踏み難し 八重桜敷く 円能寺
(4/29/'97、晴れ)

松戸七福神の、円能寺を訪問しました。

「松戸」の地名が歴史に登場するのは、菅原孝標の娘が書いた「更級日記」
に、「まつさとのわたり」とあり、交通の要所として登場します。
今から、約970年程前の、古いふるい話しです。

小田原の北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされると、関東6ケ国は徳川家康の配下と
なり、当時の松戸周辺は徳川家康の五男、若干7歳の武田信吉が治めること
になります。その後、水戸家の預かり領となり、水戸光圀や徳川吉宗が
狩り場とした記録があります。

松戸市には、2組みの七福神があります。
その一組の円能寺は散歩コースの、松戸市千駄掘にあって福禄寿を
奉っており、今は、八重桜の花びらが落ち、まさにピンクの絨毯を敷き
しめていました。

善照寺(布袋尊)、宝蔵院(大黒天)、金蔵院(恵比寿)、医王院(昆沙門天)、
華厳寺(弁財天)、徳蔵院(寿老人)が、この組みの七福神です。
市内各地に分散し、矢切りの渡し、野菊の墓、本土寺等がルートに含まれます。