つづきもの

更新情報や折々の偶感を書き留めています。

Thu 28 Feb 2002

今月のききもの

やはりリコーダー、リュート、ガンバの組み合わせが良い感じ。偶にパーカッションや女声が加わって、耳がリフレッシュされる具合もいい。押し付けがましいところの無い音楽。しみじみと和む。

Tue 19 Feb 2002

2月17日(日)、Winds Cafe 62 《鉄琴の音楽》、WINDS CAFEへ。

藤本隆文(ヴィブラフォン) with 加藤真一(ダブルベース)

久しぶりにWINDS CAFEへ行った。今回の企画は随分前から予定に挙げられていて、この日をずっと待ち焦がれていた。木琴の音色が好きで、ヴィブラフォンも割と好きなのである。演奏曲目はソロでゲイリー・バートン、ドナトーニ、ケージ、松本日之春の曲など。それからダブルベースとのデュオでジャズを五曲。そのなかでは、最後に演奏された松本日之春《五つの感傷的なダンス》からの第5曲が良かった。清新で抒情的な美しい曲。あとデュオでの演奏は総じて楽しめたが、特にワルツ《Skating Central Park》が良かった。久しぶりに生の演奏に接したのだけれど、素晴らしい音楽を堪能できて嬉しかった。やはりシンプルな編成でアコースティックな雰囲気があるものを好ましく思う。

Sat 9 Feb 2002

三年前にヴォーカル・アンサンブル・カペラの演奏会へ行ったことがありましたが、そこの音楽監督、花井哲郎さんの2001年アントワープ便りが面白かったのでご紹介します。特に、その中でうかがわれるレベッカ・スチュワートさんの考え方が興味深いです。それから、レ・フランボワイアンの演奏会の話が途中で出てきますが、それと同一プログラムと思われるペトルッチ《オデカトン (Harmonice Musices Odhecaton A)》のディスクが最近発売されていて、偶々これを水曜日にCD店の試聴機で聴いたのですが、とても良い感じでした(そのうち購入したい)。原曲であるフランドル楽派のシャンソンも好ましいし、リコーダー、ガンバ、リュート、それに時々ソプラノが一人加わる編成から奏でられる風合いも好ましいのでした。

Fri 8 Feb 2002

2月6日(水)、企画展《寄木細工》たばこと塩の博物館へ。

むかし職に就いたばかりの頃、社員旅行で伊豆・箱根へ行った。そのとき興味を惹いたのが箱根のお土産品として店頭に並んでいた寄木細工だった。それを開けるのに何段階かの手順(箱の側面を上下左右にずらす)を踏まないと開かない小箱とか、木片で組み立てられた幾何学的デザインの置物(これは今回の展示には無かった)とかに、妙に琴線を擽られた。そのときは、あれこれ目移りするような状態が、幸か不幸か、散財しかねない購入衝動を抑制したので、東京に戻ったら百貨店巡りをして寄木細工をチェックしようと心に決めた。けれど結局、目に触れる機会のないまま今日に至った。

寄木細工というのは、いわば何種類かの巻寿司あるいは金太郎飴(材料は木で、断面の図案が幾何学文様と考えていただければよい)を何本も組み合わせつつ、束ね、接着し、その一まとめになったものを鉋で削り、その削り屑(結果、一枚の千代紙のようになっている)を箱などの表面に貼り付けた工芸品である。こうした説明は博物館の一階でパネル展示されているのだが、入館すると案内嬢にまずは四階(最上階のここで企画展示されている)へどうぞと促されるので、結局、最後の最後に寄木細工の謎が氷解することとなる(四階でも簡単な解説ビデオを流しているけれど)。

見ていて良いなと思うのはシンプルな図案のもの。あるいは実は複雑だけれどシンプルに見えるもの。特に小箱や衣装盆が気に入った。あと、手提げのできる抽斗とか重箱とか。これらは寄木細工でなくとも好ましい。それに裁縫箱も。前から自覚していたのだけれど、裁縫箱には何故だか惹かれる。幼い頃にこれで何か遊んでいたのだろうか? そんな記憶があるようなないような…。

Sun 3 Feb 2002

引用の織物有明淑を追加しました。なお、誤字も原文どおりに引用しています。読点は、原文上何かしら点の打ってあるところ全てに打っています。したがって、実は読点ではないかもしれない、たとえば書き癖か何かのように見える点に対しても読点を打っています。

あらかじめ注釈を加えておきますと、引用した文章中に、人の爲めに生活してる樣なものなのだ、という件りがありますが、この「人の爲めに」という言葉は、人の感じ方を気にして、或は、人の思惑を気にしてという意味合いです。

参考: 「人の爲めに」は、引用した六月四日の日記だけでなく、五月十五日の日記にも出てきます(文脈も同じ)。次のような記述です。
人の爲め(人の感じ方)に毎日をポタポタ生活する事も無くなる事だろう。

また、太宰はこの部分を「女生徒」に利用し、次のような文章にしています。
人の思惑のために毎日をポタポタ生活する事も無くなるだろう。

Sat 2 Feb 2002

今週のよみもの

『有明淑の日記』は、太宰治「女生徒」の素材となった日記で、津島美知子さんが以下のように記す当の日記のことである。これは1996年に津島美知子さんから青森県近代文学館に寄贈され、2000年に翻刻・刊行された(東奥日報)。

練馬に住み洋裁教室に通っていたS子さん(大正八年生まれ)は昭和十三年四月三十日から日記を伊東屋の大判ノートブックに書きはじめ、八月八日、余白が無くなったときこれを太宰治宛郵送した。

津島美知子 「女生徒のこと」

書き出しと終りの部分は全くS子さんの日記には無い津島美知子「女生徒のこと」)、という記述を以前に読んで、それではその部分以外の事柄は元々S子さんの日記に書かれてあるのだろうかと興味を持っていた。「俗天使」の手紙も S子さんが太宰宛に出した手紙の内容ほぼそのままのようであるし、それなら「女生徒」の内容も S子さんの日記からそのまま取り込んでいる部分が多いのではないか、そうであれば良いな、それを読みたいなと思っていた。(参考までに「俗天使」の手紙の一部を以下に引用すると) ─

けふ夕方、お母さんが『女生徒』を讀みたいとおつしやいました。私は、つい、『厭よ。』 つて斷りました。そして、五分くらゐ經つてから、『お母さん意地惡ね。だけど仕方がないわ。困つたわ。』 なんて變なことばかり言つて、あの本を書齋から持つて來てあげましたの。

太宰治 『俗天使』

今回、『有明淑の日記』を読んでみて、「女生徒」のほとんどの部分がこの日記に依拠していることがわかった。日記は全部で93ページあって、主にその前半に書かれてある内容が「女生徒」に生かされている。日記を読みながら、あの女生徒は実際にあのとおりだったのだなあと感慨に耽る。そのことがなんだか無性に嬉しい。

資料集『有明淑の日記』の体裁について述べると、その一頁には、上半分に現物のノート一枚分の写真が載せてあり、下半分にそれを活字にしたものが載せてある。できる限り原文どおりに活字化してある(レイアウトも)。原文をみると、走り書きされているので判読しづらい。部分的に読むのならいいが、通して読むのは難しそうだ。また、文字や表現の訂正が結構ある。棒線一本引いての取り消し部分などを読んでみると、文章書きの手筋がいい感じがする。何と言うか、自身の情念の中でのた打ち回ることのない平易な表現を心掛けているように思われる。それから、漢字は正字と略字、仮名遣いは新と旧、混用していて、この時代の手書き振りが伺えて興味深い。

Sun 20 Jan 2002

1月18日(金)、鎌倉、瑞泉寺へ。

鶴岡八幡宮から歩いて20分ほど、途中には瀟洒な邸宅とともに鄙びた家屋なども見られる。営業しているのだかいないのだかわからないような、30年前から時が止まったままであるかのようなお店があっていい感じ。とある家の裏手、小川の流れる堀端に捨て置かれた洗濯機が妙に風景に溶け込んでいる。緑に囲まれた落着きある町並みを歩いていて、久しぶりにイギリスの湖水地方を思い出した。そういえば、渡欧を終えて新たな住まいを何処にしようかと考えたとき、まず思い浮かんだのは鎌倉であった。(成田から東京へ向かう列車の中から目に映る町並みをみて、こういう××なところには住めないと思った。北鎌倉で部屋探しをしたのだけれど、適当なところが見つからなくて結局諦めた。)

瑞泉寺は1327年、夢窓国師が開いたお寺で、ここには彼の造った庭園がある。昨日の雨は上がり、冬枯れのなかにもしっとりした雰囲気で、見ていて心が洗われるようだった。本来の姿はさぞ美しいことだろう。この庭園は位置からすると裏庭で、門から本堂のある一画に入ったところにも庭はある。こちらには沢山の草木が植えられていて、梅はまだ蕾であったが、ちょうど水仙が咲いていて、時折ほのかに匂ってくる。冬桜も咲いている。とても可憐な花。お昼になったのに何故だか午前よりも身体の芯から冷え込む。清々しい気持を携えて帰路についた。

Sat 12 Jan 2002

引用の織物でも紹介したイチハラヒロコさんの関わるサイトが立ち上がっていて、そのなかにイチハラ作品の英訳募集というのがある。やっぱり英文表記もほしいよね。でもユーモアを感じさせる翻訳をするのは難しいだろうな、日本語を母語とする人と英語を母語とする人とが協同して作業しないと。

Sun 6 Jan 2002

昨年下半期のよみもの

Fri 23 Nov 2001

11月20日(火)、東京国立博物館へ。

列品解説「米ふつ筆 行書虹県詩巻について」
中国美術室長 富田淳

米ふつ(米元章)の《虹縣詩卷》の列品解説があるというので出掛けて行った。集まったのは三四十人ほど、意外に多かった。この書を紹介している美術書になかなか行き当たらないこともあって、これが専門家・好事家のあいだでどのように評価されているのか見当もつかなかったが、どうやら最晩年の傑作と見なされているようだ。この書は現在、東京国立博物館の所蔵であるが、前の所蔵者は東洋紡の阿部孝次郎氏だそうで、彼のコレクションは大層有名なのだとか。初公開されたのも氏の所蔵中の1961年で、このときは幻の?傑作の登場に沸き立ったらしい。解説終了後、富田さんに尋ねて、《虹縣詩卷》の載っている美術書を教えていただいた。最近、復刻されたというお話も伺った(書跡名品叢刊に入っている米元章の三冊を一冊にまとめたものか?)。

その他に。中国(明)の絵画では、徐渭 (1521-1593) の《花卉雑画巻》(1575) が良かった。墨で七つの画が描かれているが、特に六番目の葡萄図に惹かれる。平安時代の書跡の《文選集注》(個人蔵)、極細の端正な文字に心を洗われる。アンコールワットだったか(記憶が…)の遺跡の拓本。拓本ならでは味わいが良い。

Fri 9 Nov 2001

11月7日(水)、東京藝術大学奏楽堂、ハイドン弦楽四重奏全曲演奏シリーズ その3(第一夜)へ。

演出: 実相寺昭雄、語り: 寺田農、
管弦楽: 東京藝術大学教官・学生合同オーケストラ(主宰: 岡山潔)

プログラム

  1. ハイドン: 協奏交響曲 in B Hob.I-105
  2. ハイドン: 《十字架上のキリストの最後の七つの言葉》 in d Hob.XX-1 (管弦楽版)

オーケストラの編成は、6vn、5vn、4va、3vc、2cb、2fl、2ob、2fg、4hrn、2tp、tim。この演奏会シリーズとして本来取り上げられるべき《最後の七つの言葉》の弦楽四重奏版は第二夜のプログラム、今夜は原曲である管弦楽版が演奏された。《最後の七つの言葉》が演奏会で取り上げられることは少ないが、殊に管弦楽版は滅多にないと思われるので、こうして実演に接する機会をもてたことは嬉しい。プログラム・ノーツに実相寺氏がコメントを寄せていて、彼にとっても馴染み深い曲であることを窺わせる。この曲では各楽章間にイエスの言葉が語られるが、今回はそれに加えて演奏中にも語りを入れていた。もしかしたら実相寺氏の発案なのかも知れない。けれども曲中の語りはよく聞き取れなかった。音楽に集中していて、言葉を聞き取ろうという意志がはなから無かったからかも知れない。今まで頻繁にディスクを聴いてきたけれども、イエスの言葉には全く無頓着だったので、今夜、演奏を聴きながらはじめてその内容を知った。どれもゆったりした音楽ではあっても、各々の言葉に合った曲調にしているのだなあと思った。演奏自体はまずまず。とにかくこの曲を聴けたことが嬉しくてしかたがなかった。

協奏交響曲のソリストはみな学生さん(vn、vc、ob、fg)。上手かった。オーケストラは無難な演奏だったけれど、いまひとつ音が飛翔しないというか、重い感じであったので、ソロが一段と聴き映えしたみたい。《最後の七つの言葉》のときには座席を移動して、誰もいないような場所で聴いたのだったが、演奏がはじまると、近くで何やらササササッ、シュシュシュッと音がする。微かだけれど結構耳につく。隣に座席ブロックを仕切る壁があり、それに隠れて見えなかったけれど、実はそこに人がいて、色鉛筆か何かでステージを写生しているのだった。あわててそのブロックの端の方に移り、7、8メートルの距離を置いたが、それでも時折音が聞こえてきた。熱心というか…。いかにも藝大らしい感じがして面白かった。

帰りは根津駅に向かった。暗くて街並はよくわからなかったが、懐かしさでいっぱいになる。ひと月足らずだったけれど、昔ここにあったオフィスに通ったことがある。地上と地下とを結ぶ階段に吹きすさぶ風は相変わらずだった。

Fri 9 Nov 2001

11月7日(水)、特別展 李朝の工芸日本民藝館へ。

まず建物がいい感じ。門前まで来ただけに終わった先月も、この土蔵のような外観、殊に大谷石の壁とか玄関の引戸とか、あるいは路地端に無造作に置かれたかのような石彫などを見て、いいなあと思ったのだけれど、中に入ってみると、何よりも年月を経た木の床を好ましく感じた。木の床を踏んでいるうちに和んでくる。李朝の陶磁器も雰囲気に調和している。渋い。刷毛目、粉引、灰釉の碗の作為の無さが良い。白磁や染付の壷も落ち着きがある。白磁は何とも言えず古ぼけているし、染付の青色の形象は色褪せたみたいで見飽きない。ひょっとしたら元々は表面が艶やかだったり色鮮やかだったりしたのかも知れないが、ともかく今は上手い具合に地味である。新館(とは呼ばず大展示室というらしい)では文字絵が壁にぐるりと掛けられていて、これらは異教的な感じ。だけれども確かにこれは朝鮮だという気もする。陶磁器とはミスマッチに見えるのが面白い。他に、石彫も良かった。こうして展示されていなければ、どこかで目に触れてもただ通り過ぎてしまうだけだろうが、ちょっぴりしみじみした。心残りなのは真鍮の風鈴の音を聞けなかったこと。鳴らしてみたい誘惑にかられたのだけれど…。あと、そういえば、展示室の障子に蛾が一匹とまっていた。最初は何なのかわからなかった。展示品みたいに地味な柄で、妙にまわりと調和していた。きっとあそこに長く居着いているに違いない。

売店にはお手頃な皿などもあったが、心惹かれたのは布だった。特別気に入ったものがあったわけではないけれど。その布でどうするという当ても無いから眺めるだけなのだけれど、何故だか気になる。服の方が好きなのかも知れない。服以上に生地の方に興味があるのかも知れない。…。そうかなあ?

他の美術館の展覧会のポスターが貼ってあったので眺めてみると、根津美術館開館60周年記念名品展というのがあった。よく見ると「第六部」とある。あららと思い、あとでWebSiteを訪れてみると案の定、第二部 東山御物と唐絵の世界とか第三部 室町水墨画と墨跡とか、見ておきたかった展覧会が開催済みなのだった。抜かったよ。

Mon 15 Oct 2001

10月12日(金)、企画展示「幸田家の人々」、東京都近代文学博物館へ。

ここには本館ともいえる洋館のほかに和館があって、その和館の方には20年近く前、学生の頃に一度来たことがある。のだけれど、ここへ来るまでの道程に記憶のかけらも浮かんでこなかった。和館に入ってみても何となく印象が違う。庭があって、そこに池があって、鯉が泳いでいるのを見て、かろうじてこうだったかも知れないと思う程度。あのとき洋館に行かなかったのは何故だろう。というより全く記憶が欠落しているので、逆に行った可能性もあるのだけれど、すぐそばにある日本近代文学館や日本民藝館ともども、最近それらの存在を(あらためて?)知って驚いてしまった。今日は日本民藝館にも立ち寄りたかったけれど、時間がなくなったのでそちらはまた次の機会に。唐津好きにとって李朝の工芸は興味深いに違いないと期待している。

展示には、青木玉さんの著作で紹介されていたものがちらほらある。露伴の石摺りの着物は照明の加減もあって質感を見て取れないのが残念。幸田文の文具入れにはマッチ箱が入れてあって、ああこれかと思う。使い古した鉛筆がぎっしりつまった入れ物もまた。鉛筆の長さはどれも5cmくらい。濃さは2Hもあれば4Bもありと、とりどりなのが面白い。露伴『天うつ浪』の本の挿画は参考になった。女性の描かれ樣がハイカラではなく江戸の名残を留めた感じ。黙阿弥の因果話みたいなイメージが強くなる。向島蝸牛庵が明治村にあるので、もし行く機会があれば(ないだろうが)忘れないでいたい。幸田延作曲のヴァイオリン・ソナタをテープで聴かせてもらった。普通っぽい、引っかかりのない曲。小石川蝸牛庵間取図の隣に展示してあった写真に映っている(犬を抱いた)おばあさん、近所の人だろうか、理知的な顔立ちがいい。市川昆監督「おとうと」の岸恵子もいい。展示をみていたときには気付かなかったけれど、持ち帰った資料を今みてみると、デュフィの絵(「青いモーツァルト」?)が表紙になっている本がある。幸田文『身近にあるすきま』(角川新書 昭和32年)。

追記。『身近にあるすきま』は他の幾冊かの本とともに、背表紙をこちらに向けて(つまりごく普通に)棚に並べられてあった。ので、表紙は見られない。(11/9)

Thu 4 Oct 2001

9月30日(日)、東京文化会館小ホール、古典四重奏団演奏会へ。

プログラム

  1. A.ペルト: 弦楽四重奏のための《フラトレス》
  2. J.S.バッハ: 《フーガの技法》 BWV1080
  3. J.S.バッハ: 《オルガン小曲集》より「おお人よ、汝の大いなる罪に泣け」 BWV622

この日の演奏会では、《フーガの技法》を楽譜、それも特にヴィオラのパートを見ながら聴いてみようと考えていた。先日のレクチャーコンサートに於いても、その後いく度か聴いたディスクでも、ヴィオラの音を聴き取れていないことが十分にわかったからだ。どうしても途中で見失ってしまう。高い音(ヴァイオリン)に耳がいってしまう。このあいだ田崎さんは、内声を聴き取るのは難しいものですよと慰めてくださったが、それにしても自分の耳が悪すぎるような気がする。ともかく高い音は無視しようとしても聴き取っているようなので、ヴィオラだけに注目するように心掛けた。けれども結果は不満足に終わってしまった。音を見失うことが多かった。

というわけで個人的課題は残されたものの、演奏自体は素晴らしかった。とりわけ第9番が情熱的な演奏で印象深い。未完フーガの第一部にはやはり感動する。ディスクと同様、続けて演奏されたBWV622は心に染みる。未完フーガで締めくくるよりも好ましい終わり方に思われた。

レクチャーコンサートに関して追記。田崎さんは同時に4声部のラインを聴きわけられるとおっしゃっていた。演奏家でもそれくらいが限度ですと。つまり《フーガの技法》に関しては、全声部の流れがしっかり聴こえているというわけだ。すごい。そのとき音楽は一体どのように聴こえているのだろう。

Mon 24 Sep 2001

9月21日(金)、コア石響古典四重奏団レクチャーコンサート《フーガの技法の秘密》へ。

以下の曲目の演奏に解説を交えながらのコンサート。《2つのヴァイオリンのための協奏曲》第1楽章、《音楽の捧げ物》3声のリチェルカーレ、《フーガの技法》第1番、第5番 [ストレッタ]、《管弦楽組曲第2番》第1楽章 [フランス風序曲]、《フーガの技法》第6番 [フランス様式]、第7番 [3種類の時価]、第9番 [二重フーガ]、第8番 [三重フーガ]、未完フーガ、《オルガン小曲集》よりBWV622。各演奏者の背後にスタッフが付き、主題が奏される度にプラカードを掲げて聴き手に示したりとか、主題の現れるところだけを弾いて曲を通すとか、主題を弾く声部だけを強調して演奏したりとか、なかなか興味深かった。《フーガの技法》第1番では、主題は幾つ現れたでしょう? などというクイズもあったりして。ちなみに答えは11個。これに正解する人がいるからスゴい(何か楽器を演奏なさる人らしい)。わたしは8個しかわからなかった。(あとで彼らのCDを聴いたら、ぼんやり聴いていても10個数えられた。各声部のよく分離している良い演奏・録音だと思った。) このホールは極く小さいので、どうしても音が響き過ぎてしまう。それにしてもお客が10人ほどしかいなかったのは寂しい。曲が渋すぎるのか? 終演後、田崎さんと少しお話したときに、今年はハイドンの《最後の七つの言葉》を演奏しようかとも考えていたと伺った。ハイドンはお客さんが集まらないので今まで取り上げて来なかったそうだが、考えには入れていらっしゃるのだとわかって嬉しい。いつかこの曲を聴けるかも知れない。期待できそう。

来月発売されるという彼らのディスクを先行してゲット。澄み切った響きが魅力的。先に少し触れたように各声部も聴きとりやすい。ディスクには4曲のカノンは収録されておらず、最後に《オルガン小曲集》中の「おお人よ、汝の大いなる罪に泣け」BWV622が収録されている。このコラールは《マタイ受難曲》第一部終曲にも使われているそうだ。しっとりとした余情の溢れる曲、演奏で、プログラムとしても素晴らしい。ディスクの品番号に微笑んでしまう。

フーガの技法 CD情報に当ディスクを追加。

Mon 24 Sep 2001

9月21日(金)、安田火災東郷青児美術館、デュフィ展へ。

印象に残った作品は、《海岸を散歩する人たち》(1925年頃、A.マルロー美術館)、《散歩のための突堤と花火》(1947年頃、オワーズ県立美術館)、《アビラの風景》(1949年頃、ナンシー美術館)、《黒い貨物船》(1948年以降、ルーベー美術・産業博物館)。ある種の閑寂さが琴線に触れる。《散歩のための突堤と花火》のタッチはデュフィには珍しいもののように思った。描き連ねられた椅子が何だか良い。月、星の描かれようも面白い。《アビラの風景》はゴッホの描く田園風景と並べると面白そう。《黒い貨物船》は、制作途中で見切りを付けて、一部を塗り潰してしまったような感じ。20世紀風芸術っぽさを覚える。別の《黒い貨物船》で一枚、絵具の罅割れたものがあった。偶々なのだろうがいい感じ。

常設展のセザンヌ《りんごとナプキン》(1879-80年)は《りんごとビスケット》のヴァリエーションだろうか、とても良い。制作年は同じ頃で、背景も同じ。こちらの方が色調、風合いがやや重い。

グランマ・モーゼス(アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス :1860-1961)《丘の秋》(1954年)。小さな絵で、丁寧に描かれていて愛らしい。高齢の画家といえば熊谷守一を思い出すが、モーゼスは熊谷守一の仙人的イメージとは対照的な感じ。だけれど、こういうのも良い。

Mon 3 Sep 2001

今夏のききもの

薄曇りの日の続くこの夏は、初夏から短い盛夏を経て、晩夏の日々を重ねている。夏の終わりが近づいているけれど、夏の終わりという季節は、移ろうことなく永遠に続くようにも思われる。忘れ去られたような店の、見過ごされそうな片隅に、古ぼけたジュークボックスを見つけ、その動作の堅実でしっかりと音を鳴らすのを確かめ、そしてその器械が決して故障することなく、永遠に音楽を奏でるのを想像してみたい。ジャック・フィニイならタイム・マシンに仕立ててくれるだろう。そんな脈絡のない物思いに中断されつつ、文庫本の頁を繰っていく。ときどきはカルロス・リラの甘い声やポール・ウィンターのサックスの律義な演奏に耳を傾けながら。そのうちに微睡んで、しばらくして目が覚める。好きでない曲が流れていたりする。陽が傾く頃になって、フォロンの夕焼けを眺めてみたくなる。画集を取り出す代わりに、クリンペライの悲しくてユーモラスな無声映画のような音楽をかける。本はもう閉じる。古い映像には雨が降るけれど、年月を経ると、幻影の夕焼けにも雨は降るだろうか。雨が降ったら、フォロンの画中の人物には傘をさしてあげればいいけれど、あなたにはどうしてあげたらいいだろう。あなたに傘は似合わないかもしれない。とやはり脈絡のない物思いをする。オルゴールの音が鳴り止むように、クリンペライの音楽は終わる。その頃には日が暮れていて、弱い灯かりをつけるまでのあいだ、その音楽の断片は花火のようにちらついている。日中のざわめきが鎮まって、虫の音は輪郭も鮮やかに響いている。文庫本の続きを読もうとその頁を探しているうちに、耳にはもう何の音も入ってこない。