チェンバロ

あるチェンバロの演奏会をきっかけにして、チェンバロの音が苦手になりました。また、あるレコードを聴いて、バッハのゴールトベルク変奏曲が苦手になりました。その苦手意識を追いやってくれたのが、武久源造のCDでした。

わたしにとっては最悪の組み合わせと言っていいものでしたが、あるときCDショップの試聴機にのっかっているのを見て、怖いもの見たさ半分で、そのCDを聴いてみたのです。まず感じたのは、チェンバロの音の美しさ。次に、包容力を感じさせるその演奏。お店では彼のインストア・ライブが行われましたが、CDで使用されたチェンバロとは異なっていたものの、十分に満足のいく音色と演奏でした。(それにしても、お店にチェンバロを運んでくるなんて、実際にこの目で見るまで信じられないことでした。)

97年の北とぴあ国際音楽祭で、チェンバロ・エキシビションという催しがありました。このときには、20台以上のチェンバロが集められていたのですが、彼はその全てのチェンバロを使って、ゴールトベルク変奏曲を演奏しました。間違いなく彼は素晴らしいと思いました。

1歳のときに失明したという彼が、20台以上の各々に特徴のあるチェンバロを次々と弾いていくのは、まさに神業です。鍵盤の幅ひとつ取っても、実際に計ってみたわけではありませんが、チェンバロ毎に幅が微妙に異なっているのではないでしょうか? まあ、それは音楽とは関係のないことなので別にいいのですが、彼の演奏を聴いていると、すごい、と感じさせるようなところが全くなく、ただあたりまえのように音楽が鳴り響いていると思うのです。そして聴いた後、振り返ってみて、そのあたりまえのすごさをしみじみと感じるのです。彼はチェンバロから最も暖かい響きを引き出せる演奏者ではないでしょうか。

ちなみに、彼は大の酒好きらしいです。話し振りを伺っていると、なかなか愉快でユニークな人のように思われます。その音楽とアンマッチな人柄? が、またすごさを感じさせてくれます。