かきものの文体がしっくりこないので、もやもやしてる最近、文体と言えば、あのモノローグの文体で書くと何故かスラスラ書けてしまうのだよなあ、と思っている小説がある。
で、桃尻娘。彼自身も語っていたと思うが、その文体は、教祖に祭り上げられてしまう、そんな性格を持っている。実は世の中ってこうなってるの、っていう言葉が素直かつ説得力を持ってこちらに入り込んでしまうような文体。
エッセイの中にはそのせいか敬遠したくなるものも多いが、この桃尻娘サーガ(文庫本で全6巻)は好きだ。
この小説、というか文庫本、あまり見かけない。ちなみに、文庫本の初版は、第1巻が81年、第6巻が93年、わたしが読んだのは4年前だが、そのときでも、神保町のとある大型書店でそこそこ揃っているのを一度見たことがあるきり。今や、一冊も置かれていない、と断言してもいいくらいの状況が推察される。
つまり、売れなかったのだな。かなりのエンターテーメントだと思うのだが、やはり、根がまともなことを言っているからなのか、あるいは、彼がどこぞの教祖サマであるからなのか。(笑)
それはさておき、先にもちらっと触れたように、これはかなり長い期間にわたって書き継がれた小説だ。初期のものを読むと、その時代が彷彿としてくる。個人的な思い出、というか、その時代の心情的な色合い、というのかが蘇り、わたし自身はそれを、単に懐かしい思いだけで思い出すわけではなく、そのなかには複雑な思いも混じっているので、読んでいて鬱陶しくなることもある。だが、それはつまりこの小説が、それだけあの時代の雰囲気というものを的確に表現しているからであろう。
そういうこともあって、最も手に取ることが多いのは最終巻である。思えば、最初に読んだのがこの巻であった。ついでに言うならば、わたしはこのサーガを逆順に読んでいった。逆から読んでもおもしろかった。
この第6巻はモノローグではないが、でもこの方がわたしは好き。なんとなくサラリとしてるから。やはり、どんなモノローグであれ、何かしら我が身にまといつくようなところがあるから。
ともかく、モノローグであろうと三人称であろうと、いずれにせよこの文体はユニークだ。こういう文体で小説を書いたのは彼がはじめてではないのかな。もちろん、そのことがスゴイわけではない。こんな文体もありでしょう、で結局出版してしまったというところに作者の度量の一端がうかがわれて、なかなかにスゴイ人ではあるな、と素直に感心してしまうのであった。
さてこの小説、リストに何を載せようか考えていたときには思い浮かばなかったのだが、読み返している、という観点から見れば結構ポイント高い。要するにおもしろかったわけだな。っていうか、泣けたよ。