第三幕

春の午後。山懐にある荒廃したお邸に観音の厨子が見える。遠方の山頂には仏塔。コルハが機で織物をしながら、稚児に歌をうたってやっている。

コルハ

ねんねこよ、
ねんねこよ、
鷹のような眼差しで敵を慄え上がらせた、
強い剣士のことを歌おうか?
それとも、悪魔も怖れる魔法使の、
龍剣のことを歌おうか?
ねんねこよ、
引き潮の真昼の浜で
微睡みのミツバチの羽はときにささやく。
麗しい草花に泡立つ花冠は
光の波に浮き沈みする。
蝶の羽の帆が広げられ、
お前の夢を遥か遠くの地に漂わせる。
眠れや、眠れ、
眠るあいだに
母さんは、優美な衣を
織りましょう。
春になったら、
銀の小鳥を刺繍した、
薄青色のを着ましょうね。
夏になったら、青朽葉
疾風のような燕と若竹。

糸がぷつんと切れる。

秋に装うは、
朽葉の錦
真っ赤な楓と蔦のあわいに、
小鹿が仲間を呼んでいる。
冬には繻子を着ましょうね
消えゆく雪に夕映えの金いろ
松は朧に、白鷺は翔ぶ。

糸がぷつんと何度も切れる。

今日は機の調子が悪いのかしら?
幾度も幾度も糸が切れて。
凶兆、縁起でもない!
この子かあの人の身に
災難が降りかかるのかしら?
お祈りしましょう
観音様に。

コルハは香を薫き、花を供え、家内の厨子に祈る。巡礼の最初の一団が家の傍を通り過ぎる。

巡礼たち (合唱)

南無や大悲の
観音様よ、
蓮の宝玉
光り輝く!
あなたのなかには我等の救済、
あなたへ捧げる我等の敬慕。
プータラの聖なる島で
悲しみの波が静まる。
あなたの平安の岸辺に港を求めん、
嵐なる人生の途上、我等の脆き船を導き給え。

南無や大悲の
観音様よ、
蓮の宝玉
光り輝く!
あなたのなかには我等の救済、
あなたへ捧げる我等の敬慕。
プータラの聖なる島で
悲しみの波が静まる。
あなたの平安の岸辺に港を求めん、
嵐なる人生の途上、我等の脆き船を導き給え。

巡礼の第二の一団が登場し、家に近づく。

巡礼たち (合唱)

南無や大悲の
観音様よ、
蓮の宝玉
光り輝く!
あなたのなかには我等の救済、
あなたへ捧げる我等の敬慕。
すべて在るものは消え去りゆき、
すべての出会いは別れに至る。
我等を出生の絆から解き放ち給え。
あなたの黄金の囲いのなかへ我等を集め給え。

南無や大悲の
観音様よ、
蓮の宝玉
光り輝く!
あなたのなかには我等の救済、
あなたへ捧げる我等の敬慕。
すべて在るものは消え去りゆき、
すべての出会いは別れに至る。
我等を出生の絆から解き放ち給え。
あなたの黄金の囲いのなかへ我等を集め給え。

巡礼の男 一

仏陀の名において
巡礼にお恵みを。

コルハはお盆にお米をのせて持ってきて、それを巡礼たちに与える。

コルハ

お受け取りください、
僅かばかりのつまらないものですが。

巡礼の女 一

あなたの徳の種子は広く播かれましょう。
来世にあっては豊作を収穫られましょう。

コルハ

信心深い巡礼さん、
これからどちらへ行かれますの?

巡礼の女 一

女人の守護神、
尊きお方の、
三十三ヶ所のお参りに。
参拝するに残すはひとつ、
彼方に見えるお堂が最後。
ああ、我等の祈りもみな果敢ない、
不幸の泥濘に我等は沈む。

巡礼たち

ああ、我等の祈りもみな果敢ない、
不幸の泥濘に我等は沈む。

コルハ

祈念はきっと叶うもの。
お話しください、お力添えはできずとも
あなた方に思いを寄せて
苦い涙を和らげましょう。

巡礼の女 一

我等はみな、おやさしくうるわしい
とある姫の家臣にございます。
何とも奇異なこの似よう
姫さまの御顔と御声に!

巡礼の女たち

何とも奇異なこの似よう!
姫さまと瓜ふたつ! まさしく姫さま!

巡礼の男 一

ある反目、ある熾烈な闘いがありました。
卑怯な武士、臆病な悪漢に、
我等の姫君は囚われました。
姫の思し召す方は、傷つき全てを失いました。

巡礼の男たち

行き倒れとも、
正気を失い、譫言を喚く
さまよい人ともお聞きします。その行方を誰一人知りません。

巡礼の女 一

運命の車がまわりました。
奇跡は起こり敵は殺されました。
姫さまは自由の身となり、領地を回復いたしました。
遠く広く行方知れずの婚約者を捜し求めました、
が、国の守、保名さまの痕跡はありませんでした。

コルハ

保名 !

巡礼の女 一

何をそんなに驚かれます?

コルハ

いえ、いえ、続けてください。

巡礼の男 一

苦悩鋭く絶望の闇のなか
我等の姫、葛の葉さまは誓いました
観音堂への巡礼を。
疲労困憊の三年が過ぎました、
悲嘆に暮れた捜索に、もはや希望は去りました。
今日の最後のお堂で我等は祈念いたします。
明日、葛の葉さまは尼におなりになるでしょう。

巡礼の女 一

お暇します、お暇します、
あまりに長居をいたしました。
パゴダの影で
姫は我等をお待ちかね。
参拝の鐘の音が鳴っています。

コルハ

沈んだ心を奮い起こして、
あなた方の祈念は決して無益になりません。
縋って、縋って、限り無いお慈悲に!

巡礼たち退場 (合唱)

南無や大悲の
観音様よ、
蓮の宝玉
光り輝く!
星から星へ
あなたの燈火を揺らす。
雪に覆われた山峰はあなたの高き祭壇、
大地の花々はあなたの純粋な香炉。
讃美歌は木霊を返し、遠方より反響する
松風とうねる海のなかで。
南無や大悲の
観音様よ、
蓮の宝玉
光り輝く!
あなたのなかには我等の救済、
あなたへ捧げる我等の敬慕。

コルハは苦悶に泣く。

保名登場。

コルハ

保名、
わたくしの人。

保名

どうしたというのです、そんなに青ざめて、
泣いておいでなのですか?

コルハ

お気になさいますな、
これは喜びに
満ち溢れた涙。
あなたのこのような愛を
受ける価値などわたくしにはないのです。

保名

喜びが涙で語られるなら、
私の涙で、この世は溢れてしまうでしょう。
草原にいらっしゃい、
春が素敵な宴をひらいています。
鳥の笑い声が聞こえます。
絃をおとり、一緒に歌おうではありませんか、
私がひとつ歌を詠みますから、
春とあなたのことを詠んだ歌を。
憐れな詩人よ、今まで彼は虚しかった、
その人の瞳に称賛を求めて。
言葉は思想の寡婦である
どんなに冷たい黒と白の衣を纏っていたか!
私の歌は脆弱な堤防、
制御できない野生の愛の
押し寄せるような潮の流れを、一瞬なりと堰きとめるには。
私はあなたを捉えることができない、私にはできない
あなたを言葉の中に、鎖で繋がれた韻律の中に拘束するなんて。
私はあなたを捉えることができない、私にはできない
あなたを私の歌の中に織り込んで、私のものと呼ぶなんて。

コルハ

虚しい形式について語らないで、
移ろいやすい雲の影を追わないで、
事物の律動は、拍子を刻み、動きます、
永遠の変化、万法の輪環のなかで。
あなたには巡礼の歌が聞こえませんか ─
すべて在るものは消え去りゆき、
すべての出会いは別れに至る。
ご覧なさいませ、無情な疾風を
震える花を大地へ呼び戻します。

お寺の鐘が鳴り、桜の花が地に墜ちる。

 

花々は優しい、
おまえたちは何処から来たのか!
何処へ行くつもりなのか!
雪のようにおまえは舞い落ちる、
雪のようにおまえは溶けゆく。

保名

様子がおかしいですね、
悩みがあるに違いありません。

コルハ

ある憐れみの声がかつて、わたくしに告げたのです
善行を積み
転生を求めよ、
仏陀の慈悲を信ずるままに、と。

袖を引き裂いて。

ひとつわたくしのお願いを聞いて。
彼方のお寺に行ってほしいの。
巡礼のなかに美しいご婦人がいらっしゃいます
行方知れずの婚約者に思いを焦がして。
この袖を持っていってあげて ─ それはお守り
愛しいお方がお戻りになるように。
彼女にあらゆる幸福を
彼女にわたくしの祝福を。

保名

私の心は混乱しています。
あなたをこのまま放ってはおけません。

コルハ

わたくしの頼みをお断りになりますの?

保名

どうしてもと言うのであれば。

保名は彼女を不本意ながら後に残す。すぐさまコルハは保名を呼び戻し、抱擁する。

 

保名!
行って! 行って!
行って!

保名退場する。コルハは遠ざかる保名を見つめる。

 
許して、許して、罪を犯したわたくしを
あなたの信頼の御心に。
十分承知しておりました
あの人は同じ種族と結婚すべきと。
十分承知しておりました
この日が来ることを
わたくし、一匹の狐がこそこそ逃げ去るこのときを。
ときおり思い描きました
すべてを打ち明けることを、けれど怖かった
あなたの軽蔑ではなく、あなたの憐れみが。
感謝からでした、
わたくしがあなたに近づいたのは。それから憐れみが
わたくしを動かしたのです。恋に悩む男、
ひとりの傷ついた男に対して。
不意に愛の稲妻が
音も立てずに落ちたのです。
感謝、憐れみ、全ては、燃え上がる炎に
消え失せました。わたくしは破滅したのです。
愛しました。愛しました。あなたを愛しております。
その愛の結晶が、わたくしの子、
稚児を抱き上げて。
あの人の子、わたくしのすべてのすべて。
 

下賎な獣とこれまで嘲弄してきた人々は、
おそらくわたくしをこう言うでしょう
たかが狐、構うことはないと。
そんな彼らにどうして愛がわかりましょう、
貞節、献身、身を委ねることの真の姿を?
千万遍もわたくしたちは感じております
臓腑を噛み裂くような、
情熱の痛み、嫉妬の貪欲を。

稚児に。

物問いた気な目で見つめないで。
行ってしまっても泣かないで。
少年の日々がすぐにやってくるわ、
おもしろい遊びに忘れてしまうわ。
でも、どんなにいけないいたずらをしても、
鳥の巣を盗ったりしてはいけません、兎の子を罠にかけてはいけません。
そして、半分流れてる下賎なこの血を曝け出す
愚かなことを言ってはいけません。

宝玉を髪の毛から取り出して。

 

魔法の玉を残していきましょう、
力と知識が得られるように。
今さら力と魔法が要りましょうか。
愛を失って、空虚な貝殻同然のわたくしに?
懐かしい古巣に帰りましょう、
犬に狩られ、悩まされ、食われてしまう、
立ち竦む獣、汚らしい餌食。
咆える嵐に月光のない一晩中、
餓えて怖れて、ただひとりさまようのです。

コルハは徐々に人の姿を留めおく力を失っていく。手は狐の前脚に変わる。やっとのことで子供を抱いている。書き置きを残そうとするが、筆を持てないことがわかる。筆を口に咥え、壁に書きつける。そして、巡礼の歌が近づくと、窓を跳び越え、森の中へ入っていく。

巡礼たち (合唱)

星から星へ、あなたの燈火を揺らす。
雪に覆われた山峰はあなたの高き祭壇、
大地の花々はあなたの純粋な香炉。
讃美歌は木霊を返し、遠方より反響する
松風とうねる海のなかで。
聖なる使徒へ感謝を、
聖なる使徒へ讃美を。
我等の祈念は無益ではなかった。
奇跡は授けられた。
聖なる使徒へ感謝を、
聖なる使徒へ讃美を。
我等の祈念は無益ではなかった。
奇跡は授けられた。

保名と葛の葉、手に手を取って登場。二人は壁に書かれた文字を読む。

保名と葛の葉

「 あなたの胸に
コルハは心を残します 」

 

コルハ ! コルハ ! コルハ !

葛の葉 (稚児を抱き上げて)

この胸に
葛の葉はあなたの心を抱擁きます。

保名は跪拝する。