第二幕

夏の夜。前景に森と水面。狐の乙女たちが半円を描いて立ち並んでいる。鬼火があたりに舞っている。

狐の乙女 一

夜が熟し、
妖精の一日がはじまる。
われらの篝火、
鬼火が燃える。

狐の乙女たち

夜が熟し、
妖精の一日がはじまる。
われらの篝火、
鬼火が燃える。

狐の乙女 一

恋の内なる激情に
昂ぶる魂のように、
渋面は消され、微笑は点され、
幻の炎はちらつく。
霧の中をひらひらと、
湖水の上をゆらゆらと、
燃えよ、燃えよ、ああ、妖しの光。

狐の乙女たち

霧の中をひらひらと、
湖水の上をゆらゆらと、
燃えよ、燃えよ、ああ、妖しの光。

狐の乙女 一

調子に合わせて、
楽しい琴の音、小川のせせらぎ。

一同 (踊りながら)

露の散らした
真珠を集め、
飛び交う蛍の
金糸を捕らえ、
真珠を糸にとおして、
髪に巻いて飾るの
夜の花環を。

露の散らした
真珠を集め、
飛び交う蛍の
金糸を捕らえ、
真珠を糸にとおして、
髪に巻いて飾るの
夜の花環を。

狐の乙女 一

月が昇った
空の硬玉の階段に。
女王の目醒めの時はいま。

狐の乙女たちが退場する。月光が輝きを増し、土手に寄り掛かる狐の女王コルハを浮かび上がらせる。背景には断崖と湖水。

コルハ

ああ、月よ、
ただひとり、白く
星が溶けて
水晶の夜にする。
光は薄れゆく影のなかをさまよいはじめ、
影は明らんでゆく光のなかにたゆたうとする。
ああ、このわたし、
白く、ただひとり、
運命は罠を仕掛け
この身を狐の姿にした。
悲しみは沈みゆく喜びを薄めはじめ、
喜びはいや増す悲しみのなかに消えようとする。
あなたの純性をわたしに、ああ月よ。
この罪深い魂をその仁愛の光で洗い浄めて。
急がなくては
保名の花嫁になるために。
甲斐ない恋の探求に戸惑い、
傷も露わに、熱狂に譫言を喚き、
あてもなくあの方は遠く広くさまようている。
葛の葉の姿を仮りなければ
そして焦がれた心の痛手を癒さなければ、
生命の糸はすぐにも切れてしまうでしょう。
今こそ報います
この卑しい身を悲惨な運命から
救ってくれたお情けに。
百合よ、素馨よ、あなたの魔法でお願い!
その魅力ある衣装で私を包んで、
泥濘から現れ出でる蓮のように、
葛の葉としてわたしを花ひらかせて。

コルハは花々を集め、自分の身体にふりかける。そして葛の葉に姿を変えて立つ。よろめきながら保名が登場する。葛の葉の裂かれた袖を手にして。コルハは木蔭に身を隠す。

保名

夢を見た、ある夢を、
私は鳩、彼女は仲間。
風に秘密をくうくう囁く。
葉の蔓延る東屋で眠りに落ちて、
目醒めると私は一人の男だった。
鳩の夢を見たのは私なのか?
男の夢を見たのは鳩なのか?
もう一度目醒めて鳩にしておくれ。

保名 (花々を見つめて)

静穏なイチハツよ、
お前のなかで葛の葉、が微笑む。
甘美の蘭よ、
お前は彼女の吐息。
教えておくれ、ああ、水仙よ
彼女は何処に行ったのか?
彼女はあそこ!
彼女はここ!
ここ! そこ!
ここへ! どこへ!
なぜ惑わせる?
なぜ私から逃れる?

保名は葛の葉の幻影を追い、疲れ果てて池のほとりに倒れ込む。袖を木の枝にかけ、水を飲む。コルハは袖をとり、姿を現す。保名は池の水面に映る彼女の映像を見る。

保名

月明かりの
静かな池の水面に、
私は何を見ているのか?
あこがれを求める魂の映す
幻影なのか?

彼はあらためてもう一度その反映を見る。

 

去れ、去れ、偽りの映像よ。
あなたの世界に沈め、波立つ思考よ。
理性が平穏にあれば、
空ろな妄想、私はあなたを受け入れぬ。

コルハ

いま仮の世にあるならば、
いったい誰が、妄想をこれほど明確に語りましょう?

保名

この世のものとも思えぬ声、
あなたは本物なのか?

コルハ

あなた以上には本物でありませぬ!
現実とは
まだ消えやらぬ幻影ではありませんか?

保名

かわいい哲学者、
うっとりさせる論理家、
あなたの世界で私は
逃亡者の念願を抱きましょう。

コルハ

その疲れた頭を休めなさい
この柔らかな胸で。
もう二度と別れを
忍ぶことはないのです。
人里離れた、
彼方の丘に、
私の見つけた隠れ家が、
そこでは陽光が松に笑いかけ、
小滝が歓喜にじゃれています。
そこで傷の手当てをしましょう、
そこで人生の機織りをしましょう。
機を滑る愛の杼梭、
やわらかな模様が織られましょう。

コルハに案内されて保名は退場する。
悪右衛門と薬草を集めている配下の兵たちが登場。

悪右衛門

青空の無辺にひとひらの雲がただよう
自尊心と釣り合いを取る内気な少女のように、
軽蔑につんともたげるその顔も
疾風の前に涙に溶ける。
葛の葉を閉じ込めて久しい。
擦り寄れば涙を流す、
何故わしの求婚を袖にしなくてはならんのだ?
真夜中の森で、薬草を集め
媚薬をつくり、服従させよう
あの気紛れな心を、思いのままに。

コルハと狐の乙女たちが登場。

コルハ (狐の乙女たちに)

ご覧、悪右衛門とその邪悪な一党を、
欲情に煽られて、非道いことをするつもりです。
淫らな戯れで彼らを誑かしましょう。
ヘビに満ちた湖水の暗黒のなか
最後の饗宴に案内してやりましょう。

狐の乙女たち

罠を仕掛けて、餌を付けよう、
狡猾な目を矢羽根で飾ろう。
いまに彼らは天罰を知ろう。
妖しの力の験は必定。

悪右衛門はコルハを見つける。

悪右衛門

なんと! 葛の葉がここに!
わしの見込んだ看守の目を逃れ、
わしの囲いから抜け出して、
そなたはここまでどうやって来たのか?
そなたの軽蔑のみが煽る
この燃えさかる情熱の血潮。
遥かにそなたは飛ぶけれど
この欲望の国境を
そなたは決して踏み越せまい。
馬鹿げた真似はもう止めて、
天の定めを受け入れよ。

コルハ、拒む素振りをする。

コルハ

ああ、殿方は腕尽くで
恋の扉を叩くけど。
女は慎み深く、少女は誇り高く、
そのような乱暴には手向かうもの。
もっとやさしく、悪右衛門
荒れ狂わずに心を盗んで。

悪右衛門

言ってくれ、その次を、おお葛の葉よ、
そなたを勝ち得る王道を。
そなたの教えに、利口の弟子、
すぐさまわしは
恋のいろはを修得しよう。
瞳に映る神秘の文字は、
微笑のなかに綴られて、
吐息のなかで高唱されよう。

コルハ

生意気な学者さん、
傲慢なお弟子さん、
見えないものを見ようとしない人には、
聞こえないものを聞こうとしない人には、
恋の書物は永遠に封印されています。
自然の永遠なる犠牲をご覧なさい、
与えて、与えて、見返りを求めない。
愛の無辺に忘我なさい、
空に溶けゆくひとひらの雲のように。

狐の乙女たち (食べ物を運び、悪右衛門と兵たちにしきりに酒をすすめる)

忘れよ、忘れよ、
我らの楽しい集いのうちに、
現在を忘れ、過去を忘れ、
明日輝く太陽に挨拶をしよう。

兵たち

忘れよ、忘れよ、
泡立つ杯のうちに、
現在を忘れ、過去を忘れ、
今夜花嫁の鎖を鍛冶しよう。

狐の乙女たちと兵たちは組になって踊り、崖の向こうへ去って行く。

狐の乙女たちと兵たち

腕と腕とを絡ませて、
歓びあふれる熱望に、
月の光を撫でながら、
綺羅装束をひるがえし、
ぐるぐる廻って永遠に向かう。

腕と腕とを絡ませて、
歓びあふれる熱望に、
月の光を撫でながら、
綺羅装束をひるがえし、
ぐるぐる廻って永遠に向かう。

悪右衛門

彼らはつがう
風と柳のように。
風は愛撫する。
柳は身を委ねる。

コルハ

彼らはつがう
風と柳のように。
風はせきたてる
夜の暗闇の忘却へと。

悪右衛門 (コルハの方へ前進する。コルハは一歩一歩後退し、悪右衛門を断崖へ導く)

愛の忘却、
そなたが欲しい。

コルハ

何故そんなに焦るの?

悪右衛門

何故いつまでもはにかむ?

断崖の際でコルハが狐の女王の姿を現す。

コルハ

悪劣漢!

悪右衛門

コルハ !

コルハ (疾風のごとく宙を舞い)

復讐!
復讐!
復讐!

悪右衛門が断崖から落ちる。