DENNIS LEHANE / Review
デニス・レヘイン / レビュー
Shutter Island (2003) / シャッター・アイランド
加賀山卓朗訳・早川書房
ボストンの沖に浮かぶ孤島「シャッター・アイランド」。そこには精神を病んだ犯罪者のための病院がある。1954年、一人の女性患者が独房から忽然と姿を消した。捜索のために連邦保安官「テディ・ダニエルズ」と相棒の「チャック・オール」が派遣された。病室に残された謎メッセージに続き、島のいたる所から発見される数々のメッセージ。そして、驚愕の事実が明らかに・・・
んん〜ん、なんと言う結末だ・・・
賛否両論の分かれる超問題作だろう、これは。
「ミスティック・リバー」や「ケンジー&ジェナーロ」シリーズとは全く作風の違うこの作品に、正直言って戸惑い、そして驚いた。
だけれども、いかんともし難いやるせなさと哀しみが作品の根底に流れている事を考えれば、やはりこれはレヘインだよ!と言える。
この作品には、心を揺さぶる悲しき愛があった。そして、ほのかな光もあった。
池上冬樹「解説」
24 Dec 2003
Running Out of Dog (1999) / 犬を撃つ
酒井武志訳・ハヤカワ文庫
オットー・ペンズラー「殺さずにはいられない」に収録されている短編。
アメリカ南部の小さな田舎町が舞台で、ヴェトナム帰りの若者とその幼馴染たちの物語。
幼児期の悲惨な体験を共有する幼馴染たちが、現実にいかに折り合いを付けて生きていくかが主題で、
ケンジー&ジェナーロ・シリーズ、ミスティック・リバーと共通する流れを汲み取ることができる。
短編でありながら、レヘインの作品中で最もノワール色の濃い作品に仕上がっており、「さすがレヘインだ」と唸らずにはいられない。
11 May 2003
Prayers for Rain (1999) / 雨に祈りを
鎌田三平訳・角川文庫
二人の関係は、前作の余韻を引いたまま幕を開ける。一人の少女が飛び降り自殺をした。4ヶ月前にパトリックへ仕事の依頼をした少女だ。何故? 自殺の背景を探り始めたパトリック。やがて彼女を追い込んだ邪悪な存在の匂いを嗅ぎつける・・・
ついに我らが「ブッバ・ロゴウスキー」のフル出場。サイコ野郎で武器の密売人。筆頭脇役として不動の地位は築いていたけど、これまでチョイ役に毛の生えた程度の出番しかもらえなかった男。そんな彼が主役の二人を完全に喰うほどの大活躍なのだ。ファンとしてはとても嬉しい。
それにしてもだ、今回のテーマも前回と同様にかなり重い。「幸せの要素って何? じゃぁ、その要素を一つ一つ取り除いていったらどうなる?」と、ズシッと心に堪えるテーマだ。しかしながら、今回はやや踏み込みが甘いように思えて残念だ。首題の追求に関しては、前作「愛しき者はすべて去りゆく」がピカイチだった。
当然のことながら、これまでに負った心の傷と体の傷は生半可なものじゃなく、疲弊し切っている二人。癒しが必要であることはヒシヒシと感じられ、刹那的な重苦しい雰囲気が作品全体を覆っている。だからこそ、そんな雰囲気を見事に払拭してくれるブッバの大活躍が、強烈な印象を残してくれるのだ。彼の生い立ちについてのエピソードは随所に織り込まれ、追跡&盗聴シーンではハイテク機器を使いこなし、パトリックやアンジェをやり込めてしまうこと度々なのだ。そして終盤の戦闘シーンでは冷静沈着に大奮闘、人が変わったように生き生きとしてしまう。おまけに恋をしてしまう余録まで付いている程の出血大サービス。
で、ふと一抹の不安が頭を過ぎる。脇役が大活躍って、この手のミステリではヤバイ展開なんだよなぁ。何となく死の薫りなんかも漂わせちゃってさぁ・・・
書きそびれてしまったけど、猟犬のような鋭い嗅覚で事件の真相を追うパトリック&アンジーの活躍も充分に楽しめます。ミステリとしての謎の追求と解明もしっかりとしているので、ご安心を。そして、怒涛の嵐が過ぎ去った後を締めくくる静かなる幕引き。パトリック流決着の付け方が、これまた良し!
テーマの斬新さ。際立ったキャラの素晴らしさ。私立探偵小説としての真相を探る面白さ。ダレることなく一気に読ませるストーリィ展開の巧みさ。迫真の戦闘シーン。どれもがバランス良くまとめられている。
これぞシリーズ最強!
訳者「あとがき」
19 Oct 2002
Gone, Baby, Gone (1998) / 愛しき者はすべて去りゆく
鎌田三平訳・角川文庫
4歳の少女が消えた。それも自宅寝室から。ボストン中の警察官が走り回り、テレビで連日報道されるが行方は皆目判らない。身の代金要求もなく、時間だけが過ぎていく。藁をも掴む思いで、少女の伯父夫婦がパトリックとアンジーに捜査の依頼をするが、希望的な見通しが無いからと固辞し続ける2人。やがて捜査を引き受けた2人は、母親の自堕落な生活を炙り出し、その後に続く絶望的な現実に直面する事となる・・・
このシリーズは毎回、社会の暗部や人間の心の闇を深く抉りだす絶望的なテーマを取り上げてきましたが、今回が一番重いテーマだ。ボディブローを連発で食らったような感じです。堪えます。じつに遣り切れない思いだけが残ります。
シリーズ物の常として、主人公の私生活や脇役のキャラクターに頼るあまり、ミステリ度が薄くなってマンネンリ化に陥り易くなるものですが、これだけ明確なテーマを提示し掘り下げてくれた本作品に最大の讃辞を捧げたい。シリーズ物じゃなくても、私立探偵ものじゃなくても、充分に楽しめる仕上がりとなっている。裏を返せばそれだけ充実した内容に加えて、シリーズ物、私立探偵物の楽しみを味わえる素晴らしい作品と言える。武器商人「ブッバ」の仕事ぶりが初公開されたし、アンジーの健啖ぶりは健在だし、パトリックとアンジーのい関係は新しい展開に入るしで、ファンとしては諸手を挙げて大歓迎なのだ。
今回二人と行動を供にするのは、老部長刑事「プール」とイタリア製スーツに身を包む「プルサード」刑事。まさに「リーサル・ウエポン」のような2人の刑事が大活躍。とにかく少女が生きて帰る事だけを最優先に、ルールを無視して大爆走。実にイイ味出してます。この4人が見事なチームワークを発揮して少女の行方を追う訳だが、謎が謎を生み、事態は混迷するばかりで解決の糸口は全く見えてこない。そんな硬直状態に陥った時、刑務所から戻ってきていた「ブッパ」が、彼らしい意外な活躍してくれる。このシーンが、ウハウハものなんです。
最初から最後まで緊迫した糸が張り詰めたままの見事なストリィ展開。波状攻撃のようにパトリックとアンジーを襲うヤマまたヤマ。事件は二転三転。これがクライマックスと思いきや、その後に更なるクライマックスが待ち構えている。そして、頂点に達したその時。社会の矛盾、いや法律の矛盾をグサリと突きつけられた4人は愕然とします。その矛盾を前に言葉を失います。そして4人が選択した結果とは・・・
元クリントン大統領が夏の別荘に持って行く1冊に選んだという曰く付きのミステリで、現代最高峰の私立探偵シリーズ「パトリック&アンジー」の最高傑作。
片岡義男「解説」
2 Oct 2001
Mystic River (2001) / ミスティック・リバー
加賀山卓朗訳・早川書房
人の心の闇を揺さぶる哀しい物語。
1975年、親同士が知り合いなので一緒に遊ぶようになった3人の少年たち(当時10才)。突然襲った悲惨な出来事が、彼らの心に深い傷を残したまま、お互いを離れ離れにする。それから25年。3人を更なる悲劇が待ち受けていた。一番のワルだった「ジミー」の最愛の娘が惨殺される。警官になっっていた「ショーン」が事件を担当。そして容疑者はなんと「デイブ」。この殺人事件を契機に3人の人生が再び絡み合い始める・・
いやはや参りました。全面降伏。ふぅ〜
もはやミステリとは呼べないかも。そんなカテゴリーの枠にははめられない素晴らしい作品。映画的な仕上がりが特徴的で、細部の各シーンがきちんと区別されている。シーンが切り換わる度に、こちらの頭もスパッと切り換わり、実に読み易い。その合間に過去のエピソードやそれぞれが抱えている現実が違和感なく挿入され、主人公たちのキャラが徐々に形作られていく。加えて現代アメリカに生きる市井の人々の生活が虚飾のない文章でストレートに織り込まれ、さすが、脚本家出身のルヘインだけはあると感心させられる。
ミステリらしく事件の謎を追う面白さを充分に味わえることはもちろんだが、この事件で3人の主人公たちがどのように考え、どのように感じ、どのようにして乗り越えていくかが主題であろう。最愛の家族を殺された人間。人を殺した人間。彼らはその後の人生にどう折り合いをつけて生きていくかのか?
幼馴染み。親族。家族。夫婦。誰もが地域社会に根づいて生きている。喜怒哀楽を供にし助け合う仲間がいる。しかし、誰もが心の闇を隠し持つ。そんな現実をくっきりと炙り出している。
「もしあの時・・だったら」と、誰もが後悔する経験を持っている筈だ。ほんの些細な選択の違いが、その後の人生を大きく左右する。それが運命だ。その運命の波に飲み込まれた時、人はどうやり過ごすのか?
それを乗り越えるための小さな一歩。なんとも刹那的なラブシーンが心に残ります。
犯罪小説でもある本作品はまさにオールラウンド的なミステリであり、万人受けすることは間違い無いと思う。それにしてもあまりに哀しい物語だよ、これは。
北上次郎「解説」
24 Sep 2001
Sacred (1997) / 戯れし者に祝福を
鎌田三平訳・角川文庫
前作「闇よ、我が手を取りたまえ」での傷心から立ち直れずにいる二人。そんな二人を尾行する不審な人物が現れた。そして不覚にも拉致されてしまった二人に、大富豪「トレヴァー・ストーン」が仕事の依頼をする。娘「デジレー」を探し出してくれと言うのであった・・・
緩急自在と申しましょうか。デビュー作、2作目と壮絶な血と暴力に満ちた世界を描いた現代的な作品でしたが、本作品はちょいと落ち着いて懐古的な正統派ハードボイルドの世界を醸し出してくれました。ド派手なアクションシーンはほんの少しだけ。パトリックとアンジーの関係をメインに、人探しの旅、師匠との再会、そして二人が所属していた探偵事務所やその過去にまで遡るニクイ設定。ファンには堪えられない内容がテンコ盛り状態で、更に続くであろうシリーズ全体を考えると、作者の絶妙な意図を感じることができます。
脇役ブッパたちは今回も控えめに登場ですが、その友人たちとの飲み会には思わずニヤリ。これって、ペレケーノスのテイストじゃないのぉと言いたくなってしまいます。そして人間の心の闇を抉り出すようなテーマ「絶望」。毎回の事ながら暗くて重いテーマなので厭になりますが、二人のキャラがそんな暗さや重さを微塵も感じさせないところがお見事。で、ラストはなかなかに面白い趣向が凝らされており、文句無しの大満足。
まぁ、そんな感じなので、パトリックとアンジーのナイスな掛け合いをたっぷり味わうと同時に、ハードボイルド界で私が1番気に入ってる女性キャラ「アンジー」の健啖ぶりを、存分に楽しむことが出来るのであります。
女性が主人公のハードボイルドと言えば、ヴィクやキンジーのシリーズが頭に浮かびますが、やはりフェミニズムの代表って感じなので、どうしても1歩引いてしまうのですよ(全部読んではおりませんがあしからず)。女性であることを意識し過ぎて、無理して頑張ってる感じが伺えてしまうのです。でも、アンジーにはそんな気持ちはさらさら無い。爽快な、持って生まれたとも思える根っこからの突っ張り。パトリックの視点を通じて描かれているからそう感じるのでしょうか、幼馴染み、友人、仕事の相棒、そして恋人として対等に対峙していると思います。
あぁ、そんな彼女の台詞、行動、容姿、仕草に惚れてしまった私です。
訳者「あとがき」
24 Mar 2001
Darkness, Take My Hand (1996)
/ 闇よ、我が手を取りたまえ
鎌田三平訳・角川文庫
最高にスタイリッシュなハードボイルド!
「スコッチに涙を託して」で鮮烈にデビューを果たした私立探偵「パトリック&アンジー」と武器密輸屋「ブッパ」が帰ってきた!今回はマフィアから命を狙われている男の母親が依頼人。その依頼を引き受けるということは、誰が考えても完璧な自殺行為。その時、迷うパトリックにアンジーが見事に言い切ってくれた!「なに? 永遠に生き続ける気でいるの?」と。
くぅ〜、痺れます。
そして、時を同じくして発生する残虐な殺人事件。一見無関係に思えたこの事件が実は・・・ と、謎はドーチェスターの暗黒時代へと時を溯り昏迷の度合いを急激に深めていきます。
血と暴力と狂気に満ちた世界を、怒涛の如く駆け抜ける疾走感に満ちたストーリィ。久々に、ページを繰る手のもどかしさを痛感させられたハイ・リーダビリテイ。人間の持つ心の暗部をグサリとえぐる現代的なテーマ。簡素な文体とナイスな会話の見事なブレンド。パトリック&アンジーのプラトニックな関係を横糸とすれば、男の友情を縦糸に、幼馴染、血縁地縁関係を斜めに紡ぐ複雑な人間関係。純粋だったころの少年時代の香り。そして全てが過ぎ去った後の静けさに思わず涙する、ラストシーンの雪。
人間兇器ブッパの活躍が前作ほどでなかったことだけが、唯一の不満ですが、極上のハードボイルドにノックアウト〜☆ 堪能しました。両手を揚げて万歳! やっと自分のフィットするハードボイルドに出会えた!って感じです。
このシリーズ、アメリカでは既に5作まで出ております。2作目でここまで昇りつめてしまったら、後の3作はどうなるのでしょうか? マジで心配してしまいますが、4作目の "Gone, Baby, Gone" がシリーズ最高との評判。早く邦訳されることを待ちましょう。
茶木則雄「解説」
Jun.11.2000
A Drink Before the War (1994) / スコッチに涙を託して
鎌田三平訳・角川文庫
ハードボイルドのニューリーダー登場!
古都ボストンのとある教会の二階に探偵事務所を構える「パトリック」と「アンジー」。パトリックにとって良きパートナーであり、友人でもあり、恋心を寄せるアンジーはとびっきりの美人なのだが、残念ながら亭主持ち。そのアンジーにとっての最大の悩みは、夫からの家庭内暴力・・・ そして、二人の友人である社会病質者で武器密輸屋の「ブッバ」は、戦争マニア。
パトリックの愛車は1959年型ポルシェ・ロードスターのコンバーチブル(もちろんローンで購入)。好きなミュージックは「U2」「ボンジョビ」などのポップ・ロック。二人とも服のセンスは抜群。酒は缶ビールばかりをガブガブと・・・
そんな二人に、上院議員から、失踪した掃除婦と共に消えた重要書類を取り戻してほしいとの依頼が舞い込んだ。捜査に乗りだした二人ではあったが、定石どおりに、その裏には恐るべき真実が隠されおり、やがては暗黒街の抗争へと発展していく。唸る機関銃にボストンは戦場と化し、死体の山が積み重ねられる。命を狙われるはめになった二人に明日はあるのか? どうやって自分達の生き方を貫きとうすのか?
軽快なタッチで話は進みますが、現代に生きるふたりの生き様はまさにハードボイルドです。必ずや共感を覚えることでしょう。本シリーズは既に四作まで発表されています。早く翻訳してほしいものです。
訳者「あとがき」
27 Jun 1999