「うん、いいよ。さあ、しみじみしよう」
谷川俊太郎は、何となくしみじみしたりはしないのである。しみじみは、しみじみすると決意せねばならないのである。決意するのに時間はかからないのが偉い。ぐぢぐぢどっちにしようか逡巡するということが、しみじみだけによらず、何事にもないのである。
「あんた、生きてるの面白くないの」
「面白くない」
「あのさあ、人が、ごちゃごちゃ下らんことやってるの見てるだけで面白いじゃん」
「面白くない。関心がない。あなたは面白いんだよね、散文家だからだよ、僕、詩人だから」
「助けてやりたいんだけど」
「ありがとう。でも詩ってそういうものなんだよ」
「フン、ミラン・クンデラが云っていたけど、詩ってのは、レモンの汁みたく、そのへんに真実のエッセンスをふりまくだけだってさ」
「でも、それを人間は必要として来てるんだよ。あの、もう行ってもいい?」
「あなた、〆切りはないの」
「一ヶ月先の、昨日やっちゃった」
「バカみたい。〆切りって、来てからやるものなのにイー。ねえ、私達あんまり性質違うから、別れるかも知れないね。私があんまりぐだぐだしているから、あんたイラついてない」
「全々。もうごはんすんだ? 片づけるよ」
「ちょっと、待ってよ、そんなに何でもセカさないでよ」
「セカしてるわけじゃないよ、くせ、くせ」
「ねえ、まだ、欲しいラジオある?」
「わかんない。もう出て来ないかも知れない。あったとしてもすごく高いと思う」
「ねえ、もう欲しいものが無くなったらどーする」
「退屈する」
「でも、もっと、考えられないところからゴソッときれいなラジオ出て来るかも知れないよね」
「でもきっと、そーしたら、あきちゃうと思う」
「ボクハアキマセン。はい、云ってごらん」
「そんなの無理だよ」
「そーしたら、注文じゃない書きたい詩を書けるじゃん」
「今はそんな世の中じゃないよ、誰が何を書いても手ごたえがなくなっちゃっているよ。僕はそれが一番きつい」
「死にたい?」
「死にたくないけど、生きていたくない。それに僕は、書きたいものが中からわいて来るタイプじゃないんだよ、世の中の要求に、一生懸命こたえるタイプなんだよ。誰も読んでくれなくても書かずにいられないっていうんじゃないんだよ」
「心配しないでもいいよ」
「心配だよ」
「僕も心配」
「でも、もう一息生きれば、もうすぐ終わるからあ。」
「本当、本当、僕、今、若くなくて助かるよ」
「本当、本当。でもさあ、あんたんち、長命の家系だよ、、、」
「谷川俊太郎の朝と夜」
『続続・谷川俊太郎』 思潮社 現代詩文庫 109 (1993)