整理整頓が苦手で放りっぱなしにしていたので アナログレコードが随分集まってしまいました
筋金入りのコレクターではありませんし ビニールの袋も捨ててしまうタイプです 
また デュアル社のオートチェンジャーで聴いていましたので 中身とジャケットが違っていたり なかなか整理が進みません
       

過去に取上げたものはこちらに移しました
                   
毎月何枚かピックアップする予定です

‘13 No.21 

 
Tom Tom Club / Tom Tom Club / 1981年
邦題は言わずと知れた「おしゃべり魔女」。 帯には「☆今、トーキング・ヘッズの頭脳が集結! ウェイマス、フランツ、ブリューの3人によって結成された超都会感覚集団、これが噂のトム・トム・クラブ。只今会員募集中!!」とのあまり超都会感覚とは思えない文言が躍ります。

解説より(今野雄二)

トーキング・ヘッズのメムバーとして、デビュー作を除き、『モア・ソングス』、続く『フィア・オブ・ミュージック』、そしてあの『リメイン・イン・ライト』と立て続けに3枚のアルバムをこのコムパス・ポイントでレコーディングしてきた彼らにしてみれば、このザ・トム・トム・クラブがいかに愛着の深い所であるかも容易に想像できよう。
 彼ら、即ちトム・トム・クラブを結成した中心人物たるティナ・ウェイマスとクリス・フランツはトーキング・ヘッズの各各ベーシストとドラマーであると同時に、私生活の上では夫婦でもあるおしどりリズム・コムビである。

特筆すべき内容のある引用ではないのですが 「メムバー」「コムパス・ポイント」「リズム・コムビ」に注目していただきたいと思います。 外来語表記に一家言を持つこだわりの音楽評論家がもうお一方いらっしゃいました。 なぜかお二人とも自ら命を立つことに...
(ここでの「こだわり」は本来の意味か誤用なのかは内緒です 私はこんな曖昧な日本語が大好きです)
(「もうお一方」はピーター・バラカンさんのことではありません 念のため)
Albumについて 特に語ることはありません。 強いて語れば"Ayka ye Yoopi Ayka ye Aroo Aroo a ni ki chi"に尽きるということかと。
‘13 No.20 

 
Back In Your Life / Jonathan Richman & Modern Lovers / 1979年
 Jonathan Richmanは 元祖オタク系Musicianとの称号が相応しい偉大な方ではないかと密かに思っております。 Geek Rock Nerd Rockなどと称されるWeezerやThey Might Be Giantsの走りだったのかも。 演奏形態はDevoやTalking Headsの影響が大きいかもしれませんが 精神的支柱という意味ではJonathan師の存在を無視する訳にはいかないかと存じます。
 ということで 以下Jonathan師を語るには最も相応しいと思われる「アイドルオタク用語」を 拙いながらも果敢に用いて語ってみたいと思います。
 そもそも私は Modern Loversの「箱推し」というよりは Jonathan Richman師を「早推し認定書」こそないものの かなり初期から「推し」ておりました。 その後も「推し変」することなく もちろん「TO(トップオタ)」ではなく しがない「在宅」ではありますが 一応「古参」ということに。 New Waveものに関しては基本的に「DD」だったのですが Jonathan「推し」は突出した形と。 と申しましても 決して「STK」や「厄介ヲタ」でもなく 「モノノフ」ほど熱狂的だった訳ではありませんが...
 このAlbumも Abdul And CleopatraやMy Love Is A Flower(Just Beginning To Bloom)などの「ネ申曲」に 思わず「ヲタ芸ケチャ」を打ちたくなるLover PleaseやLydiaに「ハートケチャ」が似合いそうなBuzz Buzz BuzzやI'm Nature's Mosquito。 さらに(She's Gonna)Respect MeやBack In Your Lifeなどの「スルメ曲」と 今聞いても「ガム曲」など一切ありません。
‘13 No.19 

 
When The Eagle Flies / Traffic / 1974年
 TrafficのLast Albumで いわば枯淡の境地に達したかのようなもの静かな佇まいが印象に残っています。 ただ歌唱力や表現力に秀でた歌い手さんが時折陥るように 私のような凡人には咀嚼しきれない複雑な曲想も一部散見されます。
 その中ではJohn Barleycorn Must DieのSide Aを彷彿とさせるDream GerrardやGraveyard Peopleが好感触。 もっとも私が一番好きなのは Dave Mason在籍中のPopでPhychedelicな初期の混沌としたTraffic。 それでも聞き続けるうちに Pops一辺倒だった私を段々と高度な音楽性を示すRockに目覚めさせてくれたのもTrafficということに。
 そんなTrafficですが 「茂みの中の欲望」を除けば 日本盤(Album)が発売されたのは1969年と 2年ほどのTime Lagを生じています。 この時期の1年から2年に洋楽界は激変し 本来CreamやJimi HendrixやProcol HarumやPink Floydなどと語られるべきが 衝撃的なLed Zeppelin登場という実質的には日本におけるハード・ロック(若しくは白人ブルース)元年と重なってしまったのがとても残念でした。
 そのこともあり むしろ時代的に音楽性が適合しているThree Dog Night / Heaven Is In Your Mind(1968)Blood Sweat & Tears / Smiling Phases(1968)Al Kooper / Colored Rain(1968)Eric Burdon And Animals / Coloured Rain(1968)Joe Cocker / Feelin' Alright?(1969)等のCoverの方が皆に親しまれてしまうという少々皮肉な逆転現象を生じてしまいました。
 殊にDave Mason色の強いPhychedelicものの劣化は甚だしく King CrimsonやThe Bandの登場した1969年というRockの節目では BeatlesのWhite AlbumやYellow Submarine同様 もはや時代遅れとの印象さえ漂っておりました。 もちろん現在は 時流に左右されることもなく Original作品としての正当な評価がなされているようです。
‘13 No.18 

 
Somewhere Over The Rainbow / Willie Nelson / 1981年
David Grisman / Hot DawgEmmylou Harris / Evangelineとともに 復古調の音楽に妙に和らぎを求めていた頃合いだったのかも。

ミュージック・マガジン 1981年5月号
  アルバム・ピック・アップ 湯川れい子(P207)
 『スターダスト』の時とは、微妙に時代が変わって来ているからだろう。もはや、ああは素直に感動できない、というのが正直な本音である。そして、私の心の中で、ふたつの気持ちが争っている。
 ひとつは、単純に心地良くて、ああ、いい声だなア、と、ウィリーの、あのヒゲ面と、少し土臭いような体臭、暖かそうで、トボケた味のある、時に異様に鋭く光る瞳、穴のあいたギターが、私のすぐそばにあるような存在感で、気持よく聴き惚れてしまう、そんな気持ちがまず第一にある。
 で、もうひとつの気持ちが、頭をもたげてくる。これもワン・ナイト・スタンドの合間に、深夜、どこか旅先のスタジオで、疲れ直しにジャムったんじゃないか......とか(レコードがまだ無いので不明)、それはともかくとして、こうなるとアメリカ版森繁みたいなもんだなと......とか、そういえばエミルー・ハリスも「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」なんかをやってたけど、もはや懐古趣味としかいいようがないな。、危険な臭いもするゾ、とか、果てはB2やB3の著作権の切れた曲をアレンジして、自分の出版社の著作物にしてしまうのはどういう事かな、とか、次第にウサン臭い思いにかられてきて、素直に楽しめなくなってしまうのである。これも私自身の60年代後遺症みたいなもので、一方ではやはり上手いな、とか水割りが欲しくもなる。

「とか」5連発に湯川御大の迷いがよく表れています。

アルバム・レヴュー フォーク / カントリー 島田耕(P227)
 『スターダスト』を彷彿させるくつろぎのヴォーカル・アルバムだが、ジャム気分横溢のホットで自由闊達、テキサス・スイングのふくいくたる香気漂う歌と演奏は前作とだんちがいにスリリングで魅力的。傑作です。(評点 9点)

湯川御大同様「その手に乗るか」との警戒感はあったものの 私は島田耕御大同様 端正な仕上がりのStardustより 仲間内のくつろいだ雰囲気のこちらのAlbumの方が好みでした。
‘13 No.17 

 
In The Kingdom Of Dub / Scientist / 1981年
 耳年増だった私は S盤アワーなどのラジオ番組で映画音楽やラテン音楽をはじめとする所謂ポピュラー・ミュージック全般に親しんでおりましたので Instrumentalものとの相性は比較的良い方でした。 60年代のマカロニウエスタンやGuitar Instrumenntalものも大好きでした。 そして70年代はじめにかけても A&M/CTIものや集団嘶き型Free Jazzを傾聴していた時期がありました。
 それなのに 70年代から80年代にかけて日本中を席巻したElectric Miles以降のWeather Report, Return To Forever, Mahavishnu Orchestraといった面々やStuffやCrusadersをはじめとする所謂Fusionに関しては 演奏技術にあまり関心がなく 社交上の道具・手段のひとつとしてしか意識していなかったためか 今ひとつのめり込むことが出来ませんでした。 結局 私の中で この辺りの器楽演奏手法は ShadowsやBooker T & MG'sやCTIで完結してしまったということかもしれません。
 ということで 80年代のInstrumentalものとなると ReggaeのDubや民族音楽に偏ってしまいました。 その中で ScientistのDubは 70年代のPaul BuckmasterのStrings ArrangementAllen ToussaintのHorn Arrangementを耳にした時の衝撃を想起させたほか 同時代のSteve LillywhiteDon WasQuincy Jonesに匹敵・凌駕する刺激的な音空間でありながら 突出することなく調和のとれた仕上がりに 大いに感銘を受けた次第。 Jan Hammer, Herbie Hancock, Stanley Clarkeなどの外連技が瞬く間に退化・劣化・風化していったのに比し 鮮度を保っている点は特筆に値します。 Scientistは Dubの開祖King Tubbyの一番弟子Prince Jammyに続く孫弟子といったところ。 米朝一門で言えば 枝雀門下の桂"プリン不倫"小枝さんになってしまうのかしらん? 喩えとして どうも適切ではないような気がしますが...
‘13 No.16 

 
Numanatik Swing Band / Roswell Rudd & Jazz Composer's Orc. / 1973年
元々Pops畑の私は 70年代初頭のNew/Art/Blues/Hard RockのCatchyなGuitar Riffに興味はあったものの 延々と繰り広げられるGuitar SoloやDrum Soloには付いていけませんでした。 とは申すものの 世はまさにAd LibやImprovisationの大ブーム。 そして私もブームに乗り遅れては大変とばかり 色々物色 結局辿りついたのが 何故かFree JazzのImprovisationでした。

解説より(中野宏昭)

彼のトロンボーンの特徴は、アクセントのはっきりしたリズム楽器的な吹奏にあり、スタッカートとスラーとの絶好な調合は、時にはユーモラスな印象さえ与える。こうしたスタイルは、スムースなメロディーを主体とするJ.J.ジョンソン以来のモダン・トロンボーンにはなかったものであり、彼の出現により、ジャズ・トロンボーンは新たなる展開を迎えたと言っても、さほど言い過ぎにはならないはずである。このアルバムの登場を機に、より多くの脚光がラズウェル・ラッドに当たることを願わずにはいられない。このレコードのタイトルである「Numanatik Swing Band」とは「Pneumatic Swing Band」のことであり、"空気を伝ってスイングさせるバンド"といったほどの意味であろうが、Pneumaticは同時に、その別の原義通りに"スピリチュアル"という意味と、"楽器の管の震動"という意味をもたせられているように思える。オーケストラの面々が空中に伝播させる響きは、演奏者の霊感から聴者の霊感となってキャッチされ、管の震動は空気の震動を経て聴者の感覚の震動を鼓舞するからだ。こうした言い方は牽強付会になりかねないのだが、ここに聴く音はそうしたことを感得させるに十分だと言えるだろう。

当時の私は こんな難しいことは全く考えておりませんでした。(字数稼ぎとの思いも少し) StoogesやMC5やVelvet Undergroundに匹敵する破壊力をFree Jazzの咆哮に見出した次第。 今日の真っ当な社会人が「暴力・破壊衝動」を解消せんとPacific Rimを観るのと同じような感覚かもしれません。
 Lullaby For GregにおけるおどろおどろしいShaila Jordan姐と怨霊を鎮魂するかのようなDewey Redman師の調べとの対比がなかなか見事です。
‘13 No.15 

 
Caught You / Steel Pulse / 1980年
 NHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」の影響か 私もちょっぴり80年代回顧。 実のところこの時期は 音楽より「セルフ出版」などが発行する怪しげな雑誌に心を奪われていた時期です。 従ってアイドルにしても「あまちゃん」で紹介される正真正銘のアイドルさんより「ウィークエンド・スーパー」の歌謡曲レヴューに登場する石坂智子さん」や横須賀昌美さん」や「井上望さん」といった所謂B級アイドル(ごめんなさい)に関心が向きがちだったかもしれません。
 洋楽にしても 例えば 1980年はPink Floyd / The Wall, Billy Joel / Glass Houses, Queen / The Game, Christopher Cross / Christopher Crossなど 熟成度・完成度の高いAlbumが話題になり Rock愛好家にとっては充実した日々だったはずなのですが 我が家に残るPunk/New Wave系を除いたRock王道系統のVinyl盤を眺めると Peter Gabriel / 3rd, Steely Dan / Gaucho, AC/DC / Back In Black辺りが散在するのみという淋しい状態。 結局 新奇性を好むPops偏愛者は やはりNew WaveやReggaeにPrinceといった目先の新しさに心を奪われがちの時期だったようです。
 ということで 1980年に発表されたSteel Pulseの3rd Album。 この年の米国巡業敢行に伴い いつもの鋭角的で切れ込みも鋭いDrug SquadやHeart Of Stone(Bassが肝)に加え Reggae FeverやShiningにCaught You Dancingなど若干Popな甘味も加味されていますが 私は容認。(何だか偉そうなもの言い)
 この後 Steel Pulseは New York TaxiのBlack People(特にRastafarian)に対する乗車拒否に抗議したTaxi Driver(1993年)を発表したり 最近のShooting of Trayvon Martinに抗議してPut Your Hoodies Onを再発するなど ここまで米国に定着?するとは夢にも思っていませんでした。 British Reggaeだったのに...
‘13 No.14 

 
Nightmares / J. Geils Band / 1974年
2013年7月 "Detroit's Bankruptcy"などデトロイト市が財政破綻という見出しが躍る日が来ようとは夢にも思いませんでした。 米国の自動車産業を象徴する町であることはもちろんですが Pops Fanにとっては Supremes, Four Tops, Stevie Wonder, Marvin Gaye, Miracles, Temptations, Spinners, Gladys Knight & the PipsなどのThe Motown Soundに加え Mitch Ryder & Detroit Wheels, MC5, Stooges, Alice CooperなどのPunk発祥の地として崇め奉られているPopsの聖地。 近年でも EminemをはじめとするHip-Hop Artistを輩出したほか White Stripes, Von Bondies, Dirtbombs, Detroit CobrasなどGarage系のBandが台頭するなど 目が離せない街なので とても気になります。

ということで
 Doing the Detroit Breakdown
 The Motor City Shakedown
でお馴染みのDetroit Breakdownが Side1の一曲目に入っているJ. Geils BandのAlbumを急遽採り上げた次第。(もっともJ.Geils BandはBoston出身ですが...)

解説より(吉成信幸)
 何だかやたら恐そうな顔付きの男が6人そろったデビュー・アルバムのジャケットを初めて見たのが、もう4年も昔の事。オールバックの髪と品の悪そうなサングラスで、まるでポール・バターフィールドみたいに思えたギターのJ.ガイルスが、アルバム毎にカッコ良くなって来たかと思えば、何となく他のメンバーも洒落っ気を出して来たようだ。
(中略)
 よれよれの皮ジャンパーとジーンズから、ピンクのサテンで出来たぴったりしたジャンプ・スーツへと、その外見上のイメージは少なからず変わったかも知れない。しかし、彼らの場合は、そこに既にロックン・ロール魂が内在しているのだ。

吉成氏同様 私も彼らの身なりの変化に心を痛めておりました。 基本的には ShaftやSly StoneなどAfrican AmericanのFunkyを標榜しているとは思われるのですが 今ひとつ身についていないことが 音楽面の足枷にもなっているように思え とても気掛かりでした。
‘13 No.13 

 
Deadman's Curve / Jan & Dean / 1979年
1966年は 7月にBob Dylanが二輪車で事故を起こしたことが有名ですが それ以前の4月 Jan & DeanのJan Berryが 自動車事故で再起不能とまで言われた大怪我を負ったのでした。 当時のPops少年にとっては どちらも大事件でしたが 時を経て Janがある程度回復し活動を再開した頃には 残念ながら Jan & Deanの存在自体が忘れ去られ 往時を知る一部Fanのみが反応。
 このAlbumは Bel-Air Banditsとの復活Live(One Summer Night)が発売された際に 合わせて購入したBest盤。
 私の世代でMale Duetsというと Every Brothersではなく Pops系統で Jan & DeanやBoyce & Hart。 Folk Rock 系列で Simon & Garfunkel。 そしてBritish Beat系列で Peter & GrdonとChad & Jeremy。 さらにSoul系列で Sam & DaveやRighteous Brothersに 少し後の時代のDaryl Hall & John Oatesなどなど。 70年代のChartもので Seals & Crofts, Brewer & Shipley, Loggins & Messinaという流れもありましたね。 さすがにPet Shop BoysやWhamは...
 和ものでは 不思議なことに あのねのね, とんねるず, ぴんから兄弟, バブルガムブラザーズといった色物以外 私が反応した二人組はほとんどありませんでした。 ブレッド&バター, ビリーバンバン, 狩人などの兄弟ものも CHAGE and ASKA, B'z, コブクロ, ゆず, CHEMISTRY然り... 恥ずかしながらポルノグラフィティはある程度評価していましたが 新藤くんはどの程度歌っていたかしらん。 頭脳警察のトシさんは歌っていなかったと記憶...
 結局 私はJan & DeanのHonolulu LuluやLittle Old Lady From PasadenaとかPopsicleといったDoo-Wop風味のNovelty Songっぽさに反応した子供だったのでしょうね。
 ということでBeach BoysやBrian Wilsonに触れることなく本編を結ぶことができて 安堵しております。
‘13 No.12 

 
Sunlight / Youngbloods / 1971年
 Raccoon Label設立(Warner Bros.)に伴い 古巣RCAより発売されたBest盤。 Youngbloodsから4曲 Earth Musicから4曲 Elephant Mountainから2曲という構成。 Jerry Cobittが脱退し3人編成となり Folk Rock路線から離れたElephant Mountainに対するRCAの評価が何やら窺われる形と。 1970年に発売されたThe Best Of The Youngbloodsと重なるのはTitle曲のみ。 やはりそれなりの迫害を受け このCut Out盤は 当時レコード店の値引き商品棚に山積み状態で 1280円のシールにも哀愁が漂っています。
 とは言っても1974年9月 以前に所属していた事務所との移籍契約問題に端を発した「風吹ジュン誘拐騒動」や1978年4月 元暴力団の芸能プロ社長によるタレント恐喝事件に発展した「安西マリア失踪事件」のような騒動が持ち上がることはなかったようですね。
 Youngbloodsは老舗Folk Rock Groupの中では 1960年代で息絶えたLovin' Spoonfulや一気に劣化したMamas And Papasを尻目に 質的には一定の水準を保ち Byrdsとともに1970年代初頭まで生き残った重鎮。
 Swamp RockやSouthern Rockなど泥臭く暑苦しい音楽に辟易した後など 二日酔いの朝に食す「おみおつけ(しじみ)」や喫す「トマトジュース」のような効能があり 結構針を落とす機会の多かったGroup。
 もちろん実際の二日酔いの局面においても 「酒について キングズレー・エイミス 講談社」で 訳者の吉行淳之介御大が力説する「じっと横たわって、じたじたと続く苦痛を我慢しているだけである」以上の効果は認められませんが 少なくとも「絶望そのものを呼び出してくる」とエイミス師が推奨する「チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を聞くよりは効果的と思えます。
‘13 No.11 

 
Harder Than The Rest / Culture / 1978年
当初より Jamaicaのヴォーカル・グループの最高峰として崇め奉られていたGroup。 Reggae初心者だった私は 高校生の頃にColtraneを居ずまいを正して聴いた時のような厳粛な心持ちで針を落としたと記憶。

ニューミュージック・マガジン 1979年12月号 今月のレコード(P188)
評者 河村要助 評点90点

 現在最も優れたレゲェ・ヴォーカル・グループと注目の的のカルチュアーの、『カムボロ』に先立つアルバムだ。
 これもまた、やり場の無い蒸し暑さの闇の中から、ジワジワと浸み出してきた様な音楽である。ジョセフ・ヒルの泥臭く素朴なヴォーカルに、時として不安定にすら聴こえるコーラスがからんで作り出すデリケートさが、このグループの魅力を決定している。
(中略)
 イノヴェイションらしいものの見当たらない、いわばオーソドックスな演奏なのだが、サウンドのアタックが全編にわたって押さえられていて、そこにモヤモヤとした分厚さが生まれ、このグループの伴奏にふさわしいものになっているのに注目する。
 今や話題独占のカルチュアーだが、この音楽を楽しんで聴くのにはかなりの強靭な精神が必要。夜更けにヴォリュームを絞って一人で聴いていると、やりきれないほどの息苦しさにとりつかれてしまい、『ハーダー・ザン・レスト』を身に滲みて感じる。

私は輸入盤を入手・愛聴していたのですが 「やり場の無い蒸し暑さの闇」も感じず「強靭な精神が必要」だとは夢にも思わず それほど身構える必要のない普通に楽しめるAlbumと思っておりました。 つくづく己の感性の鈍さに愕然とした次第。 神格化せず もう少し普通に楽しんでも良いのではとの思いも...
‘13 No.10 

 
The Player / First Choice / 1974年
完全なJacket買いです。 FunkyでFashionableな男女の出で立ちに飛びついてしまいました。 Philly Grooveという文字も購買意欲を下支え。 The Playerはじめ 透き通った爽やかな歌声に絢爛豪華な伴奏も相まってなかなか耳あたりの良い仕上がり。

ニューミュージック・マガジン 1975年6月号 今月のレコード(P135)
評者 日暮泰文 評点73点

 一枚目のLPよりは聞けるけれど、特に面白味があるというわけでもなさそうだ。最初から、人の耳を必要以上にひきつけないように考えてるようにさえ思えるところがあって、まじめに神経を集中させて聞いてるなんてバカバカしく思えてくることもある。
 もし、彼女たちに本当に歌う力が相当あるのだとしたら、どうしてもっとそれぞれの個性を生かすような制作方法を採れないのだろうか。それとも今の黒人音楽っていうのは、なんとなく口アタリを良くして、3人ともひとまとめにして単純単調な色で染めてしまえばそれで済むのかな。え、第二のスリー・ディグリーズ?それにしちゃ、みんなシコメ風じゃあありませんこと?

なかなか感慨深い文章です。 「今の黒人音楽って」以下の文章は「今のJ-Popって」に置き換えて 40年近く経った現在でもそのまま通用しそうです。 ただ「シコメ(醜女)」はちょっと頂けません。 澤穂希さんや吉田沙保里さんや高市早苗さんが大活躍の現在 まるで橋下徹市長か中山成彬議員か石原閣下か西村眞吾議員のような女性蔑視的発言と受け取られかねません。
この時期 Philly Soundに冷たい「ニューミュージック・マガジン」の執筆陣とは反対に 私はPhilly Soundにご執心で 「今月のレコード」欄の酷評を読むのを楽しみにしておりました。 私にはSoul/R&B道を究めようなどという崇高な志は微塵もなかったので 日暮御大や鈴木御大や桜井御大やとうよう御大の些か的外れな啓蒙的お言葉に アマゾンやパプア・ニューギニアの密林に棲む種族の生活を垣間見るような新鮮な驚きを感じていた次第。
‘13 No.9 

 
Conte De Fees / Francoise Hardy / 1970年
 邦題は「アルディのおとぎ話」。 今はSoleilというTitleになっているようです。 正直なところ 60年代中頃 Silvie Vartan嬢の「アイドルを探せ」やFrance Gall嬢の「夢見るシャンソン人形」やMarjorie Noel嬢の「そよ風にのって」に現を抜かしていた頃は Francoise Hardy姫の存在に気付きませんでした。 やはり存在を知ったのは「もう森へなんか行かない」と「さよならを教えて」以降ということに。
 仏国に関しては Cora Vaucaireの「モンマルトルの丘」やEdith Piafの「ばら色の人生」やDamiaの「人の気も知らないで」やJacqueline Francoisの「パリのお嬢さん」やJuliette Grecoの「パリの空の下」などの伝統的な楽曲にも ある程度親しんでおりました。
 その延長線上で 70年代に入ってからのFrancoise Hardy姫は Brigitte Fontaine姐さんVeronique Sanson姫Pia Colombo姐さんとともに 言わば本流路線の歌姫として認知しておりました。  もっとも 欧州全体を捉えてみれば 歌姫というとNina Hagen姐さんLene Lovich姐さんといった色物/際物の方々に関心が向きがちでしたが。
 Female Singer-SongWriterとしては 若干受け口気味ですが 佇まいも含めてJackie DeShannon姐さんとともに Joni Mitchell姐御, Patti Smith姐御, Bjork嬢, Ani DiFranco嬢辺りより贔屓にしています。
 閑話休題 ClashではなくSpooky ToothとForeignerでお馴染みのMick Jones氏(ここではMicky Jones)らが係わったFleur De LuneL'ombreがなかなか好い仕上がり。 Mick Jones氏は 60年代半ばにSylvie Vartan嬢やJohnny Hallydayと一緒にお仕事をなさっていらして 仏国とは元々縁があるようです。
 「マル・マル・モリ・モリ!」を思わせるDame Souris Trotteも可愛いです。(反対ですか!) ひょっとすると 芦田愛菜ちゃんと鈴木福くんよりCharmingだったりして...
‘13 No.8 

 
Plays The Beatles Vol.2 / Francois Glorieux / 1978年
ベートーヴェンやモーツァルトなど有名作曲家風にBeatlesを演奏したVol.1が評判に。 そこでいわゆる二匹目のどじょうを狙ったもの。 ただ アルベニスにスクリャーピンにグリークに自分流と若干ネタ切れ感は否めません。

解説より(今野雄二)
 いわば余分なメーキャップやコスチュームをそぎ落とした素顔のビートルズが、それでもかくも美しいことを実証してみせたグロリューのピアノを聞きながら、そこに流れている血が世界の大作曲家たちのスタイルであってもよく、必ずしも歌詞という血液でなくてもいい、という事実を思うと実に示唆的である。
 リズム、メロディ、そしてハーモニーという3要素に改めて引きもどされるまでもなく、歌詞がいまどれほどロックに於いて猛威をふるっているか―アメリカのロック評論に近年目に見えて勢いを増してきた歌詞偏重の傾向はその代表的な例といえようが―その是非にまで聞く者の意識を誘導してしまいそうな、不思議な力までをもグロリューは潜めているようである。

このAlbumをお遊びとしか捉えられない私と こんな難しいことを考えてしまう今野雄二さんとでは 音楽を聞く姿勢が全く違うと一瞬反省しました。
なお私は 自分流のLucy In The Sky With DiamondsやPenny LaneとEight Days A Weekが好きなのです。
‘13 No.7 

 
Best Of / Django Reinhardt / 1972年
 帯には「輝かしいジャズの歴史の一頁がここにある。クリスチャンが! ロリンズが!」と。 ジャズ・ヒストリカル・レコーディング1100シリーズと言うことで 1,100円とお手頃価格。
 それにしても師の超絶技巧には仰天しました。 そしてやけどにより左手薬指と小指に麻痺が残り 旋律を爪弾く際の運指は人差し指と中指に頼ると聞き 衝撃は倍加。
 Guitaristといえば Wes MontgomeryのOctave奏法, Chuck BerryのDuckwalk奏法, Duane EddyのTwang奏法, James BurtonのBehind Head奏法, Hank MarvinのTremolo Arm奏法, Roy BuchananのVolume Swell奏法, Duane AllmanのBottleneck奏法, Jimi HendrixのTeeth奏法, Pete TownshendのJump & Guitar体罰奏法Powerslide奏法Windmill奏法, Jimmy PageのViolin Bow奏法, Sonny SharrockのFree Jazz奏法, Alvin LeeのMic-stand Slide奏法, Edward Van HalenのTapping奏法, Yngwie MalmsteenのGuitar Spin奏法, Condition Greenの人間タワー奏法, 金剛地武志さんたちのAir Guitar奏法などなど 色々な方々(敬称略)によるさまざまな技や芸が披露されてまいりましたが 不断の努力により困難を克服なさったDjango Reinhardt師の奏法を越えるものはないでしょう。
 ただ超絶技巧という点では 世界の何処かにはまだまだ Bosa NovaのBaden PowellIndiaのPandit Vishwa Mohan BhattFlamencoのPaco de Luciaのような技巧の持ち主がまだまだいらっしゃるような気がします。
 なお Bo DiddleyのCigar Box型やSteve VaiのTriple Neck Heart型 Rick Nielsen(Cheap Trick)の Five Neck型にIan HunterのH-shaped型 さらに田端義夫さんのナショナル製エレキギターとか高見沢俊彦さんのデコトラ型などなど形状でも楽しませてもらいました。
‘13 No.6 

 
Live At Caeser's Palace / Paul Anka / 1975年
詳しいDataは記載されていないのですが 解説によれば1972年から1973年頃の公演とのこと。
往年のHit曲(Diana, Put Your Head On My Shoulder, Lonely Boy, You Are Me Destiny)は Medleyで2分35秒間と実にあっさりと処理。 この辺りに「私は現役 懐メロ歌手ではありません」との強い主張が窺われます。 その代わり 「My Way」はフィナーレのSomethingの直前 Show終盤の盛り上がりで熱唱。 さらにアンコールもMy Way(最後の部分だけ)です。 私はこの解説を読むまで My Wayの作曲者がPaul Anka御大だと思い込んでいました。

解説より(宮本啓)
...プレスリーの復活で、人々は50年代のスターたちのその後に注目するようになって行った。いってみれば、そういう風潮ができたので、カムバックが容易になってもきたのだが、そんな中へ1人また1人と、いずれも新しいパーソナリティを持って懐かしい姿を見せはじめたわけである。ストーン・キャニオン・バンドを率いてC&Wに活路を見出したリッキー、改めリック・ネルソン。声のおとろえをファミリーでカバーするパット・ブーン。新しい時代のバラード・シンガーにイメージ・チェンジしたボビー・ヴィントン。シンガー=ソング・ライターとして成功したニール・セダカ、ポール・アンカ...といった具合である。ただ、持てる才能を全部出す前に他界してしまったボビー・ダーリンのことは、かえすがえすも残念である。
 このように、過去の歌手たちがみな堂々たるカムバックをなしとげている理由はいろいろと考えられるが、一言で言ってしまえば実力だけではなく、それにプラスする努力と、それにも増して音楽そのものに対する執念が支えになっていたように思われる。

私の世代以降の70年代Rock至上主義者は とうよう翁のニュー・ミュージック・マガジンの影響もあるのでしょうか Beat GroupからいきなりRock & Rollへ遡り Paul Anka, Neil Sedaka, Bobby Darin辺りを軽んじる傾向があるようです。 それはさておき 日本の矢吹健さんや中条きよしさんや石橋正次さんや三善英史さん辺りに もうひとふん張りしていただきたいですね。
‘13 No.5 
 

 
Love Me By Name / Lesley Gore / 1976年
 MercuryでDebutした時のProducer Quincy Jones御大のProduceで華麗に表舞台に復帰するはずだったのですが...
 伴奏者もHerbie Hancock, Dave Grusin, Lee Ritenour, Brothers Johnson, Harvey Mason, Jim Keltner, Tom Scott, Toots Thielemansという豪華な布陣から A&M自体にもやる気満々の並々ならぬ気迫が感じられます。
 いずれもEllen Westonの詩にご自身が曲を付けたもの。 Title曲のLove Me By Nameは Quincy Jones御大が自身のSounds...and Stuff Like That!!で採り上げているほどなので(VocalはPatti Austin) 楽曲の出来映えは一定の水準に達していると思われます。 また歌唱についても 往年の泣き節はそれなりに健在で 衰えを云々するほどではありません。
 それなのに 揺るぎない信頼関係が築かれているはずのProducerのQuincy Jones御大との間に 同床異夢というか溝のようなものが感じられ ちぐはぐ・ぎくしゃく・ぎすぎすとどことなくぎこちなく ぎしぎし・みしみしと軋み音が聞こえ 意思の疎通に欠けているのではとの印象を拭い去ることができません。 
 そして2005年にLesbianであるとComing OutしたとのNewsを目にして一層複雑な思いを抱くことに。
女性のProducerだったらと思ったのですが Producerという職種は Leiber & Stoller, George Martin, Phil Spector, Shadow Morton, Holland-Dozier-Holland, Chris Thomas, Todd  Rundgren, Tony Visconti, Steve Lillywhite, Daniel Lanois, Dr. Dreと男性社会。
 そもそも女性Producerは Joni Mitchell姐などのSelf Produceを除けば 草分けのMoon RecordsのCordell Jacksonさん, LabelleのNona Hendryxさん(Lisa Lisa), Sylvia Robinson さん(Hip HopのSugar Hill Records), Trina Shoemakerさん(Daniel Lanoisのお弟子さん Sheryl Crowなど)など数えるほどしか見当たらぬという厳然たる事実に 今頃気づきました。 我が家にある女性Producerものは Genya Ravan(Ten Wheel Drive)さんProduceのDead Boysだけだと思います。
 さらに昨今の華原朋美さんの復活劇の行方に思いを馳せ うっかり佐良直美さんとキャッシーのレズビアン・スキャンダルを思い出したりと まったくもって曰く言い難いAlbumということに。
‘13 No.4 

 
ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番 / ラサール弦楽4重奏団 / 1972年
今ひとつ解っていませんが「大フーガ付」とのこと。今ひとつ解っていませんが 帯によると「ベートーヴェン後期への、ラサールの新しい視点」とのこと。
集中力を高め五感を磨き脳を活性化したい時 私は弦楽四重奏を聴くことがあります。

解説より(黒田恭一)
 たとえば第2楽章プレストの演奏だが、彼らの演奏は、さまざまな面での技術的な制約からまったく自由だ。むろんそれは想像を絶した演奏技術が彼らにあるからなんだが、しかしこのレコードの演奏のすごさは、実は、その想像を絶した演奏技術を浪費していないところにある。ラサール・カルテットの演奏の正確さは、ともするとマシーンのそれととりちがえられかねない側面をもつことを認めた上で、いわずもがなのことだが、彼らの演奏ほどマシーンの無味乾燥さから遠い演奏もないということをいわざるをえない。なぜなら、彼らほどテクニカルな問題から開放されているカルテットがいまだかつてなかったからであり、したがって彼らは演奏という行為で聴者を楽しませるんではなく、音楽する歓びそのものを感じさせる。

さすがは黒田恭一先生。 とうよう御大や政則御大とはまた違う 何やら学術書のような格調高さが魅惑的です。 今度Amazonのカスタマーレビューにそっくりそのまま盗用してみたいものです。 さしずめShaggsGTOsRaincoats辺りか。それともYoko Ono, Kim Gordon, Thurston Moore / Yokokimthurstonにしましょうか?
‘13 No.3 

 
Burgers / Hot Tuna / 1972年
 Hot Tunaは基本的にLive Bandと捉えておりましたので Studio録音ものにはあまり興味がなかったのですが いつの間にか手許に。
 Bluesと遭遇したのは 幼少期にお兄ちゃんたちの聞いていたFolk畑のBrownie Mcghee & Sonny TerryやMississippi John Hurt辺りということに。 そのため Folk, Folk Rock, Psychedelicという流れで捉えられるKaukonen師のGuitarとの親和性が高いようです。
 私の年代ですと Mersey Beat経由でMuddy WatersやJohn Lee Hookerを知るという形が多いのですが かなり不幸なBluesとの遭遇と申せましょう。 結局 いわゆる白人ブルースにのめりこむ事ができなかった遠因となっているかもしれません。
 それはさておき Fillmore The Last Daysで映し出されたKaukonen師の全身像 特に細身のズボンが実に格好良く 私は 今まで穿いていたビッグジョンのベルボトムやグラスのバギーパンツをかなぐり捨て 青山のEIKOへ走り リーバイスの505を買い求めた覚えが。 (確かLeeは高かったので...)
 服装の趣味の悪いSouthern Rock系のAllman Brothers BandやLynyrd Skynyrdの着こなしに違和感を覚えていた私には まさにお手本となった着こなしでした。
 とは申すものの Southern Rockの皆さんも Flying Burrito BrothersのThe Gilded Palace Of Sinのいでたちに比べれば充分許容範囲でした。 当時の私は このHank WilliamsやBuck OwensのようなNudie Suits(Nudie Cohnさんのデザイン)を着るRock Musicianの存在自体に激しい拒否反応を起こしました。 このことは今でも一切後悔しておりません。 Baja Marimba BandやPaul Revere & Raidersやアダムスは許容範囲だったのですが これは好みの問題と言うしかありませんね...
最近許容範囲を超えているのがAlabama Shakesです。 皆さんSusan Boyle以来 Amy WinehouseにAdeleと癖の強い方に慣れてしまい Brittany Howard姐御ですら見慣れてしまった状況を憂いでおります。  引用をしないと どうしても音楽と関係のない話が中心に。 最後に一言だけ。 Side1ではSea Child Side2ではWater Song, Ode for Billy Dean, Sunny Day Strutなど やはりルーツ色よりサイケ色の強い曲が好きです。
‘13 No.2 

 
Solid Silver / Quicksilver Messenger Service / 1975年
邦題は「伝説の不死鳥!」。 さらに「2年間の沈黙を破って炸裂するシスコ魂!」との言葉が踊ります。 再結成・復活という言葉で 私が真っ先に思い浮かべるのは「青い三角定規」の悲劇。 そして不死鳥と言えば 現在確か5度目の再結成中の「ピンクレディ」。

解説より(吉成伸幸)
 クイックシルバーは今、サンフランシスコ・スピリットを甦らせようとしているのだ。

解説より(大伴良則)
...やはりクイックシルバーは少しも老いてなんかいない。余裕、まろやかさ、貫禄といったことと、若々しさがこうも見事に共存するなんて...

ニューミュージック・マガジン 1972年3月号 今月のレコード(P133)
評者 小倉エージ 評点90点

 クイックシルヴァー再編のニュースは、サンフランシスコのグループを愛してやまぬ人々を大いに喜ばせたものだが、その再編第一弾が発表された。
(中略)
彼(David Freiberg)の参加しているジェファスン・スターシップ、それにデッドも目ざましく活躍していて、シスコのロック・シーンは、まさしく再び花開いている様子なのである。

皆さんの期待の高さが窺われますが 残念ながら これがLast Albumということに。 この時点では QMSがGary Duncan's Quicksilverという残滓と成り果て Grateful Deadが1995年のJerry Garcia師の死までLive Bandとして確固たる地位を築き Jefferson Airplane(Starship)が離合集散を繰り返しつつ 今日まで連綿と存在するとは夢にも思いませんでした。
‘13 No.1 

 
Rough And Ready / Jeff Beck Group / 1971年
Jimmy Page師はもちろんLed Zeppelinで好調を持続し Eric Clapton師もDerek & Dominosで新たな伝説を生み出しつつあったこの時期 Jeff Beck師は1969年11月の交通事故もあり 低迷を続けておりました。 移ろいの激しいRock業界で半ば忘れ去られそうな状態での復活ということで かなり地味な扱いを。

ニューミュージック・マガジン 1976年1月号 今月のレコード(P188)
評者 木崎義二 評点86点

 ジェフ・ベックというギタリストがいた。ヤードバーズをとびだし、ジェフ・ベック・グループを結成し、パ――と花開かず、レコード界から消えて2年。その間、クラプトンたちと並んだ彼のアルバムがブートレグで出た。面白半分に聞いた人のなかには、しだいに興奮し、涙を流した人もいるだろう。ぼくも思わずギクリとして、忘れかけていた、あの偉大なギタリストを思いかえした一人であった。
 そして、続くがこの新編成の再デビュー・アルバム。ヤードバーズ時代の彼はもっと凄みのあるギタリストだったが、今度はグループの調和を考え、サウンドもまろやかになった。イヤミな言葉だがおとなになったみたい。昔のジェフ・ベック・ファンはそのままで、新しい彼のファンを求めているのかもしれない。

今ひとつ 木崎先生も歯切れが悪いようです。 それなのに よりによって 私はDerek & DominosでもZeppelin Wでもなく Rough And Readyを選択。 何故だったのかいまだに謎。 一応 Clive ChamanのBassとMax MiddletonのPianoに 当時の私が妙に寵愛していた「Rockの中のFunky」を感じ取ったということにしておきましょう。
 
                  

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