第一幕

秋の朝。阿倍野の荒野。遠方に城。雉が飛び、兎が跳ね、舞台を横切る。

狩人たちが猟犬と鷹を伴って登場する。法螺貝を吹き鳴らし、弓矢と狩りの獲物を携えている。

狩人 一
アリーア !
狩人 二
アリーア !
狩人 三
アリーア !
狩人 四
アリーア !
狩人たち

茨を叩け、坂道叩け、
法螺貝鳴らせ、アリーア、リーア !
微風遥か、芝生は裸、
木霊を醒ませ、アリーア、リーア !

狩人 一
アリーア !
狩人 二
アリーア !
狩人

薮を打て、谷間を浚え、
法螺貝鳴らせ、アリーア、リーア !
鷹を飛ばせ、弓を鳴らせ、
木霊を醒ませ、アリーア、リーア !

狩人 三
アリーア !
狩人 四
アリーア !
狩人たち

教えてくれ、おい、何故なんだ
阿倍野の荒野を突っ切るなんて?
荷袋いっぱい、獲物は十分、
我等の領地に背を向けて
今さらどんな狩りをしようというのだ?

狩人 一

狐がいるのさ、この森に、
慎重、狡猾、逃げ足速く、
雪のごとく真白い毛衣、名はコルハ、
冬の夜空の北極星に
一千年も祈念して
魔法の玉を手に入れたとさ。

狩人たち

魔法の玉! 摩訶不思議な!
その玉にどんな力があるのだ?

狩人 一

玉さえあれば思いのままに
人の姿に化けられるのさ。
呪文を唱えて蜃気楼を呼ぶ。幻影を見せる。
愛の気紛れな情熱をあやつる。
コルハには魔物の生命がついている、
獣の身が負う厄難からも免れて。

狩人たち

妖しい秘力!
だが何の役に立とうか、俺たちの狩りに、
俺たちの鋭い矢に!

狩人 一

我等が師、悪右衛門、
夜どおし弛まぬ祈念と、断食、
呪文で悟った魔道の師、
ついに狐を仕留める槍を鍛冶った。
あらがう姫をものにするため、
何としても手に入れたいのさ、宝玉を。
隠れ場所を叩け、犬を放て、
阿倍野の荒野を越えて獲物に導け!

狩人たち

茨を叩け、坂道叩け、
法螺貝鳴らせ、アリーア、リーア !
微風遥か、芝生は裸、
木霊を醒ませ、アリーア、リーア !

狩人 一
アリーア !
狩人 二
アリーア !
狩人たち

薮を打て、谷間を浚え、
法螺貝鳴らせ、アリーア、リーア !
鷹を飛ばせ、弓を鳴らせ、
木霊を醒ませ、アリーア、リーア !

狩人 三
アリーア !
狩人 四
アリーア !

鳥の一群が飛んでいる。白狐は宝玉を口に咥え、矢に傷つきながら駆けて来る。そして、舞台の中程で倒れ込む。

悪右衛門登場

雷神から得た
妖狐、コルハの、
呪文を破る運命の矢。
塒から誘き寄せる神秘の歌とともに、
先刻、森の中で、
わしは的を違えず彼奴を射った。
遥か遠く逃げることはできまい。
霜のおりた地に残る
彼奴の傷の痕跡を辿ろう。

法螺貝の音が遠くに聞こえる。悪右衛門は捜しまわって狐を発見する。

悪右衛門

ついに
玉は我が物。

悪右衛門は狐の口から宝玉をもぎ取る。

悪右衛門

ご機嫌麗しゅう、摩訶不思議の球体よ!
休みなく燦爛する爾の憂いある光明。
恋して甲斐なかった数多の女人の涙が
妖精たちに集められ、
龍の住む洞窟の、氷結した暗闇の中に包まれて
絶大なる法力を秘めた仙霊の水晶に、爾を育んだ。
おこがましくもわしの言うことを聞かぬ乙女の心を、
爾の助けを借りて、意のままにしてくれよう。
閃け、宝玉よ! 爾の精妙な光彩に
わしは葛の葉の瞳きらめく輪舞を見る。
今すぐ、この腕に抱きしめ
思う存分、愛の媚薬を飲み干そう。
まずは狐を我が意のままに、
彼奴が宝玉を狙わぬように。

悪右衛門が狐を殺そうとする。保名登場。

保名

止めろ、止めろ、
その手を引け!

悪右衛門

誰だわしの邪魔をするのは?
なぜ思い止まらねばならぬ?

保名

慈悲の名において汝に懇願する。

悪右衛門

慈悲だと! あははは!
あえて狩猟の掟に反し
射手の権利と獲物との
間に割って入ると言うのか?

保名

事物の永遠の悲哀を感ずること、
それは武士道の一端と聞く。
天に見捨てられた無害の獣に、
何故その腕を振り上げ、さらに悲哀を加えようとする?
慈悲の名において、私は汝に懇願する。

悪右衛門

慈悲! あははは!
いかにも軟弱なお主らしい言葉、
坊主の似非信心など聞きたくもないわ。
そのすべすべした唇から
どうして武士道が学べるものか。

保名

待て、ちょっと待て、悪右衛門、
忘れたのか今日という恵みの日を、
葛の葉の生まれた日を?
葛の葉のこと、心から思うなら、
今日のところは、残虐な行為を、
葛の葉のために慎めよ。

悪右衛門

葛の葉とな!
憎き保名。またお主が割って入るのか
わしの獲物と欲望との間に。
獣と女とは、男に与えられて当然の生贄よ。

保名

罵りを控えよ、
臆病な武士め、
阿倍野の地では私が国の守。
立ち去れ、もしも獲物の髪の毛一本、
草の葉一枚にでも触れてみよ、
汝の生命の保証はできぬと知れ。
私の領地の外へ、さあ立ち去るがよい。

彼らは揉み合う。保名は宝玉を掴み、舞台から悪右衛門を追い払う。保名は矢を引き抜き、狐に宝玉を返す。

保名

さあお前の宝玉だ、コルハ!
夜に住まう貧しき者よ!
前世で、一体どんな非道い罪を犯して、
お前は狐に生まれてきたのか、
狩りたてられ、軽蔑され、
その絹の毛並みが自ら生命を脅かす。
お前の魔力もみな
悪右衛門の邪悪なる方術に負かされて、
ごくありふれた獣の運命に直面しよう。
運命を償うがよい!
善行を積み、
転生を求めよ、
仏陀の慈悲を信ずるままに。
塒に急げ、 揺らめく毒人参と萎れた羊歯の中へ、
夕闇がお前を呼んでいる!

狐は草原に姿を消す。女房たちの登場。最後に葛の葉の登場。

女房 一
さあ探しに行こう、探しに行こう、
失くしたものを、
心を失くした。
鷹が迷うように、
心は流れて行った、
恋の霧の中へ。
女房一同
恋の霧の中へ。
女房 一
さあ探しに行こう、探しに行こう、
失くしたものを、
心を失くした。
うさぎが逃げるように
心は逃げ去った
恋の荒地の中へ、
女房一同
恋の荒地の中へ。

女房たちは葛の葉を袖でうち隠す。

女房 一
お月さま、お月さま、
雲のお袖は
お月さまを隠してる。
女房一同
雲が晴れてく!
お月さま、お月さま。
女房 一
お月さま、お月さま、
雲のお袖は
お月さまを隠してる。
女房一同
雲が晴れてく!
お月さま、お月さま。
葛の葉

どうしてこんなに遅くなりましたの?
狩りをしていらっしゃったの?

保名

ひとつの生命を救おうとして遅れたのです。
天から舞い降りた、神聖な存在、
あなたの誕生の日が幸いであるように。
竜胆が典雅にお辞儀をしました、
菊が黄金の喜びに踊りました、
あなたのなかに新しい太陽が現れました、
世界を高貴な光で満たして。
私はあなたの輝きの中に消えた露の一滴。

葛の葉

わたくしの生まれた日を
世上の時間で考えないで。
わたくしが生まれたのは、恋を知るには臆病な
この魂をあなたが目醒めさせたとき。
あなたが露の一滴なら
わたくしはコオロギ
あなたを吸って、わたくしの生命ある限り、思う存分歌います。
わたくしが太陽ならば、
あなたは天空。
わたくしは昇り沈む
ただあなたの胸のなかで。

保名

あなたのなかに私はいる。

葛の葉

わたくしのなかにわたくしはいない。

葛の葉 と 保名

甘き神秘、
聖なる恍惚。
すべての情熱は溶け込む、
永遠の情熱の中に。
すべての思想は消え失せる、
至高なる思想の中に。
甘き神秘、
神聖なる恍惚、
愛のニルヴァーナ。

女房 一

さあ、姫さま、
館に戻りましょう。

女房一同

さあ、姫さま、
館に戻りましょう。
宴は整い、
客人は集まり、
琴が爪弾かれ、絃は響く、
歌が楽しい朝を迎えましょう。

騒然とした物音が大きくなる。

女房 一

聞いて!
この耳を破るような響き
不吉の前兆かしら?

葛の葉

秋ですもの
色褪せる木の葉にため息を漏らしているのよ。

突然、炎が城から立ちのぼる。

女房 一

ご覧になって!
なんて奇妙な紅に
平原は染まっているのかしら?

保名

今は秋なのですよ
紅葉が照り映えているのでしょう。

女房 一

聞いて、ねえ、聞いて
武具の音、
戦の足音。

女房一同

ご覧を、ああ、ご覧なさりませ、
炎がひらめいて、
お城が燃えています。

保名

戦の叫び
悪右衛門の一党 !

葛の葉

卑怯な戦振り、
なんて野蛮な臆病者!

一同

どんどん彼らがやって来る、
深い茂みの森林を。
旋風が呪われた集団を寄せるように、
あの輝く鋼鉄に荒野がきらめく。
気を付けて! 気を付けて!

一同、葛の葉の周りに集まる。悪右衛門はその兵や狩人たちとともに舞台を徐々に満たす。

兵たち

降伏しろ、降伏しろ、
今日こそは我等の日、
降伏しろ、降伏しろ、
今日こそは我等の日

悪右衛門

観念せよ、観念せよ、
葛の葉をわしに引き渡せ。
保名、お主は
網にかけられた。
さあ、お主の翼で
その網を叩かぬか?
お主の巣が燃えておる、
お主の仲間が殺されよう、
どこにも逃げ場はないぞ、
今日からは宿無しだ。

悪右衛門 (葛の葉に向かって)

こんな宿無しなど見捨ててしまえ、
甲斐なく泣いておるぞ。
揺りかごで眠るような愛で
そなたのため息も笑いに変わろう。

葛の葉

受け入れませぬ、その言葉、
死はより甘くございます。

保名

極悪め、
この剣で目に物見せてくれる。

(剣を抜く)

兵たち

降伏しろ、降伏しろ
刃向かうとは気違い沙汰。
降伏しろ、降伏しろ
刃向かうとは気違い沙汰。

保名

悪右衛門 !

(保名は悪右衛門に突進する)

悪右衛門

兵よ、お前たちの出番だ!

(兵たちが保名と葛の葉を包囲する)

(女房たちは短剣を抜いて、葛の葉の周りに集まる。しかし彼女たちは圧倒される。葛の葉は兵たちに連れ去られる。)

葛の葉

保名 ! 保名!

保名

姫! 姫!

(保名は葛の葉を助け出そうと駆け戻る。そしてその袖を掴む。悪右衛門は保名の背中を切りつける。保名は倒れる。葛の葉は連れ去られ、裂けた袖が保名の手のなかに残る。)

悪右衛門

あははは。