデス監督)のような映画が、男女それぞれがこの時期に抱える影の部分を描き出している。発達理論を提唱する学者や作家によれば、中年期を迎えると精神的、感情的な課題にぶつかるが、それは青春期の発達課題と同じように苦しく、また避けることのできない重要なものであるという。具体的には、アイデンティティの問題、人生や仕事の意味についての疑問、身体の変調への適応、人間としての限界や死すべき運命の甘受が、この時期の特徴的な問題になってくる。一般女性では、閉経にまつわる諸問題や、母親から老賢者への変身が現実のものになる。ライフサイクル論を提唱したE・H・エリクソンは、中年期に高まる次の世代を育てたいという社会的関心をジェネラティヴィティ(生成継承性)と呼んだが、女子修道者の場合、本人が意識していようといまいと、この生成継承性がたびたび表面化する。シスター・ジェーンのように働き過ぎるタイプは、もっと働ける、もっとたくさんの仕事ができるという能力が、生成継承性発露の第一段階として出てくることもある。また抑うつは、加齢による「枯渇」や心身機能の衰えの自覚と結びついている可能性がある。生成継承性の持つ意味合いをよく見きわめ、満足のいく有意義な働き方や人づき合いのし方を見つけられるようにすることが、修道者を含むすべての女性にとっての課題である。

霊性・統合・癒し
人間性を両極性という観点からとらえたのはカール・ユングだが、若さと老い、創造と破壊、男性性と女性性、愛着と分離という四つの二項対立はどれも、私たちが人生を通じて、そのときどきに、さまざまなかたちで体験する葛藤の一面である。シスター・ジェーンを含む、さまざまな危機や中年期の試練に直面している人にとって、今こそがこうした両極性を統合し、新しいバランス感覚を見出す時なのである。この深い統合の作業は、霊性が提供する試練の場でなされなければならない。なぜなら、中年期の旅は本質的に霊的なものだからである。自分自身の限界を受け入れ、おのれの弱さを認め、人との新しい関わり方に心を開き、現実世界と深く結びついて生きるなら、神という「自己存在の拠り所」との関係にしっかりと錨を下ろしていなければならない。そして、私たちが心を開き、自己同一化している本当の自分でないものをすべて認めることができた時にこそ、神は私たちに語りかけ、私たちの目指すべき姿を示される。


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31.シスター・メリーアン Loneliness
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員フラン・オモディオは、臨床ソーシャル・ワーカーで、セントルークの継続治療プログラムのセラピストである。)

55歳のシスター・メアリー・アンがカウンセリングを受けようと考えたのは、気がめいっていて、いつものような、ものごとに集中して神経をとぎすませている自分ではないと感じたからだった。考えてみると、近ごろは孤独感を覚えることが多くなり、共同体や仕事場でほかの人たちと一緒にいるときでさえ、さびしく感じることがある。「まるで自分にはそばにいてくれる人がいないように思えるのです」と彼女は嘆いた。
生活の変化について尋ねられると、8年前に母親が亡くなったことを話題にした。母とのきずなは強く、亡くなる直前の数週間、母に付き添っていられたことを感謝している。しかし、母親を亡くしたことを深く悲しんだり、人に話したりすることに抵抗があると言う。そしてその理由を「ママが亡くなったのに、きょうだいたちは、私よりもさびしがっていないようなのです」と説明した。共同体の姉妹たちに母の話をすることには、少々ためらいがあった。母が亡くなったのは別の修道院にいたときなので、今同居している姉妹たちの気をわずらわせるのもどうかと思うのである。今までになく長時間テレビを観てしまい、祈りにも集中できない。
また、以前から望んでいたやりがいのある仕事を始めるために、去年教師の職を辞めたと話した。「病院チャプレンとしての道を少しずつ進んでいるところですが、この仕事なら自分の才能を生かせると感じるのです」と言う。しかし今の仕事は以前にくらべて一人でいる時間が長く、前に教えていた学校で味わえた人とのふれあいや雰囲気をなつかしく感じている自分に気づき始めた。しかし自分の今の感じ方は理解できないし、気に入らない。また、長いあいだ感じたことのなかった不安や自信喪失に逆戻りするような感覚がある。

隠れた孤独感
現状を話すにつれ、彼女がややうつになっているということが明らかになってきた。また彼女は今、孤独感や生活の変化、親しい人の死、人づきあいがなくなったことなどから生じる、複数の気持ちが混じりあった感情を抱えている。孤独感を覚える原因には、さまざまな理由や要因が考えられる。たとえば人間関係の喪失、人から必要とされていないとかまわりから浮いているという感覚、転居の直後、人から誤解されているとき、人と親しくしたいという欲求があるのにそれが満たされていない場合などである。また、人に頼らないことをよしとする文化的土壌があったり、自己開示、特に限界や脆弱さを見せることが難しいとき、あるいは自己評価が下がっているときや、神から離れているという気持ちがあると、孤独感を覚えやすくなる。またこのうちのどの要因も、人の気分を落ち込みやすくする。さらに、さびしいときには、恐れ、怒り、むなしさ、無力感、落ち着かない気持ち、自己批判の声などが頻繁に感じられるものである。孤独感とは、単一の感情ではなく、さまざまなものが複雑にからみ合った現実感なのである。

対処のし方
シスター・メアリー・アンが自分の孤独感に対処するには、まず自分が孤独であるということを認め、それを明らかにし、それから自分の孤独感に特有の原因は何なのかを突き止めなければならない。彼女の孤独の原因いかんによって、提案すべき対処法も異なる。彼女の場合、無力感はなく、出来事や人に対する自分の感情を責めてはいないので、変わろうとする努力の足かせになりがちなこうした要因を変える必要はない。孤独感の軽減に役立つ一つの大きな行動変容は、対等な立場で一緒に社交的な活動を楽しめる人たちとの関係作りである。修道者にとって共同体の中での友情は、共同体の外の人たちとの友情と同じように、孤独感の根源的な部分を多少なりとも弱める手段になる。弱さを含めて自分を正直に打ち明けることが孤独感を弱め、愛と癒しに道を開くということを学ぶと、孤立という問題は解決しやすくなる。シスター・メアリー・アンは、自分ともっと親しくなりたがっている大切な人たちの存在に気づくことになるかもしれず、そうなれば嬉しい驚きになるだろう。また、彼女は他人に援助の手を差し伸べようとしているが、その原動力になっているのは孤独感である。孤独感のおかげで、自分が愛すべき人間であり、また人間というものを愛しているのだということが分かるかもしれない。
今日多くの修道者が、シスター・メアリー・アンのように、相互扶助、自己開示、弱さを分かち合うといった、より豊かなふれあいのある生活を望んでいる。この種の人間関係には、当然拒絶の可能性があり、相互性の欠如や不誠実、別離、孤独、死によって心の傷を負うリスクは避けられない。しかし、そこから得られるものは、失うかもしれないものを補って余りある。
孤独な人生を送るかわりに健全な人間関係を上手に作っていくためには、過去の拒絶を思い出させる感情的なトラウマを緩和する必要がある。拒絶を受け入れる方法は、誰もが学ばなければならない。なぜなら、あらゆる人間関係がうまくいくわけでも、永遠に続くわけでもないからである。皆に好かれるということはないし、自分もあらゆる人を好きなることはない。孤独感のある人たちは、他人の評価にさらされているように感じやすいので、それだけ人に与える印象を気にし、その結果、普通の人より固くなってしまうので、まわりの人は一緒にいてもくつろげず、楽しくない。孤独な人々はまた、人の拒絶を自分がダメ人間であることの「証拠」だと考える傾向が強く、それで勢い人を遠ざけてしまう。これは、本人の考え方がいかに孤独感を左右するか、孤独感の原因になるかを示す良い例である。日常的によく見られる不合理で問題の原因となる考えや思い込みは数多く、それらは健全な人間関係の妨げとなる。これらの無意識的で自己破壊的な考えを突き止めたうえで、それらが事実に反していないかどうか吟味し、まわりの人たちの見方と一致しているかどうかを検証してみると、正常な認知を阻害する要因を緩和するのに非常に役立つ。
最後に、孤独感に向き合うことは霊的な作業でもあるということを付け加えたい。人は自分が一人ぼっちであると分かると、やっきになって自分の人生の意味を見出そうとしたり、安定を求めて自分より安定しているモノや人を探そうとする。孤独感を味わわないで済むように、モノや仕事、社交、テレビや映画で心のすきまをいつも埋めていようとする人もある。その一方で、心の安らぎを求めて神に向かう人もある。自分を見守り、自分の話に耳を傾け、自分を気にかけ、愛してくれる慈悲深い神を信じている人は、自分は一人ぼっちではなく、孤独ともっと上手に付き合っていけると感じ、安心する。


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30. シスター・エリザベス Hoarding

(シーラ・M・ハロン博士は、タリタ・ライフ・プログラムで臨床心理士(サイコロジスト)を勤める。)

65歳のシスター・エリザベスは、ある小教区でソーシャル・ワーカーをしている。これまでの長い修道生活を、いつも思いやりにあふれた有能な修道女として過ごしてきた。共同体でも教会でも、その人柄と仕事ぶりは、一緒に働いている人たちから賞賛と敬意を集めている。
ところで、シスター・エリザベスには、昔から溜め込んできた大量のがらくたがある。おかげで教会の事務所は足の踏み場もなく、仕事場として用をなさないほどである。机の上にはファイルや書類、電話のメモがうず高く積まれている。また修道院の自室は、いずれ誰かの役に立つかもしれないと思って取ってある「モノ」で埋まっている。そのほとんどは、教会であてがわれている物置部屋に入りきらなくなったものや、廃品置場から拾ってきたものである。当の物置部屋は、家具、服、掃除用具、さまざまな生活用品が床から天井まで積み上げられている。またシスター・エリザベスは、自分の部屋にもその物置部屋にも、他人が入れないように鍵を掛けている。だから、その大量のがらくたのことをほかのスタッフたちは知らない。しかし彼らはシスター・エリザベスと一緒にいて、ときどき彼女の注意が散漫になって、折り返しの電話や書類の締め切りを忘れてしまうことや、ぼうっとしていることがあるのには気づいている。しかしシスター自身は、人助けをいちばんに考えると、どうしても細かいことがおろそかになってしまうのだと言って、そうした状態を大した問題だとは考えていない。
長年暮らしている修道院では、彼女の寝室のある小部屋に入りきらないがらくたが、修道院にある複数の収納庫と地下倉庫にまで進出している。自分のベッドは書類の山に占領されているので、寝るときはリクライニング・チェアーを使っている。部屋の入り口からベッドと押入れのところまでは、かろうじてたどり着ける道ができているが、その両側は、カタログや雑誌、ダイレクトメール、報告書や新聞が、腰より上の高さにまで積みあがっていて、その山のあいだに紙ナフキンやラップ、紙の皿が散らかっている。シスターは職場と同じように自宅でも自分の空間にうるさく、誰も部屋に入らせない。同居している姉妹たちからは、修道院の収納スペースがどんどんなくなっていくと苦情が出ているが、本人は自分の問題だとは考えておらず、そういう姉妹たちの態度の方がけちくさいと思っている。修道院に物を持ち帰るときは、見とがめられないように、姉妹たちが不在のときをねらうようにしてきた。

臨床的な問題としての異常収集癖
異常収集癖(ホーディング)は、強迫性障害の症状の一つとして広く認知されている。また、摂食障害のほか、精神病性障害や器質性精神障害の症例で起こることでも知られている。最近では、ホーディングの現象が他の障害の徴候でない場合は、それ自体を一つの臨床的な障害とみなすようになってきている。特徴は次々と物を手に入れる行動だが、同時に、役に立たない、あるいはほとんど価値がないように見える所持品が処分できないという性格もあわせ持っている。症状は徐々に悪化する。物を増やすばかりで捨てることをしないので、生活空間が使えなくなるほど散らかってしまう。
ホーディングの報告例数は実際より少ないが、それはこの障害を抱えている人が治療を受けようとしない、というよりむしろ治療に抵抗するからである。彼らは、その障害が人から歓迎されないと分かっているので、結果としてそれを隠す。仕事場では人の目があるため通常は自制できるが、自宅にいるときはその抑制が効かないので、ため込みを始めてしまう。家にある大量のがらくたを隣人や同僚、友人、知人がもし見たら、外ではこんなに有能で仕事のできる人が、とあきれ返るに違いない。
データによれば、ホーディングは10代ないし成人早期に始まるが、歳を取って収集物の管理能力が落ちるにつれて手に負えなくなる。男女差は見られない。特徴としては、決断、特に収集物の整理や取捨選択ができない、持ち物に強い愛着を持つ、「物を無駄にしないように」とか「受け取ったものには全部目を通さなければ」といった信念がある、根気のいる退屈な作業をしようとしない、などが挙げられる。この障害のある人(ホーダー)は、社会的にやや孤立する傾向がある。
ホーディング治療の開発は始められたばかりである。抗うつ剤の投与群に対する効果は、およそ17%である。ごく最近、クラッタラーズ・アノニマス(www.clutterers-anonymous.org)や、メッシーズ・アノニマス(www.messies.com)といった自助グループが組織されるようになり、問題が比較的深刻でない人たちの援助をしている。現在のところ、この障害の最適な治療は認知行動療法である。この治療では、整理整頓、物を増やさない、いらないものを捨てるという3点に重点を置いた、心理教育的なグループワークと個人面談などが行われる。治療ではこのほか、「これを捨てたら後で後悔する」といった収集行動を助長する信念を本人が再構築できるようできる限り手助けする。ホーディングが最も深刻な人たちには、自宅での面談というスタイルでの援助が必要になる。コーチに来てもらい、自分の収集したものについて取捨選択の決断をし、その決定を実行に移し、再発防止の計画を立てるのを手伝ってもらうのである。最終的な目標は、生活空間を作り出し、それを維持することである。廃棄の決断をすべてクライアントが行うので、治療は1年半またはそれ以上かかる可能性がある。

共同体の中での支援
ホーディングの問題が明るみに出たときには、共同体としては手始めに、その修道女について気づいていることを具体的に話し、ホーディングと自助グループについて書かれた文献を読むように勧め、物を捨てたり、整理整頓するのを手伝おうと申し出るのが良い。しかし、おそらく本人は助けを拒んで自分ひとりで何かをしようとするだろう。共同体の人たちに自分の異常な収集癖を知られれば、多くの場合、恥ずかしいと感じ、自尊心が傷つく。もしかすると腹を立て、周りの人たちを懲罰的だとか理不尽だとか思ってしまう可能性もある。ことによると何も変わらないかもしれない。
共同体は、この時点で介入を行うべきである。アルコール中毒症状の出ている修道女と同様の介入方法でよい。共同体として事前にはっきりさせておくべきことは、本人への治療をどの程度するつもりがあるか、またゴミの山をどこまで本気できれいにする気があるかということである。ホーダーはうつを併発していることが多いので、当人は、もしかするとすでに治療を受けているかもしれないが、収集行動の問題については治療者が何も知らない可能性が高い。本人がそれを大きな問題だと思っていないからである。また状況によっては、前述の行動治療にあるような形でホーディングが徐々に解消されていくのを待つ余裕がないことがある。差し迫った引越しの予定がある、ホーディングのせいで衛生状態が悪化している、収集物の全体量が桁外れに多い、共同体のもめごとに発展しているといった場合である。このようなときは、周りの人たちが収集物を片付けることになるが、本人はプライバシーを侵害されたように感じる。共同体としては、本人の傷ついた気持ちや怒りを尊重し、本人がそうした気持ちを処理し、自分の収集行動が共同体の懸念事項になっていることや自分の行動に問題があることに気づけるように、援助すべきである。
残念ながら、当人にとって収集をやめるということは、単に「やめます」と言えば済む問題ではない。症状が一時的に消えても根源のエネルギーは生きていて、いつでも動き出すということを共同体は理解しておかなければいけない。したがって、たとえすべてがきれいに片付いたとしても、新たに手に入れるものについて、これまでとは違った取捨選択のし方、整理整頓術を本人が身につける必要が出てくる。つまり、たまっていく「がらくた」を捨てる習慣を作っていかなければいけないのである。しかし自力では難しいので、認知行動療法を受けるだけでなく、周囲の人たちに生活支援のパートナーの役目をする「バディ」になってもらい、新しい行動や信念が順調に身につくように手伝ってもらう必要がある。本人にとって成功の秘訣は、バディが信頼できる人たちで、ホーディングについてよく勉強しており、整理整頓を押し付けることなく、生活しやすい空間を保てるように助けてくれる友人でいてくれることである。バディの方も、収集行動を変えるのがどんなに大変で苦しいものなのかが分かれば、それだけ忍耐強くかつ協力的になれる。本人がこの問題で恥の気持ちに負けてしまい、自分が人間としても共同体の一員としてもダメだと思い込んでしまうと、バディとしてもやりにくくなる。したがって、たとえ改善の手助けをしている行動が受け入れがたいものであっても、本人を人間として受け入れているという姿勢が支援ネットワークからいつも感じられるよう努力することである。
この障害の治療法はまだ開発の初期段階であるが、ホーディングの問題を抱える修道女にとって、共同体にはほかよりも回復の見込める利点がある。姉妹たちの結束と、自分の行動についてしかるべき相談や説明をしようとする意識(アカウンタビリティ)と、道徳的見地から判断した行動を取り、その結果に責任を持とうとする意識(レスポンシビリティ)、という二つの条件のそろった環境で支援が受けられることである。


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29. ケヴィン神父とSr.カレン Internet/Cybersex

(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、セントルークの研修部長である。)

午前3時。ケヴィン神父はもう一度コンピュータの画面に見入る。皆寝静まっているのに、彼だけは夢中になって刺激的なポルノサイトを探している。成人男女や子どものどぎつい画像が、電話回線を通って次々飛び込んできてはパソコンの画面に映し出され、見ている神父の頭の中に保存されていく。神父は強い性的興奮を覚え、しばし我を忘れるのだが、次の瞬間にはもう物足りなくなっている。過去6カ月で神父が毎晩のネットサーフィンにかける時間は増える一方である。先月からは毎日午後にも長時間パソコンに向かうようになり、秘書にそのあいだは仕事を取り次がないように申し渡していた。いつも漁っているサイトは見飽きてしまい、有料サイトに登録しようかと考えているが、身元を特定される心配がある。先日、複数の信者から教会の電話がなかなかつながらないという苦情が寄せられたところ、ケヴィン神父は激怒したあげく、自分のパソコン用に別の回線を引いてしまった。以前はほかの神父たちと過ごしていた休日にも外出をしなくなり、自室に閉じこもってパソコンを相手に座ったまま、食事にも出てこないことが多い。
一方、シスター・カレンは、今度赴任した共同体にいる姉妹たちに、これまでの人生でこんなに毎日が楽しく感じられたことはなく、皆がなぜ自分や自分とスーザンとの関係を「心配」するのか理解できないと言った。シスター・カレンがスーザンと知り合ったのはインターネットの旅行関係のチャットルームで、6週間ほど前のことだったが、今では毎日連絡を取り合っていて、日に2、3度Eメールを交換することも珍しくない。スーザンとは共通の話題が多く、お互いに分かり合い、深い話ができるとシスター・カレンは言う。プライベートなことをかなり話していて、新しい共同体に移ってからの苦労や、今の仕事の悩みなどを打ち明けていた。スーザンの方は、子どもの世話に明け暮れる専業主婦でいることに居心地の悪さを感じており、シスター・カレンが体験している生活の変化について、よく二人でメールの「会話」をしていた。お互いの住まいは何時間も離れているが、適当な場所が見つかって都合さえつけばすぐにでも週末を一緒に過ごすそうと計画している。二人とも、それぞれの同居人よりお互いの方が分かり合えると感じている。

インターネットと性差
ケヴィン神父とシスター・カレンはインターネットの魅力にとりつかれ、毎日インターネットを利用しているが、両者のあいだには顕著な違いがあり、その中には社会的性差に呼応しているものがある。加えて、インターネットがどのようにして、またなぜ私たちの生活に影響を与えるのかについて、ケヴィン神父とシスター・カレンのインターネットの使い方から、さらに多くのことが分かる。
これまでの研究から、男性と女性ではインターネットの使い方にいくつかの相違点があることが分かっている。男性は女性よりも、性的興奮・刺激を目的としたデジタルコンテンツによる、ネットワーク上の擬似セックス(サイバーセックス)、特にポルノ画像を求める傾向があるが、これは男性が一般に、女性よりも視覚的に刺激されやすいからである。同様に、人を物のように扱う活動、たとえばポルノ画像、見ず知らずの相手とのセックス、のぞき趣味などを求める傾向がある。データによれば、インターネットを使う男性は刺激的な性的出会いを求め、人間関係は求めない。それとは対照的に、女性は空想やロマンスなど人間関係の、少なくともその幻想は与えてくれる活動に関心を持ちやすい。
女性はしばしば、チャットルームに魅力を感じ、そこにオンラインの関係を通じた励まし、承認、慰めを求める。このような「仮想共同体(バーチャルコミュニティ)」では、女性はしばしば、安全で怖がらずにいられる環境に自分が所属していて、かつそれをほかの人たちとも共有しているように感じる。サイバーセックスチャットにはまる女性もいるが、それでも普通は何らかの対人関係を築いた上で行う。

インターネット使用の進行パターン
ケヴィン神父もシスター・カレンも、パソコンとインターネットの使い方がかなり短期間のうちに変化している。シスター・カレンがスーザンと付き合い始めたチャットルームには、ほかの参加者もいたが、今は個人のメールを使ってスーザンとだけ頻繁に連絡を取るようになっている。ネット上の関係では、この展開は普通である。メッセージのやりとりが頻繁になり、プライベートなチャットルームやメールを使って、より一対一の関係を作っていくのである。またスーザンとシスター・カレンのように、電話で話すようになったり、実際にどこかで会うという付き合い方に変わっていくのも、よく見られるパターンである。
ケヴィン神父の方は、ネット接続の時間を増やさないと、それまでに味わえた「満足」度に達することができなくなっている。一人でいることが多いのは、生活の他の側面を無視しているからで、神父として信者のためにすべき仕事もプライベートの交友関係も、どちらもないがしろにしている。自分のインターネットの使い方をコントロールする力を失いつつあるようだ。しかも、さらにリスクの高いネットの利用法を考えていて、ポルノ画像や動画(ビデオクリップ)などの商品にお金を出して、より刺激的な画像を見つけようとしている。こうした行動は、電話の使い方のことを問いただされたときに神父が見せた激怒もそうであるが、神父が制御不能の状態で、サイバーセックス中毒にかかっていることを示す徴候である。

根底にある力学
人とインターネットの使用について理解が進むにつれ、根底にあるものは何なのか、また、なぜそれがかくも抑えがたいものなのかが分かってくる。メールとチャットルームが与えてくれるのは、すばやく、簡単で、しかも非常にプライベートなコミュニケーションの機会である。そこで味わえるのは親密感だが、それはしばしば見せかけのものである。高い匿名性が誤った安全感を生み出し、面と向かった関係でならば普通は自然に生じるはずの遠慮や警戒心を取り去ってしまうらしい。メールやチャットルームの使い過ぎが話題になると、その背景にいちばんありがちな問題としてよく引き合いに出されるのが、人とつながりを持ちたいという願望、自分以外の誰かや世間一般への影響力、自分が重要人物であるという感覚、の3点だが、これらは日常生活で人との交流が限られていたり、満足のいくものでなかったりする人に特に当てはまる問題である。しかしながら、このような人としての基本的なニーズは、その人の日々の生活の中で満たされるべきものであって、仮想現実(バーチャルリアリティ)では、せいぜいが束の間の逃避にしかならない。
強迫的なサイバーセックス・ユーザーは、しばしば、因習にとらわれないセックスの習慣と強迫的な性質を持った人たちで、ネットを刺激の供給源として利用している。一般のユーザーは、ケヴィン神父のように性的強迫症の既往歴がなく、根底にあるのが本質的に性的な問題でないことが多い。性的活動は、気分を変え、低い自己評価やストレス、うつ、性的虐待、社会的孤立、社交スキル不足に対処するための手段である。人は、耐えがたい記憶などを否定して不安を軽減しようと働く意識下の防衛機制(ディナイアル)を打ち破って、自分にある障害を認め、人に助けを求めるまでは、重大な問題を抱えたままの窮屈な現実世界(リアルライフ)と、仮想世界(バーチャルライフ)の両方で生き続けざるをえない。現実世界の問題はやろうと思えば向き合えるはずだし、またそうすべきである。仮想世界では、強迫的なサイバーセックスやネット上の関係が急速にエスカレートする行動パターンに陥りやすい。


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28. ジムとメリー/修練者Sexual Shame

(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、セントルークの研修部長である。)

27歳のジムは、1年間の志願期を終えて修練期に入ったばかりである。志願期は充実感をもって過ごし、共同体のカリスマや自分の奉仕への召命について理解を深めた。ホームレスの人たちの援助に自分の法学の学位を役立てられることを喜んだ。養成チームもこころよくジムを修練生に推薦した。ところが修練期に入ってから、ジムはずっと悩みをかかえている。特に共同体での人間関係がうまくいっていない。
ジムの指導者は、最近の彼が自制的で緊張しており、体の姿勢や感情処理のし方がぎごちないことに気づいていた。以前にくらべて伸び伸びとしたところがなくなり、孤独感や憂うつのようなマイナスの傷つきやすい感情を認めようとせず、人にもよそよそしい態度を取っている。またいつもの彼に似合わず、人のことに口やかましくなり、飲酒量も増えてきている。先日は指導者の前で、修練生をやめようかと思っていると口にした。「自分の期待していたものと違う」というのが理由だった。また、ある男性修練者にひかれる気持ちがあって、入会当時はいずれ収まるだろうと考えていたのだが、今はもてあましていることも話した。ジムは「こんなことは許されない」と言い、自分が穢れているように感じると言った。
メアリーもジムと同じ27歳で、修練期の1年目である。志願者のころは、まわりから好かれ、協調性があった。しかし彼女も仕事に没頭しすぎ、しばしば十分な休息を取らなかったり、食事が不規則だったり偏ったりしていた。極度に太ってしまっただけでなく、指導者に対する信頼感が保てず、共同体のほかの女性たちとの相互的で親密な関係もうまく築けずに苦労していた。こうした問題をいくつか指摘されると、メアリーはセラピストに相談することに同意した。セラピーを受けて、自分が7歳のときに従兄弟から性的いやがらせを受けたことに気づいた。共同体のメンバーとともに、彼女はセラピーを続けながら修練期に入る決心をした。

性的羞恥心
ジムとメアリーに何が起きているかを理解するには、一つには性的羞恥心と、養成共同体におけるその作用を理解することである。養成共同体では、一人ひとりが内省的、自己一致的、自己開示的になるよう促される。羞恥心は、みじめだ、あるいは人として不完全だという内的な自己感覚で、自分が本質的に無力で、値打ちがなく、欠陥があるという感覚である。性的羞恥心にしばられている人は、性的な魅力や興奮を感じたり、性行為について考えたりするたびに羞恥心を覚える。このほか性的羞恥心を感じるケースとして、記憶、特に近親相姦のような禁じられた性体験の記憶、あるいは空想や対人的なできごとが引き金になる場合がある。
羞恥心は「隠蔽」つまり隠したいという欲求を生むが、それ自体は突然爆発するなど、さまざまな形で表出する。ジムの羞恥心には、おそらく内面化された同性愛恐怖が関係していて、原因は同性愛志向の強い人に対する、誰かのありがちな敵対的、侮辱的対応にある。これが特に当てはまるのは、ジムの家族に人をからかったり批判したりする人がいる場合や、仲間や両親、社会、教会の一部の人たちから受けた性的志向に関するマイナスの信念やメッセージをジムが内面化している場合である。ジムの今の抑制志向の一部は、おそらく自分の羞恥心を覆い隠そうとする作用であり、一方で彼のよそよそしい態度は、本人にしてみれば、人にひかれる気持ちを再び味わわないための自己防衛の一つと考えられる。また人に批判的になるという他者攻撃の傾向や飲酒も、羞恥心を感じないように自分を麻痺させる方法である。羞恥心は人の健全な自己感覚を凌駕してしまうことがあるので、羞恥心のある人は、腹を立てたり他人に批判的になることで、性的羞恥心からくるエネルギーの不均衡を調整しようとする。
一方でメアリーは、どうやらさまざまな活動にのめりこむことで羞恥心と屈辱感を処理しようとしているようである。自分を犠牲にしてがんばりすぎ、自分のニーズをないがしろにしている。太るのは一部の女性が自己防衛に利用する手段である。加えて、人を信頼したり人と親しくすることができないという、共同体にとって致命的な問題には、おそらく彼女の無力感や不全感が関係していると思われる。メアリーの態度を見ると、女性が羞恥心に対処しようとすると、いかに感情を自分の内側に向ける「アクト・イン」を行ったり、自分を傷つけたりしやすいかが分かる。

その他の重要な問題点
ジムとメアリーのケースは、性的羞恥心のほかに、修道生活を続ける意欲の問題と、養成で取り組むべき課題は何かという二つの問題を提起している。自己開示や癒しのもたらすプラスの効果を実感したことのない人が修道生活を選ぶことがあるが、これは本人が意識しているかどうかは別にして、修道生活を自分の罪や人に言えない過去の埋め合わせをするのにふさわしい、寛容と規律の整った環境と考えるのである。また生活様式に魅力を感じる人もある。共同生活や独身制を、自分のセクシュアリティや人間関係と関わらずに済む手段と解釈するのである。このように考えると、大切なことは、人との交わりと喜びに満ちた生活を送り、真の奉仕ができるようになるために、養成中の人たちが自己愛や自己信頼を再構築し、自分を解放できるような援助やサポートを得ることであろう。養成中の人たちへのサポートや専門家への適切な紹介のし方は、養成担当者が必ず身につけておくべきスキルである。
またもう一つの、養成プログラムの中で取り組むべき課題であるが、この問いに対する答えはない。しかし養成中の人は、性的羞恥心を解放する機会を持つことによって、自分の修道生活への意欲をあらためて見きわめることができ、共同体への有意義な一体化をよりスムーズに果たせることは間違いない。


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27. ジェズ教会スタッフ Trauma

(シーラ・M・ハロン博士は、タリタ・ライフ・プログラムで臨床心理士(サイコロジスト)を勤める。)

先日、ジェズー教会のスタッフたちに衝撃的な事件が起きた。マーティン神父、シスター・メアリー・ジェノワ、そしてアナとジョン・ユニティス夫妻が、赤信号を無視して交差点に入ってきた車との衝突事故に巻き込まれたのである。アナは足の骨を折る重症で手術を受け、ほかの3人も軽症を負った。相手の車は大破し、運転手は頭部損傷で死亡した。
2週間が経過した現在、4人には事故によるさまざまな身体的影響が生じており、それによって日常生活にも影響が出ている。マーティン神父は車の運転ができなくなってしまった。運転すると急に汗がふきだし、運転が過度に慎重になってしまうので、自分にも周囲にもかえって危ないのである。そして神父はあれこれと自問しつづけている。「あの車が来るのをよく見ていれば・・・。もし出かける前にかかってきたあの電話を自分が取っていなければ、事故にあわずに済んだかもしれない」といった具合である。保険会社との交渉も先延ばしにしている。アナはといえば、夜になると悪夢にうなされて目を覚まし、事故の記憶を反芻してしまう。食欲がなくなり、イライラし、不安を覚えている。物事にも集中できない。また自分の子どもたちに頻繁に八つ当たりしてしまう。神をうらみ、神がなぜこんなことを許されたのかと考えている。シスター・ジェノワは事故のことを口にするのも、話題にされるのも嫌がっている。仕事に没頭し、他人の世話に慰めを見出している。事故は思わぬ不運だったが、マーティン神父の過失ではないと考えている。がまんできないのは、神父が事故について理屈に合わない考え方をしていることと、なかなか保険会社と交渉しようとしないことである。相手の運転手に対しては許せない気持ちでいっぱいである。共同体の姉妹たちは、彼女がらしからぬ不機嫌さを見せていること、しばしば頭痛と腰痛を訴えていることに気づいている。ジョンは無口になって人と交わらなくなり、血圧が高くなった。感情が麻痺していて、ほかの3人の反応が理解できない。

心的外傷(トラウマ)の影響
事故にあった4人がそれぞれ見せているのは、極度のストレスの徴候である。一般には「過覚醒」「侵入」「回避」の症状がトラウマを受けてから1カ月間続く。今回の例でいえば、激しやすさ、神経過敏、不安が「過覚醒」、事故にまつわるさまざまな悪夢、フラッシュバック、好ましくない考えなどが追い払おうとしても繰り返し襲ってくるのが「侵入」、運転をしない、トラウマを思い出させるようなものを避けるのが「回避」にあたる。これらが3カ月以上続く場合は、心的外傷後ストレス症候群(PTSD)が示唆される。人によっては、トラウマの直後は反応徴候がほとんど見られず、何カ月も経ってから症状があらわれることがある。その例が1995年に米国オクラホマ・シティで起きた連邦政府ビル爆破事件(訳注:600人が負傷、168人が死亡)で、事件の6カ月後になって救助隊員の間で家庭内暴力(DV)が急増している。トラウマに対する反応は人それぞれである。自分が運転していた場合と、何が起きたか分からないうちに目を覚ましたら病院にいた場合のように「事件の受け止め方」が異なれば反応も違ってくるし、幼児期に身体的虐待を受けたことがある、同様の事故にあったことがあるなどの「過去の経験」や、神経質であるとか、感情抑制の問題を抱えている、感情に触れていないといった、それぞれの「既定条件」によっても異なってくる。このほか、あたりまえの安全という幻想が崩れ、安全感を回復するまでに時間がかかることも予想される。

トラウマへの対応
トラウマは人を根底から揺るがす。ジェズー教会のスタッフたちはどうすればこの困難を切り抜け、やっかいな後遺症の進行を食い止めることができるのだろうか。彼らへのアドバイスを考えるにあたって、2001年に起こった同時多発テロ事件(9・11)が私たち米国市民の多くの心を傷つけ、完全な修復が不可能なほど安全神話を崩壊させてしまったという事実は無視できない。このとき国民全員が、メディアを通じて、また自分や親しい人の体験によって、暴力行為や虐待、全米規模のトラウマを目の当たりにした。もしかすると私たちも、一人ひとりがトラウマから受けている影響に現時点で積極的に対処する必要があるのではないだろうか。
自分の体験や現在の状態を人に語る「デブリーフィング」は、有益な対応の一つである。9・11のあと一部の人たちがしたように、教会のスタッフのうち何人かは、人に語りかける、あるいは親しい人たちに事件の様子を話すことで、自然にデブリーフィングにあたる行動を取った。あるいは、教会のスタッフで集まって、起きたことや見たこと、考えたこと、味わったこと、またそれぞれが事件からどんな影響を受けているかについて、一緒に整理するのも良いかもしれない。命を救われたことへの感謝の気持ちや、怪我や死に対する悲しみ、あるいは、さまざまな感情が突然湧き上がってきたことに対する驚き、心細さ、恐怖といった感情を分かち合うのである。私たちの多くは9・11のあと、実際に何があったか、恐怖感、だれかの勇気ある行動、自分たちの気持ちや反応を人に詳しく話すことで、デブリーフィングを行った。教会のスタッフたちには、各自のストレス反応を正常な状態に戻すのに何らかの助けが必要である。何が起こるかを前もって知っていれば、それだけ現実にうまく処理できる。ストレス・マネージメントとしてトラウマを抱えている人が普段よりも心がけるべきことは、自分や他人に優しくする、休息を取る、友人や家族と過ごす時間を増やす、電話で人と話す、生活のバランスに注意する、気晴らしをする、喫煙・飲酒・コーヒー摂取量を管理する、といったことである。私たちは9・11を教訓にして、前述の侵入、過覚醒、回避といった症状について理解し、他人や自分によりよく対応できるようにしておく必要がある。数カ月後に私たちは、もっと大きなストレスにさらされるかもしれないのである。
トラウマを乗り越えようとしている人々が自分に起きた現実に対処するもう一つの方法は、行動を起すことである。たとえば、普段の自分のすべきことの優先順位をいくらか修正して、家族と過ごす時間を増やす、職場の人間関係を密にする、霊性指導を受ける、より終始一貫した態度で祈る、スラムの子どもたちの家庭教師の仕事を買って出る、イスラム教の勉強をする、趣味で絵を描いてみる、などである。このように何かをすることで、トラウマを受けた人をしばしば身動きできなくしてしまう受動性、絶望感、無力感に負けなくなる。
私たちの霊性は、普段もトラウマを抱えているときも支えになる。9・11の直後に地元の教会やシナゴーグ、モスクで行われた礼拝には、多くの人が慰められた。聖職者たちのおかげで、信徒たちは、悲しみ、祈り、行動計画を立て、あの壊滅的な事件から意味を見出すことができた。
霊性によって人は、自らの体験を神との関係においてより意識的に味わいながら生きられる。ジェズー教会のスタッフは、トラウマになるような、生命を脅かすような事故にあったが、今回の体験をより深く味わい、より大きな実りを得るには、それぞれが自分の感情をいかに深く味わい、自分の疑問、たとえば怒りや恐怖、無力感、苦しみ、不正と悪の偏在、死について、あるいは死はいつどのようにして訪れるものなのか、9・11にはどんな意味があるのか、といったことを神に向かっていかに率直にぶつけられるかどうかにある。中には自分がもっていた神のイメージを見直すことになる人もあるだろう。ことによると古いイメージが崩れて、その出来事に見合った神体験ができるようになるかもしれない。霊性は私たちに型どおりの答えをくれるものでもなければ、苦しみを味わわずに済むようにしてくれるものでもない。神の神秘に分け入るよう私たちを招き、同時に私たち自身の命の神秘に目を開かせてくれるものである。


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26. ジム神父 Relapse: Part of Recovery

(フランシスコ律修第三会会員のケン・フィリップスは、セントルークで継続治療プログラムのコーディネーターを勤める。)

ある日ジム神父は、公衆休憩所でぶらぶらしているところを警官に呼び止められ、職務質問を受けた。司教は警察に呼ばれ、ジム神父は司教区事務局から司教代理との面会に来るように言われた。神父は過去に逮捕暦があり、2年前にセントルークに送られている。周囲は彼が良くなったものと思っていた。回復から2年経って、また元に戻ってしまったのだろうか。
問題は、このあとの神父に対する措置である。聖職権限を剥奪されるか、再び入院治療を受けることになるか、あるいは以前の状態に戻ってしまうのではないかと恐れる司教代理から脅かされるのだろうか。また、ジム神父が自分の置かれている状況をどう説明するか、またどんな対応をするかということも非常に重要である。

最近の状況
ジム神父の友人たちは、このところジム神父から連絡が途絶えていることに気づいていた。サポート・グループの会合も開きたいと言ってこない。神父は、治療はさしあたって十分受けたから、そろそろ止めるつもりだと言った。家族にも久しく連絡を取っていない。また最近出席した数回の12ステップ・ミーティングからは何も得るものが無く、もう自分はミーティングに出るレベルを超えていると言う。以前は司祭たちの霊性ワークショップ、ジーザス・カリタス(訳注:福者ミッシェル・ド・フーコーの兄弟愛と連帯の精神にもとづいて行われる教区司祭の会)のグループによく顔を出していたが、メンバーの多くがほかの地域に異動してしまったために自然消滅していた。2年前の逮捕以来、同僚の司祭たちに会って何か言われるのが恐ろしいのと恥ずかしさもあって、教区の行事には一度も行っていない。それだけでなく、今は自分の町にある三つの教会の合併のことで手一杯で、文句を言いに来る信者たちと会うだけで気力を使い果たしている状態である。

再発の前触れ
ジム神父のしている選択の多くは、再発を助長するものである。12ステップ・ミーティングに出なくなり、治療も止めてしまい、司祭仲間や家族とは疎遠で、教会の合併絡みの仕事に忙殺されている。仕事のプレッシャーからくる感情を処理するためにサポート・グループのような支援の枠組みを利用していない。人から孤立するといった昔の対処法に頼り、異性とのゆきずりの関係から注目や愛情を得ようとする方向にまた向かっている。自分のことを心配してくれる人たちの支えや励まし、フィードバックを利用していないというのは、間違いなく昔の行動に逆戻りしてしまうパターンである。サポート・グループの人たちが、自分のことを本当の意味で考えてくれていることや、自分が落ち込んだり無力感に襲われたりしたときには、喜んで助けや支えになってくれるつもりだということに、ジム神父は確信が持てていない。そして自分の話を聞いてもらうために彼らの貴重な時間を使わせては申し訳ないと感じている。こうしてまた昔の考え方や行動に支配されつつある。

回復の一端としての再発
再発の形はさまざまで、飲酒、博打、過食による体重のリバウンド、ネット上のポルノサイト閲覧など、多様な強迫行為のいずれかが出てくる。12ステップの知恵では再発は回復の一部分と教えているが、困難な部分ではある。再発は災難にもなれば、回復に向かう新たな一歩にもなる。再発をチャンスにできるのは、自分の手に負えなくなってしまったことや、自分の力の及ばないことを神に委ねる姿勢を強くすることで、自分の回復を深めるときである。
ジム神父は司教代理から呼び出されたあと、セントルークの継続治療セラピストに電話を入れ、事情を説明した。神父は怯え、恥じ入ってはいたが、ことの重大さを包み隠さず話した。すでにセントルークには、司教代理からの連絡でジム神父が問題を起したことが伝えられており、いくつかの選択肢について話し合われていた。可能性としては、教区からの追放処分、治療の再開、継続治療ワークショップで本人のニーズと回復レベルを査定し、それをふまえて治療案を提示する、余生を過ごせるような施設への長期入院、現行の全職務からの解任、が挙がっていた。

他者の支援を得て生きる
司教代理と顔を合わせたとき、ジム神父は自分のした危険行為を恥じる気持ちで一杯だったが、司教代理の前でその気持ちを認めた。両者の話し合いによって、神父は継続治療のワークショップに戻り、本人のニーズを査定した上で再発行為に対処することに決まった。ワークショップに参加して、回復を目指している人たちや治療スタッフと話してみると、神父の支援の枠組みは機能が低下していたことが明らかになった。神父はもはや、かつて学んだ回復の手段を利用しておらず、仕事で非常に困難な状況に立ち向かっていたのに、自分に対する配慮を忘れていた。そして、昔の考え方や行動がストレスに対処する唯一の方法のように思えていた。強迫行為は、かつて神父の悩みや恥辱の原因になったのも事実だが、同時にある程度はストレス軽減の役目も果たしていた。つまり一時しのぎになるので、依存的な行為を誘ってしまうのである。しかしいずれはそれが精神そのものを蝕む結果になる。ジム神父は、司教代理の前で自分の再発行為を否定することもできたし、深い恥と恐れの気持ちに負けて事件を控えめに話すこともできた。司教代理は、聖職を剥奪すると言って神父を脅すこともできた。しかし、それでは災いを招くだけで、回復のチャンスにはならない。
その代わりに、ジム神父はいちばん早く参加できる継続治療のワークショップにやってきた。継続治療のスタッフは、入院治療に戻る必要は無いと判断した。しかし、回復計画の総点検と回復契約書の十分な見直しは必要だった。神父は「芽」の出かかっている再発の兆しや引き金という、再発しつつあることを示す初期の徴候に無自覚になっていた。激しい仕事のストレスにさらされているのに、人と交わらず、12ステップ・ミーティングにも出席せず、同僚の司祭たちやサポート・グループの人たちとグループまたは一対一で会って感情を処理することを怠っていた。再発の芽や引き金に気をつけていることが何よりも大切なのは、実際に再発するずっと前の段階でその可能性を察知できるからである。それらはまさに再発の初期徴候として、本人や周囲の人たちが無視してはならないものである。
ジム神父は、結局元の仕事に戻ることができた。12ステップ・ミーティングにまた出るようになり、信頼できるスポンサーを見つけた。サポート・グループと会って再発行為に対処し、一緒に話し合った上で、その後必要な限り月に1度のペースで再び会合を続けていくことを決めた。神父は、教区所属のメンターのほかにセラピストを見つけて、公私の重要な判断をする際には二人に協力してもらうことにした。再発によってジム神父は、無力さは人生につきものであること、回復の原理を再確認するチャンスは一生を通じて何度もやってくるという、忘れていたことを思い出すことができた。自分が誘惑に負けやすいことを自覚し、すぐに役に立つ、使い慣れた手段を持っているかどうかで、再発が災いになるかチャンスになるかが決まってくる。


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25. Sr.フラン Workaholism

(臨床ソーシャル・ワーカーのマーサ・キーズ・バーカーは、セントルークでタリタ・ライフ女性プログラムのセラピストを勤める。)

48歳のシスター・フランは、夜はたいがい帰宅が遅く、共同体の祈りの時間や夕食に間に合わない。慢性精神疾患を患う人たちを援助する福祉事務所の所長として、夜間や週末も働くことが多い。仕事の入っていない週末でさえ、事務的な業務のため出勤する。自宅にいるときは、自室で深夜過ぎまでノート・パソコンに向かい、募金要請書の作成やたまった仕事を片付けている。業績が評価されてこれまで数々の賞を受賞しており、そのたゆまぬ奉仕の姿勢が広く尊敬を集めている。スタッフたちは、彼女の献身に頭の下がる思いではあるのだが、自分たちはどんなに努力してもシスター・フランの高い期待には応えられないと感じてもいる。彼女は非常に手厳しくなることがあり、ときどき仕事のことでスタッフに面と向かって激しくものを言う。スタッフは頻繁に入れ替わる。シスターの要求に付いて行くのがあまりにも大変で、心身ともに疲れ果ててしまうからである。先日、シスター・フランはかかりつけの医師から、慢性消化不良の原因を調べる検査を受けるよう言われたのだが、事務所が毎年行っている資金集めのキャンペーンが予定よりはかどっていなかったので、それが終わるまで検査を延期することにした。
同居している姉妹たちは、シスター・フランの共同生活への関わり方にどこか物足りなさを感じている。一緒に暮らして5年になるのに、彼女にはどうもよく分からないところがあるような気がしている。個人的な話は苦手らしく、すぐに話題を自分の仕事の方に持って行ってしまう。共同体の集まりがあっても、見つからないように仕事をしていることが多いので、ほかの人たちと一緒にくつろぐ機会がなかなか無い。
ある日姉妹たちから、働いてばかりいることや、健康のこと、共同体の行事に参加しないことが気になっていると言われると、シスター・フランは職場が息をつく暇もなく忙しいこと、クライアントのニーズが対応しきれないほど多いことを持ち出して弁解した。そして言い訳がましく、自分の仕事は、貧しい人たちや社会の周縁に追いやられた人たちのために働くという修道会の使命を体現しているではないかと言った。姉妹たちは彼女のことが心配ではあるものの、お手上げの状態である。いったいシスター・フランの猛烈な働きと献身は、本人の社会的関心の健全な発露なのだろうか、それとも仕事中毒なのだろうか。

仕事中毒の見分け方
自分は「仕事中毒」だと言えば、普通は働き者だという意味で、自慢の種になることが多い。私たちの社会では、仕事中毒的な行動が奨励され、そういう仕事の仕方が報われるので、仕事中毒を特定するのは容易でない。
しかし、いくつかの要素によって、働き者と仕事中毒の人とを区別することができる。仕事中毒の人はよく働くだけでなく、不可能なほど高い規準を設け、恒常的な不全感につきまとわれている。シスター・フランの人を喜ばせたいという欲求が原動力になって、過労が自分の健康が与える影響から本人の目をそらすように仕向けている。彼女には他人や状況をコントロールしたいという強い欲求があり、仕事を人に任せることができない。「仕事をきちんとやり遂げたければ、自分でやるしかない」というのは、仕事中毒に特徴的な思い込みの一つである。
仕事中毒的な生活の特徴として、一つには著しくバランスを欠いていることが挙げられる。仕事中毒の人たちは、人間関係を築いたり楽しんだりする時間をほとんど自分に与えない。自分のことはいつも後回しで、健康に問題があっても、自分が衰弱し始めるまで無視してしまうことが多い。次から次へと仕事をし、いつも何らかの締め切りを抱えている人たちで、一つの仕事に完全にのめり込むか、あるいは複数の仕事を掛け持ちして飛び回っているときが、いちばん生き生きとする。危機的な状況に置かれたときに感じる興奮が病みつきになることもある。また仕事中毒の人は、仕事をつらい気持ちから逃避する手段にしているうちに、自分のしたいことや欲求が分からなくなってしまう。家族や友人は、自分たちより仕事の方が大切にされていると感じ、そのおかげでお互いの関係が悪くなることが多い。

治療の選択肢
仕事中毒の人に立ち向かおうとすると、まず拒絶に遭うと考えて良い。共同体の姉妹たちが、シスター・フランに彼女の行動が自分たちにどんな影響を及ぼしているかを分かってもらうためには、ある種の介入を行う必要が出てくるかもしれない。仕事中毒を扱うセラピストに依頼して、シスター・フランの状況を査定し、治療の選択肢を提示してもらうという方法もある。
治療は一般に、幼児期の体験を掘り下げることから始められる。仕事中毒の人の厳格な信念や行動様式は、その時期に形成されるからである。多いのは、子どもの頃、混乱状態の家庭を取り仕切ったり、親代わりの役目を引き受けることで感情の嵐や身体的・性的虐待から逃れていたというケースである。重要なステップは、仕事中毒の人が、他者のニーズにひっきりなしに応える代わりに、自分の健康に配慮する権利を行使できるようにすることである。認知行動療法を用いれば、働き過ぎを助長する厳格な信念や態度が無いかどうかと、シスターが自分で調べることができる。「何かがうまくできなければ人に愛されない」といった、核になっている思い込みが、「自分が何かをやり遂げたからではなく、ありのままの自分だから愛される」という、より機能的な信念に変わる。
仕事中毒からの回復(ソブラエティ)の条件は何だろうか。当然のことながら、仕事を断つのは現実的な目標とは言えない。ソブラエティには、態度と行動の変容が必要である。仕事中毒の人は、生活のバランスに配慮した節制計画を立て、その中で、心身の健康や、霊的実践、家族や友人といった社会的支援を維持するための時間も取れるようにすべきである。家庭と仕事の境界線を定めることは非常に重要で、また自己管理(セルフケア)、友達づきあい、遊びの時間を毎日・毎週の予定に入れることも同様に大切である。回復に向かう仕事中毒の人は、毎日必ず静かなひととき、つまり祈りや瞑想、音楽を聴くなどの「非生産的な」活動に携わる時間を作っている。
ワーカホリクス・アノニマスの会合である12ステップ・プログラムでは、回復のための支援と手段を提供している。投薬も効果的である。注意欠陥障害(ADD)が仕事中毒の原因になっているケースもある。ADDが素因かどうかは、専門医の診断で明らかになる。不安やうつが素因になっている場合は、投薬によって情緒的環境が安定してくれば、患者は必要な行動変容を起す。
共同体の姉妹が仕事中毒になったときは、共同体としてのあり方を見直す良い機会でもある。できればセラピストの手を借りて皆でグループ・セッションに参加し、共同体の中にシスター・フランの働き過ぎを助長するような空気が無いか振り返ると良い。共同体の生活の中にある何らかのプレッシャーのせいで、シスター・フランやそのほかの人たちが、働き過ぎなどの依存的な行動に走っているのではないか。共同体が「良いシスター」の理想像を掲げて、人間なら誰にでもある成功や失敗に不寛容になっていないか。自分たちの生活を見直すにしたがって、共同体の姉妹たちはシスター・フランをより上手に支えられるようになり、それにつれてシスター・フランは順調に回復して行くだろう。


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24. ホアン神父 Cultural Expectations and Trauma
(心理学博士Psy.D.のアンドリュー・マーティンは、セントルーク・インスティテュートでセラピストとして働いている。)

47歳のフアン神父は、生まれも育ちも中米である。管区長の要請でしばらく休暇を過ごすため、少し前に米国にやってきたところである。周囲には敬虔で働き者と見られているが、自由な時間は一人で過ごす孤高の人といった印象も与えている。神父の打ち解けない雰囲気に、仲間内では一緒にいると気を使うという声も少なくない。
フアン神父の幸福と健康を気にかけていた管区長は、神父が黙想の家に到着するとすぐ面会を申し入れた。始めのうち神父は、英語が不得手であることを理由にこれを断った。管区長は知らなかったが、フアン神父は自分が小教区を出されたことを否定的に解釈して、強い恥の気持ちを持っていたのだった。

隠れた心的外傷(トラウマ)
管区長との面談で、フアン神父は自分の父親が酒びたりで、長時間の肉体労働を終えると、毎晩のように仲間と飲んでいたことを話した。父親は帰宅するとよく暴れだし、大声を上げ、時には妻を殴ることもあった。神父自身も成長期に入ると父親の虐待の犠牲になった。神父は母親やきょうだいたちを守るために、自分から父親に挑みかかっていくことさえあった。
学校の成績は良かったが、人に対する不信感から深い友情を育むことができなかった。その結果、自分の時間はおのずと読書や教会のボランティアなど、一人でできる趣味や仕事に当てられた。成人すると聖職への召命を感じ、修道会に入会を志願した。神父は母国の人々の司牧のために使わされることに、強い期待と意欲を感じていた。
小教区に赴任して2年目のこと、フアン神父が精神的に強い衝撃を受ける事件が起こった。小教区が襲撃され一部が放火されたのである。消火に当たった信者数名が火災の犠牲になった。この悲劇のあと、フアン神父は深い悲しみと罪悪感に苦しんだ。夜眠れなくなり、食欲が無くなった。しかし、何としても小教区を元通りに再建しなくてはという責任感から仕事に没頭し、管区長から休みを取るか黙想をするようにとどれほど勧められても応じようとしなかった。
ある日訪ねてきた管区長が目にしたのは、意気消沈してやつれ果てた神父と、荒れ放題になった司祭館だった。管区長は、神父がゆっくり静養して悲惨な体験から立ち直れるよう、4カ月の長期休暇を取らせることにした。しかし米国にある所属修道会の黙想の家に着くと、フアン神父は意志の疎通がほとんどできなくなってしまった。本人は英語がおぼつかなく、黙想の家にいる神父たちの中には、彼の母語であるスペイン語の話せる人がほんのわずかしかいなかったからである。元来が内気な性格だったこともあって、自分の悩み事を人に話すのはフアン神父にとって容易なことでなかった。そこに言語と文化の壁が加わって、神父はほどなく周囲から孤立するようになってしまった。朝は遅くまで寝ているようになり、「神経を休める」ためと称して飲む酒の量が日に日に増えていった。共同体の中には、フアン神父を怠惰で、共同生活に積極的に参加しようという気が無いと見る人もいた。また中には、神父が深酒をするようになったことに気づいた人もあった。

文化・トラウマ・「トラウマの克服」
トラウマを抱えて生きているトラウマ・サバイバーたちのさまざまな実体験に関する調査から、トラウマになった自分の体験に思考や会話、感情を通して触れることができる人ほど、その体験を健全な形でアイデンティティ感覚に統合できるということが分かっている。一方、何事も無かったかのように振舞い続ける人や、トラウマに対する自分の情緒的反応の大きさを絶対に認めようとしない人には、トラウマの影響を「克服」できないケースが多く、したがって精神的な安定感の向上が期待しにくい。
また、文化と言語が心の癒しに果たす役割は大きい。自分の体験を言葉で表現して人に理解してもらう能力に限界があると、その分、自分の体験を「克服」する能力も限られてしまう。フアン神父の場合は、文字通りの意味でも比喩的な意味でも、自分の心のうちを人に聞いてもらえない状況に陥ってしまったことになる。
同様に、文化はトラウマ体験を克服する能力の面でも重要な役目を果たす。たとえば9・11のあと、私たち米国民の多くは高まる愛国心から力と心の支えを得、陸橋に掲げられた国旗や、全国に繰り広げられた慈善運動に励まされた。そして決まりきった日常の光景やいつもの生活音、友人や家族との語らい、あるいは公の葬儀や追悼式典に慰めを見出した。
これらすべてに不変的な価値を与えているのは、私たちが共有する文化体験である。フアン神父はトラウマ体験のあと、心を癒すために黙想の家に送られたわけだが、生まれ育った文化から離されたために必要な心の支えや理解を得られなくなり、その結果孤立と苦悩が深まってしまった。

文化的期待と対処行動
私たちが自分の体験の基本的要素を理解する際に用いる視点は、文化によって作られていると言っても良い。フアン神父のトラウマを「克服」する能力に直接影響を与えているのは、人に自分を理解してもらう本人の能力に加えて、家族信仰と性的役割という二つの要素である。
文化が違えば、自分が生まれた家庭の中での家族一人ひとりに対する期待も異なる。私たちの持つ北米的な偏見では、家族の中で各人が個性を発揮することが強調されがちである。しかしそれは他の多くの文化には当てはまらない。文化的期待によって家族の完全性、つまり家族のきずなと家族に対する忠誠心を維持することが重んじられていれば、家族の中で虐待された人が心の安定を見出すのは至難の業になる。
性的役割はしばしば文化によって異なり、男女双方がどう振舞うのが適切かを左右している。フアン神父の葛藤には、男性の感情表現に対する文化的制約がどの程度絡んでいるのだろうか。また、何を成功とみなすかという点でも、文化によって富、忠誠、勤勉といったようにその意味するところは千差万別である。フアン神父が小教区を離れてから陥った苦悩には、成功に関する文化的期待が絡んでいる可能性もある。
文化の影響は、さまざまな形で私たちの日常生活や意識に遍在しているので、なかなかそれと分かりにくい。それが災いして、私たちは人間関係能力を十分に発揮して、人の助けになる、有意義な方法で人と関わることがなかなかできない。だから私たちは、自分自身が持つ偏見だけでなく、自分の偏見が他者の期待、特に他の文化の期待とどれほどかけ離れている可能性があるかを常に意識していなければいけないのである。


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23. Sr.アリス Passive Aggressiveness

(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、セントルーク・インスティテュートの研修部長である。)

シスター・アリスの今の共同体での生活はかれこれ2年になる。昔から修道会の中での折り合いが悪く、共同体をしょっちゅう移っては、ほかの姉妹たちの要求水準が高すぎるとか、自分のことを分かってくれないとぼやいている。現在一緒に生活している姉妹たちの方は、シスター・アリスが共同生活者としての責任をいつまでたっても果たそうとしないので、彼女に対する不満が募る一方である。買出し当番(をサボる)とか、前もって分かっている懇親会に遅刻したり、忘れて出なかったりするのである。先日は、誕生会の準備に必要な買物をしていなかったので、シスター・ルースが文句を言った。シスター・アリスの「忘れていたわ」という返事に、シスター・ルースはカッとなって、「共同体のことになると、ずいぶん忘れっぽくなるみたいね。私たちのことなんかどうでもいいの?」と言ってしまった。シスター・ルースはこんな言い方をしてしまって悪かったと思っているが、シスター・アリスの方は目下「だんまり戦術」を決め込んで共同体の誰とも口をきこうとしない。自分はまたしても不当な扱いをされたと感じているのである。シスター・ルースは困ってしまい、どうしてよいか分からない状態で、ほかにどうすれば良かったのかと考えあぐねている。

表に出る怒り・隠れた怒り・姿を変えた怒り
このケースではっきり分かることは、シスター・ルースが我慢できずにシスター・アリスに怒りを向けてしまったことと、反省して態度を改めるよう今度こそはシスター・アリスに要求してみようとしたという2点である。しかしシスター・ルースは今、自分が理由も無く人を攻撃し、しかも八つ当たりをしてしまったような気がしていて、シスター・アリスが引きこもって拗ねているのは自分のせいだと感じている。
はっきりとは分からないかもしれないが、実はシスター・アリスも、間接的あるいは受動的な方法ではあるが、怒りを表している。直接的かつ健全な方法で上手に怒りを扱うことができない人は女性には珍しくないが、男性でも特に司祭や修道者にはよく見られる。多くの人たちが、怒りというものを正の生命力からは程遠い「負の感情」と考えるようになり、怒りを避けるか、受動的に表現するか、下手なコントロールをするかの、いずれかの方法を身に付けている。シスター・アリスの態度は実際には攻撃的なのだが、行動の出方は間接的で受動的である。
多くの人たちが自分の怒りの処理法として身に付けているのは、社交上はむしろ適切に見えるのだが、怒りを回避するために十分に機能するとは決して言えないような方法である。彼らは怒りを避けようとして、自分の気持ちをなだめたり、感情を遮断したり、強迫的な行動をしたり、怒りを内に向けたりしている。ちなみに、このような振舞いはうつ病にしばしば見られるものである。受動攻撃的な態度、つまり良い子の体面を保ちながら人を攻撃するという手段もあるが、いずれにせよ不健全で、特に親しい人間関係を台無しにしてしまう。

受動攻撃の可能性のある行為
シスター・アリスが見せている、約束を果たさない、遅刻する、仕事をいい加減にしたりまったくしなかったりする、共同体の姉妹たちの要求が厳しすぎるなどと自分の失敗を他人のせいにする、といった態度は、間接的な攻撃の典型である。これ以外に受動攻撃でよくある行動には、留守中にもらった伝言に折り返しの電話や返事をしない、噂話や陰口を言いふらす、優しげな言葉や冗談で怒りを表現する、誰かの言うことに賛同しておいて本人のいないところで批判したり異論を唱えたりする、物事をぐずぐずと引き伸ばす、自分は怒っていないし不満に思ってもいないと言って自分の気持ちを認めない、自分の不運を愚痴ったり誇張したりする、などがある。これらの態度それ自体は敵対的でも攻撃的でもないかもしれないが、だからこそ、それが意識的なものかどうかに関わらず、人を傷つける意図を示す行動パターンが無いかを見極めることが不可欠である。
重要なのは、このような態度を取っている人たちが、受動的な方法を使って敵対的または攻撃的になっているという認識である。つまり彼らは、敵対的になったり優しくなったりと態度を変化させるのではなく、敵対的で同時に優しい態度を取るのである。

受動的な行動をする傾向のある人
受動攻撃的な行動をする人には、たいがい、自分を感じが良く、挑戦的でも、反抗的でも、怒ってもいないと周囲には受け取られたいという強い欲求がある。多くの場合、そうした人たちは、怒りを健全な形で表現する方法を身に付けていない。怒りを直接表現しない人というのは、しばしば人と対立すること、あるいは否定的に解釈されたり社交上許されない可能性のある意見や感情表現をしないように努力しているのである。またその人は、その場の状況や周囲の人々を、それと分からないようにコントロールしようともしている。そして、基本的に受動攻撃的な人は、たいがい自分に自信が無く、自分が本当にしたいことや必要なことを人に頼んだり、したり、言ったりできないものである。
またある特定の集団の規範が持つ影響力の大きさを理解しておくことも大切である。良い修道者や司祭は決して腹を立てないものだと思われているとすれば、修道者や司祭に受動的で間接的な怒りの表現が見られる理由もうなずける。

対応の仕方
よくあることだが、自分が受動攻撃を受ける側になると、うろたえたり、ケンカを売られているような気持ちになったり、自分がだんだん悪者になっていくような気がするものである。事が単純でなく裏がありそうだという直観から、おそらくは葛藤やストレスを感じるにちがいない。そしてシスター・ルースがしたような反応を自分もしてしまうかもしれない。つまり激しくやりあったあとで自責の念に駆られたり、後味の悪い思いをしたりするのである。
大切なことは、思わず向きになって相手を非難したり、昔の傷を蒸し返したりしないようにし、自分が問題なのではないということを忘れないようにすることである。誰かと対立したときには、その時点での問題や自分の気持ちに関して事実だけを話すことによって、相手の取った態度に応じるのがよい。自分が相手の一見矛盾したメッセージにとまどっていること、相手を理解したいと思っていることをはっきり示すとうまくいくことが多い。
相手の態度を大目に見てやったりせずに、相手が怒りの気持ちを直接表現できるように助けてやることが重要なので、その人が気がね無く自分の気持ちを打ち明けられるような、安心できる雰囲気を作ることが何よりも大切である。相手の問題、困難、不安、して欲しいこと、欲求に耳を傾けようという忍耐力と意欲がこちらにあれば、気の置けない雰囲気が作りやすくなり、自己開示や共感的な聴き方、問題提起が自然に生まれ、健全で相互的なやり取りができるようになる。
また怒り、攻撃およびその直接的、間接的な表現、コンフリクト・マネジメント(協調的対立解消法)についてある程度の知識を持っていると必ず役に立つ。最後に、特定の人間関係で、自分の能力ではこれ以上関係を変えられそうにないと感じたら、専門家の助けを求めた方がよい場合があることを付け加えたい。特に長く続いている関係では、お互いの反応がパターン化してしまっていることがあるので、専門家への相談が勧められる。


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22. ブライアン神父 Transitioning from Residential Treatment

(スティーブン・アレクサンダー博士は、セントルーク・インスティテュートでケース・マネージャー兼セラピストを勤める。)

53歳の「ブライアン神父」は、800世帯を抱える小教区の主任司祭を勤めて5年になる。信者からも同僚の司祭たちからも好かれ、尊敬されている。ところが1年ほど前から、神父のらしからぬ振る舞いが周囲の目に留まるようになった。不機嫌になったり、興奮したり、それまで見せたこともないかんしゃくを起したりするのである。始めは神父の霊的指導者も身近な人たちも、4カ月前に神父の兄が急死したせいだろうと考えていた。
ブライアン神父も自分の態度について同様の説明をし、周囲の人たちに理解を求めた。それからわずか数週間後、教会スタッフを何度も「役立たず」と激しく怒鳴りつけてしまった後で、ブライアン神父は、このところ酒を飲みすぎており、自分が「ノイローゼ寸前」だと感じていることを霊的指導者の前で認めた。そして神父はアセスメントを受けるためにセントルークに送られ、大うつ病(重度のうつ病)とアルコール依存症との診断を受けた。アセスメントで神父は、過去5年の間に飲酒で「自分が制御できなかったと思われる」ことがたびたびあり、特にストレスの多かった時期はそうだったと認めた。それでも神父は、今まで自分が人前で弱いところを見せず、自分から人の助けを求めることも、助けを求めるように助言されたことも決して無かったと信じ、それを誇りにしていた。それだけに神父は今、自分の悩みが「皆に知られて」しまったことと、仕事の要求に応えられなかったことによる強い恥の気持ちを味わっている。また自分が「小教区の期待を裏切ってしまった」とも感じている。

処遇の決定
ブライアン神父は入院治療を勧められ、セントルークでの6カ月間で、最終的には自分の抱えていた問題の多くに取り組むことができた。その中には、兄の死による積もりに積もった深い悲しみも含まれていた。ところで、集中的な治療から地元の生活に戻る際には、常に特別な注意を払うことが不可欠であるが、ブライアン神父の場合は、その状況から見て、より漸進的な移行プログラムの方が適していると考えられ、入院治療の後はハーフウェイハウス(HWH)・プログラム(中間施設)に入ることになった。人の助けをなかなか求めようとしなかった神父の過去の傾向から見て、医師の診断を受けずに長年続けてきた習慣性の飲酒が再発する可能性ありと予測されたこと、また入院治療のプログラムがすべて終わってからも本人が聖職に戻ることに過度の不安を抱いていたことを考えると、特に今回のこの決定は正しかったと言える。神父がHWHプログラムを始めるにあたって立てた目標は、治療の成果を定着させることと、小教区の仕事に戻る際に以前よりもっと人の支援を受けることであった。しかしHWHの退院予定日が近づくと、環境の変化に対する不安や自己不信が、以前ほどではないにせよ浮かび上がってきた。神父はセントルークでの生活に比べて制約の少ない環境に戻ることへの戸惑いを示し、与えられた仕事の量をこなせるかどうかについてまだ自信の無さを感じていた。またいちばんの心配事は、治療前のように「我慢できないほど」ストレスが高じたらまた酒に手を出してしまうのではないかという不安がよみがえったことだった。

治療成果の実生活への一般化
問題を抱えていたかつての環境に戻ることで回復が脅かされるのではないかというブライアン神父の心配は、何らかの依存症と闘った人が退院を目前にして覚える不安の材料としては、ありがちなものである。治療の一般化可能性、つまり治療の成果が実生活にどこまで定着するかというこの問題は、治療チームにとっても現実的で無視できない懸念の一つである。セントルークでは、治療プログラムの大部分が、特にこの問題を考慮したものになっている。
たとえばブライアン神父の入院中、個人またはグループによる心理療法による成果がしっかりと本人の身に付くように、ある継続的な取り組みがなされた。具体的には、問題行動の原因や引き金となる事柄に関する認識を深める、より高度な問題対処戦略を構築する、情緒的な支援を受けること全般に対する抵抗感を払拭する、の三つである。加えて、回復のプロセスでは神父の霊的生活に関わる支援と身体的な健康が非常に重視された。セラピーや霊的指導で個人的な問題を話し合って克服していくことにわだかまりが無くなってくると、神父はこのような組織立った支援に依存するようにもなった。皮肉なことにこの変化を起した原動力は、実生活により近い環境に向かって治療の段階を一つ移るごとに神父が感じる不安の度合いを左右することにもなったようである。入院治療が終わりに近づくと、継続治療契約書という、数年間にわたる継続的な経過観察と精神面の継続管理に関する共同計画の詳細を記した書類も、特に治療の一般化に取り組む目的でまとめられた。ブライアン神父にとってHWHは、セントルークに比べて制約の少ない小教区での生活への復帰をより現実に近い形でシュミレーションできる、追加的な移行媒体として機能した。中には段階的に支援を減らしていくこの種の措置を必要としない人もあるが、治療効果を確実に最大限一般化するためには、特定の患者だけが持つニーズを検討することが、一つの重要な要素になる。
ブライアン神父は奉仕活動を通じて仕事の環境にゆっくりと戻りつつ、HWHでのセラピー・ワークも継続して行った。ワークでは次のようなことを行った。@臨時の退院計画会議を開くために司教と面会して自己主張の練習をするというような形で、自分がして欲しいことを人に頼めるようになる。Aとりあえずは勤務時間や仕事量を減らしてもらうなど、仕事の枠組みについて以前より健全な限界を設ける。B地元で開かれるAA例会に出席したり、地元にいる中心的な支援者の人たちとまず電話で連絡を取り、ほかにも建設的な人間関係を増やす一方で感情的に破壊的な関係に終止符を打つというように、最初に継続治療契約書で詳細に取り決めた強固な支援の枠組みを実施する。C小教区に戻ったらすぐに信者の人たちと話をする予定を立てるなどして、聖職を離れていたことから来る恥や困惑の気持ちに対処する。
このケースで注目すべき重要な点は、ブライアン神父と担当司教、人事部長、セントルークの治療チームの間で継続的にコミュニケーションが取られたおかげで、HWHを離れることにまつわる神父の予期不安が最終的にかなり軽減され、地元に戻ってからも最大限の回復を維持できたことである。神父は今その地元で毎日を過ごし、小教区の仕事を続けている。


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21. マーク神父 Spiritual Friendship
(ジョセフ・バシャン師(神学博士)は、セントルーク・インスティテュートで霊的養成部長を勤める。所属修道会はThe Missionaries of La Salette。)

マーク神父が治療を始めた第一の理由は、複数の女性と聖職者としての一線を越えた関係を持ってしまったことであるが、それに加えて初期アセスメントでは、マーク神父が生活上のバランスを欠いているということが明らかになった。神父は働きすぎる傾向があり、友人や家族との関係が希薄で、適切な支援ネットワークも無かった。霊的指導者はいるのだが、予定した面接も「仕事の都合」で休みがちだった。
今回の治療では、セラピストによる治療だけでなく、霊的指導者との面接を週1回の割合で受けている。前回の面接では次のようなことがあった。霊的指導者が神父の非常に不安げな様子に気づき、その訳を尋ねると、神父はわっと泣き出してこう言った。「自分がこれまで霊的友情を装ってどれほど人を利用してきたかを考えると、信じられない思いです」。性的搾取の事件を扱った最近の報道をいくつも読んで、マーク神父は自分が個人的にも聖職者としても守るべき境界線を越えていたことに気づいていた。それは自分のニーズを満たすための行為で、相手に対する配慮を欠いていた。報道記事を読んだおかげで、神父は自分が性的行為に及んだ女性を懐柔しようとして、その行為が霊的成長に役立つかのようにほのめかすという手を使ったことに気づいた。つまりお互いは「霊的友人」なのだから、世俗の行動規範にはとらわれない行為なのだという理屈である。神父が思い返して特に動揺した出来事は、修道会に入りたいと言って相談にやってきたある若い女性との関係だった。神父は、自分に性的な行為をさせることが、キリストを彼女の人生に招き入れる一つの方法だと言ったのである。霊的指導を受けたマーク神父は、その女性の若さゆえの天真爛漫さは、霊的生活から時として生まれる理想主義がない交ぜになったものだったと気づいた。そして理想主義が他人に利用されることで裏切られると、多くの場合その人の精神や霊的生活が悲惨な打撃を被るということも分かった。

霊的友情の実際
ドナルド・カズンズ師は著書『変化する司祭職の姿(The Changing Face of Priesthood)』(邦訳なし)の中で、ザクセンの福者ヨルダヌスと福者ディアナ・アンダロの関係を霊的友情のモデルとして挙げている。カズンズは、独身の誓いを立てた聖職者には一般人と同程度に親密な人間関係が必要であるが、その関係は独身の誓いを支えるようなものであるべきで、それを破るようなものであってはならないと訴えている。カトリック教会は、アビラの聖テレサと十字架の聖ヨハネ、アシジの聖フランシスコと聖クララ、シャンタルの聖フランシスカと聖フランシスコ・サレジオのような関係をたたえている。これらの関係においては、そのおかげで彼らの立てた誓いが守られただけでなく、その献身がより深いものになった。しかし、人が物事の渦中にいるときに直面する葛藤は覆い隠されてしまうことがある。そこでは、孤独、痛み、挫折、自己不信がすべて渦巻いている。それでは、マーク神父や私たちにできることは何だろうか。誰かと親密になりたいという人として当然の気持ちが、霊的友情を利用して自分や他人に災いをもたらすような行動を招かないようにするには、どうすれば良いのだろうか。
第1に、マーク神父は自分の人としての基本的なニーズ、特に親密さという人との健全な結びつきに対する欲求があることを自覚すべきである。きずなが欲しいという気持ちを自覚する、つまり親密さが自分にとって無くてはならないものだということを受け入れれば、マーク神父はもっと健全な手段を選んで、適切な形でこの欲求を満たすことができるだろう。そしてバランスのとれた生活を送ることも、家族や友人、同僚の司祭や修道者との親密な関係を維持することと同様に、人と健全な個人的・司牧的関係を築くのであれば、神父にとって絶対に必要なことである。また自分の内面を打ち明けられる人を持てば、非常に得るところがあるだろう。自分の個人的・司牧的人間関係や性的誘惑・願望について相談できる相手である。自分の誘惑についてカウンセラーや霊的指導者、親友と話し合ったり、そうした問題を祈りの中で神に捧げたりすることができれば、神父は人とのあいだに明確で健全な境界を維持できるだけでなく、彼自身の人間関係のニーズも満たすことができるだろう。
第2に、神父は聖職者としての責務を忘れないようにし、自分が応えているのは、ほかでもなく神からの呼びかけであることを常に思い起こさなければならない。皮肉なことだが、仕事中毒や完全主義では仕事への献身を維持することはできない。むしろ神をすべての中心に据え、神の招きとの関係における己の姿を常に念頭に置くような生活や仕事の姿勢が、聖職への献身を可能にする。仕事中毒や完全主義は、高じると強い憤りに陥ることがある。自分以外に「物事をきちんと行ったり」「心配したり」する人がいないから自分が「こんなに働かなければならない」のだと思い込んでしまう。すると誰でも、肉体的なふれあいからでなければ得られそうにない慰めを自分なら受けて当然ではないかと、自分の欲望を正当化したくなってしまう。気づかないうちに、神に代わって「自分」が物事の中心になり、信頼と感謝の関係は、自己憐憫の心と「自分が欲しいもの」を手に入れることへの関心に取って代わる。また聖職者としての責務をいつも忘れずにいることと表裏一体なのが、聖職者の独身制を単なる未婚、つまり「異性と付き合える」身分と取り違えないように注意することである。独身の誓いは、司祭や修道者が神、教会、所属修道会、信者の求めにいつでも応じられるようにするためのもので、性的な関係に応じられるということではない。
第3に、マーク神父がはっきりと自覚しておかなければならないことは、自分が司牧的に関わる人々は、自分のニーズを満たしたり、自分を幸せにするために存在するのではないということである。個人的なニーズは私生活で満たすべきものである。神父が自分の立場や、人の助けになる人間としての役割を常に忘れず、自分や他者に対して現実的な期待を持っていれば、不適切な行動に出る可能性は減るだろう。公僕である私たち聖職者の責務は、ヒポクラテスの誓いを凝縮した医療従事者の倫理規範にそのままの形で表現されている。すなわち「害するなかれ」である。
第4に、いずれは楽な日も来るということを心に留めておくと良い。生きるのが楽な時にはそのことに感謝し、困難な時には人の助けを借りれば、神父はバランスのとれた健全な生き方ができる。一人で生きている人はいない。性的な境界線を越えそうになる私たちを踏みとどまらせる力は、本質的には私たちを人間関係に招き入れようとする力なのである。マーク神父にとって必要なことは、支援ネットワークを作り、人の支援を利用することである。
今日では「霊的友情」という言葉はあまり聞かれなくなった。しかしその言葉の現実味が失われたわけではない。信仰や神の御業に共に与るという基盤の上に築かれた人間関係は、当事者だけでなく、その生き方の証に学ぶ大勢の人々にとっても意義深いものである。その一方で、境界線を時には霊的友情の名の下に越えてしまうことでもたらされる痛みや苦しみの現実も、私たちは十分に承知している。私たち聖職者の召命は人を搾取することではなく、私たちの人生に訪れる人間関係のすべてを大切にし、守ることである。


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20. Br.ポール 12 Step Spirituality

(ジョセフ・バシャン師は、セントルーク・インスティテュートで霊的養成部長を勤める。所属修道会はThe Missionaries of La Salette。)

ブラザー・ポールは52歳で、現在アルコール依存症の再発による治療を受けている。入院は3度目なので、本人にも修道会にも「今度こそは」という切羽詰った思いがある。それというのも、ブラザー・ポールの健康状態が悪くなっているだけでなく、修道会としてはこの入院にすべてを賭けており、これで回復を維持できなければ、今後ブラザー・ポールを聖職に就かせないという決定を下しているからである。これまでブラザー・ポールは、治療期間が終わると後は「人に頼らずにやる」のが常だったと認めている。治療が終わったとたんにAA(アルコホーリクス・アノニマス。アルコール中毒者自主治療協会)のミーティングに出席しなくなり、AAのメンバーで自分の助言者である「スポンサー」との電話も、サポートグループとの話し合いもやめてしまった。「どうすればいいかは自分の方が分かっている」のだから「そんなことを続けて何になる?」と思っていたと自分を振り返る。そして依存行動が再発するにつれ、祈らなくなってしまった。聖務日課を唱えるときでさえ、意識が散漫になっていた。「神の存在が遠くなってしまっていた」「どこか心の奥では、この状況を神に打ち明ければ自分は変わらざるをえないということも分かっていた」と彼は認める。
現在の治療の一環として、ブラザー・ポールは最初の90日に90回のミーティングに出席するという、AAの「最初の90日」と呼ばれる勤めを守るよう指示されている。この90日を過ごしている最中に、ブラザー・ポールは初めてほかの出席者の話に耳を傾けるようになり、彼らが神について、またアルコールを飲まずに生きる「ソブラエティ」という生活にとって霊的生活がどれほど大切かについて話していることに気づいた。「自分より若いメンバーでさえ神について、また祈りというものが生活の中でいかに大切かについて語っている。それにひきかえ私はどうだろう。修道士だというのに恥ずかしい。私は今確かに彼らの回心の物語に耳を傾けている。私も神から回心の招きを受けているかもしれないと思い始めている」とブラザー・ポールは言う。
セントルークの入院患者は、こうした事柄をすぐに察知することもあれば、ブラザー・ポールのように気づくまでに時間がかかることもある。ブラザー・ポールは今、AAの12のステップが単にソブラエティを生きるための青写真を示しているだけでなく、カトリックの霊性に最大限に調和した霊的生活の道を示すものだということを理解し始めている。ステップ1と2では、まず私たちの無力さを認め、自己救済力には限りがあること、私たちを救えるのは神だけであることをはっきりと認めているが、これはキリスト教の教義における基本的な認識の一つである。ステップ3は「口で言うだけでなく実際に行動で示す」こと、そしてその信念にもとづいて生きる決意をすることを私たちに求めている。真剣に回復の努力をする人々は、この最初の3つのステップに繰り返し立ち戻り、これを自分の日々の祈りの手本にしなければいけない。飲酒の衝動のような具体的な事柄を神の御心に「委ねる」にせよ、より抽象的なその日の「捧げ物」をするにせよ、この種の祈りは私たちの弱さの中に現れる神の強さを認めるものである(コリント人への第二の手紙12章1節−10節参照)。「神よ、変えられないものを受け入れる平静さを、変えるべきものを変える勇気を、そして、それらを見分ける智恵を与えたまえ」というラインホルト・ニーバーの「心の平静さを求める祈り」はAAの公式の祈りになっているが、それとともに最初の3つのステップを実践すれば、アルコール依存症の人(に限らず、そもそもすべての人)にとって回復の助けとなり、自己抑制と完全主義という、健全な霊性の足かせになる生活態度上の問題と折り合いをつけるのに役立つ。
ステップ4から9までは、ゆるしと和解の秘跡について教えを受けた人には理解しやすい内容だろう。この6つのステップでは、良心の糾明、痛悔、悔い改め、「遷善の決心」が求められていると言ってもよい。それだけでなく、ここでは12のステップが、私たちが一人で生きているのではないということ、私たちの生き方がほかの人たちの生き方にも影響を与えているのだということを示しているのだということが分かる。AAという略称で示されるアルコホーリクス・アノニマス(無名のアルコール依存症者たち)は、依存症からの回復が「人と協力して行うプログラム」、つまり大勢の中の無名の一人として人と助け合いながらやっていくプログラムなのだということを意味している。私たちが皆きずなによって根底で結ばれているのだという理解は、人生の真理であり、単なるソブラエティの問題に留まらない。霊性を個人的な問題とみなすのは逸脱、あるいは真理の歪曲である。このような考え方は、おそらく産業革命と啓蒙主義思想から生まれたものと思われる。この個人主義的なものの見方は、現代西洋文化に盛んで、特に個人の功績に主眼を置いている。霊性はこれまで、この考え方にもとづいて教えられ、「兄弟愛」「姉妹愛」を理想とする修道会においてさえ例外ではなかった。しかし霊性においては、共同体的一致という側面が何よりも重要であり、第二バチカン公会議はこの点を改めて強調し、一致の秘跡である聖体祭儀がカトリックの礼拝と霊性の頂点であると説いている。他のすべてはここから始まるのである。週を通じて毎日AAの定例ミーティングに出席し、飲まない生活を続けることが、いかにキリスト者の生活にとっての主日のミサや日常の生活リズムと調和しているかを、ブラザー・ポールは今理解しつつある。さらに彼が感動したのは、同僚や友人が、彼が今回の回復を「逃さない」よう気にかけてくれているという事実である。自分の飲酒が人間関係に大きな影響を与え、自分を愛してくれている人たちに悲しく辛い思いをさせていたということに、今まで気づかなかったのである。そもそも酒浸りの生活では、自分が愛されているのだということ思い出す暇などなかった。
自分の生活の見直しをする作業は棚卸しと呼ばれるが、ステップ1011、定期的な棚卸しを継続的に実践していくことを求めている。これは聖イグナチオが命じた「意識の糾明」に合致している。これを行うことによって、神から離れているとき、神に近づいているときを識別できる。棚卸しをすれば、私たちの生活の中に神がどのような形で現れるかをより深く知ることができるようになるだけでなく、その神の存在を見たり信じたりしようとするときに限って私たちがぶつかる困難についても、よりよく分かるようになる。ステップ11は、「祈りと黙想」を通じて神の意志を捜し求め、知ろうとすることによって養われる神との継続的な関係を示している。霊性の一つの定義は「神の恵みに対する私たちの応答」であるが、その応答がどれほど実践的で日常的なものであるかをステップ11は思い起こさせてくれる。最後のステップ12は、自分が与えられたものを他の人々に与えなければならないことを認めるものである。これは、マタイ福音書の10章8節でキリストが弟子たちに命ぜられた「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」という言葉を思わせる。またこのステップが示す洞察は、福音宣教への関与の基盤となるものであり、まさにあらゆる聖職の根本原理である。また「12のステップを踏む」すなわちソブラエティを身を持って経験するというまさにその行為が人のきずなを回復させるものであり、「人と共有することで初めて自分のものになる」(訳注*)という一つの生き方の体現であると言った人もある。ほかのアルコール中毒患者に思いやりの気持ちを持つことで、人は回復に喜びを見出すことができる。こうして12のステップは霊性となり、禁酒を続けるための単なる「お勤め」ではなくなる。
ステップ12最後にこう締めくくる。「私たちは、これらの行動指針をあらゆる事柄において実践しようと・・・した(強調部分筆者)」。これはブラザー・ポールが今まさに選ぼうとしている生き方の基礎となる認識と最終的に一致する。この回復のプログラムは、単なる断酒だけではなく、人生をどう生きるかという問題に関わっているのである。これこそが、私たちがこれまで常に祈りと霊性について信じ、人に伝えようとしてきたことなのである。ブラザー・ポールは今度こそ、それを信じられるほど自分が「必死に」なり、かつ幸運に恵まれるよう願い続けている。

(訳注:原文はモItユs not yours until you give it away.モであるが、これはおそらく米国の社会学者ロバート・K・マートン(1910-2003)のモAn idea is not yours until you give it away.モ(科学者は公表したアイディアが社会の共通財産となったとき初めてそれが自分の業績となる)という言葉にヒントを得たものと思われる。)


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19. Sr.ジョイス Scrupulosity

(ステファン・J・ロセッティ師は、セントルーク・インスティテュートの院長であり最高経営責任者である。師は学術的な博士号と実践的な司牧学博士号の学位を取得している。)

50代のシスター・ジョイス(訳注:joyceには「喜び」の意味がある)は、幼い頃から強迫的な罪の意識に悩まされているということで、治療のためセントルークに送られてきた。彼女の心は行き過ぎた不合理な罪悪感と著しい羞恥心にあふれていて、ミサで聖体拝領ができないほどである。自分は卑しくホスチアを受けるに値しないと考えており、聖体拝領に並んでいるときに不敬な考えが浮かぶと、自分の罪深さからそのような考えが浮かぶのだと思ってしまう。自分が「地獄の火」や「天罰」をモチーフにした説教を聞かされて育ったことで、教会に怒りを感じている。そのような否定的な説教が自分の抱えている問題に拍車をかけたと考えているからである。怒りと性的な情動におびえており、それらを感じないように心にふたをしている。慢性的に緊張していて、全般的な不安障害に悩まされている。またさまざまな病的恐怖に襲われることがあり、パニック発作を起したことも何度かある。非常にきれい好きできちんとしている。雑然としていることに耐えられないので、自分が教えている子どもたちには、いつも整理整頓を言い聞かせている。
神のイメージについて尋ねられると「神は愛に満ちた情け深い方です」と答えたが、霊的指導を受けてみると、彼女の心に「実際に作用している」神のイメージは正反対であることが明らかになった。敬虔な生活をしているにもかかわらず、自分の罪深さが神の怒りにふれているのではないかと恐れていた。神を愛に満ちた父のように言ってみせながら、内心では神を厳格な審判者のイメージで見ていた。過去20年間にわたって、神は優しく寛大な方であるという思想の中で生きてきたのだが、その言葉は彼女の心に根を下ろさなかった。成長期に共に過ごした彼女の父親は怒りっぽく、厳格で、要求の多い人だった。父親の期待に完全に応えられることは決してなかったので、いつも罰せられるのではないかとびくびくしていた。
困難を抱えてはいても、シスター・ジョイスは非常に敬虔な人物である。毎日ミサに与り、大斎・小斎を守り、信仰に篤い。周囲の目には信心深く人の手本になる修道女と映っている。しかし周りの人たちは、シスターの内的葛藤や、強迫的な罪の意識から味わっている「拷問」のような苦しみに気づいていない。

強迫的な罪意識に対処する
シスター・ジョイスに共感を覚える人は少なくない。彼女ほど深刻ではないにせよ、そうした人々も不安や、場合によっては抑うつ的な傾向に悩まされており、その原因は、強迫的な罪の意識、自己嫌悪、内面化された否定的な「親」にある。シスター・ジョイスの内面では、厳しい父親の声がいつもこだましているのである。
怒りや性欲にまつわる感情を完全に健全な形で内面化することは、誰にとっても易しいことではない。しかし罪の意識の強い人の場合、こうした「否定的」な感情は、本人にとって特別に苦しいものである。そのためシスター・ジョイスのような人たちが、そのような感情を抑圧して、秩序と抑制の効いた強固に「汚れの無い」生活を送ろうとするのは、珍しいことではない。残念なことに、正常な人間的な情動を抑圧したために、シスター・ジョイスは過剰抑制で喜びに欠けた生活を送っていた。幸せでバランスのとれた生活を送るには、人間的な情動を健全な方法で統合することが大切である。
シスター・ジョイスが取り組むべき課題は単純ではない。まず、自分の感情や情動と向き合い、聖職者としての生活にふさわしい方法でそれらを表現できるようにならなければいけない。彼女の無味乾燥で抑制の効きすぎた生活は、彼女にも周りの人たちにとっても息苦しいものになっている。また、神の慈愛やあわれみについて彼女が頭で理解している信念を内面化させる必要もある。つまり彼女自身が人から愛される人間であり、神の似姿として創られた者だということを、身を持って学ぶことである。彼女の課題にはこのように精神的な面と霊的な面の両方がある。

治療
シスター・ジョイスは、個人およびグループによる長期のセラピーに加えて、霊的指導を受けることになった。本人の承諾を得て、シスター、セラピスト、霊的指導者の3名が何度も顔を合わせて進捗状況について内々に意見を交わした。この三者面談では本人の進捗状況をチェックした上で、次の目標が設定される。
シスター・ジョイスは現在、治療を通じてセラピストとの間に信頼関係を築きつつある。時々セラピストに腹を立てることがあり、当初はそうした感情を認めたり表現したりすることが、なかなかできなかった。始めのうち、彼女はこうした感情を隠したり、時間に遅れて来るなどの受動攻撃的な方法で表現しようとしたりした。セラピストの勧めで現在はこうした「否定的」な感情を、しばしば罪悪感を覚えながらも、表現するようになってきている。彼女は自分の怒りの感情に以前よりなじんできている。またセラピストに対して感謝や思いやりの気持ちも持ち始めている。始めはなかなか認められなかったが、今では暖かく思いやりのある感情に以前より居心地のよさを感じている。
またシスター・ジョイスは、認知行動療法のグループに参加して「自分はまだまだだ」「自分の感情は良くないものだ」「自分の性欲は悪いものだ」「自分はだめな人間だ」「私は神の怒りを買い、罰せられるに違いない」といった「根底にある思い込み」に立ち向かう方法を学んでいる。こうした強い思い込みがどんなときに浮かんでくるかを観察し、それに気づくことが、彼女の治療に不可欠である。また、こうした根本的な信念が治療中に完全に消え去ることはないということも分かってきている。同様に、強迫的な罪の意識を覚えるような考えも完全に消えることはない。しかし彼女は現在、そのような非合理な考えが浮かんだときには、それをはっきりと認識し、以前よりも上手にその考えをすばやく追い払うことができるようになった。また霊的指導によって、こうした罪の意識を生む考えや感情を神に委ねることができるようになりつつある。彼女はそのような考えと激しく「闘う」ことなく、それらを「神に委ねて」しまうのである。
霊的指導においては、自分が神に愛されているのだという個人的な癒しの体験が、彼女にとって間違いなく必要である。シスター・ジョイスは神の愛という概念は受け入れているが、それを「実感」つまり内面化していない。そこで霊的指導者は現在、彼女に対して、神の愛を直接自分に体験させて下さい、ただしその方法は神の意志に委ますと祈るよう勧めている。彼女は霊的生活の面で着実な進歩を見せており、彼女の続けている沈黙の瞑想的な祈りが実を結んでいるようである。
治療と祈りを通じて、シスター・ジョイスは何度か「歪んだ認知が矯正される体験」をすることができた。現在、自分は愛すべき人間で、自分の感情が邪悪なものではないと感じている。そして自分に対しても生徒に対しても、以前よりくつろいだ気持ちでいられるようになった。生徒たちの方も、シスターが以前より柔軟性のある近づきやすい人になったと感じている。彼女のさまざまな不安は著しく減少し、強迫的な罪の意識も薄れた。依然としてどことなく不安で、罪の意識を覚えるような考えもあるにはあるが、以前に比べてそれに悩まされることは少なくなった。彼女の信じる愛に満ちあふれた慈悲深い神にその思いをすぐに委ねてしまうからである。
否定的な考えや不合理な恥の気持ちに悩まされる人は多い。罪悪感は、私たちが罪深く弱い存在であることを思い起こさせてくれる健全な働きもするが、羞恥心は、自分がよこしまな存在であるとか、神は厳しく無慈悲であるといった、一つの内的な信念である。私たちはみな、自分のした善い行いを思い出し、心の底から神のまことの赦しを信じなければならない。シスター・ジョイスの癒しの旅には、私たちも学ぶべきところがある。


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18. サム神学生 Learning Empathy Through Pastoral Experiences

(ジェラード・カリノフスキー師は、セントルーク・インスティテュートの教育・霊性部にアソシエートとして勤務している。)

トム神父は、自分の小教区で司牧実習をしているサムを歓迎している。サムは感じの良い神学生で、神学校で神学的素養を十分に培ってきている。サムが小教区に来て3カ月になるが、現在人間関係でいくつかの問題が出てきている。最近行われた典礼委員会で、サムがメアリーという委員に対して声を荒げるという出来事があった。彼女は半年前に父親を亡くしており、その悲しみからまだ立ち直れずにいた。その会議の席でメアリーが、心に穴のあいたような辛い気持ちをまだ味わっていることを改めて口にすると、当初は彼女の支えになってやっていたと見えたサムが、話が横道にそれたことに腹を立て、彼女に向かってさっさと会議を進めなければと言った。メアリーはこの一件をトム神父に話したが、サムは黙っていた。
サムは病人を訪問して聖体を授けているが、先日トム神父からそのことで本人に話があった。病気で家から出られない人たちはサムの訪問に感謝してはいるものの、訪問の仕方がどうもおざなりであっさりしすぎているようなのだった。訪問を受けた信者の中には、病状を尋ねるときのサムの様子に落ち着きが無いと指摘する人も何人かいた。サムはいつも冗談を言ったり、彼らを元気づけたりしようとしてばかりいた。またサムはトム神父とのこの面談で、聖餐式の勉強はしたのだから病人に聖体を授けるときのやり方など言われなくても知っていると答えただけでなく、後日様子を尋ねる神父に向かって「まったく今日は散々だな」と返した。

サム個人の問題
サムは対人関係、特に信者やスタッフに対する共感性に問題がある。一般の職業人が仕事上の相手にきめ細かい配慮を持って対応しなければいけないのと同じように、司牧にあたる聖職者も、望ましい形で人々と共に歩もうとするなら、人の気持ちが理解できなければならない。人の気持ちに対する感受性は、いずれ聖職者として人々と、その一生をさまざまな節目の行事に立会いながら共に歩もうという人には期待されてしかるべき資質である。司牧実習の期間中、志願者は指摘や励ましを受けながらどこまで自分の共感力を伸ばせるか試すのである。サムが自分の態度について注意を受けずにいると、それが人と関わるときの習慣になってしまうかもしれず、そうなればいずれ司牧の仕事をする上での支障になる。
サムは人との関わり方についてもっと意識的になって、自分自身のことと同じように人の考えや感じ方を知り、受け入れるべきである。時として男性は感情というものを弱さのしるしと捉える。強い人間だと思われること、また人に頼らずにやれることを文化的に始終強く求められている男性は、特にそうである。自力本願の態度は、場合によっては将来に孤立や孤独を招くこともある。もしサムが自分自身の感情と接触せずにいれば、結果としていずれ他人の感情に適切に反応することができなくなってしまう。
病人を見舞うとき、サムは人の気持ちや必要に共感できていないようである。人を受け入れること、つまり自分を忘れて相手に関心を集中してやることが難しいのである。病人訪問時の聖体授与について訊ねられたときにサムが示したような、おどけて見せる、怒る、構えるといった反応は、時として自信の無さを覆い隠す手段になっていることもある。サムはもしかすると、自分が認めていない痛みに脅かされているのかもしれない。痛みや悲嘆に取り組むかわりに、深く培われた自己防衛を利用しているのかもしれない。悲嘆や怒りといった強い感情は誰にとっても扱いの難しいもので、そうした感情が、過去に味わって未解決のまま残された気持ちや体験を呼び覚ましてしまう場合には、とりわけ対処しにくい。しかし他人の心を通してこうした感情に出会うのは、自分自身の気持ちや自分にしか語れない過去の体験と向き合う良い機会になるかもしれない。
また傾聴は一つの技術で、ただ人の話を聞くという以上の意味を持つ。男女の間では、往々にして男性は問題を解決しようとする、つまり何かをしようとするが、女性の方は要するに話を聴いてもらいたいだけだ、ということがよくある。傾聴するということは、意識的になり「今ここにいる」状態になるということである。誰かが本当の意味で自分に対して意識的に存在してくれるとき、私たちには直観的にそれが分かる。話をさえぎったり、意見や解決案を言う人、あるいは思い込みが強くて話し手に本人にしか語れない話をさせないような聞き方をする人は、共感的でもなければ、人の助けにもならない。サムは、聴くということが、一つには自分の先入観を脇に置いて相手に意識を集中することだということを学ばなければいけない。また彼の病人訪問やメアリーとの関係を見ると、他者と共にあろうとするより、何かをすることの方に気持ちが向いているように見受けられる。
サムは、助けを求めるのも不得手なようである。男性一般に対する「落ち着いて取り乱すな」という文化的要請のある社会では、男性は助けを求めにくいと感じるのが普通である。助けを求めたり、困難にぶつかっていると口にすることが弱さのしるしになるとすれば、そうしないことがサムにとっては自分を守る手段なのかもしれない。そして脆弱さや無力さを感じているサムが落ち着いていられるはずはない。また、司牧的に見て自分が思うほど良い仕事ができていないということが、サムには分かっていないのかもしれない。それだけでなく、トム神父という監督者が、サムに対してもっと教育的なアプローチができるよう支援するにはどうすれば良いかを考えると、ここには教会組織全体として取り組むべき問題があるように思われる。

組織としての問題
神学生にとって、司牧実習は司牧活動について体験的に学ぶ重要な期間である。これはあくまで学びの場であり、学生が完璧に仕事をこなすことは期待されない。むしろ神学校の延長線上で学生が引き続き自己認識を深め、司牧に必要な能力を養っていく場なのである。それを可能にするには、良い監督者の存在が重要で、神学校、主任司祭、教会スタッフの三者による監督が理想的である。主任司祭とスタッフは、学生に対する各人の役割や建設的なフィードバックの仕方について指導を受けるべきである。主任司祭には、メンターとして、ただの「良い人」以上の役目がある。サムの関わる仕事にどんな成果を期待するかについては、トム神父も本人も、現実的で明確な考えを持っていなければならない。つまりサムは助任司祭になるのではないし、トム神父は、サムがうまくやっているときはそれを支持・肯定し、努力が必要な場面では注意を喚起するのが役目である。また建設的なフィードバックをする方法や、任された仕事について実習生としてしかるべき報告や相談をしようとする意識をサムに失わせないようにする技術は、いずれも神学校が監督者となる人たちの中に養成すべきスキルである。また、サムに司牧研修期間中どのような能力領域を伸ばしてほしいかを明示できるのは神学校だけである。
養成プログラムは、聖職者をめざす人が良き牧者の心を持った司祭になれるよう支援するものでなければならない。たとえば臨床司牧教育(CPE)のように、監督者の付く何らかの正式な聖職に関与するよう学生に勧め、司祭職に不可欠な傾聴力や共感力をよりよく習得させようとするプログラムを行っているところもある。聖職者が小教区の信者と心を通わせるには、自分自身の感情や他者の感情に良くなじんでいなければならない。共感力は人間関係スキルの一つで、習得し養っていくことができる。それによって将来聖職者になる人たちは真の意味で人々と共にいることができるようになる。


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17. Sr.マージ Self-Awareness

(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、セントルーク・インスティテュートの研修部長である。)

シスター・マージは司牧活動の手伝いをしており有能だが、仕事や家族の問題にのめり込みすぎるところがある。教会のスタッフには好かれているが、ときおり気分屋の一面を見せる。親しくなったスタッフの一人アンとは友達付き合いをしていて、個人的な打ち明け話もする。
最近のことだが、ある朝シスター・マージは教区会館に着くなり、スタッフに挨拶もせず自分の仕事部屋に向かった。午前中のうちに廊下でアンと顔を合わせたが、ほとんど口を聞かなかった。昼時はほかのスタッフと同席しようとせず、自分の部屋で昼食を取った。アンが彼女の部屋に立ち寄って様子をたずねても、「別に」と言って明らかに話したくなさそうなそぶりを見せた。アンはどこかおかしいと感じたが、事情を話してもらおうにも、本人にどう持ちかけたらいいのか分からなかった。
シスター・マージと同居しているシスター・メアリーの目にも、シスター・マージが他の姉妹たちとの接触から離れて、基本的に人との交流を避けているように写っていた。しかしシスター・メアリーがどうかしたのかと訊くと、シスター・マージはやはり怒りと苦痛の入り混じった顔で彼女を見、「いったい何が気になるの。ここでは黙っていてはいけないのかしら」と言った。シスター・マージが会話を切り上げたがっているのは明らかだった。

さまざまな自己認識の仕方
アンもシスター・メアリーも、シスター・マージの態度と反応から彼女に何かがあった、どこかおかしいということは間違いなく感じ取っている。二人ともどうして彼女がそんな反応をするのかは分からないのだが、彼女が人との接触を避けて孤立していることと、感情的に心を閉ざしているようだということは分かっている。しかしシスター・マージの方は、自分は元気でただ黙っているだけだと言い、周りの人たちからあれこれ心配されるたびにますますうんざりしている様子である。
外から見ると、まるでアンやシスター・メアリーは、起こっていることに対してシスター・マージとは別の見方をしているかのようである。二人の目には、彼女が人との接触を避けて孤立していることは明らかなのだが、理由については図りかねている。シスター・マージは高齢の母親の世話を押し付けてきているきょうだいたちとうまく折り合いがつけられずに苦労しているのだが、それを隠している。二人はシスター・マージの引きこもり、孤立、怒りに気づいていて、本人がその状態に気づいていないか、あるいは否定しているように感じている。ところが実際には、シスター・マージはきょうだいたちとことで進行している内的葛藤に対処している最中で、それを恥ずかしくて人に言えないのだった。彼女はきょうだいたちに腹を立て、いらいらしており、彼らの期待に振り回されているように感じていた。彼女にしてみれば、きょうだいたちが彼女に責任を押し付けようとするのはお決まりのパターンなのだが、いつもどうしてよいか分からなくなってしまうのだった。

自己認識と成長
シスター・マージにとって健全な成人発達のための一つの課題は、より深い自己認識を得、自分自身とより良い関係を築く、つまりより深い自己親和性を獲得することである。大人の多くは己というものを、さまざまな、かつ多くの場合対立する、欲求、恐れ、動機が複雑に組み合わさったものとして感じている。精神的成長と霊的成長が目指すのは、こうした自己の断片を互いに調和させることである。そして、司牧神学者で宗教歴史学者のジェームズ・D・ホワイトヘッドと発達心理学者イヴリン・イートン・ホワイトヘッドが共著『クリスチャンの生き方−成人生活における精神的課題と宗教への招き(Christian Life Patterns: The Psychological Challenges and Religious Invitations of Adult Life)』(邦訳なし)で指摘しているように、他者との愛や協力関係の中でこそ、私たちは自分自身のさまざまな面と向き合い、それが人間的統合につながるのであるから、この調和を目指す作業は私的な作業でも自己中心的な作業でもない。
自己認識には二つの重大な側面がある。一つは「いま」起きていることを理解すること、二つ目は「過去」の出来事と「過去」の影響力、特にそれらが現在にどんな影響を与えているかを認識することである。シスター・マージにとって人生の今この時こそ、自分に起こっていることにきちんと目を向け、自分の今の感情・態度・選択・衝動・動機・行動について理解を深める絶好の機会である。アンやシスター・メアリーの問いかけを無視したり、それにいらついたり怒ったりせずに、落ち着いて自己の内的思考や感情を調べてみれば、シスター・マージは二人が気づいたことを自分のために役立てられるだろう。
しかし内的な作業をするにあたっては、シスター・マージの今の生活速度が一つの障害になるかもしれない。仕事や家族に対して猛烈な勢いで、しかも過剰な関わり方をしていては、内省や自己理解に割く時間はほとんど持てないだろう。しかも、彼女はこれまで自分自身と良い関係を持つ(親和する)方法、自己、特に自己の感情生活にきちんと目を向ける方法を学んでこなかった可能性がある。
自己親和性を深める作業で次に注目すべきことは、シスター・マージの内的葛藤がはっきり示しているとおり、彼女の過去である。多くの大人にとって、過去は人・出来事・動機が積み重なったものだが、その中に無意識に現在に影響を及ぼしているものがありうる。シスター・マージの場合、これまできょうだいたちとの関係があまり良くなく、彼らのさまざまな期待・要望に頻繁に煩わされてきたようである。見たところ、彼女のきょうだいたちは、これまで家族の責任をどんどん彼女に押し付けようとしてきたし、現在もその傾向が続いている。そして、どうやらシスター・マージは母親の世話について今自分にかけられている期待がきっかけで激しい感情的な反応を引き起こしたようだが、本人はその本質を理解したり、それについて人に話したりすることがうまくできずにいるらしい。彼女はどこか期待に押しつぶされているようにも見え、きょうだいたちと話し合ってもっと健全な期待の仕方をしてもらうことができずにいる。過去はいつもこのような形で繰り返されているのだろう。また、彼女の怒り・欲求不満・無力感・孤立あるいは引きこもりは、彼女の今の仕事やまわりの人間関係に多大な影響を及ぼしている。彼女が今経験していることは、彼女がどうやらこれまで理解もせず、きちんと対処もしてこなかったと見える過去の経験と関係があるようである。彼女が過去にきょうだいたちとの間に経験してきたことは、彼女の現在の自己や他者との関わり方に深く関係している。

自己認識による成長
誰でも自分の過去と上手に付き合いながら生きていく能力を伸ばして、過去の影響力を使いこなせるようになる必要がある。ハーバード大学教授で児童精神科医のロバート・コールズによれば、過去の力が現在に貢献するのは、過去が受け入れられ癒された場合だけである。シスター・マージは自分の過去、特にきょうだいが関わる非現実的な期待から負った心の傷をよく検討すれば、得るものがあるだろう。孤立するのではなく人と絆を作るような、今までとは違った反応の仕方を探究すれば、彼女はもっと健全な生き方ができるようになる。
またシスター・マージには、今をもっと意識的かつ精一杯生きる方法として、たとえば一人になる時間を作る、自分の感情に定期的に注意を向ける、自分と対話する一つの手段として日記をつける、配慮のある言い方で人に質問をしたり返事をしたりする方法を見つける、霊的指導者またはセラピストと会う、友人や仕事仲間に心を打ち明ける、といったことが薦められる。
「私たちがほんの少し自分に対する偽善的な態度を改め、もうほんの少し自分を受け入れてやれば、隣人に対する・・・あらゆる問題は解決する。というのも私たちは皆、己の人間性に向けている自分の不正直さや攻撃性を、あまりにたやすく他者に転移してしまうものだからである」(カール・ユング)。


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16. スタン神父 Treating Human Formation Defects
(キャロル・ファージングは、セントルークの臨床副部長である。)

スタン神父は34歳。2年前に叙階し、今の教会が初任地である。始めは神父という地位に舞い上がっているようだったが、ほどなくその様子は影を潜めた。好んでミサを挙げるのだが、信者から自分の説教についてとても褒め言葉とは言えないようなコメントが出ようものなら機嫌が悪くなった。神父は無愛想で態度が乱暴だという不満の声も聞かれた。夕方、自分が「今日の仕事は終った」と思っている時間になって信者から会いたいと言われると、いらいらした態度を見せた。この数カ月の間に自室で過ごす時間が次第に長くなり、教会の仕事に身が入らなくなってきている。また「問題解決のこつを教えてくれる」メンターがほしいとも口にしている。主任司祭はスタン神父に気づいたことを話してみたが、それで本人がよけいに落ち込み、孤立してしまったことが見て取れた。スタン神父の仕事のしぶりが悪くなるにつれ、主任司祭はいらだちと心配に襲われた。そこで主任司祭から司教に相談があり、スタン神父は診断のためセントルークに送られ、その後抑うつの治療を受けることになった。
過去の生活史から、スタン神父は社会経験が乏しく友人がほとんどいないことが分かった。本の虫で愛読書はSF、学校の成績は優秀だった。神学校では、周囲から真面目で勉強家、少々内気と見られていた。神父は司祭職という地位が自分の望む世間の注目と社会的成功をもたらしてくれるものと期待していた。ところが神父になった自分は「人から尊敬されていない」と感じていた。治療が功を奏して抑うつが改善されると、神父には十分な人間関係スキルがなく、人付き合いの仕方が分かっていないということが明らかになった。スタン神父の治療を成功させるには、抑うつの改善と自尊心の回復だけでは不十分だった。神父は「人間的養成」が大きく不足しており、それに取り組まなければならなかったのである。
『使徒的勧告 現代の司祭養成(Pastores Dabo Vobis)』で教皇ヨハネ・パウロ二世は、司祭養成の基礎は人間的養成であると説いている。そして「適切な人間的養成を欠けば、司祭養成全体を支える基盤が失われる」「重要なのは対人関係能力である」と述べている。「司祭職が人として可能な限り信頼のおける、人に受け入れられるものになるためには、救い主イエス・キリストと出会う人々の架け橋となり、躓きとなることのないように、司祭が自らの人格を深めることが大切である」。
スタン神父は自分の人間関係スキルを伸ばすことの大切さを真摯に受け止めて大きく進歩した。治療共同体で生活することによって、神父は人を信頼し人間関係の中で心を開くことを体験的に学び、人と一緒にいて楽しいと感じ始めた。また大小さまざまのセラピー・グループで、自分の行動がどう感られるか人の意見を聞いた。自分をより正確に認識していくつれ、自分の振舞いの中に人を遠ざける行動があって、それを変えなければいけないことに気づいた。グループのメンバーたちが意見を言ってくれ、新しい行動を試して自信をつける機会を与えてくれた。以前よりも人とうまく関われるようになるにつれて、神父は人付き合いにますます満足感を覚え、積極的に人と過ごす機会を持つようになった。新しく学んだスキルは人との交流を重ねるにつれ自然に微調整されていった。スタン神父の新しい赴任先からの報告では、神父は信者たちと以前より気楽に関わっており、自分の変化に満足しているとのことである。
セントルーク・インスティテュートは、精神疾患や依存症を患う人々の治療で知られているが、問題が深刻な場合は入院治療を指示する。また最近私たちに分かってきたのは、たいがいは患者の人間的養成が不十分で、それが本人の他の問題の根本的な原因になっていたり、問題を悪化させたりしているということである。まれに、これといった精神機能障害がないのに、人として効果的に機能するスキルの不足が深刻なため入院治療が有効なケースがある。入院共同体での治療は、さまざまな人的機能の不足を克服するために必要な人間性の成長と統合を促す上で、高い効果が期待できる。
特に、診断のため当院に送られてきた叙階したての司祭の中に、こうした入院治療が効果を発揮した例が散見される。彼らが受けた司祭養成は、司祭職に関する教育・指導には熱心だったが、たとえば対人関係技術が未熟であるといった人間的に未発達の部分を修正したり補ったりするようなカリキュラムになっていなかった。こうした人たちは、明確なガイドラインがあって知的学習が重視される神学校という枠組みの中では、神学生として優秀であることが多い。ところが新米の神父の中には、叙階したとたんに自分の仕事が複雑な人間関係に対処することであり、自分にはそれに立ち向かう準備ができていないことに気づく人がある。この場合、一つの反応として司祭としての自分の権威を笠に着るということがあるが、これは教育レベルの高い現代のカトリック信者が相手では逆効果になりやすい。信者から不満が出、司祭は転勤させられる。転勤先でもまた不満が出て、再び転勤させられるか、診断のためにセントルークに送られることになる。この時点で司祭の「人間的養成」という問題に対する意識があれば、本人が良い聖職者になるための助けになる。
司祭に求められる最も基本的な適性は人間らしさであるから、神学校でも卒業後も自らの継続的な人間的成長を促していくことが絶対必要である。人間的養成は一度きりで終了するものではなく生涯続くものである。「『何が人間の心の中にあるかをよく知っておられた』(ヨハネ2:25。cf.8:3-11)イエスの例に習い、司祭は人の心の奥底を知ることができ、困難や問題を察知でき、出会いや対話を促すことができ、また信頼と協力を生み出すことができ、冷静で客観的な判断ができなければならない」(教皇ヨハネ・パウロ2世。前掲)。


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15. Sr.メリー Managing Anger
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、現在セントルーク・インスティテュートの研修部長とルークノーツの編集長を勤めている。)

シスター・メアリーは、所属修道会の管区統治チームの一員である管区長補佐の立場で、主に会員の就職相談・斡旋たずさわっている。それまで管理会計担当として長い間たくさんの会員たちと接してきたので、チームの上長たちは、彼女がその豊富な経験を管区長補佐としても存分に生かして、働く修道女たちを上手に管理してくれるものと考えていた。シスター・メアリーが現職に就いてから18カ月になる。
彼女は今、この連絡・交渉係の仕事が思うようにいかずに悩んでいて、統治チームに相談しようと考えている。最近はよく眠れず、胃腸の具合も良くない。また腹が立つことが多く、取るに足らないことでも怒りを感じることがある。怒りについては過去に苦しんだ経験があるので、今の体調が自分の怒りに関係があると見ている。昔のパターンに戻りたくはない。
シスター・メアリーは統治チームと話す前に、最近あったいくつかの出来事についてゆっくり考え、何が起こっているのか、自分が何に腹を立てているのか、また自分がどんな反応をしているのか理解しようと考えた。まず思い浮かべたのは、先週、修道会の会議の後にひどく腹が立ったことだった。会議で顔を合わせたシスター・エレンから、前の週に仕事を辞めたという報告を受けたのだ。シスター・メアリーは驚いて、シスター・エレンに後で自分のところへ来るように言った。シスター・エレンは部屋に入ってくると「あんなに従業員に冷たいところでは、これ以上働けません」と説明した。シスター・メアリーは、自分の怒りが沸きあがってきて、シスター・エレンの話を聞いていられないほど気が高ぶってくるのを感じた。後任が決まらないうちに職を離れるなど、自分には信じられないことだったからである。おまけに仕事を変えることに関しては、自分も策定に関わった明確な方針とガイドラインがあるのに、シスター・エレンはそれを無視したらしい。たとえばそのガイドラインには、離職・転職の際は、事前に就職担当者に相談することという明確な規定がある。また、シスター・エレンが修道会の収入の担い手として期待されている若手の一人なのに、そうした会の財政的なニーズに無頓着な彼女の態度にも自分は腹が立っているのだと気づいた。シスター・エレンより年上の修道女がたくさん働いていて、中にはもう引退したほうが良い人もいることを知っているので、働かない若手を見ると「堪忍袋の緒が切れ」てしまうのである。最後に、シスター・メアリーは「自分のしたいことをする時間があったらどんなに良いか・・・」と言っている心の声に気づき、近頃の過労や、会議の連続で自分の時間がほとんど持てない状況が自分の怒りに関係があるのだと分かった。要するに、日常生活のバランスがくずれていたのである。
もう一つ人にカッとなってしまった出来事は、上長たちの行動と、特定の時期に合わせて依頼した印刷業者の仕事ぶりに関することだった。この件の責任者として、締め切りに間に合わせなければと必死になっていた。自分が資料の校正と編集をする時間を考えて、他の上長たちの原稿の締め切りを早めに設定したので、上長たちとの間には少々気まずい空気が流れていた。思えば、締め切りに文句を言った人が期限を守ってくれず、おかげで業者に原稿を送る前にその章の校正がほとんどできなかったときは、特にいらいらした。また業者から出来上がった資料が納品されたとき、使われている用紙が依頼したものと違ったことと、締め切りを過ぎて渡された例の原稿にタイプミスが1カ所あったことを発見し、それらのミスに腹が立って仕事が完成したことをなかなか喜ぶ気になれなかった。

怒りの誘因
この最近の2つの出来事をゆっくり考え直してみることで、シスター・メアリーは自分の怒りについてより自覚的になることができ、またカッとなる原因やきっかとなりやすい事柄について、以前に学んだことを思い出した。
この2つの例はどちらも、シスター・メアリーに「期待と認知の歪み」という怒りの主な誘因となる問題を思い出させてくれた。彼女は、期待が裏切られたと感じると怒りが沸きやすいこと、同じ共同体にいても皆が同じことを期待しているとは限らないのだ、ということに改めて気づかされた。仕事でミスをしないという自分に対する期待も、シスター・エレンには収入を得るという役目をきちんと果たして決まりに従ってほしい、印刷業者には約束通りに仕事をしてほしい、上長たちには締め切りを守ってほしいといった他者への期待も、同じように彼女の怒りの原因になっている。それだけでなく、シスター・エレンを期待されている役目に無頓着な人と決め付けたのは、「レッテル貼り」というよく見られる認知の歪みだが、これによって自分が優越感や怒りの気持ちを抱いてしまっていることにも気づいた。また、たった1カ所のタイプミスのせいで、せっかく皆でやりとげた仕事が全部台無しだと考えるのは、いわゆる「拡大視」で、これも怒りを生みやすい一般的な歪みの一つである。
さらに少し考えてみると、シスター・メアリーは自分の睡眠不足と日常生活のアンバランスが、どちらも明らかに怒りの「増幅剤」、つまり神経を過敏にし、怒りを増幅して悪くすれば常態化してしまう要因だということをはっきり認識することができた。

怒りのコントロール
自分の怒りに注意し、こうした最近の出来事を調べてみることによって、シスター・メアリーは自分の怒りを建設的な方法で処理することができた。まず、自分の期待と他人の期待の内容を吟味して、それらが現実的で合理的なものかどうかを測ってみることにした。非現実的な期待が自分を落胆や怒りの気持ちに陥れるのに対して、かないやすい現実的な期待を持てば、怒りを抱くこともなくなるということを今では彼女自身よく承知している。また、ねばならぬという考え、物事の拡大視、完ぺき主義など、自分の考え方がしばしば自分の怒りの原因になるということも理解している。今後は自分の考え方をよく観察し、変えていけば、感じる怒りの量を減らすことができるだろう。
また、シスター・メアリーがもう一つ気づいたことは、時々、他人からの非現実的な期待に応えきれなくてカッとなってしまうことである。こうしたケースでは、互いに歩み寄れるような交渉や必要に応じた自己主張がもっと上手にできると良い。
また、仕事と余暇の配分についても考え直す必要がある。仕事で無理をして必要な休息や気晴らしができていないために、いらいら感が充満しているが、仕事と遊びの調整ができるのは本人だけである。
最近の出来事についてじっくり考えてみることによって、シスター・メアリーは自分の怒りを受け入れ、その感情を味わい、それについて考え、人に話し、適切な行動を取る決心ができた。彼女は怒りに対処するためのある非常に建設的な方法を実行に移したことになる。すなわち、まず感じ、考え、話し、そして行動する、という方法である。


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14. ボブ神父 Body Image

(登録栄養士(RD)・公衆衛生学修士(MPH)のエレン・M・グリフィスは、セントルーク・インスティテュートで臨床栄養士をしている。)

ボブ神父は40歳。大都市近郊にあって、信者が多く、活動も活発な教会で助任司祭をしている。人当たりが柔らかく、細やかなユーモアのセンスがある。音楽の才能に恵まれていて、請われて聖歌隊に入っている。また2カ国語に堪能なので、新しく入って来る移民の家族の世話を引き受けている。信者の間でも人気があるようで、ときどき信者の家庭に夕食に招かれる。主任司祭は年上で細身のゴルフ好きだが、ボブ神父はよく彼と比べて、自分は全然かなわないと感じる。私服の時は、いつもお決まりのだぶだぶのパンツとシャツに、ハイスクールの革ジャンを着て野球帽というのが、ボブ神父のスタイルである。
神父は、自分の容姿にひどく自信が無い。現在90キロの体重に、身長は155センチである。昔から体格のことは、あまり話題にされたくなかった。14歳の時、母親が太りすぎではないかと医者に相談したところ、運動量を増やすように薦められた。それでボブ神父は陸上競技部に入ったのだが、砲丸投げで頭角をあらわし、ハイスクールを卒業するまでに何度もメダルを取って、コーチや仲間から一目置かれていた。父親はハイスクール時代にフットボールでかなり鳴らした人で、70歳になった今も細身で健康を保っている。ボブ神父のほうは、体型では母方の血を受け継いでいて、よく人から愛情を込めて「おでぶちゃん」と言われていた。しかし神父は4年前、23キロの減量に成功した。ウェイト・ウォッチャーという、無理の無い食事制限とグループ・ミーティングを取り入れたダイエットと、厳しいウォーキングを実行して2年がかりで達成した。これで若い頃からの贅肉のほとんどを落とした計算で、なかなかの成果だった。本人は知らないが、肥満の信者の中には感化されて彼を手本にした人もいる。今のところ、神父は太りすぎとは言っても、とりたてて健康に問題は無い。

ボディイメージ(身体像)
ボブ神父は、貧弱なボディイメージ、つまり自尊心や自信を損なうような、自分の身体に対する否定的な考えに苦しめられている。私たちは、ボディイメージによって自分を見ており、そこには自分の容姿についての感じ方や思い込みが含まれている。鏡を見るとき、私たちは、他人が見ている自分とはまったく違ったものを見ていることが多い。ボディイメージが貧弱な人は自分を醜いと考え、他人からは良いと思われているかもしれないとか、羨ましがられてさえいるかもしれないということが分からない。ボディイメージは、自尊心や自信、自己尊敬と絡み合っているもので、その形成は一般に若年期に始まる。
現代人の多くは、貧弱なボディイメージに苦しんでいる。自分自身や自分の身体を良く思わない人は、不安を抱いたり自分に才能があって成功する可能性があってもキャリアや対人関係に限界を感じてしまう傾向がある。そうした人は、人のいるところでは劣等感を抱いてしまい、注目されないようにしたり、交流を避けたりしがちなので、孤立感を持つようになり、ますます無価値感、不全感、敗北感を強めることになる。
貧弱なボディイメージは、摂食障害や不安障害を生む可能性があるが、そうした障害が表に出ていなくても見過ごせない問題である。摂食障害を患ったことのある人なら、ボディイメージの歪みがいかに難攻不落の症状か分かることだろう。

ボディイメージの評価
ある日、ボブ神父が減量について栄養士に相談したところ、栄養士は、ボディイメージについて教えてくれた。神父は彼女から、自分の身体との関係がどのようなものかを測るために、次のような質問に答えるように言われた。「鏡を見るのを避けたり、鏡の前になるべく立たないようにしていますか」「身体の欠点を隠すことにかなりの時間とお金を使っていますか」「自分の身体を他人の身体と頻繁に比べていますか」「自分の身体のことで批判されたり、悪く思われるかもしれないと思って、人付き合いや余暇活動、親族の集まりなどを避けていますか」「日に何度も体重計に乗りますか」「自分の容姿に対する褒め言葉を素直に受け取りにくいですか」
いくつかの項目が自分に当てはまったので、神父は自分が貧弱なボディイメージに悩んでいるのだと分かった。

自分とのより優しい関係を目指して
ボブ神父はボディマス指数(BMI)では太りすぎになるが、4年前の減量以前と比べれば、今はずっと健康的だということも認めなければいけない。また彼が減量後の体重を維持しているというのは評価すべきことで、これはなかなかできないことである。普通の人は、ふたたび大幅に体重を戻してしまう。それだけでなく、神父は、かなり減量したのに自分に対する見方が良くなっていないことにも気づく必要がある。もっと肯定的な自尊心を持てるように、また自分の身体に対してもっと肯定的に振舞えるように、人としての自分に満足できるようになったほうが良い。
栄養士は、自分自身と自分の身体についてもっと健全なものの見方をするために次のような方法を薦めてくれた。
1. 鏡を見るときは、自分の駄目なところをけなすのではなく、自分が気にいっているところを見つける。
2. 身体のおかげで自分が今までにどれほどたくさんのことができたかについて、ゆっくり考え、感謝する。
3. 自分の身体に関する否定的な考えを変えるように努力する。自分の身体に関する考えは、過去の経験や世間で言われていること、また他人との交流からできあがった自分に関する根本的な思い込みが基盤になっている。自分がしている否定的な自己暗示を見つけ出し、否定的な考えを前向きで肯定的な考えに換えていくこと。自分にも他人にももっと寛大な目を向ける。
4. 「私は○○である」というような文章で、自分の肯定的な資質について書いたリストを作っておき、ちょくちょく思い出す。
5. 普段着の時は、もっと似合う服装ができるようになること。
6. 自分に協力的で、自分を肯定し、励ましてくれ、すぐ善し悪しを判断しようとしたり批判的になったりしない人たちと過ごすようにする。精神的に辛いときに助けになってくれる友人たちに、どれほど自分が救われるかを話し、彼らにも自分がしてもらったのと同じように接すること。
7. ボディイメージについて、こうあらねばならないというように世間で言われていることには耳を貸さない。完璧な身体を目指そうなどと考えて、高価な化粧品や美容術の売り込み戦略に引っかからないようにすること。そういった製品や美容術の宣伝は、あなたの不安や傷つきやすさ、恥の気持ちにつけこんでいるのである。
8. 現実的な健康・体力維持の目標を立て、それを目指して努力する。

ボブ神父は、歳を取るとかかりやすくなる慢性病の予防のため、もう少し減量したいと思うかもしれないが、その場合でもおそらくは1割(9キロ)程度を6カ月間でというような控えめな目標を立てるべきで、減量が成功したら、その後しばらくはその体重を維持しなくてはならない。また事前に医師に相談する必要がある。このほか、栄養士のアドバイスを活用して、体格に関係なく自分についての肯定的な感覚を養えば、ボブ神父にとって得るところは大きいと思われる。


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13. ロブ神父 Support Groups: Challenge and Benefits
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員フランシス・オモディオは、臨床ソーシャル・ワーカーで、セントルークの継続治療プログラムのセラピストである。)

ロブ神父がセントルーク・インスティテュートの5年間の継続治療プログラムを終了したとき、サポート・グループのメンバーたちは、共に5年間を振り返りながらお祝いをする会を開きたいと考えた。メンバーがそれぞれの経験をグループの皆と分かち合うなら、プログラムが正式に終了したときが、ひとつのふさわしいタイミングと言えよう。メンバーたちは、神父を担当した継続治療セラピストも招いて、グループに参加したことによって自分たちがどのように成長したか、どんなところが変わったかを改めて考えてみた。また、グループの活動に熱心に関わったことで得たものや苦労したことについても、さまざまに語り合った。
座談会の口火を切ったロブ神父は、始めのうちはサポート・グループに抵抗感があったと話した。セントルークで退院の準備をしていた神父は、6−8人からなるサポート・グループを作るという条項を含む契約書を作成した。メンバーは、セントルークで治療を受けざるをえなくなったいくつかの理由や、再発の引き金になる要因、また契約の内容について、神父が率直に打ち明けられる人ということになっていた。しかし治療中に自分が守った正直な態度を、グループの人たちに対しても契約通りに貫けるかどうか、自信が無かった。しかし退院するときには、この挫折にくじけずこれから前向きに生きていこう、自分に要求されていることは何でも喜んでやろうと思っていたと神父は話した。また、サポート・グループを作るときには、仕方がないという気持ちからではなく、自分から積極的に行動したとも語った。
継続治療契約書の内容を実行するにあたって、サポート・グループがどんな支援をしてくれるものなのか、ロブ神父は始めから十分に分かっていたわけではなかった。思えば、12ステップ・ミーティングや、心理療法、サポート・グループ、霊的指導といった回復のための活動計画は、継続治療セラピストに促されて作成したのだが、今では、自分のニーズや問題を話し合い、さまざまな観点から意見を言ってもらう場をサポート・グループが提供してくれたことに感謝している。グループの会合には安全だと感じられる雰囲気があり、おかげで神父は参加をためらわずにすみ、依存症の回復に必要なスキルを伸ばすことができた。メンバーが言ってくれた意見は、神父の回復のプロセスに必要不可欠なものだった。

サポート・グループを作る
退院の準備をしていたとき、ロブ神父は、サポート・グループの人選にあたって次のような素質や人柄を考慮するように助言を受けた。守秘義務を守れること、信頼できる人であること、話しやすいこと、積極的に観察して感想・意見を言ってくれることである。神父は、司教区から1人と所属教会の主任司祭のほかに、10年から15年以上の付き合いのある友人を数名選んだ。そして自分の回復に関わる問題に早く馴染んでもらうため、退院から数カ月経たないうちにリエントリー(復帰)・ワークショップを開いた。メンバーたちは、そこで神父の依存症の回復に必要な事柄について情報を得、仲間意識を持つきっかけを作り、神父に問題が起きたり再発したりした場合にどうすればよいか知ることができた。
会合の頻度についても、このワークショップで決められた。回復の進捗状況に合わせて5年の間、最初は1カ月おきに、その後は3カ月または半年に1回の割合で顔を合わせていく、という約束がなされた。サポート・グループの任務には、所見や意見を提出すること、ロブ神父の利益を考えて互いに相談し合うこと、うるさい監視役にもならず、また善意から必要のない手助けをして結果的に依存を助長する「イネイブラー」にもならないようにバランスを取ること、最後に、ロブ神父が素直に耳を傾けられるような形で必要な助言を行う最良の方法を身につけること、などがある。
会合の日程は、通常はロブ神父が決めていた。始めのうちは、次の日程を決める段になると気を使ってしまうと神父はもらしていた。忙しいメンバーたちに無理を言って時間を取らせているように感じていたのである。しかし次第に、誰からともなく、次はいつ会おうかと言い出すようになった。またグループの面々は、事あるごとに、一緒にいる時間が楽しくて仕方がないと言っていた。ロブ神父はこの5年間を思い返して、自分を含めたメンバー同士の交流のすばらしさに今更ながら驚きを禁じえなかった。メンバーのほとんどが、時間を見つけては、ほかのメンバーともっと深く知り合おうとした。またロブ神父は、グループに参加して良かったことについて、各メンバーから次のような話を聞き、ありがたく、また嬉しく感じた。

良かったこと・苦労したこと
サポート・グループのメンバーたちは、神父を支援したことによって得たものと苦労したことの両方について語った。あるメンバーは、グループに参加したことによって自分自身の不健全な行動にも目を向けることができたと話した。また別のメンバーからは「グループの中に健全な雰囲気があったおかげで、依存や親密さについて、あるいは聖職者の独身生活やセクシュアリティの問題について深く話し合うことができた」という感想が聞かれた。ほかのメンバーたちも、この5年間に強い友情のきずなが培われたことを認め、「徐々に親密さが生まれて、分かち合いが深まっていった」と話した。ロブ神父との間だけでなく、メンバー同士も次第にコミュニケーションが自由にできるようになっていった。メンバーたちはまた、ロブ神父の自己認識の深まりや厳格な正直さを目の当たりにして、自分たちも謙虚さという面で教えられたと話した。そしてこの会の最後には、多くのメンバーが、自分たちが共通の体験で結ばれた仲間であるという気持ちを新たにした。
この5年間に、ロブ神父とサポート・グループのメンバーたちは、生きる上での重要な部分で成長を遂げた。彼らは、「日々の祈りが深くなり、自分自身の霊的な旅という意味でも前進したと思う。聖職者としての仕事が大変だった時期も終始グルーの中では安定した関係が持てた」と語った。また、会合が健全な雰囲気を提供してくれたおかげで、自分自身の気持ちや悩みついても深く考えたり話し合ったりすることができたというメンバーも何人かいた。生活に変化が生じている時期に計画的な交流に参加することが、自分にとって安定剤になったというメンバーも少なくなかった。またメンバーたちは傾聴力が向上し、他者の話に以前より思いやりを持って耳を傾けるようになり、口を挟もうとしなくなった。あるメンバーは「共感的な聞き方の大切さを学んだ」と話した。さらに、個々の人生に神の恩寵がどのように働いているかを一人ひとりが体験的に理解できたことは、非常に意義深い。「自分や共に歩んでいる司祭たちにとって救いの歴史の持つ意味が分かるようになった」と、あるメンバーは語った。
それでは、サポート・グループの苦労とは、どのようなものだっただろうか。グループのメンバーになる前に、まず考えなければならないことは、「自分には進んで変わろうという気持ちがあるか」ということであるが、ロブ神父のグループのメンバーは、いくつかの先入観や自説へのこだわり、偏見、プライドを手放さなければならなかった。またグループに入ると、ほかのメンバーに対して自己防衛をせず、傷ついても心を開いていなければいけない。あるメンバーは、思いやりとは心の持ち方だが、簡単なことではないということを学んだ。
ロブ神父のサポート・グループは、メンバーの1人が変わると、グループ全体が変わるものだということを体験から学んだ。サポート・グループの存在が、ロブ神父のためになっただけでなく、グループ全員の役に立ったのである。ロブ神父は会合の締めくくりに、「グループの全員が私を支援し、それぞれが私と人生を分かち合ってくれたことに感謝している。このグループには間違いなく知恵があった」と述べた。すばらしいことに、彼らはこれからも会合を続けていく計画である。これはサポート・グループの成長のあかしであり、同時にメンバーにとっての恵みである。


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12. ジェフ神父 Loneliness
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・ M ・レヴォ博士は、臨床心理士(サイコロジスト)で、セントルーク・インスティテュートの研修部長である。)

ジェフ神父は18カ月前に叙階して、比較的大きな、郊外の小教区に赴任した。主任司祭のティム神父は、人望が厚く、存在感がある。この教会では、一般信徒が積極的に貧しい人々への奉仕活動に参加しており、地元だけでなく海外にも活動の場を広げていた。ジェフ神父は、これほど規模の大きい、信徒の意識も高い教会に赴任することに少し不安を感じていた。神学校では評価も高く、社会的弱者への奉仕という招命を感じてはいたものの、これほどレベルが高く見識のある信徒のいるところで働く力量が、自分にあるのだろうかと思ったのだった。
この数ヶ月間、ジェフ神父は大変な努力をして、信者の人たちを知り、彼らの役に立とうとしてきた。毎日遅くまで働き、何か依頼があれば自分の時間を可能な限りそれに捧げようと努めている。実は、赴任してから着実に体重が増えていて、服のサイズが合わなくなってきているのと、スタイルに自信が無くなってきているという悩みがある。食べ物に気をつけようとは思うのだが、ふと気づくとスナック菓子をいつまでも食べ続けているということがよくある。
それ以外にもジェフ神父が気になっているのは、休日を一緒に過ごす相手がなかなか見つからなくなってきているということである。主任司祭は少々年齢が上だし、趣味も違う。それに彼は週休を自分より先に取る。隣の小教区にいる神学校時代の友人スティーブ神父とは、赴任当初は、休日には何か一緒にして過ごす間柄だったのだが、この半年、ほとんど顔を合わせていない。ジェフ神父の方からたびたび電話をしても、不在で折り返しの電話も無いか、いても忙しくて付き合う暇が無いと言われるか、どちらかだった。ところが最近になって、スティーブ神父が昔のクラスメート2人とハイキングに行ったということをジェフ神父は知った。自分が誘われなかったので、関係が断たれてしまった、拒絶されたという気持ちが残った。インターネットを見る時間が多くなり、外に出なくなってしまった。ある日、敏感な同僚の女性が神父の沈んでいる様子に気づいた。彼女から声を掛けられると、神父は人間関係が疎遠になっているように感じている自分の気持ちを話した。彼女は、叙階したばかりの自分に起こっていることを誰かに話してはどうかと促した。そこでジェフ神父は、自分が抱えている深い孤独感の本質を突き止め、それを受け入れるのを手助けしてくれるカウンセラーを見つけた。神父は、カウンセラーと一緒に、この非常に人間的で苦しい感情体験について、問題の原因と対処の仕方を深く考え始めた。

孤独感
孤独感は、複数の感情からなる複合的な経験的実在である。オブレート会士ロナルド・ロルハイザーは、著書『落ち着かない心(モThe Restless Heartモ)』(邦訳なし)で、孤独感を「疎外、排斥、拒絶、恋しさ、欲求不満、落ち着かない気持ち、虚しさ、挫折感、不平、不全感、貪欲さ、郷愁、死を暗示する未分化の感情」と表現している。愛する人の死といった、人生の特定の出来事が起こったときは、孤独感の本質はより明確になり、孤独感について語るべきことも増える。一般には、孤独感は人生のある種の出来事に伴って味わうものだと考えられている。たとえば、愛する人を亡くしたときや、誰かとの関係が終わったとき、あるいは思春期や加齢がきっかけになる。これらの出来事によって孤独感を味わっていることを周囲に訴えると、たいがいは共感を持った反応が得られ、それによって自分が大切にされている、人とつながっているという感覚が強まる。

人に言えない孤独感
このほかの状況や体験、たとえばジェフ神父が味わったような、自分には魅力が無いという気持ち、仲間はずれにされたこと、一方的な関係なども孤独感を生むが、この種の孤独感は、前述の孤独感に比べるとずっと人には言いづらいものである。ロルハイザーは、これを「人に言えない孤独感」と呼んでいる。人に打ち明けられないのは、非常に個人的で屈辱的な味わい方をしているからである。喪失や死から起こる孤独感の場合は、「痛みが恥の気持ちを上回っている」ので口に出すことができるが、それ以外の場合は、人に言うと「孤独感そのものが1つの原因でもろくなってしまった、ただでさえ繊細な自己感覚をより深く傷つけるかもしれない」ので、言えないのである。
ジェフ神父自身と彼を取り巻く今の状況の何が、これほどの深い孤独感を彼にもたらしたのだろうか。人に言えない神父の孤独感には、次の要因が考えられる。
l 公人である神父の周りにいるのは、神父の助けを求めて来る人たちだが、彼らは神父自身が新しい環境に適応するまでの移行期にいることや、神父の持っているニーズのことは認識していない可能性がある。
l 彼の自己不信と、人を喜ばせたい、人の役に立ちたいという気持ちが、アンバランスを招いているかもしれない。
l 人生の移行期には、孤独がつきものである。
l 神父には人付き合いがほとんど無く、あっても一方的で、いつも自分が頼んだり誘ったりする側である。
l スティーブ神父からの拒絶と裏切りを感じている。無視されている。
l 自分の魅力に自信が無い。
l インターネットに費やす時間が長くなっている。もしかすると空想に浸って、現実の生活で味わえないことをネットで疑似体験しているのかもしれない。
ジェフ神父は、人に言えない深い孤独感を味わっていて「心の傷、屈辱感、人の期待に応えていない焦り、不安、恥の気持ち」を抱えたままでいる。この気持ちは、口に出せないだけに深まるばかりである。人に言えない孤独感を感じるのは、恥と不安が入り込んでいる場合である。

孤独に対処する
カウンセリングを受けたジェフ神父は、自分の体験の本質を理解し、より健全で社会性のある生き方をするために必要なことを始めつつある。
ジェフ神父がまず分かってきたことの1つは、彼の体験や感情のある部分は、新しい環境になじむまでの移行期にある人、つまり叙階したばかりの彼のような人にはきわめて正常なものだということである。また孤独感は、公的な役目に就くとか、新しい環境で新しい人間関係の作り方を模索しているときには、多かれ少なかれ味わうものである。
またジェフ神父は、自分の経験や気持ちを人に話すことの大切さを学びつつある。生活上の出来事や気持ちについて黙っていたことが、気分の落ち込みや、ひきこもりを招いていて、さらには恥の気持ちや自分の無価値感を強めることになっていたということが、よく分かるようになった。またインターネットをいくら使っても、自分が現実の生活で望んでいる人とのつながりを作るには、とうてい満足のいく方法にはなりえないということも理解しつつある。
またもう1つ思い知らされたのは、自分の世界、特に人付き合いを広げる必要があるということである。スティーブ神父との関係が相互的なものではなかったこと、自分がいつもイニシアチブを取らなければならないような一方的な関係に嫌気がさしていたということを、神父は今でははっきりと認識できる。また、ほかの司祭たちと健全な関係を築き、それを維持するのがいかに難しいかについても、より現実的に捉えられるようになった。司祭たちの多くは年上で、すでに十分に確立された人間関係を持っているのだから当然である。色々な人たちと関係を結び、自分に活気を与えてくれる何かを自分一人でするということが、神父が今第一に考えなければならないことである。
最後になるが、ジェフ神父は現在、自分の孤独感について神に祈り、自分の内面とつながるため、また他者と関係を築くために良い選択ができるよう神に助けを願っている。


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11. Sr.アンナ Continuing Care
(臨床ソーシャル・ワーカーのマーサ・キーズ・バーカーは、セントルークで修道女を対象としたタリタ・ライフ・プログラムのセラピストをしており、また女性向け継続治療セラピストも勤めている。)

58歳のシスター・アンナは近頃、セントルークのタリタ・ライフ・プログラムで5カ月間の入院治療を終えて修道院に帰ってきた。はじめの2週間は、本人にも共同体にも少しぎこちない感じがあった。シスター・アンナは心から共同体に戻りたい、ほかの修道女たちに会いたいと望んでいたのに、戻った当初は、どうも気持ちが萎えているように感じた。入院中の出来事を共同体で話すのは気が引けたし、皆が自分にどんな反応を示すだろうかと不安だった。待っていたほかの修道女たちも、シスター・アンナが元の生活になじめるよう手助けしたいとは思いながら、自信が持てなかった。シスター・アンナが傷つきやすくなっていて、下手をすれば動揺させてしまうかもしれないと考えたのである。というのも、確かにシスター・アンナの行動や気分はずいぶん改善された様子だが、以前にはなかった不可解な行動が目に付いて気になるのも事実だった。状況がこのようなときに、もしリエントリー(復帰)のプロセスを理解していれば、シスター・アンナと共同体の修道女たちは、この微妙な時期を一緒に乗り切ることができるのではないか。また、シスター・アンナが入院中に学んだ新しいスキルや行動様式がどのようなものなのか、彼女が作った継続治療契約とサポート・チームがそうした行動を維持する上でどのような機能を果たすのかが分かるのではないだろうか。
入院治療を終えた女性は、帰宅当初は、シスター・アンナが味わっているような感情麻痺を訴えることが多い。この麻痺状態は数週間続くこともあるが、本人の生活が落ち着いてくるにつれて収まる。入院中は枠組みのきっちりした環境にいて、一日中グループ治療やさまざまな活動の予定がぎっしり詰まった生活を送っていた。しかし帰宅した今は、入院中とは違った決まりや時間割に適応しつつ、入院中に学んだことを新しい状況に取り入れようとする期間である。入院治療はある種の集中体験で、その間は自分の気持ち、考え、行動様式に意識的になることと、それらを変えられるようになることに重点的に取り組む。誰でもこのような環境から離れると、その密度の濃い状態から抜け出して日常生活に戻るまでには、かなりの時間を要する。またシスター・アンナの場合は、プログラムでたくさんの修道女と親しくなり、退院時に別れの悲しみを味わった。本人がこのことを言いたがらないのは、自分が帰宅を喜んでいないかのように共同体の人たちに誤解されるといけないと考えたからである。リエントリーのプロセスには、別れの悲しみは付き物だということも知っておいた方が良さそうである。シスター・アンナは、自分の気持ちに気づき、それを受け入れ、適切に人に語ることを入院で学んだ。だから、悲しみを味わっていることをほかの修道女たちに打ち明けた方が良い。修道女たちは、彼女を慰めようとしたり、助言をしたりする必要はなく、シスター・アンナの気持ちをただ傾聴し、受け止め、彼女を支える意思を示せばよい。

継続治療契約書
セラピストや治療に関わった専門家たちとのコンサルテーションで、シスター・アンナは継続治療契約書を作成した。契約には、自分にとって有益と考えられ、継続しようと決意した行動が記載されている。契約は、身体的なこと、感情や対人交流について、霊的な問題、聖職の仕事、支援ネットワーク、本人の説明責任、継続中の治療といったシスター・アンナの生活全般を網羅している。最初の数週間は、これらの行動を実行する方法を見つけ、周りの修道女たちに自分の決意の内容を知ってもらう期間になる。たとえば、シスター・アンナは、健康法の維持がこれまでの回復に不可欠な要素だったので、良い方法を見つけると言っている。体操教室に入るか、誰かを誘って一緒に体操をすることになるだろう。仲間がいると体操は日課として長続きしやすいことが分かっている。また霊的指導者と定期的に面談し、個人セラピーを受け続けることになると思われる。継続セラピーの必要性は、同居している人たちから理解されないことがあり、共同体の人たちから「5カ月間も集中的な治療を受けたのに、なぜまだセラピーを受け続ける必要があるのか」と尋ねられたとしても不思議はない。しかし入院治療プログラムに入る修道女は、辛い、傷ついた子ども時代の経験と向き合う作業をする場合が多く、これには長期にわたる治癒的な関わりが必要になる。また入院者は、自分が子ども時代に自己防衛のために作り上げた行動パターンについても自覚するようになる。こうしたパターンは、大人になると社会生活に使えなくなって不適応を起こし、自尊心を育てたり、健全な人間関係を築いたりする上で障害になる。シスター・アンナは、治療中に新しい行動様式を実践したが、行動変容をゆるぎないものにするには、継続的な実践と強化が必要である。特にストレスが高まっているときには、昔の考え方、感じ方、振舞い方に戻ってしまいやすい。継続治療は彼女にとって、深く傷ついた忘れられない経験を克服し続け、健全な行動様式を強化するための闘いの場なのである。

サポート・チーム
ことによると修道女たちは、シスター・アンナは生活環境が一種の治療共同体になることを期待しているのではないかと思うかもしれないが、そのような心配は無用である。シスター・アンナは、自分の問題について誰かに打ち明けたり、取り組んだりし続けられる場を別に持つことになっている。その1つがサポート・チームと呼ばれる、シスターから定期的(4−8週間ごと)に会うことを依頼されている4−6人のグループである。メンバーは、シスターが自分の契約に従って行動できるように支援する。学んだことを日常生活に取り入れるように責任を持って彼女を励まし、新しい行動様式をたゆまずに実践し続けるよう彼女に強く働きかけるのが仕事である。同じ共同体にいる修道女たちは、毎日シスター・アンナの様子を身近で見ているので、何名かはこのチームに入る。この場合、重要なことは、共同体とサポート・チームとの間に明確な境界線を引くことである。シスター・アンナがサポート・チームに打ち明けたことは内密にし、本人がそうしたいと言わない限り、生活の場で話題にしてはいけない。もしシスター・アンナが、共同体の生活で継続的な人間関係の問題を抱えている場合は、その問題をサポート・チームには話してもよい。その場合、人を非難する代わりに、自分自身の気持ちと、その問題の解決や状況に立ち向かうために利用しているスキルの方に目を向けなければならない。できればその後、状況について生活の場で当事者と話し合いを行う。
シスター・アンナの問題行動が再発した場合であるが、周りの人たちには、それを認めたときは本人に気づかせる責任がある。シスター・アンナ自身がすべきことは、自分の戦略を行使し、サポート・チームやセラピストの協力を得て、それ以上の再発を回避することである。再発その他の問題に取り組むときは、内部の人間関係がスムーズになるように、共同体が必要に応じて外からの支援を受ける必要もあるだろう。ここで何よりも重要なことは、共同体の一人ひとりが、互いへの敬意を失うことなく、問題を修道者としての共同生活の中で解決しようとする強い意志と、結果を待つ忍耐力を持ち続けることである。そこには困難もあるだろうが、互いの意見に耳を傾け、共に問題を解決することが、共同体全体の成長に資する可能性も十分にある。


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10. Sr.マーガレット Treating Bipolar Disorder
(オステオパシー医のジョセフ・コリンズは、セントルーク・インスティテュートの医療部長を勤める精神科医である。カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、同インスティテュートの研修部長である。)(訳注:オステオパシーは、かつて整骨医療とも呼ばれていた独特の医学体系で、医師D.O.は、米国では西洋医学医師M.D.と同じく正規の医師として認められている。)

シスター・マーガレットは45歳で、修道会に入会して20年になる。都市近郊の大きな教区で宗教教育担当の責任者をしているが、彼女は見るからに適任である。エネルギーと情熱にあふれ、話し好きで、人をひきつけるところがあるので、教区スタッフや信者の間で人気が高い。特に彼女は、あふれるばかりの情熱で若い心をつかんで、青年たちと精神的な絆で結ばれているようである。毎日4、5時間しか寝ないでこれほど精力的な仕事をする彼女には、誰もが舌を巻いている。
実は、入会前のシスター・マーガレットには飲酒癖があり、クレジットカードで多額の負債を抱えていたという経緯がある。しかし入会後は、そのエネルギーを修道女としての仕事に振り向けたようである。恒常的な過労はあったが、生活上の問題を抱えている様子はなかった。ところがこの数年は、次から次へと仕事を引き受け、ストレスが高まっている。また数ヶ月前から、同じ共同体の修道女へのわいせつ行為が見られるようになった。現在はうつを自覚していて、抱えているたくさんの仕事を片付けるのに苦痛を感じている。一緒に暮らす修道女たちにも、さまざまな波紋を投げかけており、彼女のせいで日常業務がしょっちゅう混乱すると腹を立てている人もいれば、シスター・マーガレットの気分の浮き沈みに年中びくびくしているという人もいる。本人も、夜になると頭の中に色々な考えが次々に浮かんできて押さえられなくなり、睡眠障害がひどくなっていること、共同生活に支障が出てきていることから、上長に相談する決心をした。その後アセスメントが行われ、セントルークの女性プログラムへの入院が決まった。

治療の開始
シスター・マーガレットは、セントルークの診断(evaluation)に訪れる前に、すでに医師から不安と抑うつの診断を受けて抗うつ剤パキシルの服用を始めていた。本人は気分が良くなったとわれわれに報告したが、改善の度合いは5割程度とのことであった。数週間後、長引く抑うつ改善のため服用量を増やしたところ、数日のうちに躁症状が現れた。これは、いわゆる躁うつ病と呼ばれる双極性障害によくあるケースで、普通の抗うつ剤が躁状態を招いて病状を悪化させたものである。セントルークの診断の段階で、彼女の症状については双極性障害との判断がなされ、躁病の治療薬であるリチウムの投与が始められた。数日のうちに本人は気分の落ち着きを感じ始めた。数週間で大きな改善が見られたが、周期的にうつの発作に見舞われる状態は続いた。躁うつ病のうつには有効で、かつ躁状態を惹起しない気分安定薬ラミクタルがリチウムに追加して処方されると、シスターは数週間以内に気分が大幅に安定し、うつ症状の出現もなくなったと報告した。現在はさまざまな医薬品が出ているので、シスター・マーガレットのようなケースは治療がしやすくなっている。
セントルークでの診断の過程で、彼女には幼少期から注意欠陥多動障害(ADHD)の症状があることが、神経心理学検査から判明した。そこで彼女は、気分の安定を待ってADHDについても治療を始めることができた。まずADHD治療薬として比較的最近開発されたストラテラの服用から始めた。反応は良好で、集中力が劇的に高まった。シスターは、治療のおかげでこの辛い症状が大幅に改善されたと非常に喜んだ。
セントルークに入院している間、シスター・マーガレットは、双極性障害についてさまざまな事を学んだ。心理療法を何度か受けるうちに、自分の気分が変動し、それにつれて考え方や行動が変わってしまうことを理解し始めた。また20代で経験したアルコールと金銭の問題が、躁うつ病の最初の出現だったことが分かった。この病気は一般に若年成人期に始まる。彼女は、自分の幼年期から青年期の出来事について話すうちに、自分の母親もやはり躁うつだったことに気づいた。この病気が主として遺伝的な素因で現れるもので、特に近親者の発病率が高いと知ると安堵し、自責の念が薄れた。彼女はまた、この病気が自分の自尊心や人間関係、特に共同体や仕事での対人関係にどんな影響を与えているかについても考えた。心理療法のおかげで、シスターはストレスを解消し、人格的にも成長して能力が高まり、よりバランスがとれて、再発の徴候にも早い段階で気づくようになった。
数ヶ月の治療を経て、シスター・マーガレットは修道会に戻り、仕事を再開した。全体に、今は仕事に充実感を覚え、自分の感情が以前よりうまくコントロールできていると感じている。また自分の病気について理解が深まり、周りの人と前より健全な付き合い方ができているという実感がある。からだの動きはかつてほど過剰に活発ではないが、集中力が改善されたおかげで、効果的・効率的に仕事ができるようになったと感じている。また、性的行為の衝動は減少した。
シスター・マーガレットはまた、同じ共同体で生活しているほかの修道女たちからも協力してもらう必要があるということに気づいた。そして、共同体の人たちの方でも自分に対して色々な気持ちを持っていて、特に、以前の自分の行ないに対する怒りもあれば、それに対して短気な態度で応じてしまって悪かったという思いもあるということが分かってきた。また中には、自分の病気の再発を恐れている人もいるということを知った。しかし同居している修道女たちはみな、シスター・マーガレットとファシリテーターに協力して、シスターの病気の性質や対応の仕方を勉強し、お互いに上手にやっていけるように援助すると約束してくれた。

研修の必要性
シスター・マーガレットや一緒に住む共同体の人々、またそのほかシスターにとって重要な立場にある人たちが躁うつ病について深く理解できるよう研修を行うことは、治療の成果を左右する重要な要素である。今では、本人も周りの人々も、双極性障害が生物学的疾患であり、適切に病状を診断すれば、投薬と心理療法で管理できるということを十分に承知している。これらはすべて、みんなが助け合いながら、シスター・マーガレットの病気の管理に協力していくための学びの道である。シスターは自分自身や自分の過去について、またもっと健康的な生活を送る方法について以前よりはるかに認識が深まった。彼女は「私という人間は、躁うつより大きな存在である。私は自分が気をつけなければならない病気を持った1人の人間である」と言えるまでになった。

双極性障害に関する参考文献
1. E・フラー・トリー、マイケル・B・ネイブル『躁うつ病を抱えて生きる−患者、友人、臨床家のための双極性障害の手引き』(邦訳なし)(Torrey, E. Fuller and Knable, Michael B. メSurviving Manic Depression: A Manual on Bipolar Disorders for Patients, Friends and Providersモ
2. ラナ・R・キャッスル、ピーター・C・チャイブロウ『本当の双極性障害−躁うつの危ういバランスを極める』(邦訳なし)(Castle, Lana R. and Chybrow, Peter C. メBipolar Disorder Demystified: Mastering the Tightrope of Manic Depressionモ
3. ケイ・レッドフィールド・ジャミソン『躁うつ病を生きる−わたしはこの残酷で魅惑的な病気を愛せるか?』(新曜社1998年)(Jamison, Kay Redfield メAn Unquiet Mind: A Memoir of Moods and Madnessモ
4. ケイ・レッドフィールド・ジャミソン『炎に触れて−躁うつ病と芸術家気質』(邦訳なし)(Jamison, Kay Redfield メTouched with Fire: Manic Depressive Illness and the Artistic Temperamentモ


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9. ジョージ神父 Grief
(スティーブン・アレキサンダー博士は、セントルーク・インスティテュートのケース・マネジャー兼セラピストである。)

ジョージ神父は60歳で、大きな活気のある教区で主任司祭をしている。これまでの人生で親しい人を失う経験はたびたびしてきたが、その時々の辛さは自分の任務や奉仕活動をいつも通りに毅然とやりとげることで「乗り越えて」きたという意識がある。5年前、両親が短い間に相次いで亡くなり、葬儀を自ら司式したが、その時自分の悲しみが和らいだのは、残された家族のために自分がしっかりしていたのがいくらか功を奏したのだと神父は思っていた。そして兄弟たちから、一家の「重鎮」と言われ、頼りがいがあると感謝されたことに満足していた。また長年優秀な司祭として働いてきたが、教区の信者たちからも困っているときに本当に助けられたと賞賛されることが多かった。しかし神父は近ごろ、高齢の信者が亡くなると、後から自分の手におえないほどの悲しみ、不安、恐怖心に襲われるようになり、そうした激しい感情が湧き上がってくると、どうしてよいか分からなくなってしまうのだった。亡くなった本人やその家族と特に親しかったわけでもないので、なおさらとまどいを感じた。そこで神父は、自分の性分や物事の処し方には合わなかったが、司教代理と何度か面談をした末、多少の説得もあって、勧告に従いセントルーク・インスティテュートの診断を受けることにした。

喪失の悲しみ(グリーフ)の理解と受容
診断は1週間かけて行われた。その中で、神父は5年前の両親の死に対する気持ちを言葉で表現しようと苦心しながら、自分の喪失の悲しみに寄り添いたいという欲求があることに早くから気づいていた。信者の死がきっかけで、両親を亡くした悲しみに今になって自分が反応しているらしいとの理解が神父の中で芽生えたのを、診断課は確認した。神父が自分でも意外だったのは、この問題に重点的に取り組むようにと入院を勧められたとき、承諾して肩の荷が下りたように感じたことである。後に彼は、その安堵感の背景には「司祭としての役目」という重圧の下で、教区の信者や自分の家族のためにもうこれ以上は頑張れないという思いがあったことを認めた。確かに治療が始まってみると、その大部分を、自分自身や家族に対してこうあらねばという、長年抱えてきた根拠の無い信念を打ち砕くために費やすことになった。それは、たとえ喪に服している間でも、自分の気持ちにかまうことはできない、またそうすべきではないという思い込みだった。神父が気づいたのは、知り合いの聖職者にも同じような人たちいるが、自分の感情を合理化することが習慣になっているということだった。自分の気持ちは自分で対処できると考えるか、さもなければ自分に状況を変えることなどできるはずがないと自分を納得させてきたのである。また、自分の気持ちを全体として複雑なまま受け止めるよりも「自分の気持ちに蓋をして」しまうほうが、自分には楽に思えていたのだということも分かった。
ジョージ神父にとっていちばん難しかったセラピーの1つは、肯定的な感情も否定的な感情もひっくるめて、両親に対して持っている自分の気持ちの全体を味わうことだった。両親に対する愛や感謝の気持ちだけでなく、怒りを含めた複合的な感情のありようを認めて受け入れることが、両親の思い出をより正直に完全な形で大切に残すための1つの重要なステップだった。神父は、自分の本当の気持ちを認めても家族を裏切ることにはならないということを理解したとき、これまでになかった心の安らぎを感じた。

喪失の悲しみ(グリーフ)に対処する
ジョージ神父は、人の手を借りて自分の悲しみに取り組んだおかげで自分に対する思いやりの持ち方を学ぶことができたが、加えて、悲しみと喪失に対処するときの一般的な方法もいくつか実践した。まず、意図的に悲しみに浸る作業(グリーヴィング)には、愛する人を失った事実を認める、誰かに自分の体験を語る、感じた気持ちを表現する、という3つの基本的なステップがあることを学んだ。神父は、グリーヴィングのプロセスでいちばん重要なのは気持ちであること、心の底にはしばしば怒り、自責の念、恐れ、無力感といった感情があるということが分かるようになった。またグリーヴィングは、プロセスが長くなる可能性があること、そして自分なりの時間をかけ、自分なりの方法でしなければならないことも理解した。さらに神父にとって非常に役に立ったことが2つある。自分や他人、神を責めることは誰にでもあることと、喪失の悲しみは「悪い」ものでも、避けるべきものでもなく、弱さと同一視してはいけないということである。そして自分なりのプロセスを経た神父は、意図的なグリーヴィングが人を癒せること、また悲しみを回避してしまうとかえって長期的な痛手になることを知った。最後に、気持ちが回復する直前に苦悩の時期があるということを自分の経験から学んだ。
神父はまた、治療中にグリーヴィングの特定の段階モデルをいくつか自分に試してみた。たとえば、エリザベス・キューブラー・ロス(訳注:1926-2004スイス生まれの精神科医。『死ぬ瞬間』など死についての著作が多い)の提唱した否認・怒り・取引・抑うつ・受容という死の受容のプロセスを、自分の状況に当てはめてみた。時間の経過に伴う悲しみや喪失感の変化を図にして分析していくと、以前より自分のことがよく分かるようになった。この作業のおかげで、今まで家族の中で行われてきたグリーヴィングの働きに気づくとともに、喪失の悲しみに無意識の行動的・感情的自己防衛で対処しようとしてきた過去の自分に目を向けることができた。
ジョージ神父は10代で兄弟を1人亡くしていたが、治療を進めるうちに、その時の情緒的な対処の仕方が、その後の自分のパターンに深く影響していたことが分かった。これは驚きだったが、同時に大きな気づきであった。また、亡くなった家族に手紙を書くという方法は非常に治癒効果があり、大きな感情の癒しの源になるということを発見した。さらに、自分が気づいたことを他の入院者や臨床スタッフとその時々に分かち合うことが、自分にとって特に有益だということを知った。
積極的にグリーヴィングを行い、死や死ぬことにまつわる悲しみを意図的に乗り越えることによって、ジョージ神父はこれまで以上の自己理解と感情の癒しを味わったが、同時に注目すべき点は、その際のテクニックの多くが、身近な人の死だけでなく、友人関係や自尊心、あるいは聖職に関連して味わう喪失感にも応用できるということである。また、神父にとって悲しみを乗り越える原動力になったのは、彼自身の自分に対する思いやりの気持ち、人の助けを受け入れる度量、そして状況は変えていけるという事実を認めようとする意欲と勇気だった。これもまた、一般的な感情の問題に当てはまることだろう。


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8. ジョー神父 Male Depression

(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・M・レヴォ博士は、セントルーク・インスティテュートの研修部長とルークノーツの編集を担当している。)

ジョー神父とシスター・メアリーは、15年前に同じ教区で知り合い、親しくなった。それ以来、電話をしたり、たまの休みには会ったり、互いの大切な行事には出席したりといった付き合いを続けてきた。ところがこの数ヶ月は、ジョー神父が「赴任したばかりの教会の仕事が忙しくて」と言って、会う約束を3度も取り消した。いままでに無かったことだが、このところ神父のほうからめっきり電話を掛けてこなくなり、ある日シスターがどうしているかと電話をしてみると、神父は非常にいらいらした様子を見せた。そしてしぶしぶ「ひざの調子が良くないものでね」と打ち明けかけたが、すぐに思い直して「いや元気だ」と否定した。また最近、シスターはある懇親会で神父と同席したのだが、いつもの彼らしからぬ深酒をしていることに気づいて理由を尋ねると、神父はあからさまに気色ばんで、ぷいと向こうへ行ってしまった。数日後、神父から謝罪の電話が入り、お互い「積もる話をする」ために昼食を一緒に、ということになった。
顔を合わせると、神父は先日の自分の態度について、すでに謝罪を受け入れてもらっているのに、自分を厳しく責め続けた。神父はいつになく言葉少なで、以前のようなさっくばらんな話し方ができず、ひどく憔悴しているように見えた。シスターは普段の彼らしくないと考え、自分の思うところを言ってみることにした。昔自分が多少うつを経験したことがあるので、ジョー神父が落ち込んでいるのではないかと思ったのである。憂うつな気分なのではと尋ねられると、神父は驚いて不意に目を潤ませ「男はうつにはならないよ。うつになるのは女だ」と答えた。それでも神父は、シスターが心配して言ってくれることに耳を傾けることはできて、自分でもどこかおかしいところがあるように思うと言うと、黙り込んでしまった。

抑うつと社会文化的な性のありよう(ジェンダー)の問題
大勢の女性が抑うつを感じ、憂うつだと自分から言う傾向が強く、またうつ病と診断されているという事実は、すでに明らかになっている。しかし最近の研究では、男性にも抑うつにかかる人が多いということが分かっており、女性が男性の2倍うつになりやすいという従来の通念が覆されようとしている。女性のほうが男性より落ち込みやすいとよく言われる背景には、2つの問題がある。1つは、うつの男性はなかなかメンタルヘルスの専門家の手を借りようとしないこと、もう1つは、涙もろさ、悲しい気分、ひきこもり、睡眠過多を始めとするいわゆる典型的なうつ症状を男性があまり見せないということである。しかし抑うつは、表出していないことが多いが男性に顕著な病気で、身体的治療も精神的治療も受けていないうつ病患者が存在するという事実が明らかになってきている。最近のジョンズ・ホプキンス大学(訳注:米国メリーランド州ボルチモアにある研究大学院大学で、医学分野が特に有名)の研究では、うつの男性は、そうでない男性に較べて、心臓病の発病率や心臓疾患による突然死の割合が2倍に増えるという結果が出ている。また、米国の疾病対策予防センター(CDC)は、米国男性の自殺傾向が女性の4倍あるとしている。

男性と援助希求行動
なぜ男性は、女性に比べて、身体や心の健康の問題で人に助けを求めようとしないのだろうか。答えの1つは、人に頼らず、強く、論理的で、合理的で、人に情緒的要求をしないという、かくあらねばと男性が考える生き方にありそうだ。現代社会で大多数の人が持っている男らしさのイメージは、感情を表に出さず肉体的にタフであれ、と男性たちに発破を掛けているように見える。感情を表すこと、傷つきやすいことは、女の専売特許だと多くの男性が思い込んでいるとすれば、男性が自分の抑うつを認めようとしないのも、そのために人の助けを借りようとしないのも当然だろう。さらにそこから言えることは、男性は、自分が例外的な問題だと考える事柄、つまりほかの男性ならこんな事で人の支援を受けたりしないだろうと思うと、まず助けを求めようとはしないということである。人から調子が良くなさそうだと思われるかもしれないとか、低く見られるかもしれないという不安があれば、なおさらしなくなる。

男性のうつ症状
男性のうつ症状は、われわれが通常抑うつを疑う基準とは異なっていることがある。ジョー神父の場合は、標準的な症状と男性の典型的な症状の両方が混合した形で出ている。神父は悲しみや空虚感といった標準的な感情は表現していないが、シスター・メアリーとの一件について過剰な罪悪感で自分を責めて続けている。気力の減退という、一般に抑うつに結びつけられる症状もきわめて顕性である。
しかし、もしジョー神父が男性に出現する抑うつの症状について何も知らなければ、自分がうつ状態だとは思わないかもしれず、他人の目にもそうは見えないかもしれない。男性のうつの可能性を示す徴候には、対人関係からのひきこもりや働きすぎ、睡眠不足がある。シスター・メアリーには黙っていたが、実は神父は赴任したばかりの教会で問題を抱えていて、その事で自分を責めている。女性に比べて、男性のほうがうつになるリスクが高くなるのは、自分が仕事で期待に応えていないとか、物事をしかるべく進めていないと感じるときである。加えて、ジョー神父の見せたいらだちやとげとげしさだけでなく、シスター・メアリーにとの間に起したようなちょっとした衝突も、男性が落ち込んだときには非常によく見られる行動である。また男性は、アルコールその他の薬物の使用が増えたり、テレビを見る時間が長くなったりするが、これは自己治療、つまり自分の気持ちを麻痺させようとしているのである。またセックスやネット上の性的な娯楽を利用して、精神的不快感を治めようとする男性もいる。またジョー神父は、ひざの具合が悪くて辛いのを忘れてしまおうとしているが、一方でその身体的な障害が彼の抑うつに追い討ちを掛けているかもしれない。というのも多くの男性にとって、病気や、身体が弱っているという感じは、自分の男らしさの感覚や、精神力や、自己認識を直撃するため、うつの引き金になる可能性があるからである。
抑うつは、専門家に支援を求めれば、抗うつ剤と心理療法のいずれか、あるいは両方を併用する一般的な治療法によって約80%の人が回復に向かう。しかし残念なことに、男性の目には、心理療法も抑うつと同じく女々しいと映ることが多い。その上、男性はしばしば自分の感情を言葉で表現する経験が乏しい上に、自分の気持ちや悩み事についてどんな風に話したらよいかという男性の役割モデルに恵まれていない。男性の抑うつと求援行動にまつわる偏見を払拭して、男性が人に助けを求め、本人が必要とする有効な抑うつ治療を受けられるようにしなければならない。


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7. ピート神父 Trauma and Spirituality
(聖三位一体修道会会員ウィリアム・ムアマン博士は、セントルーク・インスティテュートで霊性養成指導者を勤めている。)

62歳の修道司祭であるピート神父は、性的な面の統合が不十分で、女性の身体に不適切な触り方して気を惹こうとする自己中心的な迷惑行為があったことから、セントルークに入院することになった。アセスメントで、神父には幼少期からの糖尿病の既往症が確認された。神父は子ども時代は辛かったと振り返ったが、それは糖尿病を人格的欠陥とみなし一家の恥と考えていた父親から、よく馬鹿にされ、恥ずかしい思いをしたことが原因だった。
神父は闘病生活で苦労していただけでなく、父親が「男らしいこと」と呼ぶようなものに自分が興味を示さなかったので、父親に受け入れられていないと感じてもいた。神父は感受性の強い大人しい子どもで、音楽や読書が好きだった。その上、すぐれた芸術の才能があった。スポーツをする代わりに、クラスでは女の子たちと遊ぶことが多く、共同制作では自分の芸術的な才能を発揮してクラスを守り立てていた。しかし父親はその腕やでき栄えを誉めるどころか、「男らしさ」とかセックスの話を持ち出しては息子をからかい、しばしば親戚や友達の前で気まずい思いをさせた。青年期になっても父親の態度は変わらなかった。息子がハイスクールでクラス委員に選ばれようが、男の友達がいようが、おかまいなしだった。神父になりたいという希望を家族に打ち明けたとき、父親はろくに励ましもせず、おまえの日ごろの関心事からすれば、実社会で成功するには神父にでもなるのがいいんだろうとしか言わなかった。
こうした心の傷つく、恥ずかしい、冷たい仕打ちを受けた経験は、性に関する認識不足と相まって、ピート神父の迷惑行為や、霊性と神との関係で彼がぶつかっている特別な問題を理解するに上で、きわめて重要な要因になる。

心の傷と霊性
問題の解決のためにピート神父はさまざまな心理療法を受けたが、それに加えて、治療中継続的に霊的指導も受けた。自分の神のイメージを探っていくと、父なる神である慈しみ深い「男性」神というものが自分では概念的にしっくりしないことに、神父は気づいた。そこで、いろいろな神のイメージを探究する手がかりとして、過去の経験の中からいちばん慈しみと安心感を味わえた出来事をいくつか思い出してみるように促されると、糖尿病で辛い思いをしていたときに母親のひざに横になって抱かれていたときのことを覚えていると言った。母親が彼の髪を梳くように撫でながら歌を歌ってくれた様子や、母といると自分がどんなに心安らいだかを、神父は懐かしく思い出した。もう1つ記憶に残っていたのは、7年生(13歳)のとき、教室で糖尿病の発作が起きて卒倒し、大勢のクラスメートに笑われたことがあったが、親友のパトリシアがそばにいてくれ、倒れた自分を抱いて、救急が来るまで彼を落ち着かせてくれたことだった。パトリシアとは、子ども時代から青年期を通じてずっと友達だったし、彼女はいまでも忠実で思いやりのある友人でいてくれている。大昔から、ピート神父はパトリシアとは心から気持ちを通わせることができ、彼女の家に迎えられ家族にも受け入れてもらってきた。
こうした無条件の愛と思いやりの記憶がよみがえると、神のイメージを浮かび上がらせるための新しい基盤ができた。継続的なセラピーと霊的指導を通じて、頭の中の漠然とした概念でしかなかった神のイメージが次第に変化し、心の中でひとつの具体的な信念の形になっていった。女性を温もりや慈しみ、保護という、力あふれるシンボルで捉えるようになると、神父は神の女性的なイメージに思いをめぐらせ始めた。しかし、いちばん明確な神のイメージが浮かんできたのは、霊的指導者と共にインナーチャイルド・ワーク(訳注:今の自分に影響を与えている幼い頃の心の傷、すなわち内なる子どもを癒して、自分の本来の力を伸ばすセラピー)をしている最中だった。神と友として関わり始めたとき、そのイメージが幼馴染のパトリシアとの友情を映し出していることに神父は気づいた。パトリシアとの関係は、これまでずっと特別なものだったが、その彼女の無条件の愛と励ましは、彼を含めた人間に対する神の愛の姿のモデルとも言えるものだった。
ピート神父の神のイメージが進化するにつれて、神との情緒的な関係もまた進展を見せ始めた。神父は、自分が本当の意味で心を通い合わせられる神の姿を見出した。祈りの中で、生まれて初めて自分の気持ちを神に打ち明けるようになった。過去のわだかまりのある出来事について神に怒りをぶつけ、自分の怒りが祈りになっていることを驚きの気持ちで眺めた。彼はまた、ともに笑い合える神の姿も発見し、その実感から、ついに聖職という人生におけるパートナーに出会えたと確信した。神父にとっていちばん意義があったのは、神から望まれていると実感できたことだった。それによって自分の今の神との関係が本物だと確かめられたことだった。
退院を前に神父は、セントルークで良かったのは心理療法だけでなく、霊的指導を通じて過ぎ越しの神秘を受け入れることができたことだと話した。人格的な死と復活を経て、彼は本来の自分に立ち返ったことを知った。自分の身体と人格について幼い頃からずっと感じていた恥の気持ちと、独身男性聖職者としての自分のセクシュアリティに対して持っていた軽蔑の気持ちがなくなり、代わりに自分自身や自分の才能、肉体そして性的な感情に対して、これまでにない感謝の気持ちが生まれた。
過去の痛みに向き合うことで、ピート神父は現在の自分自身について新しい見方ができるようになった。おかげで聖職者を続けていく上で欠かせない、人との適切な境界線を形成することができた。神父の神との関係は、彼が日常のあらゆる神聖な交わりに与るたびに今も成長し、成熟し続けている。神父は、いままでどうしても得られなかった心の平安を見出したのである。


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6. スミス神父 Psychosis
(心理学博士Psy.D.のアンドリュー・マーティンは、セントルーク・インスティテュートでセラピストとして働いている。)(訳注:米国の心理学博士号は2種類あり、Ph.D.は学術的、Psy.D.は実践的な心理学を修める。)

スミス神父は3人兄弟の長子である。子ども時代は母親の要求に縛られていて辛かったと振り返る。母親は心の支えとしても必要以上に彼に依存しており、事実上アルコール中毒の父親の身代わりをさせていた。神父が実家で暮らしていた間、母親はうつと不安でたびたび医者にかかっていた。この頃、幼い彼自身も極度の不安に苦しみ、薬がなければ正常な日常生活ができなかった。その不安に加えて、同年代の子や兄弟と遊ぶように両親から促されなかったので、友達を作る能力が育たず、子ども時代から青年期にかけて深い孤独感を持つようになった。また、自分がちょっとした日常的な作業を過剰に心配することに気づいたのもこの頃だった。たとえば、出かけてから玄関に鍵を掛けたかどうか心配になって家に戻ることがよくあった。幼い頃こうした体験があったので、その後も仲間との接触を避け、デートもせず、自分の知的才能を磨いたり空想に耽ったりしながら毎日をやり過ごした。ハイスクールから大学にかけては、頭が良かったおかげで、特に学究的なクラブの活動を通じていくらか人付き合いの基盤が得られた。
しかしスミス神父の不安とうつは、将来への不安も手伝って、大学生になってもなくならなかった。司祭になることを考え始めたのもその頃だった。司祭職に対する複雑な思いもあったが、卒業後はすぐ神学校に入る決心をした。神学校時代は、大きな失敗もなく、学校生活を楽しいと感じることさえあった。
しかし司祭になって最初の仕事で、深刻な対人関係の悩みにぶつかった。問題のいくつかは、心配のしすぎと、ドアや窓などを何度もしつこく確認しようとする態度が原因だった。必要以上に手を洗うという、根強い不安からくる新たな徴候が始まったのもこの頃である。
繰り返しうつ状態になることと、教区で普通に働くことが日増しに難しくなってきたことから、スミス神父は助けを求めてセントルークの診断に訪れた。上長者たちは、神父のうつ症状だけでなく、最近受けた報告から神父の不安感が高まっていることと、いくつか奇矯な行動が見られる点を心配していた。それまでの数ヶ月間は、司祭館の自室に引きこもっていることが多く、出席の決まっていた数回の重要な会議のとき以外は、部屋からほとんど出てこなかった。司祭館からの報告によれば、シャワーを時々しか浴びていないようで、服装もだらしなく、汚れていることが多いという。神父は臨床面接では沈黙することが多かったが、徐々に口を開き、自分に腹を立てている教区の信者たちが自分をつけ回しているにちがいないと思っていること、ラジオから自分についての不吉なメッセージがしょっちゅう聞こえてくると打ち明けた。アセスメントの間も治療に入った後も、この妄想症状は続いた。治療を受けているほかの人たちのことを疑い、臨床スタッフのことも怪しむという状態だった。

精神病の治療
アセスメントの結果、スミス神父は抑うつよりずっと大きな問題を抱えていることが判明した。精神病である。治療は、まず抗精神病薬で精神を安定させ、それから本人の感情世界の中での知覚について対話を試みるという二段構えで行われた。コンサルティングを行う精神科医の協力で、スミス神父は、心理的苦痛をある程度緩和しつつ疑惑や妄想から離れられるようにする抗精神病薬を処方された。神父はこの投薬治療のおかげで、個人療法やグループ療法の場で、以前より人の話を受け入れ、居心地よく感じられるようになった。考えの内容と、その考えが現実だという信念との間に、判断の入り込む余地がある程度できると、神父は自分の認知の歪みを疑い出し、自分の知覚を支えている情緒的基盤について多少なりとも理解し始めることができた。また治療の過程で、家系に精神疾患が見られるということも知った。自分の病気が遺伝的・生物学的な性質だと分かって、神父は今の症状について感じていた恥の気持ちが薄らいだ。
スミス神父と接するうちに、医者やセラピストたちは、彼の妄想と直接対決するのは、彼を非協力的にするだけで逆効果であることを察知した。そのかわりに、臨床チームは神父と気持ちを通わせることに務め、彼の世界観の中ではどんな気持ちになるものかを理解するように心がけた。この治療法が功を奏して、神父は自分の不安、恐れ、悲しみ、疎外感といった、深刻な精神障害者がよく感じる気持ちについて、以前よりはっきりと口にするようになった。またセラピーの場では安全だと感じるにつれ、他人の態度に悪気はないのだという説明に、だんだん理解を示すようにもなった。治療が終わる頃には、自分の知覚の中には少なくともいくつかは間違いがあるかもしれないと認められるようになった。それだけでなく、自分の妄想から十分に距離が取れるようになり、おかげで人の怪しい振る舞いに注目すべきかどうかについて選択の余地が大きく広がったと感じた。
継続治療のセラピストの援助で、スミス神父は、心理療法の継続を含めて支援ネットワークを作り、退院後の長期的な回復プロセスに備えた。支援ネットワークに入った人々に、神父の病気がどんなものか、特に薬の飲み忘れという再発のいちばんの原因を防ぐ必要があるという点を理解してもらうため、セントルークで指導を行った。


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5. ブラザー・ボブ
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員で臨床心理士のリン・M・レヴォ博士は、セントルーク・インスティテュートの研修部長とルークノーツの編集を担当している。)

ブラザー・ボブは35歳である。1年前に初めて就職し、所属修道会の経営するハイスクールの教師兼サッカー部のコーチになった。新米の上に、コーチの役目も楽ではないので、いつも仕事に追われて、なかなか自分の時間を見つけられない。それでも先日、校長からスクール・ミュージカルのほうも手伝って欲しいと言われたときは、断りづらくてしぶしぶ承諾してしまった。それ以来、ブラザー・ボブは学校でも自宅でも不機嫌なことが多くなってきている。また最近、共同体の集まりに出席したときには、招命推進チームに入ることを無理やり承諾させられたように感じ、帰ってから自室の壁にパンチを食らわせて手に怪我をしてしまった。ブラザー・ボブは、自分がどんどん怒りっぽくなっていると思い、カウンセラーに相談することにした。面接の場で「自分の人生が自分のものじゃないような気がします。人から頼まれたことを吟味してはいけないように感じる、というより、無理やり承諾させられているように感じるんです。それで腹が立つのも嫌で・・・」と打ち明けた。
カウンセラーとの面接を始めると、ブラザー・ボブはほどなく、怒りっぽくなるのと「ノー」と言えないのは、今に始まったことではないと気がついた。子ども時代のことを話しているうちに、自分がどのようにして他人の責任を背負うようになったかが分かった。5歳のとき父親の身体が不自由になり、自分が「一家の大黒柱」になった。父親がしていた仕事が自分の肩にかかってきたので、早く大人にならなければいけなかった。父親の欲求や要求に応えるのが自分の仕事だ、自分のことは二の次なのだと、子ども心に察した。父親は身体の不自由を感じるたびに、自分があまりに多くのものを失ってしまったことを思い知らされて、精神的に落ち込むと同時に怒りっぽくなった。肉体的な健康や経済的安定、やりがいのある仕事、人生を楽しむ手段を奪われ、家族や友人との関係はがらりと変わってしまっていた。それだけでなく、人の助けが必要な身体であることが受け入れられず、自分がして欲しいことを直接、丁寧な言い方で人に頼むことができなかった。過剰に要求がましくなり、しょっちゅう爆発して攻撃的な反応を見せた。ブラザー・ボブは当時のことを話しながら、自分がこれまで父親と同じようなパターンでフラストレーションや挫折に対処してきたことに気づいた。考えてみれば自分も自己主張が下手で、気分が沈むと無性に腹が立ち、ときどきうっ積した怒りを攻撃的なやり方で発してしまうのである。
カウンセリングを続けるうちに、ブラザー・ボブはいくつかの強い、痛みを伴った認識にたどり着いた。第1に、人との付き合い方に、共同体の男性たちとの関係にも学生時代に付き合った女性たちとの関係にも当てはまる、似かよった傾向があることが分かった。関係が一方通行で、双方の要求が満たされるような相互性を欠いているのである。むしろ自分のほうから、相手の要求や欲求に応えることに夢中になるような関係に惹きつけられるようで、その結果しばしばフラストレーションと怒りの感情が起こるのだが、それを健全な方法で表現できない。第2に、自分の自意識がしっかりしていないということと、自分と外との境界線(バウンダリーズ)が貧弱で、外からの影響を受けやすいということも理解した。仕事でも私生活でも、自己主張や、他人と折り合いをつけることが下手だった。また誰からも本当の意味で理解され愛されていないので、自分がとても孤独だということにも気づいた。

個性化と関係志向
さまざまなことに気づいたおかげで、ブラザー・ボブにとってまたとない自己変容の機会が生まれている。ブラザー・ボブは家庭で与えられていた役割から次第に抜け出して、以前より本当の自分らしい生活を送っている。この精神的変化の行程を理解するには、個性化と関係志向という、2つの精神力学の躍動的な関係について考えてみるのが良い。
個性化とは、独立した自己を保持し、自分を大切にし、自他の間に順応性のある柔軟な境界線を形成し維持する能力である。一方、関係志向とは、他者との間に成熟した相互的で親しい関係を築き、自分から他者に近づくこともできれば、他者の歩み寄りにも応じられる力量を指す。個性化と関係志向は、成長していくために絶え間なく与えられる課題であり、人と関わろうとすれば、両者の間に折り合いをつけざるをえない。私たちは、大人になるにつれてこれが上手にならなくてはいけないのだ。一方に偏りすぎてもう一方がおろそかになると、人間関係は決して満足なものにならず、真正の自己を獲得しそこなう。
ブラザー・ボブは、自分よりも他人のほうが大事だと思い込んでしまっていた。そのため他者と関わっている間は、自己の分離独立性をうまく維持できない。それが原因で、自分を必要とする誰かと関わる傾向がよけいに強まり、そのうちに、誰にとっても必要で本人も望んでいる相互性のなさに結局は嫌気がさす。今の彼の課題の1つは、「自己準拠的」になるようにすることである。つまり、自分自身はどう思うか、どう感じるか、何が欲しいか、何を必要としているか、夢は何かといったことを理解し、その価値を認め、その上で他人の考えや気持ち、欲求、要求、夢と折り合いをつけられる態度を学ぶことである。ブラザー・ボブの場合、自己準拠的になるには自己認識を深める必要がありそうだ。そのためには内的自己と接触しなければならない。自分のために時間を取り、日記をつけ、感情、特に怒りに関連する激怒、フラストレーション、落胆、傷つきなどに注意を払い、カウンセラーや霊的指導者など自分にとって重要な支援者と話すことによって、もっと自我に目覚めることができるはずである。
ブラザー・ボブはまた、自分を見失わずに人と親しくなる、つまり他者と真の霊的な交わり(コミュニオン)を持つ方法を学ぶ必要がある。そのためには、公私を問わず健全な境界線を形成し維持することが極めて重要になる。加えて、自分の要求を吟味するようになれば、それにつれて、他者に義務感を持つかわりに、他者の要求に敏感に上手に応える力量が増してくるだろう。そうすれば、以前より満足のいく成熟した人間関係を築けるようになる。
はっきりした自己感覚を保ちながら他者とも健全で相互的な交わりが持てるようになると、一般に次のような特徴が出てくる。自分にも人にも感情を偽らない、自分と他人を同じように大切にする、適切な自己開示ができる、順応性のある柔軟な境界線がある、そして他者への共感力、つまり「人の身になって考える」力が伸びる。さらに人間関係の中での自分の捉え方が、ヒーロー、救済者、または犠牲者から、1人の「関係者」に変わる。
健全で成熟した生き方の特徴は、個性化と他者との関係志向との間に見られる、躍動的で相互依存的かつ臨機応変なバランスである。これに対して、不健全な生き方の原因は、2つのどちらか一方に固着、つまり貼り付いたままで、必要に応じて適切に他方にシフトするスキルがないことである。


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4. シスター・アン Understanding and Treating Diabetes

(登録栄養士(RD)・公衆衛生学修士(MPH)のエレン・グリフィスは、セントルーク・インスティテュートで栄養士スタッフとして働いている。)

シスター・アンは52歳のソーシャル・ワーカーで、刑事裁判中のスラムの貧しい若者のために、ある大都市で働いている。彼女との対話が唯一希望の持てる交流だと感じるクライアントがよくいるので、仕事にはやりがいを感じている。しかし裁判で勝つことはめったにない。自分の5割増しの力を注ぎ込んで、融通の利かない官僚制度と戦い、わずかな人手を動かし、週末はなるべくクライアントの誰かの顔を見に行くという生活である。大勢の人から尊敬され、感謝されている。
すべき仕事は多い。毎日が非常に多忙なので、くつろぐ時間はほとんどない。往復97キロを毎日通勤している。食事はいつも移動しながらで、運転しながら朝食を取ることもある。こんな食生活がたたって腸が機能異常を起こし、過敏性腸症候群になっているが、私のようなマルチ人間にはこれも仕事の1つみたいなものよ、と冗談を言っている。休みの予定を入れると決まって何かが起こって、時間が取れなくなってしまう。
仕事では大変尊敬され、人に好かれてもいるが、私生活ではまったく違う。2人の修道女と同居しているが、彼女たちのことをほとんど知らない。ほぼ毎晩、決まった夕食の時間があるが、シスター・アンは間に合わないことが多い。家にいるかと思えば日頃の仕事をあれこれ事細かに話すので、その勢いにほかの2人は圧倒されるやら、驚くやらである。本人にしてみれば、普段は家に帰ったらとにかく横になりたいというのが本音である。
ある日、仕事の関係でツベルクリン反応検査に行くと、かかりつけの医師から精密検査も受けるように言われた。検査の結果、肥満に加えて空腹時血糖の値が157mg/dlと高く、糖尿病の診断基準に達していると指摘された。これはショックだった。母親がやはり糖尿病だったのだ。だが自分の治療はとりあえずしないでおこうと決めた。診断の衝撃でそれどころではなかった。そして医者から処方箋と専門医への紹介状をもらったのに、今までどおりの生活を続けた。「母の血糖値のほうがよほど高かったわ」と言って治療勧告に従わなかった。母親が食べたいものを食べ、薬も飲まずにいて急速に病状が悪化したときのことは、記憶の外に追いやった。しかし、医師と共同体からうるさく言われ、1週間の休暇を取って、糖尿病の治療と、それ以外にも怠っていた生活上の雑事をかたづけることにした。処方薬を出してもらい、身体を休め、車は点検に出した。しかし数週間もたたないうちに、普段の多忙な生活に戻ってしまい、薬も飲んだり飲まなかったりになってしまった。そうするうちに、ある日眼がかすむことに気づいて不安になり、診察の予約を入れた。医者と話すうちに、糖尿病と診断されたことで精神的な痛手を被っていること、ほとんど毎晩眠れずにいることを認めると、泣きじゃくった。また自分がうつになるかもしれないと思っていることを初めて認めた。

糖尿病とその治療
糖尿病は慢性疾患の1つで、これにかかると身体がインスリンというホルモンを分泌しないか、または適切に消費しなくなる。インスリンは、砂糖やでんぷん食品などの炭水化物を日常生活に必要なエネルギーに変えるのに必要なホルモンである。病因はまだ分かっていないが、肥満や運動不足など、遺伝学的要因と環境的要因が指摘されている。適切な食事、定期的な運動、必要に応じた投薬を行えば、糖尿病を抑制し、合併症という健康を最も脅かすリスクを減らすことができる。
2005年9月、米国の疾病対策予防センター(CDC)が、抑うつは糖尿病のような慢性病の危険因子の1つであると発表した。抑うつは、あらゆる疾患の処理を難しくする。「並存疾患」として抑うつがあると慢性病が悪化する。また睡眠障害は肥満や抑うつに珍しくないが、糖尿病の発症率を高めることがある。
セントルーク・インスティテュートでは、身体の状態が感情と精神に作用するという見解に立って、クライアントを全体観的に治療する。クライアントの入院を受け入れるのは、糖尿病の症状が出ているからというだけではない。とはいえ、糖尿病自体の治療が必要なのは言うまでもない。セントルークでは、クライアントの肉体的な健康回復を援助する目的で、診断(evaluation)時または入院時に精密検査を行う。過去3年以内に糖尿病に関する研修を受けたことがないか、知識が不十分と見られる糖尿病患者には、糖尿病研修プログラムを勧めている。他のクライアントと同様、糖尿病患者も、栄養学的評価と体力評価の結果を受け取る。そして栄養士と運動生理士の両方が付いて、最良の健康回復をめざす。加えて、全員が治療期間を通じて医師によるチェックを受ける。血液検査を定期的に行い、糖尿病を含むあらゆる健康状態が適切に対処されていることを確認する。必要であれば、合併症の進行を予防または軽減するため他の専門医への紹介を行う。抑うつが懸念されるクライアントは精神科医が診察し、抗うつ剤の投与に必要な診断を行う。また全員が治療期間を通じて個人またはグループで心理療法を受ける。たいていの場合は、いちど糖尿病と抑うつが内科的に対処されると、心理療法の効果も高まるようである。
「ダイエット」は、今や強迫観念とも言える国民的関心事だが、意味が紛らわしく、健康と関係のないことが多い。ヘルシー・ダイエット(健康食)を取ること、つまり栄養摂取は、そのダイエットではない。セントルークの栄養学的評価においては、クライアントから重要な情報を聞きだして、本人が到達できる健康的な栄養状態を特定するよう努めている。これは、必ずしもクライアントを厳格な食餌制限に縛りつけるということではない。目的は、自分の身体のニーズに合った食との健康的な関係をクライアントが享受できるよう援助することである。
治療中、シスター・アンは栄養士の協力で、自分の問題行動が何であるかをつきとめた。食事の時間が適切でないこと、ストレスのある活動をしながら食べること、自分が口にするものの質や量に注意していないこと、寝不足のときに目覚まし代わりに何かを食べること、食事のときに人との会話を楽しもうとしないことである。シスター・アンは、目下、自分のことをまず優先して心身をいたわることや、リラックスして食事を味わうことを学んでいる。規則正しい生活をすれば、糖尿病患者は血糖抑制がうまくできるようになる。また彼女は、糖尿病と抑うつに効果のある定期的な運動も行っている。彼女は今、医者で作家のジョージ・シーハン博士(訳注:1918−1993。心臓学者でアスリートでもあった。著書に『シーハン博士のランニング人間学』森林書房などがある)の格言「自己認識の第一歩は身体から」の意味を身をもって学んでいるところである。


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3. シスター・マリア Emotional Dysregulation

(公認心理士のR・ダリオ・プリード博士は、セントルーク・インスティテュートで女性プログラムのセラピストとして働いている。)

35歳のシスター・マリアは、自分の感情と対人関係の2つの問題で長い間苦労してきた。落ち込み、絶望感、空虚感が極端に強く、しばしば自制を失っては衝動的で自他に有害な行動に出てしまう。所属修道会は、どのように彼女を援助すべきか、また彼女が慢性的な苦悩に陥って他の姉妹に悪影響を及ぼさないようにするにはどうすればよいかを探るのに四苦八苦している。本人も共同体も、その突然の爆発や情動的な反応、しがみつき、悲観に今までうまく対処できないできた。ごく最近になって、姉妹たちから、シスター・マリアは取り乱すと自傷行為を行うとの報告があった。
彼女は気分が良いときは、世話好きで思いやりがあり、寛大で感受性が鋭い。仕事の方でも、優秀で仕事ができる人と見られており、修道女としてこれまですばらしい業績を収めてきた。ところが内面では、極度の不安や情緒不安定に苦しんでいる。自分の良いところを見ようとせず、自分に何が必要なのかもよく分からない状態である。気分が落ち込みやすく、物事が思いどおりに行っていないと感じると極端に駄目になる。ひどい絶望状態に入ると、いつまでもそのままで、そこから抜け出す方法が見つけられないようである。苦悩の激しさと効果的な対処能力の欠如が、リストカットのような行動を招いており、それによって最初は感情が解放されるかに見えるが、実際にはそうした行動自体が自己破壊的なので、自傷行為に走るリスクがより高まる可能性がある。
対人関係においても、シスター・マリアは重大な問題、主として信頼感にまつわる問題にぶつかっている。誰かと非常に親しくなっては、裏切られた、あるいは見捨てられたと感じて打ちのめされるという経験を繰り返している。それで今度は怒りにかられて無茶をし出すという具合だ。当然のことながら、共同体の姉妹たちは彼女の振る舞いに当惑している。姉妹たちは、いつもびくびくしながら過ごしていて、いつ何時、一見ささいな理由でシスター・マリアが激昂して爆発しそうになるか分からないと経験から学んでいる。おかげで姉妹たちは彼女がいると居心地が悪く、彼女を避ける者さえ少なくない。

感情調整障害
今のシスター・マリアが苦労しているのは、感情調整という、自分の感情を認識し、それを自制するように頭を働かせ、誘発される行動を効果的にコントロールする能力がうまく働かないことである。彼女に見られる調整障害の特徴は、たとえばささいな物事や指摘でキレてしまうというように、活性化の閾値が低いこと、「ひどい絶望感」に代表される極度の反応、また葛藤が起こってしまうと自分をうまく落ち着かせるのが難しい、つまり元に戻るのに時間がかかるという3点である。
行動心理学の第一人者で、弁証法的行動療法(DBT)という境界性人格障害の治療法を考案したマーシャ・リネハン博士は、感情の調整障害を、境界性人格障害の中心的な特徴と位置付けている。感情調整障害は、感情がより論理的な自己を完全に制圧してしまう典型的な葛藤を表出する。しばしばシスター・マリアの様子は「過剰に感情的」と評される。彼女がとりたてて感情的な人だとは言えないが、自分の感情に振り回されないようにした方が有利な場面でそれができるかどうかという点で、彼女の能力がほかの人より低いのは確かである。激しく取り乱すと、感情がやすやすと主導権を握ってしまうのだ。
感情調整がうまくできなくなる原因については、生物学的な傾向、神経心理学的な問題、あるいはトラウマなど考えられる要因がいくつかある。また明白な因果関係があると見られる環境条件の一つに、個人の感情が認められないような環境で育つことがある。つまり自分の気持ちを誰かに聞いてもらったり、理解してもらったり、的確な反応をもらったり、肯定してもらったりすることのない環境である。人間は互いに学びあう生き物である。子ども時代は、一つには、保護者との関係を通して自分というものを体験するプロセスから成り立っており、それを通して自分の気持ちを落ち着かせ、自分を大事にし、フラストレーションに耐える方法を身につける。しかし、たくさんの人が、自分の感情の状態を理解したり、それを効果的にコントロールしたりする技術の統合や学習をしていない。
シスター・マリアはそのような環境で育てられていた。両親はともにアルコール中毒だった。そのうえ父親には残酷なところがあって、しばしば肉体的な虐待に及び、母親はといえば、まず自分のことに目が行ってしまい、娘の基本的な欲求に応じてやろうとしなかった。娘の望みは両親の支配下にあって、無視されるのが普通だった。マリアは外では平気な顔をすることを覚え、家庭の問題を誰にも話さなかった。
人間関係というものは、感情の調整障害を生む重要な一因にもなるが、同様に効果的な感情のコントロールの発達も促す。診断の後、シスター・マリアは自分の気持ちともっと上手に折り合いをつける方法を学ぶために入院治療を始めた。治療グループに入って仲間意識と人との絆を味わい、人を信頼しても大丈夫だろうかという不安を体験的に理解することができた。それだけでなく、次第にセラピストと一緒にいると自分が大切にされている、 世話をしてもらっている、信頼されている、安全であると感じられるようになった。
少しずつだが、シスター・マリアの自他についての考え方に重要な変化が見られるようになった。自分の行動を、自分のアイデンティティや人間としての価値とは切り離して認識することが上手になった。この変化は修道院の中にも波及し、ほかの姉妹たちも問題なのはマリア自身ではなく、その行動なのだという見方ができるようになった。そしてシスター・マリアは、自分の現状をただ恥じるのではなく、もっと素直に受け入れる態度を学んだ。そのおかげで、自分の人生を自分で良い方向へ変えなければという覚悟ができた。時間の経過とともに精神力が増して、自分が他人にどんな影響をあたえているか分かるようになっていったので、自分が以前抱いていたような、他人の態度にただ反応しているだけで、言いたいことを言う権利がまったくないという自己像が崩れていった。
リネハン博士の境界性人格障害のトレーニングに一貫して取り組むうちに、シスター・マリアは、たとえばマインドフルネス(訳注:心が目覚めていて、今ここにいる自分と環境をはっきりと意識している状態)のようなセルフ・アウェアネス(自己覚醒)に到達する方法や、他者との関わり方、さまざまな感情の理解、ストレス因子を処理するスキルを学んだ。これらの特殊なスキルによって、自分の今の感情の状態を把握し、それよって自分にどんな変化や影響が出ているかに気づき、適切に自己主張をして危機に対処する能力が高まった。
シスター・マリアは、恥の気持ちに塗り固められた以前の自己像ではない、より明確な自己認識を持って共同体に戻った。そして他の姉妹ともっと上手に付き合うことができるようになった。今でも怒りやフラストレーションなどは感じるし、時折そうした感情が非常に激しくなることはある。しかし今の彼女は、それぞれの気持ちがどういう感情なのかを理解し、自分の欲求を認め、自分の最終目標からはずれないように振る舞うことができる。本人も以前より日常生活を楽しめるようになったと報告しており、共同体の方でも、以前より彼女の情緒的欲求が弱まっているという実感がある。初めのうちは警戒していた共同体の姉妹たちも、次第に彼女との付き合い方がうまくなってきた。たまに起こる感情の爆発のときでも、シスター・マリアに対する共感度はずっと高まっており、たいていの場合は一緒に葛藤を乗り越えられるようになった。時間の経過と継続治療のおかげで、シスター・マリアはますます自分の感情と行動のコントロールに熟達しつつある。

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2.ビル神父 Social Skills and Emotional Intelligence
(カロンデットの聖ヨセフ修道会会員リン・ M ・レヴォ博士は、臨床心理士(サイコロジスト)で、セントルーク・インスティテュートの研修部長である。)(訳注:米国のサイコロジストは、臨床心理学に基づいた心理療法を行う公的資格者。仕事の内容は日本の臨床心理士に近い。Ph.D.の学位と1年間の研修、州の認定試験合格が条件)

ビル神父は、過去4年間、都市部の大きな小教区教会の主任司祭をしてきた。プロ顔負けの話術の才に恵まれ、説教が上手いと信者の間でも評判だ。過去の任務でもそうだったが、いまだに同僚やスタッフや小教区の役員といった身近で働く人との対人関係に問題を抱えている。一緒に働く人たちから賞賛はもとより、ちょっとしたお世辞さえ求めるような態度が見られる。チームワークが苦手で、自分でも人の助けは必要ないと言っているので、司教区としては現時点では助任司祭を置かない方針を取っている。本人も「大して役に立たない人たち」に頼らなくて済むと、その決定に満足している。しかし教会役員会のほうでは、これだけ大きな教区で仕事も多いのに、神父一人では無理だと考えている。
現在、ビル神父は役員会ともめている。役員たちが神父の新しい信徒会館の建設計画に難色を示しているからである。神父が建てたがっているのは、今の2倍もする大きさの会館で、しかも今の会館自体がまだ築8年しか経っていない。簡単な修繕と改修を何箇所かすれば当面は十分だというのが大方の役員の意見だ。一方ビル神父は、役員たちは将来の見通しが甘く、先見の明がないと言ってゆずらない。そこで司教区から、ビル神父と教会役員会の補佐役として人事担当のフランクス神父を送るがどうかと打診されると、ビル神父は「それなら司教と直に話すほうが・・・」と言いながら、しぶしぶ同意した。
フランクス神父は心理士に、この状況をどう理解すべきか、またビル神父と上手くやるにはどうすればいいかを相談した。ビル神父の聖職者になってからの経歴を2人でチェックしたところ、ビル神父の今の行動は、対人関係がこじれたときに出る長年しみついたパターンで、特に聖職に関わる人間関係で顕著に現れることが分かった。また誇大感や賞賛されたいという欲求、他者への共感の欠如が、ビル神父が人と関わるときの特徴だということも明らかになっている。

人格障害を認める
フランクス神父は心理士の協力で、ビル神父にいわゆる人格障害があることを認めた。人格障害とは、米国精神医学会の『精神障害の診断と統計の手引き』(DSM−IV)(訳注:ディー・エス・エム・フォーと読む。精神科医の診断マニュアルの第4版で1994年刊行。1952年に初版DSM−Iが出され、現在は第4版用語修正版DSM−IV−TRがある。)の定義によれば、「その人の属する文化から期待されるものから著しく偏り、広範でかつ柔軟性がなく、青年期または成人期早期にはじまり、長期にわたり安定しており、苦痛または障害を引き起こす、内的体験および行動の持続的様式」(訳注:医学書院『DSM−IV精神疾患の診断・統計マニュアル』1996年より抜粋)である。
これらの行動はパターンとして安定し、長期間続いているもので、社会的機能や聖職者としての機能を著しく損なう結果を招いている。DSM−IVでは人格障害を10種類に分類しているが、ビル神父は明らかにその中の自己愛性人格障害に該当する。この障害の特徴には、自分を特別重要な人間だと思っている、限りない成功にとらわれている、自分が特別で地位の高い人たち(たとえば司教)と交流を持つべき人間だと信じている、過剰な賞賛を求める、傲慢な態度を示す、他者への共感能力が欠如している、などがある。

自己愛(narcissism)を理解する
自己愛というと、何らかの虐待や放置といった、幼児期に受けた心の損傷との関連性が指摘されがちだが、子どもの頃に親などのキーパーソンから受けた無私の愛や熱愛もまた原因となりうる。ビル神父は、明らかにこのケースと考えられる。神父がまだ3歳のとき、父親が妻子を置いて出て行ってしまい、それからというもの母親は彼を溺愛するようになった。いつも子どもを誉め、保護的に接する子煩悩な親の態度は、場合によってはその子の傲慢な特権意識を作り出すことがある。この種の環境で育てられると、ほかの人たちにもそれぞれのニーズや、ものの見方や、自分のものを欲しいという気持ちがあるのだということを学ぶはずの幼児期の学習能力が妨げられる可能性がある。なかなか理解されにくいことだが、その有能さや傲慢さの下には往々にして、見捨てられるのではないか、人から好感を持たれていないのではないか、という絶え間ない恐怖におびえる人間が隠れている。極端でかたくなな完全主義や、落ち着いていて自信ありげに自分を見せたいという欲求を生み出しているのは、実はこの恐れの気持ちである。そのため、こうした人々には、自分が理想化した完璧な鏡像を現実の世界が「写し」返すことへの強い欲求がある。

自己愛的な行動に対処する
病的な自己愛に対処するのがむずかしいのは、何らかの人格障害を持つ人々の多くが、自分で気づいている以上に人に苦痛を与えるからである。しかし本人が治療に積極的になれば自己愛の緩和も起こりうる。いずれにせよ、誰かが一人で自己愛型の人の行動を変えることはまず不可能である。できるとすれば、ジェームズ・F・マスターソン医学博士が推奨する、いざというときの自己防衛術のいくつかを忠実に守ることである。
枠組みを設定する
どんな要求ならこちらが応えてやれるか、どの程度の許可までなら与えるつもりがあるかを決める。自己中心的な会話を聞いてやる時間の上限を決める。現実的な期限を定め、それを皆に必ず守らせる。
自分で自分を支持し気づかう:
相手はこちらの時間や感情にはお構いなしなので、自分のことは自分で気づかう。相手が怒りや非難で脅そうとしても拒否すること。
交渉を有利にする材料を利用する
相手が欲しがるものをこちらが持っているときは、それを小出しにして、相手の最悪の行動を上手くコントールするように利用する。
腹を立てたり言い争いをしたりしない
自分の問題点に気づかせる直面化の作業は、控えめに注意深くコントロールしながら行う。相手が非難してきたり、こちらにどこかおかしいところがあると言われたりするのを覚悟しておく。言い争いをしても堂々巡りになるのがおちである。相手が歩み寄ってくることを期待しないこと。
引き際を知る
悪性の自己愛型の人と関わると、自己感覚が損なわれる可能性がある。相手との関係をよく吟味し、自分が関係を続けたいかどうか判断すること。

ビル神父が体現しているのは、不健全あるいは病的な自己愛(narcissism)という、健全な自己愛(self-love)の対極にあるものと思われる。健全な自己愛とは、成熟したバランスの良い安定した自己価値と自己評価の感覚と結びついた自己への愛である。すなわち健全な自他の境界を持ち、自分自身や自分の力量について現実的な評価ができるということである。人が他者をありのままに認めるには、まず己を知ることから始めるしかない。ビル神父は真の自己との接触体験に乏しいため、人と折り合いをつけたり、人の気持ちを理解したり、相手の立場に立ってものを考えたり、人を愛したりすることができないのである。彼ほどの才能豊かな人物が、実は独りぼっちで孤立した人生を送っているというのは、実に心の痛むことである。

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1.ジョン神父
(心理学博士Psy.Dのエミリー・R・キャッシュは、セントルークの臨床心理士(クリニカル・サイコロジスト)である。)

ジョン神父は38歳で、都市部にある大きな小教区で働いて10年になる。同僚の間では、「インテリ」で通っている。ミサの説教では精彩を放っているのに、人づき合いとなると、とたんに不器用になる。神学校ではとびぬけて成績優秀だった。叙階直後に大きな小教区への赴任が決まったのは、人づき合いが苦手なジョン神父の性格を見て取った司教の配慮だった。叙階して間もないうちは司牧のベテランである主任司祭との二人三脚がよいだろうと、司教は考えたのである。この組み合わせによって、結果的に強力な教区チームが誕生した。ジョン神父が見識あふれる説教で信者を刺激すれば、主任司祭は司祭との交流を求める彼らのニーズに応じるという形で、それぞれの能力が十分に活かされた。
ところが昨年父親を亡くしたジョン神父は、その後、気分や行動、教会での仕事振りに明らかな変調をきたすようになった。人と距離を取って孤立したり、いらつくようになった。主任司祭と司教は心配して声をかけたが、ジョン神父はなかなか自分から相談しようとしなかった。これまでも人に支援を求めたり、人の助けを受け入れたりするのが極端に苦手だった。数日前のことだが、ミサが終わると信者のひとりがジョン神父のところにやってきて、神父の説教のことについて話し始めた。すると神父は急に大声を出したかと思うと、その信者をどなりつけた。ジョン神父が信者の誰かに腹を立てたり、いらだちを見せたりしたのはこれが初めてのことではなかったが、今回の爆発で、主任司祭も司教も黙っているわけにはいかなくなってしまった。こうして、ジョン神父はセントルークの診断を受けることになったのである。

社交性と心の知能指数
セントルークの診断課では、神父に抑うつと不安があり、原因はいずれも、神父が父親を亡くしたことと、その喪失感がうまく扱えずにいるところにあるという結論に達した。また、神父が社交的な面で大きな問題を抱えているということも明らかになった。神父は一対一の面談が苦手で、しっかりした社交性に加え、良好な人間関係を維持する能力である感情的知性、いわゆる心の知能指数が乏しかった。たびたび緊張した様子を示し、めったに視線を合わせず、たまに視線を合わせると、今度は視線の合わせ方が長すぎて、かえって相手に居心地の悪い思いをさせてしまうところがあった。また、自分の家族や過去の交友関係について話す中で、親しい友人を子どもの頃から一度も持ったことがないと打ち明けた。子どもの頃は人と交わらず、勉強に慰めを見出していたと語った。学校の成績では賞賛の的だったが、クラスの友達と一緒にいるといつも居心地が悪く、自分に自信が持てなかった。この成績優秀で孤立しているというパターンは、神学校に入ってからも変わらなかった。
神父は自分の子ども時代をとても良い思い出として語った。しかし、さらに調べていくと、母親がうつ病を患っていたことが判明した。父親は大学教授で、非常に知的レベルの高い人だったが、大掛かりな調査研究に携わって大学の仕事にかかりきりだったため、めったに家にいなかった。ジョン神父は父親とその業績を崇拝していたが、家で母親と二人きりで過ごさなければならなかった。その母親はうつ病と闘っていて、自分の幼い子どもの感情的な欲求に応えてやることがほとんどできない状態だったので、ジョン神父は必要な社会的刺激を母親から受けることができず、同年代の仲間からも孤立してしまっていた。神父にとって、自分に価値があることを教えてくれ、やる気を起させてくれるのは、勉強の成果だけだった。
診断後、ジョン神父には入院という治療勧告が示された。入院すれば、神父にとって安全で支持的な環境が確保されるので、その中である程度の社交性や感情的知性を磨くこともできるというのが、その根拠である。
ジョン神父には、個人セラピーとグループセラピーが行われた。両方のセラピーを受ける中で、ジョン神父は次第に自分が人と出会ったときに感じる潜在的な不安が何であるかを理解するようになった。また神父は、自分に他者との関係を求める気持ちがあることを認め始めると同時に、交友関係をどうやって築いたり維持したりすればよいのか分からないのだということにも気づいた。個人セラピーは、神父がこうした気持ちを見つめたり、自分の感情的な欲求について洞察を深めたりするための安全な場として機能した。また個人セラピーのおかげで、父親に対する強い愛着や、母親に対して感じていた失望感について話し合うこともできた。一方、グループセラピーは、神父にとって、今まで持っていなかった人間関係のスキルを磨く場、いわば日常生活のリハーサル室のような役目を果たした。教会の信者や仲間に対する自分の「怒りの爆発」が、決まって自分の不安感やいらいらと結びついていること、また相手の気持ちや、相手が自分に何を求めているのかが分からない場合には、それが特に起こりやすいことを突き止めた。
ジョン神父は治療で、自分の気持ちに伴って生じる身体感覚に気づくことができるようになった。神父は、相手の表情やしぐさに意識的に注意を払ったり、相手の表情などが「読め」ないときにはその意味を確認するようにしながら、自分の感情的知性を伸ばしていった。また、相手に悪気があると思わずに、まず真意を確かめる練習もした。
治療が始まって数カ月が経つと、ジョン神父は著しくうつ症状が緩和し、自分の不安の意味するところに以前より気づくようになった。自分の感情に寄り添うのが容易になり、自信を持って人の気持ちや情動を認められるようになった。また、自分の振る舞いや行動が人に与える影響に気づくことができるようになった。何よりの収穫は、深い友情を築けたと感じられる入院仲間が3人もできたことだった。
治療も終わりに近づいた頃、担当司教がセントルークを訪れた。司教の目に映ったジョン神父は心底幸せそうで、司教がそれまで見たこともないような、気軽に人づき合いを楽しんでいる様子を見せられるまでになっていた。その後、ジョン神父は小教区に戻り、以前よりも活動的な役割を引き受け、信者の感情的な欲求にも応じるようになった。いまでもセントルークにいた頃と同じように、人の気持ちや情動を理解するように努めているが、治療中に身につけた適切な社交スキルや学んだ知識によって、以前よりも上手に人と接することができるようになり、今は本当の友情と呼べる交友関係があると言えるようになった。

親のうつ病のもたらす影響
ジョン神父のケースは、親のうつ病というものが、子どもの社会的・情緒的発達にいかに影響するか、また適切な広がりを持った子どもの情緒表現の能力をいかに阻害するかを示す好例である。人は抑うつを患うと、無気力や気分の落ち込み、悲しみ、気持ちの動揺がいつまでも続くことがある。神父にとって人生で最初の養育者だった母親は、態度がよそよそしく、心ここにあらずといった状態だったので、神父は人の気持ちを理解する方法を学ぶことができなかっただけでなく、両親とも友達とも社交スキルを「練習する」チャンスがなかったのである。ジョン神父に、身振りや口調といった社交上の非言語的な手がかりや人の表情に注意する技術がまったく身につかなかったのは、子どもの頃そうしたものに触れられる環境にいなかったからである。その結果、神父は今になって人の気持ちを理解するために多大な努力をしなければならなくなった。しかし、治療と、新しくできた友人や教会共同体の支援によって、現在は信者と真の人間関係を築きながら、過去に経験できなかった、人との絆を味わっている。
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